解説:「Distribution of Nanoparticles in the See-through Medaka (Oryzias latipes) 透明メダ カ(Oryzias latipes)体内におけるナノ粒子の分布」を読む 産総研 CRM 蒲生 はじめに このドキュメントは、ナノリスクネットパネル事業における情報提供の効果をより確実にするために、 本事業が取り上げた論文について、産業技術総合研究所 CRM メンバーが解説を試みたものである。こ のドキュメントの対象論文は以下の通りである: Shosaku Kashiwada, “Distribution of Nanoparticles in the See-through Medaka (Oryzias latipes)” Environmental Health Perspectives, 114(11): 1697-1702, (2006) ナノリスクネットパネル事業 Web ページの読者で、すぐには原文が入手できない方は、最初にこのドキ ュメントに目を通すことをお勧めしたい。 対象論文の解説 対象論文における著者らの主張は、以下のように整理できる。 要約: 水に研濁した蛍光ナノ粒子(固体ラテックス溶液)を使用し,透明メダカ(Oryzias latipes)の卵および 体内におけるナノ粒子の分布を調べた.474nmの粒子が卵に対し一番高い生物学的利用能を示した.直 径39.4 nmの粒子は胚形成の間に卵黄と胆嚢に移動した.成熟メダカは,10mg/Lの39.4 nmナノ粒子溶液 に曝露した場合,粒子を主にえらや腸に蓄積した.その他,脳,精巣,肝臓および血液でもナノ粒子が 検出された.ナノ粒子に24時間曝露したメダカ卵では塩度依存性の急性毒性が確認された. イントロダクション メダカ(Oryzias latipes)体内のナノ材料の分布,各器官への到達過程およびその影響について検討を 行った.実験ではラテックス(ポリスチレン)からなる蛍光ナノサイズ単分散粒子をナノ材料(バッキ ーボール,CNT や QD など)のモデルとして使用した. メダカやゼブラフィッシュなどの小型魚は,透明な胚を持ち,胚形成が早く,哺乳類と同等の機能を 持つ器官や組織を持っているため,器官形成学やヒト疾病の研究などの優れた動物モデルとして注目さ れている. 本研究では,色素を持たない透明(シースルー,ST Ⅱ)メダカを使用し,水中に研濁した蛍光ナノ 粒子の生きたメダカ体内中での分布について調べた.この ST Ⅱメダカの器官(心臓,脾臓,血管,肝 臓,消化管,生殖腺,腎臓,脳,脊髄,眼内レンズ,浮袋,胆嚢およびえらなど)は,裸眼あるいは単 純な実体顕微鏡で観察することが可能である.したがって,蛍光ナノ粒子の体内分布を皮膚を通して調 べることができる. 下記の4つの点に着目して評価を行なった. 1)ナノ粒子のメダカ卵による吸収および蓄積と孵化後メダカ体内での分布 単分散型非イオン性蛍光ポリスチレン微小球を使用した.直径 39.4nm の蛍光粒子を,1mg/L(2.78% 固体ラテックス(ポリスチレン)溶液)の濃度となるよう 10mL の ERM(胚培養培地)に研濁したもの に 3 日間,26℃,16/8 時間の明暗サイクルで静かに回転攪拌しつつ曝露した. 曝露した卵は,緑色蛍光蛋白フィルタ(励起波長:480nm,放射波長:510nm)を備えた実体蛍光顕 微鏡で,その内部におけるナノ粒子の吸収および蓄積を観察した.また,卵を,クリオスタット(凍結 切片作製装置)を用いて 20μm の厚さに切り,各々の断片を実体蛍光顕微鏡により観察した. 曝露中および曝露後の孵化までの培養中の卵死亡率はゼロであった.卵膜(漿膜)および油滴には卵 黄部分より高い蛍光が見られた.凍結断片の観察により,蛍光粒子は漿膜で吸収され油滴中に蓄積する ことがわかった. 曝露卵から孵化したメダカには,卵黄および胆嚢に濃縮された蛍光粒子が認められたが,肝臓には検 出可能な強度の蛍光は認められなかった. 