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世界各地のテストベンチを圧倒的な速さでセットアップ
∼ 記録破りのテストベンチ ∼
量産投入に先立って求められる無数のテストはECU開発費のかなりの部分を占めています。さらに、近年ではテストベ
ンチの概念化やテストシーケンスのプログラミングに要する手間が急激に増大しています。その中で目を引くのが、
自動車部品サプライヤーのZF
TRWが新世代のテストベンチで実現している、驚くべきコストと時間の削減です。同社
はコンポーネント型テストベンチの使用により、テストベンチのセットアップ期間を数か月から2 、3 週間に短縮するな
どの成果を上げています。
アンチロックブレーキ (ABS) と言えば、数年前まではワンラン
ます。ECUとその拡張機能の両方の増加が、テストコストを押し上げ
ク上の装置であり、搭載されるのはアッパーミドルクラス以上の
ているのです。この10年間で、高級車に搭載されるECUの数は30個
車種のみでした。今日、最先端技術とされているのは、さらに複
程度から200個にまで増えました。考えられるあらゆる動作/環境条
雑なESC (横滑り防止装置) などのトラクションコントロールシステ
件でECUをタイプ別にテストするテストシナリオはおびただしい数に
ムです。ABSからESCへの進化は、カーエレクトロニクスがあらゆ
上り、そこに投入される技術的労力は膨大です。車両モデルと自動車
る分野でいかに複雑化しているかを示す好例と言えます。ブレー
メーカーのそれぞれに専用のバージョンのECUが必要であるうえ、ZF
キを踏んで初めて有効になるABSシステムに対して、ESCシステム
TRWではあるECUバリアントはESCシステムとして実装し、またあるバ
は事実上自律的に動作するため、加速度データや横/前後力、ね
リアントにはパーキングブレーキを一緒に組み込んでいます。
じれなどの情報をシステムに提供するセンサーがより多く必要に
量産に先立ち、ECUはいずれも、EMC試験に加えて数々の電気、
なります。その結果新しいECUでは搭載されるセンサーからのシ
機能、機械、環境試験に合格しなければなりません。シミュレーショ
グナル数が増え、それらのデータと、接続されているバスシステ
ンでは、環境パラメーターだけでなく、極限状態での機械的/電
ムからのデータを処理する能力が求められるようになっています。
気機械的ストレスの再現が必要です。例を挙げると、温度サイク
ル試験では-40℃から+120℃への熱衝撃がデバイスとPCボードア
限界に達したテストの手間
センブリーに与えられます。機械的ストレスでは、正弦波振動やノ
イズ特性に基づく振動試験によるものから、単発で最大30Gの加
自動車部品サプライヤーのZF TRWは、ECUシステム用コントロー
速度を与える機械的衝撃までもがカバーされます。さらに、塩水
ラーをはじめとする製品をコブレンツ (ドイツ) の施設で開発していま
噴霧、極細粒砂、散水を用いたテストで密封試験が行われる一方、
すが、開発の複雑化を反映して、特にテスト作業の手間が増大してい
高圧洗浄機でエンジン洗浄が再現されます。
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仮想のECU環境
これらのテストの前提条件の1つは、そのECUが電気的、機能
にもFlexRay、LIN、MOSTといった他のバスシステムも広く使用
されており、数多くのECUが複数のバス上で同時に通信している
ためです。これらのマルチバスシステムによって複雑化がさらに
的に有効であることです。ただし、ECU機能の代表的な試験やそ
進むだけでなく、残りのバスシミュレーションではそれらを正確
の包括的な診断は、そのテストベンチが車両の電気/電子環境を
に、時にはゲートウェイの機能も含めてシミュレーションする必要
シームレスにエミュレーションできなければ不可能です。つまり、
が生じます。
すべてのデジタル入力、アナログ入力のポイントで、実際に即し
テストベンチ担当のエンジニアは将来のニーズをにらみ、ECU
た電圧と電流を持つシグナルを生成しなければならないのです。
テストの複雑化と与えられた時間枠に対応できる、さらに先進的
同じことは接続されているノードや、いわゆる「残りのバスシミュ
で柔軟性の高いテストベンチソリューションを以前から模索してい
レーション」についても言えます。それは、車両内ではCANの他
ました。そのソリューションはZF TRWのすべての事業拠点全体に、
統一的に実装することを意図したもので、以来、同社は全部で32
台の新しいテストベンチをドイツ、アメリカ、チェコ、中国で始動
させています。テストベンチはいずれも19インチのキャビネットに
6台のラックマウントユニットを搭載して構成され、スタンド1基で
6個のECUを並行してテストできます (図1)。キャビネットにはそれ
ぞれユーザー入力、結果の表示、ステータスメッセージの読出を
目的としたスキャナー、タッチスクリーン、キーボードが装備され
