患者別事故報告書(6) I.経 1.1 過 手術までの経過について ●歳●性。糖尿病が急に悪化したのを契機にかかりつけ医で精査,肝門部胆管癌,左腎 細胞癌と診断された。● 年 ● 月 ● 日当院検査部を紹介され受診,● 月 ● 日,手術 目的で第二外科(消化器外科) 紹介となった。来院時,倦怠感や体重減少のほかに強い症状 はなく,胆管癌に伴う閉塞性胆管炎や糖尿 病の悪化による症状と考えられた。 糖尿病については,来院時の HbA1c は 9.5 と高値であり,入院の上,血糖コントロール と癌に関しての精査を行うこととした。腎細胞癌の治療を先に行う可能性も泌尿器科と相 談,腎細胞癌は比較的早期の癌と考えられ,治療は胆管癌の進行度によって凍結療法のみ ですませる選択もあったため,胆管癌の治療を優先する方針となった。 ●年●月●日~●月●日,第 1 回入院。血糖コントロールについては糖尿病内科に相談 して,食事療法およびインスリンを開始,入院後,血糖値は落ち着いた。この間に自己血 の貯血を行った。 肝機能については,背景にウィルス性肝炎はなく,肝機能はほぼ正常で,Child-Pugh ス コア 5, Grade A。腫瘍マーカーは CEA 5.5, CA19-9 413 と上昇しており,画像でも明らか な腫瘤を形成していることから,早期癌ではないと考えた。血糖コントロールがついた後 は,一旦退院として,術前に再入院の上で ● 月 ● 日に手術予定とした。 1.2 手術について ●年●月●日,腹腔鏡下肝左葉,尾状葉切除+胆管切除,胆管空腸吻合。手術時間 12 時 間 53 分。出血量 255g。腫瘍は左の肝門部にあり,閉塞性胆管炎による炎症性の癒着を左 側中心に認めたが,癌の浸潤はなかった。総胆管断端は術中迅速診断を行い,癌細胞の残 存がないことを確認。次に肝臓側で,肝左葉に流入する左肝動脈と左門脈を結紮切離,そ の後,肝臓を切離した。右胆管の切除断端も術中迅速診断をして,切除した部分に癌細胞 の残存がないことを確認した。切除した肝左葉+胆管は,上腹部の正中に約 9cm の小切開 をおいて摘出。小切開創から,胆管空腸吻合部までは深く距離があり,その創部からの操 作では,充分な操作術野や視野が確保出来ないと考え,胆管空腸吻合も腹腔鏡下操作とし た。胆管チューブおよび胆管空腸吻合部と肝切離面に腹腔ドレーンを留置した。なお,術 中右肝動脈を損傷し,縫合修復した。 1.3 手術後の経過について ●.●(1) 術後 1 日目 :以下カッコ内は術後日数 腹部膨満はなく,腹腔ドレーンは漿液性で 1 日量も肝切離面 120ml,胆管空 腸吻合部 170ml。 肝機能は術後としては問題なかった(総ビリルビン(T-Bil) 1.2mg/dl,GOT 646 IU/l,GPT 556 IU/l,LDH 511 IU/l, プロトロンビン時間(PT)71%)。 ●.●(2) 発熱は 37 度台。肝機能も改善傾向(T-Bil 1.6, GOT 296, GPT 391, LDH 299, PT71%) また,ドレーンは肝切離面が漿液性 75ml で,胆管空腸吻合部が 170ml で黄 色調(胆汁様),ドレナージが良好であること,排出量が多くないこと,発熱 は改善傾向にあることより,現状の管理を継続。 ●.●(3) 発熱は 36 度台,腹腔ドレーン 1 日量も減少傾向であり(肝切離面 90ml,胆 管空腸吻合部 90ml),腹部膨満感や嘔気なく食事を開始。 ●.●(4) 硬膜外カテーテルの終了とともに創部の疼痛あり,随時,麻薬性鎮痛剤の点 滴投与を行った。経口摂取が進まなくなったが,経腸栄養で 1 日 1440 kcal 補充 できており,併せて点滴による栄養管理を継続した。 ●.●(6) 発熱なく 36 度台で経過し,炎症反応や肝機能は改善(WBC 7800, PT 84%, T-Bil 1.3,GOT28, GPT 107, LDH 222)。ドレーンは 1 日量が肝切離面 80ml, 胆管空腸吻合部 250ml であり,肝切離面の排液量はここ数日 100ml 未満で経 過していたため抜去した。倦怠感や嘔気など自覚症状が改善傾向で,8 割以上 の経口摂取ができるようになってきたため,経腸栄養は 960kcal に減量。 ●.●(9) 胆管空腸ドレーン:胆汁混じり,混濁した排液 600ml。胆管チューブは排液 なし。 ●.●(12)胆管空腸ドレーンは胆汁漏で 540ml。