No. 39 - 富士製薬工業株式会社

39
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平成15年1月31日発行
1)手術室の麻酔 …………………………………………………… 1
3)医学一般・基礎医学……………………………………………17
● くも膜下腔マグネシウム投与はフェンタニルの鎮痛作用を増
● 肥満経験者と肥満非経験者では脂質以外の水分が違う
強する
● 血小板内Ca代謝にHESは影響しない
● 帝王切開におけるくも膜下・硬膜外モルヒネ投与比較
● COPD患者における陽圧呼吸の横隔膜運動への影響
● マグネシウム補正による開心術後不整脈減少
● 舌下投与によるラテックスアレルギーの脱感作治療
● フランスでの局所麻酔の主要な合併症について
● 喉頭・気管狭窄モデルでの高頻度ジェット換気
(HFJV)
施行部
位による比較検討
● 長時間非心臓手術における術中の高血圧と頻脈は有害
● 心電図をガイドとした仙骨裂孔からの幼児の胸部硬膜外麻酔
● 術中鎮静としてのデクスメデトミジンとプロポフォルの比
較:作用,副作用,回復の特徴
● 少量ケタミン投与はデスフルラン─レミフェンタニル麻酔にお
ける術中オピオイド必要量を減少させる
● 冠状動脈閉塞患者の冠状動脈灌流は逆行灌流が有効
2)集中治療・ペインクリニック ………………………………… 7
4)特集:輸液 ………………………………………………………23
● 特集「輸液」にあたって
● ギャンブルとダロー:小児の輸液を確立した人たち
● 重症患者の代謝性酸塩基異常をどう診断するか
● 低アルブミン血症でのアニオンギャップ
● 等張生理食塩水使用で術後に低張状態になる
● 術前の血液希釈でアルブミン喪失が増す
● 生理食塩水の急速輸液で高クロール性アシドーシスが起こる
● 長時間手術の代謝性アシドーシスの原因
● 高齢患者にHESを使う際,乳酸化リンゲル液と生理食塩水と
の比較
● 体外循環時のアシドーシス発生におけるポンプ充填液の役割
● 術中輸液としての乳酸化リンゲル液と生理食塩水の比較
● 健康ボランティアでのHESとアルブミンでみた希釈性アシドー
シス
● 発展途上国における集中治療室の使用:チュニジアとフラン
スの比較
● 発展途上国と先進国の集中治療の比較に意味があるのか?
● 肺不全を伴う大動脈破裂患者のハイブリッド管理:無ポンプ
体外肺補助と血管内ステントグラフト
● 無ポンプ体外肺補助とARDS
● 無ポンプ体外式肺補助法の初期20例の検討
● 無ポンプ動静脈式体外肺補助の果たす役割は何か?
● 急性呼吸不全患者への吸気圧と呼気圧を設定する非侵襲的人
工換気法による救急処置室での初期治療
● 神経筋疾患の急性呼吸不全に対する非侵襲的換気法と気管挿
管法との比較
● 慢性閉塞性肺疾患の増悪に対する非侵襲的陽圧換気法の救急
部における使用
● 腹腔鏡副腎摘出術の麻酔
● 日帰り手術で輸液が重要とはいうけれど…
● 外来手術で病院滞在を長引かせる要因を多変量ロジスティッ
クモデルで検証する
● カリウム正常の患者ではPaCO 2を急に上げても血漿カリウム
は特に上昇しない
● 高カリウム血症患者にサクシニルコリン投与は危険はない
● クロニジンで術前の低カリウムが防止できる
● 超音波で脂質の動きが高まる
● 交感神経節細胞のニコチン性アセチルコリン受容体に対する
作用は,ケタミンの立体構造で異なる
● ミトコンドリアのATP感受性カリウムチャネルへの作用は麻
酔薬によって異なる
● 全身麻酔の作用機序
● 集中治療医学の国際同意会議:急性呼吸不全における非侵襲
的陽圧人工呼吸
● クロイツフェルト・ヤコブ病の未発症家族性キャリアにおけ
る手術器具の取り扱い
● クロイツフェルト・ヤコブ病が疑われる患者の麻酔管理
書籍紹介
天才の栄光と挫折─数学者列伝……………13
麻酔学の古典
〔39〕
「睡眠時無呼吸を解き明かす」………………14
エッセイ
読者のコーナー
「おじいさんの古時計」………………………16
予測された温度レセプタを発見した………29
[コピーサービスはいたしておりません]
●発行―日産化学工業株式会社
エア・ウォーター株式会社
●監修―諏訪 邦夫
●監修協力―福家 伸夫、片山 勝之
●発送元―日産化学工業株式会社
化学品事業本部
「A. ANTENNA」
係
〒101-0054 東京都千代田区神田錦町3丁目7-1
興和一橋ビル
TEL 03-3296-8031 FAX 03-3296-8360
●編集制作
―株式会社 協和企画
●印刷―興和印刷株式会社
Â2003
●手術室の麻酔
くも膜下腔マグネシウム投与はフェンタニ
ルの鎮痛作用を増強する
[目的]ヒトにおいてくも膜下腔へのマグネシウム
(Mg)
が麻薬の鎮痛作用を増強するかを検証する.
[背景]MgはNMDAレセプター拮抗薬であり,ラッ
トでの「くも膜下腔へのMgの投与」(IT-Mg)は麻薬
の鎮痛作用の増強と安全性が証明されている.
[研究の場]Rush-Presbyteriant-St Luke’
s Medical
Center.
[統計]前向き,RCT検討,Mann-Whitney U-test,
log-rank test.
[対象]ASA-Ⅰ,-Ⅱで無痛分娩希望の妊婦52名.
[方法]1)くも膜下腔にフェンタニル25μg+生食投与
(F)群とフェンタニル25μg+Mg50mg投与(F+Mg)群
の 2 群に無作為に分けた.
2)重症な妊娠合併症,麻薬へのアレルギー,部分的
麻薬作用促進,あるいは拮抗薬を 6 時間以内に投与,
60分以内に麻薬投与を受けた妊婦は,対象から除外し
た.
3)乳酸リンゲル液を500∼1,000mL輸液した後に,坐
位でL2/3またはL3/4より脊硬麻併用で,くも膜下腔
に前記の薬液を投与し,その後に硬膜外カテーテルを
留置した.
血小板内Ca代謝にHESは影響しない
[目的]血小板細胞内で二次伝達物質として機能する
Caイオンの活性化にhydroxyethl starch
(HES)が影響
し,血小板機能を抑制するかを検討する.
[背景]HESは,血小板機能を障害することが知られ
ている.従来,血小板表面の活性化されたフィブリ
ノーゲン結合部位(グリコプロテインⅡb-Ⅲa)の利用
率に影響すると報告されてきたが,血小板細胞内への
HESの影響も充分考えられる.
[研究の場]大学病院手術室.
[統計]コロモゴロフ─スミルノフ─テスト,Tukey’
s
post hoc test.
[対象]ボランティアから得られた血液検体.
[方法]1)さまざまな分子量のHESの存在下で,Ca
作動薬がサイトプラスミンのCa濃度をどのように高
めるかを検討した.
2)12人のボランティアから得たクエン酸加全血検体
を,生食,HES450
(分子量 4 万 5 千をキロダルトンで
表現),HES130,HES70のそれぞれと,20%血液希
釈となるよう混合し恒温浮養した.
3)希釈なしの全血をコントロールとして使用した.
4)各検体は,Ca感受性蛍光指示薬のFluo-3で染色し,
4)鎮痛持続時間,VAS,掻痒感,鎮静レベル,麻酔
レベル,血圧,脈拍,胎児心拍数などを調査した.疼
痛が出現したところで調査を終了し,硬膜外カテーテ
ルからの薬液注入(20万倍エピネフリン加1.5%リドカ
イン 3 mLをボラス投与後,フェンタニル 2 μg/mL+
ブピバカイン0.67mg/mL+エピネフリン1.3μg/mLの
持続投与)
を開始した.
[結果]1)平均鎮痛持続時間は,F群での60分と比較
してF+Mg群では75分と有意に延長した.
2)VAS,掻痒感,鎮静レベル,麻酔レベル,血圧,
脈拍,胎児心拍数は 2 群間で差がなかった.
[考察]ヒトでの研究ははじめてだったので,Mgは
少量使用したが,今後は投与量を増やし,適切な投与
量を決定するための研究が必要である.
[結論]IT-Mgはヒトにおいて麻薬の鎮痛持続時間を
延長した.
(岩波悦勝)
Buvanendram A, McCarthy RJ, Kroin JS, Leong W,
Perry P, Truman K. Intrathecal magnesium prolongs
fentanyl analgesia:a prospective, randomized, controlled
trial.
Anesth Analg, 2002;95:661∼666.
フローサイトメトリー分析装置にかけた.
5)基準値決定後,それぞれの血小板をトロンビン受
容体刺激ペプタイド 6 によって活性化した.
[結果]1)コントロールにおいて,トロンビン受容体
刺激ペプタイド 6 による血小板活性化は,蛍光発色を
約 8 倍にまで急速に増加し,細胞内Ca動員が起こっ
たことを示した.
2)検討されたさまざまな分子量のHESにより希釈さ
れた検体と,生食群,コントロールとには統計的に有
意な蛍光発色の違いは現れなかった.
[考察]HES分子は血小板の表面をコーティングし,
GP Ⅱb-Ⅲa結合部位にリガンドが接着しづらくしてい
るといえるようだ.
[結論]HESの血小板機能抑制効果は,血小板細胞内
Ca活性カスケードに拮抗して生じるものではないこ
とが判明した.
(片山勝之)
Gamsjager T, Gustorff B, Kozek-Langenecker SA. The
effects of hydroxyethyl starches on intracellular calcium
in platelets.
Anesth Analg, 2002;95:866∼869.
1
●手術室の麻酔
帝王切開におけるくも膜下・硬膜外モルヒ
ネ投与比較
[目的]モルヒネのくも膜下投与および硬膜投与での
鎮痛効果と副作用を検討する.
[背景]脊硬麻におけるモルヒネの投与は術後鎮痛効
果が高い反面,皮膚掻痒感やPONVの大きな原因とな
る.
[研究の場]大学病院.
[統計]前向き研究.
[対象]帝王切開予定患者150名.
[方法]1)対象患者に脊硬麻による麻酔を施行した.
十分な輸液を行った後,L2/3またはL3/4より穿刺し,
クモ膜下に,0.5%ブピバカイン等比重 8 ∼ 9 mg+フェ
ンタニル15μgに加え,モルヒネ100μg(IT100群),ま
たはモルヒネ200μg(IT200群)を投与した.その後,
硬膜外カテーテルを留置し,90分後にモルヒネ 3 mg
+生食10mLを硬膜外投与(Epidural群)という 3 群に
無作為に分け,二重盲検試験を施行した.
2)術後にケトプロフェン300mg/日を使用した.
3)術後,患者が希望した場合にのみ,対症療法とし
て鎮痛薬,制吐薬,抗ヒスタミン薬を投与した.
4)術後24時間にわたって副作用の発現,鎮痛効果,
追加使用した薬剤を調査した.
COPD患者における陽圧呼吸の横隔膜運動
への影響
[目的]COPDの患者で,横隔膜の運動を自発呼吸と
調節呼吸とで比較評価する.
[背景]横隔膜を 3 領域(上/中/下:top-middle-bottom)に分けると,仰臥位において横隔膜は,自発呼
吸下では下領域が,調節呼吸下では上領域が大きく偏
位する.これらの偏位は一回換気量の大きさで影響を
受けると報告されている.
[研究の場]大学関連病院.
[統計]前向き研究.
[対象]スパイロメトリーで一秒率60%以下で,臨床
的にCOPDと診断され,胸部外科手術を受ける患者12
名と,肺機能正常な手術予定患者12名.
[方法]1)横隔膜の往復運動は,側面よりX線透視下
において吸気呼気の横隔膜をトレースし,均等に上/
中/下の 3 領域に分け,各領域の中点の偏位量を測定
した.
2)意識下自発呼吸時の通常呼吸と深呼吸の一回換気
量を,麻酔導入後の一回換気量に設定し,調節呼吸下
でどのくらい横隔膜が偏位するかを,対照群とCOPD
患者で評価した.
3)通常呼吸一回換気量を基準呼吸とし,深呼吸時と
2
[結果]1)術中,IT200群 3 名とEpidural群 1 名で適
当な脊椎麻酔レベル(Th5)が得られず,硬膜外より
2 %リドカインEを 6 mL以上追加投与したので除外
した.低血圧の発生はなかった.
2)鎮痛効果は術後21時間まではVAS値で有意差はな
かったが,術後24時間ではEpidural群でほかの 2 群よ
りVAS値が低かった(p<0.05).鎮痛薬の追加頻度は
IT100群で多かった
(p<0.05).
3)掻痒感の頻度は,IT100群:IT200群:Epidural
群=65%:91%:74%と,IT200群でほかの 2 群より
頻度が高かった(p<0.01).また,掻痒感に対する抗
ヒスタミン薬の使用頻度は24%:45%:44%とIT100
群で少なかった
(p<0.05)
.
4)PONVの発現に有意差はなく,90%以上の患者が
今回の麻酔に「Good」の評価を下した.
[結論]帝王切開の麻酔で,モルヒネの副作用として
頻度の高い掻痒感の発現を抑えるには,モルヒネ100
μgのくも膜下投与を推奨する.
(本田尚典)
Sarvela J, Halonen P, Soikkeli A, Korttila K. A doubleblinded,randomized comparison of intrathecal and
epidural morphine for elective Cesarean delivery.
Anesth Analg, 2002;95:436∼440.
比較した.
4)調節呼吸はFiO 2 0.4,ガス流量 2 L/分,呼吸数 6
回/分とし,内因性PEEPの影響を避ける目的で呼気
時間をできるかぎり長く設定した.
[結果]1)基準の換気量では,対照群では上/中/下の
横隔膜偏位率(各領域の偏位量/全領域の偏位量)は自
発呼吸下で16/33/51( %),調節呼吸下では49/32/19
(%)であった.一方COPD群は自発呼吸下では18/34/
49
(%),調節呼吸下では47/32/21
(%)
であった.
2)自発呼吸下では下領域の偏位量が大きく,調節呼
吸下では上領域の偏位量が大きかったが,対照群と
COPD群に有意差はなかった.
3)基準換気と深呼吸の比較でも,各偏位量は大きく
なったが,偏位率に有意差はなかった.
[結論]COPD患者の横隔膜の往復運動は,自発呼吸
でも調節呼吸でも健常者と特に変わらない.
(本田尚典)
Kleinman BS, Frey K, VanDrunen M, Sheikh T,
DiPinto D, Mason R, Smith T. Motion of the diaphragm
in patients with chronic obstructive pulmonary disease
while spontaneously breathing versus during positive
pressue breathing after anesthesia and neuromuscular
blockade.
Anesthesiology, 2002;97:298∼305.
●手術室の麻酔
マグネシウム補正による開心術後不整脈減
少
[目的]血漿イオン化Mgの測定に基づいてMg補正を
することにより,術後不整脈の出現を減少させられる
かを検討する.
[背景]心臓手術後の不整脈は,低心拍出量,心筋酸
素需要の悪化,在院日数,死亡率の増加を招く.人工
心肺で血漿総Mgは低下することが多い.硫酸Mgの
投与で術後の不整脈が減少することは知られている
が,副作用(低血圧,筋弛緩薬の作用遷延,除細動電
力の増加,過量投与による心停止)の懸念で予防的投
与には議論が分かれる.Mgは心筋細胞膜の静止膜電
位の重要な決定因子で,細胞外液のMg欠乏は心筋の
興奮性を増加させる.Mgは心筋保護液の成分で,心
筋を虚血から守る.
[研究の場]一般病院.
[統計]Student’
t-test,χ2-test.
[対象]定期冠動脈バイパス術(人工心肺使用)患者.
乱数表により 2 群に分けた.
[方法]CABGは間欠的大動脈遮断,体温32℃,細動
下で施行.心筋保護液は使用せず.血漿イオン化Mg
濃度を使い,Mg修正群は基準値に達するように硫酸
Mgを投与した.血漿イオン化Mg濃度と血漿総Mg濃
舌下投与によるラテックスアレルギーの脱
感作治療
[目的]舌下投与( 4 日間)によるラテックスアレルギー
脱感作療法の有効性と安全性を検討する.
[背景]ラテックスアレルギー患者は急速に増加して
いる.唯一の根治的治療は脱感作療法である.これま
で報告された皮下投与による脱感作療法は,重大な副
作用を伴うことが報告されている.
[研究の場]大学附属病院.
[統計]Student’
t-test.
[対象]ラテックスアレルギー患者24人.2 重盲検.
[方法]脱感作療法群では,20分ごとに 3 分間のラテッ
クス抽出物を 1 ,2 日目は 8 回,3 日目は 5 回,4 日
目は 1 回舌下投与した.以後,維持療法として週に 3
回,舌下投与した.治療前と 3 ヵ月後に誘発試験,免
疫学的検査を行い,比較検討した.
[結果]1)舌下投与による脱感作プロトコールは,被
験者全例で副作用を伴うことなく成功した.
2)脱感作治療中に,ピークフロー値や脈拍,血圧に
変化はなかった.
3)維持療法期に,患者 2 人に短時間のみ,口囲の膨
疹などの治療を要さない症状が出現した.
4)特異的IgEは治療後に 7 人の患者で減少したが,5
度を術前,人工心肺の低体温期に 2 回,復温期,人工
心肺後,術後 1 時間に測定した.HolterECGを術後72
時間記録.
[結果]1)85人の連続した患者を対象とした.
2)術後心筋梗塞で死亡した患者 2 人,術後出血で再
開胸となった 2 人は検討対象から除外した.
3)術前に血漿総Mgと血漿イオン化Mgが低下したの
は,おのおの45人
(53%)
,11人
(13%)
であった.
4)人工心肺直後より,コントロール群では75%の患
者で血漿イオン化Mg濃度が低下し,すべての患者で
血漿総Mg濃度が低下した.Mg修正群では,全例に
硫酸Mgを投与した
(10∼30mmol)
.
