No. 52 - 富士製薬工業株式会社

52
52
平成21年7月31日発行
1)手術室の麻酔 …………………………………………………… 1
3)医学一般・基礎医学 …………………………………………17
● 心臓手術でのアプロチニンとトラネキサム酸の危険性:心臓
● エベレスト頂上近傍での動脈血ガス分析
手術患者1,188人の一年間のフォローアップ
● ファストトラック麻酔と心臓手術:7,989人の心臓手術患者で
の後ろ向きコホート研究
● 外来手術での女性患者に対する中部尿道吊り上げ術時の,区
域麻酔と急性術後尿閉の関連についての検討
● ROTEM使用の人工心肺終了後のプロタミン,へパリンの検
出:パイロットスタディの結果
● 心臓手術を受ける小児患者で,術前の循環系薬剤が臨床的に
有意な電解質異常を招くことはない
● 術中覚醒のリスクファクター,原因,後遺症
●開腹手術は術中の酸化ストレスを増加させる.防ぐことはできるか?
● 小児の外傷性脳損傷における周術期高血糖の発生率およびリ
スクファクター
● 産科で硬膜外カテーテル血管内留置の回避戦略:ランダム化
比較試験の系統的概説
● 肝移植における血小板輸血は急性肺障害による術後死亡と関
連している
● 重症虚血性低酸素脳損傷で緊急手術となった患者でBISを用い
た神経学的予後予測
● 肥満はヒトにおける吸入麻酔薬の薬物動態に軽度に影響する
● エベレスト登山の死亡率:1921∼2006年の86年間の記述
2)集中治療・ペインクリニック ………………………………… 7
4)特集:気道閉塞 …………………………………………………23
● 弓部大動脈瘤が気管と左主気管支を圧迫していた
● 特集:「気道閉塞」によせて
1 症例
● 気管と右主気管支を圧迫していた胸部大動脈瘤を治療し得た
1 症例
● 医療上の国際航空搬送
● 重症者の航空搬送プログラム
● 病院前救護における外傷トリアージツールの有効性の評価
● 小児外傷患者の三次施設への搬送: 妥当性と時間の制約
● 人工呼吸患者のヘリコプター搬送時に生じる有害事象:後ろ
向きコホート研究
● 施設間搬送におけるヘリコプターと地上搬送の効果
● 病院間搬送時の体外循環に関する考察
● 発展途上国における外傷患者の病院間搬送:前向きの叙述的研究
● 高齢心臓手術患者の低アルブミン血症に対するアルブミン投
与は炎症,内皮細胞賦活,長期的腎機能に関して有効か?
● リポ多糖−ペプチドグリカンで作る敗血症モデルにおいて,
ミト
コンドリアに特異的な抗酸化薬MitoQは臓器傷害を防止する
● ヒトの肺は進化を間違えたのか?
● 麻酔薬を新生児から若年小児に使う問題点
● 新生児マウスにセボフルラン麻酔を施行すると,社会活動の
異常化と恐怖状態欠如などの異常が発生する
● 新生児への麻酔の作用:構造と行動への作用
● プロポフォルは成長中の脳を損傷するか?
● ニワトリの組織片培養にプロポフォルを投与すると成長コー
ンが崩壊し,神経突起が消退する
● 亜酸化窒素で一時的に大脳皮質のメチオニン合成酵素阻害が
起こるが,記憶喪失は持続する:高齢ラットの実験
● 心拍動時と心停止時の臨界圧を動脈系の下流圧として採用
● がん手術にはプロポフォル+区域麻酔だ!
● 中等度閉塞性睡眠時無呼吸のあるボランティアで,レミフェ
ンタニル投与による呼吸と睡眠の効果検証
● 術前の閉塞性睡眠時無呼吸検査と麻酔後のケア評価を組み合
わせて術後に呼吸器合併症を起こす患者を検出できる
● 極度肥満で肥満解消手術を受けた患者の抜管直後にCPAP適
用で肺機能が改善する
● マスク換気不能の予測と帰結:
5 万件の検索
● ペンタックス-AWSの使用:気道確保困難な293例での使用
● 麻酔臨床における間歇的ハイポキシアの重要性
● 閉塞性睡眠時無呼吸症候群の臨床スクリーンテストのメタ解析
● 脊椎側弯症手術にレミフェンタニルを使用して術中覚醒テス
ト施行後の睡眠障害
● 中年成人での睡眠時呼吸障害の発生率の検討
● 閉塞性睡眠時無呼吸患者は夜間に心筋梗塞を発症しやすい
● 心臓手術患者に閉塞性睡眠時無呼吸があると手術成績が悪化
する
● 成人肥満者の睡眠時無呼吸:病態生理と周術期気道管理
書籍紹介
フリーズする脳−思考が止まる,言葉に詰まる…13
「クールナンと心臓カテーテル」……………14
麻酔学の古典
〔52〕
[コピーサービスはいたしておりません]
●発行―日産化学工業株式会社
エア・ウォーター株式会社
富士製薬工業株式会社
●監修―諏訪 邦夫
●監修協力―福家 伸夫、片山 勝之
エッセイ
クルマ時代の終焉……………………………16
●発送元―日産化学工業株式会社
化学品事業本部
「A. ANTENNA」
係
〒101-0054 東京都千代田区神田錦町3丁目7-1
興和一橋ビル
TEL 03-3296-8031 FAX 03-3296-8360
●編集制作
―株式会社 協和企画
●印刷―興和印刷株式会社
Â2009
●手術室の麻酔
心臓手術でのアプロチニンとトラネキサム酸の
危険性:心臓手術患者1,188人の一年間の
フォローアップ
[目的]人工心肺使用下での心臓手術患者を対象に,
アプロチニンとトラネキサム酸の術後合併症のリスク
について再検討する.
[背景]Perioperative Ischemia Resarch Group
International Databaseは心臓手術患者4,374人を対象
としたretrospective studyにて,CPB使用下のCABG
手術でアプロチニン使用群は臓器障害
(腎,神経,心)
がトラネキサム酸やεアミノカプロン酸使用群に比べ
多いと結論づけた.筆者らの施設では長年人工心肺使
用下の心臓手術でアプロチニンの投与を行ってきた
が,上記研究の結果から,2006年 2 月よりのアプロチ
ニンのルーチン投与を止め,トラネキサム酸やεアミ
ノカプロン酸の投与に変更した.
[研究の場]大学病院
(一施設)
.
[統計]unselected consecutive cohort.
[対象]2005年 9 月∼2006年 5 月の人工心肺使用下で
の心臓手術患者1,188人.
[方法]2005年 9 月∼2006年 5 月の心臓手術患者1,188
人をアプロチニン使用群(596人),トラネキサム酸使
用群(592人)に分け追跡調査した.アプロチニン使用
群では人工心肺開始前に 2 ×10 6KIUのボーラス投与
ファストトラック麻酔と心臓手術:7,989人の
心臓手術患者での後ろ向きコホート研究
[目的]高容量オピオイド麻酔(フェンタニル25∼100
μg/kg:以下CCA)と比較し,ファストトラック麻酔
(FTCA)での死亡率や合併症発症率について再検討す
る.
[背景]CCAは約40年前に心臓手術で心抑制を少なく
し,循環動態の安定を目的に導入され,術後の虚血の
減少も期待された.一方,10年ほど前よりFTCAが広
まり早期抜管が術後在院日数を減らすとされた.過去
の報告では,FTCAはCCAに比べ心血管合併症発症
率は変わらないと報告されたが,それらの研究の規模
は小さく,FTCA群の患者が比較的低リスクであった
など,FTCAの安全性は十分に評価されてこなかった.
[研究の場] 1 施設
(オランダ市中病院).
[統計]後ろ向き観察研究.
[対象]心臓手術患者7,989人(2000年 1 月∼2006年12
月の期間)
.
[方法]CCAでは,ミダゾラム15mg経口投与後,導
入はミダゾラム0.05∼0.1mg/kg,スフェンタニル 2 ∼
4μg/kg,パンクロニウム0.1mg/kgにて施行し,スフェ
ンタニル0.5∼2.0μg/kg/hとミダゾラム0.1mg/kg/hで
維持した.FTCAでは,ミダゾラム 7 mg経口投与後,
導入はプロポフォール 1 ∼ 2 mg/kg,レミフェンタ
ニル 1 ∼ 3μg/kg,パンクロニウム0.1mg/kgにて施行
し,レミフェンタニル 5 ∼10μg/kg/h,プロポフォー
後,0.5×106KIU/hの持続投与を閉胸時まで継続した.
トラネキサム酸使用群では,人工心肺開始前に 2 g投
与し,その後は0.5g/hの持続投与を閉胸時まで継続し
た.
[結果]1)両群間での施行された手術の種類に大きな
違いはなかった.
2)術後の痙攣はトラネキサム酸群で有意に高かった.
3)特に初の弁膜症手術や高リスク群で高い傾向を示
した.
4)一方,初のCABG手術群では,アプロチニン群で
AMIや腎障害がより多く発症していた.
5)一年後の死亡率は高リスク患者でのアプロチニン
投与群が有意に高かった.
[結論]アプロチニン,トラネキサム酸ともに施行す
る手術の種類に応じて合併症を発症するリスクがあ
る.高リスク患者のCABG手術ではアプロチニンを,
弁膜症手術ではトラネキサム酸の投与を避けるべきで
ある.
(小嶋大樹)
The risks of aprotinin and tranexamic acid in cardiac
surgery:a one-year follow-up of 1188 consecutive
patients. Martin K, Wiesner G, Breuer T, Lange R,
Tassani P.
Anesth Analg, 2008;107
(6)
:1783∼1790.
ル 1 ∼ 4 mg/kg/hまたはセボフルレン呼気濃度0.5∼
1.5%で維持した.手術終了時にモルヒネ0.1∼
0.2mg/kgを投与した.術後はICUで管理し,CCAで
はミダゾラム 2 ∼ 4 mg/h,FTCAではプロポフォー
ル 1 ∼ 2 mg/kg/hで鎮静したが,両群とも血行動態
安定で鎮静を中止した.CPB中は,順行性に血液と晶
質液を流し循環停止し,大動脈弁手術では順行性か逆
行性に晶質液を流し循環停止している.CPB中は28∼
34℃に保った.
[結果]1)CCA群は4,020人,FTCA群は3,969人であ
り,FTCA群の年齢は少し高く術前合併症や弁膜症手
術を受ける割合が高かった.
2)院内死亡率はFTCA群で2.3%,CCA群で1.9%であ
り,調整後のオッズ比はFTCA群で0.92だった.
3)心筋梗塞の発症率はFTCA群で5.5%,CCA群で
5.2%(p=0.61),脳梗塞は1.3%と0.9%(p=0.06),急
性腎不全はともに0.8%であった.
4)抜管までの時間は,FTCA群で 6 時間,CCA群で
12時間だが平均ICU滞在時間はFTCA群で 1 時間長
かった.
[結論]FTCAは予後悪化のリスクを増やさない.
(小嶋大樹)
Fast-track anesthesia and cardiac surgery:A retrospective cohort study of 7989 patients. Svircevic V,
Nierich AP, Moons KG, Brandon Bravo Bruinsma GJ,
Kalkman CJ, van Dijk D.
Anesth Analg, 2009;108
(3)
:727∼733.
1
●手術室の麻酔
外来手術での女性患者に対する
中部尿道吊り上げ術時の,区域麻酔と
急性術後尿閉の関連についての検討
[目的]女性の尿失禁に対する外来手術での,中部尿
道吊り上げ術後の急性尿閉に関して,区域麻酔と非区
域麻酔での発症頻度を比較する.
[背景]腹圧性尿失禁の手術治療として,中部尿道吊
り上げ法が行われるが,合併症として尿閉を招く可能
性があり,高頻度に起こるとされる.術後の尿閉は,
生命に関わる合併症ではないが,持続的尿道カテーテ
ル留置や間歇的な自己導尿が必要になるなど,患者の
不快感,尿道感染の原因となったり,社会復帰が遅れ
る原因ともなりうる.麻酔は尿閉のリスクファクター
になりうるが,麻酔方法の違いによる尿閉の危険性に
関して一致した見解はない.
[研究の場]ロードアイランド州の女性小児病院.
[統計]後ろ向きコホートスタディ.
[対象]2005年 1 月∼2007年12月に中部尿道吊り上げ
法を施行された141名の女性患者.
[方法]手術を施行された患者の麻酔法,手術データ,
術前の尿流動態検査データ,術後の排尿テスト,排尿
後の残尿,0 ∼10日間のVAS,経過のデータ,尿道カ
テーテル留置が必要になった場合,2 週間以内の尿路
感染症発症の有無,自己導尿の有無,再手術の有無に
ついてのデータを収集した.第一義的焦点は,区域麻
ROTEM使用の人工心肺終了後のプロタミン,
へパリンの検出:パイロットスタディの結果
[目的]ROTEM使用によりプロタミンの凝固におけ
る影響がヘパリンの影響と区別して検出できるかを調
べたものである.
[背景]人工心肺後の凝固障害はしばしば著明な術後
出血につながる.通常,人工心肺中・後はACTによ
りへパリン・プロタミンの量を決定するが,ACTは
ヘパリンの量以外の因子でも数値に影響が及ぼされ
る.全血を用いて凝固能を総合評価する回転血栓弾性
計測(Rotaion Thromboelastometry:ROTEM)は,
いくつかの試薬を組み合わせて,凝固の開始
(内因系,
外因系),凝固の進行,血栓の堅固さ,線溶系などの
評価が行える改良型TEGである.
[研究の場]オーストリアの大学病院.
[統計]前向き検討.
[対象]冠動脈バイパス手術を受ける22名の患者.
[方法]人工心肺離脱後に,投与されたヘパリンの量
に応じたプロタミン初期量を使用後,測定したACT
が基準より増加しているか,または臨床的に出血傾向
があれば追加量(70U/kg)を投与し,同時にトロンボ
エラストメトリ(heparin-sensitive INTEMテストと,
試薬としてヘパリナーゼを用いてヘパリンの作用を除
外し凝固能を評価するHEPTEMテスト)分析や,通常
の凝固検査に加えてXa活性測定も行った.
[結果]1)プロタミンの追加投与をした16名は,プロ
2
酔と非区域麻酔科における急性尿閉の発症頻度とし
た.区域麻酔は脊椎麻酔または硬膜外麻酔併用脊椎麻
酔とし,非区域麻酔は気管挿管を行う全身麻酔と
LMAを使用した全身麻酔,鎮静を併用した局所麻酔
とした.
[結果]1)131名の患者を対象とし,42名(32%)に区
域麻酔,89名
(68%)
に非区域麻酔を行った.
2)両群間の特性で,年齢にのみ有意差があった.
3)48名
(36.6%)
の患者が術後急性の尿閉を来たした.
4)区域麻酔の患者で術後急性尿閉発症が多かった
(61.9% vs 24.7%)
.
5)中部尿道吊り上げ術で,恥骨後アプローチの際に
急性尿閉の頻度が多かった.
6)多変数のロジスティック回帰分析で,アプローチ
法,年齢を調整しても,区域麻酔で急性尿閉のオッズ
は上昇したが,出産歴,BMI,尿流量動態検査,術前
残尿量,術中輸液量,出血量は上昇させなかった.
[結論]区域麻酔は,外来手術での中部尿道吊り上げ
術後に起こる急性尿閉のリスクファクターである.
(上村亮介)
The association between regional anesthesia and acute
postoperative urinary retention in women undergoing
outpatient midurethral sling procedures. Wohlrab KJ,
Erekson EA, Korbly NB, Drimbarean CD, Rardin CR,
Sung VW.
Am J Obstet Gynecol, 2009;200
(5)
:571. e1∼5.
タミン初期量投与後よりも追加投与後において
INTEM-CTとHEPTEM-CTの有意な増加を示した.
2)この変化はプロタミン初期量投与のみの患者 6 名
には認められなかった.
3)プロタミン投与後のINTEM-CT:HEPTEM-CT比
を測定した58サンプル中56例で,残存へパリンがない
と正確に認識でき,人工心肺後抗Xa活性が増加して
いた 6 サンプル中 3 例でヘパリン残存を認識できた.
[結論]へパリンは人工心肺終了後のプロタミン初期
量投与で十分拮抗され,追加のプロタミン投与はほと
んど利点がない.ROTEM分析によるINTEM,HEPTEMテストがそれを示した.ROTEM分析は人工心
肺後のACT増加の症例で,不必要なプロタミン使用
を減らし残存へパリン検出に有用かもしれない.
(佐藤秀雄)
[監修者注]ROTEMは,計測機器の商品名である.
thromboelastography;TEGは,「血栓弾性描写法」
で以前は使用された.
“Rotation thromboelastometry”
だから,数値的に測定して評価できるものと推測して
回転血栓弾性計測とした.
Detection of protamine and heparin after termination
of cardiopulmonary bypass by thrombelastometry
(ROTEM):results of a pilot study. Mittermayr M,
Velik-Salchner C, Stalzer B, Margreiter J, Klingler A,
Streif W, Fries D, Innerhofer P.
Anesth Analg, 2009;108
(3)
:743∼750.
●手術室の麻酔
心臓手術を受ける小児患者で,術前の循環
系薬剤が臨床的に有意な電解質異常を招く
ことはない
[目的]術前に外来を訪れた心疾患を合併する患者で,
術前血液検査の有効性を検討する.
[背景]待期手術を受ける患者に対する術前の血液検
査は数十年前から一般的に行われているが,そのコス
トは米国で年間300億ドル費やされる検査費用の10%
以上を占める.成人患者においてこの術前検査の適切
性を検討する研究は多数行われ,不必要な検査の省略
によりコストの削減に結びついているが,小児の領域
ではそうした研究は少ない.心疾患を持つ小児・若年
成人患者は特に注意を要する患者群であり,濃厚な術
前検査が行われている.
[研究の場]ロサンゼルスの小児病院.
[対象]2000年 1 月∼2003年 1 月の間に待期的な心臓
手術を受けるために外来を訪れた小児患者.
[方法]1)年齢,主な診断名,使用している薬剤の種
類と数,血清電解質,BUN,クレアチニン,アルブ
ミン値を調べた.
2)術前の血液検査が行われていない場合や他院で行
われていた場合は除外した.
3)循環器系薬剤はフロセミド,スピロノラクトン,
ジゴキシン,ACE阻害薬の 4 つに分類し,何種類を
術中覚醒のリスクファクター,原因,後遺症
[目的]これまで医学雑誌に報告された術中覚醒症例
を検討することで,後遺症を特定し,そのリスクや原
因を推定する.
[背景]術中覚醒は比較的稀なため,後遺症の特定,
リスクや原因を推定するにはひとつの研究報告だけで
は不十分である.
[統計]後ろ向き.
[対象]271人の術中覚醒症例と術中覚醒を経験しな
かった19,504人.
[方法]国立医学図書館のデータベースから1950年∼
2005年8月に報告された症例で“Awareness”および
“Anesthesia”を含む文献を検索し,患者の年齢,性
別,人種,体重,身長,BMI,ASA分類,術中覚醒
の既往,薬物使用の既往,前投薬,麻酔導入薬,挿管
困難の有無,麻酔維持薬,術中使用されたモニター,
術中のバイタルサインの変化,体動の有無,覚醒時間,
術中覚醒判明の時刻,手術の種類,術後の患者の訴え
と後遺症,覚醒の原因を調べた.症例報告で引用され
ている参考文献も調べた.コントロール群として,
Sebelらが報告した術中覚醒を経験しなかった患者群
とNational Survey of Ambulatory Surgeryのデータ
ベースから全身麻酔を施行された患者群を用いた.体
服用しているかで患者をグループ分けした.
[結果]1)候補となった933人のうち,774人が研究対
象として基準を満たした.
2)生後 2 週∼17.8歳で,平均は4.37歳であった.
