韓国への外国人投資現況及びサムスングループの

7.『韓国への外国人投資現況及びサムスングループの事業システム』
株式会社日本総合研究所
海外事業戦略クラスター
主任研究員 池田 栄治
【はじめに】
日本総合研究所の池田と申します。本日はお忙しいところをお集まりいただき、ありが
とうございます。私は山梨の駅で降りるのは初めてですが、趣味でウォーキングをしてい
て、今、甲州街道を歩いています。日本橋から大月までで止まっています。今年はその後
を攻めようかと考えています。
これまでこの研究会では、韓国に関しては政治的なテーマでやったことがあり、経済的
なテーマでやってほしいとの依頼があったので、大枠で外国人の投資現況や財閥の象徴で
あるサムスングループについて、発表させていただきたいと思います。
韓国の外国人投資現況を前半にして、参考として、日韓の貿易投資の動向やアジアの液
晶産業の発展と分業構造をお話したいと思います。
後半はサムスングループの事業システムということで入門編になりますが、サムスング
ループはこんなグループです、というところを戦略的なことも紹介しながら進めていきた
いと思っています。
【韓国への外国人投資現況】
まず、韓国への外国人投資現況です。大きく3つの時期にわけられます。95 年から 99 年
までが急増期です。1997 年 11 月のIMF通貨危機をきっかけに、98 年から構造改革が進
みました。その反動から、2000 年~2002、2003 年まで落ち込み、また最近になって盛り上
がってきたというところです。
この間の動きをみると、95 年以前は、20 億ドルから 30 億ドルの投資しかありませんで
した。これは、生産拠点や製造の技術移転が中国や他の東南アジアに移ってしまったから
です。韓国は 88 年の労働運動以降、労働コストが高くなり、製造拠点としての興味が薄れ
てしまったのです。そのため、96、97 年くらいまではそれほど大きな盛り上がりはありま
せんでした。ところが 97 年 11 月にIMF危機があり、ちょうどそのころ大統領選挙もあ
り、金大中大統領に変わり、大きな構造改革が進み、その影響でピークの 155 億ドルまで
達しました。
この動きの主な要因は3つあると思っています。1つは、救済のための合弁相手先企業
の増資や財閥の構造改革による株式の外資への放出などがあります。例えば、東レなどは
合弁会社を持っていたのですが、現地の通過危機の影響で増資しないと生き残れないとい
った時に、日本側が積極的な増資をして救済したこと等があります。また、95 年当時、サ
ムスングループがサムスン自動車という会社を持っていたのですが、それをルノーが買収
したり、あるいは、財閥そのものが売りに出され、外資系が 10 億ドルで財閥を買って切り
売りしたりなど、97~99 年は韓国のバーゲンセールのような状況でした。
S&Pやムーディーズといった外国の信用格付けの会社がどんどん格付けを下げました。
国の格付けも、企業の格付けも下げました。そうなると安物がどんどん出てきて、そこを
外資が安く買います。うまい具合に外資が買うと格付けが上がり、高値で売却するという
ような、積極的な投資金融会社の動きがあり、日本の企業というのはほとんど何も動けま
せんでした。私も当時、銀行にいましたが、その時は貸し出しのチャンスだったのですが、
リスクが高くて一線を引いてしまいました。それが逆に、韓国のクレジットクランチを招
いたということで、後で批判を浴びたのですが、そういう状況でいろいろと規制緩和をし
てきましたし、破綻をきっかけに救済するための増資が入ってきたというのが 1 つあると
思います。
また、韓国政府が積極的に投資環境を整備し始めました。外資の規制を緩和したり、外
国人の投資支援センターを作ってワンストップサービスをしたり、外国人の専用ラウンジ
をつくり、進出する企業に対して、税制を優遇するなどを始めました。また、法人税も、
当時は 35%くらいだったのですが、今は 27.5%です。徐々に外資が入りやすい環境を政府
が整え、それによって、外貨を獲得する1つの手段としたということが言えると思います。
3番目は労働慣行の是正です。通貨危機前は、整理解雇するには労働組合の同意が必要
でした。労働組合の専従者の賃金も払うし、争議中も賃金を払います。現代自動車などだ
と、毎年1カ月間は労働争議で工場がストップします。そういうことからも労働コストが
高くなってきてしまいました。ここを是正しないと外国人投資家は懸念します。私もいろ
いろ聞いているのですが、韓国への投資の最大のデメリットは労働問題だと、皆さん、ま
だ思っています。それは事実です。進出するのは大変だし、撤退するのはもっと大変です。
これはクリアしなければダメだということを政府にも、向こうの貿易公社にも言い続けて
きて、徐々に変わりつつあります。
政府が間に入って仲裁する制度もできたし、最近は労組のトップが東京へ説明会に来て、
「私達がちゃんとするので、どうぞ韓国に来てください」と話をするなど、変わってきて
います。
また、最近ではノーワーク・ノーペイということで、労働争議期間、働かない人はお金
を払わないということがルールとしてはっきり決まってきました。政府が早期解決に向け
た仲裁をするという姿勢を見ても、大分変わってきていると思います。
4点目は、輸出生産拠点としてではなく、韓国市場そのものに大変魅力が出てきたとい
うことです。消費が上がり、GDPも一人当たり2万ドル近くになってきたので、最終消
費地としての魅力が出てきました。この傾向が増加期にあたる 2003 年~2004 年に見られま
す。
2001 年から 2002 年に、外国人の投資が急激に落ちたのは、構造改革による売却案件がほ
とんど出尽くしてしまい、いい買物がなくなってしまったというのが一番の原因だと思い
ます。
2004 年からの盛り上がりの主役は製造業ではなく、金融業やサービス業です。最近では
ユニクロさんが出たり、100 円ショップのダイソーさんが出たりしています。
製造業は液晶関係などの特定分野が中心にきています。皆様ご承知の通り、2000 年以降、
サムスンやLGというのは液晶テレビをどんどん組み立てていくわけですが、自分の周辺
に部材メーカーを引っ張ってくるということで、日本の企業に「近くに進出してください」
と声を掛けるといった動きがここ2、3年活発です。その影響で製造業に関しては、液晶
関連分野が特徴的になってきています。
参考に示した日韓の貿易動向が資料にあります。上の図は韓国全体の貿易総額の推移で
す。赤線が輸入、青線が輸出です。韓国の貿易構造は、工業製品の素材や基幹部品を輸入
して、それを加工して輸出する加工貿易です。
97 年までは輸入超過で、ずっと赤字が出ていたのですが、98 年以降は輸出が増えるよう
になりました。この傾向は今も変わっていません。97 年の通貨危機以降、ウォン安の影響
で輸出競争力が強化され、貿易収支が改善されています。外貨保有高は一時、30 億ドルく
らいまで落ち込んでしまったのですが、今は、1000 億ドル近くまで上がり、想像できない
くらいの外貨保有となっています。
日本との関係はどうかというと、日本に対しての貿易収支は常に赤字です。日本からの
輸入が圧倒的に多いです。2005 年に 243 億ドル、2006 年で 253 億ドルと、1971 年から赤字
らしいのですが、今までの累積が 2,700 億ドルで対日貿易に関してはずっと赤字が続いて
います。
この理由は恒常的に生産材を日本に依存していることや、2000 年くらいに日本製品の輸
入規制を全撤廃したことです。それまでは日本からの輸入を規制する品目を 280 項目くら
い設けていました。自動車も直接は日本から韓国に入れられませんでした。ですから、ト
ヨタとホンダは自動車をアメリカからアメリカ製品として韓国に輸出していました。しか
し、やはり外資を取り入れたいということもあり輸入規制を撤廃しました。これは逆に対
日に対しては赤字になってしまいました。