ています (図2)。個々のラックマウントユニットには、大電流機器
用として最大500Aの電流、最大30Vの給電能力を持つ集中電源
から電力が供給されます。このような大きい電力レベルはESCコ
ントローラーのテストに必要で、それらのテストでは、580Wのド
ライブユニットがブレーキ液圧を上昇させ、それによって電流の
高い立上りが生じます。テストベンチの電力容量は大きいものの、
テストを並行して実行する際は消費電力を管理し、各ユニットが一
斉に最大電力を消費する事態は回避しなければなりません。
図1:
6 台のラックマウントユニット ( サブシステム) がそれぞれ
1 個の ECU のテストを担当します。1 基のテストベンチで
合計 6 個の ECUを同時にテストできます
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図 2:
タッチスクリーン、スキャナー、キーボードを備えた使い
やすい設計により、テストベンチの操作が簡素化します
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ピューターを装備しています。これには複数のバスチャンネルへの
アクセスを同時に行うアプリケーションに特化した設計が施され、
反応/応答時間が極めて短く、レイテンシーも極限まで抑えられて
いるなど、高い入出力性能を備えています。また、多彩な設定が
可能なバスインターフェイスに加え、アナログおよびデジタル入出
力用の拡張オプションも用意されています。インテリジェントなイ
ンターフェイスであるため、設定はPCからUSBやEthernet経由で
手軽に行えます。
VN8900システムはベクターのシミュレーション/解析ツールで
あるCANoeおよびCANalyzer用に最適化されているため、この新
しいテストベンチのZF TRW.のツールチェーンへの組込も簡単か
つシームレスに実行できます。つまり、開発部門が現在使用して
いるCANoeの残りのバスシミュレーションを、ごくわずかな修正を
加えるだけで手軽に再利用できるのです。これらの残りのバスシ
図3:
VN8900はリアルタイムコンピューターを内蔵したモジュー
ルタイプのネットワークインターフェイスで、ECUのネット
ワーク通信で中心的な役割を果たします
ミュレーションは内部での検証がすでに完了しているため、再利
用時には品質保証を行う手間が省けます。このアプローチを取る
ことで現場の懸念が一掃され、これが社員、特にプロジェクトリー
ダーが抱える作業負担の大幅な軽減につながります。また、この
アプローチによってテスト環境の切替時間が劇的に短縮しました。
以前はある自動車メーカーから別の自動車メーカーへのECUテス
主役はインテリジェントなネットワークインターフェイス
トの改変に8か月を要することもありましたが、今ではそれがわず
このコンポーネント型のテストベンチに使用されるソリューショ
向上したため、テスト開始直前の遅いタイミングで顧客ソフトウェ
ンでは、ベクターが提供する専用のハードウェア装置、VN8900
が中心的な役割を果たしています (図3)。ZF TRWのテストベンチ
のサプライヤーであるSmart Testsolutions GmbH (小型自動車
メーカーのSmartとは別会社) は、ラックマウントユニットごとに
1台のVN8900システムを統合したソリューションを作成していま
す (図4)。VN8900システムはFlexRay、CAN (FD)、LIN、J1708、
K-Lineなどのバスシステムに対応するモジュールタイプのネット
ワークインターフェイスで、x86ベースの専用のリアルタイムコン
か2、3週間で済むようになっています。同時に、柔軟性が大幅に
アに変更が入っても、修正には1週間もかかりません。
堅牢なテストシーケンス
VN8900システムのその他の特徴として、操作またはモニター
用の PCに接続せずに、スタンドアローン動作により自動的に稼
働できる機能が挙げられます。テストテストエンジニアは通常の
PCワークステーションにインストールされたCANoeを使用して、
図4:
スタンドアローンのサブシステムの回路ブロッ
ク図。このユニット6台が1基のベンチスタンド
に搭載されます
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残りのバスシミュレーションとテストシーケンスをスクリプト言語の
開発は続く
CAPLで作成し、それをVN8900システムにロードして実行するだけ
で済みます。これによって長期テストでの安定性と耐久性が向上
この新しいテストベンチによって、ZF TRWは多様なコンフィギュ
するのも、ZF TRWにとってのメリットの1つです。過去には、完了
レーションでの組合せが可能な、6台から7台のモジュールからな
まで半年という長期テスト中に、2、3か月目でPCがクラッシュした
るコンポーネント型のテストシステムを手にしたことになります。こ
ことが何度かありました。これが発生すると、そのコンピューター
