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CANapeとVX1000を用いた車載ミリ波レーダー開発の効率化
∼高いデータ再現性でアルゴリズム開発期間の短縮を実現∼
自動車の安全性における規制・基準の強化が世界的に進むなかで、さらに高度な安全運転支援システムの開発ニー
ズが急速に高まっています。なかでも、耐環境性に優れ、検知精度の高い車載ミリ波レーダーの開発は、今後の予
防安全技術の要として注目されています。富士通テン株式会社 (以下、富士通テン) は、ベクターの「CANape」と
「VX1000シリーズ」 を導入し、車載ミリ波レーダーの評価・開発の効率化を実現しました。 本稿では、その導入の
プロセスをご紹介します。
世界に広がる法規化の波
は、ミリ波レーダーやカメラを用いた周辺監視、自動ブレーキ技術な
どの開発に積極的に取り組み、対応を進めています。予防安全技術
これまでの安全技術は、主に事故時の被害を軽減する「衝突安全」
のなかで最も事故回避に役立つといわれるのが、前方車両との車間
が重視されてきましたが、今後は衝突そのものを回避する「予防安
距離を一定に保つACC (アダプティブクルーズコントロール) と、障害
全」がさらに強化される傾向にあります。 その背景には、予防安全
物を検知してドライバーへの警告やブレーキの補助操作などを行う衝
に関する世界的な規制強化と自動車アセスメント基準の強化がありま
突被害軽減ブレーキ (プリクラッシュブレーキ) ですが、これらの安全
す。欧州では、2013年11月から新型の大型車へのAEB (Automatic
システムは大きく分けてレーダーベースとカメラベースとに分かれ、
Emergency Braking、 自動 緊 急ブレーキ) の 装 着が義 務 化され、
2015年には継続生産車にも適用されます。日本でも、2014年11月
カメラのみを使用したものや、カメラとレーダー (レーザーレーダー
から新型の大型トラック・バスに衝突被害軽減ブレーキの装着が義務
でも、ミリ波レーダーはレーザーレーダーに比べて雨や雪、霧などの
もしくはミリ波レーダー) を併用した製品が開発されています。なか
化され、2017年11月から継続生産車への適用が始まります。そして、
悪天候でも高い検知精度を発揮するため、今後、世界でもますます
欧州の新車アセスメントプログラム「EuroNCAP (European New Car
需要が伸びていくと思われます。
Assessment Programme)」では、2014年より乗用車でもAEBが評
価対象となるため、安全性の最高ランクである5つ星を取得するには
AEBの搭載が必須となります。日本も2014年から自動車事故対策機
構が実施する自動車アセスメントプログラム「JNCAP (Japan New
Car Assessment Program)」で、自動ブレーキ装着を評価基準に加
えることを検討しています。こうした状況下で、自動車メーカー各社
March 2013
富士通テンは、カーナビゲーションやカーオーディオをはじめ、エ
ンジン制御ECUや車載カメラ、ミリ波レーダーなど幅広い自動車用電
子機器を開発、ICT (Information Communication Technology) で
自動車を変革する日本有数のカーエレクトロニクスメーカーです。今
回、導入に取り組んだAS技術本部 車両実験室では、量産設計仕様
の実車評価、評価ツールや評価設備開発など、アドバンスドセーフ
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ティー部門として安全運転支援に向けた最先端の評価技術を開発し
ビート信号を物理的に引き出し、そのデータをロガーに保存してオフ
ており、ミリ波レーダー、MAV (マルチアングルビジョン)、エアバッ
ラインシュミレーションとして再利用する方式を採っていました。しか
グなどさまざまな製品評価を行っています。 昨今の車載ミリ波レー
し、その方式では引き出したデータが実際にレーダー内で使われて
ダー開発における動向について、 AS技術本部 車両実験室 第一評価
いるデータと一致しないという問題がありました。実車走行でデータ
チーム 小池 久人氏は次のように語ります。「現在、世界的に安全シ
を採取し、そのデータをシミュレーションにかけてアルゴリズムを改
ステムの法規化や規格化が進んでおり、欧州ではEuroNCAPによる
善し、その改善したアルゴリズムで再度シミュレーションを行って確
AEB義務化、それに伴い日本でもAEBの義務化が進む傾向にありま
認するという一連の作業において、取得データの再現性が低い場合、
す。こうした法規や基準の採用による安全意識の高まりが、
ミリ波レー
何度も実車走行で確認する必要が生じ、しかも同じシーンに遭遇する
ダーの需要拡大につながると予想できます」
ことは不可能といえます。アルゴリズムの改善と実車走行を繰り返す
ことは評価に必要不可欠であるとはいえ、多大な時間と工数を要し
ミリ波データ評価における課題:データの再現性
ていました。小池氏は次のように語ります。
「物理的に引き出したレー
ダービート信号はCPUが処理したデータとは異なります。レーダーと
