最近の日朝関係と北朝鮮の現実

アジアフォーラム21
ANNUAL REPORT
第5回
『最近の日朝関係と北朝鮮の現実』
山梨学院大学 経営情報学部経営情報学科
教授 宮塚 利雄
日本人にとって北朝鮮というと、何となく怖くて暗くて恐ろしい国というイメージがあ
ります。しかし、日本にとって一番近い国は隣の朝鮮半島にある韓国と北朝鮮です。韓国
とは 1965 年に日韓条約を結び、国交正常化しました。また昨年の場合だと、日本から韓国
を訪れた観光客は 300 万人を越えています。ところが1年前になると実は、日本から韓国
を訪れた観光客は 230 万人前後で、韓国からの観光客は 250 万人でした。日本の人口の3
分の1しかない韓国からの観光客が増えたわけですが、これは要するに円高ウォン安か、
ウォン高円安かによって違ってくるのですが、ともかく日本と韓国では年間に 500 万人以
上の人間が、往来していることになります。このような緊密な外国との関係は少ないと思
います。日本から韓国へは25都道府県にある 28 の飛行場から、定期便が飛んでいます。
今度は静岡空港からも飛ぶのでまた増えます。日本にとって韓国は非常に近くて近い国な
ので、人ばかりでなくいろいろな情報やモノも入ってきます。
ところが今日、私が話すテーマである北朝鮮ということになると、なかなか分かったよ
うで分かりづらい国ということになります。
今朝も朝日新聞と読売新聞で、北朝鮮に関するどんな記事があるかと見ていたら、昨年
11 月 30 日にデノミを突然行って、それにより経済が混乱しているということや、1959 年
12 月からいわゆる約9万人の在日朝鮮人が北朝鮮に帰国しましたが、その時に日本人妻も
3,000 人近く夫と同行しているわけですが、その日本人妻の親戚の方から「お金を送ってい
るが本当にきちんと届いているのか。デノミによって私たちの親戚にはどういう影響を与
えるのでしょうか」といった相談が、日本人妻自由往来の会に寄せられている、という記
事でした。
日本と北朝鮮は国交が正常化されていません。ロシアとは国交は正常化しましたが、平
和条約は結んでいません。したがって北朝鮮はよく言われるように、近くて遠い国という
ことになりますが、実はそうではありません。
私の今日の話はあまりアカデミックな話しではありません。また、私は他の北朝鮮研究
者とは違った方法というか、やり方で北朝鮮を研究しております。普通ならば北朝鮮を研
究しているのであれば当然、北朝鮮に何回も入って資料や情報を集めるというのが正常な
やり方かもしれませんが、残念ながら北朝鮮という国は正面から入って行っても自由に動
けるわけでもないし、自由にコピーができるとか情報や資料が入手でき、という国ではあ
りません。私は 1,991 年に2回、北朝鮮に行きました。その後は入国禁止のブラックリス
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トに挙げられてしまいました。それは私が金日成や金正日体制を批判しているということ
と、マスコミなどで北朝鮮の悪口を言っているから、ということでした。悪口を言ったこ
とはなく、本当のことを言っているだけなのですが、「北朝鮮には好ましくない人物」とい
うことで入国できません。それでやむを得ず 1992 年から中国と北朝鮮の国境沿いの中国側
から、北朝鮮をずっと見ています。中国と北朝鮮の国境は約 1,400 キロあります。今年は
3月に行きますが、34 回目になります。
「頭隠して尻隠さず」という言葉がありますが、北
朝鮮から脱北してきた人や、北朝鮮に親族訪問や商売などで訪れた朝鮮族の人と会って、
話を聞いたり北朝鮮のグッツなどを入手しているので、逆に言えばピョンヤンから入って
いかなくても、最近の北朝鮮の生の情報を知ることができます。国境踏査をする中で中国
の国境警備兵から、何回か捕まりそうになったこともありましたが、そういう中で収集し
てきた北朝鮮の情報です。もっとも日本の北朝鮮研究者の中にはよく外務省とか、他の機
関などから資料を提供されて分析するという、立派な先生もおります。NHK などによく出
てくる先生ですが、そういう先生ならば自分でいちいち国境などに、高いお金を出して行
かなくてもいいわけです。もっとも私が尊敬しているある大学の先生は、金正日はもう亡
くなった、今いる金正日はダミーだと公言してはばかりませんが、これは間違いです。ピ
ョンヤンには中国大使館があります。あの強かな中国人の目と情報力をごまかせるはずが
ありません。金正日が 08 年に脳関係の病気になったことは事実ですが、亡くなってはいま
せん。したがって亡くなっていないのに、亡くなったと言い張るような、そういう説を唱
えるようなことは私はしません。私がこれから話すことは少なくとも自分で確かめたこと
です。
先ほども言いましたが、日本と韓国の場合は年間 500 万人以上の人間が往来しますが、
日本と北朝鮮は国交が正常化していないこともあり、人とモノの流れは非常に細いわけで
す。特に人の流れですが、日本人は北朝鮮に観光で行けるのかと聞かれますが、基本的に
は誰でも行けます。私のように札付きになればダメだといわれることもありますが、朝鮮
総連系の旅行会社を通して行くことができます。ここで観光旅行申請者が北朝鮮にとって、
都合のいい人か悪い人かを審査されて、入国を許可されます。ただし日本人で北朝鮮に純
粋に観光客で行く人は、年間に 100 人いるかどうかです。もちろん、北朝鮮に与する団体
の人たちや、またはアントニオ猪木やデビ夫人のような方は年に何回も行っているかもし
れませんが、それ以外の人はまず行こうとしても、4泊5日くらいの日程で 20 万円以上の
お金が取られ、しかも北朝鮮に入国しても自由にいろいろなところが見られるのか、とい
うと全くそうではないのです。北朝鮮観光についてはよく「世界のいろいろな国に行った
が、行ってないのは北朝鮮だけだったので来た」とか、「この国は一度来たら,二度と来た
くない」と言われるので、リピーターとして何度も行くような人は少ないと思います。
その他に日本からはどういう人が北朝鮮に行くのかというと、日本に住んでいる在日朝
鮮人の方です。山梨県にはありませんが、朝鮮高校や東京の小平に朝鮮大学校があります。
ここの学生たちが修学旅行で万景峰(マンギョンボン)92 号などに乗って行くわけですが、
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年間に 1,000 人前後くらいの学生が往来しています。その他はいわゆる在日朝鮮人の方で、
1959 年から北朝鮮に帰国した人たちの家族や親族に会いに行くという人たちが、祖国短期
訪問をします。これはだいたい9泊 10 日くらいですが、この人たちは年間 2,000 人~3,000
人と言われています。こういう人たちが日本から行く人たちです。そういうことなので、
年間に日本から行く人は1万人いるかどうかです。
逆に、北朝鮮から日本にどういう人が来るのか。北朝鮮の人は一般の民間人はよほどの
ことがないかぎり、海外旅行などはできません。金正日の子供たちはヨーロッパなどに行
くことはできますが、普通の人はまず行けません。唯一、日本に北朝鮮の民間人と称する
人たちが入ってきたのは、2001 年5月3日に東京ディズニーランドを見たいと言って捕ま
った金正男がいますが(この時に所持していた旅券はドミニカ共和国のものだった)、それ
以外の北朝鮮の民間人は基本的には観光で日本に入ってくることはできません。ただその
他には、今から3年くらい前までは、農業や宗教関係の代表団や、金正日の誕生日のお土
産を買う代表団といった人たちがいました。今、開かれている東アジアサッカー選手権で
すが、本来は北朝鮮の女子チームが来る予定でしたがビザの関係云々で来なくなりました。
その他には北朝鮮の工作船によって不法に入ってきた人がいましたが、それも最近はほと
んど姿を消しているということもあり、日本への北朝鮮の人の流れは乏しく細いです。
今日、胸に私は青いリボンを付けて来ていますが、これは拉致被害者を救出する運動を