5)術後 1 日目の心室頻拍は,コントロール群では
30%
(40人中12人)
で認め,Mg修正群では 7 %
(41人中
3 人)
と低く,有意差があった.
6)洞整脈患者の比率もMg修正群で多く,洞整脈患
者はイオン化Mgも総Mgも有意に高かった.
[結論]イオン化Mgを補正することにより,心臓手
術後の不整脈の出現を減少させることができた.
(長島道生)
Wilkes NJ, Mallett SV, Peachey T, Di Salvo C, Walesby
R. Correction of ionized plasma magnesium during cardiopulmonary bypass reduces the risk of postoperative
cardiac arrhythmia.
Anesth Analg, 2002;95
(4)
:828∼834.
人の患者では高値を維持した.
5)3 ヵ月後,脱感作治療群で誘発試験は陰性で,コ
ントロール群で前値と不変だった.脱感作治療群は,
6 時間のラテックス手袋着用し,試料を口腔内に 1 時
間留置したが,症状は出現しなかった.
[考察]1)ラテックスアレルギーの治療は原因物質回
避が主な治療である.しかし,感染防御には手袋着用
は必須で,医療従事者がラテックス製品を避けること
は困難である.
2)呼吸器アレルギーでは舌下投与での脱感作治療の
効果と安全性が証明されている.
3)脱感作治療後は,交差性のある食物に対するアレ
ルギーも消失した.
4)維持療法も舌下投与なので,家庭でできる.
5)脱感作治療群12人中 8 人はラテックス性喘息合併
で,このプロトコールで安全に脱感作できた.
[結論]4 日間の舌下投与により簡便かつ安全にラテッ
クスアレルギーを脱感作できた.
(長島道生)
Patriarca G, Nucera E, Pollastrini E, Roncallo C,
Buonomo A, Bartolozzi F, De Pasquale T, Gasbarrini G,
Schiavino D. Sublingual desensitization:a new approach
to latex allergy problem.
Anesth Analg, 2002;95
(4)
:956∼960.
3
●手術室の麻酔
フランスでの局所麻酔の主要な合併症につ
いて
[目的]24時間対応の局麻ホットラインサービスを開
設し,報告された局麻症例について,合併症の頻度や
内容を検討する.
[背景]フランスでは,1980∼96年の間に局所麻酔
(局
麻)
件数が12倍となった.
[研究の場]フランスで本研究に同意し参加した487名
の麻酔科医の施設.
[統計]前向き,多施設研究.
[対象]1998年 8 月∼1999年 5 月にフランスで行われ
本サービスに報告された局麻症例158,083例.
[方法]1)8,150名のフランス麻酔科医に本研究の説
明と参加を手紙で呼びかける.参加者には,ホットラ
インのナンバーを通知する.
2)24時間,電話で 3 人の専門医が交代で対応.局麻
の合併症や助言などに無料で対応する.
3)主な合併症で,麻酔法,使用薬剤を検討した.
[結果]1)麻酔医67名が合併症77例を報告した.
2)56例
( 1 万例当たり3.5)
で局麻が原因と判定した.
3)内容は,心停止11例,呼吸不全 7 例,痙攣 8 例,
末梢神経障害26例,馬尾症候群 3 例,髄膜炎 1 例で,
そのうち死亡は 4 例であった.
喉頭・気管狭窄モデルでの高頻度ジェット
換気(HFJV)施行部位による比較検討
[目的]喉頭・気管狭窄モデルを用い,3 ルートで
H F J V( 高 頻 度 ジ ェ ッ ト 換 気 )を 行 い , 呼 気 終 末 圧
(EEP),最大吸気圧(PIP),通風・空気引き込みの程
度を評価する.
[背景]喉頭・気管狭窄患者では,狭窄の程度や術式
により非挿管で麻酔管理を行う必要が生じるHFJV+
TIVA(完全静脈麻酔)が推奨されているが,低酸素血
症や肺の圧損傷が問題となる.
[方法]1)肺のモデル;内径22mmのチューブ(気管)
の一方に 2 Lのバッグ(肺)を接続.他方に内径2.5∼
8.5mmのコネクターを接続
(狭窄部位).
2)HFJV設定;吸気時間を30%,2 barの純酸素,150
回/分に設定.
HFJV部位;Ⅰ.声門上;狭窄部位から 1 cmの部位で
換気.Ⅱ.経喉頭;カテーテルを通じ狭窄部位より
6 cm遠位で換気.Ⅲ.経気管;狭窄部位より 6 cm遠位
部にカニューレを留置し直接換気.
3)実験 1 ; 3 ルートよりHFJVを施行し,2 Lバッグ
から 4 cmの所の内圧を測定.10サイズの狭窄モデル
で各12回施行.
4)実験 2 ;気管に笑気 4 L/分を投与し,3 ルートで
4
4)心停止症例は,脊麻で10例( 1 万例当たり2.7),後
方腰神経叢麻酔で 1 例
( 1 万例当たり80)
であった.脊
麻後心停止で 3 例
(全例80歳以上の股関節手術),後方
腰神経叢麻酔後の心停止例が死亡した.
5)リドカイン脊麻はブピバカイン脊麻より,神経合
併症が高率であった
( 1 万例当たり14.4 vs. 2.2).
6)末梢神経障害は,術後 8 日以内にほぼ回復した.
末梢神経麻酔で生じた12例中 9 例は神経刺激装置を使
用しており,うち 7 例で症状が 6 ヵ月以上継続した.
[結論]老人での脊麻後心停止やリドカインの神経毒
性など,以前からの知見に加え,後方腰神経叢麻酔で
の高い合併症率や神経刺激装置補助での末梢神経麻
酔での神経障害発生について新たな知見を得た.
[解説者注]神経刺激装置使用例で神経障害が多いの
は意外である.本文では,より低電流による刺激は針
が神経により近づくと考察している.
(横山 健)
Auroy Y, Benhamou D. Major complications of regional anesthesia in France.
Anesthesiology, 2002;97:1274∼1280.
HFJVを3.5∼7.5mmの 5 サイズの狭窄モデルで施行.
バッグ内の笑気,酸素濃度を測定する.
[結果]実験 1 :1)声門上,経喉頭,経気管の 3 ルー
トでおのおの5.5,4.0,3.5mmより狭窄が強くなると
EEPが10mmHgを超えた.同様に5.5,3.5,3.0mmよ
り狭窄が強くなるとPIPが20mmHgを超えた.
2)声門上ルートでは,他ルートよりEEP,PIPがと
もに常に有意に高かった.
3)狭窄部が3.5mm以下となると,声門上ルートでは,
EEP,PIPがともにプラトーに達し,50mmHg以上に
はならない.
4)(PIP−EEP)は,狭窄部位が 5 mm以上となると 3
ルートで有意差が出る.
実験 2 :声門上ルートでは,有意に笑気濃度が低く,
計算上の窒素濃度が高かった.
[結論]声門上ルートではEEP,PIPが有意に高かっ
たが,これはgas trapping以外に通風・空気の引き込
みの増大にもよるだろう.この結果は,声門上ルート
のHFJVでの気道圧損傷の可能性を示すものとも解釈
できる.
(横山 健)
Ng A, Russell WC, Harvey N, Thompson JP. Compariing
methods of administering high-frequency jet ventilation
in a model of laryngotracheal stenosis.
Anesth Analg, 2002;95:764∼769.
●手術室の麻酔
長時間非心臓手術における術中の高血圧と
頻脈は有害
[目的]非心臓手術で,もともと存在する身体状況も
考慮した上で,術中の血圧,心拍数の変動が周術期の
有害事象に影響しているかを調べる.
[背景]心臓手術では以前に報告があったが,非心臓
手術において,術中の循環変動が手術結果に影響する
かは,明確には知られていない.
[研究の場]大学病院手術室.
[統計]統計的分析には,Mentel-Haenszel testsと多
重ロジスティック分析も用いた.
[対象]非心臓手術を受けた797人に関する後ろ向き研
究.施設のケアマップにより,術後10日以内に退院を
予定された患者を研究対象とした.
[方法]1)もともと存在する身体状況による周術期の
リスクを評価するために,患者ごとにPOSSUM(Physiological and Operative Severity Score for the enumeration of Mortality)
を決定した.
2)手術中の心拍数(HR),平均血圧(MAP),収縮期
血圧
(SAP)
を,コンピュータに記録された麻酔記録か
ら抽出した.
3)手術後に合併症があり10日を超えて在院している
か,在院中の死亡をNegative surgical outcome(NSO)
心電図をガイドとした仙骨裂孔からの幼児
の胸部硬膜外麻酔
[目的]心電図ガイド下に,仙骨裂孔からの硬膜外カ
テーテル挿入法の実用性を,前向きに検討する.
[背景]幼児の胸部硬膜外麻酔は,むずかしく危険と
考える麻酔科医もいる.仙骨裂孔から,胸部までカ
テーテルを進めることが推奨されるが,カテーテルの
コイリングの防止に,X線で先端を確認するのが望ま
しい.先端位置の確認にX線を用いる代わりに,カ
テーテルを電気刺激する方法の有用性が発表された
が,最近,もう 1 つの方法として,心電図を用いる方
法が発表された.
[方法]生後 6 日から 3 歳までの20例の胸部硬膜外麻
酔で調べた.全身麻酔の導入後,静注用18G針を仙骨
裂孔から硬膜外腔に刺入し,20G硬膜外カテーテルを
挿入した.カテーテルは,スタイレット付の市販品を
使った.心電図モニターは,心臓内心電図用のマイク
ロショック防止品を使用した.仙骨裂孔から目標レベ
ルまでの距離をあらかじめ見積もり,目標レベルの背
中の正中線上に体表の電極を置いた.この体表の心電
図と硬膜外カテーテルからの心電図を,同時に記録し
た.カテーテル先端が腰椎レベルにあればQRSは低
電位で,胸椎レベルに進むとQRSの電位は高くなる.
と定義した.
[結果]1)手術時間は,中央値で220分であった.
2)POSSUM scoreで層化すると220分以上の長時間の
手術で,HRもSAPもNSOに相関した.
3)したがって,長時間の手術では,術前の身体状況
以外に,術中の頻脈と,高血圧も,非心臓手術の術後
の有害事象に影響している.
4)在院期間が延びた患者の合併症の多くは,手術部
位やタイプとは無関係の臓器に生じた.
5)循環動態の変動は,NSOの第一原因ではないかも
しれない.
6)循環動態の変動は,POSSUMに反映されない病的
状態のマーカーかもしれない.
7)循環動態を正常化するための積極的な治療が,結
果を改善するかはわからない.この確認には無作為臨
床試験が必要である.
[結論]術中の循環動態が不安定だと術後の経過が悪
い.
(土屋健二)
Reich DL, Bennett-Guerrero E, Bodian CA, Hossain S,
Winfree W, Krol M. Intraoperative tachycardia and
hypertension are independently associated with adverse
outcome in noncardiac surgery of long duration.
Anesth Analg, 2002;95:273∼277.
硬膜外カテーテル先端が,目標レベルに達すると,目
標レベルに置かれた体表心電図と硬膜外心電図の波形
が同じ形になる.硬膜外カテーテルをそこまで進めた.
手術後,X線により,カテーテルの先端を確認した.
[結果]1)カテーテル先端は,全例で目標レベルの 2
椎体以内に位置していた.全例で,術中の満足できる,
硬膜外麻酔効果が得られた.
2)仙骨裂孔から,カテーテルを進める際の一番の問
題はコイリングで,これを避けるには,カテーテルの
位置をリアルタイムでモニターし,その場で調整する
必要がある.
3)モニターとして透視が薦められてきた.
4)カテーテル先端を電気的に刺激し,筋肉の動きを
みる方法も報告があるが,筋弛緩薬や局所麻酔薬の影
響を受ける.
5)心電図を利用する方法では,これらの薬剤の影響
を受けない.
(土屋健二)
Tsui B, Seal R, Koller J. Thoracic epidural catheter
placement via the caudal approach in infants by using
electrocardiographic guidance.
Anesth Analg, 2002;95:326∼330.
5
●手術室の麻酔
術中鎮静としてのデクスメデトミジンとプ
ロポフォルの比較:作用,副作用,回復の
特徴
[目的]プロポフォル(P)と同レベルの術中鎮静を得
るのに必要な量のデクスメデトミジン(DX)を用いた
場合の各種エンドポイントを評価する.
[背景]α2 受容体アゴニストのDXは,治療域量にて
鎮静作用があり,呼吸抑制も少なく,鎮痛薬必要量も
減少する.
[研究の場]大学病院手術室.
[統計]前向き検討.
[対象]局所麻酔ブロック(硬膜外,脊椎,末梢神経)
下に定期手術を予定された40人.
[方法]1)40名を無作為にDX投与群20人とP投与群
20人に分け,DX群は,導入 1 μg/kg 10分,維持 0.4
∼0.7μg/kg/h投与し,P群は,導入 75μg/kg/分 10
分,維持 12.5∼75μg/kg/分投与した.
2)術中はBIS値を70∼80に維持した.術中および術
後回復室での血行動態・鎮静状態・BIS値・呼吸状
態・精神運動状態・疼痛レベルをVASとOAA/S(Observer’
s Assessment of Alertness/Sedation)を用い
て記録した.
[結果]1)目標鎮静レベルに到達するのに,P群で10
分以内,DX群で25分を要した.
少量ケタミン投与はデスフルラン─レミフェン
タニル麻酔における術中オピオイド必要量
を減少させる
[目的]ケタミンの術中少量持続静注が,レミフェン
タニル麻酔の腹部手術後の疼痛を改善させるか検証す
る.
[背景] レミフェンタニル麻酔の大手術後には,強い
術後痛が認められる.
[研究の場]一般病院手術室.
[対象]2 時間以上の腸切除術を予定された患者で,
ASAⅠ∼Ⅲの成人50名.
[方法]1)50名を無作為にコントロール
(C)
群:25人,
ケタミン
(K)
群:25人に分けた.
2)空気─酸素─デスフルレン麻酔に,C群は生食静
注 , K 群 は ケ タ ミ ン 静 注( 0.15mg/kg ボ ラ ス Î ,
2 μg/kg/分 CIV:目標血中濃度60ng/mL).
3)2 群ともレミフェンタニル持続静注を併用した.
(ボラスÎは 1 μg/kg 60秒,CIVは0.25μg/kg/分で麻
酔が不十分なら0.05μg/kg/分増した.
)
4)2 群:手術終了30分前にモルフィン 0.15mg/kgを
Îした.
5)術後,PACUに少なくとも24時間在室した.
6)術中レミフェンタニル投与速度,術後の鎮痛状
態・合併症を24時間にわたり記録した.
6
2)HRは,両群で術前より減少した.
3)MAPは,両群で術前より減少したが,その度合い
はP群で大きかった.
4)RRは,両群で術前と変化なかった.
5)DX群において,有意に術後のVAS疼痛は低かっ
たがVAS鎮静とOAA/Sは高かった.
6)術後にモルフィン静注を必要としたのは,P群で
9 人,DX群で 4 人であった.
[考察]1)DXは血中カテコラミンレベルを減少させ
ることが知られているが,大量投与ではシナプス後血
管平滑筋に直接作用し血管収縮も引き起こす.DXに
よるHRの減少は,交感神経遮断作用のみならず迷走
神経刺激様効果にもよる.DXの鎮痛補助効果は今回
の結果からも明らかだが,半減期が 2 時間とされてい
るためこの作用は回復過程においてのみ認められるで
あろう.
[結論]DXによる術中鎮静は,Pと比較して問題は
ない.特に術後痛が強い手術に有用である.
(源 直人)
Arain SR, Ebert TJ. The efficacy, side effects and
recovery characteristics of dexmedetomidine versus
propofol when used for intraoperative sedation.
Anesth Analg, 2002;95:461∼466.
[結果]1)患者背景・術式・手術/麻酔時間は有意差
はなかった.
2)レミフェンタニル使用量は,K群で25%減少した.
抜管後15分後までの疼痛スコアはK群で減少した.
3)PACUでのモルフィン投与総量は 2 群間で有意差
はなかったが,術後24時間のモルフィン投与総量はK
群で33%減少した.
4)PONVなどの合併症は 2 群間で差はなかった.
[考察]1)レミフェンタニル麻酔後の強い術後痛は,
薬物動態学・力学的にoff setが速いこととopioidの急
性耐性を惹起させることによる.
2)ケタミンは手術による組織損傷に対する中枢感受
性の増大を妨げる.
3)動物実験で,オピオイドの急性耐性と中枢感受性
の増大は同じ機序と認められており,NMDA受容体
拮抗薬は急性耐性を防止する.
[結論]ケタミンの術中少量持続静注は術中レミフェ
ンタニル投与量および術後モルフィン消費量を減少さ
せ,回復の質も向上させた.
(源 直人)
Guignard B, Coste C, Costes H, Sessler DI, Lebrault C,
Morris W, Simonnet G, Chauvin M. Supplementing desflurane-remifentanil anesthesia with small-dose ketamine
reduces perioperative opioid analgesic requirements.
Anesth Analg, 2002;95:103∼108.
●集中治療・ペインクリニック
発展途上国における集中治療室の使用:
チュニジアとフランスの比較
[目的]医療および経済状況の異なる先進国と発展途
上国において,ICU治療の結果と医療資源利用の関係
およびコストを比較する.
[背景]欧米諸国においては近年の医療費増加により
医療効率の評価が求められる一方,発展途上国におい
ても経済的な制約から同様の関心が高まっている.
[研究の場]チュニジア共和国モナスティール大学病
院蘇生科とフランス共和国アンリ・モンドール病院蘇
生科のICU.
[対象]ともに大学の教育病院である上記病院で,フ
ランスの26床のICUに入院した430人と,チュニジア
の 8 床のICUに入院した534人.
[測定項目]治療内容,コスト,転帰,重症度.
[方法]前向き研究.
[結果]1)チュニジアの患者群は平均で 7 歳若く,重
症ではない患者が多い.
2)フランスの患者群は死亡率が低く,また多くの治
療内容を受けている.
3)重症度の低い患者群においては,治療結果と費用
に有意差はない.