2)メダカ卵による吸収および蓄積の粒子径依存性 蛍光粒子径 39.4nm(2.78%),474nm(2.5%),932nm(2.7%),18,600nm(2.65%) ,および 42,000nm (2.7%)の固体ラテックス(ポリスチレン)溶液を用いた.各サイズの粒子をそれぞれ ERM で 1mg/L になるよう調整し,メダカの卵を各溶液に上記と同条件で 3 日間曝露した.溶液は毎日交換した.曝露 した卵はリンスした後,卵膜/卵黄部分と油滴部分の蛍光状態を,蛍光顕微鏡を用いて観察した. 474nm 粒子に曝露したメダカ受精卵がもっとも高い蛍光強度を示し,それより小さいあるいは大きい 粒子の蛍光強度は低かった.直径 474nm の粒子をより吸収,蓄積しやすいことがわかる. 3)メダカ卵によるナノ粒子の吸収および蓄積,溶液中でのナノ粒子の凝集への塩度の影響 1,5,7.5,10,15,20 および 30 倍になるよう濃縮した ERM にそれぞれナノ粒子濃度が 30mg/L にな るよう調整した溶液に上記と同条件で 24 時間曝露した.各溶液の浸透圧はそれぞれ,33.3,167,250, 333,500,666,および 1,000mOsm/L であった. 全卵の蛍光強度は,ERM の濃縮度に比例して増加し 15 倍濃縮の ERM で最高となった.その後 ERM の濃縮度に反比例して強度は減少した.一方,ナノ粒子溶液の光学濃度(OD)は,塩度に対して不規 則に増加し,同時にナノ粒子の懸濁濃度は減少した.これは,より塩度の高い溶液でナノ粒子の凝集が 起こっていることを示唆している.また,胚死亡率は,1倍濃縮の ERM で 35.6%,5 倍 ERM で 97.8%, 15 倍 ERM で 100%であった メダカ胚におけるナノ粒子の吸収,蓄積および致死効果は塩度と関連していると考えられる. 4)成熟メダカの血液および器官内におけるナノ粒子の分布 雌雄の成熟メダカ 8 匹ずつをそれぞれ,39.4nm の蛍光粒子が 500mL の ERM 中で 10mg/L になるよう 調整した溶液に同一条件で 7 日間曝露した. まず,氷温の ERM に入れ麻痺状態にした.麻痺状態にある魚の腹部の蛍光粒子を実体蛍光顕微鏡で 観察した.この後,各メダカの尾ひれを切り,ガラス毛細管にその血液を採取し,1.5mL の微小遠心分 離管中の 10μL の 0.1M リン酸緩衝液(pH7.4)に混濁した.その蛍光状態を蛍光マイクロリーダで測定 し,蛍光ナノ粒子の濃度を定量した.さらに摘出したえら,腎臓,肝臓,腸,生殖腺および脳を蛍光顕 微鏡で観察した. 曝露中に死亡したメダカはなかった. 肝臓,腸および生殖腺に蛍光が検出されたが,脾臓には蛍光が検出されなかった.生体異物に最も接 触しやすい器官であるえらは,ナノ粒子の蓄積度が最も高かった. 粒子濃度 10mg/L の周辺水曝露後のメダカ血中の平均粒子濃度は,血中タンパク中濃度として,雄で 16.5±0.7,雌で 10.5±2.2ng/mg であった.血中で蛍光が検出されたことにより,ナノ粒子はえらから体内 に吸収されることがわかった.血流に入ったナノ粒子は,肝臓,胆嚢および腎臓に到達すると推測され る.また同時に,腸が著しく高いナノ粒子蓄積度を示すことから,粒子は経口採取によって腸を介して 吸収され,肝臓および胆嚢に至ると思われる.また p 値は有意ではないが,ナノ粒子は脳および精巣で も検出されている. ナノ粒子の生物学的利用能および毒性は,環境因子およびいくつかの物理化学的性質に依存する.製 品応用されているナノ粒子の危険性および利点を明確にするために,市販の製品に使用されているナノ 粒子の毒性効果および環境との関連性に関する更なる検討が必要である. おわりに なお上記の整理は、あくまで CRM メンバーによる読解の結果である。個々のパネリストは、本対象 論文のなかでも、個別の箇所に焦点を当てている可能性もある。本対象論文に関心を持たれた読者は、 個別に原文にあたられることをお勧めする。
© Copyright 2024 Paperzz