また、韓国製品の日本市場での伸び悩みもありました。昔は、安ければ良いという市場
もあったのですが、今は安くて良いものは中国、ベトナム製品に代表されてしまったので、
韓国製品の位置づけが曖昧になってしまいました。日本で韓国製品を買う人がいない、一
方で韓国では日本での部材がどんどんほしいという構造がずっと続いています。この構造
が変わらない限り、この流れは続くのではないかと思います。ますます深刻になっている
ということで、韓国の経済産業省の長官のような人が年に2回ほど日本に来て、韓国にど
んどん進出してくださいというような投資説明会を積極的に国を挙げて行っています。
以上が全体の貿易動向です。
【アジアの液晶産業の発展と分業構造】
1つの事例として具体的なものを、アジアの液晶産業の発展と分業構造ということで話
したいと思います。
日本総合研究所は昨年2月に、サムスングループのサムスン経済研究所と包括的な業務
提携をし、一緒に共同研究や情報交換をしています。それに関連して東アジアの液晶産業
のネットワーク構造を調べています。このアジア研究会にも半導体に関連ある分野の方が
いるとのことなので少し紹介させていただきます。
大型液晶(TFT-LCD)の生産拠点はアジアの4カ国に集中しています。組み立て
ている国はありますが、世界で今、液晶パネルを作っているのは4カ国しかありません。
これをアジアのこれからの産業の中核にしていこう、いつまでもこの優位性を世界で保っ
ていくにはどうしたらいいか、ということを研究しています。
もともと液晶というのはアメリカで開発され、日本で製品化されたという特殊な経緯が
あります。その生産拠点が韓国や台湾に移ってきて、それが全体的に今、中国に移ってい
ます。サムスンやLGは、最終工程の組み立てはほとんど中国に持って行っています。そ
の流れがあるのですが、アジアの日本、韓国、台湾、中国というのは今、協力と競争とい
う状況にあります。技術協力したり、ライセンス協力したり、合弁会社を作ったりという
地域的な協力関係にある一方で、最終製品を作ったときにはその販売競争、価格競争を進
めています。知的所有権の訴訟や、技術流出に対する規制など、競争と共存を今、一生懸
命やっていると思います。そのために何ができるかということを、今、研究しているので
すが、その結果、今、世界の大型液晶パネル、10 インチ以上くらいのテレビ(パソコンと
いうよりもテレビのモニターを想定しています)のアジアでの出荷数のシェアが 100%にな
りました。2000 年くらいの頃は、日本がだいたい 50%のシェア、韓国が 37%でした。2005
年の状況を見ると韓国と台湾が急激にシェアを伸ばしています。日本は 15%程度です。こ
れには理由があり、日本は実は携帯やカーナビなど、小型の液晶に特化する傾向が強くな
り、テレビのような大型モニターに関しては台湾や韓国(サムスン、LGなど)が大勢を
占めるようになりました。日本でもシャープさんが頑張っているのですが、大型パネルは
シャープと東芝系列の2社くらいしかなくなってきていて、小型が主力になっているので、
大型でいうと韓国、台湾が世界1位、2位、という数字が現れるようになりました。
アジアの液晶産業の分業構造を見ると、日本のいくつかの地域的な特徴や構造が見られ
ます。こういったところで日本の強さの特徴を維持し、競争力を維持していくことは、こ
れからも重要になってくると思います。
アレイ工程といってガラス基板に回路設計するところと、セル工程といって基板を組み
合わせて液晶を注入するところ、モジュール工程といってバックライト等をつけて表示用
のモジュールとして完成させるところ、最終製品と大体4つに分かれていて、その川上の
ところで、日本の部材メーカーが圧倒的な強さを発揮しています。
ただ、最近は韓国でも、いつまでも日本製品を輸入するのではなく、部材メーカーを自
分の工場の周辺に持ってきて、韓国内での内製化、国産化しようという動きが積極的です。
カラーフィルターなどはサムスンが自分で作っているということも聞いています。
川上から少し離れて、セル工程になると韓国、台湾が強いです。パネルなどの中間製品
を製造して輸出しています。モジュール工程になると、これは中国が強い分野です。これ
は組立をするところなので、まさに人件費が安いところに流れていきます。
また中国は、完成品の供給拠点として台頭してきています。日本も垂直統合型で完成品
を輸出していますが、韓国、台湾もその動きに追従しています。
パネルの大型化の競争がとても激しくなってきていて、昨年は 40 型くらいが主力になっ
ています。日本の家庭の大きさを考えると 80 インチなどというのは考えられないと思いま
す。せめて 50 インチから 60 インチくらいまでは競争が続き、それ以上になるとおそらく
広告塔のような屋外のパネル競争になってくるのではないかと言われています。
液晶産業の川上をシェアする日本企業ですが、いかに川上をシェアしているかを見てい
きたいと思います。
主要部材には、ガラス基板や偏光板、バックライト、カラーフィルターなどがあるので
すが、各分野でだいたい世界のシェアの7割を日本企業3社くらいが占めています。偏光
板では日東電光が世界のシェアの 48%、住友化学が 26%といった具合です。
昨年、韓国の LCD 産業クラスターにおける海外への部材依存について統計を取りました。
約 48%は海外から持って来ていて、そのうち7割は日本から持って来ているということで
した。ですから、韓国政府やサムスン電子の要請によって多くの日本の部材メーカーが韓
国に工場進出しています。今、サムスンとLGなどはLCD専門の工業団地みたいな大き
な産業クラスターをつくっていて、その中に住友化学やNHテクノ、東芝などがどんどん
進出しています。三重県などで、私もインタビューや調査をしました。そこの部材メーカ
ーはシャープと初めは取り引きをしていたのですが、別にシャープに限らない、サムソン
で買ってくれるならどんどん行くよ、ということで部材メーカーの動きがとてもグローバ
ル化しているのではないかと思います。しかもそのサプライの源流を押さえているので、
今後も液晶は伸びるといわれているのですが、そこを握っているのは有力な部材メーカー
なのではないかという気がしています。
【サムスングループの事業システム】
ここから後半に入ります。サムスングループの事業システムの入門編です。公開資料や
内部関係者のインタビューを整理したものです。日本総研に一昨年までいて、今、日本サ
ムスンの顧問をしている人がいて、その人からお話を聞いてまとめたものを話します。
皆様の中にも既にサムスングループと取り引きのあるところもあると思います。いろい
ろと足りないところはご教示いただければと思います。
川下では日本の最大ライバルにして、川上では最大の顧客、というところです。
まず、韓国の企業グループである財閥の構造はどうなっているかを一通りご説明します。
グループのオーナーで財閥総裁がトップにいて、その周辺にオーナー秘書室というのがあ
ります。これは、97 年以前は秘書室という隠微な名前で呼ばれていて、その後、構造調整
本部になり、今は戦略企画室という名前になっています。そこがグループのオーナーを中
心とした意思決定機関となっていて、その下に専門経営者がいます。これは各グループの
会社の社長です。いわゆる非一族です。実質的な経営能力がある人たちが集まっているの
が専門経営者です。通常の多くの財閥というのは 50~60 社くらいの傘下企業があり、経営
戦略や投資などについては全てオーナーに上申して、グループ全体の投資が検討されます。
韓国の場合、決算は 12 月で、来年度以降に関しては 10、11、12 月に事業計画を作り、12
月くらいにグループオーナーを中心とした戦略企画室で来年以降の投資計画をグループ全
体でやり、それを配分します。1、2、3月くらいにそれを検討し、4月からは資金調達
が必要なところは一斉に資金調達をしたり、設備投資をしたりするということが毎年行わ
れています。