4)重症度の高い患者群では死亡率に差はないが,チュ
発展途上国と先進国の集中治療の比較に意
味があるのか?
[目的]上の論文を受けての論説である.
[背景]1)ICUの診療内容と効率の評価は重要課題で
ある.2)施設間比較のために多くのスコアリングシ
ステムが開発され,使用されている.3)しかし,先
進国と発展途上国の間で比較した研究はほとんどな
い.
[研究の場]チュニジアとフランスの比較.
[重症度評価]1)施設間での治療成績の評価には患者
の質を揃える必要がある.疾患重症度スコア(ISS)は
不特定のICU患者の死亡予測に有効である.2)
APACHEⅡとSAPSⅡも予後判定
(弁別)力には定評が
あり諸国で利用されているが,これら両者をともに満
たすことがないとも指摘されている.3)途上国では
ICUベッドが不足で,入室適応の段階で選択が入って
くる点には注意すべきだ.4)本論文の著者らは入室
時診断に基づいて,患者を階層化するなどの工夫をし
ているが,異なる疾患間でも同程度に正確な予後評価
ができるというのはあくまで仮説にすぎないこと,そ
して階層化で患者を選択することにより研究対象数が
少なくなる,という弱点が内在している.
[医療資源]1)研究者はフランスで訓練を受けた医師
ニジアの治療内容は少ない.
5)重症度が中等の患者群では,チュニジアの死亡率
が高く,特にCOPDでは 4 倍であった.
[結論]1)重症度の高い患者群では死亡率に差がなく,
チュニジアはフランスより費用が安いが,治療日数が
短く,1 日あたりの治療内容に有意差がないので対費
用効果が高いとはいえない.
2)中等症の群では,フランスより重症度が低いのに
死亡率が高く,対費用効果がわるいので,この群は改
善が見込まれる.医療資源が限られている場合は,集
中治療の効率を高めるように資源を配分する方がよ
い.
[解説者註]チュニジアでは比較的軽症患者が多く,
重症患者の在院日数が少ない.また,中等症患者の死
亡率が高い.助かりそうな患者に医療資源が選択的に
配分されていることが窺える.
(宮澤正明)
Nouira S, Roupie E, El Atrouss S et al. Intensive care
use in a developing country:a comparison between a
Tunisian and a French unit.
Intensive Care Med, 1998;24:1144∼1151.
なので,知識,診断や治療の方針など
(ソフト)
の面で
両者で差はないことを意味している.2)しかし,物
資面
(ハード)
の面では両者に差があり,これが両者の
ICU医療の差(ICU入室前段階も含めて)になっている
ことは十分理解できる.
[成績]1)物資面では悪条件でもパフォーマンス上の
差は一部の疾患だけに限られている.2)途上国で
ICU医療の経費効率がよいのは,ベッド不足のため早
めに退室している点が指摘されるので,ICU内死亡で
はなく,院内死亡で評価するほうが妥当かもしれない.
[結論]1)先進国では医療費抑制の政治的,経済的圧
力で,予後予測の研究が進んだ.そうした成果は,今
後医療費の増大が懸念される発展途上国において,限
られた医療資源をどのように配分するのかの決定に有
益な情報となるだろう.
2)そうした情報の提供は誤差要因となるバイアスな
どを適切に排除した精度の高い研究を行って得られる
ので,それはわれわれの責務である.
(八木貴典)
Armaganidis A. Intensive care in developed and developing countries:are comparisons of ICU performance
meaningful?
Intensive Care Med, 1998;24:1126∼1128.
7
●集中治療・ペインクリニック
肺不全を伴う大動脈破裂患者のハイブリッ
ド管理:無ポンプ体外肺補助と血管内ステ
ントグラフト
[目的]重症の外傷性大動脈破裂を新しい手段で救命
した症例報告.
[症例]20歳男性が車の正面衝突を起こした.救急医
が現場に到着した時点では,患者は意識清明で呼吸困
難と胸痛を訴えていた.血圧は100/60,心拍数は112/
分で脈は安定していたが,呼吸困難のため挿管して近
医に搬送した.胸部の単純X線写真とCTにより両側
の血気胸と肺挫傷,左鎖骨下動脈分岐直下での大動脈
破裂が判明した.
[処置]両側に胸ドレーンを挿入し,強力に人工換気を
行ったが酸素飽和度は65%,P/F比は36と低く,搬送
するにはあまりにも状態がわるい.そこで入院病院か
ら著者らの施設に電話連絡があったため,特殊チーム
が救助ヘリに乗って,入院病院へ急行した.
救助チームは到着後ただちに,右大腿動脈と左大腿
静脈の間で無ポンプ体外肺補助装置を患者に装着し,
12L/分で酸素を投与したところ,酸素飽和度はすぐ
に96%まで改善した.体外循環の血流量は2.1L/分で,
これは患者の心拍出量の25%に相当する.ドパミンと
ノルエピネフリンで中等度の循環補助を加えた.
[翌日]血液ガス所見は著名に改善した.透視下に左
無ポンプ体外肺補助とARDS
[目的]重症の急性呼吸促迫症候群(ARDS)に対して,
ポンプを使用せずに体外循環でガス交換を行った.そ
の安全性と有効性を報告する.
[背景]体外肺補助(ECLA)はARDS治療の最後の手
段とされるが,ECLAの有効性は確立していないので,
手段としての改善の余地がある.ポンプをなくせば,
せん断力による血球の傷害がなくなる.
[研究の場]著者らの病院.内科と心臓胸部外科の協
同研究.
[対象]成人の重症ARDS患者10名(男 9 ,女 1 )で,
年齢は17∼59歳,APACHEⅡスコア17∼35点,肺傷
害スコア2.7∼4.0である.
[使用機器]1)一方の大腿に動脈カニューレ,反対側
に静脈カニューレを挿入する(鎖骨下静脈を用いた例
もある).動脈カニューレは動脈内径より1.5mm細い
ものを,静脈カニューレは動脈と同サイズか太いもの
を用いる.
2)膜型肺は血流抵抗の小さいものを使用する.
3)酸素は10∼12L/分使用する.
4)加温器はとくに使用しない.
[循環管理]ECLAへ流れる血液量は全体の16∼37%
8
大腿動脈よりステントグラフトを挿入した.処置は簡
単であり,血管造影で破裂は完全に封じこんだことを
確認した.
[肺補助の経過]体外循環は 7 日間施行し,その間の
人工呼吸器設定は低圧,低換気回数,低酸素濃度で維
持した.FiO2=0.5で酸素分圧が24時間以上80mmHgを
維持できた段階で体外循環から離脱した.その後は問
題なく経過し,1 ヵ月後,5 ヵ月後のフォローアップ
でも,ステントは適切な位置にあることが確認された.
[結論]従来の外科的方法でない,安全で簡便な手段
により困難な外傷症例を救命しえた.患者を選べば大
いに有効な方法である.
[解説者注]治療手段はともかく,そこに到るまでの
経過に注目してほしい.病院前あるいは病院間におけ
る救急医療体制の彼我の差はあまりにも大きい.
(福家伸夫)
Schmit FX, Phillipp A, Link J et al. Hybrid management of aortic rupture and lung failure:pumpless extracorporeal lung assist and endovascular stent-graft.
Ann Thrac Surg, 2002;73:1618∼1620.
であるが,循環を維持するためにカテコラミンを 5 %
以上増量する例はなかった.
[離脱]人工呼吸の酸素分画が50%以下でPaO 2 が
80mmHg以上になれば,ただちにECLAを停止し,カ
ニューレを用手的に抜去し圧迫する.2 例で抜去に外
科的な補助が必要だった.
[比較]従来のECLAに較べ,無ポンプECLAは安価
で簡便で操作が易しい.おそらく輸血の必要性も低い
と思われる.
[結論]1)無ポンプECLAはARDSに有効な手段であ
り,肺不全の極期において有効な酸素化をもたらすこ
とができる.
2)二次的な多臓器不全への移行を抑え,予後を改善
することが期待される.
(福家伸夫)
Reng M, Phillipp A, Kaiser M et al. Pumpless extracorporeal lung assist and adult respiratoary distress syndrome.
Lancet, 2000
(Jul 15)
;356:219∼220.
●集中治療・ペインクリニック
無ポンプ体外式肺補助法の初期20例の検討
[目的]急性呼吸窮迫症候群(ARDS)で体外循環にポ
ンプを使用しない肺補助法が有効かどうか評価する.
[背景]1)ARDSの死亡率は50%超といまだ改善して
いない.2)陽圧換気法以外の手段が求められており,
体外循環肺補助(ECLA)はその 1 つである.3)ポン
プを使用する体外循環は,長期になると出血や溶血な
どの副作用が強くなる.
[研究の場]内科および心血管外科のICU.
[対象]15∼69歳の急性肺不全患者20名(うち女性 2
名).
[使用薬物と機器]ヘパリンでコートしたカニューレ
および膜型人工肺.
[測定項目]血行動態パラメータ,血液ガスなど.
[方法]1)最低限求められる循環条件は,心拍出量で
6.0L/分,平均血圧で70mmHgである.必要に応じて
カテコラミンを使用した.
2)回路は短く,膜型人工肺は特殊な小型,低抵抗性
のものを用いて,両足の間に置くようにした.
3)酸素は10∼12L/分使用した.
4)肺の酸素化がよくなれば,ただちに体外循環を停
止した.
無ポンプ動静脈式体外肺補助の果たす役割
は何か?
[目的]ポンプを用いず,患者の動脈圧自体で体外循
環させる肺補助法
(以下avECLA)
の意義を解説する.
[背景]1)ポンプで駆動させる体外式酸素化装置,肺
補助装置は呼吸不全の治療において一定の評価を得て
きた.2)しかし,長期使用になると血球の破壊や細
胞の活性化(炎症反応の惹起)などの問題がある.3)
ポンプの使用はこうした現象の原因の 1 つである.
[歴史]1)実験室では1980年代後半に登場した.2)
1997年にはじめての臨床使用例が報告された.この例
はポンプ使用による血小板減少への対応策として,循
環が安定していたので使用したもので,10日間実施し
た.3)Phillippら(注:8 ∼ 9 頁に掲載した 3 つの論
文参照)は15名,累積226日の間avECLAを使用し,9
名救命している.
[機材]機材は基本的に単純だが,標準化はされてい
ない.太く短いカニューレと回路を用い,抵抗の少な
い酸素化装置を選ぶ.回路はヘパリンコーティングが
望ましい.装置全体は股間に置けるほど小さく,移動
時や体位交換時もそのまま使用できる.
[技術]1)動脈カニューレは17∼21Frを経皮か手術
で大腿動脈に挿入する.あらかじめエコーで動脈径を
[解析]paired-t検定.
[結果]1)ECLA導入後24時間で,FiO2は有意に低下
できた.
2)ECLAは酸素化と炭酸ガス排泄を有意に改善した.
3)体外循環の血流量は平均2.6L/分である.
4)体外循環時間は 1 ∼32
(中央値12)
日である.
5)20名中15名が体外循環から離脱し,5 名が死亡(敗
血症 4 例,心室細動 1 例)した.また退院に到ったの
は12名である.
6)合併症としては静脈側回路あるいは人工肺内の血
栓が 7 例と多く,回路の漏れが 2 例,カンジダによる
汚染が 1 例ある.出血性合併症はない.
[結論]無ポンプ体外式肺補助法は呼吸不全があって
も循環状態がよい患者に限れば有効な方法であり,簡
便に行えて副作用が少ない.
(福家伸夫)
Liebolt A, Reng CM, Phillipp A et al. Pumpless arteriovenous extracorporeal lung assist-experience with the
first 20cases.
Eur J Cardiothrac Surg, 2000;17:608∼613.
測定してからサイズを決めれば,下肢虚血の可能性が
減る.2)静脈カニューレは大腿静脈に挿入する.3)
酸素化装置を接続する.充填は250∼300mLで乳酸リ
ンゲル液でよいが,20%アルブミンを用いることもあ
る.4)気泡を抜き,ヘパリンの持続投与で凝固を抑
制する.5)必要ならポンプを使用したvaECLAに変
更も可能である.
[生理学的検討]1)典型的な状態での酸素供給量を計
算すると60mL/分程度である.
2)avECLAは動脈血をさらに酸素化しようとするも
のだから,もともと効率はよくない.
3)呼吸不全がさらに進行するとvaECLAに変更する
ことになる.
4)循環が安定していることは必須の条件であって,
2
心係数で4.0L/分/m ,体外循環流量で2.0L/分以下で
は効果が期待できない.駆動圧としては平均動脈圧
80mmHgが必要である.
[結論]適応基準や手技は確定していないが,条件次
第では有用な技術である.症例の蓄積を期待する.
(福家伸夫)
Grubitzsch H, Beholz S, Wollert HG et al. Pumpless
arteriovenous extracorporeal lung assist:what is its
role?
Perfusion, 2000;15:237∼242.
9
●集中治療・ペインクリニック
急性呼吸不全患者への吸気圧と呼気圧を設
定する非侵襲的人工換気法による救急処置
室での初期治療
[目的]非侵襲的人工換気法の救急処置室における使
いやすさ,臨床症状や検査データ上の効果,挿管の必
要性や予後への影響について調べる.
[背景]急性呼吸不全の救急の初期治療として非侵襲
的人工換気法を使用した報告は少ない.
[対象]急性呼吸不全で来院し,酸素吸入や原因疾患
に応じた薬物療法で改善しない62人,内訳は急性肺水
腫29人,慢性閉塞性肺疾患の急性増悪16人,喘息発作
4 人,そのほか13人である.
[使用薬物と機器]非侵襲的人工呼吸器,硝酸イソソ
ルビド,フロセミド,フェノテロール,イプラトロピ
ウム,メチルプレドニゾロンなど.
[測定項目]呼吸数,心拍数,血圧,血液ガス,ICU
在室日数,入院期間,挿管率,死亡率.
[方法]フェイスマスクを使用.補助/調節モード,吸
気圧(IPAP)10cmH2O,呼気圧 4 cmH2Oで開始する.
患者が不快感を表すか,マスクでリークを生じないか
ぎり,吸気圧を 2 cmH 2Oずつ20cmH 2Oまで上げる.
酸素飽和度(SaO 2)が90%未満なら,90%以上になる
よう酸素吸入を併用する.
[結果]1)肺水腫群は呼吸数,心拍数,拡張期血圧,
神経筋疾患の急性呼吸不全に対する非侵襲
的換気法と気管挿管法との比較
[目的]神経筋疾患患者の急性呼吸不全に対する第一
選択として,非侵襲的陽圧換気(NPPV)と輪状甲状ミ
ニ切開法
(ミニトラックⅡ)
を併用し,前向き研究で気
管挿管法と比較する.
[背景]神経筋疾患患者にとって急性呼吸不全は予後
に大きく関わっており,しかも遷延しやすいので,合
併症を極力減らしたい.
[研究の場]著者らの施設.大学病院にある 5 床の呼
吸器ICU.
[対象]1995∼97年の間にICUに入院した14名の患者
をNPPVで管理し,旧来の方法で管理された対照群と
しては,1992∼94年の30名の患者の中からマッチング
により選抜した.
[使用機器]ピューリタン・ベネット7200.
[測定項目]ICU内死亡数,治療失敗数(NPPVの場合
は挿管への移行,対照群の場合は死亡ないし離脱不
能),ICU在室日数,治療日数.他これに関連する臨
床検査として血液ガス,肺機能など.
[方法]上記測定により短期予後を評価する.
[解析]t-検定,Mann-Whitney検定.
[結果]1)NPPV群の方が院内死亡数( 2 対 8 )も治療
10
pH,PaCO2,SaO2が有意に改善した.
2)慢性閉塞性肺疾患群は呼吸数と心拍数が改善した
が,pH,PaCO2,SaO2は変化がなかった.
3)その他の 2 群においても,臨床的にも血液ガスや
血圧の点でも改善を認めた.
4)全体として 4 人が挿管され10人が死亡した.
[結論]1)急性呼吸不全患者に対し救急外来で非侵襲
的人工換気を行い,大部分の患者で症状や検査値のす
みやかな改善を認めた.
2)挿管率,入院期間,死亡率などは従来の治療法の
みによる過去の成績よりむしろ優れていた.CPAPの
有効性は知られているが,IPAP付加の効果について
は不明である.多忙な救急処置室でも新たな人員を要
請することなく,またほかの業務に弊害を生じること
なく施行することができた.
3)救急処置室の短時間の使用では合併症を認めな
かった.
(宇野幸彦)
Thys F, Roeseler J, Delaere S et al. Two-level noninvasive positive pressure ventilation in the initial treatment of acute respiratory failure in an emergency
department.
Eur J Emerg Med, 1999; 6 :207∼214.
失敗数
( 4 対11)
も有意に少ない.
2)NPPV群の方がICU在室日数(13.6対47.1)は有意に
短い.
3)ミニ切開法は副作用もなく患者はさほど苦痛に感
じていない.
[結論]神経筋疾患患者の急性呼吸不全において,
1)NPPVに輪状甲状ミニ切開を併用する方法は旧来
の方法に比べて,より安全でより有効である.
2)しかし,球麻痺のある患者は誤嚥の危険性がある
ので,適応から除外した方がよい.
[解説者注]まだ気管切開をされていない程度の患者
が対象だが,それでも肺活量は正常の 5 %以下の症例
もある.急性増悪の原因はすべて呼吸器系感染症であ
るが,中には鎮静薬で駄目押しをされた例もある.と
ころで意識の正常な患者なら,気管切開を置いていて
も発語させることができるのは皆様ご承知でしょう
ね.
(福家伸夫)
Vianello A, Bevilacqua M, Arcaro G et al. Non-invasive
ventilatory approach to treatment of acute respiratory
failure in neuromuscular disorders. A comparison with
endotracheal intubation.
Intensive Care Med, 2000;26:384∼390.
●集中治療・ペインクリニック
慢性閉塞性肺疾患の増悪に対する非侵襲的
陽圧換気法の救急部における使用
[目的]慢性閉塞性肺疾患(COPD)の増悪により受診
する患者に対し,救急外来の段階で早期に非侵襲的陽
圧換気法
(NIV)
を実施するのが臨床的に有効かどうか,
概説する.
