座位、ビーチチェア体位手術の問題点

特 集
座位、ビーチチェア体位手術の問題点
産業医科大学麻酔科 波部 和俊
川﨑 貴士
佐多 竹良
PROFILE ────────────────────────────────
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波部 和俊 産業医科大学麻酔科 助教
Kazutoshi Habe
2006年 4 月:福岡市民病院 初期臨床研修医
2008年 4 月:産業医科大学麻酔科 専門修練医
2010年 4 月:九州労災病院麻酔科
2011年 1 月:九州厚生年金病院麻酔科
2012年 1 月:産業医科大学麻酔科 専門修練医
同 年 4 月:産業医科大学麻酔科 助教
趣味:サッカー観戦
(名古屋グランパス)
、旅行
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1. はじめに
後頭蓋窩開頭手術や乳房再建術は座位で行われることがあり、前者では頭蓋内圧
を下げて鬱血を防ぎ、出血量を減少させて視野を確保すること、後者では乳房の左
右差を確認することが目的である。座位による脳外科手術は1970年代に全盛であっ
たが、空気塞栓1)などの重大な合併症を起こし得るため、現在は減少傾向にある。
一方、近年、肩関節鏡手術は良好な術後成績が報告2)され、標準的な手術法とし
て位置づけられるようになってきた 3)。この手術は、これまで側臥位で行われて
いたが、現在は約60°
の座位であるビーチチェア体位(Fig.1)で行われることが多
い。本体位では、上肢を自由に動かせるため、肩関節の動態評価や視野確保の面で
有利であり、牽引器具が不要でオープン法への移行も容易であるなど、整形外科医
にとっては利点が多い。また、肥満患者に対する腹腔鏡手術を同体位で行う施設も
ある4)。
座位やビーチチェア体位では、気道系のトラブル、静脈還流量の減少による低血
圧、空気塞栓など様々な合併症が起こり得る5)。今回は、肩関節鏡手術が行われる
ビーチチェア体位を中心に、体位の取り方、気道・呼吸管理と循環管理、およびそ
の他の問題点について述べる。
Fig.1. 当院での肩関節鏡手術(右肩)
におけるビーチチェア体位
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2. ビーチチェア体位の
取り方と注意点
6)
ビーチチェア体位は、専用の手術台を用い、上半身を約60°
挙上させる。①頭部
は専用のヘッドバンドで前額と下顎で固定する。眼球やその周囲の圧迫がないこと、
頚部の過度の屈曲・伸展や圧迫がないこと、気管チューブや胃管に支障がないこと
を確認する。②上肢の牽引などの手術操作により体幹と頭頚部の位置関係にずれが
生じないように必要に応じて腹部周囲をしっかりと固定する。③健側の上肢は肘関
節を約90°
屈曲させ、腕神経叢の過度の伸展が起こらないように固定する。④下肢
は屈曲させた方が身体の安定性が高く、膝関節を約30°
屈曲させ、クッションを挿
入する。殿部にも過度の体圧がかからないようにして、神経麻痺の予防に努める。
体幹にずれが生じると、頚部の屈曲や伸展により、ヘッドバンドのずれが生じ、
頚部や眼球を圧迫する危険性がある。
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3. 気道・呼吸管理
座位に伴う呼吸機能への影響として、仰臥位と比べ、横隔膜や胸郭の可動性が制
限されにくいため、気道内圧は低く、機能的残気量は増加する7)。一方で、仰臥位
から座位に体位変換を行うと、心拍出量の減少に伴い動脈血酸素分圧は低下する8)
とされる。
ビーチチェア体位に伴う気道系トラブルとして、体位変換に伴う気管チューブの
ずれによる換気不良3)、披裂軟骨脱臼や反回神経麻痺9)、肩関節鏡の潅流液による
頚部浮腫や気道狭窄10)などが報告されている。
3−1. 気管チューブのずれによる影響
ビーチチェア体位での肩関節鏡手術では、腕の牽引などの手術操作により固定さ
れた頭部と体幹の位置関係がずれ、頚部が前後および左右に屈曲しうる。頚部屈曲
に伴う気管チューブのカフ圧の上昇は報告9,11)されており(Table 1)、カフ圧の上昇
は術後の咽頭痛や嗄声、反回神経麻痺の発生に関与する12~15)。頚部が屈曲すると気
管チューブは深くなり、片肺換気となる3)。頚部が伸展すると気管チューブが浅く
なり、カフもしくは気管チューブ自体が披裂軟骨を圧迫し、脱臼させる可能性があ
る9)。口腔周囲の気管チューブの固定のゆるみは気管チューブのずれに影響する。
また、頭頚部の固定器具がずれ、頚部を圧迫すると、カフ圧の上昇や直接的な反回
神経の圧迫を引き起こす。体位変換時だけでなく、手術中も頭頚部の観察、カフ圧
の測定を行うべきである(Fig.2)
。
術操作による頚部屈曲
Table 1. 頚部屈曲に伴う気管チューブのカフ圧の変化
n