韓国の財閥の構造的な特徴としては、親族、家族による閉鎖的な支配が続いているとか、
高度に多角化された事業構造があるとか、支配的大株主として所有機能と同時に、グルー
プの最高意思決定機関として実質オーナー経営体制を堅持している、いわゆる所有と経営
の分離ができていないというところが、構造改革が進んではいるものの、まだまだ改善さ
れていないという部分です。
97 年の通貨危機の時に、政府が財閥構造改革を積極的にやろうという施策をとったので
すが、基本的な構造はあまり変わっていません。ただ、大宇グループや現代グループ、L
Gグループなど、オーナーが亡くなられたり、一族の紛争で分離していったりというとこ
ろは出てきています。
財閥経営の強みですが、ここは日本にはないところで、戦略的な意思決定、リーダーシ
ップの発揮はダントツです。このリーダーシップの発揮というのは日本では考えられない
くらいの効力があります。
あとは、専門経営者への権限委譲による日常的意思決定の迅速化です。日常的なことに
関しては、ほとんどの経営者はアメリカのMBAを取ってきているという人たちで、専門
に経営を学んだ人たちが周辺を支えています。
財閥の弱みは何かというと、目先の利益を追い、過剰投資をしてしまうことです。成功
だけではありません、失敗もします。あとは、政府、銀行との癒着構造です。大分薄れて
はきましたが、97 年までは確実にこの癒着構造がありました。97 年 1 月に韓宝鉄鋼という
グループが破綻したのですが、それが韓国の通貨危機の出発点だと言われていて、97 年 6
月には起亜自動車という会社が破綻し、最終的には 11 月に経済が破綻したのです。向こう
の構造で、銀行の頭取というのは政府が人事権を持っているのです。それで、銀行は韓宝
鉄鋼に必要以上の過剰融資をします。その過剰融資で韓宝グループに回った資金が政治資
金に流れていくのです。その政府の言うことを聞かない銀行はすぐに変えられてしまいま
す。政府が国を支える金融システムをすべてコントロールしているという構造がずっと続
いていました。それが明らかになり、一つの箍が外れて全てが崩れていきました。それが
ちょうど 97 年で、壊滅的な状況になり、98 年に金大中大統領が出てきて、財閥と政府と銀
行の構造を断ち切ろうということで、改革がされてきたということです。
韓国は公正取引委員会による大規模企業集団指定というベスト 30 を出します。大規模集
団を解体して中小企業を育成しようというのは日本と一緒で、韓国でもずっとやり続けて
いて、こういう大企業に資金が集中しないように銀行に貸し出し制限みたいなものを設け
ています。それを発表するのがこのベスト 30 です。97 年の通貨危機前は、トップが現代グ
ループで、サムスン、大宇、LG、SKとなっていますが、2004 年には現代は現代自動車
と現代重工業というところに分離しました。これは、チョン・ジュヨンさんというお父さ
んが亡くなられた後、家族でもめてグループを2つに分けてしまったとか、大宇グループ
は、会長が脱税等で逮捕され、実質的には破綻してしまいました。1996 年には世界一の投
資グループで、東南アジアだとか中国に積極的にインフラ投資をして、後でその実を取る
ということをしていたのですが、結局はその過剰投資が回収しきれなくなり、完全に破綻
してしまいました。
LGも 2004 年には2番になっていますが、2005 年にここから半分くらい SG グループと
いうのが新しくでき、分離してしまいました。もともとLGは2つの会社が一緒になった
のですが、2005 年で元に分かれてしまいました。
実はどんと腰を据えているのはサムスングループです。ここはほとんど分離していませ
ん。選択と集中で、かなり事業は絞りましたが、彼らの結束力というのはとても強いです。
97 年の危機以降、いろいろな構造改革はありましたが、サムスンだけは中で分離するとい
うことは一切ありませんでした。
当時はコーポレートガバナンスの問題がいろいろと言われました。韓国では株主構成に
占める個人の割合は結構多く、4割くらいあります。ただ、なけなしの金を払うわけでは
なく、オーナー達がほとんどの株式を支配していて、所有と経営の分離がこの国は遅れて
いると言われていて、財閥が経済危機を招いた主犯だとか、財閥に対する厳しい責任追求
があり、98 年以降、金大中政権が新しいカバナンス構造を提示し、大きく3つのことを企
業に求めました。これは日本の構造改革でもここまでやれないというくらい積極的なもの
で、一番大きなものは上場法人に対する社外役員専任の義務化でした。上場企業の役員総
数の4分の1以上は社外役員を入れなければいけないというものです。また、資産規模が
2兆ウォン(約 2000 億円)以上の企業は半分以上、社外の人を入れなさいということにな
りました。私どもは向こうで国民銀行という銀行と仲が良かったのですが、銀行の役員の
半分が社外から来たのです。それはすごいカルチャーショックでした。大学の先生や弁護
士さんなど、突然役員の半分にプロパーでない人が入ってきたので、最初の1年くらいは
こちらもとても戸惑ったのですが、これは法律として義務化されたのでどうしようもない、
日本でも考えられないようなガバナンス構造の改革を進めてきました。
また、支配大株主の責任強化も行いました。財閥オーナーが株を持って実際裏で糸を引
いているのですが、そういうのはもう許しません。ちゃんと表で代表取締役になって責任
を取りなさい。裏で糸を引くような秘書室だとかそういうものは全て廃止しなさい、とい
うことでオーナーの傀儡政権は全て認めないというようなことになりました。
また、小額株主の権利を強化しようということで、系列社間の不正取引や株主の持ち合
い構造というのがあり、会社の支配と経営が不明確になっていた部分があったので、そこ
を改善しなさいという改革が進められました。
【サムスングループの概要】
サムスングループの概要ですが、韓国財閥の象徴ということで今どうなっているかとい
うと、イ・ゴンヒさんという会長さんがいて、この方が3代目です。今、5分野 64 社をコ
ントロールしていて、電子分野、金融、化学品、機械関係など総売上高が 10 兆円、資産規
模が約7兆円に達しています。
グループ経営の特徴は、事業規模が大きいにもかかわらず、意思決定が非常に速いこと
です。これが競争優位になっている要因だと言われています。時代の流れにスピード感を
持って対応しているし、事業が多角化していて、各分野におけるリーディングカンパニー
が非常に多いです。サムスン電子、サムスン物産、サムスン生命、サムスン重工業等、ほ
とんどの企業がトップ企業になっています。
また、オーナー経営と専門経営者の融合が上手く取れていて、専門経営者が輩出される
仕組みになっています。
イ・ゴンヒさんの息子さんで 38 歳のイ・ジェヨンさんという息子さんがいます。サムス
ン電子の専務をしています。この方はアメリカにも留学していますし、慶応のビジネスス
クールも出ています。イ・ゴンヒさんも早稲田を出ていて、英語も日本語もペラペラです。
そういった面で日本に来られても日本の市場を良く知っているし、いろんな研究を一生懸
命やっている方です。ですからオーナー経営者ですが、単に経営者として株をコントロー
ルしているだけというわけではなく、経営に対して指導力、影響力を強く持っています。
DNA が上手く伝わっているのがサムスングループです。
経営スタイルはアメリカ型と日本型経営方式の良さを上手く組み合わせています。一言
で言うと、信賞必罰と家族的一体感です。具体的には後でまたご説明します。
サムスンのグローバル戦略というのは 90 年以降、積極化されてきました。国内の経済規
模は日本の 10 分の1くらいですし、90 年以降、アジアの後発国に追い上げをくらいました
ので、必然的に外に出て行かざるをえなくなりました。それにIMF危機が拍車をかけ、
外貨獲得のためにどんどんとグローバル戦略を今も出しています。今、ブランド価値が世