[背景]1)COPD増悪で救急受診の患者は多い.2)
気管挿管による人工呼吸の弊害を減らしたい.
[呼吸生理]NIVの効果は患者の呼吸仕事量を軽減す
ることであろう.COPDに対する安易な酸素投与は危
険であるが,NIVにより肺胞換気が増大する結果とし
て動脈血酸素分圧が上昇するのなら不安はない.
[臨床研究]1)COPDに対するNIVの効果については
いくつかの前向き無作為研究があるが,それらはいず
れもICUで行われており,有効性が主張されている.
2)しかし,Brochardの報告では29%の患者にしか
NIVが実施できず,その主な原因は呼吸停止,意識低
下,分泌物排出困難などである.
3)適応に制限はあるが,有効な選択肢であることは
意見が一致している.
[救急外来での使用]1)文献は少なく,いずれも小規
模の研究である.しかもその有効性については賛否両
論がある.
集中治療医学の国際同意会議:急性呼吸不
全における非侵襲的陽圧人工呼吸
[背景]非侵襲的陽圧人工呼吸(NPPV)の適応は慢性
肺疾患中心だが,急性呼吸不全(ARF)にも適応が拡
大した.2000年フランスでこの方面の国際会議が開か
れた.
[NPPVの原理・効果・目的]高PaCO 2となる病態で
は,CPAPで内因性PEEPが減少して呼吸困難感が緩
和し,陽圧換気で直接換気量を増し高炭酸ガス血症が
改善する.低酸素血症は肺胞低換気と換気血流比不全
で生じるが,NPPVは気道の開存性を保ち換気を確保
して,低酸素血症が改善する.ARFでは高炭酸と低
酸素が起こるからNPPVの適応で,疾病率や死亡率減
少が期待できる.NPPVの有効性に関する臨床研究は,
証拠を固めるにはデザインに工夫が必要である.
[機器選択とモード選択]NPPVの最適化には機器と
マスクと熟練したスタッフが必要である.特定のマス
クの優位性は証明がない.導入時に即使用できるマス
クを幅広く用意する.経験上,フルフェイスマスクは
重篤な低酸素性ARFに適する.特定のモードの優位
性も不明で,病因や重症度に応じて現場の技能,精通
度で決める.設定は呼吸数減少や呼吸筋負荷の軽減,
血ガスの改善に必要な吸気圧と流量で調節する.装置
2)どのような患者なら有効なのかという見極めも,
使用前にはわからない.
[どこでやるのか]1)救急外来で施行可能という意見
とICUでやるべきという意見がある.
2)救急チームが施行する場合,医師,非医師を問わ
ずNIVについてよく理解しておく必要がある(呼吸器
科医や呼吸療法士によるトレーニング)
.
3)NIVから挿管に移行するタイミングを失ってはな
らない.つまり持続的な観察が必要である.ただ,
NIVが有効か否かは30分程度で見当がつく.
4)ICUか救急外来かという質問は愚問である.最も
必要なのはスタッフの十分なトレーニングであり,
NIVの成否はチームがふさわしい技術と熱意を持って
いるかどうかにかかっている.
[結論]ICU以外でも治療の第一選択の 1 つとして考
えてよい.救急外来でも活用すべきだが,適応範囲の
決定にはさらに研究が必要である.
(福家伸夫)
Vanpee D, Delaunois L, Gillet JB. Non-invasive positive
pressure ventilation for exacerbation of chronic obstructive pulmonary patients in the emergency department.
Eur J Emerg Med, 2001; 8 :21∼25.
やモニターは重症度と実施場所に応じて決定する.
[NPPVの実施者と場所]ICU以外でもよいが,ICU相
当の環境で,管理に精通した医療者がすぐ介入できる
状況で使用する.NPPV実施に伴う看護師,呼吸療法
士への負担増はない.
[ARFに対する適応基準]低酸素血症性ARF への導
入基準には議論が多い.高炭酸ガス血症性ARFでは,
標準治療にNPPVを併用すると,気管内挿管・合併
症・死亡率の減少が期待できる.COPDの急性増悪に
関してはコントロール試験でNPPVの有効性が実証さ
れているから,導入を考慮する.低酸素性ARFの治
療にNPPV併用で気管内挿管回避が有効かは比較試験
が必要だが,慢性肺水腫の治療にフェイスマスクによ
るCPAPを加えると,挿管を回避できる可能性がある.
[その他の急性期に対する適応]ウイーニング期間の
短縮と再挿管の回避のほか,肥満性低換気症候群の
ARFにも有効である.快適性も高く,末期状態でも
有効だろう.術後患者でも各種パラメータは改善する
が,転帰への効果は不明である.
(藤田正人)
International Consensus conferences in Intensive Care
Medicine:Noninvasive Positsive Pressure Ventilation in
Acute Respiratory Failure.
Intensive Care Med, 2001;27:166∼178.
11
●集中治療・ペインクリニック
クロイツフェルト・ヤコブ病の未発症家族
性キャリアにおける手術器具の取り扱い
[内容]クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)のキャリ
ア患者の手術器具等の取り扱いに関する症例報告.
[研究の場]米国ロードアイランド州ノースプロビデ
ンスにある,ファティマ女王病院の院内感染部および
ブラウン医科大学感染症部門.
[症例]43歳の女性.CJDの家族歴があり,本人もキャ
リアと診断されていた.当施設で腰椎椎弓切除術の既
往があり,再度腰椎椎弓切除の手術が予定されていた.
[方法]取り扱いに関しては米国疾病管理センター,
米国立神経疾患脳卒中研究所,世界保健機構,カナダ
保健省の最新勧告を参照とした.手術器具は耐用限度
に近いものを用い,動力を要するものは使用しないこ
ととした.顕微鏡による診断が必要な組織以外は病理
部に送らず,すべて感染性廃棄物として適切に廃棄処
理した.検体は「CJD─特別処理」のラベルを貼付し
た.使用した手術器具は 2 規定の水酸化ナトリウム溶
液に1時間浸し,水道水ですすいだ後に132℃の高圧
蒸気で1時間滅菌してから廃棄処分とした.この患者
の医療記録に「プリオン蛋白,カルテを注意して見よ」
と表示されるようにホストコンピュータに入力した.
[結果]最初の椎弓切除術では,処分した手術器具等
クロイツフェルト・ヤコブ病が疑われる患
者の麻酔管理
[目的]クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)の患者に
対する麻酔,手術管理についての提案.
[対象]CJDに発展する可能性がある 2 人の患者.
[症例 1 ]17歳時に髄芽細胞腫摘出術を受け,死体硬
膜の移植を受けた.32歳時に眩暈,中等度の不穏,右
手の運動失調を訴え,CT,MRIで右脳に径3.5cmの再
発病巣が発見され,再度手術となった.手術に関係す
る者は防水の手術帽,ガウン,手袋,シールド付顔面
マスクを着用した.手術・麻酔関係器材で使い捨ての
ものは焼却した.喉頭鏡は洗浄され,次亜塩素酸ソー
ダで消毒された.手術室の床,壁,麻酔器なども次亜
塩素酸ソーダで消毒された.
[症例 2 ]14歳時に巨大未熟性奇形腫摘出術を受け,
その後も成長ホルモン補充療法を継続していた.14年
後に眩暈,構音障害,目のかすみ,運動失調が悪化し,
CTで後頭葉に異常を認めて減圧開頭手術になった.
1 例目と同様の準備で手術に臨んだ.
[CJDの臨床]CJDの原因は特発性90%,家族性 8 %,
医原性 2 ∼ 3 %とされ,医原性CJDは以下の 3 つの経
路が考えられる.すなわち1)不十分な手術器具の洗
浄,2)抽出された下垂体ホルモン,3)ヒトから摘出
12
の費用は5,900ドルであった.また医療従事者はすべ
てがCJDの感染管理方法を熟知していたわけではな
く,過剰な防護装備を用い,すべて廃棄していた.今
回の再手術では,将来再び椎弓切除術が必要となる可
能性があるので,使用した器具はこの患者専用に保管
することとし,処分した器具の価格は推定でおよそ
1,000ドルであった.また通常の感染予防措置を用い,
危険性の高い組織とそれに使用した手術器具のみに
「警告!プリオン蛋白疾患」の注意書きとその取扱法
が書かれた情報カードを貼付することとした.
[解説者註]危険性の高い組織とは
(固定の如何に関わ
らず),脳,硬膜,角膜,脳脊髄液,腎臓,肝臓,リ
ンパ節,脾臓,(議論のあるところではあるが)
血液で
ある.
(宮澤正明)
Fishman M, Fort G. G, Mikolich D. J. Handling of surgical instruments in a presymptomatic familial carrier of
Creutzfeldt-Jakob disease.
Am J Infect Control, 2002;30:303∼306.
され汚染されている移植片
(角膜,硬膜)
である.それ
ぞれの発症型で遺伝子の特徴もある.
1987年以前の死体硬膜は危険である.著者らの施設
では1983年から1984年にかけて37例の硬膜移植例があ
るが,そのうち 4 例がCJDに発展した.
[CJDの病棟管理]B型肝炎やAIDSと同様に扱う.可
能なかぎり使い捨て器材を使用し,焼却する.神経検
査
(ピンプリック)
用のピンも同様である.体液が付着
したものはすべて焼却する.
[麻酔管理]喉頭鏡の消毒では 5 %次亜塩素酸ソーダ
に 1 時間浸しておく.予定手術なら一日の最後に組み,
関係者は防水性のガウン,手袋,顔面マスクを着用す
る,眼球の保護を怠らぬこと.非使い捨て器材はそれ
ぞれに適した濃度の次亜塩素酸ソーダで消毒し,
134℃のオートクレーブを18分で 2 回または 1 時間実
施する.
[結論]知識とコモンセンスが危険を回避させる.
(冨永陽介)
Hernandez-Palazon J, Martinez-Lage JF, Tortosa JA et
al. Anaesthesic management in patients suspected of, or
at risk of, having Creutzfeldt-Jakob disease.
Br J Anaesth, 1998;80:516∼518.
書籍紹介
天才の栄光と挫折─数学者列伝
著者は数学者ですが,新田次郎と藤原ていという
大作家を両親とされ,自身も文章家として知られ,
一般向けの著作も多い方です.本書も大変に人間臭
く仕上がって,面白く読みました.
第一次大戦から第二次大戦に至る科学の歴史に
は,ナチがユダヤ人を虐待して結局自らの頚を絞め
ることになる大きな事件がありますが,本書でもゲッ
チンゲンの数学者ワイルが自身はユダヤ人ではない
のに,妻がユダヤ人で結局アメリカ亡命を余儀なく
される様子が描写されています.
●チューリングの悲劇
「挫折」を扱っているだけに諸処に悲劇が記述さ
れていますが,中でも怒りと悲しみを覚えるのは
チューリングの項です.
チューリングは,コンピュータの歴史に登場する
大数学者です.バベッジがコンピュータという「機
械」の先駆者とされるのに対して,チューリングは
20世紀の前半に「考えるマシーン」の概念を確立し
たとされる偉人です.
イギリス人チューリングは,第二次大戦でドイツ
の暗号解読の仕事を受け持ちます.著者は,数学者
が戦争に直接貢献した稀な例としています.
第二次大戦
(1939∼1945)
の初頭では,『エニグマ』
という名前のドイツの暗号機械が強力で見事に活躍
し,それを利用したUボート
(小型潜水艦)
がイギリ
スの輸送船を大量に沈めました.やがて,チューリ
ングをチーフとする暗号解読班がこの暗号を破って
Uボートを沈めます.しかし,ドイツは暗号を改訂
強力化して再びUボートの成績が改善します.とこ
ろが,チューリング班はこの暗号も破りUボートの
暗躍は止んで大戦を勝利に導く 1 つの要素となりま
した.
しかし戦後のイギリスは,チューリングを顕彰す
るどころか,ドイツの暗号を破って勝利に役立てた
事実を隠します.ドイツから戦利品として獲得した
エニグマを,戦後に独立した旧植民地に旧宗主国と
して提供し,「秘密の情報交換に使うよう」指示し
ます.自らには解法のわかっている暗号機械を相手
に与えて,情報収集に使ったのです.
最後には「ホモセクシュアル」という,当時は犯
罪だった汚名を着せてチューリングを破滅に追い込
んだのでした.江戸時代に領主が城や家屋を建築し
た後で,その工事担当者を殺した話がありますが,
それと似ています.この描写には著者藤原氏の解釈
も加わってはいますが,事実としてほかにもあるの
で信用しましょう.
藤原正彦 著
新潮選書,新潮社,東京,1,100円
●天才ラマヌジャン
もう 1 つ興味を引かれたのが,インドの数学者ラ
マヌジャンです.この人は15歳の時に,数学の定理
が6,000ほど載っている本を見て,「ほぼ全部の証明
が頭に浮かんだ」ということです.
21歳の学生時代に論文を発表して,インド国内の
数学界では少し知られますが,ようやく得た職は
「港湾局経理部員」で,この仕事を果たしながら数
学の研究を始めます.アインシュタインが特許局で
働きながら,あの光量子や特殊相対論を開発した事
情を思わせます.
インドの数学界で世話する人がいて,彼の論文や
メモを1910年頃に宗主国イギリスの数学者に送りま
す.受け取った数人の数学者の一人ハーディがこれ
に着目し,「これは本物だ.こんなすごいインチキ
を考えつくいかさま師よりは,これを考えつく本物
の数学者のほうが実在する可能性が高い」と言い
放って,自ら世話することを決断したという記録が
残っている由.
この人の頭には「既存の定理の証明が自然に頭に
浮かんだ」り,「新しい定理を突然思いついて」,格
闘の必要がなかったといいます.凡人には理解でき
ませんが,何やらモーツァルトの天才を思わせる現
象と似ています.
●その他の例は
ロシアの女流数学者コワレフスカヤ
(1850∼1892)
の記述の項に,「ロシア女性が,帝政末期の閉塞し
た状況を脱出すべく,海外での勉強に理解を示す男
性と偽装結婚して外国の大学に留学する流行」とあ
るのは,今も行われる偽装結婚と関連して興味を引
かれます.しかし,お金の結びつきでなく,「理解」
が加わっているだけに当然愛に進んで,問題が生じ
たのも当然でしょう.江戸の和算家関孝和に 1 項目
を割いています.
本書のタイトルは「栄光と挫折」となっています
が,対象 9 人のほとんどで当人は「栄光」を経験し
ていません.天才の宿命でしょうか.
この欄に数学者のものを登場させるのははじめて
でしょう.私は数学が好きですが,自分を「数学の
専門家」としてイメージしたことはありません.物
理学や工学なら考えたことはあるのですが.
冒頭のニュートンの項目と最後のワイルズのフェ
ルマーの定理の証明以外,対象としている数学の具
体的内容が,ガロアの群論からワイルまで把握でき
ないのが少し残念です.
(諏訪邦夫)
13
■シリーズ/麻酔学の古典〔39〕
「睡眠時無呼吸を解き明かす」
「睡眠時無呼吸症候群」の報告の起源は,
人によっては“Pickwickian syndrome”を
記載したBurwellの論文や,
“Ondine’
s curse”
を記載したSeveringhaus の論文を挙げるべ
きと主張するかもしれません.そうするとこ
の論文より10∼15年は遡りますが,通常はこ
の論文を挙げる習慣です.
『Science』という,
発行部数が多くよく読まれる雑誌に載った点
はもちろんですが,短い論文なのに記述が充
実しています.
図 論文のFig. 1を日本語化したもの
●●●●●●●●●●
この論文の重要性
呼吸状態でした.
こうした分析が終わって,睡眠と呼吸の問
題を指摘するとはじめて,妻が「そういえば
呼吸が止まるのに気づいたことがあった」と
述べています.
それでは,この論文がなぜ重視されるので
しょうか.「不眠の研究を永く行ってきてい
るが,呼吸のパラメーターを含めるようにな
ったのはつい最近のこと」と論文の冒頭で述
べている通り,「睡眠と呼吸」を結びつけて,
●●●●●●●●●●
しっかりと研究して両者の関連の重要性を確
睡眠観察時のパラメーターと結果は
立している点にあります.
睡眠を観察するパラメーターが非常に充実
論文は基本的に 2 例+ 1 例の症例報告で,
しています.脳波,眼筋筋電図,肋間筋筋電
終夜の睡眠観察が基礎になっています.
図,咽頭喉頭筋筋電図,頬部温度(気流の観
まず覚醒時に詳細な肺機能検査を検査を施
行して,肺気量,換気力学,肺胸郭系の弾性, 察らしい),腹部の動き(呼吸),胸郭の動き
気道抵抗,動脈血ガス,運動負荷試験,換気 (呼吸),心拍数,SaO 2,食道内圧,気道二
酸化炭素
(カプノメトリー),肺動脈圧などで
の二酸化炭素応答,スワン・ガンスカテーテ
す.
ルの検査など,「覚醒時検査の結果はすべて
無呼吸が起こると,同時に脳波上で目覚め
正常」と結論し,その上術前の問診でも呼吸
る場合が多くなります.この無呼吸が起こる
の問題が出てこなかったことを確認していま
のは,レム睡眠では少なくノンレム睡眠で多
す.
いことを記載しています.また,第 3 例では,
ところが,3 夜の睡眠記録でとんでもない
睡眠時無呼吸で覚醒せずに遅いデルタ波が出
異常が判明します.たとえば,第一例は57歳
るようになって,呼吸が始まるまで続く場合
男性,20年の睡眠障害でとくに午前 3 ∼ 6 時
があると記載しています.
に強く,自分のいびきで自らも目覚め,妻も
逆に睡眠側からみると,睡眠が深くなると
目覚めると訴え,いろいろな睡眠薬をとって
無呼吸となり,目覚めるか少なくとも睡眠が
みたが,バルビチュレート(や抱水クロラー
浅くなって呼吸が始まるというサイクルを繰
ル)ではかえってわるくなるという経歴を持っ
り返すので,ノンレム睡眠で 3 度,4 度といっ
ています.
