書評/金子芳樹著『マレーシアの政治とエスニシティ』

[書評]
金子芳樹著
『マレーシアの政治とエスニシティ』
篠崎香織
本書のあとがきによると、著者はマレーシ
1950 ─ 60 年代の体制は、文化と政治はマレ
ア留学中に、エスニック集団間の緊張の高ま
ー人が、経済は華人が主導するというように、
りを目の当たりに経験したとのことである。
エスニック集団間で権限・資源配分の均衡を
華語を話せない教員が華語小学校の校長や教
図った「多極共存型」体制と定義される。本
員として派遣されたことに対する華人の不満
書は、
「多極共存型」体制がいかに構築され、
に端を発する、 1987 年 10 月のこの事件は、
なぜ崩壊し、マレー人主導の政治状況やマレ
69 年の人種暴動以来の緊張状態に達したと
ー人優先主義の導入に至ったのかを、原初的
言われている。この事件を通して著者は、マ
愛着の異なる二つの集団を内包し、内的一体
レーシアがよって立つエスニック集団間の協
性が欠如していた華人社会の構造から説明を
調が、いかにもろいものであるかを認識した
試みるものである。
という。このような強烈な個人的経験が、著
第一章では、 20 世紀以降進展した華人社
者をして本書の刊行に至らしめたことは想像
会の指導者の分化─「英語派」指導者と
に難くない。
「英語派」
「華語派」指導者─が説明される。
本書は、1969 年の人種暴動に至るまでの
は英語教育を受け、英語に通じ、コスモポリ
マレーシアのエスニック集団間の政治過程
タン的でマルチ・エスニックを志向し、植民
と、 70 年以降に新たな体制に移行するに至
地政府や他エスニック集団と緊密な関係を持
った背景を、華人社会を中心に論じたもので
つが、華人大衆からの草の根の支持を欠いて
ある。 70 年代以降今日に至る体制は、本書
いたとする。一方で「華語派」は、華人コミ
に即して定義するなら、マレー人の政治的・
ュニティ内のみで社会化し、基本的に英語は
経済的優位を制度化し、文化的にもマレー化
話せず、中国文化を強く志向し、華人コミュ
の方向を強化する体制である。その顕著な例
ニティの利害を強調する傾向があるとする。
として、国民をブミプトラ(マレー人とその他
大衆ならびに大衆に基盤を持つ指導者がここ
のマレー系先住民)と非ブミプトラに分類し、
に分類される。
後者の権利が前者の権利の前に一部制限され
第二章では、ブミプトラ政策の根拠となっ
うるブミプトラ政策を挙げ、「
『権利が異なる
た「マレー人の特別な地位」条項が、 1957
二種類の国民』の制度化とそれを前提とした
年に独立する際、憲法に盛り込まれた過程を
社会システムの構築」が進展していることを
整理する。これは、出生地主義に基づく市民
指摘する。一方、これに対しそれ以前の
権取得条件の緩和および華人の経済権益と活
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アジア研究 Vol. 49, No. 1, January 2003
動の自由の保障を確保したいマラヤ/マレー
主導の体制変換の流れに身を置くことになっ
シア華人協会(MCA)と、憲法における「マ
たと論じる。
レー人の特別な地位」の明文化および政治
以上の考察に基づき、言語的・教育的背景
面・文化面でのマレー人の優位を要求した統
に基づく指導者と大衆の文化に対する原初的
一マレー民族組織(UMNO)との「取り引き」
愛着の差異は政治的志向性の差異へと発展
の結果だと説明される。
し、コミュニティ内での問題解決を困難とし、
第三章から第五章では、「取り引き」に基
他エスニック集団や体制そのものに対する批
づく体制が 1960 年代に危機を迎えたとし、
判にまで及び、エスニック集団間の衝突を招
その原因を解明する。 60 年代に華人の支持
いたとの結論が導き出されている。
は、与党 MCA から華人系野党に移り始める
マレーシアの華人を対象とする研究は、華
が、本書はこれを指導者層=「英語派」のリ
語文献に資料が偏りがちであるが、本書は英
ーダーシップと、それが構築した体制に対す
語とマレー語の資料も網羅し、非常に詳細か
る大衆=「華語派」からの異議申し立てと捉
つ包括的に、他エスニック集団に対する視点
える。それによると、「華語派」は、全ての
も失うことなく、1950 ─ 60 年代のマラヤ/
民族の平等、華語の公用語化、高等教育まで
半島部マレーシアの華人政治を論じている。
全てのレベルにおける華語学校の国家教育体
独立期のマラヤの政治は、マレー人と華人の
制内での保障などを要求していたが、これら