している、特定失踪者問題調査会が配布しているバッジです。これを付けたからといって
拉致問題が解決するかどうかは分かりませんが、とにかく日本から不法に拉致されて行っ
た方の、一日も早い解決が望まれます。拉致の問題は今日の話とはテーマが違うので触れ
ませんが、拉致問題の解決なくして日朝の国交正常化はありえないと言われていますが、
この問題の解決はなかなか難しく、未だに進展が見られずずっと停滞したままです。
ところがモノの流れとなると違ってきます。2002 年の「北朝鮮貨物船入港全国マップ」
というものがあります。日本はご承知のとおり島国で、多くの港がありますが、外国の貨
物船が入ってこられる港は政令によって 86 の港に限られています。02 年は北朝鮮の貨物船
が一番多く入ってきた年です。この年は累計で 1,415 隻の貨物船が、北は北海道から南は
沖縄まで入ってきました。北朝鮮の貨物船が一番入ってくるのは、鳥取県の境港港か京都
府の舞鶴港ということになります。このように北朝鮮からのものが入ってくるわけですが、
06 年9月に北朝鮮が核実験をしたことにより、日本は 06 年 10 月で北朝鮮からの輸入を全
面ストップしました。また、09 年5月にも同じように北朝鮮が核実験をしています。それ
によって日本はそれまで北朝鮮からの輸入はストップしていましたが、輸出は日本船籍お
よび北朝鮮船籍以外の国の貨物船による輸出は認めていたのですが、これも核実験によっ
て 09 年6月 18 日をもって全面的に禁止し、現在に至っています。それでは 06 年の統計か
ら日本と北朝鮮の間では、どういうものが流れていたのかを見てみます。
06 年1月~12 月の北朝鮮からの輸入主要品目を見てみると、動物性生産品の項目に、ズ
ワイガニがあります。ズワイガニの水揚げ量が多いのは鳥取県の境港港です。私が鳥取県
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の知事を表敬訪問に行った時、鳥取県日本一の生産量を誇るものとして、ズワイガニなど
がパンフレットに載っていました。もちろん境港港所属の漁船だけで水揚げが日本一なの
かもしれませんが、境港港行ってみるとロシアや北朝鮮からのものが結構入ってきていま
す。このようなこともあってか、堺港市と北朝鮮の元山市は日朝間に国交がないのにもか
かわらず、実は友好都市の関係にありました。これは非常に珍しいことです。ただしこの
ような関係も 06 年の核実験によって、境港市議会が北朝鮮とはもう付き合えないというこ
とで、友好都市の関係は破棄されました。
また、毛蟹、ハマグリ、アサリなどがありますが、アサリにいたっては輸入は 05 年に比
べると 14.0%に減ってきています。このアサリは日本人にとっては、庶民の食生活のいろ
いろなところで使われていますが、なぜ 06 年にあさりの輸入が激減したのかということに
なりますが、02 年 12 月に茨城県の日立港に北朝鮮の貨物船が入って来ましたが、この貨物
船は港の直前まで来て座礁しました。ところが、座礁したのに船員たちはそのままにして、
逃げてしまったのです。当然、船が座礁すると油がどんどん流れ出します。この時に困っ
たのは、一体どこにその責任を要求するのかということです。手をこまねいている間にも
油がどんどん流れ出すということで、やむを得ず茨城県と日立市などが6億8千万円をか
けて、油を回収しました。こういう事件が起きてから、日本で政令が改正されました。そ
れは「船舶油濁損害賠償保障法」といって、要は外国の船が入ってきて座礁し、油などが
流れして被害が発生した時、どこに保障を求めるのか、船主責任を明確にしたものです。
これは 100 トン以上の貨物船に該当します。日本がこの政令を改正する時に調べてみたと
ころ、北朝鮮の貨物船で船主責任保険に入っている船はたった3%、ロシアの船で11%
だったのです。ということで、実は 05 年3月から日本に入ってくる 100 トン以上の貨物船
は、必ず船主責任保険に入っていなければならないということになりました。日本には北
朝鮮産のアサリが大量に輸入されており、05 年の統計では日本が輸入したアサリの半分以
上は実は北朝鮮産だったのです。それが政令が改正され、アサリを運ぶ 100 トン以上の船
が少なくなったということです。
また、もう一つ、こういうことがありました。宮城県のある漁協で北朝鮮産のアサリを
輸入し、潮干狩り用にと砂浜にばら撒いたのです。ところでアサリには天敵の貝がいます。
淡水湖におけるブラックバスと同じようなものですが、サキグロタマツメタという貝です。
北朝鮮からアサリを輸入したときに、このサキグロタマツメタが一緒に入ってきたのです。
このサキグロタマツメタは非常に獰猛な貝です。アサリを見つけると、アサリの上に乗り
牙や何かで穴を開け、身を食べてしまうのです。そこに自分の卵を 1,500~2,000 くらい産
みます。このサキグロタマツメタが一緒に入ってきて、アサリを食べ潰してしまったとい
うことがありました。宮城県のこの海岸では潮干狩りができなくなりました。
また、06 年に前年比 14%に減った理由として、拉致問題がなかなか解決しないし、政府
もあてにならないという中で、拉致被害者の救出運動している人たちが、解決のためにな
んとしてでも北朝鮮に圧力をかけなければならないということで、北朝鮮からの輸入品の
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ボイコット運動を始めました。日本が輸入するアサリの半分以上は北朝鮮産だということ
で、アサリの輸入をボイコットしようということになったのです。
またシジミも日本ではアサリと同じように非常にポピュラーなものですが、ご承知のと
おり、日本では在来種としてはセタシジミと大和シジミとマシジミの3種類だけです。セ
タシジミというのは琵琶湖のせ瀬田地区だけに獲れるシジミだそうです。マシジミという
のは、沼や川で獲れるシジミです。日本では利根川水系と霞ヶ浦あたりが最大の産地です。
だから茨城県に行くとよくシジミが売られていますが、ここではどこで獲れたものか産地
名がきちんと書いてあります。もう一つは大和シジミです。代表的なのは島根県の宍道湖
や四万十川の河口など、要は海水と淡水が入り混じっているところで獲れるシジミです。
そういうものも実は北朝鮮から入ってきていましたが減りました。
一方、ウニだけは前年比より増えました。理由は簡単です。北朝鮮は、日本は魚介類を
持っていけば間違いなく売れると思っています。その中でも特に沿海物、北朝鮮はエネル
ギーが不足しているので遠洋漁業はあまりできないため、近場の魚介類といったものを獲
るということもあり、ウニも日本に大量に輸出していました。
100 トン以上の貨物船は船主責任保険に入らなければならないので、数少ない大型の貨物
船は出せません。ところが 99 トン以下の貨物船は船主責任保険に入っていなくても良いと
いうことで、ウニはそういう点では非常に便利なわけです。ウニを入れる箱を業界用語で
弁当箱と言うそうですが、北朝鮮から来るウニもほとんどが弁当箱に入っています。しか
し、その弁当箱は日本製です。日本から調味料から何から皆、持って行って、ウニだけが
北朝鮮のものということになります。このウニが入ってくるのはなぜか、ほとんどが小樽
港です。今、慶応大学の先生をやっている片山善博先生がいます。片山さんは以前、鳥取
県の知事をしていました。この片山さんは日本の知事の中では唯一朝鮮語が非常に堪能で
した。私が鳥取県庁に行ったとき、15 分の面会の予定でしたが、30 分ほど朝鮮語で話した
ことがあります。その片山さんが知事の時代に北朝鮮へ行き、ある港町の工場に行ったそ
うです。片山さんは朝鮮語ができるので一人で工場の中にフラッと入っていったら、弁当
箱がたくさん並んでおり、その隣に積まれている箱の蓋を見たら「小樽産」となっていた
そうです。今のように原産地表示がうるさくない時代の話しですが、このウニがとにかく
大量に入ってきた背景には、日本は漁獲類、その中でも特に近海物などは持っていけば必