ミリ波レーダーの評価は、試験走行、定量評価、
フィールド評価(屋
ロガーのフィルター特性や配線長による遅延、減衰などがあり、取得
外試験場評価)、そしてその結果を設計や製品に生かしていくという
データの再現性が一致しない場合がありました。実走行を行い確認
サイクルで行われます。評価の効率化のためには、試験走行で得た
する作業において、取得データの再現性が低いことは大きな課題と
データの再現性向上による評価期間の短縮や、設計や製品への評価
なっていました」
結果の迅速なフィードバックが重要となります。試験走行では、走行
シーンとレーダー情報、車両情報をレーダー内部情報と同期して記
録し、再生可能な計測ツールの開発が必要です。フィールド評価では、
CANapeとVX1000の導入へ
移動ターゲットや衝突模擬装置、GPSを準備し、車両走行試験での市
富士通テンは、この課題を解決すべく、ベクターの「CANape」と
場環境模擬や定点評価を行います。富士通テンでは、このほかにも
「VX1000シリーズ」の導入を決めました。 CANapeは、ベクターの
“電波の見える化”環境を整えるなど、さまざまな評価をより安全・正
提供するECUの測定/キャリブレーションツールです。 ECUにアクセス
確に取得するための設備開発を行っています。また、フィールド評価
して測定データやパラメーターの取得や変更を行い、ECUアルゴリ
に限らず、レーダーにとって厳しいシーンで車両走行試験を行い、ター
ズムを最適化するためのツールで、ECUで測定したデータは、シリア
ゲット情報表示 (車載カメラ)、ターゲット自車情報 (CAN) で俯瞰図と
ルバスシステム、GPS、オーディオ、ビデオ、その他の測定装置か
数値表示を確認するなどの市場評価も行います。 ACCシステムには、
らの測定データと時間同期を取った上で記録され、さまざまな方法
先行車両と適切な車間距離が保てるよう、非常に複雑で緻密なアル
で表示されます。また、ユーザー固有の表示エレメントやコントロー
ゴリズムが必要であり、車載レーダー性能の良し悪しはアルゴリズム
ルを簡単に作成して統合することも可能で、センサー開発やシステ
に大きく影響されます。
ム開発に必要な機能を備えています。 小池氏はCANape導入の理由
富士通テンでは、これまで、採取データを再利用してオフライン
を、次のように語ります。「CANapeは、カメラやレーダーセンサー
シミュレーションにかけてアルゴリズムを改善していく際、レーダー
などの情報すべてを同期を取りながら形成でき、ユーザーロジックや
図1:
測定データ表示のための
さまざまな表示Windowを
提供するCANape
March 2013
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Camera
Radar
CAN
RAM
図2:
VX1000導入後の
VX1131
MATLAB®/Simulink®との連携も可能なので、今後、開発環境を整
えていく上でも大いにメリットがあると感じました。また、CANapeで
取得したデータを自社のシミュレーションにかけることができたのも
大きな理由でした」
システム構成
導入実現のための協力体制
富士通テンは、ベクターとの密接な協力関係のもと、導入プロセ
スにおける課題をクリアしていきました。たとえば、富士通テンでは
続いて導入したVX1000シリーズは、CANapeなどの測定/キャリ
これまで、自社の開発ツールでデータの採取・解析やシミュレーショ
ブレーションツールとECU間のインターフェイスとなる、拡張性の高
ンを行っていたため、その自社のデータをCANapeとVX1000で採取
い測定/キャリブレーションハードウェアです。 最大30MB/秒の極め
したデータに対応させる必要がありましたが、CANapeの保存ファイ
て高いデータスループットで、ECUの実行時間への影響を最少化しつ
ル形式はMDF形式であり、ベクターで準備したライブラリーを使って
つ、最大のデータ処理能力を実現します。ミリ波レーダーのように、
自社のツールフォーマットに変換することでツール側の変更規模を最
膨大な量のデータを高速に取得する必要がある場合に力を発揮しま
小限に抑え、開発期間の短縮を実現しました。
す。「レーダーデータは膨大なデータ取得が必要で、しかもNexus
また、開発の途中で急きょ、CPUのリビジョン変更が発生したこと
Class3に対応している必要があり、さらにリアル環境 (実車試験) で
もありましたが、ベクターがVX1000のファームウェアを迅速に対応
RAMデータを採取する必要もあったのですが、VX1000 はその環境
し、問題は解決されました。「CPUは新規設計でしたが、ベクターか
を備えており、これしかないと思い採用しました。それに自社のCPU
らレーダーのハード/ソフト設計の両面でサポートを受けて対応するこ
は新規品でしたが、RAMデータ採取の検討段階よりベクターの協力
とができました。また、CANapeやVX1000と自社ツールが対応でき
を受け、一緒に開発を進められることもありVX1000を導入しました」
るか不安でしたが、ベクターでライブラリーも用意されていたので、
(小池氏)
データを加工するだけで自社のシミュレーションをそのまま変えるこ