界で第 20 位だとか、マーケットシェアでも第1位の製品を作ろうということで、彼らは世
界1の製品を 16 個持っているそうです。DRAMだとか、フラッシュメモリー等です。あ
とは優秀な人材を確保していこうということで、グローバル戦略を掲げているのがサムス
ングループです。
これは日本の緩やかな企業体系とは全く違う感じです。サムスン電子の業績ですが、サ
ムスンは 2005 年 12 月の決算で、日本のメーカーは 2006 年 3 月の決算です。これを見ると、
シャープが売り上げに対する営業利益率が 5.6%で日本のトップです。サムスンの場合は売
り上げが東芝、ソニーとほぼ同じなのですが、営業利益でこの時で約 9672 億円と、営業利
益率 14%くらいで、シャープの約3倍の高収益率を上げています。これは一過性ではなく、
最近の決算でも同じような状況です。
これはなぜなのか、ここにサムスンの強さの秘密があるのではないかと思っています。
経営システムや哲学が日本企業と違うのではないかという仮説を持っていて、それに対し
て、ではサムスンはどのような経営システムなのかを見たのが次の話です。
【サムスングループの経営哲学と事業システム】
これを整理・分析すると、この資料の体系図にすべて当てはまるのではないかと私は思
っています。しかもこのフレームが一貫性を持っていて、個々の要素が優れています。上
位のところは経営の求心力です。イ・ゴンヒ会長のリーダーシップがあり、その下に未来
を見据えるリーダー達がいて、会長のすぐ近くに会長の意思決定を支える戦略企画室とい
うのがあります。これはサムスン経営のトライアングルと言われています。
彼らが迅速果敢にグループ 56 社の事業の選択と集中をしています。実はそこを支えるの
が人ですから、人に秘密があるのではと思っています。
「体系的人事管理と多彩な人材」ということで、韓国では弁護士や政府高官になるより
もサムスングループに入る方が難しいと言われるくらい、多彩で優秀な人材が揃っていま
す。一極集中のように揃っています。そして信賞必罰の評価です。日本では考えられない
ような評価をします。全体で 240 項目くらいの評価項目があり、それを厳しくやったりし
ています。また、不正を防ぐ経営診断というのもあり、これは当たり前のようですが、サ
ムスンでは特にやっています。
イ・ゴンヒ会長のリーダーシップとはどんなところにあるかというと、強いカリスマ性
や優れた洞察力などです。1988 年に会長に就任したのですが、その当時「第2の創業」と
うたっていました。人材重視の経営で、一人の優秀な人材がいれば 10 万人を食わせていけ
るということで、積極的に高学歴の人を集め、現在 1500 人の博士号を持っている人がいる
らしいです。イ・ゴンヒさん自体は理系の方で、東芝のビデオデッキを分解して部品数の
20%削減を指示したなどという話があります。
また、果敢な投資決定というのが一番の特徴だと思います。半導体事業というのはリス
クが大きいのですが、彼は個人資産を注ぎ込んでもやると言って、80 年代末から 90 年代に
しっかりと勝機を掴みました。それで今、液晶で花が咲いているのかとも思います。
失敗もあります。95 年にサムスン自動車を立ち上げました。大型の個人資産を投入した
のですが、最終的には失敗してルノーに売却しました。昔から現代がトップだったのです
が、サムスンもどうにか自分のグループに自動車部門をつくりたいとしました。裾野の広
い事業ですし、これからの成長性も高いのでどうにかやりたいということで、日産に技術
協力を求めて、釜山の近くに政府から工業用地をほぼ無料で確保して始めました。私は 95
年くらいに工場見学に行きましたが、その頃はバラックでこれから立ち上げようという状
況でした。そこは埋立地だったので大きな工場は建たないという欠点もあったのですが、
当時私は銀行にいて、融資の話があったのですが、最終的にはお金は貸せませんでした。
海外では担保がなかなか取れないですし、
「殿ご乱心」というような感じで皆さん見ていて、
これはまともな事業にはならないだろうなという思いがありました。どこか既存のところ
を買収するならまだ分かるのですが、ゼロから立ち上げようとしていたので、金はあって
も人や技術は何もないということで、この事業が成功するのは難しいだろうなと思ってい
たのですが、案の定そうでした。
実は今でもルノーサムスンという名前は残っていて、年間 3000 台くらい造っています。
日産の人たちも当時は 100 人くらい釜山に来てお手伝いしていたのですが、皆さん引き上
げてしまいました。
話を会長のリーダーシップに戻すと、超一流を目指す勝負欲もあります。ベストセラー
商品を作るためには資金はいくらでも注ぎ込みます。それが開花したのが携帯事業や半導
体事業です。2001 年時点で、中国を生産拠点ではなく今後の販売拠点と見ていた洞察力や、
人材を直接選ぶなどの特徴もあります。
日本の電子分野の技術者に5倍の給料を払ったり、インテルの技術者に 20 万ドル払った
りして口説き落として、海外へ頭脳を持っていくそうです。
液晶などの場合、特許を持っている人は、特許の移動でどこの国からどこの国へ行った
というのが分かるのです。結構、台湾や韓国に移っています。シャープの技術者なども韓
国に移っている人がいます。
あとは、ナマズ論が有名で、
「ナマズを田んぼにいれるとドジョウは太る」ということで、
健全な危機意識を常に持とうとしています。今年1月の年頭挨拶では、「デジタル時代の1
年はアナログ時代の 100 年に相当する。変化対応するのではなく、変化を起こせ」とか「半
導体、情報通信はもういい。次のビジネスを見つけよ」というようなことを言っています。
一方、会長の下にいる「未来を見据えるリーダーたち」は、ナンバーワン主義を貫く最
高の頭脳集団ということでとても学習意欲が高いです。今、アクションラーニングという
ものがあるのですが、サムスンも早くから取り入れています。
グループの会社役員を 100 人以上集め、毎年大きな体育館で車座になって経営課題を解
決するラーニングをとことんするそうです。56 社もあるので、なかなか意思疎通できない
のですが、毎年2回、そういったことで意思疎通し、グループ全体の視点の中で問題を解
決するということをしています。
サムソン経営の司令塔として戦略企画室があるのですが、これが経営のトライアングル
ということで陣頭指揮をして構造改革を始動したり、あるいはシステムを構築するなど、
ほとんどの人たちがブレーンで占められていて、この戦略企画室で教育された人たちが各
会社の社長になっていきます。オーナーの傘下でやってきた人たちが各企業のトップにな
っていくということで、支配構造がうまくできています。
選択と集中ということで、生存のための構造改革というのは 97 年の経済危機以降、積極
的に行っていて、30%の人員削減をやりました。これは、職員だけでなく役員の整理も行
い、旧構造調整本部の全員が辞職しました。
あとは、先端製品メーカーへの脱皮ということで、半導体とか携帯事業などの収益事業
を積極的、集中的に進めていきました。
また、新経営の成果ということで、会長はよく「妻と子どもを除くすべてを替えろ」と
よく注文していました。一つの意識改革でこういうことを言ったのです。
95 年頃には普通は午前9時から午後5時までが勤務時間なのですが、朝7時から午後3
時という時間に変えるなどといったことを突然しました。周りの居酒屋さんがそれに合わ
せて営業時間を変えたという話もあるし、朝のわけの分からない時間に車が渋滞するとい
ったこともありました。そういったことは意識改革です。先ほどのナマズ論ではありませ
んが、休ませてくれないのです。常に危機意識を持たせるのです。
あと、特徴的なのは「体系的な人材管理と多様な人材」です。最大の人材プールである
ことは間違いないのですが、いわゆる育ててもいるのです。地域専門家というのがいるの
ですが、300 人の働き盛りの課長クラスの人たちを1年間、海外に武者修行に出すのです。