ず売れる、ましてやウニは回転寿司ブーム等でとにかく売れると知っていたからです。し
かも、これは 100 トン以下の船で持っていけるということで、大量に入ってきたというこ
とです。
また植物性生産品としてマツタケが日本への輸出品目にあります。北朝鮮にとってみれ
ば、マツタケは全く元手がかからずに外貨を稼げるものです。05 年には北朝鮮からの日本
の輸入額の 12%はマツタケの代金でした。このマツタケですが、北朝鮮ではシーズンにな
ると、マツタケが採れる山にはなんと軍隊が駐屯するのです。軍人さんが採るわけではな
く、付近の住民を動員して、一つ残らず住民に採らせます。だいたい採り尽くしたとなる
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とトラックで平壌などに運びます。私も2年前に甲府の岡島デパートで、北朝鮮産のマツ
タケを買いましたが、確か2本で 1,000 円でした。日本では丹波地方などで採れるマツタ
ケは高級品ですから、1,000 円などではとても食べられません。しかしこれも 06 年に北朝
鮮がミサイルを発射し、核実験などを行ったことにより、万景峰 92 号のなどの入港が禁止
され、日本への輸出は途絶えました。しかし、北朝鮮はこのマツタケが採れて困っている
わけです。世界広しといえどもマツタケを高いお金を出して買って食べるのは、日本人ぐ
らいしかいないと思います。私も脱北者に「香りマツタケ、味シメジ」といって、日本人
は非常にマツタケを喜ぶが、高くてなかなか私たちの口には入らないと言いましたが、彼
らにはこの冗談は通じませんでした。それよりも白いご飯がたくさん食べたいとのこと。
このマツタケの貿易は現金取引だと聞いています。ただこのマツタケの貿易代金は北朝
鮮の国庫に入るのではなく、金正日の秘密の金庫などに入っていくということです。また、
統計の数字はありませんが、北朝鮮から日本への輸出品目の中に天然の砂というのがあり
ます。1990 年に金丸さんが北朝鮮行った時に交渉したものの一つが、この砂と砂利の輸入
の話だったと言われています。実は北朝鮮には無尽蔵にこの天然の砂があります。逆に言
えば、地震大国の日本にとってみれば、天然の砂・砂利は喉から手が出るほど貴重なわけ
ですが、北朝鮮からは入ってきていません。北朝鮮の砂が非常に良いということは、日本
のゼネコンもよく知っております。私も 1991 年に北朝鮮に2回入国して、それ以降は入国
できないということで、1992 年から先ほども言いましたが、中朝国境から見ているわけで
すが、行くたびに必ず行って見るところがあります。それは鴨緑江の河口から 60km くら
い上流にある水豊ダムです。この水豊ダムは 1941 年9月に送電を開始しております。この
ダムは 70 万 kW の発電能力のある水力発電所です。鴨緑江は国際河川でありますから、ダ
ムの建造では朝鮮側は間組、満州側は西松組が担当しました。このダムは 70 万 kW の発電
能力があるのに、10 万 kW の発電機一台がドイツのシーメンス社から届かなかったため、
60 万 kW で発電を始めたわけです。日本が 1941 年に造ったものですが、今でもこのダム
だけは動いています。この水豊ダムを造ったときの骨材はほとんど朝鮮産でした。という
ことで、この北朝鮮の天然の砂は是非とも、日本が輸入すべきであると、私もある総合商
社に話しに行った時、「宮塚さん、その砂の輸入の件ですが、もうあの国と商談することは
止めました」と言われました。話を聞いてみると、北朝鮮という国は、いくらこちらが何
月何日に何万 t を買うからと約束して、指定された北朝鮮の港に運搬船を持って行くと、港
には砂はほとんどなかったとのこと。そういう約束を破る国なので、砂の質が良いことは
分かっていますが、なかなかあの国とは商売ができないとのこと。今、北朝鮮の砂を買っ
ているのは中国と韓国です。韓国はどんどん入れていますが、とにかくこの天然の砂が無
尽蔵にあるので、日本は北朝鮮との国交が正常化する前からでも砂だけはどうか、輸入で
きないものかと思っています。
日本はご承知のとおり地震大国ですからモノが倒れるということがあります。ですから、
砂で一番良いのがこの天然の砂、川砂が良いわけです。そうでければ山砂です。千葉県の
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君津に行くと山がずいぶん削られています。山を削ったのは、山砂を取るためです。その
次は海砂がありますが、これは塩分を取り除くのにずいぶん時間とお金がかかります。と
いうことで天然の砂はこれからもますます必要となります。その他に北朝鮮から日本に入
って来ているのは、無煙炭です。これは一番輸入額が多く、製鉄所などで使っています。
では、次に日本からどういうものが輸出されるのかについて、日本からの輸出主要品目
「2006 年1~12 月累計」の左側を見てほしいと思います。左側の下に輸送機器というもの
があります。バス、乗用車とあり最後に自転車があります。この自転車ですが、北朝鮮か
ら魚介類や無煙炭などを運んできて、帰りに買っていくものがないわけです。その代金は
ありますが、その時にやはり空船で帰るわけにはいきません。ということで北朝鮮が数年
前から考えていたのが、主に中古の自転車と冷蔵庫や廃車処分された自動車等です。この
トップの自転車ですが、なぜ北朝鮮は日本の自転車を大量に買っていくのか。これはもち
ろんほとんどが放置自転車として処分されたものですから、保管に困っている日本の自治
体なども助かるわけです。北朝鮮ではこの自転車を修理して、まずは乗り物として使いま
す。日本の自転車には、北朝鮮の自転車にはないものがあります。それは何かというとラ
イトです。日本の自転車は軽量で頑丈で、しかも前にはカゴが付いていて後ろには荷台が
ある。人も乗れるし物も運べる。自転車というのは日本でも明治の中期頃に入って来たわ
けですが、最初からライトは付いていませんでした。自転車がだんだん便利になってきて
庶民に広まってきたわけですが、夜には暗くて動けないということになるわけです。その
時に皆が考えたのは、自転車にろうそくを付けることでした。しかし、ろうそくでは風が
吹くと消えてしまうので心許ない。その次に考えられたのはカーバイトですが、値段が高
いということと、危険ということがありました。やはりライトでなければダメだというこ
とで、皆がいろいろなライトを考えるわけですが、充電時間が短くすぐに消えてしまうと
か、照明距離が短いとか、いろいろな問題点が出てきました。その時に松下幸之助さんが
あるライトを作りました。松下さんのライトは砲弾型ライトと言われましたが、松下さん
のライトは何がすごいかというと、長い間ライトを付けることができるということと、そ
のライトには取り外しができる、取っ手の部分があるということでした。これは何かとい
うと、松下さんは自分でも自転車に乗って物を運んでいました。彼は自転車を降りてから
また暗い夜道物を持って歩く時の苦労を知っているわけです。自転車に付けたライトを取
り外して、またそれを使えばいいじゃないか、という画期的なことを考えたわけです。松
下さんの工場が町工場から工場に移っていくのは、二股ソケットからですが、ナショナル
というブランド名を付けたのは、この砲弾型ライトを改良した丸型ライトが初めてです。
ということもあり、日本の自転車はとにかくライトが付いているという利点があります。
それともう一つ、日本の自転車には精密なベアリングがいくつも使われています。日本の
ベアリングは日本が世界に誇る精密産業の中でも、とくにすぐれたものです。これは確か
今から 30 年位前の話ですが、私が北朝鮮問題をやり始めた頃、当時ソ連の人たちが来て、
秋葉原で冷蔵庫などを買っているというのです。冷蔵庫を買って行って何をするのかと聞
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いたら、実は冷蔵庫などからベアリングを取り出すという話を聞きました。ベアリングは
機械や武器、ジャイロスコープとか、いろいろなところに使われるわけです。北朝鮮は実