3)使用薬剤が多いほど電解質値に大きな差が現れた
が,程度は数%で臨床的に問題とならなかった.
4)成人で頻度が高い低カリウムや低マグネシウムは
一例もみられなかった.
[結論]心臓手術を受ける小児・若年成人は,しばし
ば種々の合併症を持ち大量の利尿剤を服用している
が,術前の電解質異常は稀であり,電解質異常があっ
たとしても周術期の管理には影響しないような軽度の
ものである.こうしたことから,循環器系薬剤の処方
を受けている小児患者において術前にルーチンで血清
電解質検査を行う必要性は低い.
[解説者注]腎疾患や内分泌疾患を合併する場合には
術前の血清電解質検査が必要であると著者は指摘して
おり,術前評価において十分な問診と診察が行われる
ことが重要といえそうである.
(石原 聡)
Cardiac medications are not associated with clinically
important preoperative electrolyte disturbances in children presenting for cardiac surgery. Hastings LA, Wood
JC, Harris B, Von Busse S, Drachenberg A, Dorey F,
Bushman GA.
Anesth Analg, 2008;107
(6)
:1840∼1847.
重とBMIを比較するためNational Center for Health
Statisticsのデータも使用した.
[結果]1)術中覚醒は女性や若年者,心臓手術や産科
手術で多く認められた.
2)体重やBMIは関連がなかった.術中覚醒は麻酔維
持期に発生し,導入時や覚醒時の報告は少なかった.
3)患者が術中覚醒を訴える時期はさまざまで,37%
は術後 1 週間以上経過してから報告されている.
4)回復室滞在中に術中覚醒報告は35%であった.
5)術中覚醒症例の特徴としては,麻酔薬使用量が少
量で,術中に頻脈や高血圧を呈していた.
6)これらの患者の多くは(52%),術中覚醒に関連し
た症状を術後に訴えている.
7)術中に動けなかったこと,救いようがない気持ち
になったこと,音や声が聞こえた経験は,術後の不眠
や将来麻酔を受けることへの不安と関連している.ま
た,22%の患者が遅発性の精神症状を呈している.
[結論]麻酔薬の使用量が少量であることが,術中覚
醒のリスクファクターとして考えられた.肥満は術中
覚醒のリスクを増加させない.
(柴田紀子)
Awareness during anesthesia:risk factors, causes and
sequelae:a review of reported cases in the literature.
Ghoneim MM, Block RI, Haffarnan M, Mathews MJ.
Anesth Analg, 2009;108
(2)
:527∼535.
3
●手術室の麻酔
開腹手術は術中の酸化ストレスを増加させる.
防ぐことはできるか?
[目的]開腹下および腹腔鏡下S状結腸切除で生じる
酸化ストレスの術中変化を調べ,セボフルランとプロ
ポフォール麻酔での手術患者における酸化ストレスの
違いを調査し,最適の治療戦略を確立する.
[背景]手術ストレスで起こる活性酸素とその傷害の
関係は強く疑われるが,確証がなかった.この種類の
酸化ストレスを管理する方法は知られていない.
[研究の場]大学病院.
[対象]S状結腸切除を予定しているASAⅠまたはⅡ
の患者.
[統計]前向き,無作為検討.
[方法]患者を無作為に,セボフルラン麻酔で開腹S
状結腸切除(CS),セボフルラン麻酔で腹腔鏡下S状結
腸切除(LS),プロポフォール麻酔で開腹S状結腸切除
(CP),プロポフォール麻酔で腹腔鏡下S状結腸切除
(LP)の 4 群に振り分けた.血中ハイドロキシパーオ
キサイドを細胞成分の酸化傷害の指標として,血漿鉄
還元能力を全体の抗酸化能の指標として測定.麻酔導
入前,手術開始時,結腸切除前,手術の最後,そして
PACUで測定した.
[結果]1)手術時間・出血量・尿量・術中補液量・術
小児の外傷性脳損傷における周術期高血糖
の発生率およびリスクファクター
[目的]小児の外傷性脳損傷における周術期高血糖の
発生率とそのリスク因子を検討する.
[背景]外傷性脳損傷後の早期の死亡原因は主に外傷
そのものによる脳障害であるが,低血圧,低酸素症,
頭蓋内圧亢進,高血糖の結果として二次的な脳損傷が
引き起こされることも予後不良につながる.これまで
の報告で,PICU入室時に高血糖を認める頭部外傷患
児ではPICU入室期間の延長や入院死亡率の上昇,低
血糖を呈する乳幼児では 1 歳時での良好なGCSが得ら
れると報告されている.
[研究の場]ワシントン大学ハーバービュー医療セン
ター.
[統計]後向き,コホート研究.
[対象]1994年∼2004年の間に外傷性脳損傷により緊
急開頭術を受けた13歳以下の小児.
[方法]診療録および麻酔記録から患者背景,救急搬
送時のGCS,画像所見,インスリン使用,入院死亡率,
また術前(救急搬送時から手術室における全身麻酔導
入まで),術中
(全身麻酔中),術後早期
(術後24時間ま
で)の血糖値を調べた.BS<60mg/dLの低血糖および
BS>200mg/dLの高血糖の発生率を調べ,術前・術
4
中と術後の血圧・心拍数は 4 群間で違いはなかった.
2)鉄還元能力は,CS群で手術中に367±153mmol/L
と明らかに低下した.
3)ハイドロキシパーオキサイドは変化しなかったが,
手術患者において酸化ストレスが増加したことを示
す.
4)細胞成分の典型的な酸化生成物であるハイドロキ
シパーオキサイドが増えず,毒性は細胞成分を傷つけ
るほどには高くないのかもしれない.
5)LS群ではパーオキサイドや鉄還元能力に変化がな
く,外科的酸化ストレスが増加していない.
6)ハイドロキシパーオキシダーゼだけ,CP群,LP
群の手術終了時に120±73UCarr,144±107UCarrと
明らかに減少した.
[結論]腸管をつかむ開腹手術では酸化ストレスが増
加するが,腹腔鏡下操作では増加しない.開腹手術で
も,セボフルランの代わりにプロポフォールを使うと
酸化ストレスは制御される.プロポフォール麻酔下の
腹腔鏡手術は酸化ストレスを減少させる.
(真鍋春子)
Open abdominal surgery increases intraoperative
oxidative stress:can it be prevented? Tsuchiya M, Sato
EF, Inoue M, Asada A.
Anesth Analg, 2008;107
(6)
:1946∼1952.
中・術後のうち2/3以上の期間で高血糖を認めたもの
を持続的高血糖,1/3で認めたものを一過性高血糖と
した.
[結果]1)105人のデータのある患児のうち,18人で
持続性高血糖,29人で一過性高血糖を認めた.
2)高血糖を呈する単独のリスク因子は年齢 4 歳以下,
GCS≦ 8 ,および頭蓋内の損傷が硬膜下血腫を含む複
数範囲に及ぶことであった.
3)周術期高血糖を示した患児では,示さなかった群
に比べ有意に入院死亡率が高かった
(p=0.006)
.
4)血糖測定の頻度は大多数の患児で術中 1 時間に 1
回未満,術前後では測定されていない例も多く,高血
糖を呈してもインスリンの使用率は 9 %と低かった.
[結論]小児の外傷性脳損傷において,周術期の高血
糖は高頻度に起こる合併症であり予後にも関与するた
め,周術期に血糖測定を行う必要がある.
(重松美沙子)
Incidence and risk factors for perioperative hyperglycemia in children with traumatic brain injury. Sharma
D, Jelacic J, Chennuri R, Chaiwat O, Chandler W,
Vavilala MS.
Anesth Analg, 2009;108
(1)
:81∼89.
●手術室の麻酔
産科で硬膜外カテーテル血管内留置の回避
戦略:ランダム化比較試験の系統的概説
[目的]妊婦を対象とした腰椎硬膜外カテーテル留置
において,これまでに報告された血管内カニュレー
ションの回避方法を再評価する.
[背景]腰椎硬膜外カテーテル留置における血管損傷
の合併症は非妊婦に比べ妊婦でより高い確率で報告さ
れており,9 %にも上るといわれている.血管内への
局所麻酔薬注入は痙攣や心血管毒性から致死的となり
かねず,カテーテル先端の調整や再留置は徐痛の効果
遅延やさらなるリスクを引き起こす可能性がある.初
回硬膜外カテーテル留置で血管内カニュレーションを
回避することは,効果的で安全な硬膜外麻酔をもたら
すだろう.
[研究の場]複数の論文データベース.
[統計]前向き・ランダム化比較試験のレビュー.
[対象]1966年12月∼2007年10月に報告された,腰椎
硬膜外カテーテル留置において血管内カニュレーショ
ンを回避する方法を評した論文.
[方法]複数の論文データベースから硬膜外麻酔・血
管内などのキーワードを検索し,妊婦を対象に硬膜外
カテーテル留置を施行した論文の結論を比較検討し
た.論文によっては 2 回目以降の施行も含むものがあ
り,ここでは初回留置の結果のみを取り上げた.
[結果]1)全体の硬膜外カテーテル血管内留置の合併
肝移植における血小板輸血は急性肺障害に
よる術後死亡と関連している
[目的]肝移植で,血小板輸血による移植肝の喪失や
患者死亡率の増加の特異的な原因を検討する.
[背景]肝移植における大量出血の危険因子への理解
が深まるとともに,手術や周術期管理の進歩によって
術中の出血量や輸血の必要性が減少してきている.無
輸血での肝移植が増加して血液製剤の潜在的な危険性
と有益性の研究が可能となり,血小板輸血は肝移植後
の死亡率に関わる独立した危険因子であると示されて
いる.
[研究の場]オランダの大学付属病院.
[対象]1989年 1 月∼2005年12月に施行された803例の
肝移植で,18歳以下の小児,再移植,他臓器移植を除
く成人で初回の肝移植施行の449例.
[統計]後向き,コホート研究.
「方法」周術期に血小板を輸血した群と輸血しなかっ
た群での患者死亡や移植肝不全の原因を調査した.
ABO適合の移植肝が脳死もしくは心臓死後に患者へ
移植された.出血に対してはHctを0.25∼0.30に維持す
るように輸血した.大量出血が予想される症例ではセ
ルセーバーを使用した.FFPや血小板の輸血は採血
データのみで判断せず,有意な出血がみられる場合に
率は6.2%であった.
2)患者体位は坐位よりも側臥位で血管内留置が減少
した
(11.9% vs 6.7%)
.
3)穿刺の傍正中法と正中法では有意差はなかった.
4)穿刺針とカテーテルの太さによる差はなかった.
5)カテーテル挿入前に穿刺針から液体注入をするこ
とにより,しない場合よりも血管内留置のリスクは減
少した
(12.9% vs 6.4%).
6)複数孔のカテーテルよりも単孔のもので血管内留
置は少なかった
(10.0% vs 6.8%).
7)ワイヤー付きポリウレタン製カテーテルで,ナイ
ロン製のものより血管内留置は減少した(4.5% vs
0.5%)
.
8)カテーテル留置距離は,7 cm以上に比べ 6 cm以下
で血管内留置リスクは減少した
(15.2% vs 5.4%)
[結論]妊婦への腰椎硬膜外カテーテル留置は,側臥
位でカテ挿入前に穿刺針から液体を注入し,単孔ワイ
ヤー付きポリウレタン製カテーテルを使用し,6 cm以
下の留置にすると,血管内留置のリスクが減少する.
(重松美沙子)
A systematic review of randomized controlled trials
that evaluate strategies to avoid epidural vein cannulation during obstetric epidural catheter placement.Mhyre
JM, Greenfield ML, Tsen LC, Polley LS.
Anesth Analg, 2009;108
(4)
:1232∼1242.
行った.濃厚血小板は血小板が50×109/Lを下回り,
びまん性の出血を認める場合にのみ輸血した.
[結果]1)患者と移植肝の 1 年生存率は,血小板輸血
の施行群で有意に減少した(患者生存率は輸血群74%
vs 非輸血群92%,移植肝生存率は輸血群69% vs 非
輸血群85%).
2)血小板輸血をした患者は対照群と比べて,術後90
日以内の死亡率が高かったが,90日以降の死亡率には
差を認めなかった.
3)輸血施行群における生存率低下は,急性肺障害に
起因した早期の死亡率上昇と関連していた.
4)ほかの原因の死亡率は両群間に差がなかった.
5)輸血施行群における移植肝喪失の主原因は,移植
肝が機能している状態での患者死亡であった.
6)血小板輸血の増加に伴い,患者と移植肝の生存率
が有意に低下していくことが統計学的に示せた.
[結論]肝移植における血小板輸血は急性肺障害によ
る術後死亡率増加と関連が大きく,不必要な血小板の
予防的投与は行うべきではない.
(長谷川 完)
Platelet transfusion during liver transplantation is
associated with postoperative mortality due to acute
lung injury. Pereboom I, de Boer M, Haagsma E,
Hendriks H, Lisman T, Porte R.
Anesth Analg, 2009;108:1083∼1091.
5
●手術室の麻酔
重症虚血性低酸素脳損傷で緊急手術となった
患者でBISを用いた神経学的予後予測
[目的]重症虚血性低酸素脳損傷患者の神経学的予後
予測にBIS が有用かを検討する.
[背景]重症虚血性低酸素脳損傷の患者は緊急手術に
なることが多いが,多くの場合神経学的予後はよくな
い.体性感覚誘発電位(SSEP)が最も特異的で信頼で
きる神経学的予後予測の検査とされているが,煩雑で
あり緊急手術になる症例には適していない.
[研究の場]オーストラリア,メルボルン市のアルフ
レッド病院.
[対象]心停止や大出血,頭部外傷などで緊急手術と
なり,不可逆的な重症脳損傷を受けていると麻酔科医
が判断した25名の成人患者.
[統計]前向きコホート研究.
[方法]緊急手術となった重症虚血性低酸素脳損傷の
患者に対し,可能なら手術開始前よりBISモニターを
開始した.BIS モニター開始前に麻酔科上級医が身体
学的所見や検査所見をもとに神経学的予後を予測し
た.麻酔導入前に瞳孔径や対光反射の有無も評価した.
BIS の指標としては,最低BIS値(少なくとも10分は
持続した値),BIS値が10未満であった時間,手術中
の平均BIS値,burst-suppression ratioを記録し,持
続的なBIS低値とburst-suppression波形を“abnormal
BIS recording”と定義した.primary endpointは30
肥満はヒトにおける吸入麻酔薬の薬物動態に
軽度に影響する
[目的]イソフルラン,デスフルランを使用した時の
供給濃度
(FD)
/肺胞濃度
(FA),吸入濃度
(FI)
/肺胞濃
度(FA)の値が,肥満によってどのような影響を受け
るかを検討する.
[背景]吸入麻酔薬は肥満患者に長時間使用すると覚
醒遅延を来たすことが知られているが,通常の時間の
麻酔において肥満が薬物動態にどのように影響を与え
るかは明らかにされていない.
[研究の場]Stanford Medical Center.
[対象]ASAⅠ,Ⅱの予定手術(胸部手術は除外)患者
107名.
[統計]前向き研究.
[方法]必要に応じて前投薬を投与.フェンタニル 2
∼ 3μg/kg,プロポフォール 2 ∼ 3 mg/kgで導入し筋
弛緩薬投与後挿管した.ガス流量は 6 L/分で開始し,
呼気終末N2O濃度が50%になったところで流量を 1 L/
分に下げた.呼吸器はEtCO2が35∼45mHgになるよう
に適宜調整した.一回換気量が安定したところで吸入
麻酔薬を開始し,イソフルラン,デスフルランの呼気
中濃度がそれぞれ0.7%,3.7%になるように調整した.
どちらの吸入麻酔薬を用いるかは麻酔科医に一任し
6
日後の神経学的所見で,Glasgow outcome scaleで評
価し,スコア 3 ∼ 5 を“poor outcome”とした.
[結果]1)全体では25人中17人がpoor outcomeであっ
た.
2)上級麻酔科医による臨床的判断,瞳孔径・対光反
射の有無は神経学的予後予測因子とはならなかった.
3)abnormal BIS recordingは神経学的予後不良と強
い相関があり,陽性尤度比は6.6であった.
4)BISの指標の中でも,手術中の平均BIS値とburstsuppression ratioの相関が最も強かった.
5)ほかの血液検査の結果や虚血・低酸素の時間は予
後予測因子とはならなかった.
[考察]特異度は100%ではないためBISの結果のみで
治療中止の判断をしてはいけないが,BISの結果が良
好な場合は治療を継続する強い根拠となる.
[結論]臨床的判断や瞳孔の評価と比較し,BISは緊
急手術となった重症虚血性低酸素脳損傷患者の神経学
的予後予測に有用である.
(干野晃嗣)
[監修者注]面白い.BISは「麻酔薬の作用」を対象
に開発されているが,脳障害にも使えそうというわけ
か.
Prediction of neurological outcome using bispectral
index monitoring in patients with severe ischemic-hypoxic brain injury undergoing emergency surgery. Myles
PS, Daly D, Silvers A, Cairo S.
Anesthesiology, 2009;110:1106∼1115.
た.吸入麻酔薬開始後 5 ,10,20,40,60,90,120,
150,180分後のFD,FI,FAを測定するために回路よ
りガスサンプルを採取した.測定はガスクロマトグラ
フィを使用し,FD/FI,FI/FAを計算した.吸入麻
酔薬投与終了後より従命が入るまでの時間を測定し
た.
[結果]1)FD/FA,FI/FAの上昇は,溶解度の高い
イソフルランでBMIと弱いながら有意に相関した.
2)デスフルランでは肥満群と非肥満群でFI/FA,
FD/FAの値に有意差はなかった.
3)デスフルラン使用群の方が麻酔薬投与終了後,従
命が入るまでの時間が短かったが,肥満群と非肥満群
の間で有意差はなかった.
[考察]BMIの上昇は脂肪や筋肉量の増加により吸入
麻酔薬の取り込みを増加させ,平衡に達する時間が延
長する.しかし,与える影響は大きくない.
[結論]BMI 増加でFD/FA,FI/FAが軽度上昇する.
程度は組織溶解度の高い吸入麻酔薬ほど大きい.
(干野晃嗣)
Obesity modestly affects inhaled anesthetic kinetics in
humans. Lemmens H, Saidman L, Eger E, Laster M.
Anesth Analg, 2008;107:1864∼1870.
●集中治療・ペインクリニック
弓部大動脈瘤が気管と左主気管支を
圧迫していた1症例
[目的]胸部大動脈瘤が気道を圧迫して呼吸困難に
なった例で,血管手術とともに動脈瘤の後壁を持ち上
げて固定したことで気道の圧迫が解除された症例を報
告する.
[背景]胸部大動脈瘤は無症状のことが多いが,気道
を圧迫すると呼吸困難が出現することがある.その場
合は,全弓部大動脈瘤置換術が治療となる.
[症例]1)70歳の女性.身長148cm 体重38kg.主訴
は 2 ヵ月前からの呼吸困難と喘鳴.
2)呼吸器も含めて既往歴はない.
3)30回/分の頻呼吸で,左肺の呼吸音はほとんど聴取
できなかった.
4)胸部X線では確認できなかったが,CTで上行・弓
部大動脈瘤とそれによる気管・左主気管支の圧迫があ
り,気管分岐部レベルで瘤径は 6 cmであった.
5)術中の気管支鏡所見によると,定型的な大動脈瘤
置換術では気管の狭窄は改善していない.
6)そこでもともとの動脈瘤の後壁を持ち上げると気
管および左主気管支の圧迫が解除されたので,瘤の後
壁に縫合糸をかけて胸骨の脇より体表に出し,閉胸し
たあとに気管支鏡で狭窄の解除を観察しつつ縫合糸を
気管と右主気管支を圧迫していた胸部
大動脈瘤を治療し得た1症例
[目的]胸腹部大動脈瘤置換術の際,気管と右主気管
支が圧迫されていて片肺換気が不能な状況で,高頻度
ジェット換気を用いて胸部大動脈瘤置換術を行った症
例を報告する.