半年間を語学研修で6ヶ月現地化、中には3ヶ月語学研修で9ヶ月現地化という人もいま
す。それを経験した人が累積で 3300 人いて、日本の専門家は 500 人います。
日本に来て、会社、例えばサムスンジャパンなどは一切何も助けないそうです。自分で
アパートを見つけて自分で学校を見つけて、日本語なり中国語を勉強します。その後の6
ヶ月~9ヶ月は何をしてもいいのです。文化を勉強してもいいし、三味線を習ってもいい
のです。いかに現地化するか、人脈を形成するかといったことです。1年間、何をやって
もいいから現地化しなさい、という1つの使命だけで行くそうです。
これがグローバル化する上で人材基盤になっています。日本にも毎年 24~25 人来ていて、
日本の専門家は 500 人、中国の専門家は 800 人くらいいるということです。日本の企業で
はなかなかここまで人材育成することはできません。教育に対してとても投資するグルー
プです。
一方で、信賞必罰の評価システムがあり、能力に合った待遇や報酬は積極的というか厳
しいです。CEOは年俸制で、基本給は 25%だけです。残りの 75%は業績に応じて特別賞
与のような形で1月くらいに出ます。CEOになるのは大臣になるより難しいと言われて
いて、抜粋人事の対象は昇格者の2%で、毎年5%は脱落すると言われています。
一般従業員も今は年俸制になっていて、毎年、最下位5%は地方のサムスン生命の支社
などに飛ばされ、まったくスキルの発揮できない状態に置かれるということです。そうな
った人は辞めてしまいます。そういったところで常に新しい人材を確保しているというこ
とです。
また、役員のモチベーションを高めるということで、取締役の平均年収というのは約4
億円と言われています。副会長くらいが7億~8億円もらっているそうです。社長クラス
で 3 億円くらいです。そういう部分も含めて、平均4億円だそうです。これはLGや現代
自動車に比べて4倍、7倍といった数字です。
ただこれには裏があり、サムスンの中の人に聞いたら、この4億円の中からすべて自己
責任で対処しなければいけないそうです。当然株主代表訴訟があれば、それを負担しなけ
ればいけません。日本の場合は保険があったりしますが、会長の密命のような形で、表に
は出ないけれど、「オマエがあれを処理しろ」とか「あれを調べろ」といった費用も一切合
財含めてこの年俸だからサムスンは高いと言われてはいます。ですが、それでも日本では
考えられないくらいの年俸です。
また、不正を防ぐ経営診断というものがあります。徹底した不正の摘発や不正業者の永
久取引追放、出入り禁止措置だとか、不正を防ぐために毎年1回、徹底的な経営診断をし
ています。当たり前じゃないかと思われるかもしれませんが、実際は、構造改革以降もま
だまだこういう話は残っています。この間、ある電子部品の商社の社長さんと話しました。
そこはサムスングループともう一つ大きな電子関係のグループと取引をしていて、サムス
ンはまさにこういった体制で不正はできないのですが、もう1つの所に行くと、その会社
の役員が個人の会社を持っていて、そこをスルーして物を通してくれ、というのが今でも
行われているとのことでした。それが、サムスンと他のグループの違いだなと思いました。
また、80 年代くらいだと、銀行は融資をするとペイバックをもらっていたというような
こともありました。私は当時、ある日系の会社にお金を貸そうとしていました。もともと
地元の金融機関でお金を借りていたのですが、金利が通常 10%くらいなのですが 15%要求
される、その5%は何かというと、その担当者と支店長のところに行ってしまうのだそう
です。その社長さんは日本の銀行はそういうことはないだろうということで飛び込んでき
たのです。まだまだ金融機関の力というのは強くて、そういった慣行は抜けません。学校
の先生も向こうは強くて、付け届けといって、毎年2回くらい、生徒は先生に現金を渡す
のです。ですから昔から、学校の先生と銀行マンが一番いい車に乗っていると言われてい
ました。いわゆる納税しないお金が沢山入るということです。最近はそうでもないのでし
ょうが、少し不透明なところがまだまだ残っているのではないかと思います。
サムスングループの中核にはサムスン電子があります。サムスン電子の経営戦略のいく
つか具体的なものをご紹介します。「多様な事業ポートフォリオ」「トップを目指すブラン
ド戦略」「未来創造のR&Dデザイン」「グループ協力体制」「緻密な情報管理」「徹底した
在庫管理」「良好な労使関係」「無派閥主義」「グローバル経営戦略」と9つあります。まさ
にこれらの要素に有機的一体感があって、強さを発揮しています。「良好な労使関係」「無
派閥主義」というのはサムスン以外の他の財閥ではほとんど考えられません。彼らは組合
を作りません。それ以上に労働者に対しいろいろ待遇はしっかりしますということを徹底
的に進めているということです。
「多様な事業ポートフォリオ」というのは、半導体、情報通信、デジタルメディア、家
電などです。各事業を保有していることがサムスンの強みで、2001 年のIT不況の影響で、
日本の電気メーカーは大幅な赤字を 2002 年 3 期に計上したのですが、サムスン電子は約3
兆ウォン、4000 億円くらいの利益を確保しました。当然、半導体の売り上げは日本のメー
カーと同様に悪かったのですが、それを携帯電話の分野で補ったというところで、その辺
の事業ポートフォリオがうまくいっていたのかな、と思います。
携帯事業の短期的な急成長は、半導体事業が後押ししたということもあるのですが、横
割りの技術融合が可能なネットワークができていて、内部の協力がかなり早く積極的に進
められています。
「トップを目指すブランド戦略」がありますが、経済危機以前は個別製品の販促活動し
かやっておらず、世界市場の評判は、当時は「安い・C級品」というのが韓国の定番でし
た。それを A 級にまで引き上げるためにはどうしたらいいかというのを、ここ 10 年一生懸
命やっています。
実は、ブランドが大事だということで、オリンピック戦略というものを出しています。
1998 年の長野オリンピック以降、無線機器分野の公式スポンサーになったり、昨年 12 月の
アジア大会でも「Samsung」の文字が柔道着の背中に入っていたりと、相当イメージ戦略を
取るようになりました。それは当然、製品やサービス価値が上がらないと意味がないので
すが、イメージ戦略が一番不足しているというのが今の会長の認識のようです。そのイメ
ージ管理をするために、経営的に強く、社会的責任も全うする企業ということで社会的貢
献活動をしたりしています。役員のボランティア活動の参加率が 60%と、そういった地道
な活動をしています。
今は、R&Dとか未来を創造するデザインに力を入れていて、R&D部門の人員が社員
の約 30%を占めています。2001 年の特許申請でいえば、IBMやNECに次いで第5位で
したが、昨年調べたら液晶分野ではLGとサムスンが圧倒的に多く、世界1、2位でした。
シャープなどの日本のメーカーが3位、4位でした。この特許分野に関しては、韓国メー
カーはどんどん特許申請をしています。R&Dの成果が出ているのかと思います。売り上
げの7%はR&Dの投資にかけるといいます。これはあまり日本のメーカーではないかと
思います。会長はデザインのような創意力がこれからの大事な資産で、21 世紀の勝負どこ
ろだと言っています。
また、強いのはグループ各社の協力体制です。サムスン電子を中核として、新製品の開
発協力に積極的で、先ほど各企業でトップ企業が多いという話しをしましたが、例えばサ
ムスン電機というのは偏向コイルとか、高圧変成機の分野で世界一の企業です。サムスン
コーニングというのはガラスバルブを作っているのですが、世界一です。サムスン SDI と
いうのは、プラズマパネルや小型液晶をつくっています。
こういった関連会社の中からの協力もあり、サムスン電子で最終組立てをしているので
