GSAM 会長 ジム・オニールの視点 改革は、財政緊縮

情報提供資料
GSAM 会長
2013年3月
ジム・オニールの視点
改革は、財政緊縮と同義語ではない
「Viewpointsの発行がやっとなくなった」と思われたかもしれませんが、残念ながら4月までは発行が続きそう
です。後で詳しく書きますが、今週早々にチリへの10日間の旅から戻り、そのうち数日間は、アルゼンチンにも
立ち寄り、ちょうどイタリア総選挙の結果と、米国財政の大混乱の最終章が終わるまでに、戻って来ることがで
きました。
イタリア総選挙の結果
来週終盤には、イタリアのコモ湖岸で行われる有名な金融フォーラムに参加することになっていますが、その意
味では、イタリアの有権者がもたらした不確定性の高い結果を受けて、フォーラムでどんな議論がされるのか、
非常に興味深く感じています。(ただし、私は来週、フォーラムに先立って行われるオールド・トラッフォード・
スタジアムでの大興奮に浸っていると思われます。)現時点では、イタリア総選挙の結果については、3つの見
方を持っています。第1に、おそらくやや奇異に聞こえるかもしれませんが、この結果は、非常に前向きなもの
だと思っています。1999年に欧州経済通貨同盟(EMU)が発足して以来、基本的にはGDPがまったく変化して
いないこの国には、何か大きな変化が求められているということです。おそらく今回の選挙結果と、国民の間で
人気の「五つ星運動」は、何か新しいことの始まりを示唆していると思います。第2に、イタリアのエリート層、
そしてより重要なことに、欧州の「権力の中枢」機関、特にドイツ政府と欧州中央銀行(ECB)にとっては、こ
の結果は、悪夢に限りなく近いものです。確かに、今回の選挙結果は、「債務削減のための債務削減は、単に価
値のある大義というだけではなく、政策支援を得るために必要なもの」という現状の認識に疑問を呈するもので
した。こうしたコンセンサスが、今後変わっていく可能性が否定できないとすれば、こうした認識にも疑問が向
けられるべきだと思いますが、その変化はすぐに起こるものでも、容易なものでもないでしょう。第3に、第2点
目に関連しているのですが、私の見方では、イタリアの本当の問題は、経済成長がないことだと思います。その
ために債務は増加の一途をたどっているのです。これは、他のユーロ圏の問題含みの国々にはない問題です。イ
タリアの景気循環調整済みの財政状況は、実は、若干のプラス(最終ページをご覧下さい)で、どの先進国より
も良い状況にあるのです。緊縮のための緊縮を目指す財政政策で、債務削減という漠然とした目標を達成しよう
とすることは、賢明な戦略とは思えません。イタリアは、商品と労働の市場を改革し、国レベルでの生産性向上
と改革を必要としているのです。また、EMUにとどまるためには、ドイツやECBの支援も必要であり、特に今は、
債券利回りが再び無用な上昇をする可能性を摘み取らなければならないのです。イタリアでは、改革という言葉
は、財政緊縮と同義語ではありません。選挙民が、それを示したばかりです。
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その他、欧州のニュース
もうひとつ大切なことがあります。イタリア総選挙の驚きの結果が出たこの2週間、これとは別の、もう少し穏
やかですが、しかし重要なニュースがありました。それは、2月のユーロ圏総合購買担当者景況指数(PMI)速報
値の予想外の悪化です。昨年来、景気後退の底打ちが期待されていたにも拘らず、このニュースで、その動きが
一時的であるかもしれないと思われるようになりました。金曜日に発表されたユーロ圏PMI改定値は、こうした
景気の弱さを示すもので、新たにイタリアとスペインがマイナスに転じ、フランスは引き続き不振です。こうし
たマイナス数値を、ドイツのプラスが大きく補っています。このPMIの発表とイタリア総選挙の結果の発表で、
新しい取組みが必要であることが分かりますが、それがすぐ実行されるかは疑問です。
こうした中、ひとつ明るいニュースと言えば、2012年に、スペインの公式財政赤字の大幅改善が確認されたこと
です。前年の対GDP比9.0%から6.7%にまで低下しました。これは、目標値であった6.3%には至らなかったもの
の、現在の厳しい景気の状態から考えると、極めて著しい改善と言えます。これが果たして景気循環調整後の財
政状況(最終ページをご覧下さい)の改善と言えるかどうかは、現状ではまだ分かりません。
欧州、より広い地域からのニュース
この他には、2つのニュースが目を惹きました。1つは、ドイツのメルケル首相が、トルコの欧州連合(EU)へ
の参加を歓迎する声明を初めて発表したことです。私は長い間、EUの将来の発展のためには、トルコの参加は
素晴らしいことだと考えてきましたので、この展開は、歓迎すべきものと思います。果たして、この声明が、ト