[背景]胸部大動脈瘤が気管と主気管支を圧迫するこ
とは稀である.通常胸腹部大動脈瘤置換術の際には片
肺換気が要求されるが,気管と右主気管支が圧迫され
ている症例では片肺換気はできない.
[症例]1)体重68kgの70歳男性.14日前に前医にて
腎臓下の腹部大動脈瘤の手術を施行された.
2)術後に急性腎不全と呼吸不全を併発し,非侵襲的
陽圧換気を使用し抗菌薬も使用したが改善は認めな
かった.
3)胸部X線で右肺の浸潤影,胸部CTで気管と右主気
管支を圧迫している下行胸部大動脈瘤を認めた.
4)気管支鏡で気管遠位の狭窄と右主気管支の完全閉
塞を認めた.
5)通常の麻酔に加えて対麻痺の予防のために,くも
膜下カテーテルを挿入し脊髄灌流を保ち,さらに感
覚・運動神経のモニタリングも行った.
6)右主気管支が完全閉塞のため当初よりダブルルー
メンチューブは用いなかった.右側臥位で手術を行っ
た.動脈瘤に手技が及ぶ際には高頻度ジェット換気を
用いることで視野を確保した.
締め上げ,後壁を固定した後に手術を終了とした.
7)術後は大きなイベントはなく,術後 2 日目に抜管
した.左肺の呼吸音は改善しており,血液ガスのデー
タも問題なかった.術後のCTも問題なく,退院後20
ヵ月経つが経過は良好である.
[解説]気管や気管支が動脈瘤に圧迫されれば,さま
ざまな呼吸器症状を認める.胸部大動脈瘤により呼吸
困難が出現することはとても稀である.今回の症例で
は動脈瘤の直径も 6 cmとそこまで大きいものではな
かったが,小柄な女性で胸壁と脊椎との距離が短かっ
たために呼吸困難が出現したと思われる.
長期間の動脈瘤の圧迫のために気管壁が薄くなり炎
症性の変化を繰り返したことによって,動脈瘤の後壁
を持ち上げないと気道狭窄が改善されなかったものと
推測する.気道狭窄にはステント挿入も治療法の 1 つ
であるが,特別な手技が求められ,動脈瘤破裂やステ
ント挿入したあとにさらに狭窄が進行すれば抜去をし
なければならない危険を伴う.このような気道狭窄を
認める症例では全弓部大動脈瘤置換術と,もともとの
動脈瘤の後壁を持ち上げ固定する手技が有効ではなか
ろうか.
(長谷洋和)
Compression of Trachea and Left Main Bronchus by
Arch Aneurysm. Kumeda H, Tomita Y, Morita S, et al.
Ann Thrac Surg, 2005;79:1038∼1040.
7)呼吸回数を毎分150回,FIO2を100%としたが血液
ガスのデータは不良であったため,心房−大腿動脈に
酸素供給器も導入した.
8)手術は問題なく終了し,通常換気に戻したところ
すぐに酸素化は改善した.
9)術後 2 日は呼吸管理を必要としたが,術後の気管
支鏡検査では気管閉塞は解除されており,術後 1 週間
で一般病棟へ転棟した.
[解説]動脈瘤が右主気管支を圧迫することはとても
稀である.通常だと右側臥位で,左肺は視野を保つた
めに萎縮させ右肺の片肺換気を要求されるため,こう
した事態では術中の呼吸管理に難渋する.文献的には
用手換気で酸素化を保つ方法や,完全に人工心肺を用
いる方法などが報告されていたが,本症例は高頻度
ジェット換気を導入して無事に管理できた.もし高頻
度ジェット換気で呼吸状態が良好に保てないのであれ
ば,気管支ブロッカーの使用や人工心肺を用いる準備
はしていた.しかし,今回の症例のように右肺での片
肺換気が不可能である場合,気管支ブロッカーの使用
は不適切と考える.
(長谷洋和)
Repair of aortic aneurysm associated with tracheal
and right mainstem bronchus compression. Koomen E,
Schurink GW, Mochtar B, et al. Repairof thracic
aneurysm associated with tracheal and right main
bronchus compression.
J Cardiothrac Vasc Anesth, 2007;21:88∼90.
7
●集中治療・ペインクリニック
医療上の国際航空搬送
[目的]国際医療搬送に関する総説.
[背景]1)高齢者,慢性疾患患者であっても海外旅行
に出かけ,その総数は年間10∼20億人に上る.2)し
かも交通事故や感染の危険度は高く医療機関は貧弱な
地域に出かける
(いわゆる“秘境の旅”)傾向が強くなっ
た.3)医療搬送が必要になるのは旅行者の0.5%以下
だが総数が大きいために医療搬送の需要は大きく,そ
の支援はビジネスとしても拡張中である.
[形態]1)自営を含む医療施設の国際ネットワークを
もち,専用機を搬送手段の 1 つとする会社.2)先進
国間,米国都市間の救急搬送の民間会社.3)一般商
用機の利用.搬送形態としては3)がもっとも多い.
[随行者]国際的な資格標準はない.
[機材]酸素とパワーソース(バッテリなど)がとくに
重要.飛行機は遅れやすいことを考慮する.
[医学的問題]飛行中の機内圧は8000ft(約2400mの高
度.0.8気圧相当)であるため,低酸素症と体腔ガスの
膨脹が 2 つの大きな問題である.患者側の危険因子と
しては,感染性疾患の有無がある.
[前準備]1)止血,気道の確保,骨折の整復.
2)機内で困難な行為は前もって行う:気管挿管,創
重症者の航空搬送プログラム
[目的]米国空軍の重症患者航空搬送プログラムの紹
介
(著者らの意見であって国防省見解ではない)
.
[背景]1)重症者航空搬送チーム(CCATT)プログラ
ムは米空軍
(USAF)
の医療搬送システムの一部である.
2)その源流は第一次大戦に逆上るが,1990年代には
指揮命令系統,訓練,手順等が確立し,1994年にプロ
グラムが成立した.3)折しも冷戦構造が崩壊し,戦
略上の変化が医療システムにも変化をもたらした.具
体的には“小規模・高規格・高機動性”で搬送機能を
備えたユニットを展開する方向である.
[チームの機能]1)CCATTは 3 人で構成する.一人
は医師で集中治療,呼吸器,麻酔,救急のいずれかの
専門医であり,それに集中治療看護師と呼吸療法士が
加わる.
2)1 チームで管理するのは人工呼吸患者 3 名,また
は安定した患者 6 名を上限とする.
3)限定された人数なので職種を越えた作業の分担が
必要になる.チームメンバーには技術と知識だけでな
く,チームワーク力,コミュニケーション力が求めら
れる.
[訓練]1)基礎訓練は12日のコース.第二段階は基地
内でのシステム全体を視野に入れたチームワーク作り
8
除染,点滴確保,膀胱カテーテル.
3)必要な機材の携行.
4)随行者:医師であっても,院内なら看護師やその
他の職種が行っている作業も要求される.不適切な環
境,多彩で不慣れな業務,時差などの要因で随行者は
疲労しがちで,それは患者の危険因子となる.全搬送
の12%で重大な合併症があるとの報告もある.
5)飛行の安全:統計上は,固定翼機による国際医療
搬送時の事故率は過去10年で年間 2 件以下である.患
者の存在が飛行計画の圧力になってはならない.患者
を助けたいという善意と圧力で無理な着陸などを試み
ると,ほかの多数の乗客には危険である.機長判断は
医療上の要請とは独立しているべきである.
[ロジスティックス]医療以外では,大使館や警察な
どにもコネのある支援スタッフがいるとよい.
[将来]どの国でも一定以上の水準の治療が受けられ
るのが望ましく,最近の学生の国際保健指向の強さは
頼もしい.
(福家伸夫)
International aeromedical evacuation. Teichman PG,
Donchin Y, Kot RJ.
New Eng J Med, 2007;356:262∼270.
の実習になる.
2)(軍務に?)
出発する前の120日以内に,さらに12日
間の上級訓練がある.ここでは知識・技術の再確認と
ともに,シンシナティ大学ICU部門での直接的なケア
にもかかわり,最新の重症患者管理を集中的に学習し,
最後にシミュレーション患者を使った実際の航空訓練
がある.
[装備・配置]1)CCATTの装備は病院 ICU並みとい
う要求と,航空機内という制限のバランスで決定され
る.
2)人力で携行でき迅速に展開・使用でき,かつ航空
機内環境に耐えうる(堅牢性,電磁的非干渉性など)
ものでなくてはならない.
3)パッケージ化されており,1 パッケージは 5 日間の
活動に補給不要という想定である.
4)USAFには合計50のCCATTチームが各所に配置
されており,通常業務としてCCATTを行っているわ
けではないが,命令があれば 4 ∼ 6 ヵ月のミッション
を20ヵ月の間隔で行うことになる.
[活動]平和維持活動,戦争,テロリズムにより被害
を受けた軍人・民間人,災害支援,途上国教育など.
(福家伸夫)
The critical care air medical transport program.
Beninati W, Meyer MT, Carter TE.
Crit Care Med, 2008;36:S370∼S376.
●集中治療・ペインクリニック
病院前救護における外傷トリアージツールの
有効性の評価
[目的]外傷トリアージツールの有効性の評価.
[背景]1)外傷患者のトリアージとくに航空機搬送の
決定は難しい.アメリカ外傷外科学会は外傷センター
に搬送される患者で許容されるアンダートリアージ
(注:実際よりも軽傷と判断すること)率は 5 %とし,
一方オーバートリアージ(注:実際よりも重傷と判断
すること)
率は25%∼50%とした.
2)有効なヘリ搬送を行うには,患者の状態の適切な
評価と病院連絡の際の円滑なコミュニケーションが重
要である.
3)病院前救護においては,1996年以降,MAP scoring systemを使用してきた.これはMechanism:受
傷機転,Anatomy:解剖学,Physiology:生理学,
に基づいて評価するトリアージツールである.
3)2 項目以上該当を多発外傷患者と定義した.
4)2004年以降,多発外傷患者に関しては拠点病院へ
連絡し指示を仰ぐことなしに外傷センターに直接搬送
が可能なようにした.
[方法]外傷センターに搬送された患者のオーバート
リアージ率,およびアンダートリアージ率をこの2004
年前後で比較した.
小児外傷患者の三次施設への搬送:
妥当性と時間の制約
[目的]ニューサウスウエルズ州において,小児外傷
センターであるWestmead小児病院(CHW)に搬送さ
れた小児外傷患者の搬送の妥当性と時間に関する調
査.
[対象]2003年 6 月∼2004年 7 月にCHWに搬送された
すべての患者.
[方法]外傷データ登録より搬送に関する時間などの
情報を収集し分析.
[解析]多変量解析:年齢,性別,ISS,搬送元病院
とCHWとの距離.
[比較]小児と成人における病院前救護の比較.
[結果]1)2,245名が入院したが,1,847名が現場から
の直接搬送で398名(約20%)が転院搬送で,そのうち
332名はシドニー近郊(都市部)の病院からの二次搬送
であった.
2)最も多い受傷機転は転落と熱傷で平均ISSは 8 .
半数近くが軽傷(ISS< 9 )で重傷(ISS>15)は15%で
あった.
3)手術例は47%で315名が一般病棟入院し,52名が
PICU入院であった.
4)患者は最初に搬送された病院に平均 5 時間滞在し
ていた.その病院が二次搬送を要請するまでには平均
2.3時間を要していた.
[結果]1)2004年∼2006年において外傷センターには
676名が航空機搬送された.航空機搬送の割合は 7 %
から10%に増加した.
2)オーバートリアージ率は21%から31%に増加した.
アンダートリアージ率は極めて低かった.
3)MAPトリアージツールは,93.8%の感度と99.5%
の特異度があった.MAPトリアージツールは90%以
上の精度で航空機搬送の必要性を決定できていた.
[結論]1)病院前救護において多発外傷患者を見つけ
出し適切に搬送するには,MAPトリアージツールは
有用である.
2)拠点病院へ連絡しても情報が正確に伝わらない可
能性がある.これを省略することでオーバートリアー
ジ率は増えたが,想定した許容範囲内であった.
3)2004年のシステム変更により,最初は軽傷にみえ
ても後に重傷と判明するような患者の多くが搬送され
るようになった.
(江田陽一)
Validation of a prehospital trauma triage tool:a 10year perspective. Purtill MA, Benedict K, HernandezBoussard T, et al.
Trauma, 2008;65:1253∼1257.
5)平均搬送時間は成人で1.3時間,小児外傷患者で
2.64時間と小児で有意に長い.航空機搬送に関しては
小児と成人で差はなかった.
[まとめ]1)小児の搬送の大半は軽傷であった.
2)最初に搬送された病院での滞在時間が非常に長
かった.
3)小児の搬送は,成人の搬送に比してかなりの時間
を要していた.
[結論]国土の広いオーストラリアでは搬送に時間が
かかるため,外傷のゴールデンアワーを三次救急病院
以外の場所で浪費する場合が多い.治療の遅れを防ぐ
ため,小児重傷外傷患者はまず現場から最も近い病院
に搬送し,適応があれば外傷センターに搬送すること
が推奨されている.CHWに転院搬送された患者は実
際には重傷は少なく,その上,成人と比べかなりの時
間を要していた.特に,転院のための救急隊への連絡
までに時間を要していた.救急隊に早めに連絡するこ
とで時間を節約し,小児外傷センターに助言を求める
ことで軽傷を適切な施設に搬送でき,搬送の効率化が
図れる可能性がある.
(江田陽一)
Transfer of pediatric trauma patients to a tertiary
trauma centre: appropriateness and timeliness.
Soundappan SV, Holland AJ, Fahy F, et al.
J Trauma, 2007;62:1229∼1233.
9
●集中治療・ペインクリニック
人工呼吸患者のヘリコプター搬送時に生じる
有害事象:後ろ向きコホート研究
[目的]人工呼吸器付きでヘリコプター搬送される重
症患者に発生する有害事象の分析.
[背景]三次施設への搬送にはしばしばヘリコプター
が利用されるが,その分,リスクも負っている.
[研究の場]米国ペンシルバニア州.ペンシルバニア
大学病院は685床の三次施設でICUは92床あり,フィ
ラデルフィア広域市街地域と南東部ペンシルバニア,
一部のデラウェア州を医療圏としている.
[対象]2001年 6 月∼2003年 6 月にペンシルバニア大
学病院に人工呼吸器付きでヘリコプター搬送された患
者.
[方法]後ろ向きコホート研究.
[解析]t-検定,Wilcoxen順位和検定,χ2検定を適宜
用いた.
[結果]1)搬送総数は1,120名であり,そのうち人工
呼吸器付きでヘリコプターで搬送されたものは191名
である.
2)診断は心肺系
(心原性ショック,急性心筋梗塞,呼
吸不全など)が45%で,神経系(大多数は脳血管障害)
が37%である.
3)搬送距離は31∼83
(中央値48)km,搬送時間は 8 ∼
施設間搬送におけるヘリコプターと
地上搬送の効果
[目的]施設間のヘリコプター(以下単にヘリ)搬送が
地上搬送に比べて有意義かを検証する.
[背景]1)医療ヘリは軍事医療,救急医療,施設間搬
送へと守備範囲を拡大し,現在では施設間搬送の占め
る比率がもっとも大きい.2)ヘリは迅速な施設間搬
送を可能にするが,搬送される患者自体への効果はわ
からない.3)経費のかかるサービスなので,費用−
効果の比較検証は必須である.
[対象]1)ミズーリ州セントルイス市を中心に150海
里(約270km)の範囲は,3 つの三次医療施設が共同運
営するARCHエア・メディカル・サービス社が中心と
なってヘリ搬送を請け負い,搬送要請は仲介的なトリ
アージ行為なし
(=患者の状態によらず)
で,直接電話
で応需している.2)1994年 7 月∼1995年 7 月の15ヵ
月に受電した成人患者を対象とする.
[方法]前向きコホ−ト研究.
[測定項目]APACHE Ⅱスコア,30日生存率,入院
日数,ICU在室日数,機能障害(Barthel Index),30
日後健康状態
(SF-36評価)
など.
[解析]ANOVA,χ2検定,Kruskal-Wallis検定.
[結果]1)15ヵ月間に99施設から1,461件の要請があ
10
22
(中央値13)
分であった.
4)人工呼吸は原則として気管挿管下の従量式で,
29%が昇圧薬を,54%が筋弛緩薬を使用されていた.
5)搬送元病院は58施設(平均病床数300±177,ICU病
床数25±14)であるが,その半分は自家ヘリポートを
持っていない.
6)搬送スタッフが人工呼吸モードの変更,酸素濃度
の変更を行った例がそれぞれ16%,17%ある.
7)有害事象として重大なものは発生しなかった.生
じたのはβ遮断薬の投与・昇圧薬の調節・筋弛緩薬の
投与・輸液速度の変更など,バイタルサインが大きく
変化しない軽度のものである.昇圧薬の使用と搬送距
離の長さが,有害事象の発生と相関している.
[結論]1)人工呼吸患者のヘリコプター搬送は安全で
ある.
2)昇圧薬使用患者の長距離搬送では,有害事象の発
生する確率が増えるが,重大なものではない.
(横井健人)
Adverse events during rotary-wing transport of
mechanically ventialted patients:a retrospective cohort
study. Seymour CW, Kahn JM, Schwab CW, et al.
Crit Care, 2008;12:R71.
り,うち49件はキャンセルされた.1,234件(87%)は
ARCHがヘリ搬送し,25件( 2 %)は他の航空搬送業者
に委託し,153件
(11%)
は地上搬送とした.
2)三群間で重症度に差はないが,依頼病院の場所,
搬送時間,人種に統計的差があった.
3)ほかの搬送業者によるものは例数が少ないため除
外した.
4)航空機搬送と地上搬送では,30日生存率,入院日
数,ICU在室日数,機能障害(Barthel Index),30日
後健康状態
(SF-36評価)
に差はなかった.
4)30日死亡を予測できる独立因子は,高齢者,女性,
マイノリティの出自であった.
[結論]ヘリ搬送による利点は見出せなかった.
[解説者注]著者らも論文中で述べているように,無
作為試験ではないので,選択にバイアスがかかってい
るおそれが強い.結果的に群間で重症度に差がなかっ
たとしても,搬送方法を決定する瞬間にどういう判断
が働いたのかはわからない.
(横井健人)
Effectiveness of helicopter versus ground ambulance
serevices for interfacility transport. Arfkin CL, Shapiro
MJ, Bessey PQ, et al.
J Trauma, 1998;45:785∼790.
●集中治療・ペインクリニック
病院間搬送時の体外循環に関する考察
[目的]病院間搬送時の体外循環に関する技術的な注
意点を,著者らの経験に基づき解説する.
[背景]1)単純かつ迅速に利用できる,パック化され
た体外心肺補助装置(以下ECPS)が,ルーチンで用い
ることが可能になった.2)したがって,高度な医療
を必要とする重症患者も,これを利用しながら至適な
病院に搬送することができる.3)しかし,それには
知っておかねばならないことがいくつかある.
[研究の場]レベルⅠの外傷センターであり,三次医
療施設であるEmanuel病院.
[対象]Trauma and Life Flight Air Ambulance
によってEmanuel病院が適応と判断された患者.
[方法]7 名の患者を対象とした後ろ向き研究.
[実際の手順]1)心肺補助が必要と予想される患者で
は,まず心臓外科医に連絡する.2)バイパスが必要
なら心臓外科医を含む循環補助チームが必要機材を携
行して,航空機か自動車で依頼元病院に向かう.3)
そこで患者を評価して,ECPSが必要と判断されたら
搬送に先立ち装着する.4)そこで血流が安定し,循
環動態が正常化し,代謝性アシドーシスが是正され,
血液ガスが正常化したら,そこではじめて搬送の決断
発展途上国における外傷患者の病院間搬送:
前向きの叙述的研究
[目的]ジャマイカにおける,外傷患者の病院間搬送
の実態を調査する.