胆管チューブからは排液なし。 ●.●(13)AM3:30 寒気あり。発熱は 37 度台。昼間は 36 度台であったが,胆管空腸 ドレーンは胆汁様で 720ml,胆汁瘻のコントロール不良。胆管チューブから の排液がなく,透視室にて造影。腸管内に逸脱していたため,深さをずらし 調節した。また,胆管空腸ドレーンより造影を行った。移動後より悪寒,気 分不快があり,治療後,発熱。 ●.● (14) 朝 38.7 度に発熱あり,抗生剤の投与を開始(腸瘻でグレースビット,点滴 でアミカシン)。発熱は日中のうちに概ね 37 度台で経過。明らかな嘔気は ないが,倦怠感を自覚するようになり,経口摂取は 1 割未満となった。栄養 管理は経腸栄養 1440kcal を中心に,点滴を併用して維持。 ●.● (17) 2.11 と 2.12 に 1 回ずつ発熱あり,採血で炎症反応が上昇,胆管炎が遷延し ていると考えられた(WBC 17,100, CRP 6.17, T-Bil 1.3, GOT 32, GPT 50, LDH 209, ALP 503,γ-GTP153)。術後 2 週間以上経過しており,ドレーン の排液不良やドレーン自体の感染の可能性もあり,ドレーン造影し,そのま ま治療として入れ替える方針とした。核医学科に依頼して CT ガイド下でド レーンを留置,しかし,入れ替え直後に悪寒,発熱あり,抗生剤を継続して, 補液を追加して対応した。 ●.● (19) 午後に一過性に 39 度台まで発熱して悪寒を生じた。採血でも炎症反応の上 昇とビリルビンの一過性の上昇あり(WBC 25,000, CRP 3.93, T-Bil 4.2, GOT 61, GPT 45, LDH671,ALP1272, γ-GTP 496)。胆管炎の可能性が高い と考えられ,メロペンとキュビシン投与に変更した。 ●.● (20) 著明な発熱は改善傾向となり,血液検査上もデータの改善を得られたが (WBC14,900,CRP5.84, T-Bil 3.9, GOT 39, GPT 37, LDH 359, ALP 782, γ-GTP 336),ドレーンが時々つまりかけることがあり,胆管炎が再燃する 可能性が懸念された。核医学科に依頼して径の太いものに入れ替えた。同 日より強力な抗生剤に続いて,混合感染の予防として抗真菌剤(カンサイ ダス)を開始。 ●.● (22) 発熱は改善傾向のまま推移して,肝機能も改善傾向(WBC 19,900, CRP 7.31, T-Bil 1.4,GOT 22, GPT 25, LDH 253, ALP 556, γ-GTP 180)。経 口摂取も 5 割以上に一時的に回復した。しかし,β-D-グルカン 110.8 で 高値となり,2.16 の血液培養からカンジダ菌が検出された。 ●.● (24) 前日夜より 38.5 度以上の発熱が持続。肝機能の悪化は軽度であるが,炎症 反応と β-D-グルカンは更に上昇(WBC 20,700, CRP 12.21, β-D-グルカ ン 156.2, T-Bil 2.4, GOT 26, GPT 25,LDH 279, ALP 643, γ-GTP 194)。 CT では,腹腔内に明らかな膿瘍形成などはなく,肺には軽度の間質の浸潤 影あり。抗生剤や抗真菌剤が効いていない可能性が高いと考え,抗生剤を 変更するとともに(メロペン→フィニバックス,カンサイダス→アムビゾ ーム,キュビシンだけはそのまま維持),免疫グロブリンも投与した。この 時点では,臨床経過から胆管炎を疑っていたが,β-D-グルカンが高値で, 肺にも軽度の間質の浸潤影あり。 ●.●(25) 酸素飽和度が 92~94%と若干の低下傾向,採血では炎症反応の遷延と,感 染症発症に伴うビリルビンの上昇を認めた(WBC 18,800, CRP 16.93, T-Bil 4.7, GOT 31, GPT 25,LDH276, ALP 517, γ-GTP 129)。 ●.●(27) 発熱は 37 度前後で解熱傾向であったが,午後になり呼吸苦が強くなった。 吸入していた酸素を 3L/分から 8L/分まで上げても,酸素飽和度が低下した (95%前後→90%未満)。 CT では両肺野に著明な間質浸潤影が広がり,ガンジダ肺炎の増悪と考えら れた。抗真菌剤としてアムビゾームを既に投与中であり,肺炎の治療薬と してエラスポールを追加。 