ルコへの短期訪問の準備のためのものだったのかどうかは、判断が付きません。次に、ある意味奇妙なのですが、
ポーランドの政策立案者が、今でもユーロ圏への参加を検討しているそうです。こうした報道に接すると、2012
年に東欧諸国を旅した時を思い出します。東欧の人たちにとっては、ユーロの存続についての疑義はなく、また、
彼らのユーロ圏に参加したいと切望する気持ちにも、変わりはないのです。
英国は楽しいゲームが続く
ドイツによるトルコのEU加盟の歓迎声明や、ポーランドのユーロ圏参加を望む声明は、英国の政策立案者たち
にとっては、他の惑星の問題であるかのように見えるのではないでしょうか。欧州の問題というより、自分たち
自身の問題で、英国ではこの1週間が過ぎました。
おそらく、ムーディーズによってトリプルAの格付を剥奪されるのが避けられない事態となり、英国の連立政権
にとっては、自らの経済政策への厳しい審判が下される結果となります。そして、今回のViewpointsの主旨と一
貫しているのですが、「改革=緊縮財政」ではないのです。連立政権は、財政赤字削減と同時に、金融業界に対
する規制強化と引き続きの自己資本充実要請にもコミットしています。今週、2つの非常に興味深い記事を読み
ました。1つは、2月26日付けロンドン・イブニング・スタンダードのアンソニー・ヒルトンによる記事で、過度
の「規制による経済の締め付け」に関するもの、そして、2月26日付けフィナンシャル・タイムズのマーティン・
ウルフによる、「税制緊縮の悲しい記録」と題した財政緊縮が不適切であることについての記事です。程度の差
こそあれ、英国にとって、金融業界の負債比率が低いことや、政府の債務が少ないことは、明らかにメリットの
あることです。しかし、この2つのことを同時に進めようとすれば、国内景気の回復は、複雑で、おそらく極め
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て困難なものになると思います。
こうした状況下、英国の雇用統計が好調であることは、非常に素晴らしいことです。データが正確であればとい
う条件付きですが。海外に行っている間に、地方の雇用傾向についての非常に興味深い報告書を目にしました。
それには、北東部で最近著しく雇用が伸びていることと、ヨークシャーとウェストミッドランドで、同程度の雇
用の減少があったことが記されていました。これらの地区はいずれも、政府支出の制限によって、苦境に陥りそ
うな地域です。ですから、英国の景気の謎は、まだまだ続きます。その中には、統計データの正確性についての
疑問も含まれています。この奇妙な話をもう少し堀下げたものが、2月初め頃のフィナンシャル・タイムズ・マ
ガジン特別号に載っておりました。話は、ミッドランドのある街にあるアマゾンの配送センターに関するもので、
これを読むと、雇用統計の「謎」が理解できるような気がしました。そこから読み取れるのは、薄給で、臨時雇
用が多く、支援体制がほとんどない状況で雇われている人たちの姿です。おそらく、これが、多くの人の状況な
のではないかと思われます。あまり魅力的な雇用条件とは言えません。
その上、ここ2週間ほどの間に、英国の最新のGDP推定値が発表されましたが、それを見ると、過去のデータを
仕方なく上方修正している部分が見られました。金融危機後の景気回復は、当初報道されていたほどには、厳し
くなかったことが分かります。これに対し、2012年の改定値を入手したところ、輸出の弱さが見て取れます。や
や疑ってはいるのですが、英国の貿易統計が正しいことを前提とすれば、財政緊縮、金融業界に厳しい戦略に加
えて、もうひとつ景気回復にとってのマイナス予測が加わることになります。
この稿を書いている時点で、英国のPMIは驚くほど弱く、これもまた、変動の大きかったこの2週間のエピソード
に加えられるべきものです。
米国の改革も、財政緊縮とイコールではない
ワシントンでの財政政策に関する議論が行われたものの、歳出の強制削減が迫る中、欧州とは対象的な問題に焦
点を当てなければならない事態に陥っています。米国は、抱えている財政赤字を減らすことができない、あるい
は、そうすることに消極的であるようにさえ見えます。もしかすると、米国の政治家たちは、長期的構造問題が
大きいことは承知しているけれども、過度に赤字削減に力を注ぐよりは、期待を下回ってもたついている景気を
回復させることの方が重要だと思っているのかもしれません。何からの叡智(と思われているもの)があってそ
のような判断になっているのか、世界準備通貨である米ドルの発行国であることのメリットのせいでそうなって
いるのかは分かりませんが、通貨という面で見れば、米国が欧州地域や英国よりは有利な立場にいることには間