カフ圧(cmH2O)
P
正中位
16
20
−
前屈
16
25.9±4.87
0.0002
右側屈
16
23.3±5.07
0.0216
左側屈
16
22.0±3.12
0.0215
前屈かつ右側屈
14
26.4±4.40
<0.0001
前屈かつ左側屈
14
26.3±3.71
0.0001
固定器具による頚部圧迫
頚部位置
気管チューブ
固定のゆるみ
(文献9より引用改変)
Fig.2. 肩関節鏡手術(右肩)後の様子
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特 集
3−2. 肩関節鏡手術での気道狭窄
肩関節鏡手術では関節内潅流液を使用するため、肩関節周囲の浮腫が生じる。稀
にこの浮腫が頚部まで進展し、気道狭窄を起すことがある10,16~18)。肩関節外の浮
腫は、ポート挿入部や肩峰下滑液包周囲から軟部組織への潅流液の拡散に起因す
る18)と考えられている。肩関節鏡手術は側臥位でも行われることがあるが、側臥位
と比較すると重力の関係からビーチチェア体位では潅流液の頚部への進展は起こり
にくい。また、欧米諸国では肩関節鏡手術は斜角筋間ブロックと鎮静により行われ
ることが多く、患者からの頚部の不快感や呼吸困難感の訴えにより気道狭窄に気付
きやすい。しかし、本邦では同手術は一般的に全身麻酔下で行われるため、頚部の
腫脹の発見が遅れやすく、注意が必要である。
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4. 循環管理
本体位では、低血圧や空気塞栓が大きな問題となる。座位による脳外科手術が全
盛であったころは空気塞栓が注目されたが、ビーチチェア体位による肩関節鏡手術
が盛んに行われている現在では、頭高位による脳血流の低下が問題視されている。
4−1. 低血圧
座位やビーチチェア体位では、心臓の位置が高く、重力の影響で下肢に血液が
プールするために静脈還流量が減少することが原因となり、血圧が低下しやすい1)。
Marshall19)らは、覚醒時に仰臥位から座位に体位変換を行うと交感神経が緊張する
ため、心拍数は12%増加、収縮期血圧は11%増加、肺動脈楔入圧は22%減少、末
梢血管抵抗は12%増加、体表面積当たりの一回拍出量は11%減少すると報告してい
る。しかし、全身麻酔下では圧受容体反射は抑制され、末梢血管抵抗と心拍出量が
著明に低下するため、動脈圧は減少する。Moermanら20)は、ビーチチェア体位によ
る肩関節鏡手術において、体位変換に伴い80%の患者で脳局所酸素飽和度(rSO2)
が20%以上低下し、rSO2 の低下は平均血圧(MAP)の低下と呼気終末二酸化炭素分
圧(EtCO2)の低下と正の相関を示すと報告している。体位や手術操作に伴う頚部屈
曲などによる主要血管の閉塞が生じる可能性も指摘している。遷延する低血圧は重
篤な脳虚血や脊髄虚血を起こしうるため21)、ゆっくりと時間をかけた体位変換、輸
液負荷や昇圧剤の使用、弾性ストッキングや間欠的空気圧迫装置の着用により、
MAPを60mmHg以上で管理すべきであり22)、高血圧や脳梗塞などの既往を有する患
者ではさらなる注意が必要となる。また、rSO2 の維持のためには、MAPを術前の
20%以内に、EtCO2 を30~34mmHgに保つことが有用である19)。
4−2. 空気塞栓
座位における脳外科手術では静脈空気塞栓症や奇異性脳塞栓症が重大な合併症で
ある1)。静脈空気塞栓症は軽微なものを含めると高頻度で認められる。心疾患を持
たない成人でも、卵円孔は10~20%開存しており、陽圧換気で右房圧が上昇した
際に、右−左シャントが発生し、奇異性脳塞栓症を引き起こすため、注意が必要で
ある23)。ビーチチェア体位での肩関節鏡手術でも手術部位が右房より高いため、虚
脱した静脈が損傷されることにより空気塞栓を生じ得るが、通常では関節内潅流液
を使用しており、その発生は非常に稀である3)。
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5. その他の問題点
腕神経叢の過度の伸展、舌下神経麻痺24)などの報告がある。前額部の固定がずれ、
眼球を圧迫したり、眼裂を開大したりすることによる角膜損傷が起こり得る。殿部
や下肢の圧迫は坐骨神経や腓骨神経麻痺の原因となるため、外科医や看護師と協力
し、体位を取る必要がある。
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6. おわりに
座位やビーチチェア体位では、気道・呼吸および循環管理に大きな影響を及ぼし
得る。外科医や看護師と協力することで、安全な管理を行う必要がある。
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引用文献
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