感染症が遷延するのに伴い,ビリルビンも上昇傾向となった(WBC 21,000, CRP 16.81, T-Bil 5.2,GO31, GPT 24, LDH 227, ALP 410, γ-GTP 74)。ガ ンジダ性肺炎のコントロールが困難であり,ICU に入室とした。 ●.●(28) 気管挿管,人工呼吸器装着して陽圧換気しつつ,強力な薬物療法(アムビ ゾーム,フィニバックス,キュビシン,グロブリン,エラスポール,ミラ クリッドなど)と,免疫賦活作用のある栄養療法(MEIN)を継続。 ●.●(29) 炎症反応,β-D-グルカン,ビリルビンも上昇した(WBC 22,500, CRP 13.86, T-Bil 13.5,GOT42, GPT 25, LDH 268, ALP 352, γ-GTP 53)。強力に行っ た抗生剤を一部変更して(キュビシン→バンコマイシン,フィニバックス →メロペンへ)対応した。また,栄養(MEIN→オキシーパ),免疫賦活作 用のある栄養剤の中で,敗血症患者や ICU 患者の治療成績を改善させる報 告が多いものとした。 ●.●(30) カンジダ肺炎に対する治療として,アムビゾーム+アンコチル併用療法。 ●.●(34) 気管切開を行い,高ビリルビン血症に対して血漿交換。 ●.●(40) 肺炎の状態は概ね変わらず,発熱も 37 度台で経過。挿入されていた腹腔 ドレーンが急に血性となり一過性の血圧低下を生じた。ドレーンをクラン プして輸血を行ったところ,自然に軽快した。 血漿交換を 5 回行い,肝機能は改善傾向(T-Bil 7.6, GOT 76, GPT 60, LDH 366, PT 57%)。同時期より肝臓や腎臓の代謝負荷を減らすことを目 的として,血液の持続濾過透析を導入した。 ●.●(41) 腹腔ドレーンから出血,核医学科に依頼して,腹腔ドレーンを造影して確 認しつつ入れ替えを行った。膿瘍と下大静脈の交通が出血の原因と考えら れた。ドレーンを下大静脈から離れた少し浅い位置に入れ替えて終了,そ の後は出血が軽減した。 ●.●(55) 呼吸状態には大きな変動なし。ビリルビンは低下せず(WBC 6,500, CRP 7.49, β-D-グルカン 117.5, T-Bil 16.6, GOT 45, GPT 50, LDH 182)。 ●.●(67) 自発呼吸が安定し,呼吸器の依存度は下げることができた。肺炎は遷延し ていたが,感染兆候は若干改善傾向であった。ビリルビンは高値のまま経 過(WBC 2900, CRP 3.04β-D-グルカン 84.4, T-Bil 25.1, GOT 88, GPT 115, LDH 223)。排便や腹腔ドレーン排液が時々血性になったが,輸血, ドレーンをクランプ等で対応。 ●.●(81) 炎症反応など不変であるが,鎮静の中止や意識状態の改善などにより,人 工呼吸器を離脱。出血傾向がやや強くなり,その後も消化管やドレーンな どから出血が起きることがあった。 (WBC 7600, Plt 7.4 万, CRP 3.21 β -D-グルカン 71.0, T-Bil 29.6, GOT167, GPT 174, LDH 214, PT 59%)。 ●.●(86) 出血傾向を生じ,消化管出血が持続的に起きるため内視鏡を施行した。上 部消化管に出血はなく,下部消化管の検索でもはっきりせず,小腸や空腸 脚に出血がある可能性が高いと考えた。対策として,止血剤投与,輸血, 抗潰瘍剤投与等で経過観察。 ●.●(87) 腹腔ドレーンからも出血,腹腔ドレーンより下大静脈の前面にフィブリン 糊(ベリプラスト)を散布して止血を試み,その後は出血が軽減した。採 血上は大きな変動なし(WBC 9,600,Plt 5.0 万, CRP 2.40, β-D-グルカン 22.4, T-Bil 12.2, GOT 60, GPT 54, LDH 166, PT 50%)。 ●.●(89) 消化管出血が持続,内視鏡を併用して血管造影。胆管空量吻合側にある空 腸の途中からの出血の可能性があったが,小腸出血の原因自体は潰瘍や血 管腫など内視鏡で直視できず不明。血管造影で血管外漏出が疑われる部位 を確認してヒストアクリル注入で止血。 ●.●(90) 血小板が 3 万台と低下,再度,腹腔ドレーンより出血。赤血球輸血 13 単 位を行いつつ,出血源と思われる下大静脈の前面にヒストアクリルを注入 して止血を得た。血小板,新鮮凍結血漿も輸血した。 ●.