は日本の中古自転車からベアリングを取り出して、それを他の機械や武器に使っているの
です。ということで、日本から運ばれて行った自転車は、北朝鮮では重宝がられているの
です。話がずれますが、驚いたことがあります。この写真は昨年の夏に撮ったものですが、
北朝鮮にも夜行列車や長距離列車がありますが、これは遅延が日常茶飯事なのでいつ来る
のか分かりません。また来ても必ず乗れるのか乗れないのか、分かりません。なぜかとい
うと、実は乗降口から乗り降りするわけですが、そこでは乗客の人間様よりも荷物が多い
のです。後からお見せしますが、乗客は乗降口から乗り降りするのではなくて、窓から乗
り降りします。いちいち乗降口から乗り降りしていたら、時間がいくらあっても足りませ
ん。驚いたことこれは貨物車の写真ですが、人間が乗り降りしています。真夏なので締め
切ると中は真っ暗で、むし暑いと思いますが、客車が不足しているので、こうやって貨物
車に人や荷物を乗せているのです。エネルギー不足とインフラが整備されていない北朝鮮
では、鉄道や輸送事情はお粗末の一言につきます。だから北朝鮮の人は 10~20km の距離
ならば、最初から歩くのが普通です。それが一番確実だからです。エネルギー不足という
ことで言うと、イカダが未だに使われております。イカダの技術には中国式と日本式があ
りますが、これは日本の和歌山県と奈良県のイカダ流しの技術が伝わっていったと言われ
ています。私もイカダを初めて見てびっくりしました。また中古のバスも輸出されていま
す。私が先月奈良県で講演した時のことですが、昨年私の友人が北朝鮮に行った時に、平
壌市内を奈良交通のバスが走っていたという話をしたら、講演の後に奈良交通の社長が「先
生はその話をどこから聞きましたか。実は私も、ウチの廃車処分にした奈良交通の観光バ
スが走っているということを、ある人から聞いて驚いた」というわけです。「どうしてあの
バスが北朝鮮に行ったのか」ということになり、しかも奈良交通という名前を消さないで
走っていたので、ビックリしたと言うわけです。北朝鮮の人は日本が嫌いですが、日本の
商品や製品は非常に人気があります。「奈良交通」と日本語が入っているということは、あ
る意味ではブランド名であり、非常に立派だという証明にもなるから、消さずにそのまま
使用していたということでしよう。この乗用車やバス、特殊用途自動車とか、多くの輸送
機器が日本から運ばれています。北朝鮮はミサイルやロケットは飛ばしますが、ああいう
ものは全部自分の国の部品で造られているのではなく、各国からいろいろな部品などを買
ってきて、それを組み立てて飛ばすだけという国です。そういう意味では、ダンプカーな
どは北朝鮮では造れません。ダンプカーやブルドーザー、冷凍車、クレーン車などは日本
にあった時の、そのままで走っています。但しナンバープレートだけは北朝鮮製に変えて
あるだけです。
さらに資料の上のほうを見ると、プラスチックのゴム、タイヤなどと書いてあります。
関東地方でもよく中古タイヤの山があり、そこから不審火が発生したり、ボウフラが湧い
ているなどと、話題になったことがありますが、一時この中古タイヤの山が消えたことが
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あります。それは北朝鮮だけではなく、他のいわゆる第3国というのでしょうか、途上国
に行ったわけです。日本の中古タイヤは非常に熱量が高く製鉄所やセメント工場などで使
うそうです。私が驚いたのは『将軍様の鉄道』という本を読んだところ、日本から流れて
いったタイヤのチップの一部が、蒸気機関車の燃料として使われているということが書か
れていたことです。北朝鮮も今では鉄道関係はほとんど電化されており、一部区間だけで
まだ蒸気機関車が走っています。北朝鮮というのは貧乏な国に見えますが、そうではなく、
地下資源は非常に豊富です。石炭もたくさんありますが、なぜか蒸気機関車の熱量として、
石炭も使っていますが、日本から輸入したタイヤのチップも使っているというのです。そ
れはそれで良いわけですが、私がある所で講演をした時、北朝鮮ではタイヤのチップを蒸
気機関車の熱量として使っている、と話したところある方が「宮塚さん、さっきあなた、
タイヤのチップを蒸気機関車に使っていると言いましたが、もっと詳しく説明して欲しい」
と言われました。蒸気機関車の熱量は普通ならば石炭です。いわゆる釜焚きさんとよばれ
る人が、夏でも冬でもとにかくボイラーに石炭をどんどんくべるのです。問題は石炭を燃
やした蒸気機関車にはカスが溜まります。それをまた処理しなくてはいけません。私は北
海道育ちなのでよく知っていますが、石炭のカスを捨てるのは、また大変な作業です。と
ころがこのタイヤのチップだけは、燃やすとほとんどカスが残らないから良いのだそうで
す。「釜焚きさんにとっては、石炭よりもタイヤのチップの方が非常に良いはずです」とこ
の方が言ってくれた。ところが問題はそこからです。これも奈良での講演の時でしたが、
ブリジストンの社長さんが言ったのは、「宮塚さん、先ほどあなたは北朝鮮にタイヤのチッ
プが流れていると言った。それは大いに結構です。しかし日本の中古タイヤの熱量では、
北朝鮮の火力発電所や製鉄所などの釜では、到底熱には耐えられないはずです。日本でも
中古タイヤを熱量として使うところがありますが、特殊な釜でないとすぐに釜が壊れてし
まうそうです。熱量として使うのは良いが、そのうち北朝鮮の火力発電所も製鉄所の釜も
壊れてしまうのではないでしょうか」ということを言われました。これまで走っていた蒸
気機関車もタイヤのチップで寿命を全うしてしまったのか、幸か不幸か最近は北朝鮮に行
っていないのでこれ以上は分かりません。また、統計には出てきませんが、日本から北朝
鮮に流れていくものがあります。それは現金です。どういうことかといいますと、万景峰
92 号などで北朝鮮に行く時に持っていくお金です。これは当然外国人が出国する時には申
告しなければいけません。05 年の統計によりますと、万景峰 92 号などで日本から出国した
在日朝鮮人が、申告して持ち出した金額は 27 億 6,300 万円です。これはあくまでも申告し
た額です。ところが実態はどうなのでしょうか。例えば自分が 10 万円を持っていても10
万円持っている、と申告する人はほとんどいないと思います。7~8万円か5~6万円と
申告するでしょう。さすがに1万円というのは怪しまれますが。そういう事情を含めた申
告額の 27 億 6,300 万円です。ところで北朝鮮に親戚がいる人などは、日本の市中銀行から
はお金を送れなくなりました。日本の市中銀行では平成 14 年 10 月1日をもって、足利銀
行が送金の窓口をストップしました。これはパチンコ送金疑惑や、アメリカの圧力もあっ
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たと思います。ということになると、在日朝鮮人はそれまで日本の市中銀行から送れたも
のが送れません。では、どこから送るかというと郵便局です。郵便局からは今でも送るこ
とができますが、書類を書くのが非常に面倒くさいです。最近は特に現金を送るときには、
日本の郵便局は「なぜ送るのか」と聞かれたり、郵便局によっては受け付けないところが
あります。郵便局から一度に送れる額が51万円くらいです。しかも、なぜ、誰に送るの
か、こと細かく書かなくてはいけません。郵便局の人に、
「これは北朝鮮の核関係に使われ
るお金ではないか」と言って拒否される可能性もあります。いずれにせよ、05 年に持ち出
された申告額は 27 億 6,300 万円ですが、実際には万景峰 92 号などで北朝鮮に行く人に、
これをピョンヤンにいる親戚や身内に持っていってくれ、と託された人が多くおり、この
委託金として持って行くお金は、当然申告された額には入っていません。ということは、
27 億 6,300 万円プラス何億円ものお金が日本から運ばれているということになります。こ
の年は2億 8,000 万円が郵便局から送られたお金です。
もう一つ、05 年に朝日新聞がおもしろい統計を取った記事が紹介されたことがあります。