た深い睡眠に達することが極端に少なく,一
この患者の観察では,一晩平均でベッドに
方,レム睡眠はあまり障害を受けません.
いた時間は400分,うち睡眠時間が317分で,
1 つだけ,意外なことが書いてあります.
ベッドで目覚めていた時間が75分.1 晩に
「無呼吸は基本的に中枢性で,気道閉塞は重
200回目覚め,睡眠時間のうち実に42%が無
14
Gulleminault C, Eldridge FL, Dement WC. Insomnia with sleep apnea.
Science, 1973;181:856∼858.
要でない」というのです.図の記録からも,
ています.追加的に書かれている第 3 例の患
たしかにそのようです.
者では,無呼吸の際に目覚めずに逆にデルタ
無呼吸の持続は平均では30秒,幅は20秒∼
波(0.5∼3.5Hz)の特に遅い成分が出ます.そ
1 8 0 秒 , そ の 際 の P a O 2 は 4 5 ∼ 9 2 m m H g , うして,この患者は少なくとも 2 年間,左室
PaCO2は35∼57mmHgと大きく変動します.
不全状態と判明しています.これに対して
肺 動 脈 圧 は , 睡 眠 と 同 時 に 収 縮 期 圧 が 「類推だが」と断って,「この患者の心臓の状
30mmHgまで上昇し,無呼吸になると収縮
態がよくないのは睡眠時呼吸障害と関係があ
期圧が52mmHgで拡張期圧20mmHgと著増
りそうだ」と述べ,さらに推測を広げて,
し,その際にハイポキセミアが続発します.
「夜間死亡の一部はこうした無呼吸に関係し
ている可能性がある」と述べています.
●●●●●●●●●●
夜間の原因不明の突然死にはいろいろな種
精神科医の論文
類があり,原因も一通りではありませんが,
今回読んでみて,著者に関して気づいたこ
睡眠時呼吸障害が大きな原因の 1 つとして強
とがありました.1 つは,第二著者のEldridge
調され始めたのはつい最近のことなのです.
はこの時点ですでに高名な呼吸病学者・呼吸
私たち麻酔科医にとって,「気道維持」は
生理学者ですが,ほかの 2 人は精神科医で,
中心課題です.だからこそ,気管内挿管を行
しかも第三著者はあのレム睡眠を詳細に記述
い気管内チューブが閉じないように気を配り
したDementで,レム睡眠の論文からは16年
ます.
の年月が経過しています.
しかし,それにしては気道確保しない麻酔
第一著者の読みは正確には知りませんが,
における気道閉塞への関心が乏しいと感じま
ふつうは「ジェレミノー」と発音しているよ
す.脊椎麻酔や硬膜外麻酔の際に,少量の鎮
うで,2000年を過ぎた現在では睡眠時無呼吸
静薬を使用するのさえも絶対安全ではありま
領域の「大御所」と見なされています.
せんが,最近では保険点数の関係もあってプ
現在,睡眠時無呼吸を診療し研究するのは
ロポフォルでしっかりと「全身麻酔」を組み
精神科の方々以外に,呼吸器科や耳鼻咽喉科
合わせます.ところが,麻酔学教科書の「脊
の方々が中心ですが,「睡眠時無呼吸症候群」 椎麻酔」の項目をみても「鎮静での気道確保
の重要性は,患者側からの視点でいえば「睡
の重要性」には,ほとんど触れられていませ
眠障害」であって「無呼吸」ではありません.
ん.
呼吸器科と耳鼻咽喉科の医師は,
「睡眠障害」
生理的な睡眠でさえ危険です.「睡眠薬を
への認識が十分でないかもしれません.
とると睡眠障害が起こる」とは,この論文に
すでに書いてあります.
●●●●●●●●●●
気道確保しない状態では,患者のモニター
麻酔科医の視点から
にくれぐれも気をつけてほしいと,あらため
この論文では,「無呼吸は中枢性で,気道
(諏訪邦夫)
てお願いしておきます.
閉塞の要素は少ない」としていますが,その
後のデータの蓄積から睡眠時無呼吸の90%以
上が気道閉塞によると判明しています.この
[参考文献]
論文でも,最後の部分で「いびきの強い人は
Dement W, Kleitman N. The relation of eye movements
問題だ」と述べて,気道閉塞の重要性を意識
during sleep and dream activity:An objective method for
the study of dreaming.
している点を表明し,別の分析からそうした
J Exper Psychol, 1957;53:339∼347.
認識に達していたのがわかります.
(本誌27号の本欄に「何故ユメを見るのか:ユメとレム睡眠」
として解説)
論文の終りのほうに,重大なことが書かれ
15
エッセイ
「おじいさんの古時計」
今,平井堅さんの歌う「大きな古時計」が話題に
なっているので,それに関連して気がついたり思い
出したことを書いてみます.
●「大きな時計」を意識したのは?
小学校に入る前でしょうか.「おおかみと 7 匹の
仔山羊」(グリム童話)
の中で,たしか一番下の仔山
羊が「時計の中に隠れる」というのを読んで不思議
に感じました.「時計」といえば,私の知識ではせ
いぜい柱時計までで,「子供が隠れられる時計」と
いう大きさが納得できませんでした.
その疑問をしっかり解いたのは,アメリカで本当
に床に立つ大きな時計を見た時でした.多分日本に
も存在はしたのでしょうが,個人の家で見た記憶が
なかったか,見ても童話と結びつかなかったのかも
知れません.とにかく,アメリカの家庭で動いてい
るのを見て,童話を思い出して「これなら隠れられ
る」と納得しました.その時に,こういうものを
「おじいさんの時計」(grandfather’s clock)と呼ん
で,歌があることを教わりました.
●歌をいつ聴いたか
この歌をはじめて聴いたのがいつかは記憶に残っ
ていませんが,多分大人になってからでしょう.
「童謡」として歌ったり聴いた記憶はありません.
もしかすると,アメリカで何かの折に聴いたのがは
じめてだったかもしれません.少なくとも,英語の
歌詞のほうが私にはなじみです.
アメリカで聴いたものは,「童謡」とはいいなが
ら「ちょっとコミカルソングの雰囲気」で歌われて
いたようで,現在手元にある英語の歌のCDでもそ
んな印象を受けます.
●日本語の歌
この欄でも前に取り上げた藍川由美さんが,外国
生まれの歌を集めたCDでこれを歌っていて,聴い
た時に「なるほど」と思い出しました.日本語も聴
いたことはありましたが,しっかりと聴いたのはこ
の藍川さんがはじめてで,ほんの 1 年か 2 年前です.
藍川さんの歌っているのは,今回の平井堅さんのと
同じ歌詞で,藍川さんのCDの解説には「保富康午
訳詞」となっていますが,この訳詞者のことはわか
りません.
原詩の「90年」が日本語では「100年」になって
いる点は,いろいろな人が指摘していますが,もち
ろん訳詞の語調を整えるのが狙いでしょう.妥当な
変更というか,むしろ見事な変更と感じます.それ
16
以外は,この訳詞は原詩に忠実でしかも日本語とし
ても立派で感心します.藍川さんの解説に「作曲者
のワーク
(Henry C. Work:1832∼1884)
は南北戦争
頃の軍歌作曲家」と書いてあります.
ところで,藍川さんに慣れていた私は平井さんの
歌を聴いて,歌としての面白さに圧倒されました.
言ってみれば,こんな平凡な歌詞の,こんな平凡な
歌を,これだけ思い入れたっぷりに歌って,人を惹
きつけている点です.テレビで見て,強い魅力を感
じました.藍川さんの真面目な歌い方もよいけれど,
「歌として」はこのほうがずっと面白いのです.
●英語の授業で採用
私は現在,大学生を相手に英語を教えていますが,
ときどき英語の歌を挿みます.同じ教材を続けると
飽きるので,息抜きです.その材料に,「おじいさ
んの古時計」を使いました.
それで,歌詞をこまかく検討して面白いことにい
ろいろ気づきました.日本語の「チクタク」が英語
では“tick, tock”で,両者がよく似ているのに感
心します.「チクタク」はこの歌に限らず日本語化
していますが,何となく「バタ臭い」感じ,つまり
純粋の日本語ではなくて西洋語のなまりの印象を抱
いていましたが,この英語の転用なのでしょうか.
日本語では「かっちん,かっちん」ですね.
原詞には“grandfather”と“old man”という,
関係のある二種類の単語が出てきます.日本語で表
記すれば「お祖父さん」と「お爺さん」で,音は同
じでも意味は明確に違います.原詞に二種類出てく
る意義はわかりません.単に言葉を整えるだけでも
なさそうです.
原詞では,“it stopped short never to go again”
というフレーズが 6 回繰り返されます.訳詞では,
「今,もう動かない」と歌うところです.この“stopped
short”は「突然止まる」ことを意味すると辞書に
載っています.“short”は基本的に形容詞ですが,
副詞として「手前に」を意味する使い方があって,
たとえば“fall short”が「手前に落ちる」で,ゴル
フで「ショートする」といういい方が好例です.し
かし,その他に「突然」「急に」という使い方があ
るのを,今回はじめて知りました.
詩ですから韻を踏んで当然ですが,数えてみると,
“floor”と“more”,“boy”と“joy”,“slumbering
(休む)”と“numbering”,“hire”と“desire”,
“night”と“flight”と脚韻が 5 組見つかりました.
なお,原詞の作者がどうしても不明で,それが残念
です.
(諏訪邦夫)
●医学一般・基礎医学
肥満経験者と肥満非経験者では脂質以外の
水分が違う
[目的]肥満を経験して食事制限で減量した患者を肥
満経験のない患者と比較した場合,前者は水分含量が
多いかどうかを検討する.
[背景]肥満患者が減量を目的として胃腸管の手術を
受ける場合,細胞外液の喪失が少なくて,体細胞組織
(body cell mass:BCM)の喪失分が多いようである.
このメカニズムは不明だが,この患者を後で調べると
水分含量が多くなっていると解釈できる場合が少なく
ない.
[研究の場]病院.
[対象]肥満経験患者10例と,対照として肥満非経験
患者10例.両群は,年齢・体重・身長・人種・性別な
どを同一にした.
[測定項目]体密度,全身体水分量,骨のミネラル含
量など,脂肪組織量と非脂肪組織量,体細胞組織量
(BCM)
.
[方法]2 つの群でいろいろな事項を調査した.肥満
経験患者は,最低18.5kg以上減量し,その体重を 2 ∼
16年維持している.体密度は水密度計で,全身体水分
量はトリチウム希釈法で,骨のミネラル含量は二重X
線吸収法を応用して,おのおの測定した.脂肪組織と
冠状動脈閉塞患者の冠状動脈灌流は逆行灌
流が有効
[目的]冠状動脈閉塞にCABG手術を施行する際,冠
状動脈を灌流する方向が,順行
(上流から流す)
か逆行
(下流から逆に)
か有効性を定める.
[背景]冠状動脈閉塞患者にCABG手術を施行する際,
冠状動脈に高カリウムの液体を流して,冷却・栄養・
心筋保護を図る.この灌流は,通常は順行つまり上流
から流すのがふつうだが,「上流から流しても冠状動
脈閉塞があるから流れにくい」という考慮から,逆行
灌流つまり下流から逆に流す方法が開発されている.
しかし,その有効性は確立したとはいえない.
[研究の場]大学病院.前向き乱数割り付け 2 重盲検
による試験.
[対象]男性患者20例.冠状動脈の 3 本に狭窄があり,
回旋枝か左室前下行枝に閉塞があることを選択基準と
した.
[測定項目]左室駆出率を安静時と運動時で評価.術
前と術後 3 ヵ月.核心室造影法使用.
[方法]麻酔開始直後およびその後 1 時間ごとに循環
動態・エコー・心電図などを記録した.心筋温度は 3
点でサーミスタを使用して計測した.順行灌流と逆行
灌流のグループは,乱数的に割り付けて割り付けを知
非脂肪組織は,上記のパラメーターなど 4 コンパート
メントモデルを作成して,その解析から算出した.体
細胞組織量は,全身体組織カリウムを全身計測カウン
ターで計測して算出した.
[結果]1)両群の差は,年齢 4 歳,体重 3 kg,身長
5 cm以内に維持できた.
2)肥満経験患者を肥満非経験患者と比較すると,含
水量が多く,体細胞組織量が少なかった.
3)身体水分量が多い場合,ふつうの患者と比較して
栄養・薬物摂取と効果・分布そのほかいろいろな点で
異常が想定できる.
[結論]肥満を経験して,食餌制限や手術で減量して,
その体重を低く維持している患者では,体内水分量が
多い.
[解説]論文では,「みられた結果とその意義」はいろ
いろと考察しているが,そもそも「水分量過多」の発
生するメカニズムの考察は避けている.科学的な態度
なのかも知れないが…….
(諏訪邦夫)
Leone PA, Gallagher D, Wang J, Heymsfield SB.
Relative overhydration of fat-free mass in postobese versus never-obese subjects.
Ann NY Acad Sci, 2000;904:514∼519.
らない人が評価した.
[解析]両群の各パラメーターやデータはt-テストで
検定した.循環動態やエコーなど,一部のパラメー
ターには分散分析も行った.
[結果]1)両群の基礎データはまったく等しかった.
2)順行灌流と逆行灌流で心筋温を比較すると,順行
灌流より逆行灌流が温度は低下した.順行灌流では
22℃,逆行灌流では10℃であった.
3)循環動態・エコー・心電図などのデータには両群
で差がなかった.
4)術後 3 ヵ月で左室駆出率を比較すると,順行灌流
より逆行灌流が良好で,安静時でも運動時でも順行灌
流では47%,逆行灌流では58%で,この差はいずれも
統計的に有意であった.
[結論]順行灌流より逆行灌流が心筋の灌流が良好で,
心筋をしっかりと冷却できる.術後の左室機能も,順
行灌流より逆行灌流が良好である.
[解説]理屈から考えて当然だが,データにこれだけ
明確な差が出ると説得力がある.
(諏訪邦夫)
Ehrenberg J, Intonti M, Owall A, Brodin LA, Ivert T,
Lindblom D. Retrograde crystalloid cardioplegia preserves left ventricular systolic function better than antegrade cardioplegia in patients with occluded coronary
arteries.
J Cardiothorac Vasc Anesth, 2000;14
(4)
:383∼387.
17
●医学一般・基礎医学
腹腔鏡副腎摘出術の麻酔
[目的]腹腔鏡を用いた副腎摘出術で吸入麻酔と静脈
麻酔を比較する.
[背景]副腎摘出術のアプローチとして腹腔鏡を用い
る手法が増加してきた.二酸化炭素の気腹と副腎操作
の双方が循環動態に影響する.当然,麻酔薬やモニ
ター法の選択が重要である.
[研究の場]病院での臨床経過の後向き検討.
[対象]腹腔鏡副腎摘出術28例.うち23例が女性.
[方法]1977∼99年の20年余りで,腹腔鏡副腎摘出術
を28例施行した.うち女性が23例であった.クッシン
グ症候群が 5 例,コン症候群
(高アルドステロン症)
が
5 例,褐色細胞腫が 3 例,副腎がんが 1 例,機能のな
い腺腫ないし過形成が14例であった.前投薬としてジ
アゼパムを10mg投与したほか,抗生物質と抗凝固薬
を予防的に使用した.
[結果]1)麻酔時間は 2 ∼ 5 時間で,導入はプロポ
フォル+フェンタニル+アトラキュリアム.
2)機能性の線種で高血圧を伴う場合は,吸入麻酔を
使用し,うちイソフルレン 8 例,セヴォフルレンで 6
例であった.機能のない腫瘍では,TIVA(プロポフォ
ル+フェンタニル)
を用いた.
日帰り手術で輸液が重要とはいうけれど…
[目的]日帰り手術での輸液の量と内容の重要性を検
討する.乱数割り付けのコントロール臨床試験を適用
する.
[背景]日帰り手術では,対象が元気のいい場合の多
いことや,「薬物投与経路確保」の目的で点滴は入れ
るものの,手数そのほかの理由で術中輸液は比較的な
おざりにされる傾向が強い.「必要ない」という意見
もある.
[研究の場]病院.
[対象]日帰りで検査または手術を受ける患者.
[測定項目]循環動態と患者の症状.
[方法]第一の論文では患者200例を,輸液十分群(20
mL/kg)と輸液最低量群( 2 mL/kg)に分け,それを術
前30分間に投与した.術中と術後の輸液は最低量とし
た.術後30分,60分,退院時,術後第一日に管理法を
知らない別の麻酔科医が担当して,術後の状態を評価
した.
第二の論文では腹腔鏡検査を日帰りで受ける患者75
例を 3 群に分け,輸液なし群,乳酸化リンゲル液群
(20mL/kg),乳酸化リンゲル液+ブドウ糖(20mL/kg
+ 1 g/kg)
群に割り当てた.
18
3)モニターは血圧,心電図などのほかに,酸塩基平
衡,カリウム,血糖などを定めた.
4)PETCO 2は23∼32mmHgで,機能の有無に差はな
かった.開腹例が 1 例あったが,この症例ではPaCO2
が58を超えたのも開腹の理由である.
5)血糖は機能群で無機能群より高かった.
6)術中カリウムレベルは変化がなかった.
7)酸塩基平衡では両群で差はなかったが,3 例で代
謝性アシドーシスを補正した.
8)3 例で胸腔ドレーンを入れた.
9)術後は全例順調で,最長で 4 日で退院した.
[結論]機能性腺腫で高血圧を伴う場合は吸入麻酔を,
機能のない腫瘍ではTIVA(プロポフォル+フェンタ
ニル)
をという方針は正しいようだ.
[解説]コントロール試験ではなく,
「勝手な使い分け」
から得たこの結論をそのまま受け入れない人も多かろ
う.術中カリウムレベルは変化がないというのが意外
に感じる.高アルドステロン症では苦労した記憶もあ
る.ハンガリーのブダベスト大学からの報告.
(諏訪邦夫)
Darvas K, Pinkola K, Borsodi M, Tarjanyi M, Winternitz
T, Horanyi J. General anaesthesia for laparascopic
adrenalectomy.