[背景]1)カリブ海諸国の救急外来受診者の23%は外
傷である.2)ジャマイカの自殺率は,世界で 3 番目
に高い.3)複雑な外傷は首都キングストンの 2 つの
三次施設のいずれかに運ばれるが,著者らの施設は
CT,MRI等の検査部門に救急で唯一パブリックにア
クセスできるため,島中から外傷患者の多くが運ばれ
てくる.4)ジャマイカには,他国のような病院間搬
送に関するガイドラインがない.
[研究の場]著者らの施設.
[対象]2006年の後半 6 ヵ月間に他施設から著者らの
施設に転送された外傷患者.
[方法]前向き研究.
[結果]1)患者総数が122名で,男性が79.5%,平均
年齢は27.8±20.7歳である.
2)外傷原因は交通事故が40.2%,転墜落が27.1%,犯
罪が26.2%である.
3)受傷部位としては頭部が圧倒的に多く,次いで脊
椎,腹部,胸部の順である.
4)搬送元からのバイタルサイン情報が乏しい.心拍
を下す.
[使用機器]1)航空機:救急用のヘリコプターか固定
翼機,あるいは ICU規格の救急車.2)体外循環:航
空機内は狭く重量制限もあり,回路は軽量でコンパク
トが条件.3)電源は内部バッテリ,外部バッテリ,
それに機内・車内にある発電機を利用する.
[患者要因]1)乗降時は,体外循環回路の長さに注意
する.安全のため,最低 6 人の人手が必要である.
2)循環血液量は正常に保たないといけない.
3)加速,減速に伴う加速度に循環が影響を受ける.
4)固定翼機では,機内圧の変化は最重要注意項目.
[結果]1)搬送手段はヘリコプターが 3 名,固定翼機
が 1 名,車両が 3 名である.
2)搬送距離は10∼240マイルで,所要時間は 4 ∼120
分である.
3)4 名が死亡した.
[解説者注]240マイルは東京−名古屋間くらい.これ
だけの距離を体外循環をつけて移動するのは,日本で
は離島間くらいか.
(横井健人)
Considerations for inter-hospital extracorporeal cardiopulmonary support resuscitation and transport.
Bennett JB, Hill JG, Long WB.
J Extra Corpor Technol, 1994;26:79∼86.
数,血圧,呼吸数,GCS,対光反射など各項目で,記
載のある情報書はいずれも10%前後である.また,
GCS 8以下でも半数は気管挿管されていない.
5)搬送手段としては病院救急車が91.8%と圧倒的で,
ヘリコプター使用は7.4%である.
6)ほとんどの救急車は酸素投与が可能であり,また
心拍数,血圧の測定が可能であるが,自動的にモニタ
できる車はただ 1 事例で利用された一台の民間救急車
だけである.吸引機能のある車は半数である.
7)随行者として医師が同乗してきたのは11.5% ,看
護師が82%,そして残りは非医療職である.
8)静脈ラインは99.2%で確保されていたが,5 例は低
張糖液が輸液されていた.
9)頸椎保護がなされていたのは31.1%である.
[結論]ジャマイカには全島で統一的な公的救急医療
システムはいまだ存在しない.外傷患者搬送は現代医
療の水準ではなく,一刻も早く,適切な搬送プロト
コールを作成して改善する必要がある.
[解説者注]この調査方法では搬送途中に死亡した例
は対象にならない.実態はもっとひどいのだろう.
(福家伸夫)
Inter-shospital transfer of trauma patients in a developing countries:A prospective descriptive study.
Crandon IW, Harding HE, Williams EW, et al.
International J Surg, 2008;6:387∼391.
11
●集中治療・ペインクリニック
高齢心臓手術患者の低アルブミン血症に
対するアルブミン投与は炎症,内皮細胞賦活,
長期的腎機能に関して有効か?
[目的]循環血液量を補正するのにアルブミンとHES
で違いがあるかを比較する.作業仮説として「アルブ
ミンは炎症性サイトカイン(IL-6)の分泌を抑制する」
とする.また第二課題として内皮傷害と長期的腎機能
に及ぼす影響につき検討する.
[背景]循環血液量補正にアルブミン投与が妥当かど
うかは議論が絶えず,結論が出ていない.しかし,心
臓手術患者での低アルブミン血症はわるい予後の予測
因子である.
[対象]人工心肺を用いる予定開心術患者で術前血清
アルブミン値が3.5/dLに満たず,かつ年齢が80歳超で
ある者.連続した50名を対象とする.ただし腎機能,
肝機能に障害のある者,糖尿病,抗炎症薬使用の者は
あらかじめ除外してある.
[方法]前向き無作為試験.術中と術後48時間まで,
PAWPかCVPを12∼14mmHgに維持するのを目標に,
一群(Gh:n=25)はHESを,もう一群(Gal:n=25)で
はアルブミンを与えた.それ以外の輸液,輸血,使用
薬等は共通の基準に基づき管理した.なお術後管理に
あたった医師は研究とは無関係であり,またアルブミ
ン値の測定をしていない.
リポ多糖−ペプチドグリカンで作る敗血症
モデルにおいて,
ミトコンドリアに特異的な
抗酸化薬MitoQは臓器傷害を防止する
[目的]ミトコンドリアに特異的な抗酸化薬MitoQが
敗血症における炎症反応,酸化ストレス,臓器傷害の
軽減に効果があるか,in vitroとin vivoで検討する.
[背景]1)ミトコンドリアの酸化的傷害がATP産生
を損ねて細胞死,臓器傷害に至るという流れが敗血症
の経過中にあるらしい.
2)動物モデルと敗血症で死亡したヒトの肝臓でミト
コンドリアの機能傷害を示唆する所見がある.
3)MitoQはミトコンドリアに特異的な抗酸化作用を
もつユビキノン(注:内因性抗酸化物質coenzyme Q
と一部構造を共通にしている)
である.
[対象]1)in vitro 研究:ヒト臍帯静脈内皮細胞ライ
ン
(HUVEC-C).2)in vivo 研究:Sprague Dawley系
雄性ラット.
[方法]1)in vitro 研究:細胞培養液に大腸菌由来の
リポ多糖とペプチドグリカン
(対照群は生理食塩液)
を
加え,さらにMitoQか非特異的な抗酸化薬 3 剤
(idebenoneほか)の一つを加えて,reactive oxygen
species(ROC)産生,ミトコンドリア膜電位,サイト
カイン濃度を測定する.
2) in vivo 研究:Sprague Dawley系雄性ラットを,
12
[使用薬剤]5 %ヒトアルブミン.低分子ヒドロキシ
エチルスターチ
( 6 %HES 130/0.4).
[測定項目]血行動態,腎機能(尿中α-GST,NGAL:
ともにsCrやGFRよりも鋭敏な腎障害の指標を含む),
IL-6,IL-10,sICAM-1.
[ 解 析 ] χ 2検 定 , t - 検 定 , M a n n - W h i t n e y 検 定 ,
Kurskal-Wallis検定を適宜,適正に使用した.
[結果]1)術前データ,術中経過,術後経過,予後に
関して両群間に差はない.
2)血清アルブミン値はGal群の術後で有意に高い.
3)NGALはGal群の術後で,基礎値に対してもGh群
に対しても有意に高い.
4)IL-6,IL-10は両群とも同じような変化をしており,
群間差はない.
5)sICAM-1はGh群の術後で有意の群間差をもって低
い
(基礎値に対しては有意差なし)
.
[結論]80歳超の高齢心臓手術患者に対するアルブミ
ン投与は,抗炎症,内皮細胞賦活,長期的腎機能に関
して有益な点はない.
(福家伸夫)
Is albumin administration in hypoalbuminemic elderely
cardiac surgery patients of benefit with regard to inflammation, endothelial activation, and long-term kidney function? Boldt J, Brosch CH, Roehm K, et al.
Anesth Analg, 2008;107:1496∼1503.
全身麻酔下に経静脈的にリポ多糖とペプチドグリカン
を与え,一群にはMitoQを追加し,対照群には溶解液
(生理食塩液)のみを与え,6 時間後に絶命せしめて血
液ならびに諸臓器を摘出し検体とする.そこからミト
コンドリア分画を抽出して,臓器ごとに膜電位を測定
する.臓器障害については,血清ALTとクレアチニ
ンで評価する.
[解析]Kruskal-Wallis検定,Mann-Whitney検定.
[結果]1)in vitro 研究:MitoQはミトコンドリアの
酸化的傷害を抑制し膜電位を維持する.炎症性サイト
カイン分泌を抑制し,抗炎症性サイトカイン産生を高
める.
2)in vivo 研究:MitoQはALT,クレアチニンの上昇
を抑制し,ミトコンドリア膜電位を多くの臓器で増強
する.
[結論]MitoQは敗血症治療薬となる可能性がある.
(福家伸夫)
The mitochondria-targeted antioxidant MitoQ protects
against organ damages in a lipopolysaccharide-peptidoglycan model of sepsis. Lowew DA, Thottakam BM,
Webster NR, et al.
Free Radic Biol Med, 2008;45:1559∼1565.
書籍紹介
フリーズする脳―思考が止まる,言葉に詰まる
本書の存在は,「頭脳とパソコンの関係」をイン
ターネットで探っていてみつけました.
●警句がツボにはまっている
主張のポイントは,「脳の働きが生活環境でわる
くなる」可能性を指摘することで,内容は「現代社
会は複雑になりすぎて,個人は狭い領域の仕事の繰
り返しを強いられる場合」があり,しかも「自動的
に同じことばかり繰り返す」ことになって心理的な
いし精神的「活動領域の狭小化・矮小化」を生み,
「高次脳機能」が低下して,結果としてばかばかし
いくらい簡単なことができなくなったり,行うのが
苦痛になるというような事実があることの指摘で
す.症例を提示して,原因や病態を説明するスタイ
ルで,医書ではないのに私たちには読みなれた書き
方を採用しています.
読みやすい理由には,実例の提示が妥当な故もあ
りますが,見出しや警句が「ツボにはまっている」
故もあります.たとえば,本書の後半に「仕事は忙
しい人に頼め」という言葉が出ています.必ずしも
著者がつくった言葉ではありませんが,「いろいろ
なことを行っていて頭を活発に使っていることが創
造性のポイント」だから,忙しい人ほど活力も豊か
で仕事を進める能力があるという前後の説明との関
係で登場する点で,まさにぴったりです.
「高速道路を走り続けている状態」という表現は,
ひたすらパソコンに向かってプログラムのコーディ
ングに携わるコンピュータエンジニアに使っていま
す.緊張を強いられるのに,単純な仕事を長時間続
けて障害に陥った患者さんを描写します.
●生活を便利にする装置の危険
本書は,「管理職」・「出来上がりすぎた環境」な
ども問題にしていますが,特にパソコン・インター
ネット・ケータイ・カーナビといった「生活を便利
にする装置」が持つ否定的な面を詳しく説明してい
ます.例を挙げてみます.
特定の事柄を知りたいと考えた場合,以前なら図
書館や書店で本を探し,知っていそうな人に尋ねる
というような手順を踏みました.ところが,現在で
はgoogleにその単語を入力して検索して情報が得ら
れます.
この差に対して,著者はこういう論理を展開しま
す.古臭い手順なら得た情報を記憶するのに各種の
手順を組み合わせたので,「忘れても,それを思い
出す」際の手がかりが多くありました.だから情報
を一度忘れても思い出しやすかったわけです.しか
築山 節 著
生活人新書,NHK出版,東京,2005年,693円
し,インターネットで入手した情報はそういう手が
かりが乏しいので,たとえ覚えたとしても忘れやす
く,思い出しにくいという論理です.
さらに言葉をついで,そもそも以前は「知識とは
情報を記憶する」ことと関係が深かったが,インター
ネットの現代では「知識とは情報の在り処を捉える
だけ」で済ませてしまうというのです.そうして,
検索をかけて検出されたことで「安心して」中身を
読もうとする努力さえも放棄する傾向がある,と指
摘します.そうした事実は否定できないでしょう.
インターネット以前でさえ,「本を手に入れただけ
で読んだ気分になる」,「論文をコピーして,情報を
手に入れたと安心する
(読まずに放置する)」という
事実はありましたから.
「インターネットを全面的に否定的に捉える」こ
とが正しいとは考えませんが,一方でネット中毒や
ケータイ中毒の存在は事実で,ここに挙がっている
症例に十分な説得力はあります.
著者は,本来は小児脳神経外科医ですが,本書の
立場は精神科医ないしレベルの高い家庭医として実
際にこうした患者の治療にあたっています.ちなみ
に患者には若い人も多く,「ボケ老人」とはかなり
違うグループです.「ボケは器質的障害」で「フリー
ズは純粋に機能的」と区別していて,「だからこそ
治療可能」と主張します.
●用語の問題と解決法など
タイトルでも使用し,本の内容にも頻回に登場す
る「フリーズ」という単語はわかりやすいでしょう
か.「凍りつく」,「パソコンが動かなくなる」こと
の類推で,「頭が働かなくなった状態」を描写する
用語です.ここでは「視野が狭くなる」,「脳の活動
範囲が限定される」,
「上位中枢が動かない」意味で,
「高次脳機能」が働かなくなった状態という言い方
のほうは妥当です.
本書は症例の提示と分析が中心で,それに対する
解決法の提案は必ずしも十分には述べていません.
まあ,インテリジェントな読者なら解決法は分析か
らみつかるでしょう.「計算機を使わないで暗算し
ろ」とか,
「片付けは自分でやれ」とか,「とにかく
生活を快適につくりすぎるな」などなどです.「面
倒見のいい奥様に頼る」ことの危険も警告しています.
さらに,規則正しい生活や睡眠の重要さ,身体を
動かすことなども提案しています.もっとも著者に
は「脳が冴える15の習慣」という別書があり,そち
らでは具体的な解決法を提案しているようです.
(諏訪邦夫)
13
■シリーズ/麻酔学の古典〔52〕
クールナンと心臓カテーテル
●●●●●●●●●●
論文の基本構造
まず,論文の構造にそって眺めてみます.
序論でフィックの原理を簡単に紹介した後
に,すぐ本論に入ります.全体は,現在の標
準であるIMRAD(introduction,method,
results and discussion)スタイルとは少し異
なり,A∼Kまでの11のテーマを記述解説し,
長いのとごく短い項目とがあります.
A.右心カテーテル挿入
フィックの原理は1870年に提案されていま
したが,ヒトでは混合静脈血の採取が困難で
応用できませんでした.しかし,右心カテー
テル法発見で基本的に解決しました.右心カ
テーテルには「 8 番か 9 番の尿管カテーテル
使用」と書いてあり,フレンチサイズとして
9 番は外径 3 mmです.経路は肘位置の尺側
皮静脈から挿入し,「腋窩でカテーテルが進
まなくなったら,カテーテルを少し戻して腕
を外転して再進」とあります.
心房と心室とで血液組成が異なるので「混
合静脈血」をどこで採取するかが問題ですが,
いろいろな考察とデータを提示して「心房で
大丈夫」と結論しています.ところで,本論
文ではつねに“auricle”と書いていますが,
“atrium”という表現がないので,“auricle”
は「心耳」ではなくて「心房」を表している
と解釈して間違いないでしょう.
いろいろな部位で採血し,論文の図 1 のa
∼eにカテーテルの位置を示して議論し,さ
らに表Ⅰで,心房と心室の血液の差を検討し
ています.そうはいっても,現在では「混合
静脈血は肺動脈から採る」ルールになってい
るのはいうまでもありません.
B.カテーテルの位置:心房と心室
心房に入ってから,三尖弁を超えて右室に
挿入するテクニックを記述し,「心室に入っ
たら力を加えるな.不整脈が出たり心停止し
て意識がなくなったりする」と記述していま
す.「血液サンプルを採ったら必ず生理食塩
水でフラッシュするように」という注意があ
るものの「心カテ260回で小さな血栓ができ
たことはあるが,ほかにはトラブルはなかっ
た.重症火傷例 2 例で,死後の解剖で大血管
の血栓がみられた.うち 1 例に肺梗塞があっ
た.この肺梗塞が唯一の例で,実は両例とも
14
クールナン氏
カテーテルの挿入自体が困難だった.それで
も心内膜の損傷はなかった」と書いています.
C.股動脈のカテーテル挿入とD.呼気分析
動脈への留置の目的に,特殊な針を作成し
ています.「内筒が22ゲージで外筒が19ゲー
ジ,カラーをつけた」とあります.1950∼60
年代頃の論文には,「クールナン(ド)針」と
いうものがよく載っていましたがこのことで
しょう.柔らかいカテーテルではなくて,硬
い金属の針です.「この方法で,血腫はまず
発生せず,重大な合併症はなかった」と述べ
ています.
呼気はダグラスバッグに集めて,ティー
ソーガスメーターで量と濃度とを測定しまし
た.ティーソーは熱容量が大きく,精度の高
いガス量測定器です.
1)Cournand A:Measurement of the cardiac output in man using the right heart catheterization.
Fed Proc, 4:207∼212, 1945.
2)Cournand A, Riley RL, Breed ES, Baldwin ED, Richards DW, Lester MS, Jones M:Measurement of
cardiac output in man using the technique of catheterization of the right auricle or ventricle.
J Clin Invest, 24
(1)
:106∼116, 1945.
E.手順
F.サンプル採取
G.分析
カテーテルと針を挿入後,30分間安静にし
て,心拍数と呼吸数をチェックした後,まず
呼気を採取し,その間に混合静脈血と動脈血
をおのおの25秒ほど計50秒で採血します.血
液サンプルは,氷詰めにして赤血球の沈殿を
防止すべくゆっくりと振動を加えて検査室へ
移送し,ヴァン=スライク/ニールの方法で
酸素と二酸化炭素含量を分析し,このほかに
ガラス電極でpHも測定しています.呼気ガ
スはホールデン装置で濃度を分析して,酸素
摂取量と二酸化炭素呼出量を算出します.
H.計算の例
計算の例が面白いので紹介します.年齢36
歳,体重86kg,体表面積1.98m2で酸素摂取量
289mL/分,二酸化炭素呼出量211mL/分
R.Q.=0.73で,
CaO2 19.6mL/dL CaCO2 45.5mL/dL
CvO2 15.3mL/dL CvCO2 48.7mL/dL
CaO2-CvO2 4.3mL/dL
CvCO2-CaCO2 3.2mL/dL
血液R.Q.=0.74でガスのR.Q.と一致してい
ます.
酸素データからの心拍出量6.72L/分
二酸化炭素データからの心拍出量6.60L/分
平均一回拍出量64mL
(心拍数104/分)
心係数
(心拍出量/体表面積)
3.36L/分/m2
酸素摂取量100mL当たりの心拍出量の値
2.30/分/
(100mL/分の酸素摂取率)
心拍出量/体重
(kg)
77.5mL/kg
酸素と二酸化炭素の比較では,酸素データ
のほうが精度が高いと述べています.
I.方法の妥当性と評価
ここでは,(1)
右房血と右室血の比較,(2)
右房の各部位での採血値の比較,(3)下大静
脈と右房などより,「右房でよい」と結論し
ています.
J.循環系が正常な34例での心拍出量正常値
心拍出量の測定は,患者を主な対象にして
いますが,健常のデータで
(1)心係数は,従来のアセチレン法より少
し大きい.
(2)年齢が進むとCaO 2-CvO 2は拡大し,心
係数は低下する.これは図も出ている.
と結論しています.
K.33例の健常人と「入院患者で正常者」の
動脈血と混合静脈血の組成
ヴァン=スライク法による二酸化炭素含量
分析とpH測定を組み合わせて,PCO2を算出
し , P a C O 2が 3 8 . 2 m m H g , P v C O 2が 4 3 . 6
mmHgという値を得ています.二酸化炭素
電極のなかった時代は,血液PCO 2の推定に
はこんな面倒な手順が必要でした.