す。液晶事業に関して言うと、忠清南道といってソウルから車から1時間くらいのところ
にタンジョンという町があるのですが、そこはもともとサムスンとLGのちょうど中間地
くらいの所なのですが、そこにクリスタルバレー構想といって、液晶事業も全部集めてい
こうとしています。日本の企業も入ったりしています。223 万坪を確保して、どんどんそこ
を強化していこうと、今、自治体と一緒に開発を進めています。シャープさんが第8世代
のパネルを今、三重県でやっているのですが、今年あたりおそらくサムスンとソニーの合
弁会社が第8世代を動かしていきます。その 200 万坪くらいの所にサムスンは第 11 世代ま
での工場用地も確保しています。11 世代まで行くのかとも思いながらも、確保していると
いうことです。
だから投資環境というのは、政府の後押しもあって随分整えられているのかな、という
感じがします。
次に緻密な情報管理についてです。
「どこよりも早く、正確に」というのを会長が役職員
に求めています。会長はよく日本に来られるのですが、来た時は八重洲ブックセンターで
本を買いまくるそうです。会長はすごく物知りだとグループの中で言われているらしいの
ですが、後で調べると、あれはあそこの本に載っていたというのが結構あるらしいです。
ERPシステムがあるので、経営情報を一元化するというところのシステムはかなり早く
からできあがっているということです。
あとは、徹底した在庫管理をしているということです。最大 16 週先の需要予測ができる
といいます。また、サムスン電子には物流管理をする倉庫がないらしいです。いわゆる3
PL といって物流専門会社に全て委託しているということです。これだけ徹底した在庫管理
をしているということです。
良好な労使関係についてですが、韓国では稀な「無労組経営」をしています。「労組が生
まれるのは会社に何か誤った点があるからだ」という会長の考えがあり、サムスンは社員
への多様な福祉政策をやっています。一方で、同じような財閥を比較してみると現代自動
車は労組が4万人いて、専従は 90 人、1年間に1カ月間は必ずストライキをします。これ
で生産調整をしているという話しもありますが。ただ、人情味があるのは現代自動車です。
食事に行くと必ず奢ってくれるのは現代自動車です。サムスンは割り勘で冷たい感じもす
るので私は現代が好きなのですが。
あとは無派閥主義といって学閥、地縁、コネは排除していきましょうとしています。「出
身地で左右される利己主義、学閥による利己主義、事業部単位での利己主義は組織競争力
を弱らせる」ということで、すべて能力主義でいっています。
韓国はまだまだ地域的なつながりが多いです。大統領が変わると周りは全部変わるし、
銀行のトップ、官公庁のトップもほとんど変わります。だいたい周りにいるのは、同じ出
身地の人たちとか同じ学校の出身者だとかで、そういう人たちがガラっと変わります。今
年の 10 月に大統領選挙があって、来年の2月にはノムヒョン大統領から変わります。10 月
に新しい大統領が決まって2月に変わるのですが、そこから半年くらいは様子見です。こ
の大統領は右を向くのか、左を向くのか、賢い官僚たちはずっと様子を見ています。その
方向性を見て、8月、9月くらいに自分達の方向性を決めてついて行くという形です。で
すからおそらくもう、大統領選挙の活動は始まっています。大統領の再選は認められてい
ないのですが、再選ができるようにノムヒョンに動きがあります。彼の動きというよりは、
彼を支えている周りの人間がやっているのだと思います。おそらく再選は難しいと思いま
すが。
無派閥主義ですが、サムスンウェイというのがあり、サムスンマンとしての同質の意識
を共有しようという軍隊式文化がまだ残っています。結構ドライなように見えて、すごく
浪花節的なところもあります。新人教育で3日間、1万人のサマーフェスティバルという
ものをやります。グループ別に北朝鮮のようなマスゲームをさせたり、登山をやったり、
アイデアコンテストをしたりと「熱狂と絆の基礎訓練」というのをやらせるのです。2006
年 8 月の日経ビジネスには特集が組まれています。サムスンの強みの源泉はこういう共有
にあるということで、最後には涙して皆と別れるというような特訓があるそうです。
マッキンゼーという経営コンサルタント会社が面白い評価をしていて、
「サムスン電子に
は優れた人材・事業は実はない。ただ客観的に不可能な事業目標があって、特異な点は、
それを成し遂げてしまうミステリーだ」ということを言っています。
次はグローバル経営戦略ということで、今は世界 47 カ国に 58 の海外法人があり、それ
を ERP などのシステムを構築して業務プロセスを標準化したりしています。
徹底した現地化ということで工場進出による街づくりで三星路という道を作ったり、現
地社員を積極的に雇用したりしています。
日本サムスンは六本木1丁目にあります。南北線の駅の 50 メートル離れたところにオフ
ィスビルがあるのですが、駅からの地下道がありませんでした。そこに、地下道をつくっ
てしまったのです。自分で金を出して地下道をつくってその管理費も 50 年分くらい払って
います。周りの交通の便も良くなりました。要するに、自分達も良くなったのですが、周
りのインフラも良くなるのならこのお金を使ってください、と言って地下道の整備をさせ
るなど、そういうことを積極的にやっています。
【サムスン電子の強み・弱み】
最後にサムスン電子の強み・弱みはどの辺かというところです。これは私見でまとめま
した。90 年代以降の継続的な大型投資ができた理由というのは、やはり経営者であるイ・
ゴンヒさんの判断力があったのだと思います。90 年代は逆に日本は投資抑制をしていまし
た。本来、積極的に投資すべきところをできず、サムスンはしていたというところがあり
ます。競争力がある事業を中心に経営資源を集中していったということです。
また、複合事業のシステムプレイが有効に機能しました。部品事業、デジタル、家電、
通信事業など範囲の経済が発揮されたと思っています。範囲の経済というのは、グループ
内の重複投資を回避するということです。これは先ほどの仕組みで経営戦略室が年間の投
資配分を全て決めると申し上げましたが、そんなところでグループの重複投資を回避した
り、資源配分の最適化をしてコストメリットを発揮できたということです。韓国財閥とい
うのは、この範囲の経済が発揮できるかできないかだと思います。
あとはサムスンウェイの発揮です。これはなぜか分からない愛社精神です。何か愛社精
神があり献身的に努力してしまう自立的な思考方式を持っていると思います。
オーナー型のトップダウン経営が確かに強かったのですが、実はそれを支えた社員が優
秀だったということです。社員のポテンシャルが高いことと社員教育の成果がサムスンウ
ェイの賜物です。日本サムスンの顧問の方が「オーナーの決断力は強いのだけれども、そ
れを支えて実行する組織がないと、結果は生まれない。その組織を支えるのは専門経営者
なのだが、その経営者の指示に手足となって動く末端の社員のポテンシャルの高さという
のはピカイチだ」と言っていました。この社員教育のための年間の教育投資額は約 230 億
円だそうです。1年間、課長クラスに給料を払って遊ばせたりとか、そういうこともして
いるので、そういうものも含めて 230 億円です。これは当期利益の3%とかそのくらいで
す。
あとはグローバル企業を志向しながら実は国益志向を持って、政府からの支援策を結構
誘導しています。よく聞くのは、日本のメーカーは政府支援や補助はないが、韓国は結構
補助がある」とか、サムスンのために土地を安く提供してもらったりとか、そんなところ
もあります。
また、弱みは「国際的なブランド力、技術力が向上していない」ということです。セッ
トメーカーとしてコンテンツやソフトウェアといったところがまだまだ不足しています。
デザイン主義、製造万能主義的なところがあり、実はそれが弱点です。これからデザイン