Med Sci Monit, 2000 May-Jun; 6(3)
:560∼563.
[結果]1)第一の研究では,術後の口渇,眠気,めま
いなどが,輸液十分群ではどの時点でも少なかった.
2)第二の研究では,循環動態の安定を評価した.結
果は輸液群で良好で,ブドウ糖を加えた群ではさらに
良好だった.
[結論]全身状態がよい患者の日帰り検査や手術でも
輸液は十分に投与するほうがよい.
[解説]この問題をこういうアプローチで検討するか
ぎり,かならずこういう結果が出る.それでも「必要
ない」という意見を否定するのはむずかしい.観点が
違うから,論理がかみ合わないというべきだ.三番目
の論文もほぼ同じ内容.
(諏訪邦夫)
1)Cook R, Anderson S, Riseborough M, Blogg CE.
Intravenous fluid load and recovery. A double-blind comparison in gynaecological patients who had day-case
laparoscopy.
Anaesthesia, 1990;45:826∼830.
2)Yogendran S, Asokumar B, Cheng DC, Chung F. A
prospective randomized double-blinded study of the
effect of intravenous fluid therapy on adverse outcomes
on outpatient surgery.
Anesth Analg, 1995;80
(4)
:682∼686.
3)Bennett J, McDonald T, Lieblich S, Piecuch J.
Perioperative rehydration in ambulatory anesthesia for
dentoalveolar surgery.
Oral Surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol Endod,
1999;88:279∼284.
●医学一般・基礎医学
外来手術で病院滞在を長引かせる要因を多
変量ロジスティックモデルで検証する
[目的]外来手術で病院滞在を長引かせる要因を実際
のデータで分析する.多変量ロジスティックモデルを
使用する.
[背景]外来手術は,手術が終われば患者がさっさと
退院できることが円滑な運営の必要条件だが,ときに
退院が遅れることがある.それがどういう因子なのか
の分析は現在まで進んでいない.
[研究の場]大学病院.
[対象]16,400例の外来手術患者のデータ.
[方法]多変量ロジスティックモデルを使用して,外
来手術で病院滞在を長引かせる要因を分析した.まず
16,400例の外来手術患者のデータを集めた.退院まで
の時間を対数変換して患者・麻酔・手術などの変数と
多変量直線回帰
(つまり多変量ロジスティック回帰)
を
行った.周術期の不測状況と退院までの時間がどう関
わるかを,仮定もしてみた.さらに,全身麻酔を受け
た患者群(GA)とモニターだけで基本的に局所麻酔や
区域麻酔の群(monitored anesthesia care:MAC)と
で比較した.
[結果]1)GA群はMAC群より,在院時間が平均50分
長かった.
2)GA群中,斜視手術・経尿道手術・耳鼻咽喉手術・
カリウム正常の患者ではPaCO2を急に上げ
ても血漿カリウムは特に上昇しない
[目的]呼吸性アシドーシスが血漿カリウムの高値を
招くか否かを検討する.
[背景]急性にPaCO2が上昇して呼吸性アシドーシス
が起こった時に,血清カリウムが増加するか否かに関
しては,論理的には上昇していいはずではあるが,
データの上でも正否が分かれている.
[研究の場]病院.
[対象]硬性気管支鏡検査を受ける患者33例.
[測定項目]血液ガス,浸透圧,血糖,ナトリウム,
カリウム,クロール.
[方法]気管支鏡施行時の換気は,自発呼吸+補助呼
吸とジャケットを着せた体外陰圧人工呼吸を採用し,
これを乱数的に割り付けた.それ以外の,麻酔法,モ
ニターなどは同一に維持した.血液ガス,浸透圧,血
糖,ナトリウム,カリウム,クロールなどを経時的に
モニターした.
[結果]1)術中のPaCO2は,自発呼吸+補助呼吸群で
高く,ジャケット式体外陰圧人工呼吸群で低かった.
前者で 9 kPa
(67.5mmHg),後者で5.4kPa
(40.5mmHg)
であった.
2)これに応じて,pHも前者で7.24と低く,後者では
歯科手術の患者の在院時間が特に長かった.
3)GA群の在院時間で,喫煙者は非喫煙者より 4 %短
かった.MAC群のうち,うっ血性心不全患者の在院
はそうでない人より11%長かった.
4)悪心嘔吐・眩暈・強い疼痛・心血管系の事件で,
在院時間は 22%∼79%延びるはずである.
5)もし,すべての事件が防止できたと仮定すると,
在院時間はGAなら10%短縮するはずであるが,MAC
では3.8%しか短縮しない.
6)外来外科手術の場合,在院時間を決めるのは手術
の種類と術後の事件(強い疼痛・悪心嘔吐・眩暈・心
血管系の事件)
である.
7)うっ血性心不全患者の在院時間は長い.
8)GA群では,予防処置や管理法の改善で在院時間を
短縮できる可能性がある.
[結論]外来手術の在院時間を決めるのは,手術の種
類と術後の事件
(悪心嘔吐やめまいなど)
である.うっ
血性心不全患者の在院時間は長い.全身麻酔の場合,
予防処置や管理法の改善で在院時間を短縮できる可能
性がある.
[解説]著者名は中国だが,カナダのトロント大学か
らの報告である.
(諏訪邦夫)
Chung F, Mezei G. Factors contributing to a prolonged
stay after ambulatory surgery.
Anesth Analg, 1999;89
(6)
:1352∼1359.
7.4と正常だった.
3)血漿カリウムは両群でほぼ等しかった.前者で
3.8mEq/L,後者で3.7mEq/Lであった.
[結論]急性呼吸性アシドーシスで血漿のカリウムは
変化しない.
[解説]このテーマにしては珍しいコントロール臨床
試験なので紹介した.しかし,ここで一番問題なのは
時間の因子だ.この研究では10分程度の観察である.
酸塩基平衡の異常で膜からカリウムが漏れるのは,ほ
かのイオンの影響からくる二次的な障害だから,ある
程度の時間がかかる.したがって,この研究の結果を
もっと長時間,たとえば何時間にも何日間にもわたる
呼吸性アシドーシスに適用するのは間違いである.
(諏訪邦夫)
Natalini G, Seramondi V, Fassini P, Foccoli P, Toninelli
C, Cavaliere S, Candiani A. Acute respiratory acidosis
does not increase plasma potassium in normokalaemic
anaesthetized patients. A controlled randomized trial.
Eur J Anaesthesiol, 2001;18
(6)
:394∼400.
19
●医学一般・基礎医学
高カリウム血症患者にサクシニルコリン投
与は危険はない
[目的]高カリウム血症患者にサクシニルコリンが危
険かを調査する.
[背景]サクシニルコリンは,細胞内からカリウムを
遊離させて一過性の高カリウム状態を生む可能性があ
る.したがって,すでに高カリウム状態(たとえば血
清カリウムが5.5mEq/L以上の患者)にはサクシニルコ
リンは「使わないほうがよい」との主張が有力である.
しかし,これはそういう
「気持ち」
「気分」だけであっ
て,データに基づく根拠はない.
[研究の場]大学病院.
[対象]麻酔導入時にサクシニルコリンを投与した 4
万例の病歴.約 6 年間分.
[使用薬物]サクシニルコリン.
[測定項目]病歴検索して各種の合併症を探す.
[方法]上記 4 万件のうち,血清カリウムが5.6mEq/L
以上の患者が38例いた.
[結果]1)麻酔の生存は100%で,麻酔記録やほかの
患者の記録で特別の不整脈や特別の障害の記録は見当
たらなかった.
2)これで統計解析をすると,リスクの最大値は7.9%
ということになって,この数値はけっこう大きい.し
クロニジンで術前の低カリウムが防止でき
る
[目的]術前のカリウム低下には,不安・心配の要素
もあるから,それをクロニジンで抑えられるかを検証
する.
[背景]術前の不安から換気やカテコールアミンレベ
ルが変化する.カリウムは低下している場合も少なく
ない.
[研究の場]大学病院.前向きで 2 重盲検法を用いた
研究.
[対象]ASA-PSⅠとⅡの患者44人.年齢は20∼50歳.
手術の種類は膝・耳・鼻など.
[使用薬物と機器]クロニジン.
[測定項目]不安の測定,血清カリウム,血漿エピネ
フリン.
[方法]44例を 2 重盲検的に 2 群に分け,クロニジン
群の22例はクロニジン300μgを手術導入の 2 時間前に
経口で投与する.残る22例は対照群で,こちらにはプ
ラセーボを投与した.不安レベル,血清カリウム,血
漿エピネフリンを外来と麻酔導入直前に測定した.
[結果]1)術前に外来で計測した段階では,不安レベ
ル,血清カリウム,血漿エピネフリンのいずれも,両
群に差はなかった.
20
かし,これは統計の魔術ではないだろうか?
3)高カリウム状態の患者にサクシニルコリンを投与
する問題の「安全域」を決める研究というのは可能と
は思えない.
4)したがって,今回のデータなどはこの重要な問題
に対するけっこう有力な回答と解釈して,「高カリウ
ムでも,ほかに理由があればサクシニルコリンを使っ
てよい」とする根拠になると主張する.
[結論]サクシニルコリンを使用した 4 万例の麻酔記
録を調べて,血清カリウムが5.6mEq/L以上の患者が
38例みつかった.全例で麻酔は順調に経過し,特別の
不整脈そのほかの合併症はなかった.高カリウム状態
でも,サクシニルコリンを投与して危険は特に大きく
ないと結論する.
[解説]何でもこわがって「君子危うきに近寄らず」
式の態度を戒めている態度には敬意を払うが,38例で
も 4 万例でも,「何も合併症がなかった」というのは
本当かな? これは記録を調べているだけで,「何も
記録されていなかった,実は何かあったのかもしれな
いが」ということかもしれない.
(諏訪邦夫)
Schow AJ, Lubarsky DA, Olson RP, Gan TJ. Can succinylcholine be used safely in hyperkalemic patients?
Anesth Analg, 2002;95
(1)
:119∼122.
2)麻酔導入直前には,血清カリウムはクロニジン群
で対照群より高く(3.9と3.5Eq/L),不安レベルと血漿
エピネフリンはクロニジン群で低く,その差はいずれ
も有意であった.
3)クロニジン群では低カリウム(K+≦3.5mEq/L)は
ゼロであり,コントロール群での50%よりやはり有意
に低かった.
[結論]クロニジンを前投薬に使うと,麻酔開始時点
での低カリウムが防止できる.
[解説]韓国ソウル市の大学病院からの報告.真面目
な研究といえるのだろう.
(諏訪邦夫)
Hahm TS, Cho HS, Lee KH, Chung IS, Kim JA, Kim
MH. Clonidine premedication prevents preoperative
hypokalemia.
J Clin Anesth, 2002;14
(1)
:6∼9.
●医学一般・基礎医学
超音波で脂質の動きが高まる
[目的]超音波で脂肪組織の脂質融解が促進されるか
を,実験的に検討する.
[背景]脂肪組織の脂質融解を促進するにはいろいろ
な手法が示唆されているが,決定的なものはない.各
種の化学物質は副作用が強い.物理因子では熱が最有
力であるが,超音波と検討してみる価値がありそうだ.
[研究の場]動物実験室.
[対象]ラット.
[使用機器]超音波発生装置.
[測定項目]血漿FFA,ECFの血液ガス.
[方法]ラットをペントバルビタールで麻酔し,腹部
の毛を剃って皮膚を露出する.その部位に,24kHz∼
1 MHzの超音波を10分間照射して,脂質が血液に出て
くる様子と,超音波の周波数依存性とパワー依存性を
検討した.また,尾の静脈から採血してFFAを測定
した.
[結果]1)周波数依存性を調べると,100kHz付近と
300∼500kHz付近という 2 つの周波数帯で脂質動員に
有効だった.
2)パワー依存性では,24∼1,090kHzの領域でそれが
見られた.
交感神経節細胞のニコチン性アセチルコリ
ン受容体に対する作用は,ケタミンの立体
構造で異なる
[目的]アセチルコリン受容体に対するケタミンの作
用の立体構造特異性を実験的に検討する.
[背景]ケタミンが交感神経節の伝達を遮断するとの
臨床データが出て,作用の解釈を根底から覆そうとし
ている.一方,この薬物のニコチン性アセチルコリン
受容体(nAChRs)に対する作用は報告がない.神経節
の情報伝達はnAChRsに依存するから,ケタミンの
nAChRsに対する作用を分析すれば,その節遮断作用
の解明に役立つ.一方,臨床で使うケタミンにはラセ
ミ体とS(+)体の 2 種類がある.この立体構造の異な
る物質の分析で,何らかの情報が得られる可能性があ
る.
立体特異性の低い精神作用は,電位依存性のカリウ
ムチャネルの抑制によるという.そこで,nAChRs作
用とカリウムチャネル作用を同じ細胞で比較して,立
体特異性を検討した.
[研究の場]細胞実験室.
[対象]SH-SY5Y細胞.
[使用薬物]ケタミン,S
(+)
体とラセミ体.
[測定項目]SH-SY5Y細胞のチャネル電流.
[方法]SH-SY5Y細胞のnAChRsとカリウムとのチャ
ネル電流を,パッチクランプ法で求めた.nAChRsチャ
3)上記有効領域では,周波数とパワーの有効な領域
では,超音波を当てると血漿FFAが増加し,同時に
腎周囲脂肪組織の細胞外液のノルエピネフリンが起こ
ることをみた.
[結論]超音波を当てると,局所でノルエピネフリン
が分泌されて,それが脂質動員を招くものと解釈する.
[解説]川崎市にある研究所からの報告である.とて
も面白い.「やせ」や「減量」を意識しているのだろ
うと想像するが,それは触れていない.
(諏訪邦夫)
Miwa H, Kino M, Han LK, Takaoka K, Tsujita T,
Furuhata H, Sugiyama M, Seno H, Morita Y, Kimura Y,
Okuda H. Effect of ultrasound application on fat mobilization.
Pathophysiology, 2002; 9(1)
:13.
ネルに対してはアセチルコリンを加え,カリウムチャ
ネルに対しては電位を−80mVから+40mVに段階的に
変えて脱分極を図った.電解質の条件は,2 つのチャ
ネルで特に変えなかった.
[結果]1)ラセミ体ケタミンも異性体も,nAChRsと
カリウムの両チャネルを濃度依存的可逆的に抑制した.
2)ラセミ体ケタミンのnAChRsとカリウムに対する
抑制が最大値の半分に達する濃度は,1.4と300μモル
であった.
3)立体異性の特異性は,nAChRs抑制にはあったが,
カリウム抑制にはなかった.
4)S(+)ケタミンとラセミ体ケタミンでは,作用濃度
は0.8と3.6μmであった.
5)カリウムチャネルは,S(+)体では350分の 1 ,ラ
セミ体では70分の 1 しか作用がなかった.
[結論]ケタミンの作用の立体特異性は,nAChRsに
は起こるが電位依存性カリウムには起こらない.ケタ
ミンが交感神経節伝達を阻止する事実を,この実験も
支持する.電位依存性カリウム作用には立体特異性が
なく,精神作用に関係するのかもしれない.
(諏訪邦夫)
Friederich P, Dybek A, Urban BW. Stereospecific
interaction of ketamine with nicotinic acetylcholine
receptors in human sympathetic ganglion-like SH-SY5Y
cells.
Anesthesiology, 2000;93
(3)
:818∼824.
21
●医学一般・基礎医学
ミトコンドリアのATP感受性カリウムチャ
ネルへの作用は麻酔薬によって異なる
[目的]ミトコンドリアのATP感受性カリウムチャネ
ル〔mK(ATP)〕に対する静脈麻酔薬の作用を検討す
る.
[背景]mK(ATP)は,心臓の条件設定に重要な役割
を果たすと判明している.いわば,「防御チャネル」
だからである.ところで,このチャネルに対する薬物
の作用はあまり判明しておらず,静脈麻酔薬の作用は
ほとんど検討されていない.しかし,チャネルと薬物
の作用という学理面でも興味深い上に,臨床面でも重
要な事柄である.
[研究の場]細胞実験室.
[対象]心筋細胞.
[方法]細胞を顕微鏡で写しながら,フラボたんぱく
の蛍光を自動測定する.このフラボたんぱくの蛍光は,
mK(ATP)チャネルの活動を直接示す指標である.こ
のチャネルを特異的に開く開口物質であるディアゾキ
サイドを投与した状態をコントロールとし,次に麻酔
薬を加えておいて,ディアゾキサイドを投与して調べ
た.さらに,麻酔薬の作用を確実にみるために,虚血
モデルに低浸透圧トリパンブルー染色を加えて,細胞
の生命活動の関係で麻酔薬がmK(ATP)にどう作用す
全身麻酔の作用機序
[目的]全身麻酔の作用機序を概観する.
[内容]1)ほぼ100年前の20世紀初頭,Meyerと
Overtonが,麻酔薬の力価とオリーブ油溶解度との相
関を確認した.
2)麻酔薬の力価と脂質溶解度との相関に関しては,
その後いろいろなモデルで数多くの研究者が追認して
きている.
3)しかし,こうしたMeyer-Overton流の相関につい
ては,例外も少なくない.したがって,MeyerOverton流の相関は重要ではあるが,麻酔薬の作用を
決める唯一の決定要因ではないと考えておくほうがよ
い.
4)哺乳動物の中枢神経系では,全身麻酔薬が作用す
る分子構造部位はいろいろで一通りではない.
5)もっとも「作用する」点がすべて麻酔に関与する
わけでもない.
6)GABAA─とNMDA─受容体/イオンチャネルが一
番重要な領域と考えられる.
7)しかし,ほかのメカニズムも無視できない.ナト
リウムチャネルのブロックやカリウムチャネルの賦活
なども重要らしい.
22
るかを検討した.
[結果]1)ディアゾキサイドによるmK(ATP)チャネ
ル開口は,R─ケタミン,サイオペンタル,ペントバ
ルビタールで有意に抑制された.
2)ディアゾキサイドによるmK(ATP)チャネル開口
は,ウレタン,2, 2, 2─トリクロロエタノール(αクロ
ラローズと抱水クロラールの主代謝物質),フェンタ
ニルでは逆に亢進した.