違いがないように思われます。興味深いことに、定期的に発表される米国のデータは、予想を上回るものが多く
なっています。特に、住宅市場においては顕著です。こうしたことを見ていると、財政緊縮が穏やかに行われて
いる限りは、景気回復の妨げにはならないという考え方が正しいように思えます。また、国内の石油生産規模と
輸入という役割の低下についても、新たな情報が入ってきているようです。
前号のViewpoints以来、米連邦準備理事会連銀(FRB)の政策には、幾分新たな展開が見られました。公開され
た米国連邦公開市場委員会(FOMC)議事録は、前回に続いて期待を上回る内容でした。その2回の会合ではい
ずれも、FRB指導部のハト派的政策スタンスへの反対論があったことが分かります。市場がこうした最新の展開
に反応するまでには、たいした時間はかかりませんでした。ベン・バーナンキ議長が自己の立場を繰り返し明確
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にしたことも、その一因でしょう。ますます明確となってきたのは、議長は、議長の見解に対して大きく異なる
反対論が出ることを歓迎もし、忍耐もするという姿勢を持っているということです。しかし、それでも、彼の政
策に対する見方(おそらく、ダッドリー・ニューヨーク連銀総裁と、エレン副議長という主要な支持勢力に支え
られてのことでしょうが)が、ほぼすべて今のFRBを動かしているようです。
円と通貨戦争
前号のViewpoints以降、日本の政策立案者は、いくつも重要な会議に出席しています。7カ国財務大臣・中央銀
行総裁会議(G7)と20カ国財務大臣・中央銀行総裁会議(G20)に続いて、安倍新首相は、オバマ米国大統領と
の会談でも、政策に対する批判を受けることもなく、元財務官僚の実力者である黒田氏に舵取りを任せる方向で、
日銀の新首脳部指名に向けた動きをしています。こうした動きの中、円が1米ドル90円から95円という大きな値
幅の中を行ったり来たりする状況が続いています。次に何が起こるのかについて、私の考え方は、2つの間を揺
れ動いている状態です。一方で、金融政策の今後の道筋については、あいまいな「目途」ではなく、インフレ「目
標」へのコミットメントが明確で、これは、基本的に円弱気派には有利です。昨年11月に、私はこうした動きを
予想し、2013年第1四半期のマクロ経済の動きはそうなるであろうと信じていました。これが、ここまでずっと
大きな方向性の指針となって、市場には大きな変化が起こりました。しかし、一方で、日銀の新メンバーの指名
はすでに終わっており、後はそれを「単に」実施するのみという状況です。加えて、今週ある重要な日本の投資
家からうかがった話では、計画されている金融政策を支える明確な構造変化が見当たらないということです。こ
ういう状態が続けば、日本の投資家は、円安と日経平均の上昇が続くことに、懐疑的にならざるを得ないと思わ
れます。
中国
昨年11月から今年の1月末にかけて市場がめざましい上昇を遂げた後、中国にとって2月は、あまり芳しくない月
となりました。今、何が起こっているのでしょう。PMIデータ等、いくつかの景気指標の上昇が止まりましたが、
この時期の中国の経済データの解釈は、これまで以上に難しくなっています。景気指標の上昇停止が経済の実態
を表しており、新たなに経済の減速が見られるなら、若干の懸念材料となります。しかし、おそらく、こうした
データの動きは、不動産価格、緩和的金融環境、そしてインフレ圧力の上昇可能性といったことに関する政策ス
テップに向けての新たな注力姿勢と関係しているように思われます。こうしたことはすべて、私にとっては、中
程度の懸念材料であり、中国の政策立案者たちが、新たなバブルをコントロールしようとして警戒を強めている
という事実こそが、長期的に見れば中国経済にとって間違いなくプラス材料です。中国で経済が再び減速する兆
候と、新たなバブルとインフレがやってくるという兆候が、同時にはっきりと表れると考えるのは無理がありま
す。こうした状況がはっきりするには、3月のデータ発表を待たなければなりませんが、実際の発表は4月に入っ
てからです。
中国、アルゼンチン、メキシコ、そしてその他いくつかのこと
大好きなサッカーの話題はさておき、チリ、アルゼンチン、そしてラテンアメリカ全体について、コメントをし
てみましょう。
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今回の南米訪問は、私のチリデビューとなり、この国が大好きになりました。残念ながら、南部の砂漠地帯まで
足を伸ばす時間はありませんでしたが、サンティアゴ、バルパライソ、ワイン産地や、アルゼンチンにまで伸び
るアンデス山脈沿いの美しい湖や火山をしっかりと観ることができました。素晴らしい経験でしたが、ある意味、