万景峰 92 号で、日本から北朝鮮に運ばれていくものに増えているものが2つありました。
それは牛肉とタバコです。私は『日本焼肉物語』という本を書いたので、当然のことなが
ら、焼肉のことを調べるには日本の焼肉屋さんに聞かなくてはなりません。叙々苑の新井
(朝鮮名:朴)さんは自分の兄弟が5人も平壌にいるそうですが、日本から帰国した在日
朝鮮人で平壌にいまだに健在でいるというのは、よほどの金づるがないと不可能です。新
井社長に聞いたときに、
「焼肉なんか調べてどうするのですか。かつては北朝鮮にも牛肉の
焼肉はあったかもしれませんが、今はほとんどありません」ということから始まって、「だ
けど北朝鮮には牛肉の缶詰があると聞いたので、今度行ったら買ってきてやろう」という
ことになりました。問題は何かというと、なぜ北朝鮮に日本から牛肉が流れていくのか、
ということであります。焼肉のルーツは朝鮮半島といわれていますが、本場は日本です。
それはそれとして、北朝鮮にも牛肉の焼肉屋があるのだろうと思っていたのですが、北朝
鮮で牛肉の焼肉を食べているのは、ほんの一握りの特権階級の人たちではないか、という
ようなことを叙々苑の新井社長が言っていました。それはともかくとして、北朝鮮の人が
まったく牛肉の焼肉を知らないというわけではありません。北朝鮮の人も実は牛肉が美味
しいということは知っています。ところが、それをなかなか食べることができない、とい
うのが現実です。そうすると、牛肉の代わりに何を食べるのか。まず、なぜ日本から牛肉
を運んでいくのかというと、これはもちろん北朝鮮の赤い貴族と呼ばれる人たちが食べる
のもありますし、実はアリラン祭などの時に、外国からお客様が多く来た時に提供するの
が牛肉です。だけどそれ以外のほとんどの人は牛肉などは口に入りません。もちろん北朝
鮮には牛も馬もいますが、いまだ農耕用であって食肉用ではありません。ということは、
日本の農村から牛や馬が消えていったのが昭和 30 年代だと思いますが、北朝鮮ではいまだ
に牛や馬が農耕道具として健在なのです。では、牛肉の代わりに何を食べるのか。実は北
朝鮮の人が一番食べたがるものがあります。牛肉は高嶺の花です。北朝鮮ではよく言いま
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すが、お腹が空いたからといって協同農場から牛を盗んできて、屠殺して食べたことが分
かると、時には公開銃殺されます。牛は国家の財産であり、国家の財産を盗んだ者は処刑
してもかまわないとういことです。それでは北朝鮮の人が食べたい肉は何かというと、そ
れは犬の肉です。犬の肉を食べることを北朝鮮の人、はもっとも理想とします。食べ方は
いろいろあります。私は3月に、中・朝国境に行きましたが、旧満州へ行くたびに食べる
のは、主に食べるのは犬の肉と豚肉です。しかしやはり正直言って、犬の肉よりも牛肉の
ほうが美味しいわけですが、ともかく、そういう形で、犬の肉を食べています。犬の肉の
値段は大きさによっても違いますが、実は豚肉よりも高いというくらいで、給料の2~3
ヶ月分に相当します。ところで北朝鮮には不思議なスローガンが一つあります。それは何
かと言うと、
「草を肉に変える」というスローガンです。どういうことかというと、要は動
物性たんぱく質の摂取量が少なく、牛肉は食べたいが、牛肉代は目の玉が飛び出るくらい
に高く、一般の庶民には高根の花である。ところが身の回りには草だけで大きくなる動物
がいる。しかもそれは大きくなると肉も食べられるし、皮は皮で衣類に使える。
「草を肉に
変える」スローガンの代表的なものが実はヤギとウサギです。私は驚きましたが、中・朝
国境に行くと、北朝鮮では山という山にヤギがへばりついています。要はヤギは草だけで
大きくなる、ということなのです。しかも、ヤギは大きくなると、乳も飲むことができま
す。北朝鮮では学校でもウサギを飼っていますが、あれは観賞用ではなく、学生1人に1
匹ずつ飼わせているのです。責任をもってやらせる、ということになります。ともかく、
ウサギとヤギによって肉の問題を解決する、という非常にある意味寂しい話でもあるわけ
です。今年の北朝鮮の新年の3紙合同の社説がありますが、これを見て非常に驚きました。
北朝鮮という国はミサイルもロケットも飛ばす国です。日本を通り越してアメリカまで届
きそうなミサイルを飛ばすというような国であります。今年の新年の辞には何が書かれて
いたのかというと、これは北朝鮮を占うのに一番重要なものですが、
「生活必需品を増産し
よう」ということでした。歯磨き粉、長靴、扇風機、傘、布地、こういうものを増産して、
人民生活を豊かにしなければならない、というのです。
これもやはり今年の社説の中に出てきますが、北朝鮮には何が足りないかというと、電
力です。決定的に足りないものは電力であります。そのくせ、ミサイルなどはあります。
必ず出てきますが、米やジャガイモなども足りません。とにかく今の北朝鮮にとってみれ
ば、食べ物の問題が非常に重要です。食べ物のためにはどこでも採れるところは使え、と
いうのが北朝鮮です。河川敷で、猫の額ほどの場所で、みんなで農作業に励んでいるわけ
です。日本などは「衣食住足りて礼節を知る」ですが、北朝鮮は「食衣住」です。
では、北朝鮮から日本に入ってくるもので、これ以外に何があるかというと、最近これ
は韓国の釜山で発見されたのですが、偽の日本円札です。北朝鮮は決して技術的にすべて
の面で劣っているかというと、そうではなく、北朝鮮には悪魔の技術といわれる、高度な
製造技術もあります。その代表的なものがドルの偽札です。これはスーパーKともいわれ
ていますが、よほどのプロでないと北朝鮮が造った偽札はほとんど区別ができない、とい
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うことです。偽札の次は偽のタバコです。Marlboro は北朝鮮ではステータスであります。
あるときフィリップモリス社に苦情が来るわけです。味がおかしいと。特に中国から東南
アジアに出回っているものがおかしい、というので、フィリップモリス社が独自に調べた
ところ、北朝鮮の 12 の工場で偽タバコの Marlboro を作っていたということがあります。
曽我ひとみさんの旦那さんのジェンキンスさんが、平壌から来るときに空港で Marlboro を
吸っていた光景がありましたが、あれはステータスなのです。Marlboro を吸える人は北朝
鮮では本当に一部の人です。その偽タバコです。それと覚せい剤と麻薬です。最近では取
り締まりが厳しくなって、北朝鮮は覚せい剤をインドネシアなどで作って、日本に密輸し
ようとしています。
それともう一つ、北朝鮮が誇るものにマスゲームがありますが、このマスゲームは、何
も北朝鮮が作ったアイデアではなく、もともとはソ連のものでした。ソ連のマスゲームを
日本の某宗教団体が真似して、一度だけ日本で1万人のマスゲームをやったそうですが、
二度とこんなものはできない、ということで今はその技術を北朝鮮が継承してやっており
ます。さすがに偽札などは海外に密輸しているわけですが、マスゲームだけはお断りと言
われたそうです。これが北朝鮮の現実です。
では、いよいよ北朝鮮という国がどういう国なのかです。
私は 1966 年に高崎経済大学へ入りました。あの頃、日本では日朝協会、日ソ協会、日中
協会など、非常に社会主義国に憧れていた時代であり、私も北朝鮮というのは非常に素晴
らしい国だと教えられていました。この世に羨むものがないくらいに、地上の楽園だと思
ってきましたが、何と北朝鮮という国は生まれながらにして、親の因果が子に報いるとい
うのが後から分かりました。どういうことかと言うと、北朝鮮の人口は 2,200~2,400 万人
とも言われています。そういう中で、北朝鮮では自分がどこに生まれたかによって一生が
決まってしまいます。その3階層というのが、核心階層と動揺階層と敵対階層です。
なぜ3階層 51 階級というのがあるか-。1950 年6月 25 日朝鮮戦争が勃発して3年後に