「まとめ」として,
(1)直接フィック法による心拍出量の測定
を詳しく報告して問題点を考察した.
(2)
260回以上の測定で,わずかな血栓以外
に重大な合併症はなかった.
(3)
13例の健常男子の心係数は3.12L/分/m2
であった.この値は従来のヨウ化エチル法や
アセチレン法に比較して25%以上高値である.
と述べ,最後に 6 編の文献を引用して論文
は終わります.
●●●●●●●●●●
第一の論文など
一方,1)の論文ですが,こちらはわずか
5 ページと短く,その代わりに歴史を少しだ
け追って,フィック(Fick)の原理の説明もフォ
ルスマン(Forssmann)の心臓カテーテルのこ
とにも少し触れ,参考文献にもつけています.
参考文献が15と数が多い代わりに,第一著者
と誌名などでタイトルは記述していません.
クールナンは,上記フォルスマンと同僚の
リチャーズと 3 人で1956年のノーベル医学生
理学賞を受賞しており,そちらでも自身の仕
事の大綱を紹介しています.また,自伝も書
いているので参考文献に挙げます.さらに入
手しやすいものとしては,Weibelが書いた
“Biographical Memoirs of Andre Cournand”
がインターネットで無料でダウンロードでき
ます.
[諏訪邦夫]
[参考文献]
From Roots to Late Budding:The Intellectual Adventures
of a Medical Scientist
(1986, autobiography, co-author Michael
Meyer)
.
15
エッセイ
クルマ時代の終焉
うか.いずれも「情報機器」で,それだけ電子情報
●車を話題にしなくなった
の重要性や関心の高さを示します.つまり「車が売
「車が売れなくなった」といいます.はじめは
れない」,「本が売れない」,「CDが売れない」のは
「バカなアメリカ車が売れないだけ」と考えていま
「ものでなくて情報」,
「ハー
したが,トヨタも売れないようで,どうやら「車そ 「ものが売れない」ので,
ドでなくてソフト」が売れるものの共通項なのでしょ
のものが売れなくなった」と解釈できそうです.
う.
不景気は大きな要素ですが,他に思い当たること
ケータイの台数は,日本は今ほぼ100%つまり一
がいくつかあります.しばらく前から,車が話題に
人 1 台の由ですが,統計でみるかぎり世界には100
ならなくなりました.少し以前なら,どんな車に
%を超えている国が20ヵ国ほどあります.ケータイ
乗っているか,次にどんな車を買いたいか,たとえ
は,車に比較すれば歴史がずっと新しく爆発的に普
自分で買うことはなくても,憧れを抱く車は何かな
及し,今も増えて技術革新も続いています.飽和状
どを若者はもちろん,中年の方も話題にしました.
態に達するまで,まだ発展の余地があるでしょう.
30年ほど前でしょうか,イギリスの人に「ジャガー
パソコンは歴史がずっと長く,ケータイほどの爆
を持ちたい」と述べたら,「イギリスではジャガー
発力は疑問です.ありがたいことにもう完全に実用
に乗るなら 2 台買えという」と逆襲されました.当
品化して,手の出ない高級品は存在せず,せいぜい
時のジャガーは質がわるくて常に修理中で,2 台持
頑張っても30万円で,最近では数万円の超小型超簡
たないと役に立たないというジョークです.
略機が幅を利かせています.おまけに「クラウドコ
ともあれ,今はそういう話題がありません.私の
ンピュータ」という概念が登場し,パソコンやケー
周辺では医師,教師,友人,子供たちや親戚の人に
タイの領域を食い荒らしそうです.
限られますが,テレビの雑談でも車の話が出ていま
せん.エコロジーへの配慮の感覚も要因でしょうが,
●その他の趣味
2008年春のガソリン高騰とそれに伴う石油産業一般
他のテーマとして,ちょっと自分のことを.最近
への不信感・反感が大きな作用を起こしたと推測し
のテレビでは旅行がブームで,楽しい領域ですが経
ます.「車をつかうのはバカバカしい」,「乗らなく
済を賦活する意味では車の代替は無理でしょう.
ても暮らせる」といった認識を植えつけた意味で,
私は鉄道趣味なのでよく乗りますが,贅沢をしな
あの事件は重大な転機だったのではないでしょう
いので出費はたかが知れています.50歳以上を対象
か.極論すれば,あのガソリン高騰を起こした投機
に,JR東日本には「大人の休日」というシステム
筋がGMの死命を制したのです.
があり,年に 4 回,1 万 2 千円で 3 日間JR東日本
車の実用性は疑いもなく代替もないので,急激に
内+函館までと日本海岸を福井まで乗り放題です.
消滅することはないはずです.けれども一方で,車
私はほぼ毎回確実に利用しますが,宿泊費と雑費を
に関係したバカな事やおおげさな事の一部は消退し
加えてもせいぜい年に20万円くらいでしょうか.用
て当然で,各種のレース,派手なショー,書籍・雑
途は「ただひたすら乗る」,「観光」,「低山の登山」
誌の類なども淘汰されるでしょう.
の 3 つです.ほかに札幌の学会時にカシオペアに
車関連の技術で消えるものもありそうです.バカ
乗ったのは楽しい贅沢でしたが,こちらは一度で十
でかいエンジンや車体,道路の性能を超えた高速性
分です.
能も見直されるでしょう.カーナビさえも,もう限
チベット鉄道・アンデス高原鉄道・ダージリン鉄
界かも知れません.
道などは目的が明確で魅力を感じます.でも,前二
日本の車の台数はバスやトラックも含めて現在 8
者は高原で高齢者の事故が続発しているとの情報も
千万台で,乗用車自体は 6 千万台だそうです.日本
あり,逡巡させられます.2 年前に台湾の阿里山鉄
での販売台数は昨年までは年間300万台ですから,1
台100万円として 3 兆円というところです.一方, 道に乗って楽しみましたが,こちらは2200mまでで
安全でした.テレビで贅沢なシベリア鉄道の旅を紹
車が消費するガソリンは年間6000万kLつまり 6 百
介していましたが,長期の船旅と同じで,地域の人
億Lで,単価を120円/Lとして末端価格で 7 兆円と
たちとの交流がない旅行ではちょっと……という気
いうことになり,車と合わせて合計10兆円と巨額で
持ちです.といって,これからロシア語をマスター
すが,どのみちこの辺が限界で大幅に伸びることは
するのも現実的ではありません.
なさそうです.
あとは音楽で,ありがたいことにコンサートやリ
サイタルにはよく出かけ,コンサートの後でアル
●ケータイと情報機器
コールと食事を楽しむ機会も少し残っています.
今,周囲で話題になることの多いのは,ケータ
イ・ディジタルテレビ・ゲーム機・パソコンでしょ
(諏訪邦夫)
16
●医学一般・基礎医学
エベレスト頂上近傍での動脈血ガス分析
[目的]エベレスト登頂直前直後の登山者で,頂上直
下で空気吸入時の血液ガスを検討する.
[背景]エベレスト(8848m)登頂に際して発生するハ
イポキシアは,高地順応した人体の生存限界に近い.
[対象]エベレスト登頂時の登山者10名.
[測定項目]PaO2,PaCO2,pH,ヘモグロビン,乳酸
[HCO3−],BE,A-aDO2を計算.
イオン.ほかにSaO2,
[方法]採血はつねに大気吸入時に行い,採血点は,
ロンドン(高度75m,以下同じ),エベレストベースキャ
ンプ(5300m),第 2 キャンプ(6400m),第 3 キャンプ
(7100m),バルコニー(8400m)の 5 点である.装置は
第 2 キャンプにおき,サンプルは氷詰めにしてそこま
で運んだ.第 3 キャンプと第 4 キャンプ(7950 m)で
の就寝時には,酸素を吸入した.血液ガスは通常の装
置で,乳酸イオンは別の装置で測定した.血液ガス装
置を400mmHgで使用すべく,気圧回路に操作を加え
た.この点は,あらかじめ低圧室で実験して確認した.
[結果]1)PaO2は高度上昇で低下したが,SaO2は比
較的安定に維持された.
2)ヘモグロビン濃度は上昇し,高度7100mまでは酸
素含量CaO2は海面レベルの値を維持した.
3)8400m(気圧は272mmHg:36.3kPa)で採取した 4
サンプルで,PaO2の平均値は24.6mmHgで,幅は19.1
∼29.5mmHgであった.
エベレスト登山の死亡率:
1921∼2006年の86年間の記述
[目的]1921∼2006年の86年間のエベレスト登山者の
死亡率と死亡のパターンを調査する.
[背景]エベレスト登山に限らず高地登山の危険はよ
く知られており,1953年に初登頂以前にも多数の登山
者が試みて犠牲者も多い.
[対象]登山者8,030名,シェルパ6,108名の計14,138名
の人数.
[測定項目]死亡率と死亡の状況.
[方法]各種報告書やヒマラヤデータベースを用い,
登山者に直接接触した場合(インタヴュー,直接の手
紙の交換)と,文献的な報告書とヒマラヤデータベー
スなどを区別した.さらに,報告書の著者によって,
目撃者・登山隊メンバー・被用者・登山隊以外の著者
なども分類した.反復登山者・登頂成功か否かも含め
た.死亡点の標高は,明白なデータや推定によった.
死亡事故はキャンプ間の一度のアタックでの事故を一
回と数えた.
[結果]1)154件の事件で212名が死亡した.ベースキ
ャンプより上での死亡者は192例で,死亡率は1.3%
であった.
2)死亡原因は,外傷
(113例:外的危険か落下)
,外傷
以外(52例:高山病・低体温・突然死),消失(27例:
死骸の検出なし)
であった.
3)1982∼2006年の春の登頂期には,死亡の82.3%が
4)対応するPaCO2の平均値は13.3mmHgで,幅は10.3
∼15.7mmHgであった.pHは平均7.53,乳酸値は2.2
mmol/Lであった.
5)8400mでのCaO 2は14.58mL/dLで,7100mでの値
19.71mL/dLに比較して26%低かった.
6)A-aDO 2 値は,平均で5.4mmHgで最低でも2.9
mmHgであった.
7)登頂者は,2500m以上の高地で60日を過ごしてか
ら登頂に向かった.
8)採血できた数が限定されている理由は,気分のよ
くない登頂者,サンプルの運搬と採血のスケジュール
が合わなかったこと,高度到達者数が元来限られた点
などである.
9)採血から測定までの経過は最大で 2 時間であった.
[結論]A-aDO 2が8400mで5.4mmHgという値を呈し
たのは,ごく軽度の肺水腫発生と解すべきか拡散障害
によると解すべきかは不明だが,動脈血酸素レベルの
制約因子なのは確実である.
[解説]論文にはルートと日時と採血点の詳しい見取
り図と高度を示す図が掲載されている.また,個々の
被検者の詳しいデータもいろいろ載っている.
(諏訪邦夫)
Arterial blood gases and oxygen content in climbers
on mount everest. Grocott MPW, Martin DS, Levett
DZH, McMorrow R, Windsor J, Montgomery HE.
N Engl J Med, 2009;360:140∼149.
頂上を目指した人たちに発生した.
4)標準ルートを下る場合の死亡率は,登山者で2.7%
(43/1585)に対してシェルパは0.4%(5/1231)で,総計
で1.9%であった.
5)8000m以上で死亡94例のうち,53例(56%)が頂上
からの帰途,16例(17%)が登頂を断念して戻る途中,
9 例(10%)が登攀時,4 例( 5 %)が最終キャンプ出発
以前,12例
(13%)
が死亡時点不明であった.
6)頂上到達時刻の中央値は,生存者では午前中
(am 9 :00∼ 9 :59)で死亡者では午後(13:00∼13:
59)
であった.
7)死亡例では,極度の疲労が34例,認識能異常が21
例,アタキシア12例などが主な原因で,呼吸困難は 5
例と少なく頭痛はゼロ,悪心嘔吐は 3 例と少なかった.
[結論]エベレストから下山の途中,高地脳水腫と思
われる症状の発生頻度が高い.極度の疲労と登頂時刻
が遅いことも,その後の死亡につながっている.
[解説]20例がベースキャンプ以下で死んでおり,
6000mで肺水腫で死んだ例もある.分析担当者のうち
3 名がエベレストに登頂し,1 名は8300mまで到達し
ている.麻酔科医,血管外科医,統計学者,コンピュー
タ研究者などからなるグループである.
(諏訪邦夫)
Mortality on Mount Everest, 1921-2006:descriptive
study. Firth PG, Zheng H, Windsor JS, Sutherland AI,
Imray CH, Moore GWK, Semple JL, Roach RC, Salisbury R.
BMJ, 2008;337;a2654
(クリスマス特別号)
:1∼6.
17
●医学一般・基礎医学
ヒトの肺は進化を間違えたのか?
[目的]哺乳動物の肺と鳥類の肺を比較し,前者の問
題点と進化での問題を検討する.
[内容]1)爬虫類が水から上がって空気呼吸を開始し
た の は 3 億年前である.もともとの爬虫類は変温動
物で,活発な活動を持続するのは困難であった.
2)酸素消費率の高い,哺乳類と鳥類が出現した.
3)両者の臓器系は共通だが,肺が根本的に違う.
4)肺の機能は,血液に酸素を取り込み血液から二酸
化炭素を呼出することである.
5)鳥類ではガス交換組織を換気が一方向きに流れる
のに対し,哺乳類ではガスは往復する.
6)哺乳類では換気不均等の可能性が残り,末梢気道
容積も大きい.肺毛細管の支持が鳥より貧弱である.
鳥の毛細管は細く一様でガス交換効率も高い.鳥のガ
ス交換は対向流式で基本的に高性能である.
7)鳥は「気嚢」という吹子で換気し,ガス交換する
肺胞は動かず,換気能とガス交換能が分離している.
8)哺乳類の肺は,肺全体にガスを出入りさせて換気
とガス交換を同時に行わせている.このやり方では,
呼気の終わりにガスが残り
(機能的残気量),その分だ
けガス交換がわるくなる.その上,気道容積分がいわ
ゆる死腔となって効率をさらに下げる.
9)しかもなお,換気が末梢まで起らず最先端部位は
拡散に依存している.こんな風に気道の縦方向の換気
不均等が知られている.
麻酔薬を新生児から若年小児に使う問題点
[目的]麻酔薬を新生児から若年小児に使う際の問題
点を検討する.
[背景]鎮静と麻酔に使用する薬物が,動物実験モデ
ルで中枢神経系の組織に病理変化を招くと判明してい
る.FDAがこの点を特に小児において問題かもしれ
ないと重視しているので,本稿によって麻酔科医グ
ループとFDAとの意見交換の糸口にしたい.
[対象]これまでの論文の解説とメタ解析.
[方法]神経毒性(neurotoxic),神経アポトーシス
(neuroapoptosis),麻酔薬,個々の麻酔薬名などいく
つかのキーワードで文献を検索した.またFDAがス
ポンサーとなって施行した,ケタミンが中枢神経系の
組織変性を招くという研究も詳細に検討した.
[結果]1)ケタミンなどのNMDA受容体拮抗物質が,
発育中の脳で神経変性を招くとの結果がげっ歯類の実
験でみつかった.
2)ケタミンの作用は投与量に依存した.
3)使用量が少なければ,神経変性も少なかった.
4)イソフルランなどの全身麻酔薬にも同様な作用が
あり,特にミダゾラムや亜酸化窒素の併用で作用が強
まるようである.
5)動物実験で,この種の形態変化が機能変化を招く
かを検討した研究は極端に少なかった.
6)この少数の研究結果によると,げっ歯類で行動変
18
10)おまけに,微細な肺胞構造を「常時動かしている」
ので,肺胞と毛細管の構造体が損傷を受けやすい.
11)こうした事実は安静時には比較的軽度だが,運動
時には重大な問題になる.
12)鳥のガス交換装置は動かず損傷を受けにくい.
13)一般論とすれば,「哺乳類のほうが鳥類より進化
している」と言いたいが,尺度によってはそうでもな
い.
14)体重あたりの最大酸素消費量で哺乳類より優れて
いる鳥がいる.酸素消費量の増加の幅が広い例もある.
哺乳類は4,000種しか残っていないが,鳥類は9000種
も残っているとの事実も指摘できる.
15)哺乳類はなぜ不利な肺を選んだのか.
16)この問題に答えは出ないだろう.進化は一歩ずつ
進むので,最終像を先に定めてそこへ進むというもの
ではないからだ.
17)ヒトの肺を研究する立場から見ると,鳥という優
れた構造と機能の肺が近くにいるのは興味深い.
[解説]鳥の肺の構造と機能の知識はあったが,それ
が哺乳動物より有利との理屈は知らなかった.実に面
白い.「対向流式」“cross-current”は,哺乳動物も腎
臓で行っている.物質交換の際に 2 つの流れを接触し
て逆向きに流すと,毛細管を離れる血液は外気と同一
の酸素と二酸化炭素の分圧に達する.
(諏訪邦夫)
The human lung:did evolution get it wrong? J.B.
West, R.R. Watson and Z. Fu.
Eur Respir J, 2007;29:1117.
化を招く程度は低いが遷延する傾向を指摘している.
7)ケタミンの使用量は臨床投与量よりやや多い.し
かし,イソフルランでは臨床使用量と同等であった.
8)こうした所見が臨床に当てはまるかは,現時点で
否定も肯定もできない.
[結論]動物実験によれば,新生児や若年小児に麻酔
薬を投与すると,神経系の変性が起こって認識能が低
下する危険性が否定できない.NMDA受容体拮抗物
質に限らず,GABA系の信号伝達を促進する薬物も,
発達時の脳に対して毒性があるかもしれない.2 種の
受容体系に作用する薬物を組み合わせる場合の作用は
不明だが,組み合わせると毒性が増すとの実験データ
はある.現時点でデータが乏しく,特定の麻酔薬に安
全度が高いとはいえない.進行中の動物実験で,リス
クの解析はある程度できるだろう.FDAはこの問題
に関して麻酔学会や薬業会と協力して臨床上有用な情
報を得ていく予定である.
[解説]麻酔薬の胎児への影響はほぼ確立しているが,
新生児乳児への影響も否定できないということになり
そうだ.論理的には作用があって当然といわざるを得
ない.やがて毒性が証明されるとして,さてそうなる
と小児麻酔用にはどんな薬物が残るだろうか.
(諏訪邦夫)
Use of anesthetic agents in neonates and young children. Mellon RD, Simone AF, Rappaport BA.
Anesth Analg, 2007;104
(3)
:509∼520.
●医学一般・基礎医学
新生児マウスにセボフルラン麻酔を施行
すると,社会活動の異常化と恐怖状態欠如
などの異常が発生する
[目的]新生児マウスをセボフルランで麻酔して,社
会活動に障害が生じ,学習能力も低下するか検証する.
[背景]NMDA受容体ないしGABAをブロックする麻
酔薬を新生児に投与すると,脳の成長過程が阻害され
て,成長してから機能障害を招くと判明している.
[対象]マウス200匹,麻酔群と対照群各100匹.
[測定項目]血液ガス,脳血流,脳組織の各種検索,
たんぱく検索,ウェスターンブロット,行動テスト
(迷路,電撃,騒音,嗅覚
(ブルーベリー))
.
[方法]生後60日のマウスに,3 %セボフルランを 6 時
間投与した.その間,各種パラメーターを 1 時間ごと
にチェックした.その後,脳組織のアポトーシスを調
べ,認知能と社会活動を検査で調べた.
[解析]一般に 2 群のt検定.
[結果]1)セボフルラン麻酔で,換気・血液酸素化・
脳血流には変化はなかった.
2)セボフルラン投与で,麻酔後のアポトーシス数が
増加し神経変性が生じた.変化は各所に生じたが,視
床に特に顕著だった.