となく使えた点に大きなメリットがありました。シミュレーションを作
り直すには大変な工数と費用が掛かりますので、こうした対応がなけ
れば開発期間の短縮は難しかったと思います。また、納期が迫るな
かCPUのリビジョン変更があった際も、VX1000システムのファーム
ウェアを1日で準備いただき、無事に納期に間に合い、大変助かりま
した」 (小池氏)
CANapeとVX1000で高いデータ再現性を実現
富士通テンでは、CANapeとVX1000の導入により、CAN、カメラ、
GPS、RAMなどのさまざまなセンサーやECU情報を、同期を取りなが
ら計測できるようになり、また特定のシーンを再現する場合も実際の
CPUで処理されたデータをそのまま使用できるようになったことで、
アルゴリズム開発期間が大幅に短縮されました。また、再現性が高
図3:
レーダーユニットのために車両内に設置されたVX1000
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いため、アルゴリズムを改善してその背反が起こってしまった場合で
も、早い段階で見つけることができます。さらにCANapeの導入によ
り、ユーザーロジックやMATLAB/Simulinkとの連携も可能になり、
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結果として統合的な開発環境の構築が実現できました。今回の導入
プロジェクトを振り返って
成果を小池氏は次のように語ります。「これまで、たとえば3回繰り返
していた実走行が1回で済むようになりました。アルゴリズムを作っ
富士通テン株式会社
て背反があった際は、再度走りに行っても恐らく再現できない場合が
AS技術本部 車両実験室 第一評価チーム
ありますが、今は同期がとれて再現性が高いデータを採取して使え
小池 久人 氏
るため、データの信用度も精度も格段に上がりました。取得したデー
「開発全体を通して、サポート体制がしっかりしており、質問に対して
タを信用できるので、その後のシミュレーションで何度も使えること
のリプライも迅速でしたので感謝しております。取得データの高い再
は大きなメリットです」
なお、量産開発で自社ツールを用いて新規開発する場合は、そ
のツールを開発しなくてはなりませんでしたが、CANapeは汎用的に
現性を実現する開発環境が確立でき、製品開発の効率化を進めるこ
とができました。 今後もCANapeとVX1000をさらに活用し、自動車
安全システム開発への応用も検討したいと思います」
使用することができるため、データを採取し、変換して自社のシミュ
レーションに対応させることで、お客様先との開発を止めることなく
ベクター・ジャパン株式会社
行うことが可能となりました。「ツールの準備が整わず、お客様との
適合ツール部 マネージャー
開発を中断するようなことがあれば信用を落とすことにもつながりま
す。そのようなことが起こらないためにも、お客様にもCANapeを使
庄井 美章
「CANapeとVX1000シリーズを富士通テン様の評価・開発の効率化に
用してもらい、そこで採取したデータを自社で解析することもできる
役立てることができ、大変嬉しく思っております。今後も先進的な自
のでCANapeには助けられています」 (小池氏)
動車の開発業務の効率化に役立つツールの製品化を、ユーザー皆様
の声を聞きながら強力に進めてまいります」
まとめと展望
富士通テンは、これまで、実車走行時に採取したデータを利用し
てシミュレーションを繰り返す際、データの再現性が一致しないとい
う課題を抱えていました。しかし、CANapeとVX1000を導入した結果、
画像提供元
表紙および図1:ベクター・ジャパン
図2および図3:富士通テン
採取データの再現性が高くなり、評価の精度とともに開発効率は飛
躍的に向上しました。 富士通テンでは、今後、CANapeとVX1000の
さらなる活用法として、机上適合、実車適合などに使用することを検
■ 本件に関するお問い合わせ先
ベクター・ジャパン株式会社 営業部
討しています。「適合評価や体感評価でECUソフトをその都度作成す
(東京)
るのではなく、CANape、VX1000システムを使いECU適合などもし
(名古屋)
てきたいと考えています。また、車両周辺を確認するシステムへの
TEL: 03-5769-6980 FAX: 03-5769-6975
TEL: 052-238-5020 FAX: 052-238-5077
E-Mail: [email protected]
活用も検討しており、カメラやMAVでも映像、位置、センサー情報
を同期して採取が可能であるため、CANape + AMM(※) + GPSシス
テムを構築することで評価への対応が可能になるのではないかと考
えています」 (小池氏)
※ AMM:CANapeアドバンスドマルチメディアオプション。現在は「CANapeオプショ
ンドライバーアシスタンス」に名称変更。ドライバーアシスタンスシステムの開発時に、
オブジェクト検出アルゴリズムを確認するためのドライバーアシスタンスオプション。
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