休戦するわけです。韓国側は休戦、北朝鮮側は停戦と言っておりますが、その時に金日成
がまた南朝鮮とは戦争が勃発する、その時に一緒になって戦う人間はどのくらいいるのか、
ということで、北朝鮮の全人民の成分調査というものをやりました。その時に3つに分け
ました。核心階層というのは、戦争が起きたらまた金日成と一緒になって戦う階層です。
これは別名、トマト階層といいます。トマトというのは皮も中身も赤い、だから裏切らな
いというわけです。ところがよく見たら全人口の2割くらいしかいませんでした。その次
に動揺階層があります。これはリンゴ階層です。リンゴというのは、皮は赤いが中身は白
い。だからどうなるか分からない。でも北朝鮮というのは核心階層に生まれた人は、だい
たい平壌などの大都市に住んで労働党員になってそれなりの生活ができる人です。動揺階
層はだいたいが都市の労働者や農村に配置される人です。リンゴ階層まではいいわけです
が、敵対階層となりますと、ブドウ階層と言われます。ブドウは皮も中身も黒いというこ
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とで、有事の際には金日成体制に刃向かうという認識があります。このために敵対階層の
人たちはほとんど軍隊には行けませんでした。これが全人口の3割です。北朝鮮ではどん
なにイケメンであろうと美女であろうと、この敵対階層に生まれてしまうと、一生うだつ
が上がらないということになります。よほどの優れた技能や才能などがあり、金正日総書
記が評価しなければ、敵対階層からはまず出られません。職業に貴賎はありませんが、敵
対階層の人は主に炭鉱や鉱山、営林署、漁村など一番危険な職業や職場に配置されます。
そういう北朝鮮でありますが、今は全階層が軍隊に入隊します。なぜかというと、北朝
鮮も最近は少子化の時代で、軍隊に行く人が減ってきました。また、軍隊に入っても食糧
事情がよくなく、頻繁に行われる体罰などがあり、軍隊生活が極めて悪いのです。北朝鮮
ではかつては軍隊に入れば、これはだいたい 10~15 年くらいはいることになりますが、兵
役を終えると労働党員になれる可能性も高く、平壌の大学にも入れましたが、最近はそう
ではありません。今の北朝鮮の若者は軍隊に行くよりは、商売をして儲けたほうがずっと
いい生活ができると考えています。ところで現在の軍入隊時の身体条件は、身長1m48c
m以上、体重が 43kg以上です。これはどういうことかというと、永年の食糧不足で食べ
るものもろくに食べていないわけです。北朝鮮の人間で見るからにデブといわれるくらい
に太っているのは、金日成、金正日、金正男といった金一族と、ほんの一部の幹部連中の
みです。よく言えばスマートな人が多いです。また、視力が 0.4 以上となっていますが、こ
れは非常に不思議です。よく金日成や金正日が軍などを視察すると、同行した将軍たちは
眼鏡をかけていますが、後ろに並んでいる 100~200 人の軍人は、誰一人として眼鏡をかけ
ていません。これは決して目が良いからとは思えません。北朝鮮では眼鏡屋さんが非常に
少なかったからだと思います。たしか4~5年くらい前までも人口が 220 万人くらいのピ
ョンヤンでも、眼鏡屋が1軒か2軒しかありませんでした。これではいけないということ
で、金正日がもっと眼鏡屋を増やせと命令したので、最近では各地に眼鏡屋が増え、北朝
鮮のカレンダーなどにも、眼鏡をかけた女性の姿が増えるようになりましたが、それでも
眼鏡をかけている人はまだまだ少ないです。よくうわさになる美女軍団がおりますが、美
女軍団が韓国や中国に来た時も、引率の女性以外は誰一人として眼鏡をかけていませんで
したが、これは団員の皆が目が良いからというわけではありません。
ところで、北朝鮮は昨年の 11 月 30 日にデノミネーションを突如断行しましたが、その
前の 02 年7月1日にも、「経済管理改善措置」という経済改を断行しています。これは物
価の安定を図るために行われたもので、本来ならば国営商店には安くて、品質のいいモノ
が豊富に並んでいなければならないのに、実際には国営商店にはなく、ところが闇市場に
行けばたくさん並んでいるとい事態となりました。しかし、国営商店の価格と闇市場の価
格では、あまりにもその差が激しく、16~20 倍くらいありました。そこで北朝鮮政府は人
民の生活を安定させるために、給与も 16~20 倍引き上げることにしました。この措置によ
りそれまで闇市場に流れていたモノを、国営商店に取り戻そうとしました。しかし、結局
はこのような措置も失敗したわけですが、この時の経済改革ではもうひとつの措置を断行
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しました。それは何かというと、北朝鮮がそれまで認めていなかった個人営業を許可した
ことです。個人営業は資本主義社会の残滓、残りかすだということで、長い間禁止してき
たのですが、この時から個人営業を行っても良いことになりました。これにより市場に行
って売り場でモノを売って、場所代と売上に応じた税金さえ納めれば、いくら個人利益を
あげても良いということになりました。これにより北朝鮮の社会は、それまでの社会とは
まったく異なる、競争による格差社会が生まれてきました。極端な言い方をすれば、お金
さえあれば何でもできるようになってきたのです。拝金思想が社会に蔓延し始めました。
私は北朝鮮の社会を知るためには何が一番良い方法かと考え、その結果北朝鮮の刑法を
見ることにしました。刑法の中の刑罰ですが、どういう刑罰が時代の変化とともに増えて
いるのか、ということを調べました。北朝鮮の刑法もこれまで何回か改正されていますが、
最近はとくに経済関係と、風俗関係の刑罰が多くなってきていることに気が付きました。
「金さえあれば何でもできる」というのが、今の北朝鮮の現実です。したがって、北朝鮮
で一番人気のある職業は何かというと、軍人でも労働党員でもありません。商売をやって
儲ける人です。北朝鮮で花形の職業というと、それは運転手です。運転手は県境を越えて
動くことができるからで、それは機関車の運転手も同じです。北朝鮮の人は必ず 17 歳にな
ると身分証明書を持たなければなりません。これには二種類あります。平壌市民に生まれ
た人は「市民証」を持ちます。この市民証を持っていると北朝鮮はどこでも移動ができま
す。これに対し「公民証」がありますが、これは平壌市以外で生まれた人たちが持たされ
るもので、ほとんどの北朝鮮の人民は「公民証」です。北朝鮮では何をするにしても必ず、
身分証明書を見せなければいけません。ところで、北朝鮮の人間でもない私は、北朝鮮の
公民証を持っています。なぜ私が北朝鮮の人ならば常に肌身離さず持っているはずの公民
証を持っているかというと、これは北朝鮮の人が国境の川を越えて中国側へ脱北して来る
ときに、河の深みに溺れて土左衛門になってしまいました。この亡くなった人を見つけた
目ざとい中国の人が、身包み剥いでこの公民証を見つけ、これを日本人か韓国人の誰かに
売れば、高く売れると思い持っていたのを、私が高いお金で買ったわけです。この公民証
は偽造されることが多く、北朝鮮では 10 年に1度くらいの割合で新たなものと変わります。
さて、北朝鮮には中朝国境を通じてさまざまな密輸品が入ってきますが、その中でも北
朝鮮が特に恐れるのが二つあります。一つは北朝鮮当局が「異色的録画物」
「異色的宣伝物」
と呼んでいる、エロビデオやエロ雑誌の類です。北朝鮮政府にとって見れば、これは資本
主義社会の退廃した文化であり、このようなものが北朝鮮社会、特に若者に与える影響が
大きいとして、徹底して取り締まっていますが、むしろ蔓延している状況で、刑法でいく
ら刑罰として定めても、大量に入ってきており、また北朝鮮国内でも複製されて販売され
ている有様です。もう一つは韓国のキリスト教会の関係者が、食糧などの支援物資の中に
聖書を紛れ込ませて、北朝鮮国内に秘密裏に搬入させていることです。北朝鮮は信教の自
由を憲法上は認めていますが、実際には「宗教はアヘン」という教育を小学校でもしてい