ラテンアメリカ的でない経験でもありました。事前に多くの方から、南米訪問は欧州にいるような気分になると
伺っていましたが、確かにそういう風に感じました。一方でニューヨークやロサンゼルスにいるような気分にも
なりました。特に、サンティアゴでは、その感覚を強く持ちました。アルゼンチンには、以前訪問したことがあ
りましたが、こちらはチリとは違って、本当にラテンアメリカを感じました。「今の世界で、30%のインフレを
生き延びる国がいったいあるのだろうか」、「ここ数年訪ねた国の中で、何故ここだけ、ブラックベリー(訳注:
スマートフォン)の電波が届かないのだろうか」そして「飛行機の乗換時に、われわれの荷物がなくなってしまっ
たのは何故だろうか」という3つの疑問に対する答えを結局得られないまま、アルゼンチンを後にすることになっ
てしまいました。
サンティアゴにいる間、情報に詳しいある外国人評論家から、チリと、その他のラテンアメリカ大陸の国々に関
する非常に興味深い話をうかがいました。この方は、非常にチリ強気派で、コロンビアとペルーについても同じ
ような考えを持っていました。その他の国については興味が湧かないという話でしたが、メキシコだけは例外で
した。そして、ブラジルについては、その可能性について非常に疑義有りとのいくつかのコメントをいただきま
した。
メキシコと言えば、国営石油会社ペメックスの代表者への非常に興味深いインタビューの様子が、木曜日のフィ
ナンシャル・タイムズに載っていました。話題の中心は、新政権が推し進めようとしている国内エネルギー業界
の大きな変革の可能性でした。このエネルギー改革こそが、ますます多くの人の関心をメキシコに集めている
もっともな要因です。(もちろん、チチャリートの愛称で知られるメキシコ人サッカー選手、マンチェスター・
ユナイテッドのハビエル・エルナンデスを忘れてはいけません。)偶然にも、メキシコの政策立案者の方々の何
人かと、同じ木曜日にお会いできましたが、さまざまなメキシコの自慢話の中で多く出てきた話は、日本の自動
車メーカーや自動車部品メーカーのメキシコ進出が加速しつつあることでした。
フィナンシャル・タイムズの記事が印象にまだ残っている中で、非常に興味深く読んだ記事が、中国共産党の高
級幹部養成機関、中国共産党中央党校が発行する新聞「サンデー・タイムズ」の副編集長Deng Yuwen氏による
「コメント」記事でした。それは、中国は北朝鮮への支援を止め、半島統一を促進すべきであるというものでし
た。これが、中国の公式見解の変化を表すものであるとすれば注目に値しますし、非常に大きなそして明るい
ニュースです。
そして最後ですが、インドが木曜日に、最新の予算を発表しました。さまざまな細かい工夫や詳細な内容まで示
されてはいましたが、注目に値するものが見当たりませんでした。この予算発表が行われている最中に、インド
のテレビ局でのディスカッションに参加を要請されました。お断りしたので、相手を怒らせてしまったかもしれ
ませんが、予算で目を惹くものは、本当にほとんどなかったのです。これを見て私が思ったのは、インドは、よ
り大胆な方向に舵を切らなければならず、そうした動きの中に、中長期的な財政戦略を据えなければならないと
いうことでした。そしてこれまでにも何度も申し上げてきましたが、「適切な」インフレ目標を設定すべきです。
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サッカーと来週
来週木曜日、私は「緊急の用件」のためマンチェスターにおります。「10年に一度」の一戦(マンチェスター・
ユナイテッドとレアル・マドリードの対戦)観戦のためです。サッカーの試合では、緊縮財政は話題にはなりま
せんが、負けチームにとってはもちろん改革が必要となります。
ジム・オニール
ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント会長
(原文:3 月 1 日)
本資料に記載されているゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント(GSAM)会長ジム・オニール(以
下「執筆者」といいます。)の意見は、いかなる調査や投資助言を提供するものではなく、またいかなる金融商
品取引の推奨を行うものではありません。執筆者の意見は、必ずしもGSAMの運用チーム、GSグローバル・イ
ンベストメント・リサーチ、その他ゴールドマン・サックスまたはその関連会社のいかなる部署・部門の視点を
反映するものではありません。本資料はGSグローバル・インベストメント・リサーチが発行したものではあり
ません。追記の詳細につきましては当社グループホームページをご参照ください。
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