権利をどう調整するかが中心的な課題であっ
は 50 年代の独立期の交渉において「英語派」
たため、本書を読むことで、マレーシア現代
である MCA 上層部にあまり考慮されず、華
史に対する理解は大きく深まるだろう。また、
語派は不満を抱いていた。独立後、市民権取
本書はエスニシティ理論やマラヤ/マレーシ
得条件の緩和により華人の政治参加が拡大す
アのエスニックな政治、華人社会研究など広
るが、本書はそれを華人中下層=華語派の参
い範囲で内外の先行研究をおさえており、マ
加拡大と解釈し、 60 年代の華人社会におけ
レーシア現代史における華人政治についての
る MCA の影響力低下と、華人系野党の台頭
研究状況を把握する上でも非常に有用であ
の背景であるとする。華語派の不満は、華人
る。マレーシア現代史を専攻とする研究者や
社会の枠を超えて UMNO やマレー人に対す
学生にとって必読書となることは間違いな
る直接の批判に発展し、それによってエスニ
い。このように、本書が大きな意義を持つも
ック集団間の緊張が高まり、その延長線上に
のであることは疑いないのだが、以下の二つ
69 年 5 月 13 日の人種暴動が発生したと説明
の点に関しては多少の検討を加えたい。
される。
第六章では、暴動の実態とその後の展開
検討
(1)
:エスニシティ理論に関して
を扱う。華人の支持低下に伴う MCA の
本書では、エスニックな政治において、優
UMNO に対するプレゼンスの低下、暴動の
位集団に有利な政治状況は、優位集団が少数
際の大量逮捕による華人系野党の弱体化、華
派に対して一方的に押し付けた結果ではな
人一般の政治離れなどにより、華人は効果的
く、少数派がそれを招いた側面もあるという
な方策を打ち出せないまま、UMNO 改革派
非常に示唆的な議論が提示されている。
書評/金子芳樹著『マレーシアの政治とエスニシティ』
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しかし全体としては、エスニシティ理論の
ほぼ自動的に想定されてしまう」研究(13 ペ
理解が不十分、あるいは未整理であるような
ージ)に対して新たな視点を提示すると言う。
印象を受ける。序章には、エスニック集団を
だが本文を読み進むにつれ、その視点は実
分析する上での二つのアプローチ、すなわち
際にはほぼ完全に原初主義アプローチに基づ
原初主義アプローチと手段主義アプローチの
いていることに気付く。言語的・教育的背景
両方を考慮するが、後者をより重視するとあ
によって生じた文化に対する「原初的愛着」
る。原初主義とは、本書の表現を借りれば、
の違いが華人社会内部の政治志向性を左右し
「歴史を超えて集団内に持続する特質こそが
たという結論は、原初主義アプローチ以外の
エスニック集団を存立・維持させる源泉であ
何者でもない。そのような姿勢は、「華語派
る」とするアプローチであり、「人種、宗教、
華人は……言語・教育問題については自らの
言語、習俗といった根源的紐帯を所与の絆と
文化的価値にかかわる本質的で譲れない問題
考え、エスニック・アイデンティティの基盤
として強い関心を示し、感情的かつ強固な対
に据える見方」である ( 11 ページ)。これに
応に出た」(120 ページ)などの論述にも表れ
対し、手段主義アプローチとは、「エスニシ
ていよう。こうした考えが根本にあるため、
ティを利益追求のためのリソース・道具とみ
原初的な愛着に由来するエスニックな感情が
なして分析しようとする」立場であり、「エ
対立や紛争に向かうのは必然で、ゼロ・サム
スニック集団を、原初主義のように文化的特
的な解決しかありえないと考える、先行研究
質と結び付けて固定的に捉えることはせず、
が陥った原初主義アプローチのネガティブな
特定の状況下で成員が『我々』と『彼ら』と
シナリオからも抜け出せない。実際、金子は、
を分ける境界線に沿って形成されるものと考
1969 年の人種暴動の際に、マレー人が大部
える」見方である ( 12 ページ)。これは、エ
分を占めた警察・軍が華人に対して殺害、掠
スニック集団を「一種の利益集団とみなし、
奪、大量逮捕を不当に行ったことを「エスニ
エスニック・アイデンティティは政治・経
シティの極めて原初的な要素がエスニック対
済・社会活動のための手段として操作され、
立の極限状態の中で、いかに人間の行動を
エスニック集団は権力や諸資源の配分をめぐ
『自然発生的』に、しかも強力に規定するか
る対立を通して差異化される」と捉えるアプ
(298 ページ)と捉えている。
を物語った事例」
ローチである ( 12 ページ)。本書は後者のア