ます。したがって北朝鮮では教会以外で聖書を持っていたり、賛美歌を歌うだけでも捕ま
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り、思想犯として重く罰されます。このため個人で聖書を持っている人は少ないです。平
壌はかつては東洋のエルサレムと言われたくらい、キリスト教が非常に盛んでした。終戦
直後に朝鮮半島にある教会の数を調べた時に、北朝鮮だけで 3,000 カ所以上ありました。
ところが北朝鮮の政権を掌握した金日成が、徹底的にこれを弾圧するわけです。とにかく
キリスト教は帝国主義の手先だということで、とにかく無慈悲に弾圧しました。しかし、
いくら弾圧してもなかなか弾圧し切れず、各地に地下教会が存在し、現在まで続いていま
す。地下教会に通う信者が求めたのは聖書でした。韓国の教会関係者から秘密裏に送られ
た聖書は、こっそり持ち歩きやすいものということで、薄っぺらいか、小型のものです。
しかも朝鮮語と韓国語とではかなり違っているので、旧約聖書、新約聖書も北朝鮮の用語
に変えたものを送っているということです。
さて、日本と北朝鮮の関係でありますが、国交正常化しなければならないのは当然のこ
とですが、その前に日本が知っておかなければならないことが、いくつかあります。実は
10 年前くらいから日本の歴史教科書をめぐって、韓国や中国、北朝鮮などから噛み付かれ
たことがありました。その時に日本側も、韓国や中国の歴史教科書で何を教えているのか
ということで調べました。ところがあれほどうるさく言う北朝鮮の教科書については、い
ろんな研究報告書などが出ましたが、どの報告書にも、また誰一人として北朝鮮の教科書
について言及していません。それは北朝鮮の教科書を入手したくても、誰もが入手するこ
とができなかったからであります。私は中朝国境や韓国で北朝鮮の小学校や中学校の教科
書を入手しました。北朝鮮の人がはたしてどれくらい日本のことを教えているのか、また
は理解しているのかということで、それを知るには北朝鮮の教育事情を見れば良いわけで
す。北朝鮮は世界でも一番と言ってもいいほど識字率、義務教育率が高い国です。幼稚園
の年長班、小学校4年、中学校6年の 11 年間が義務教育です。ただし、これはあくまでも
憲法上そうなっているだけですが。ところで、小学校の1週間の授業のうち、3分の1は
実は国語の授業です。北朝鮮の国語の教科書は国定教科書で、しかも内容は 10 年に1度く
らいしか変わりません。それでは北朝鮮の小学校1年生の国語の教科書では、日本や日本
人をどのように教えているかというと、非常に驚く内容が出てきます。「二人の児童団員の
お兄さん」という項目がありますが、児童団員というのは小学校の高学年から中学生くら
までの年齢ですが、要はこの児童団員が日本人の巡査(巡査野郎)を殺す場面が出てきま
す。内容を詳しく述べます。ある時子供たちがいるところに日本の巡査野郎が来ました。
その巡査野郎は自分を背負って、川の向こう側へ連れて行けと言う。お巡りさんは川下に
ある橋まで行くのが面倒くさいわけです。子供たちは「しめた、殺してやろう」と言って、
川の真ん中まで背負って来たところで、素早く巡査野郎の拳銃を奪って頭を殴ります。そ
うすると巡査野郎は気絶して水の中に沈みました。このように日本人を殺す場面はたくさ
ん出てきます。これは現物の教科書であります。北朝鮮は教育と医療の無償制を喧伝して
いますが、実際はそのようなことはありません。教科書も有料です。それと北朝鮮には私
立学校はありません。みな公立の学校ですが、ただ入学金だけは取らない、というだけの
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ものであります。しかし小学校の児童から大学生に至るまで、いわゆる無償の労働、労役
を課して、徹底的に子供たちから労働搾取をしているのが実態です。何度も言いますが北
朝鮮では医療や教育は無償ではありません。1959 年 12 月から北朝鮮に帰って行った在日
朝鮮人は、日本では差別を受けていました。北朝鮮に行けば、誰でも好きな学校に行けて、
場合によってはモスクワ大学にまで留学ができるといわれて、在日朝鮮人の優秀な青年た
ちはそのような言葉を信じて、希望を持って帰国したわけですが、そのような夢はほとん
ど霧散しました。
日本と北朝鮮が国交を正常化するにあたっては、まず拉致問題の解決も前提条件となり
ます。そして拉致問題などが解決して国交正常化した時には、日本が北朝鮮にどのような
形で経済援助をするのか、という問題があります。日本は韓国もそうでしたが、別に交戦
国ではないので賠償金ではなく、経済援助という形で支援することになるわけですが、問
題は支援する援助額の算定です。最もその前に日朝間には貿易債務問題というものがあり
ます。実は北朝鮮は日本に多大な借金を持っています。その代表的なものが貿易代金の未
払代金です。これが約 1,000 億円以上になってきています。これは 1970 年代の初めに日本
から多大な物資を輸入しておきながら、代金の支払いが一部行われず、この時の金額は約
700 億円くらいだったのが、その後利子が利子を呼びました。北朝鮮の人は都合が悪いとき
は「利子って何ですか」というわけですが、この利子が利子を呼んで、今では 1,000 億円
以上になった借金をまず返さなければなりません。また、甲府にも朝鮮総連の事務所と建
物があります。あれは敷地と建物を評価してもせいぜい 4,000 万円くらいにしかなりませ
んが、それを担保にして隣りの長野県の松本市だと思いますが、松本市にある朝鮮信用組
合から実は13億円のお金が引き出されたと聞いています。日本には朝鮮総連系の信用組
合がいくつかありますが、今までに出来ては潰れてしまう信用組合もありました。このよ
うなつぶれた信用組合を救済するために、日本人の税金である1兆 4,000 億円の公的資金
が投入されています。これもいずれ返してもらわなければいけません。それと同時に北朝
鮮は日本から米の援助をもらっているわけですが、これは全てが無償ではありません。ほ
とんどが有償による援助です。北朝鮮はこれに対し利子の一部を1回払っただけで、あと
は全く払っていません。そうすると、日本が北朝鮮と国交正常化した暁には、韓国と正常
化したときに、1965 年のことですが日本政府は無償で2億ドル、有償で3億ドル、あと民
間から3億ドル、援助されました。ところが北朝鮮の為政者は何を勘違いしているのか、
金丸さんが 1990 年に行き、金日成と会談しました。これは石井一さんの本にも出てきます
が、北朝鮮は韓国と国交正常化した時の5億ドルを、今のお金に換算すると 100 億ドル前
後になるのではないかと見られています。この数字には異論もありますが、金丸さんが行
った時に金日成は、最初ものすごくふっかけてきました。最終的には金丸さんとは 80 億ド
ルくらいでどうかということになりました。このときの 80 億ドルを最近は 50~100 億ドル
と言っていますが、これでもまったく根拠のない話であります。問題はそうでなく、金日
成も金正日も支援されるのが現金と勘違いしたわけです。ですから 02 年の9月に小泉さん
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がピョンヤンに来た時は、金正日は拉致を認めました。これによって日本は80億ドルと
いうかつて約束した現金を、くれるのだろうと思っていたというのです。しかしそれは現
金ではなく、物資およびサービスだということを北朝鮮の為政者は未だに分かっていませ
ん。いずれにせよ、北朝鮮は貿易代金の未払代金の約 1,000 億円以上、それと朝鮮総連系
信用組合の救済のために投入された公的資金の支払い請求、さらには日本が食糧支援した
米の代金も払っていません。
北朝鮮は昨年 11 月 30 日に突如デノミを敢行し、貨幣価値を 100 分の1に下げました。
ところが、このデノミをやるときには当然それなりの物資があって初めてデノミが行われ
るのが普通だと思いますが、北朝鮮が断行したデノミはこれらの準備もなく行われました。