主義に傾注すればいいのかというと、そうではなくてやはり基礎研究の部分をしっかりや
っていくということがとても重要だと思います。
韓国の製品ブランドの位置づけがあり、一番いいのは輸入品なのです。次にいいのは輸
出主要品です。最後は国内で消費する製品で、そういう製品ブランドのランキングがある
のです。ですから、多くある中で、やはり一番はソニーなのです。次がサムスンで次が韓
国の他のメーカーです。日本の場合はそういった製品ブランドの階層というのは極端には
ないのですが、韓国にはまだまだそういったブランドの階層があります。今は少しずつ液
晶製品などがソニーに並びつつあるのかな、というところです。
先ほど国益志向を持って、政府からの支援を誘導していると言いましたが、次に示すの
は液晶産業でどのくらい国からの助成があるのかをまとめたものです。韓国の特徴は、産
業主体の効率的な資金が支援されていることです。
液晶産業は 80 年代までどうなるか分からなかったので、政府もそんなに積極的に支援し
なかったのですが、90 年以降は産学共同研究を積極的に支援したり、その資金をかなりバ
ックアップしたりしていて、いろいろなところで助成金などが出ます。
タンジョン・クリスタルバレー構想というのがあり、これはサムスン電子が主導してい
るのですが、サムスン電子の工業団地に自治体と政府が公費を出しています。近くの大学
の学生を育てて、そこのサムスンに就職させるなどで助成金を出したり、共同研究費を出
したりしています。また、関税を基本8%のところをゼロにしたりということがあります。
一方、日本はどうかというとほとんどありません。経済産業省が産業クラスター計画を
していますが、それは広い分野での助成です。唯一見られるのは自治体で、三重県などで
はクリスタルバレー構想があり、そこに進出する企業に対して助成金を出すというもので
す。シャープが三重県に工場を新しく建てた時に、90 億円の助成金を出したりしています。
その周辺に進出する企業は一社につき 10 億円の設備投資支援をしたりと、自治体が積極的
に集めています。政府レベルでの産業支援では、明らかに韓国の方がしっかりやっている
と思います。
【サムスングループの生き残り戦略】
資料には次に、「サムスングループの生き残り戦略」として、少しアカデミックに考えた
のですが、時間の関係もあるので、結論だけ言いますと、生き残りのためにサムスンがど
うしたらいいかというと、サムスンは多くの事業を持ち、それがうまく一貫性を持ってい
るということが強みです。だから早い経営判断とか、実行力の源泉になっている今の事業
システムをいかに徹底して継続できるかだと思っています。
実は財閥批判や独り勝ち批判や資産集中批判というのが結構あるのです。昨年、イ・ゴ
ンヒ会長は徹底的に個人資産を集中させすぎだということで社会的に批判を浴びました。
高麗大学で講義をしようとしたら、学生が反対運動を起こして阻止されたということもあ
ります。そういうところで、最近は社会貢献をするような動きが見えるような気がします。
また、資産ベース理論があり、人・物・金・情報といった資産をしっかり持っていて、
それをどううまく配分するかが重要だという話しなのですが、サムスンはレッドオーシャ
ンと言って既存の血みどろ市場では勝ち組になれるのではないかと思います。先ほどの仕
組みの中で徹底的なコストダウンなどを図れば血みどろの市場では勝てる、実際に勝って
いると思います。納期、品質、コスト、デザイン、ブランドの向上といったことをやれば
勝てると思います。
一方、課題はブルーオーシャンと言われる真水の開発市場にどう出て行くかということ
です。そのためには基礎研究の重視が必要だと思います。携帯の液晶にしても彼らは真水
として出て行ったのではなく、日本の基礎研究があってそこから波及したような形で完成
品だけガンガン作っていったというだけなので、真水の開発市場をどう作っていくかが重
要なのかというのが結論です。
【まとめと考察】
伝統的な韓国企業で組織の一体感を図るのは、学閥、派閥、人脈、年功序列経営です。
年功序列経営というのは確立しています。銀行などでも三井住友銀行のソウル支店でも賞
与が年2回あるのですが、査定がないのです。全員のファンドだけをみんなで決めるので
す。毎年 50%くらいを要求してくるのですが、半年くらい交渉してやっと 30%くらいに収
まるというのが毎年のことなのです。物価上昇が 10%くらいの時代ですから、彼らは相当
な要求をしてくるということです。でも、半年も交渉していると最後はお互いにくたくた
になって、中間で折り合いをつけようかという形で 30%になります。全体の枠で提供して、
人事評価がないのです。そうすると彼らは自分の中でピラミッドを作っていて、その中で
自分達で配分しています。「彼、彼女は頑張ったから多く出したい」というのは通用しない
のです。本当の意味での成果主義は実現できていないというのが伝統的な韓国企業です。
サムソン的経営は何かというと、先ほどから信賞必罰というのが出てきていますが、そ
れです。すごく徹底されています。韓国企業としては異質な集団で、グローバルとローカ
ルを併せ持ったグローカル集団の見本です。サムスンに入るというのはそういう覚悟で行
っている人たちです。組織の一体化を図るにはそういったサムスンのプライド経営があり、
常にナンバーワン主義というところが海外のサムスン営業の根本にあると思います。経営
資源の根幹はやはりオーナー主導による迅速な意思決定とそれを支える組織と人材です。
本当の専門経営者という人は少ないのですが、サムスンにはそれが集中しているし、一方
で下支えする社員達は泥臭い新人研修で一体感を持ち、海外には現地専門家集団がいます。
資源と戦略の内的一貫性というのは常にあるということです。
サムスンが生き残っていくためには先ほど言ったように事業システムの継続性とか基礎
研究の重視が必要だと思います。
日本の大企業はサムスンとは違い、事業部制を採用しています。それは予算配分とか成
果責任ではすごく明確だったのですが、実はその資源を分散させてしまい、戦略的なトラ
イアングルの一貫性に穴を開けてしまったのではないかということで、ここ 10 年くらい見
るとそんな感じがします。それがやはり経営スピードを遅くしてしまったとか、ハンドル
を緩めてしまった。あるいは隣りは何をしているのか知らないというようなことになって
しまったのかという気がしています。
サムスンと日本企業は今後、どういうふうにやっていけばいいのかということは、冒頭
で申し上げたように、競争と協調とパートナーシップの構築だと思います。R&Dや部品・
素材の安定調達という意味では協調部分があると思います。今、アジアで共同R&Dのセ
ンターをつくろうという話もあります。日本が部材の川上を押さえているのですが、今後
もっと先の石油化学製品とかそういうところの安定供給については、もっと日本と韓国で
不足した時に補える仕組みをつくるべきではないか、ということで実は今提携しようとし
たりしています。
最終製品については、ここではやはりデザインや販売能力などが出てくるので、この分
野については競争していき、東アジア4カ国の優位性を常にもっていければお互いにハッ
ピーだね、という話しはしています。
まとめと考察は以上です。今、申し上げたサムスン関係については、関連の図書や雑誌
があります。特に韓国経済についてのタイムリーな話は、サムスン経済研究所が日本向け
に日本語で HP(http://www.serijapan.org)を出しています。毎日更新しているので、韓国
に関心がある方なら興味を持って見ていただけると思います。ご清聴ありがとうございま
した。
【質疑応答】
Q: 昨年 11 月に韓国に行き、中小企業を4社ほど回ってきました。その1社がサムスン
電子をスピンアウトした人がやっている会社でした。44、45 歳くらいです。サムスン
では、幹部候補になった人が、部長になれず辞めた場合、会社が資金を用意して独立
しなさい、という制度があると聞きましたが、本当ですか?