この見方を突き詰めていくと、文化が異なる
プローチを取ることにより、「東南アジアの
個人あるいは集団同士は対立の構図に陥りや
移民コミュニティを本土から切り離され中国
すく、その解決も概して困難であるという結
社会の一部とする原初主義的な前提を立て
論に行き着いてしまう。
る」(17 ページ)研究や、「エスニック集団間
こうした絶望的なシナリオに対して、エス
の文化的属性の差異を強調し、それを前提と
ニックな紛争を利益の配分方法の問題と捉え
する政治的、経済的分断を所与の条件とみな
直すことにより、紛争解決の具体的な処方箋
しがち」で、「最初から『コミュナリズム』
を提示しようと登場したのが手段主義アプロ
としてアプリオリに対立関係を想定」し、
ーチであったはずである。つまり、手段主義
「国民統合に対してネガティブなシナリオが
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アプローチと原初主義アプローチは、本来、
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相容れない枠組みのはずである。それなのに
部、マラヤ共産党に関わった人々と定義する
本書が両方を考慮すると言えたのは、原初主
のみである。また英語派と華語派は、二つの
義を「エスニック集団は原初的愛着によって
互いに相容れない、隔絶した集団のように論
存立・維持される」と捉えることだと理解し、
じられる。
手段主義を「エスニック集団は原初的愛着ゆ
しかしこの枠組みは、現実を十分には反映
えに政治化することがある」と捉えることだ
していない。この議論においては、①指導者
と読み替えて理解したからであろう。だがこ
レベルでの「英語派」と「華語派」の分化、
れはいずれも原初主義アプローチに属する見
②指導者=英語派/大衆=華語派の分化とい
方であることは明らかである。二つのアプロ
う二種類の分化が含まれているが、それぞれ
ーチを考慮する立場も十分ありえるが、その
検討してみたい。
場合、いかなるケースにおいていずれが重要
になるのかを、一貫した論理に基づき、実証
①指導者レベルでの「英語派」と「華語派」
的に論じることが必要となる。この点に関し
まず、この分化が発生したと言われる 19
て本書の議論は不十分であるように思われ
世紀末から 20 世紀初頭の華人指導者を見て
る。今後の議論の一層の精緻化を期待したい。
みよう。この時期には、錫鉱山の運営やアヘ
ン・酒精の徴税請負が富へのチャンネルであ
検討
(2)
:半島部マレーシア華人政治の
分析枠組み―「英語派」と「華語派」
り、その許認可を得るためには植民地政府と
次に、半島部マレーシアの華人政治を分析
植民地政府がある人物に何らかの権限を委託
していく上での本書の枠組みの問題点を検討
する際、利益の確保と治安維持を期待し、そ
したい。本書は、教育言語の違いによって華
の人物が華人大衆を把握していることを前提
人を「英語派」と「華語派」に分類し、それ
とした。これは、徴税請負人の任命だけでな
が「原初的愛着」の違いを生み出し、華人内
く、立法評議会議員の任命や、華人諮詢局メ
部の政治的志向性を左右したと考える。これ
ンバーの任命においても共通の原則であっ
は本書だけでなく、マレーシアおよびシンガ
た。それゆえ、英語派として分類される指導
ポールの近現代政治史における華人を対象と
者が会館や会党といった華人系諸団体の指導
する研究者に広く共有されている見方であ
者でもある場合がほとんどであった。また、
る。その代表が、Heng Pek Koon, Chinese
清朝政府や中華民国政府と良好な関係を築い
Politics in Malaysia: A History of the
ている指導者が、同時にイギリスやオランダ
Malaysia Chinese Association, Oxford
植民地政府と良好な関係を築いているケース
University Press, Singapore, 1988 である。
も多かった。この時期の指導者層を、Heng
これらの研究では、英語派の例に Tan Cheng
や金子の定義に基づいて、「華語派」あるい
Lock や Lim Boon Keng、Song Ong Siang な
は「英語派」に分類することは困難である。
どの具体的な人物が挙げられている一方、華
1950 ─ 60 年代の指導者についても検討し
語派の人物に関する具体的な例は乏しく、会
てみよう。Heng や金子は、全国レベルの指
党、会館、中華総商会、中国国民党マラヤ支