給与は旧体系のままでお金が払われたので、一時人民は、特に貧しい農民や労働者は、お
金の価値が逆に 100 倍になったので喜びました。そういうわけで最初はいろんなものが買
えたので、農民や労働者が平壌のデパートに来てテレビなどを買い始めたわけです。しか
しこれは最初のときだけで、もともとモノが絶対的に不足しているので、どんどん物価が
上がっていきました。今日の新聞にも出ていました。米ドルと米の価格の推移を見ますと、
最初の頃は1米ドルが 75 ウォン前後でしたが、今ではこれが 600~700 ウォン、場合によ
っては 1,000 ウォンというところが出てきています。しかも米の値段も最初は16ウォン
だったものが 1,000 ウォン台にまできています。こうするとデノミ後の北朝鮮の労働者の
平均的な給与は 1,500 ウォンくらいです。一ヵ月分の給与をもらっても、米を1~2kg く
らいしか買えないのです。デノミをやりましたが逆に経済を混乱させるだけでした。とこ
ろで、北朝鮮の多くの人は自分の国のお金を信用していません。北朝鮮の人はお金が貯ま
ると、せっせとタンス預金をします。なぜそうするかというと、だいたい 10 年に1度くら
い貨幣が新しいものに変わります。今回もそうでしたが、皆が貯めていたお金を交換する
期間をある日突如として発表して、1週間以内に 10 万ウォンだけを換えることができたの
です。それ以上の貨幣は無効にするとか、そういう無茶なことをやるわけです。だから誰
もが皆信用しません。このために北朝鮮の人々は、お金をタンス預金にしておいて、ある
程度貯まると外貨に換えるわけです。なぜ外貨に換えるかというと、ドルと円は金貨と同
じなのです。世の中がどう変わっていこうと、金貨の価値は変わっていきません。最近は
ドルと円に加えて中国の元が仲間入りしました。しかし北朝鮮の人が言うには、やはりド
ルが一番良い、なぜならドルは脱北した時に外国でも使えるからです。日本円も同じよう
に使えますが、中国のお金は中国でしか使えない、ということを知っているので、せっせ
と皆ドルや円に換えます。だからドルや円の価値がどんどん上がっていきます。それと、
日本でよく間違われているのが、北朝鮮の軍人の数のことです。よく北朝鮮の軍人数は 200
万人くらいと言われていますが、2,400 万人の人口がいたとしても、国民 20 人に1人が軍
人なんていう国はあり得ません。実際は最近のある研究結果によると 69 万人です。北朝鮮
は 2008 年に国連からお金を援助してもらい、実際はこの大半は韓国が出したわけですが、
この基金で人口センサスをやりました。その結果、かなりそれまで秘密のベールに包まれ
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ていた、軍人の正確な数が分かってきました。全人口に占める軍人の割合はだいたい3%
ちょっとでした。アメリカが全人口の 1.4%だと思います。それでも北朝鮮の軍人の数は多
いです。軍人の数が多いということは、それだけ非生産的な部分が存在している、という
ことになります。
また、北朝鮮の鉄道や道路、港湾などのインフラを専門的に研究している人がいます。
この人物は北朝鮮に 50 数回行ったことがある、韓国政府の北朝鮮派遣団の団長などで行っ
たことのある人です。ともかくあの国のインフラはひどいと言います。例えば、平壌から
新義州というところまで、240km くらいありますが、そこを北朝鮮の列車は4時間以上か
けて走ります。北朝鮮の基幹線と言われているところでさえ、マラソンの選手を少し早く
したくらいで走っているのが、北朝鮮の鉄道の実情だそうです。それと普通は鉄道のレー
ルというと縦に揺れるはずですが、北朝鮮の列車は乗っていると横に揺れるというのです。
だからスピードは出せません。このような状況ですから、時々あちこちで横転事故が起き
るのは当たり前のことだそうです。それと、この人物がもっとも驚いたというのは、レー
ルに敷かれる枕木というのは、10m 間隔にだいたい 17 本くらいなければならないが、北朝
鮮ではそのようなことが守られていない。しかも日本時代につくった鉄道が多いわけです。
そうするとレールのボルトがなくなっていたり、レールとレールが切れていたり、さらに
すごいのはレールが北朝鮮製のものもあれば、中国製、ロシア製のレールもあるというの
です。山間地域を走る貨物列車などを見ていると、こんな列車がよく走るものだと、驚く
とともに呆れてしまうそうです。
ところで、北朝鮮には地下資源が非常にたくさん埋蔵されています。世界中には地下資
源が約 400 数種類あるそうですが、そのうちの 200 種類くらいが北朝鮮にもあり、さらに
世界でも十指に入るくらいのものが 10 数種類あるそうです。ともかく地下資源は豊富にあ
るが、それを採掘し輸出できないというのが北朝鮮です。もう1つ、これだけ言います。
北朝鮮の食糧事情が悪いのは決して天災でも何でもありません。金日成が農業も知らない
くせに、彼が「主体農法」などと、余計なことを言ってしまったために、全くでたらめに
何でもいいから、たくさん植えろ、密植しろということになりました。日本も終戦直後は
密植をしました。密植でも肥料を十分にやれれば良いでしょうが、それができないと生産
力は落ちていきます。これは北朝鮮の農業代表団に聞いたことがありますが、北朝鮮で稲
作がダメな理由を団長は4割が種籾(たねもみ)に原因があると言いました。次に肥料の
問題です。これは窒素、リン酸、カリウム肥料ですが、韓国から窒素肥料などが支援され
て来ると、窒素肥料を肥料として使わず、爆薬の原料に転換してしまうことがあるとのこ
とです。残りの1割は農家の生産方式ですが、今のような集団農業形式ではダメだといい
ますが、だからと言って個人営農を行えば北朝鮮の現体制を否定することになるので、個
人営農による増産などあり得ないということでした。北朝鮮の農業を研究している専門家
が、異口同音に指摘するのは、北朝鮮が慢性的な食糧不足に見舞われているのは、天災が
原因ではなく、間違った農業政策による人災がもたらした結果であるということです。と
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いうことで、今の体制が変わらない限り北朝鮮の食糧不足を解決する問題は、無理であり
ます。
【質疑応答】
Q:
なぜデノミをやったか。とにかく闇市場みたいなものが現出していますから、おそら
くここでデノミをやって、不当な利得を一切ゼロにしようという意図は、私はよく分か
ります。
A:
どういうことかというと、結局、モノがないところで、物価がどんどん上がっている
ということで激しいインフレ状況になっています。物価の安定を図るためにデノミを敢
行したということが一つ。もう一つはやはり市場の取り締まりです。北朝鮮という国は
どこへ行っても元気がありませんが、1ヶ所だけ元気な場所があります。それが市場で
す。市場だけはみんなが集まっていろんなことをやっていますが、そこでは当然のこと
ながら、そこだけは計画経済ではなくして、市場価格で決まっています。これはある意
味では、体制側にとってみれば非常にまずいわけです。そういうので不当な利益を得る
人がどんどん増えています。体制の護持を図るためにもデノミを実施したわけです。日
本の戦後の闇市場の時代とはまた違うのです。あの頃は、日本にはそれなりにモノがあ
ったと思います。ともかく、摩訶不思議なのが日本の隣にある北朝鮮です。今、北朝鮮
の人が一番困っているのは、冬は食べ物の問題もありますが、寒さをいかに耐えるかで
す。つまりこの寒さをいかにして乗り切るか、ということです。私も北海道に住んでい
ましたが、零下 20 度以下に下がると窓ガラスは二重窓でないとだめですが、北朝鮮では
よく見るとガラス窓ではなく、ビニールを張っている家が多く見られます。ビニールは
風は防げるかもしれませんが、寒さはそのまま入ってきます。これから厳寒の2~3月
をどう乗り切るのか心配です。
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