3)マウスの一般的な活動・行動は,セヴォフルレン
群でも正常であった.
4)しかし,このマウスが成長すると学習機能が低下
新生児への麻酔の作用:
構造と行動への作用
[目的]新生児ラットに麻酔薬を投与して,発育後の
行動と脳の構造の変化を検討する.
[背景]麻酔薬が新生児の脳に及ぼす影響を検討した
研究は少なくない.一般には細胞構築・活動・認識能
などを指標として作用を検討している.しかし,げっ
歯類動物の新生児を用いた研究はごく少ない.一方,
アメリカ合衆国では,出生児 8 例のうち 1 例が未熟児
として生まれている事実があり,しかも未熟児には脳
出血で手術を受ける可能性が高いので,麻酔薬の作用
の研究がぜひ必要である.
[対象]スプラーグ−ドーリー系白色ラット.メスと
オスを同棲させて妊娠出産を促した.
[使用薬物と機器]1)フェノバルビタール
(25mg/kg,
皮下注),2)イソフルラン( 2 %で 3 分,ついで 1 %
で 7 分),3)生理食塩水(注射の対照),4)O 2/CO 2
投与10分
(吸入の対照).
[測定項目]体温,母乳摂取の様子,体重,各種行動
試験
(15日間).
[方法]ヒトの未熟児にあたる成熟段階の男女ラット
を用いて,イソフルラン吸入かフェノバルビタールを
投与して,海馬の構造と海馬依存の行動を観察した.
この 2 つの麻酔薬はいずれもGABAA受容体に作用す
る.生後 2 時間で母親から離し,実験に供し,実験後
は母親の元に戻す.その後,各種行動試験を施行する
が,順序は乱数化した.試験は,刺激への反応・体位
し,前後関係の状況から生じる恐怖条件づけと,指示
で生じる恐怖条件づけの双方に対して凍結反応(恐怖
に反応を停止して身を守る機能)
が低下していた.
5)社会認識テストで,新生児でセボフルラン麻酔さ
れたマウスに社会的記憶が生じないことが示された.
6)社会活動テストで,このマウスは社会との相互関
係に障害が生じていることが判明した.
7)こうした異常は,一般に周囲の新しい状況への関
心の欠如や嗅覚障害に基づくものではない.関心の欠
如は特に発生しておらず,また嗅覚障害も検出できな
かった故である.
[結論]マウスを新生児期にセボフルラン麻酔すると,
成長してから学習機能が低下し,さらに自閉傾向に似
た異常が出現する.
[解説]数多いパラメーターをチェックしている念入
りな実験である.精神状態を扱うこの種の論文を読み
慣れないので,どれだけ信頼できるのか評価できない
が,少なくとも表現されたもので読むかぎりは,「赤
ちゃんを麻酔するのはこわい」との印象を受ける.防
衛大学の方々の発表で,馴染みの方の名前も見受ける.
(諏訪邦夫)
Neonatal exposure to sevoflurane induces abnormal
social behaviors and deficits in fear conditioning in mice.
Satomoto M, Satoh Y, Terui K, Miyao H, Takishima K,
Ito M, Imaki J.
Anesthesiology, 2009;110
(3)
:628∼637.
への反応・光への反応・迷路などである.さらに,生
後15日で成熟ラットとして授乳を停止し,生後20日で
異性とペアにして,成熟ラットの検査に移行した.こ
ちらも類似である.生後80日の時点で,ラットを安楽
死させて脳の構造を検索した.
[解析]海馬の量とニューロン数を麻酔薬の有無とオ
スメスの差でチェックした.
[結果]1)フェノバルビタールもイソフルランも,麻
酔薬投与によって認識能が低下し,成熟後の海馬の量
とニューロン数が減少した.
2)麻酔薬の後遺症は,オスのラットで強かった.
3)麻酔薬は体重・体温・哺乳能などの基礎的パラ
メーターには影響しなかった.
4)姿勢制御反応など発達を示すパラメーターは,麻
酔薬群で反応が遅くなった.
5)海馬の量の減少分は,オスで両麻酔薬で25%に対
して,メスではイソフルランで20%,フェノフェノバ
ルビタールで13%と少なかった.麻酔薬なしでは,オ
スの海馬はメスのそれより10%以上大きかった.
6)ニューロン数も麻酔薬投与で減少し,その度合い
はオスで大きかった.
[結論]発育中の脳を麻酔薬にさらすと,各種後遺症
が起こる.その度合いはオスで強い.
[解説]おそろしい話だが,対応は可能だろうか.
(諏訪邦夫)
Response to neonatal anesthesia:effect of sex on
anatomical and behavioral outcome. Rothstein S, Simkins
T, Nunez JL.
Neuroscience, 2008;152
(4)
:959∼969.
19
●医学一般・基礎医学
プロポフォルは成長中の脳を損傷するか?
[目的]プロポフォルを新生児および乳幼児への使用
は安全かを検討する.
[背景]プロポフォルの臨床使用から25年になるが,
毒性特に小児への毒性の問題は消えていない.FDA
は相変わらず「使用は 3 歳以上」と限定している.
[内容]1)プロポフォルはICUでの小児の鎮静には使
えない.ある研究では,ICUでの死亡率はプロポフォ
ルで 9 %,他の標準鎮静法では 4 %と差があった.
「プロポフォル投与症候群」という名前さえついてい
る.プロポフォルはフェノールの誘導体で,フェノー
ルの神経毒性は確立している.
2)実際,小児のプロポフォル使用でけいれん・異常
体動などが発生したという報告がある.
3)ニワトリの胎児での研究では,脳のコーンの伸展
をパラメーターとして,活動低下をみている.この脳
のコーンの伸展は,他のニューロンとの結合を探す活
動と解釈できる.この活動低下は,他のニューロンと
の結合力の低下を意味すると解釈できる.
4)この研究で使用したプロポフォル濃度は50∼100μM
であった.
5)しかも,曝露が 6 時間なら変化は可逆的だが,24
時間では変化は不可逆的になるという.
6)もう 1 つ,細胞毒性の指標として成長中の脳細胞
からのLDHの漏出を計測した.こちらは,500μMま
でで変化はみられなかった.
ニワトリの組織片培養にプロポフォルを投与
すると成長コーンが崩壊し,神経突起が
消退する
[目的]プロポフォルの神経毒性を,末梢神経・網膜
ニューロン・自律神経ニューロンで調査し,特に損傷
を与えやすいものを検出する.
[背景]プロポフォルの神経毒性は各種細胞培養で確
認されている.この物質は電子を供給して内因性の抗
酸化物を生成する可能性が否定できない.メカニズム
はともあれ,小児にプロポフォルを長期間使用した場
合にけいれんなどが生じるとの報告がある.また,代
謝性アシド−シスを招くとのデータもある.
[対象]ニワトリの胚の脊髄後根神経節細胞,網膜神
経節細胞,交感神経節細胞の 3 種類.
[使用薬物]プロポフォル,濃度は各種.
[測定項目]プロポフォル濃度は液体クロマトで測定.
培養液を位相差顕微鏡で評価.
[方法]受精 8 日のニワトリの胚から,脊髄後根神経
節細胞,網膜神経節細胞,交感神経節細胞の 3 種を取
り出して,20時間培養した.その後,プロポフォルを
5 ∼500μM
(0.9∼89μg/mL)
の濃度で加えた.神経コー
ンの成長と崩壊を観察した.薬液添加後 2 ,4 ,6 ,
12,
24時間で,状況を知らない観察者が観察評価した.一
部の検体は,2 ,4 ,6 ,12,24時間の観察後に薬液を含
まない培養液に戻して反応の可逆性を評価した.
[結果]1)プロポフォルでコーンの崩壊と神経突起の
破壊が観察された.
20
7)実験データは事実として,それが臨床とどう結び
つくか.それには,いろいろな仮定が必要だ.
8)そもそもニワトリのひなの実験,それも厳密な実
験培養状態でのデータを,臨床に適用できるという重
大な問題が未解決である.
9)第 2 に,濃度はどうだろうか.小児の脳の濃度は
最高でも 5 mg/Lである.上記の神経毒性を報告した
論文の濃度は,この 3 倍高値である.
10)第 3 に,時間の要素はどうか.この点でも論文の
データは,プロポフォル100μMで24時間投与しても可
逆的だという.
11)したがって,上記の報告はむしろプロポフォルを
小児に使っても「害はなさそうだ」という証拠とも解
釈できる.もちろん,それでOKとはいえない.しか
し,新生児や幼児にはプロポフォルを使わない,特に
高濃度を長時間はつかわないという現在のルーチンを
破らなければ大丈夫そうだ.
12)注:プロポフォルの分子量は178である.したがっ
て, 1 Mは178g/Lで,100μMは17.8mg/Lである.
[結論]プロポフォルに新生児および乳幼児に対する
神経毒性があることは間違いなさそうだが,高濃度を
長時間はつかわないという現在のルーチンを破らなけ
れば大丈夫だろう.
[解説]データの読み違いもあり論理もあやふやで,
原論文のパワーに負けている?
(諏訪邦夫)
Is propofol neurotoxic to the developing brain? El
Beheiry HE, Kavanagh B.
Can J Anaesth, 2006;53
(11)
:1069∼1073.
2)投与量反応曲線は,3 種類の神経節細胞で 2 時間の
時点では差があったが,24時間の時点では差は消失し
た.
3)プロポフォル濃度100μMまでで,作用が 6 時間以
内なら一部の変化は可逆的だったが,24時間では可逆
性はなかった.
4)200μM以上の濃度で24時間培養したコーンには,
一部水泡
(blebs)
の発生があった.
5)神経突起は狭小になり,細胞群が培養基から剥が
れ落ちて接着力の消失をみせた.
6)脊髄後根神経節細胞の変化は,網膜神経節細胞と
交感神経節細胞に比較すると緩徐であった.
7)培養液中のプロポフォル濃度は常に一定値にとど
まり,代謝も希釈も起こらなかった.
8)プロポフォルの最高レベルの500μMでもLDHの漏
出はなく,細胞自体の破損はなかった.
[結論]発育途上の培養神経組織で,プロポフォルを
高濃度で長時間投与すると神経毒性の証拠がある.こ
の面の研究を追及するのに十分の所見である.
[解説]第一著者は外国の方だが,群馬大学麻酔科か
らの報告である.別に載せたEl Beheiryの論説は,こ
の論文をベースにしているが,読み込み不足?
(諏訪邦夫)
Propofol induces growth cone collapse and neurite
retractions in chick explant culture. Al-Jahdari WS, Saito
S, Nakano T, Goto F.
Canad J Anaesth, 2006;53:1078∼1085.
●医学一般・基礎医学
亜酸化窒素で一時的に大脳皮質のメチオニン
合成酵素阻害が起こるが,記憶喪失は持続
する:高齢ラットの実験
[目的]高齢ラットに70%亜酸化窒素を投与して,メ
チオニン合成酵素阻害と記憶の障害を検証する.
[背景]亜酸化窒素はメチオニン合成酵素阻害を起こ
す.この酵素はメチル化反応に関係してDNA合成と
修正に関連している.酵素阻害によってニューロン内
空胞と変性が生じ,特に空間記憶に必要とされるので,
亜酸化窒素が学習能力の持続的低下を招く可能性が懸
念される.
[対象]月齢18ヵ月のラット344匹.ラットとしては
“高齢”である.
[使用薬物]亜酸化窒素.
[測定項目]脳と肝臓のメチオニン合成酵素,迷路検
査で誤りの数と要した時間など.
[方法]月齢18ヵ月のラット344匹
(13匹ずつに分類)
に,
亜酸化窒素/酸素
(70/30%)
と窒素/酸素
(70/30%)
を投
与し,投与後 2 日後から14日間迷路検査を施行した.
別の群を同様に処理して投与直後と 2 日後に大脳皮質
と肝臓のメチオニン合成酵素を測定した.
[結果]1)メチオニン合成酵素阻害は,亜酸化窒素吸
入で肝で 6 %,大脳で23%抑制された.
2)投与 2 日後の酵素活性は,肝では阻害が続いたが
脳では回復していた.
3)迷路検査で,亜酸化窒素吸入によって誤りが増え
心拍動時と心停止時の臨界圧を動脈系の
下流圧として採用
[目的]動脈系の下流圧として,中心静脈圧や右房圧
でなくて臨界圧採用を提案する.
[背景]全身血管抵抗を計算する際,動脈系の下流圧
として通常は中心静脈圧をとる.しかし,心停止時の
動脈圧はCVP(中心静脈圧)より高い臨界圧(Critical
Closing Pressure:Pcrit)に向かって低下して平坦化
する.実際に数値が推定できるか,心停止での推定と
心拍動時の推定が一致するかを検索したい.
[対象]体内除細動装置の植え込み患者10名.全員が
本態性高血圧症で降圧薬使用中.
[測定項目]大動脈圧とCVP.
[方法]麻酔はフェンタニル+エトミデイトで導入し,
イソフルレン+酸素で麻酔を維持し,PaCO2は正常範
囲に人工呼吸した.静脈側からカテーテルを挿入して
中心静脈圧と肺動脈圧と心拍出量を測定した.橈骨動
脈から逆行性にカテーテルを挿入して鎖骨下動脈分岐
部に進めて大動脈圧を測定した.除細動装置挿入時に
動脈圧の低下を記述し,心停止時の圧経過と通常の心
拍動時の圧経過からPcritを求めた.
[モデルの解析]心停止時は,3 ,7 ,10,15,20,30
秒の数値を使用した.心拍動時は,動脈弁閉鎖後30ミ
リ秒から開始して10ミリ秒間隔で圧降下をサンプルし
た.さらに,心停止時のデータを心拍動時の時間分だ
け使って計算もした.モデルは,単一項(指数関数が
1 つ),複数項(指数関数が 2 つ)と,動脈系の内径が
ることはなかった.
4)しかし,亜酸化窒素吸入群では迷路検査に時間が
かかり,最初の誤りを犯すまでの正しい選択数も少な
かった.
5)70%亜酸化窒素は,ラットでは0.5MAC以下とい
う低濃度で,ラットは活動を完全には停止しなかった.
[結論]70%亜酸化窒素吸入で,大脳のメチオニン合
成酵素活性は大きく阻害されたが,阻害の期間は短時
間であった.一方,この亜酸化窒素吸入で空間メモリ
の働きと見当識が失われた.
[解説]実験データでみるかぎり,メチオニン合成酵
素阻害と記憶障害が乖離している.酵素の作用は亜酸
化窒素という物質の特異的な作用だが,記憶障害はど
うなのか.論文の考察で「亜酸化窒素によるメチオニ
ン合成酵素阻害によって毒物ホモシステインが蓄積し
て障害を招いている」と推測している.その推測は推
測として,「亜酸化窒素の麻酔作用」という別の効果
との解釈もできる.麻酔後には一般に脳障害が起こる.
たとえば,Steinmetz et al. Anesthesiology, 2009;
110:548-555. 参照.
(諏訪邦夫)
Nitrous oxide decreases cortical methionine synthase
transiently but produces lasting memory impairment in
aged rats. Culley DJ, Raghavan SV, Waly M, Baxter MG,
Yukhananov R, Deth RC, Crosby G.
Anesth Analg, 2007;105
(1)
:83∼88.
内圧に依存して伸展するモデルの 3 種である.
[結果]1)心停止で,大動脈圧は拡張期圧が66
mmHg,15秒で27.5mmHg,30秒で25.4mmHgと下がっ
た.
2)この間,CVPははじめの10秒で14.6mmHgに上昇
してその後はほとんど変わらず,心停止30秒後でも,
CVPと大動脈圧には10mmHg以上の差があった.
3)どのモデルでも心停止時のPcritは,心停止 7 秒の
データで予測できた.
4)単一項モデルよりも 2 項目モデルと内径伸展モデ
ルのほうが,曲線適合度が良好であった.
5)Pcrit値は,心拍動時は53mmHgと高く,心停止15
秒値26.6mmHg,30秒値23.9mmHgより高値であった.
心停止時に心拍動時の時間分だけのデータ
( 1 秒未満)
で計算すると,Pcrit値はずっと高くなったが,心拍
動時のPcrit値はさらに高かった.
[結論]心停止時のPcritは心停止 7 秒以内に予測でき
た.Pcrit値はCVP値より常にかなり高く,下流圧に
Pcritを用いると線形血管抵抗は小さい.
[解説]動物実験なら容易だが,臨床でPcritを求める
手法もデータも斬新だ.ドイツからの報告.
(諏訪邦夫)
Critical closing pressure as the arterial downstream
pressure with the heart beating and during circulatory
arrest. Kottenberg-Assenmacher E, Aleksic I, Eckholt M,
Lehmann N, Peters J.
Anesthesiology, 2009;110
(2)
:370∼379.
21
●医学一般・基礎医学
がん手術にはプロポフォル+区域麻酔だ!
[目的]特定の麻酔薬や麻酔法が,がんの再発を防い
で生存率を上げるかを文献的に検討する.
[背景]がん手術のストレス反応で,皮肉にも転移へ
の免疫防御能が低下する.麻酔の選択で,がん細胞を
攻撃して生存率が向上するかもしれない.
[がんとストレス反応]1)動物で,腫瘍細胞の循環は
免疫反応に依存し,腫瘍転移は細胞免疫に依存し,T
リンパ球・NK細胞・マクロファージなどが担当す
る.
2)NK細胞は,腫瘍を認識し攻撃する中核である.
3)一方,インターフェロン・インターロイキンなど
は,T細胞やNK細胞の攻撃力を増強する.
4)ストレス反応は,NK細胞活動を抑制して転移を
招く.
5)NK細胞の活動が低下すると,がん死亡率が増す.
6)転移には血管新生も必須である.
[手術と麻酔とがん転移]1)がん手術自体が免疫を抑
制して,転移を促す要素となる.
2)周術期に,微細転移が増殖し播種も起こる.
3)手術で血管新生が促され,腫瘍成長が促進する.
4)手術侵襲を最小に止めて免疫系の抑制を抑えて,
手術のマイナス効果を抑制できるかもしれない.
5)麻酔法の免疫系への作用は動物では判明しており,
薬物と手法ががん転移に影響する.
6)ケタミン・サイオペンタル・ハロセンが,NK細
胞活性を抑制し肺腫瘍の転移を促進する.
中等度閉塞性睡眠時無呼吸のある
ボランティアで,レミフェンタニル投与による
呼吸と睡眠の効果検証
[目的]閉塞性睡眠時無呼吸症候群と判明しているボ
ランティアにレミフェンタニルを投与して,その呼吸
と睡眠をチェックする.
[背景]閉塞性睡眠時無呼吸症候群患者にオピオイド
主体の麻酔法を施行すると,睡眠関連の呼吸不全が発
生して合併症や死亡率の増加を招く可能性がある.し
かし,この点を直接扱う研究発表はみられない.この
検証には,閉塞性睡眠時無呼吸症候群と判明している
患者を対象に,前向きで対照をおき,二重盲検法で行
うべきである.
[対象]中等度閉塞性睡眠時無呼吸.
[方法]終夜睡眠検査でAHI 15∼30の中等度閉塞性睡
眠時無呼吸の証明されている人19例をボランティアと
して,レミフェンタニルを投与してさらに終夜睡眠検
査を施行した.被検者は,対照として生理食塩水か,
レミフェンタニル(0.075μg×kg×h)の投与を受けた.
睡眠段階・無呼吸と低換気・SpO2を持続的にモニター
して,被検者の事前の睡眠検査所見と比較した.
[結果]1)生理食塩水は,睡眠にも呼吸にも何の作用
もなかった.
2)レミフェンタニルでは,ステージ 1 睡眠が増加し,
レム睡眠が著減し,睡眠からの覚醒が増加し,睡眠効
率が低下した.
22
7)ケタミンの作用は,交感神経系刺激に基づくだろ
う.