●(93) 呼吸は落ち着いて,意識レベルも回復に向かった。しかし,直腸より出血 あり,内視鏡で裂肛からの出血と診断。出血傾向もあり自然止血は困難と 思われたため,直視下に縫合止血した。出血傾向に対しては輸血を行った。 ●.● (94) 下血が断続的にあり。抗生剤による感染症治療とともに,止血剤投与と輸 血を補充しつつ対応。 ●.●(97) 未明より消化管出血あり,輸血で対応したが,今回は止血する傾向がなく 血圧が低下。緊急で大量輸血,血圧を上昇させた上で緊急内視鏡を施行。 内視鏡的には,胆管空腸吻合側の空腸や十二指腸など,複数の部位から大 量に出血していた。内視鏡中にも血圧が低下してしまい,観察も止血操作 も全く困難であった。大量に輸血しつつ,状態の改善を試みるが,内視鏡 も血管造影もできる状態まで回復を得られず,そのまま出血性ショックと なる。● 時 ● 分,永眠された。 II. 2.1 調査委員会の検証と評価 手術適応,手術前評価について 主治医は,腫瘍が肝門部のやや左側よりであり,複雑な操作が比較的少ないと考えて腹 腔鏡下手術を選択した。しかしながら,肝門部胆管癌は肝手術の中でも高難度の手術であ り,腹腔鏡下手術の術式の安全性は確立していない。調査委員会では,肝左葉切除,胆管 切除再建術を行うには開腹術が妥当であり,腹腔鏡下手術の実施は慎重に検討するべきだ ったと判断した。 2.2 手術前の審議について 第二外科消化器外科グループ(上部下部消化管外科チーム,肝胆膵外科チーム)の合同 カンファレンスが週 1 回行われ,新患,術前,術後の症例提示がされている。また,手術 症例については診療科長も出席する手術当日朝のカンファレンスにて報告される。しかし ながら,診療録には,カンファレンスにおける具体的審議内容や決定事項についての記録 が残されていなかった。また,第二外科の医師へのヒアリングの結果,他のチームの医師 から意見が述べられることはなく,実質的な審議が行われていなかった可能性が考えられ る。このようなことから審議は不十分であったと調査委員会では判断した。 2.3 診療録記載と手術説明について 日々の診療録記載が乏しく,適応や術前評価,治療方針決定の判断等における当該医師 の思考過程が不明である。説明同意書には合併症の羅列と,図示と術式,予測される簡単 な経過が記載されているのみであった。代替治療の選択肢,合併症や死亡率の具体的デー タが示された記録がないことから調査委員会では,不十分な説明であったと判断した。 2.4 手術中の対応について 小切開して切除した臓器を摘出後に,再度腹腔鏡下に戻って胆管空腸吻合を行っている。 主治医は,9 ㎝の切開創では吻合部が深く困難であることから,創を拡大するよりは視野が 確保できるのではと考え,腹腔鏡下で行ったとのことであった。しかし,安全性を重視し て,創を延長し,直視下の吻合を選択するべきであったと調査委員会では判断した。 右肝動脈を損傷し,縫合修復したが,血流が保たれているかどうか確認したことの記録 がない。修復にも時間がかかっており,長時間固有肝動脈がクランプされていたため,ク ランプ解放時には閉塞していた可能 性もある。術直後に胆管空腸吻合部の縫合不全を起こ しているが,肝動脈の血流不足が関与しているかもしれない。 2.5 手術後の経過について 胆管空腸吻合の縫合不全による胆汁瘻のドレナージのために,ドレーンの入れ替え等の 処置を繰り返し行ったが,感染をきたし,その制御が困難となった。あらゆる感染症に対 応するための薬剤投与,処置を行うも,重症胆管炎が制御できず,肺炎,カンジダ敗血症 を合併した。 Ⅲ. ① 結 論 手術前のインフォームドコンセントにおいて,代替治療の選択肢,合併症や死亡率 の具体的データが示された記録がないことから,不十分な説明であったと判断した。 ② 胆管空腸吻合の縫合不全による胆汁瘻から重症胆管炎を生じ,これが制御できない 状態でカンジダ肺炎,敗血症を併発,出血傾向をきたした。 ③ 開腹でも高難度の肝門部胆管癌に対し,腹腔鏡下手術の実施は,慎重に検討するべ きであった。 ④ 術中右肝動脈を損傷しており,修復止血したものの,残肝への動脈血流が途絶ある いは低下した可能性がある。それが肝不全や縫合不全に関与した可能性は否定できな い。 ⑤ 以上のことから,過失があったと判断される。
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