3)このフェンタニル等の作用は,たんぱくキナーゼ
Cの抑制物質を加えると出なくなった.
4)S─ケタミン,プロポフォル,ミダゾラム,エトミ
デートなどは,mK
(ATP)
チャネルに作用しなかった.
5)虚血細胞モデルにおいて,ディアゾキサイドで誘
導した細胞防御能はR─ケタミンとバルビチュレート
で弱まり,フェンタニル群では逆に亢進した.
[結論]mK(ATP)チャネルに対する作用は,麻酔薬
によって異なる.麻酔薬が心筋保護作用をもたらすか
否かは,麻酔薬によって異なっている.
[解説]手法の説明も論理もむずかしい.
(諏訪邦夫)
Zaugg M, Lucchinetti E, Spahn DR, Pasch T, Garcia C,
Schaub MC. Differential effects of anesthetics on mitochondrial K(ATP)channel activity and cardiomyocyte
protection.
Anesthesiology, 2002;97
(1)
:15∼23.
8)いろいろな麻酔薬を比較してみると,その分子の
作用は薬物ごとに異なっており,神経系のいろいろ別
の箇所やレベルにそれぞれ固有の作用を示していて,
ちょうど指紋のように薬物特異性がある.
9)全身麻酔に拮抗する化合物は見つかっていないが,
これだけ多岐の作用に拮抗できないのは当然だろう.
10)そもそも「全身麻酔」は多次元の現象である.
11)意識の喪失,記憶の喪失,無痛,知覚処理能の喪
失,脊髄運動反射の抑制などが重要な要素といえよう.
12)こうした「麻酔」の個々のコンポーネントごとに,
分子作用も異なるのかもしれない.
13)従来の「単一論」つまり,メカニズムも 1 つ,薬
物も理想的なものが 1 つ存在するという考え方は捨て
るべきだろう.
14)GABAA受容体の活動が賦活されると電荷の移動
が促進されてシナプスの抑制が延長する一方,カリウ
ムチャネルの活動が賦活されると神経が過分極して興
奮性が低下する.
[結論]全身麻酔のメカニズムを概観した.
[解説]たいへんに面白い.
(諏訪邦夫)
Antkowiak B. How do general anaesthetics work?
Naturwissenschaften, 2001;88
(5)
:201∼213.
●特集:輸液
特集「輸液」にあたって
である.原因は輸液にあるのだから「代謝性」は不自
然で「輸液性」と呼ぶべきとの異論もあるだろうが,
扱った論文ではすべて「代謝性アシドーシス」として
一括していた.
2002年秋の日本臨床麻酔学会で,輸液のランチョン
[重症患者の代謝性酸塩基異常の診断]重症患者の代
セミナーを聴いてみた.生理食塩水投与による代謝性
謝性酸塩基異常の診断に注意を促す論文が,同じグ
アシドーシスの問題が中心だった.
ループから 2 つ出て面白かった.ポイントはこうであ
改めて参考文献を探すと,これが現在のトピックの
る.重症患者ではアルブミンが低下している場合が多
1 つらしいと判明したので,今回の特集のポイントの
く,陰イオンが減っており,見かけ上はアニオンギャッ
1 つとした.ほかに,アルブミンなどのコロイドの問
プが減少して代謝性アシドーシスが隠れやすい.酸塩
題,日帰り手術と輸液などがあり,また血液希釈でア
基平衡を正しく評価するには,その分を補正する必要
ルブミンが血管外に漏れるという,面白いがメカニズ
がある,というのである.具体的な数値として,
ムは不明の論文がみつかった.
カリウムの問題を検討したものを希望して,かなり
2.5×
([アルブミンの正常値]/[アルブミンの実測値]
)
を加えるよう提案している.
念入りに探したが,意外にもほとんどみつからず,不
[コロイド]コロイドを投与する場合のアルブミンと
満が残った.現在の「カリウムはECF(細胞外液)分
HES(hydroxyethyl starch)を比較して,アルブミン
だけ」の輸液方式は,30年以上前の,手術が乱暴で
なら酸塩基平衡の異常は起こらないが,HESでは酸
出血量も多かった時代にできあがったもので,時代
塩基平衡異常が発生するという論文が,体外循環のも
遅れと感じている.
のを含めて見つかっている.HESが「代用品」とは
[輸液と酸塩基平衡]この系統の論文には「希釈性ア
認識してはいるが,アルブミンは緩衝能が大きいのに
シドーシス」(dilutional acidosis)
という単語が盛んに
対して,HESの緩衝能は貧弱である.酸塩基調節の
出てくるので説明しよう.輸液には重炭酸イオンが
効果で,HESはアルブミンより大きく劣るはずであ
入っていないので,大量輸液では体液の重炭酸イオン
る.
が低下して,アシドーシスになる現象をこう呼ぶ習慣
ギャンブルとダロー:小児の輸液を確立し
た人たち
[目的]小児での輸液の重要性を確立した 2 人の研究
者,ギャンブルとダローの業績を記述する.
[内容]1)小児における輸液の重要性確立は,医学の
歴史で大きな意義がある.臨床医学に生理学を導入し
た事件だからである.
2)ギャンブルとダローは,この点で貢献している.
3)ギャンブルは,小児科領域の臨床研究プログラム
をジョンスホプキンスが創設した時に参画した.
4)彼はここで体液生理の研究グループを創設してリー
ダーとなり,下痢の脱水を治療する問題を中心に,有
効な治療法を開発した.
5)「細胞内液と細胞外液とその電解質」という新しい
概念と用語を使用して,細胞外液との性質を記述した
のがギャンブルである.
6)これにより,ギャンブルはその後の世代に体液の
生理を教える「教師」となったのである.
7)不思議なことだが,その後になってギャンブルは
陽イオン,陰イオン,酸塩基状態などの概念や考え方
を導入することはためらっている.
8)そのために,ギャンブルの偉大さは割り引きされ
たと考える人も多い.
(諏訪邦夫)
9)一方,ダローは高ナトリウム血症,低ナトリウム
血症,カリウム欠乏症などに対する体液反応をしっか
りと把握して解答を与えた.
10)輸液にカリウムを加えたのもダローが最初であ
る.
11)ダローのこうした考え方により,体液に対する臨
床家の認識は,単に細胞外液を補うだけでなく,失わ
れたものと量を推測評価して,それを加える新しい方
向に進んだ.
12)もっとも,このダローの主張には欠点もあった.
ダローの後継者は下痢による脱水を経口摂取で治療す
る点に熱意を示さなかったからである.
13)このようにギャンブルもダローも,それぞれの主
張や業績には難点もある.しかし,そうした難点は偉
大な業績と比較して小さい.
14)小児科学はもちろんだが,内科や外科もこの 2 人
の業績に負う所が多い.
[結論]ギャンブルとダローの業績を概観した.
[解説]ギャンブルは,体液の組成の棒グラフ表現で
お馴染み.2 人とも20世紀前半に活躍した.
(諏訪邦夫)
Holliday MA. Gamble and Darrow:pathfinders in
body fluid physiology and fluid therapy for children, 1914
∼1964.
Pediatr Nephrol, 2000:15( 3 ∼ 4 )
:317∼324.
23
●特集:輸液
重症患者の代謝性酸塩基異常をどう診断す
るか
[目的]代謝性酸塩基異常を診断する 2 つのパラメー
ター「Base Excess」と「アニオンギャップ」を,評
価する.
[背景]代謝性酸塩基異常を診断するには,「Base
Excess」か「アニオンギャップ」を使うのが通例で
あるが,いずれもたんぱくの陰イオンが正常という前
提で考えられている.その「たんぱくの陰イオン」を
正しく評価検討してみる.
[研究の場]病院.
[対象]重症患者152例と正常人 9 例の動脈血.
[測定項目]pH,PCO2,血清電解質,血清たんぱく.
血清たんぱくを陰イオンに換算.
[方法]重症患者の動脈血分析.項目は上記.
[結果]1)対象とした患者のうち実に96%で,血清ア
ルブミン濃度が正常値の平均値−3SD(標準偏差)を下
回っていた.
2)BEと血漿重炭酸イオンが正常値だったのは, 6 分
の 1 しかいなかった.
3)「正常」とされた患者でも,正しく分析すると代謝
性のアシドーシスまたはアルカローシスがほとんどの
例で見られた.
低アルブミン血症でのアニオンギャップ
[目的]低アルブミン血症でアニオンギャップが低下
し,本来のアニオンギャップを低く見せてしまう点を
指摘して,その較正法を提案する.
+
−
[背景]アニオンギャップは,[Na ](+[K ])−
−
−
[Cl ]−[HCO3 ]と定義する.このアニオンギャップ
は,正常状態では主に陰イオンたんぱくがふさぐもの
である.その拡大は代謝性アシドーシスを,縮小は代
謝性アルカローシスを,示すと解釈するのが通常の
ルールである.
[研究の場]大学病院のICU.
[対象]152人の重症患者で265の観察点.ほかに 9 例
の正常例.
[測定項目]血液ガス,電解質,アルブミン.
[方法]動脈血で血液ガス分析と電解質と血漿たんぱ
くを反復測定.
[結果]1)重症患者ではアルブミンが著しく低下し,
患者の半数でアルブミン濃度は 2 g/dL未満.
2)アルブミン濃度が 1 g/dL低下すると,アニオン
ギャップは2.5mEq/Lずつ低く評価することになる.
[結論]血漿たんぱくのアルブミンが低下すると,通
常の計算法ではアニオンギャップは低く出る.アルブ
24
4)この群の患者では必ず低アルブミン血症があり,
従来のアプローチでは酸塩基平衡異常の解釈がむずか
しかった.
5)BEの指標を使うと,酸塩基平衡に重大な障害のあ
る患者の 6 分の 1 を誤診した.このパラメーターは,
重炭酸以外の緩衝塩基の異常
(主にアルブミンの異常)
を検出できない.
6)アニオンギャップ法では,血漿重炭酸イオンが正
常だがアシドーシスのある場合は31%しか検出できな
かった.しかし,低アルブミン血症分を補正すれば,
異常を検出できた.
[結論]アルブミンをしっかり測定して評価する手法
を使うと,複雑な酸塩基平衡の異常を正確に把握でき
る.
[解説]代謝性酸塩基平衡の重要な問題にしっかりと
答えている.低アルブミン血症を補正する方法は,次
の論文にある.
(諏訪邦夫)
Fencl V, Jabor A, Kazda A, Figge J. Diagnosis of metabolic acid-base disturbances in critically ill patients.
Am J Respir Crit Care Med, 2000;162:2246∼2251.
ミン濃度をg/dLで表現する場合,補正したアニオン
ギャップ値=見かけのアニオンギャップ値+2.5×
([アルブミンの正常値]/[アルブミンの実測値])の式
で補正できる.この式を使えば,アルブミン濃度が異
常でもアニオンギャップ値は酸塩基平衡のパラメー
ターとして使用できる.
[解説]この補正式は論理的だ.別の論文で第一著者
がFenclのもの
(この前の論文)
と同じデータのようだ.
ただし,施設が異なっているのがちょっと意外だが.
こちらはオルバニーのニューヨーク大学,もう 1 つは
ボストンのハーバード大学である.年代ではこちらが
古い.著者が移動したのだろうが,ふつうはこういう
風に「所属も変更」するのはおかしいのではないか.
「研究を施行した場所」を書いてくれないと戸惑う.
(諏訪邦夫)
Figge J, Jabor A, Kazda A, Fencl V. Anion gap and
hypoalbuminemia.
Crit Care Med, 1998;26
(11)
:1807∼1810.
●特集:輸液
等張生理食塩水使用で術後に低張状態にな
る
[目的]手術時にほぼ等張の輸液を使用しても,術後
24時間にしばしば低張状態になることを示し,さらに
この低張,低ナトリウム状態になる状況と原因を分析
する.
[背景]術後に低張低ナトリウム状態になる場合,術
中に低張液を投与してしかも術後に抗利尿ホルモンが
出るからだと解釈するのが通例である.
[研究の場]大学病院.
[対象]女性患者22例.婦人科の比較的単純な手術を
受ける.
[測定項目]血清電解質.
[方法]前向きでグループとして検査.患者には,生
理食塩水か乳酸リンゲルを投与した.術後,規定の時
間間隔と24時間後に採血して電解質を測定した.24時
間後に,水と電解質のバランスデータを定めて評価し
た.
[結果]1)麻酔導入時の血清ナトリウム濃度は平均
140mEq/Lであったが,24時間後には22例中21例で減
少して,平均減少は 4 mEq/L,血清ナトリウム濃度
の最低値は患者 2 名でみた131mEq/Lであった.
2)術後の尿は,全例で術後16時間は高張で,ピーク
術前の血液希釈でアルブミン喪失が増す [目的]手術患者の術前に 4 %アルブミンを投与して
血液希釈を図ることが,アルブミンの血管外喪失と体
液バランスにどう影響するかをみる.
[研究の場]大学病院.
[対象]コントロール群と希釈群,各13例に乱数割り
付け.手術は 4 時間以上の大手術が対象.
99
[測定項目]自己血液にテクネチウム でラベルした
111
ものと,インジウム でラベルした血清アルブミンを
使用.
[方法]両群患者とも,麻酔開始の時点ゼロでテクネ
99
111
チウム ラベル血液とインジウム ラベル血清アルブ
ミンを投与し,循環血液量とアルブミン拡散容積を測
定した.4 電極インピーダンス法で細胞外水分量を評
価した.希釈群では,血液15mL/kgを時間20分∼50
分の30分間で採取し,同量の 4 %アルブミン液
(0.6g/kg)を投与した.アルブミン拡散容積,膠質浸
透圧,細胞外水分量は,時間10分
(希釈開始前),時間
60分,120分,240分
(希釈開始後)
に測定して評価した.
尿は10分から240分まで集めた.循環血液量は10分の
時点で測定した.
[結果]1)開始前の数値は両群に差がなかった.
2)希釈群では,希釈(ヘマトクリット30%)によって
平均値は294mEq/Lに達した.
[結論]等張ないしそれに近い輸液を投与しても,術
後24時間で身体は低張になる.術後に高張尿が出るこ
とによって,身体が相対的に低調になるのが基礎のメ
カニズムらしい.この原因は,抗利尿ホルモンの作用
にあるだろう.この問題はさらに検討して,防止と治
療に努めるべきである.
[解説]発表は内科系の雑誌だが,著者は麻酔・外
科・内科の医師たちである.こういうことが発生する
のは,事実としてはわかっていることではあるが,こ
れほど一致して起こっているのがちょっと珍しい.抗
利尿ホルモン自体を直接測定はしないで,作用だけを
云々するのが問題だろうか?
(諏訪邦夫)
Steele A, Gowrishankar M, Abrahamson S, Mazer CD,
Feldman RD, Halperin ML. Postoperative hyponatremia
despite near-isotonic saline infusion:a phenomenon of
desalination.
Ann Intern Med, 1997;126:20∼25.
アルブミン拡散容積が急速に増大し,インピーダンス
法で評価した細胞外水分量は減少した.
3)アルブミンの血管外喪失速度は,希釈群で0.052±
0.007mL/kg/分で,コントロール群の0.038±
0.020mL/kg/分よりずっと急速であった.
4)時間ゼロ時点での血漿量は両群で等しかった.
5)しかし,時間経過で希釈群では血漿量が減少し,
その減少分は 3 mL/kgを超えた.
6)尿量は,希釈群(0.7mL/分)ではコントロール群
(1.4mL/分)
より少なかった.
7)コロイド浸透圧の低下と血漿アルブミン濃度の低
下は,両群でほぼ等しかった.
[結論]長時間手術で,あらかじめアルブミンを使用
して血液を希釈すると,血液喪失量は減少するが,ア
ルブミンの血管外喪失が増加する.その分は,腸管に
溜まるらしい.循環血液量と循環血漿量は減少する.
したがって,術前に脱血する場合は,アルブミン液を
脱血量と 1 対 1 ではなくて脱血量より多く投与すべき
であろう.
[解説]フランスからの論文.メカニズムは不明.
(諏訪邦夫)
Payen JF, Vuillez JP, Geoffray B, Lafond JL, Comet M,
Stieglitz P, Jacquot C. Effects of preoperative intentional
hemodilution on the extravasation rate of albumin and
fluid.
Crit Care Med, 1997;25
(2)
:243∼248.
25
●特集:輸液
生理食塩水の急速輸液で高クロール性アシ
ドーシスが起こる
[目的]術中輸液として生理食塩水を使用する問題を
投与量と関係つけて分析する.
[背景]術中輸液として生理食塩水を使用する問題は
理解が行き届いていない.
[研究の場]大学病院.
[対象]婦人科開腹大手術を受ける患者 2 群12例ずつ,
乱数割り付けによるコントロール臨床研究.
[方法]両群12例ずつの患者に,生理食塩水と乳酸化
リンゲル液を割り付けた.投与量はおのおの30mL/
kg/時とした.pH,PaCO2,ナトリウム,カリウム,
クロール,乳酸イオン,血漿たんぱくを30分間隔で測
定した.重炭酸イオンを計算し,さらに「強イオン差」
と弱血漿酸量はスチュアートの考え方で評価した.
+
−
−
「強イオン差」は血清の
(Na ,K ,Cl ,乳酸イオン)
として評価し,弱血漿酸量は血清たんぱく濃度×2.43
として計算した.
[結果]1)生理食塩水では強い代謝性アシドーシスと
高クロール血症が起こり,強イオン差も低下した.こ
の現象は,乳酸化リンゲル液では見られなかった.
2)重炭酸イオンを,ヘンダーソン/ハッセルバルフ式
で計算するのとスチュアート方式で計算するのは,結
長時間手術の代謝性アシドーシスの原因
[目的]通常の,心臓や血管とは無関係の手術でアシ
ドーシスが出現する場合の「希釈性アシドーシス」の
意義を検討する.
[背景]手術中に代謝性アシドーシスが起これば,循
環血液量低下・ハイポキシア・血流の障害・乳酸性ア
シドーシスなどを疑う.しかし,体液量が急激に変化
する場合は「希釈性アシドーシス」という現象も知ら
れている.