また、国策等もあるようですが、韓国は中小企業が育っていないからサムスンがど
んどん協力してサムスンの本流から外れる人は独立させて中小企業を育てるというこ
とを考えてやっているという話しを聞きましたがどうですか?
A:
中小企業育成というのは、まさに国の施策です。いわゆるトップは育っているので
すが、それを支えている裾野部分がないのです。私も日本サムスンの方から聞いたの
ですが、中小企業育成のファンドを持っていると言っていました。年間 300 億とか 500
億とかそのくらいの金額を持っていて、サムスンからスピンアウトした人ばかりでは
なく、中小企業として関連事業を支えてくれる人たちが独立するときは投資しましょ
うというファンドです。毎年 300 億投資して、中小企業を育てていきます。しかも、
できれば彼らは、日本の部材メーカーや装置メーカーに代わるところを育てようとし
て積極的にやっています。仰るとおり、だいたい韓国は 40 歳で上がってしまいます。
銀行でも 40 歳で部長クラスにならないと、サヨウナラなのです。大体その時点で 30%
くらいが外に出てしまいます。そして 40 歳から急に年俸制になるのです。その課題が
達成できなければ翌年は契約しないということをします。サムスングループもそうで
す。ですからこの 45 歳というのは通常よくあり得る話です。
Q:
サムスンの液晶の製造装置の 90~95%は日本から来ています。韓国で装置産業をい
かに育てるかというのは、サムスンもそうだし国として大変な関心があり、非常に力
を入れなければいけない分野だと思っているのではないかと思います。
素材の8割は日本、装置も日本となると、もし日本が供給を止めてしまったら大変
なことになるわけです。そんなことはないと思いますが。そういう危機感を韓国のサ
ムスンやLGは感じているのではないかと思います。
A:
そうですね。それは国もそういう風に感じていて、これからの戦略産業は情報通信
だと韓国政府は言っています。それを支えるのは装置メーカーです。しかし、産業ロ
ボットは全て日本製です。工場見学に行った時も全て日本製でした。素材と組立て装
置をいかに内製化していくかというのは、国の施策です。これはもう各企業もそうで
しょうし、国自体もそうです。内製化するために、今、外国人投資環境というのを整
えています。いろいろな工業団地があるのですが、税制の優遇では5年間の法人税の
免除、地方税 15 年間免除などといったことをしています。工業団地は 30 年間無償と
いうことなど、日本では考えられないくらいの外国人投資のための優遇策を積極的に
進めています。
渡辺理事長:
そういう産業の育成の必要性というのは、僕らが韓国に行き始めた 1970 年頃から言
われていて、中小企業育成に関係する省庁、金融機関がありました。さらには商品別
に「この分野は財閥が関与してはいけません」ということまでやったりしていました。
今日の話を聞いて、僕はものすごくインプレッシブだったのですが、抱えている問
題点というのは 1970 年の頃と同じなのかな、という感じがしてなりません。どうして
なのかというと、簡単な話で、すぐとなりに世界で最も効率的な部材や機械を作る日
本という国があるから、別に韓国国内で作る必要はない、そう考えればこのグローバ
リゼーションの時代の中で、こういう形で韓国は十分自分の優位性が発揮できると、
こういう考え方はダメなのでしょうか。やはりナショナリズムが許さないと考えるの
でしょうか。
A:
中小企業の育成に関しては、銀行でも中小企業貸出比率というのがあります。私も
銀行にいたときに毎月チェックされました。全体の貸出の 45%以上は中小企業に貸し
出さなければいけないという法律があるくらい、政府が積極的に中小企業に対する支
援をしてきました。
今のご質問の、何故、中小企業が育たないのかという回答には2つあると思います。
1つは渡辺先生がおっしゃったように、隣の国に良い見本があるので簡単に買えて
しまう。それを買って安く組み立てれば世界にその製品が出て行くという構造があっ
たということです。ですから液晶で言えば、今、国単位の産業クラスターではなくて
東アジア全体が1つのサプライチェーンになっているのです。韓国、中国からみれば、
「組み立ては我々がやる。日本からは部材や装置を輸入しますよ」という垂直統合的
な東アジアグローバル経済クラスターというのができているのではないか、この構造
がずっと変わらないということだと思います。
もう1つは、メンタリティーの問題があるのではないかということです。よく言わ
れるのは、韓国は完成品を造りたがるということです。最終製品を造って、「Samsung」
というシールをペタッと貼って世界に出したいというところがあります。日本の場合
は、部材や一つ一つの部品、物づくりに対する思い入れというのが結構あって、それ
に対してプライドを持ってやっていくという人たちが大勢いると思うのです。一方、
韓国にはそういうメンタリティーはほとんどないと思います。例えば目に見えないと
ころ、小さいことに対しては「どうでもいいや」というところがあります。そういう
精神があるので、物づくりに対する精神が少し違う気がするのです。
ですから手っ取り早く外貨を獲得するためには、隣国に良いものがあるからそれを
持ってきて組立だけやるという一つの構造が完全に出来上がってしまった、というこ
とと、メンタリティー的に中小企業が育たない、自分達はやりたくないという精神が
あるのではないかと思います。独立精神は結構強いのですが、緻密なことはあまり好
きではない民族ですね。
Q:
サムスングループにおいて、戦略企画室というのは、どこの会社に属するものです
か。ホールディング・カンパニーがあって、そこにあるのか、それともサムスン電子
にあるのか。
A:
ここ1、2年は日本と同じホールディング・カンパニー制が流行ってきていて、持
ち株会社を作る会社が増えていますが、ここの構図は持ち株会社ではありません。人
材もサムスン電子で採用して、サムスン物産に配属するなどしています。基本的には
戦略企画室はサムスン電子とかそういう帰属になっているのですが、その本社の会長
の周辺に戦略企画室を集めて、グループから引っ張って来られるというところです。
所属はそのままで、また戻るというケースも結構あると思います。
東芝や日立と比べようとしたのですが、基本的に違います。グループ企業間の関係
というのは、
「オマエのところは安ければ使うよ」と違うところからも調達したりする
ので、完全なサプライチェーンではないようです。
サムスンの方は、グループ内部のサプライチェーンをとても重要視しているような
気がするし、個々の情報交換や人材交流というのは活発に行われているし、その人事
というのはすべて会長です。その部分で、日本とはまったく違う、異質の感じがしま
す。
(平成 19 年 3 月 1 日開催)