8)術後鎮痛もがん手術後の転移に重要で,ラットの
実験では,鎮痛で転移の程度が弱まるという.
9)一方,オピオイドのマイナス効果として,モルフ
ィンが血管新生を招き,げっ歯類では乳腺腫瘍の発育
を促す.また,人体で細胞免疫も液性免疫も抑制する.
[区域麻酔の作用]1)動物で,硬膜外麻酔使用が術後
の結果を改善し免疫抑制を阻止する.
2)区域麻酔で全身麻酔薬が減り,NK細胞活性も維
持できる.くも膜下投与ならオピオイドに障害はない.
3)臨床データは乏しいが,区域麻酔の有用性を示す
レトロスペクティブな研究が 2 つある.1 つは,乳が
ん手術129例を32ヵ月観察して,区域麻酔群では全身
麻酔群より再発と転移が低かった.もう 1 つは,前立
腺手術でやはり差が出ている.
[結論]麻酔薬と麻酔法はがん手術の術後転移に影響
する.ストレス反応を抑え,吸入麻酔薬とオピエイト
の使用を控えて転移の頻度が下がるかもしれない.区
域麻酔で乳がんと前立腺がんの再発が低下している.
結論にはプロスペクティブ研究が必要だが,「麻酔法
ががん手術の再発に影響する」といえよう.
[解説]オピエイトががん転移を促進するとレミフェ
ンタニルはどうしようか.残るはプロポフォルと区域
麻酔の組合せのみ.論文は,オープンアクセスで読め
る.
(諏訪邦夫)
Does anesthetic management affect cancer outcome?
Durieux ME.
APSF newsletter, 2008:23
(4)
:49∼76.
3)レミフェンタニルで閉塞性睡眠時無呼吸の数自体
は減少したが,中枢性無呼吸が著増した.
4)レミフェンタニルで,SpO2値の平均値,90%を下
回った回数,その時間などすべて有意に悪化した.
5)BMIは対照群
( 9 例)
で36,薬物群で31であった.
6)レミフェンタニルの作用は,4 例だけに極端に強く,
この群ではAHIが 1 未満から43と激増した.
[結論]レミフェンタニルで,意外にも閉塞性睡眠時
無呼吸の数は減ったものの,レム睡眠も減少した.レ
ム睡眠が減少して,閉塞性睡眠時無呼吸の数が減ると
も解釈できる.閉塞性睡眠時無呼吸の数は減ったのに,
中枢性無呼吸が増加して睡眠時無呼吸自体は悪化し
た.中等度閉塞性睡眠時無呼吸患者にオピオイド使用
は,注意を要する.その場合,閉塞性睡眠時無呼吸だ
けに注目せず,中枢性無呼吸にも着目する必要があり
そうだ.
[解説]実験データ自体は信用するとして,閉塞性無
呼吸と中枢性無呼吸が,低換気時にしっかりと鑑別で
きるかに疑問が残る.睡眠時無呼吸の検査自体が,オ
ピオイドの作用を考慮に入れて構成されていない故で
ある.それにしても,この肥満度!
(諏訪邦夫)
Respiratory and sleep effects of remifentanil in volunteers with moderate obstructive sleep apnea. Bernards
CM, Knowlton SL, Schmidt DF, DePaso WJ, Lee MK,
McDonald SB, Bains OS.
Anesthesiology, 2009;110
(1)
:41∼49
●特集:気道閉塞
特集:「気道閉塞」によせて
2009年 4 月号のAnesthesiologyは,気道・閉塞性睡
眠時無呼吸(OSAS)・ハイポキセミアなどを扱った論
文と総説が特に多かったので,このテーマを重点的に
検討した.
メイヨクリニックのGaliの論文は,質問票で調べた
術前のOSASの可能性に,術直後のPACUでの状況を
加えると,PACUを出た後に呼吸系の合併症発生を高
率に予測できるとしている.
OSAS患者が心筋梗塞を発症する時間帯は,OSAS
以外の患者が心筋梗塞を発症する時間帯と明確に異な
り,夜間の 0 ∼ 6 時に心筋梗塞を起こして死亡するこ
とをデータで証明している.
古い論文だが,ウィスコンシン州で睡眠時呼吸障害
の発生率を調べると,男性では25%に達している.
クリーブランドクリニックの医師が,「心臓手術を
受ける患者にOSASがあると,術後の合併症の発生率
が高い.しかも,この事実を患者も周囲も認識してい
ない点も非常に重大」と指摘している.
[麻酔関係]麻酔に密接なものとしては,高度肥満者
の手術で抜管直後にCPAPを適用するとその後の肺機
能が改善できるとの研究は,「抜管直後のCPAP適用」
術前の閉塞性睡眠時無呼吸検査と麻酔後の
ケア評価を組み合わせて術後に呼吸器合併
症を起こす患者を検出できる
[目的]閉塞性睡眠時無呼吸(OSAS)検査と麻酔後の
ケア評価を組み合わせて,術後に呼吸器合併症を起こ
す患者を検出できるかを検討する.
[背景]OSAS患者は周術期に障害に陥る危険が高い.
私たちは,OSASの有無を評価するスコアシステムを
採用して,モデル化して使ってきた.本研究では,術
後ケアでハイポキセミアの発生と呼吸器合併症の発生
率を検出すべく,拡張した.
[対象]入院期間48時間以上の患者.
[使用パラメーター]SACSは“Sleep Apnea Clinical
Score”.高血圧の有無,いびきの程度
( 3 段階),無呼
吸を他人から指摘された( 3 段階),頸周り実測値の 4
つのパラメーターから実測データとつき合わせて作成
した評価表.OSASに当てはまる可能性の程度を評価.
[測定項目]SACS,術直後のモニター事項.
[方法]術前に各患者のSACSを計算し,術後は
PACU(回復室)で徐脈・無呼吸エピソード・疼痛と
鎮静の不良などをモニターした.全例で術後はSpO 2
をモニターし,合併症は記述した.SpO2低下係数は,
Spo2低下回数/時間である.SpO2低下は,正常値より
4 %低い数値が10秒以上継続したものを数えた.SpO2
低下と呼吸と循環の合併症とを基本目標値とした.
PACU滞在は最低30分で,そこで事件が 3 回発生する
がミソである.
マスク換気困難の予測と結果を調べた研究では,頚
部の放射線治療が最大因子で,しかも気管挿管困難を
招きやすいとしている.
関西医大の方々が,ペンタックスの挿管用喉頭鏡の
有用性を詳しく,しかも論理的なデータで紹介してい
るのは説得力がある.
ドイツからの報告で,脊椎側弯の矯正手術で覚醒テ
ストを行う際に,レミフェンタニルでは術後に睡眠障
害の頻度が高く,スフェンタニルでは起こらないとい
う.理由は不明だが,レミフェンタニルの「切れのよ
さ」に疑いを寄せている.
[解説が 3 編]「麻酔臨床における間歇的ハイポキシア
の重要性」という解説では,タイトルの問題を考察し
ているが,特に小児で個人差が多くていろいろな場合
があることを強調している.
ミシガンの麻酔科医が,OSAS の診断は終夜睡眠
観察が標準だが,手術や麻酔の患者にはこれは適用し
にくい.それに代わるものをメタ解析で検討して,優
れた指摘をいろいろと加えてはいるが,決定的な方法
はないとしている.
千葉大の磯野先生が,OSASに関して,病態と周術
期の問題と注意について詳細な総説を書いているのは
有用で質の高いことは言うまでもない.
(諏訪邦夫)
と中等度ケア室かICUに移動し,他は一般病棟に移動
した.
[解析]χ 2検定とt検定,多変量ロジスティック回帰
分析.
[結果]1)693例の解析対象例で,SACS値が高値な
のは男性に多かった
(86%と43%).
2)多変量回帰分析により,術後のSpO2低下指数が10
を超える可能性は,SACSの高値(オッズ比1.9)と
PACUでの事件発生
(オッズ比1.5)
が有意だった.
3)術後呼吸器合併症の発生予測は,術前のSACS高
値(オッズ比3.5)とPACUでの事件の反復(オッズ比
21.0)
の 2 つが有意だった.
[結論]SACSという術前のOSASの有無予測テストと
短時間のPACU滞在での呼吸器合併症発生により,術
後全体にわたるSpO 2低下と呼吸器合併症の発生が予
測できた.術前評価と麻酔直後の評価が,術後呼吸器
合併症の発生予測に有用である.
[解説]術前に「OSASが起こりそう」という評価と,
術直後のPACUでの状態とを組み合わせ,術後全体の
呼吸器合併症が予測できるという評価法が面白い.
(諏訪邦夫)
Identification of patients at risk for postoperative respiratory complications using a preoperative obstructive
sleep apnea screening tool and postanesthesia care
assessment. Gali B, Whalen FX, Schroeder DR, Gay PC,
Plevak DJ.
Anesthesiology, 2009;110
(4)
:869∼877.
23
●特集:気道閉塞
極度肥満で肥満解消手術を受けた患者の
抜管直後にCPAP適用で肺機能が改善する
[目的]極度肥満患者(morbidly obese)が肥満解消手
術を受けた際に,抜管直後にCPAP適用すると肺機能
が改善するかを検証する.
[背景]極度肥満患者は手術を受ける際,気道閉塞や
無気肺その他の肺合併症発生の危険性が高い.手術直
後は特に危険性の高い時点である.この群の患者に術
直後にCPAPを施行することで,気道閉塞や無気肺を
防止できる可能性がある.
[対象]極度肥満で肥満解消手術を受けた患者40名.
[使用薬物と機器]Boussignac式のCPAP装置.
[測定項目]スパイロメーターによる測定パラメー
ター.
[方法]極度肥満患者が手術を受けた場合,当施設で
は,術後30分以内にCPAPを開始してその夜は継続す
るのをルールとしてきた .しかし,抜管直後から
PACUへの移動の期間が重要ではないかと想定した.
そこで極度肥満で閉塞性睡眠時無呼吸があり,肥満解
消手術を受けた患者40例を,Boussignacシステムを
適用してCPAPを加える場合と,通常の酸素投与とに
分けて検討した.CPAP は抜管後30分で適用した.
抜管後24時間で,努力肺活量が減った度合いを主たる
指標とした.
[結果]1)総数40例を20例ずつの 2 群に分けた.
2)基本情報には両群で特に差がなかった.
マスク換気不能の予測と帰結: 5 万件の検索
[目的]マスク換気不能の発生頻度,予測因子と最終
的な帰結を検討する.
[背景]マスク換気不能のリスク要因に関してはデー
タが乏しく,発生頻度に関しても知見は限られている.
[研究の場]手術室での観察.
[対象]通常の全身麻酔患者 5 万例.
[方法] 4 年間にわたる観察を源にデータを蓄積した.
全身麻酔を受ける患者全数で,術前の患者の特性・気
道系の詳細な検索・最終結果を集積した.指標として
の第一は,バッグとマスク換気の可不可で,人がかわ
り各種の機器を加え筋弛緩薬を投与した状況での検討
である.指標としての第二は,最終的決定的気道管理
方法と直達鏡による喉頭直視である.以上より,マス
ク換気不良の発生率を算出した.
[解析]ロジスティック回帰モデル適合度を適用し,
マスク換気不能を 5 %の危険率で予測する独立因子を
検出する.
[結果]1)2004∼2008年の 4 年間で, 5 万 3 千件あま
りのマスク換気
(の試み)
を記録検討した.
2)マスク換気不能例は77例で,0.15%にあたる.
3)予測因子として独立に検出できたものは,頚部の
放射線治療,男性,睡眠時無呼吸の存在,マランパチ
のⅢ度またはⅣ度,アゴヒゲの存在である.
4)モデルに対するROC曲線の曲線下面積は0.80と良
24
3)計測した項目のすべてで,CPAP適用群で改善が
みられた.
4) 1 秒量で(係数0.37,SE 0.13,p=0.003,幅0.13∼
0.62),努力肺活量で(係数0.39,SE 0.14,p=0.006,
幅0.11∼0.66),呼気ピーク流量(係数0.82,SE 0.31,
p=0.008,幅0.21∼0.1.4)
であった.
[結論]極度肥満で肥満解消手術を受けた患者に対し
て,抜管後すぐにCPAPを適用すると,30分後に
PACUに移動してからCPAPを適用するよりも,術後
のスパイロメーターの数値が改善する.
[解説]術後のCPAPが,術後の肺合併症防止に効果
があるという研究は山ほどある.この研究は,極端な
肥満患者の内視鏡手術を対象にしている点と,「抜管
直後に適用」という点とが従来の研究と異なる着眼点
である.“morbidly obese”を「極度肥満」と訳した
が,「病的肥満」では意味が違うだろう.Boussignac
システムは,酸素の流れで陽圧を生み出して弁と類似
の作用をさせるらしい.酸素流量が20L/分と少なく
て済むと主張している.読み方は「ブジナック」だろ
うか.
(諏訪邦夫)
Continuous positive airway pressure via the
Boussignac system immediately after extubation
improves lung function in morbidly obese patients with
obstructive sleep apnea undergoing laparoscopic
bariatric surgery. Neligan PJ, Malhotra G, Fraser M,
Williams N, Greenblatt EP, Cereda M, Ochroch EA.
Anesthesiology, 2009;110
(4)
:878∼884.
好である.解説参照.
5)マスク換気困難例77例中の19例で挿管困難で,う
ち15例は最終的に挿管できた.
6)12例で予定とは別の気管挿管法が必要で,うち2例
は気管切開を施行し,他の 2 例は一度覚醒させてファ
イバーで気管挿管した.
[結論]マスク換気困難の頻度は低いが,気管挿管困
難を伴うことが多い.頚部の放射線治療は,マスク換
気不能を招く最大の因子である.
[解説]マスク換気不能の率が0.15%は,670件に 1 件
にあたる.有用なデータで,その内訳を詳しく記述し
た点も含めて示唆の多い研究である.ROC曲線は
“The Receiver-Operating-Characteristic”の略で,
「受動者動作特性曲線」と訳す.特定の分析の「有効
性」を判定する指標の 1 つ.カットオフ値を変更して
データをプロットすると,幅を狭くとれば偽陽性率も
感度も低く,広くとれば偽陽性率も感度も上がる.
そのデータから,横軸に特異度
(偽陽性率),縦軸に感
度をとってプロットする.この形態から,カットオフ
値の妥当性や検査と病態の関係の深さを評価する手法
で,本研究で面積0.8は大きく膨らんだ図を意味して,
優秀な分析と解釈できるようだ.
(諏訪邦夫)
Prediction and outcomes of impossible mask ventilation:a review of 50,000 anesthetics. Kheterpal S, Martin
L, Shanks AM, Tremper KK.
Anesthesiology, 2009;110
(4)
:891∼897.
●特集:気道閉塞
ペンタックス-AWSの使用:気道確保困難な
293例での使用
[目的]喉頭の直視や気管挿管が困難な条件で,ペン
タックス-AWSを使用すると気管挿管が可能な率が高
いことを示す.
[背景]ペンタックス-AWSは新しいビデオ型の喉頭
鏡で,気道確保困難時に有用との報告が重なってきて
いる.
[対象]マッキントッシュ喉頭鏡使用で挿管の難易を
判定してグループを分類.
[使用機器]ペンタックス-AWS.
[測定項目]挿管難易と本器具使用による成功率.
[方法]ペンタックス-AWSの有用性を 2 つのグルー
プで検証した.グループ 1 は,マッキントッシュ喉頭
鏡での喉頭直視困難で挿管を試みて失敗したり,「別
の装置が必要」と判断した270例である.グループ 2
は,前回のマッキントッシュ喉頭鏡使用で喉頭直視困
難が判明し,気管挿管困難とマスク換気困難の予測さ
れた23例である.
[結果]1)グループ 1 では,マッキントッシュ喉頭鏡
使用での声門の直視度は,Cormack & Lehane基準で
2 度が14例,3 度が208例,4 度が48例であった.
2)マッキントッシュ喉頭鏡で直視困難度 3 度および
4 度の計256例で,ペンタックス-AWS使用では255例
で 1 度または 2 度であった.これは99.6%にあたり,
95%信頼限界は97.8∼100%である.
麻酔臨床における間歇的ハイポキシアの
重要性
[目的]睡眠時無呼吸に併発する間歇的ハイポキシア
の問題と麻酔との関連を考察する.
[背景]間歇的ハイポキシアは強く特異的な刺激で,
病態生理学的変化は単一のハイポキシア刺激とも持続
的ハイポキシア刺激とも異なる.間歇的ハイポキシア
によって知力認識力が低下し,炎症反応と心血管系の
反応が起こる.特に小児の場合は,術後鎮痛薬の使用
を難しくなる.
[内容]1)閉塞性睡眠時無呼吸は,気道閉塞・ハイポ
キセミアとハイパーカービア・睡眠分断と覚醒が特徴
で,頻度は成人で 5 ∼20%,小児で 2 %である.
2)術前にハイポキセミアのある患者では術後もハイ
ポキセミアの頻度が高く,程度も大きい.
3)小児の扁摘で,術前にSaO2の最低点が80%を切る
場合,術後の呼吸器合併症率が高い.
4)睡眠時無呼吸症候群の定義は「10秒以上の呼吸停
止30回以上」だが,呼吸停止10秒ではハイポキセミア
はごく軽度である.
5)実際には,もっと長時間の呼吸停止で酸素飽和度
低下が発生する.
6)間歇的ハイポキシアは一面で利点もあり,運動選
手では運動能を高める.
7)傷害の第一は神経のアポトーシスの増加で,間歇
的ハイポキシアが認識能低下を招く事実と関係する.
記憶力低下と学習能低下も起こる.
8)Gたんぱく系受容体は,刺激でリン酸化されてエ
ンドソームの中にもぐり反応系から失われる.
3)ペンタックス-AWSを使用して270例中268例で気
管挿管に成功し,2 例で不成功であった.不成功例 2
例はおのおの 2 回ずつ試みたが成功しなかった.2 例
ともファイバー喉頭鏡で挿管したが,易しくなかった.
4)グループ 2 では,ペンタックス-AWSを使用して
気管挿管が23例中22例で,不成功例が 1 例 あった.
5)ペンタックス-AWSを使用して不成功だった理由
は,後頭蓋の声門側にブレードが入らないのと,気管
チューブを披裂軟骨から気管に向かって動かせなかっ
た点,それに口咽頭の出血と腫脹であった.この患者
は総頸動脈手術の術後出血で頚部が腫脹しており,緊
急手術が必要だったので,気管切開を施行して気道確
保して手術を行った.
[結論]マッキントッシュ喉頭鏡を使って喉頭の直視
が困難で気管挿管困難ないし不能な場合でも,ペン
タックス-AWSを使用すると気管挿管の成功率は高
い.挿管困難が予測できた場合も,使用による成功率
が高かった.
[解説]関西医科大学などからの報告.機器の使い方
だけでなくて,研究の手順などもしっかりと記述され
ていて,説得力がある.
(諏訪邦夫)
Use of the Pentax-AWS in 293 patients with difficult
airways. Asai T, Liu EH, Matsumoto S, Hirabayashi Y,
Seo N, Suzuki A, Toi T, Yasumoto K, Okuda Y.
Anesthesiology, 2009;110
(4)
:898∼904.
9)小児では,間歇的ハイポキシアとオピオイドの感
度が相関し,ハイポキセミアの強い児ではオピオイド
の量が少ない.
10)術前に閉塞性睡眠時無呼吸のある児では,術後に
同じフェンタニル投与量に対して無呼吸の発生率が10
倍も高い.
11)同様の現象は実験動物でも証明されており,児の
ラットを間歇的ハイポキシアで前処置するとフェンタ
ニルへの感度が著増する.
12)閉塞性睡眠時無呼吸の患者では,覚醒時は咽頭部
拡張筋
(オトガイ舌筋など)
が健常人よりも強く活動し
ており,その活動が睡眠時無呼吸を途切れさせる.オ
ピエイトでこの活動が鈍るかもしれない.