[研究の場]大学所属のVA
(在郷軍人)
病院.
[対象]4 時間以上持続する一般外科手術患者12例.
[測定項目]動脈採血して血液ガスと電解質,尿の電
解質を術前と術後に.
[方法]上記手術で,患者の管理は基本的に担当麻酔
科医のやり方に任せた.肺動脈カテーテルを挿入して,
循環動態と酸素配達量を計測した.血漿量はエバンス
ブルーで測定した.
[結果]1)乳酸イオンは1.1mEq/L増加し,統計的に
は有意であった.
2)しかし,BE値は0.8から−2.7へと3.5も減少したの
で,上記乳酸イオン増加ではその一部しか説明できな
い.
26
果は同一であった.
[結論]手術と麻酔で,生理食塩水を30mL/kg/時程
度投与すると,かならず代謝性アシドーシスが起こる.
この現象は,乳酸化リンゲル液を使用すれば発生しな
い.生理食塩水投与による代謝性アシドーシスには,
高クロール血症を伴う.
[解説]乳酸化リンゲル液の使用が日常化している日
本の麻酔科医にとっては,こういう議論自体,理解に
苦しむ感じもある.しかし,500mLの価格が,生理食
塩水なら150円以下だが,乳酸化リンゲル液では500円
近くもするから,費用を気にする場では生理食塩水優
先の場面も少なくない.実際,日本でも種々の灌流液,
洗滌液などは生理食塩水を使い,それによるトラブル
もないわけではない.「強イオン差」(strong ion difference)はアニオンギャップの重炭酸イオンの代わり
に乳酸イオンを入れたもので,一部に使われているよ
うだが,その意義はおそらく状況によるのだろう.私
にはちょっと評価がむずかしい.
(諏訪邦夫)
Scheingraber S, Rehm M, Sehmisch C, Finsterer U.
Rapid saline infusion produces hyperchloremic acidosis
in patients undergoing gynecologic surgery.
Anesthesiology, 1999;90
(5)
:1265∼1270.
3)塩素イオンレベルは,平均値で106から110にと
4 mEq/L増加し,個々の患者での塩素イオンの増加と
BE低下は強く相関した.
4)循環血漿量には変化がなかった.
5)生理食塩水投与量とBE低下量も相関した.乳酸化
リンゲル液投与量とは相関がなかった.
6)塩素イオンの総投与量とBEの変化にもさらに強い
相関がみられた.
[結論]BE低下は塩素イオン投与量と相関する.この
塩素イオン投与は生理食塩水使用で起こる.原因とし
ては「希釈性アシドーシス」ということであろうが,
循環血漿量は変化していないから,ほかの説明も必要
かもしれない.術中にアシドーシスがみられる際に,
単に輸液を多くするのでは解決できない.塩素イオン
のレベルと投与量を評価すべきである.
[解説]塩素イオンの問題や希釈性アシドーシスはず
いぶん古い問題で,生理食塩水は止めて乳酸化リンゲ
ル液中心に使用すれば基本的に防げる.これは「希釈
性アシドーシス」よりは「高塩素性アシドーシス」と
直接呼ぶほうがわかりやすい.
(諏訪邦夫)
Waters JH, Miller LR, Clack S, Kim JV. Cause of metabolic acidosis in prolonged surgery.
Crit Care Med, 1999;27
(10)
:2142∼2146.
●特集:輸液
高齢患者にHESを使う際,乳酸化リンゲル
液と生理食塩水との比較
[目的]高齢患者にHES(hydroxyethyl starch)を使う
際に,バランス輸液
(乳酸化リンゲル液など)
と生理食
塩水とで,酸塩基平衡と胃腸管血流の作用を比較する.
[背景]生理食塩水投与では,代謝性アシドーシスが
起こって胃腸管機能の低下を招くともいわれている.
それなら重要か?
[研究の場]病院.
[対象]高齢患者47例.
[測定項目]電解質,酸塩基平衡,胃壁のCO 2トノメ
トリー.
[方法]開腹手術に対して,乳酸化リンゲル液+ブド
ウ糖+ 6 %HESか生理食塩水+ 6 %HESかを投与し
た.患者は,乱数的に一方の群に割り付けた.生化学
のパラメーターと酸塩基平衡を定めた.胃壁のトノメ
トリーを内臓血流の指標とした.
[結果]1)塩素レベルは,生理食塩水投与群で+9.8
mmol/Lと大きく上昇し,乳酸化リンゲル液投与群
の+3.3mmol/Lより上昇が大幅であった.
2)BE低下も,生理食塩水投与群では−5.5mmol/Lと
大きく,乳酸化リンゲル液投与群の−0.9mmol/Lより
低下が大幅であった.
体外循環時のアシドーシス発生におけるポ
ンプ充填液の役割
[目的]体外循環時のアシドーシス発生に,人工心肺
の充填液が主因となるかを確認する.
[背景]体外循環時には代謝性アシドーシスが発生す
ることが多いが,その原因や対応は不明である.人工
心肺の充填液が原因の 1 つであるのはたしかだが,そ
れが主因か否かも不明である.
[研究の場]大病院
(オーストラリア)
.
[対象]人工心肺をつかったCABG手術患者22例.二
重盲検乱数割り付け法.
[使用薬物]ポンプ充填液を 2 種類.1)ヘマセル+リ
ンゲル液,2)乳酸化リンゲル液.
[測定項目]動脈血血液ガス,電解質
(Na+,K+,Mg2+,
−
2+
−
Cl ,HCO3 ,リン酸,Ca ,乳酸イオン)とアルブミ
ン.
[方法]CABG患者で人工心肺を廻す時に,充填液を
2 種類のうち 1 つを乱数的に選び,その後の経過を血
液分析で追った.血液分析の時点は,体外循環開始前,
体外循環がフルの流量が出て 2 分後
(第 2 時点),手術
終了時の 3 時点である.
[結果]1)第 2 時点では全例が代謝性アシドーシスで,
BEは平均で−3.5mEq/L未満であった.
3)高クロール血症性アシドーシスの発生は,生理食
塩水投与群では患者の2/3に及んだが,乳酸化リンゲ
ル液投与群ではゼロであった.
4)胃粘膜のCO 2 ギャップも,生理食塩水投与群で
1.7kPaと大きく,乳酸化リンゲル液投与群の0.9kPaよ
り大きかった.
5)高齢者の手術で,乳酸化リンゲル液投与によって
高クロール血症性アシドーシスが防止され,胃粘膜血
流は良好に維持できた.
[結論]高齢者の手術で,生理食塩水投与群と乳酸化
リンゲル液投与群とを比較すると,後者では高クロー
ル血症性アシドーシスが防止され,胃粘膜血流は良好
であった.
[解説]「高クロール血症性アシドーシスが防止され
た」というだけなら「だからどうした」と思うだけだ
が,「CO 2ギャップが低下して胃粘膜血流改善」とき
くと,「それなら意味があるのかな」とも思う.
(諏訪邦夫)
Wilkes NJ, Woolf R, Mutch M, Mallett SV, Peachey T,
Stephens R, Mythen MG. The effects of balanced versus
saline-based hetastarch and crystalloid solutions on acidbase and electrolyte status and gastric mucosal perfusion
in elderly surgical patients.
Anesth Analg, 2001;93
(4)
:811∼816.
2)このBE低下の度合いは,両群ともほぼ4.5mEq/L
で,差はなかった.
3)代謝性アシドーシスの原因は両群で異なる.
4)ヘマセル+リンゲル液充填では,代謝性アシドー
シスは高クロール血症に基づいており,塩素イオンは
平均で9.5mEq/L上昇していた.
5)乳酸化リンゲル液充填では代謝性アシドーシスは
測定していない陽イオンによる.おそらく,酢酸イオ
ンとグルコン酸イオンが中心であろう.
6)体外循環中の問題解決の速度は異なった.手術終
了の時点での代謝性アシドーシスは,乳酸化リンゲル
液群では消失していたが,ヘマセル+リンゲル群では
持続した.酢酸イオンとグルコン酸イオンは処理され
て重炭酸イオンとなったのに対して,塩素イオンの排
泄は遅いからである.
[結論]体外循環時の代謝性アシドーシスは医原性で
ある.特に,充填液の影響が大きい.その度合いや持
続は,ポンプ充填液の種類に依存する.
(諏訪邦夫)
Liskaser FJ, Bellomo R, Hayhoe M, Story D, Poustie S,
Smith B, Letis A, Bennett M. Role of pump prime in the
etiology and pathogenesis of cardiopulmonary bypassassociated acidosis.
Anesthesiology, 2000;93
(5)
:1170∼1173.
27
●特集:輸液
術中輸液としての乳酸化リンゲル液と生理
食塩水の比較
[目的]術中輸液として乳酸化リンゲル液と生理食塩
水を作用面から比較する.
[背景]生理食塩水は塩素イオン濃度が高いので,術
中輸液としてこれを中心に使用すると高クロール血症
を起こしやすい.乳酸化リンゲル液ならその度合いが
低いと考えられる.
[研究の場]病院手術室.
[対象]肝胆系または膵臓の大きな手術を受ける患者
30例.
[測定項目]血液ガスと電解質(乳酸イオンも含む)の
分析.
[方法]上記の大きな手術を受ける30例の患者を,生
理食塩水群と乳酸化リンゲル液群に乱数的に割り付
け,15mL/kg/時の速度で投与した.動脈血分析を術
前と術後,電解質はさらに手術24時間後にも分析した.
[結果]1)生理食塩水群は乳酸化リンゲル液群に比較
して,塩素イオン濃度が有意に高く,標準重炭酸イオ
ンが低下し,BEも低下していた.
2)血清ナトリウム,カリウム,乳酸イオンなどには
両群間で差はなかった.
3)術中の生理食塩水投与は,術後の高クロール血症
健康ボランティアでのHESとアルブミンで
みた希釈性アシドーシス
[目的]コロイドによる希釈性アシドーシスをHES
(hydroxyethyl starch)
とアルブミンで比較する.
[背景]コロイド液を投与する場合,HESとアルブミ
ンをよく使う.物質の性質が違うから酸塩基平衡に対
する作用も異なって当然である.
[研究の場]病院.
[対象]若年健康成人ボランティア11例で,状況を交
代して各 2 回のテスト.
[使用薬物]HES液とアルブミン液.
[測定項目]血液ガス,電解質.
[方法]健康成人ボランティア11例にHES 6 %液また
はアルブミン 5 %液を,各15mL/kgずつ30分にわたっ
て投与した.4 週間後,同じボランティアに前回とは
投与物を入れ換えて再度投与した.両回とも,投与前,
投与終了後30,60,90,120,210,300分で動脈血を
採血し,血液ガスと電解質を定めた.
[解析]投与前後のレベルなどはpaired-tで,時間経過
の値はWilcoxonのランクテストとくりかえし測定の
分散分析で解析した.
[結果]1)投与後30分の時点で,HES群ではいろい
ろなパラメーターが変化した.BE低下(2.5から0.7
28
と「代謝性アシドーシス」を招いて,無用な病態の心
配を起こす可能性がある.
4)しかも,万一実際に「本物の」アシドーシスが起
こる場合,この見かけのアシドーシスがそれを増強さ
せる方向の作用さえ懸念させる.
[結論]大きな手術での生理食塩水使用は,高クロー
ル血症を招く.これは「代謝性アシドーシス」と評価
されるが,実はみかけ上だけかもしれない.しかし,
通常は本物の「代謝性アシドーシス」との鑑別がむず
かしく,しかも高クロール血症による「代謝性アシ
ドーシス」は本物の代謝性アシドーシスを増強する懸
念さえある.
[解説]Plasmalyte 148というのは,ただの乳酸化リ
ンゲル液らしい.
(諏訪邦夫)
McFarlane C, Lee A. A comparison of Plasmalyte 148
and 0.9% saline for intra-operative fluid replacement.
Anaesthesia, 1994;49
(9)
:779∼781.
mEq/Lに),HCO−3 濃度低下(27から25mEq/Lに),
−
Cl 上昇(108から112mEq/Lに),アルブミン濃度低下
(4.4から3.5g/dLに),PaCO2低下(40.8から39.2mmHg
に)
という変化がみられた.
2)同じ時点で,アルブミン群ではアルブミン濃度が
増加(4.4から4.8g/dL)した以外には,ほかのパラメー
ターには変化がなかった.
3)210分の時点では,HES群ではBEの減少がみられ
たがアルブミン群では変化はなかった.
[結論]同じコロイド液でも,アルブミンと比較する
とHESは酸塩基平衡に対して大きく影響する.
[解説]アルブミンは両性電解質で,大きな緩衝能を
持っている.製品のものは不明だが,生理的なアルブ
ミンでは30スライクもある.HESはでんぷんだから
緩衝能は大きくみても数スライクのレベルで,まった
く比較にならない.
(諏訪邦夫)
Waters JH, Bernstein CA. Dilutional acidosis following
hetastarch or albumin in healthy volunteers.
Anesthesiology, 2000;93
(5)
:1184∼1187.
読者のコーナー
山村佳江
(日本橋クリニック)
予測された温度レセプタを発見した
目 的
従来知られた以外の温度領域で活性化する,新しい温
度レセプタをクローニングする.
背 景
2002年 3 月の時点でカリフォルニア大学グループが,
ラット神経系で次の 3 種類の温度レセプタをクローニン
グした
(本誌37号でも紹介)
.
いずれも同一の祖先分子から進化したと推測され,共
通の機能構造をもつ(Transient Receptor Potential
family・TRPファミリー,下に解説)
.レセプタの統一名
と活性化因子は,(1)TRPM 8( 8 ∼28℃とメントールな
どの化学物質),(2)
TRPV (
1 42∼50℃とカプサイシン・
水素イオンなどの化学物質),(3)TRPV (
2 50∼52℃,化
学物質には非感受性)
である.
上記レセプタの温度感受性は,哺乳類の生理的環境温
度の外にある.そこで「TRPファミリーには,生理的温
度領域で活性化するレセプタも存在する」と予測された.
その新メンバーをハーバード大学 1)とグラクソ・スミス
2)
クライン社グループ が同時にクローニングした.
方 法
データベースでTRPファミリーと相同の塩基配列を検
索し,推定した候補c-DNAをクローニングして哺乳類細
胞に発現させ,環境温度に対する細胞の反応(細胞内Ca
イオン濃度と膜電流量)を観測した.22∼44℃で活性化
する温度レセプタを同定して,ヒトTRPV 3と命名した.
結 果
1)TRPV 3の遺伝子は染色体17p13にある.TRPV 3に
隣接してTRPV 1があり,塩基配列にはかなりの相同性
がある
(43%).
2)ヒトとチンパンジーの組織サンプルで,TRPV 3の
m-RNAを定量した.TRPV 3は神経系に大量発現してい
る.分布は広範囲で,知覚神経,運動神経,自律神経系
にある.量の多い順に,(1)脳皮質と視床と線状体,(2)
脊髄前角の運動神経細胞と介在ニューロン,(3)後角深
層の大小の細胞,(4)上交感神経節,後根神経節,三叉
神経節の大小の細胞,(5)末梢知覚神経の大小の軸索で
ある.ほかに皮膚,精巣,舌,毛のう,消化管,気管,
胎盤,骨格筋に少量発現している.
3)後根神経節細胞で,TRPV 3とTRPV 1の共発現を認
める.あるいは異所的に共発現させると,TRPV 3と
2)
TRPV 1の複合体ができる .
4)リコンビナントTRPV 3とTRPV 1の性質を比較した.
(1)TRPV 3は22∼40℃で活性化するが化学物質には反応
しない.これに対してTRPV 1は既報のように,42∼
50℃あるいは化学物質で活性化する.(2)TRPV 3の単一
チャネル電流特性は,既報のTRP ファミリーと同じで,
陽イオン非選択性で高いCaイオン透過性を示す.(3)活
性化閾値は,TRPV 3では39℃,TRPV 1では42℃である.
活性化時間(温度刺激からピーク膜電流まで)は,TRPV 3
は約 2 秒とゆっくりしているのに対し,TRPV 1は500ミ
リ秒以内と速い反応である.(4)加温刺激をくりかえす
と,TRPV 3は感受性が増大する.たとえば,60秒に 1
回の加温(28℃を38℃に)で,5 ∼ 6 回目の膜電流量が初
回の約 2 倍になる.一方,TRPV 1やTRPM 8は,反復
刺激で感受性が減少する.
5)TRPV 3とTRPV 1を共発現させた細胞は,TRPV 1
の温度感受性も化学物質感受性も増加する.TRPV 3の
2)
温度感受性は不変 .
結論と考察
1)ヒト遺伝子のデータ検索をもとに,22∼44℃で活性
化する温度レセプタを同定して,ヒトTRPV 3と命名し
た1,2)
.
2) 生 体 で TRPV 3と TRPV 1の 複 合 体 が 形 成 さ れ ,
TRPV1の化学物質感受性が増大する可能性がある2).
解 説
TRP
(transient receptor potential)は,「明るい光の下
で盲目のような行動をする,キイロショウジョウバエの
突然変異体」に由来する.この変異体の網膜視細胞は,
持続的光刺激に対し一過性の(transient)光応答を示す.
ちなみに正常個体の光応答は持続的(sustained)である.
変異体の遺伝子をクローニングした結果,“ 6 回膜貫通
型の光感受性のCaイオンチャネル”が発見され“TRPチャ
ネル”と命名された.このホモログが続々と発見されて,
TRPスーパーファミリーと総称される.TRPスーパー
ファミリーの中には,上記の光や温度,化学物質のほか
に,神経成長因子やフェロモン,嗅覚を起こす物質,浸
透圧,機械刺激,そのほか,さまざまな刺激に応答する
チャネルが含まれる.
1)Haoxing Xu et al. TRPV3 is a calcium-permeable temperature-sensitive cation channel.
Nature, 2002;418:181∼186.
2)Smith GD et al. TRPV3 is a temperature-sensitive
vanilloid receptor-like protein.
Nature, 2002;418:186∼190.
29