れはまず、ESCコントローラーのテストに使用されましたが、この
では実行中のテストプロセスはモニター不可となるため、担当者
テストベンチのコンセプトは、エアバッグ用コントローラーやドライ
にとっては頭の痛い問題でした。現在のところ、新しいテストベン
バーアシスタンスシステムなどの他のタイプのECUのテストに迅速
チではそのような問題は発生していません。
に適合させることができます。テスト環境切替時間の大幅な短縮
今日では、テストの制御、可視化、ECUとの通信は厳格に分離
と、要件変更へのマネージャーによる対応のスピードアップには目
されています。VN8900システムは、LANインターフェイスを介
を見張るものがあります。自律運転に向けた将来のシステムもす
してSmart Testsolutionsが提供するLinuxベースのホストコン
でに視野に入っています。それら来たるべきシステムに欠かせな
ピューターと通信します。ここにはベクターから提供されている
いレーダーやカメラシステムのテスト時には、この新しいテストベ
専用のリアルタイム対応Ethernet/UDPプロトコル、FDX (Fast
ンチのコンセプトが数々の場面でさらに能力を発揮し、テストを合
Data Exchange) が使用されています。ZF TRWはベクターと緊
密に協力し、自社のニーズに合わせてFDXプロトコルを修正しま
した。この枠組みでは、FIFOの原則に従ったデータ交換が実装
されています。ベクターの側も、VN8900システムをどう開発し
ていくべきかの着想をZF TRWから得ることができました。FDXで
はアプリケーションの開始/停止だけでなく、自動実行テストへの
理化する可能性を示してくれることでしょう。
幅広いアクセスが可能です。また、エラーコードの読出と消去、
提供元:
見出し画像、図1 ∼ 4:Vector Informatik GmbH
リンク:
ベクター「VN8900」 http://jp.vector.com/vj_vn8900_jp.html
XCP変数の読取と保存、残りのバスシミュレーションの制御をはじ
めとする数々の機能も装備しています。
経済性に優れたソリューション
ZF TRWがベクターのソリューションを選択する決定打となった
のは、必要なプロトコルに対する広範なサポートでした。ベクター
には普及している全プロトコルと、自動車メーカー固有の市販の
車載ネットワークや診断システムをサポートする専用のソリュー
ションがあります。他メーカーの低価格のハードウェアコンポーネ
ントでは、後から個別のバスに合わせたプロトコルの再開発や、対
応していないことの多い自動車メーカーごとのXCPのサポートが
必要になった場合に多額の追加コストが生じ、ハードウェアで浮い
た予算が帳消しになるケースが少なくありません。
VN8900システムを製造するベクターには、お客様でのライセ
ンスの問題をクリアできるという強みもあります。つまり、基本
的にZF TRWなどのユーザー企業には、CANoeスタンドアローン
版の「拡張ライセンス」を使用すれば追加コストは発生しないた
執筆者:
Stefan Siefert-Gäde (Dipl.-Ing (FH))
Technical College of Koblenzで電気工学
を学び、
2006年にTRW Automotive(コブ
レンツ、
ドイツ)への入社後は、電子ハード
ウェア開発の分野でブレーキシステムのテ
スト用システムとテスト用ソフトウェアの開
発に従事。2014年からはグローバルエレク
トロニクスの分野でテスト機器のグローバ
ルかつ戦略的な開発のためのコーディネ
ーションを担当。
Katja Hahmann (Dipl.-Ing.)
Technical University of Chemnitzで電子
工学を学び、1997年にシュツットガルトの
Vector Informatikに入社。現在はCANoe
アプリケーション開発のグループリーダー
としてネットワークおよび分散システム製
品ラインを担当。
め、開発用PCにインストールされている1つのCANoeのライセ
ンスで、任意の数のテストベンチアプリケーションを作成できま
す。また、VN8900システム内で動作しているCANoe(スタンド
アローン版)の新しいバージョンへの更新機能も標準で含まれて
います。テストベンチのライフサイクルが終了しても、お客様は
VN8900デバイスを現場で引き続き有効に活用でき、それらの製
品を使用しないまま死蔵させてしまうことはありません。
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■ 本件に関するお問い合わせ先
ベクター・ジャパン株式会社 営業部
(東京) TEL:03-5769-6980 FAX:03-5769-6975
(名古屋)TEL:052-238-5020 FAX:052-238-5077
E-Mail:[email protected]
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