将来ビジョンとモチベーション

将来ビジョンとモチベーション
鎌田
正彦(総合技術監理・建設・応用理学部門)
『山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地
を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい』夏目漱石「草枕」の冒頭の下りである。人
間は、知的で情緒的な生き物であり、これらを如何にバランスを取るかが処世術になるの
だろう。では、なぜ自分の本当の気持ちを殺してまで世渡りする必要があるのだろうか。
端的には、社会、企業など、組織のヒエラルキー中で、生活のために無益な軋轢を避け、
他人と上手く付き合って行かざるを得ない現実がある。
今年度卒業予定の大学生の就職率は、過去最低と言われており、捲土重来を期し卒業を
見合わせる学生も多いと聞く。その一方で、中小企業は、なかなか学生が集まらない。良
い企業に就職したいと希望する学生は、何を基準に企業を選択しているのか。大企業への
就職は生活の安定を意味するかもしれないが、幸せになれるかは別の話である。良い大学
への入学が、幸せへの近道と考えるのであれば、それは手段の目的化に他ならない。
トルストイの「アンナ・カレーニナ」に『幸福な家庭は皆同じように似ているが、不幸
な家庭はそれぞれにその不幸の様を異にしているものだ』とある。でも、「幸せ」とは何か
を突き詰めて考えると、「幸せ」も人によって異なるのではないか。戦後の貧しい時代は、
日本国中が不幸だったのだろうか。貧しい生活の中にも笑いや喜びに満ちた幸せな瞬間が
あったはずである。物質文明が進展する中で、我々はちっぽけな喜びを見失ってしまった
のかもしれない。
建設関連企業は、厳しい経営環境の只中に置かれている。多くの企業では、将来への展
望が持てないまま、社員が日々の仕事の中でもがき苦しんでいる。何がそこまで我々を追
い詰めているのだろうか。暗いトンネルの先に明かりを見出すことはできないのだろうか。
今必要なのは何か。社会が悪い、政治が悪いというのは簡単である。如何に生きるかと
いうことは、人任せには出来ない。自らが目標を立てて、その実現に向けて努力する。初
めは小さな目標と小さな達成感で脳をドーパミンで満たし、小さな喜びに浸ってみてはど
うだろう。このささやかな「達成感」に幸せを見出せないだろうか。将来へのビジョンは
帰属する組織から与えられるものではなく、自ら設定することが大切ではないだろうか。
小さな達成感の積み重ねがモチベーションの源泉であり、目標に向かって小さな努力を積
み重ねることが大きな功績への道標でもある。
何時までも、建設関連業界が華やかかりし頃を懐かしんでみても、将来への展望は開け
ることはない。自分の可能性を信じ、自ら立てた将来ビジョンに向けて、前向きな強い気
持ちを持って明るい日本を築こうではありませんか。