13)睡眠時無呼吸症候群の診断基準は「10秒以上の呼
吸停止30回以上」が金科玉条だが,パルスオキシメー
ターの数値の低下との相関は必ずしも高くない.
14)児によっては酸素飽和度低下が起こる前に目覚め
てしまう頻度が高い.
[結論]児童の閉塞性睡眠時無呼吸の状況とオピエイ
トへの反応は個人差が大きい.個々の対応が必要であ
り,さらなる研究の集積も求められる.
[解説]「10秒以上の呼吸停止30回以上」という診断基
準と,パルスオキシメーターの数値の低下とどちらが
重要か.酸素を与えておくと,睡眠時無呼吸自体は防
げなくてもハイポキセミアは防止できる.睡眠からの
覚醒が減って,分断が少なくなることは確実だが.
(諏訪邦夫)
Intermittent hypoxia and the practice of anesthesia.
Brown KA.
Anesthesiology, 2009;110
(4)
:922∼927.
25
●特集:気道閉塞
閉塞性睡眠時無呼吸症候群の
臨床スクリーンテストのメタ解析
[目的]解析の目的は,閉塞性睡眠時無呼吸症候群に
対する各種臨床スクリーンテストを比較して,術前使
用への証拠となるべき基礎をかためることである.
[背景]1)閉塞性睡眠時無呼吸(OSAS)は一般人口の
数%にあたり,周術期の危険を増すことが認識されて
いる.
2)この病態の正確な診断には終夜睡眠解析が標準だ
が,実際には種々の理由で適用不可能で,現時点で
OSAS患者の80∼90%が正確な診断を受けずに手術に
持ち込まれている.
3)そこで費用も手間もかかる終夜睡眠解析の代わり
に,各種の簡略診断法が考案されている.
4)方法は質問表・各種計測(体形,頚部の各種パラ
メーターなど)
などである.
5)ところで,一般の睡眠クリニックや検査の対象と
麻酔の対象は同一ではない.前者は,すでにOSASを
患者自身が疑って検査を受け診断されるので確診率が
高い.後者は,患者自身は疑っておらず患者一般が対
象だから「OSASの有無」の診断は容易ではなく,し
かも確診率は低い.
6)つまり,麻酔患者を対象としては,特異性が高く
(偽陽性率が低く)
て感度は高いことが要求される.
[内容]1)今回のメタ解析では,2008年 5 月までの論
文6816編を使用し,各種の基準と議論で本解析に適用
したり除外して26編にしぼった.
脊椎側弯症手術にレミフェンタニルを使用して
術中覚醒テスト施行後の睡眠障害
[目的]先天性脊椎側弯症に後方アプローチで修正手
術の際,術中覚醒テストと使用したオピオイドが術後
の睡眠にどう影響するかを,術後12ヵ月にわたって検
索する.
[背景]先天性の脊椎側弯症に後方からアプローチし
て修正手術を施行する際,神経合併症を検出すべく術
中覚醒テストを施行するのがルーチンである.
[対象]手術を受けた患者91例.
[測定項目]術前と術後の睡眠の質をピッツバーグ睡
眠質指数(PSQI)質問票で評価.PSQIは,7 項目の睡
眠の質:過去 4 週間の睡眠障害回数,睡眠の質の自己
評価,睡眠時間,入眠と持続時間,薬物使用,日中の
倦怠感など.
[方法]アプローチと薬物と覚醒テストの有無で患者
を 3 群に分類した.後方アプローチでの機器適用でレ
ミフェンタニルによる覚醒テスト施行群(PR,32例),
前方アプローチでの機器適用でスフェンタニルによる
覚醒テスト非施行群(AS,40例),後方アプローチで
の機器適用でスフェンタニルによる覚醒テスト施行群
(PS,19例)の 3 群である.PSQIの質問票を用いて,
術前・術後の 3 ・ 6 ・12ヵ月の時点の 4 時点で睡眠の
質を検討した.ほかに,患者の年齢,体重,性,手術
時間,麻酔時間,出血量,オピオイド使用量,覚醒テ
ストの回数なども記録した.
26
2)26編の患者総数は6,794名で,サンプルの中央値は
123,OSASの発生率は 9 ∼85%,男性の割合は24∼
100%であった.
3)判定には,検出感度,特異度(偽陽性率の低さ),
オッズ比,オッズ診断率(DOR:有疾患者を有と検出
する率/無疾患者を有と検出する率)
を使用した.
4)各種質問票も,狙いが「OSASの有無の検出」か
「OSASの重症度判別」かで,対象とするAHI値(睡眠
時呼吸障害数)が異なり,当然感度と特異度が異なっ
た.
5)この中では,ベルリン質問票がオッズ比118と成績
良好であった.
6)身体計測値による判定では,クシダ指標がオッズ
比3500と断然好成績で,DORも81以上と高値だった.
7)オキシメトリー単独で睡眠を記録し,それも 7 ∼
8 時間と長時間でなくて,短時間の睡眠に限ったもの
もあったが成績はよくなかった.
8)しかし,身体計測値などにオキシメトリーを組み
合わせると成績の改善がみられた.
[結論]OSASが疑われた状況で,その程度の強さは
質問票で高精度で予測できる.OSAS自体を正確に検
出するのはむずかしい.
[解説]「OSAS」という現象自体が,頻度が高い上に
個体差も大きく,同一個人でも日によって異なる場合
もあり,「絶対正確」は不可能で当然だろう.
(諏訪邦夫)
A meta-analysis of clinical screening tests for obstructive sleep apnea. Ramachandran SK, Josephs LA.
Anesthesiology, 2009;110
(4)
:928∼939.
[解析]統計解析には,マン−ホィットニィ,クルス
カル−ウォリス,ウィルコクソンなどの方法を適用し
た.
[結果]1) 3 群の患者の基礎条件に差はなかった.
2)覚醒テストを明快に思い出せた患者はなかった.
3)術後 3 ヵ月と 6 ヵ月の時点で,PR群の睡眠の質が,
スフェンタニル適用の 2 群よりわるかった.
4) 3 群とも,覚醒テストの回数に差はなかった.
5)覚醒テストを断念することも検討しているが,ほ
かの方法の手間や費用が問題である.
6)PR群だけが特にわるいのは,この薬物の「切れが
よすぎる」故かもしれない.
[結論]後方アプローチでレミフェンタニル使用によ
る覚醒テスト施行を受けた患者の睡眠の質は,術後 3
ヵ月から 6 ヵ月にわたって障害を受けるようである.
スフェンタニル使用の患者では,睡眠の質の低下はみ
られなかった.本研究の結果は予備的と考えるべきで,
多数例での乱数割り付け試験が必要と考える.
[解説]結果は事実として疑えないとしても,スフェ
ンタニルとレミフェンタニルとに明らかな差があると
いう点が興味深く,さらに確認する必要がある.
(諏訪邦夫)
Sleep disturbances after posterior scoliosis surgery
with an intraoperative wake-up test using remifentanil.
Rehberg S, Weber TP, Van Aken H, Theisen M, Ertmer C,
Broking K, Schulte T, Osada N, Asemann D, Bullmann V.
Anesthesiology, 2008;109
(4)
:629∼641.
●特集:気道閉塞
中年成人での睡眠時呼吸障害の発生率の
検討
[目的]成人での睡眠時呼吸障害の発生率と広がりを
追跡し,公衆衛生上の重要度を指摘する.
[背景]睡眠による呼吸と循環の障害を経時的に追跡
したウィスコンシン睡眠研究プロジェクトのデータを
使用して,成人での睡眠時呼吸障害の発生率と広がり
を追跡し,公衆衛生上の重要度を指摘する.ウィスコ
ンシンプロジェクトは1988年に始まったもので,睡眠
時呼吸障害を特に検討する公衆衛生研究である.
[対象]州の公務員を対象として質問表と終夜睡眠計
測.
[使用機器と測定項目]終夜睡眠計測
(ポリソムノグラ
フィ),他に質問票による日中の傾眠傾向の検出.
[方法]30∼60歳の男女約3,500人の州公務員に,睡眠
に関してまず質問票で検討した後に,そのうちの625
例を乱数的に抽出し,睡眠を終夜記録した.
無呼吸と低呼吸の数(AHI)を時間当たりで算出した.
AHIを 5 以下,5 ∼10,10∼15,15以上に分類した.
[解析]リスク因子の解析には,ロジスティック回帰
分析を適用した.
[結果]1)終夜記録した625例中23例は,睡眠時間の
不足,レム睡眠がないなどの理由で解析から除去し,
残る602例を分析対象とした.そのうちの40例は,終
夜睡眠記録を 7 ∼14日後に再度採取した.
2)睡眠時呼吸障害のある人の比率を推計で,AHI 5
閉塞性睡眠時無呼吸患者は夜間に
心筋梗塞を発症しやすい
[目的]閉塞性睡眠時無呼吸(OSAS)の患者で,急性
心筋梗塞の発生が日中と夜間で異なるかを検討する.
[背景]OSASは発生頻度が高く,夜間には激しい循
環動態と内分泌系の変化を生んでいる.これは夜間の
心筋梗塞発生を招くのではないかと想像できる.
[研究の場]病院.
[対象]胸痛で心筋梗塞を発症した患者.
[方法]心筋梗塞があって,その発生に明白な胸痛発
作のあった92例を探し出し,OSASの有無は終夜睡眠
解析で調査した.
[第1の論文の結果]1)OSASのある患者とない患者
で,胸痛発作を手がかりに心筋梗塞の発生時点が24時
間のどの時点かを調査した.
2)両群の併存疾患などに差はなかった.
3)OSASの患者では心筋梗塞が 0 時∼ 6 時の間に発
生したのが32%で,OSASのない患者では 7 %であっ
た.
4)OSAS患者が 0 時∼ 6 時の間に心筋梗塞を発症す
る率は,それ以外の18時間に発症するよりも 6 倍高値
(95%信頼限界は1.3∼27.3,p=0.01)
と算出された.
5) 0 時∼ 6 時の間に心筋梗塞を発症した患者のうち,
91%はOSAS患者だった.
[第 2 の論文の結果]1) 0 時∼ 6 時 の 時 間 帯 に 亡 く
なった患者の割合は,OSASで46%,それ以外の患者
以上の比率は,女性の 9 %,男性の25%であった.
3)最低限の推計で,中年勤労者の女性の 2 %,男性
の 4 %が睡眠時無呼吸の範疇に分類でき,睡眠時無呼
吸と日中の傾眠傾向が存在する.
4)男性と肥満とが,睡眠時呼吸障害発生のリスク因
子としての意義が大きい.
5)いびきの知られている人は,男性も女性もAHI値
が15以上の可能性が高い.
6)終夜睡眠を 2 度記録した人では,AHIが 1 度目は
3.0,2 度目は3.9であった.
7)日中の傾眠傾向は,男性より女性に多かった.睡
眠時呼吸障害のある人,特にAHI 5 以上の人ではこの
傾向が有意に高く,女性で22%,男性で16%が週に 2
度以上の日中傾眠を経験していた.この推計は個人の
報告によっており,実数より少ないと考える根拠があ
る.
[結論]睡眠時呼吸障害の頻度は,従来考えられてい
た以上に高い.特に男性での発生率が高い.睡眠時呼
吸障害の診断がついていない場合も,日中の傾眠傾向
も伴う場合が多く,こちらは意外にも女性に多い.
[解説]1993年と古い論文だが,閉塞性睡眠時無呼吸
の発生頻度を検討したものとして名高いようなので今
回採用した.
(諏訪邦夫)
The occurrence of sleep-disordered breathing among
middle-aged adults. Young T, Palta M, Dempsey J,
Skatrud J, Weber S, Badr S.
N Engl J Med, 1993 Apr 29;328
(17)
:1230∼1235.
では21%,一般では16%,純粋の予測計算値は25%で
あった.
2) 0 時∼ 6 時の時間帯に亡くなる患者は,他の時間
帯に亡くなる患者よりAHI が高く,死亡率とAHIが
相関した.
3)OSAS患者が 0 時∼ 6 時の時間帯に心臓死する危
険度は,他の患者に比してオッズ比で2.57と高い.
[結論]OSAS患者が心筋梗塞を発症する時間帯は,
OSASのない患者が心筋梗塞を発症する時間帯と明確
に異なっている.夜間に心筋梗塞を発症するのは
OSAS患者である.OSASが心筋梗塞のきっかけになっ
ているのかもしれない.夜間に心筋梗塞発作のある患
者はOSASの検査を受けるべきである.また,夜間の
心筋梗塞発作を防ぐ治療が開発されるべきである.
[解説]OSAS患者が夜間に心筋梗塞を起こすという
のは,理屈では十分に考えられるが,これほど見事に
データで証明されるのも驚きである.結果の部分だけ
は,2)の論文のそれを組み合わせている.
(諏訪邦夫)
1)Day-night variation of acute myocardial infarction in
obstructive sleep apnea. Kuniyoshi FH, Garcia-Touchard
A, Gami AS, Romero-Corral A, van der Walt C,
Pusalavidyasagar S, Kara T, Caples SM, Pressman GS,
Vasquez EC, Lopez-Jimenez F, Somers VK.
J Am Coll Cardiol, 2008 Jul 29;52
(5)
:343∼346.
2)Day-night pattern of sudden death in obstructive
sleep apnea. Gami AS, Howard DE, Olson EJ, Somers
VK.
N Engl J Med, 2005 Mar 24;352
(12)
:1206∼1214.
27
●特集:気道閉塞
心臓手術患者に閉塞性睡眠時無呼吸が
あると手術成績が悪化する
[目的]心臓手術患者に閉塞性睡眠時無呼吸(OSAS)
の存在がどう働くかを解析する.
[背景]一方,心血管系障害と睡眠の質の重要性が注
目されはじめている.AHI
(Apnea-Hypopnea indices)
が 1 ∼10といえば,睡眠時呼吸障害としては軽度だが,
それで心血管系疾患を招くことが判明している.心臓
手術と睡眠時呼吸障害の関係はデータがないので,本
施設で分析することにした.
[対象]クリーブランドクリニックで心臓手術を受け
た 2 万 5 千余例の全数.
[方法] 2 万 5 千余例うち,37例は当クリニックの睡
眠センターでOSASと診断されている.この37例の各
例ごとに,いろいろの指標を手がかりに 5 例
(合計185
例)の対照をおいた.OSASとの診断から 2 年以内に
手術を受けた場合,患者は手術の時点でOSASありと
判断した.
[結果]1)OSASの患者では,脳障害発生率が高く
(p=0.008),術後感染率も高く(0.028)ICU滞在が延長
し
(p=0.031)
ていた.
2)感染率の差は,特に縦隔部位のそれで著しかった
(8.1% vs 1.6%).
3)再挿管率,気管チューブの維持期間,術後の合併
症全体の発生率などには,有意差がなかった.
4)総じてOSAS患者は,術後の経過がわるい.
5)術直後の合併症の多い点は,鎮静薬・鎮痛薬・麻
成人肥満者の睡眠時無呼吸:
病態生理と周術期気道管理
[目的]タイトルの問題を考察する総説である.
[主な内容]1)睡眠時無呼吸では,気流の停止か減
退・ハイポキセミアが起こり,覚醒して気道が開通す
る現象を繰り返す.
2)この際に過換気になる場合もある.血液ガスは大
きく動揺し,睡眠は分断される.
3)診断は,睡眠 1 時間あたりで10秒以上の呼吸減少
が 6 ∼20が軽度,21∼40が中等度,40を超えると高度
とされる.
4)気道閉塞を定めるのは,咽頭部気道の構造的性質
と咽頭拡張筋群の神経調節の相関関係である.
5)咽頭部気道の構造的性質に対して,肥満は 2 つの
要素で気道閉塞を起こしやすい方向に作用する.
6)第一に,咽頭部の軟組織量が増加して咽頭の閉塞
を起こりやすい状況を生み出す(咽頭部の解剖学的不
均衡)
.
7)第二に,特に内臓脂肪蓄積型の肥満では,腹部臓器
量の増大が横隔膜を押し上げて肺気量を減少させる.
8)肺気量減少は,気管の縦方向の伸長度を減少させ
て咽頭壁の閉塞を助長すると考えられる
(肺気量仮説)
.
9)こうした構造異常があっても,覚醒時には神経が
働いて対抗するが,睡眠によってこの要素が失われる.
10)その上に,本来なら呼吸の安定に働くはずのフィー
ドバック系において,系のゲインが低すぎて呼吸再開
力が弱かったり,逆にゲインが高すぎて周期呼吸を招
28
酔薬などが,咽頭の筋緊張を妨げハイポキセミア・ハ
イパーカービア・気道閉塞からの覚醒反応を抑えるこ
とで説明できるだろう.
6)しかし,術後合併症はその後も続く.推測だが,
術後 2 ,3 日してレム睡眠が多くなる事実が判明して
おり,これが中枢神経障害や心筋虚血と梗塞・各種卒
中・創傷治癒の遅延などに結びついているのだろう.
[結論]心臓手術を受ける患者にOSAS患者がある場
合,術後の合併症の発生率が高い.この事実はOSAS
の発生に対する認識が乏しく,患者一般だけでなく心
血管系患者でも認識されていない.臨床的に疑うこと
も少なく,終夜睡眠分析の頻度も乏しい現状では,問
題は特に深刻である.
[解説]内科の医師が手術後の合併症を解析している
珍しい例で,その点は割り引く必要はあるかもしれな
いが,しかし理屈を含めてデータは納得しやすい.
もっとも解説者(諏訪)の意見では,各種の検査(内視
鏡検査など鎮静薬併用の多いもの)もOSAS患者には
特に危険と考え,データも少しだけある.
(諏訪邦夫)
1)Incremental risk of obstructive sleep apnea on cardiac surgical outcomes. Kaw R, Golish J, Ghamande S,
Burgess R, Foldvary N, Walker E.
J Cardiovasc Surg(Torino)
, 2006;47
(6)
:683∼689.
2)Unrecognized sleep apnea in the surgical patient:
implications for the perioperative setting. Kaw R,
Michota F, Jaffer A, Ghamande S, Auckley D, Golish J.
Chest, 2006;129
(1)
:198∼205.
いたりする.
11)肥満患者の周術期の気道管理について現時点で確
立したものはないが,次の点を指摘しておきたい.
12)まず,閉塞性睡眠時無呼吸の頻度は非常に高いも
ので,4 人に 1 人に及ぶことが判明しており,終夜測
定をしなくても,質問票
(いびき,倦怠,日中の傾眠,
高血圧など)は有用である.マランパチその他による
「気道閉塞の起こりやすさの評価」も望ましい.
13)閉塞性睡眠時無呼吸患者は,マスク呼吸も気管挿
管もむずかしいことが証明されている.対応する準備
を怠るべきではない.気管挿管操作を行う人とは別に,
開口担当者や頚部角度の維持者などの補助者が必要か
もしれない.状況によっては覚醒挿管を考慮しよう.
14)麻酔の覚醒と抜管に際しては,可能なら半坐位や
横位も有用である.麻酔薬の十分な除去と筋弛緩作用
の消失も確認しなければならない.激しい咳や痰の喀
出反応を起こすような外部刺激はできるかぎり抑止する.
15)術後鎮痛は重要だが,呼吸抑制の障害との功罪を
考えざるを得ない.麻薬使用は特に慎重に.
16)術後の気道維持に体位は重要だが,それだけで解
決できずCPAPを適用が必要な場合も少なくない.
[結論]閉塞性睡眠時無呼吸の治療には,解剖的な不均
衡の是正・肺気量の維持ないし増加を図ることである.
[解説]磯野先生の得意な領域で,14ページにわたる
長い解説.
(諏訪邦夫)
Obstructive sleep apnea of obese adults:pathophysiology and perioperative airway management. Isono S.
Anesthesiology, 2009;110
(4)
:908∼921.