導者=英語派、州およびそれ以下の地方レベ
書評/金子芳樹著『マレーシアの政治とエスニシティ』
良好な関係を維持することが重要であった。
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ルの指導者=華語派とするが、中華総商会を
数決の原則に基づく「民主主義」が導入され
始めとする華人系諸団体の州レベルの指導者
た独立期においてこそ、正当性/正統性を持
が全国レベルの指導者となるのであり、一人
ち、有効となったと言える。 1960 年代に
の人物は全国レベルの指導者でもあり州レベ
「華語派」の顔を見せる華人系野党が林立し
ルの指導者でもあった。本書が「華語派」の
たのもこの文脈で理解できよう。華人からの
運動の例とする 56 年 4 月の華人の集会 ( 67
支持を獲得するべく、華語や華語教育をめぐ
ページ)を主催した Lau
る問題が活発に論じられ始めたのがこの時期
Pak Khuan は、州レ
ベルの指導者であると同時に全国レベルの指
であったのである。
導者でもあった。また、彼は「急進的華語派」
と位置付けられるが、 40 年にはペラ政府の
②指導者=英語派/大衆=華語派
華人諮詢局メンバーに任命されており、「英
華語にまつわる問題が華人の支持を集める
語派」的な顔も併せ持っていたと言える。ま
上で有効だというのなら、華人大衆はやはり
た、同様に華語派の中心人物とされる H. S.
華語に対して強い原初的愛着を抱いていると
Lee は、ケンブリッジ大学で修士号を取得し、
いうことであり、指導者=「英語派」/大
マラヤ連合諮詢局や連邦立法議会の非官職メ
衆=「華語派」の図式は有効なのではないか
ンバーを務めた人物であった。さらに、 60
ということになる。本書が華人大衆を「華語
年代には英語教育を受けた華人指導者が華語
派」とみなすのも同じ発想に基づいている。
教育の推進を掲げ始めた。 MCA 改革派の
すなわち、華語をめぐる問題を声高に主張し
Lim Chong Eu、Too Jung Hing、Yong Pung
ていた華人系野党を 1960 年代に華人は支持
How、Ng Ek Teng、Tan Suan Kok や民主行
したのだから、この時期に政治参加を拡大し
動党(DAP)リーダーの Lim Kit Siang など
た華人は華人中下層=華語派であるというこ
がその例であり、シンガポールのリー・クア
とである。そしてそれを、原初的愛着が満た
ンユーも時期によってはこれに含まれうる。
されないことを不服とした大衆による指導者
このように華人指導者は、従来の研究の言
への異議申し立てと理解している。
うところの「英語派」と「華語派」の両方の
しかし、この時期に政治参加を拡大した華
顔を持ち合わせているのが一般的であり、彼
人が中下層であることと、中下層が華語派で
らを原初的愛着に基づく二つの別個の集団に
あることは、いずれも華人系野党の台頭以外
分類して論じることはそもそも不可能であ
の具体的なデータに基づいて論証されている
る。また、いずれの顔を見せるかはその人物
わけではない。ここで華人系野党が華語をめ
の言語的・教育的背景とは関係がなく、状況
ぐる問題と共に「全民族の平等」も主張して
によって変わる。一般に、在野の指導者ほど
いたことを想起したい。つまり、華人の華人
「華語派」の顔を見せる傾向があることが指
系野党への支持は「民族の平等」に期待する
摘できよう。既存の華人指導者に挑戦したり、
もので、その一シンボルとして「華語の公用
他エスニック集団の指導者に異議申し立てを
語化」を捉えている可能性もある。その場合、
行ったりする場合に、華人大衆の支持を背景
華人系野党への支持は、中華文化に対する原
にしようというわけである。この戦略は、多
初的愛着の発露などではなく、国民としての
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アジア研究 Vol. 49, No. 1, January 2003
「権利」をどう規定するかという、極めて政
によって要求され始めたのであり、華語学校
治的な意識に基づくものと考える方が妥当で
の存続のための華語の存続であった。また、
ある。
教師連合と理事連合の主張やそのリーダーと
また本書では、野党の台頭を 1950 年代の
華語の公用語化や華語教育の保証を掲げた運
メンバーの考えが物質的な利害をめぐって一
致しないことも多々あった。
動と直結させ、いずれも華人大衆の言語・教
マレーシアは他のアジア地域と比較する
育に対する原初的愛着の発露と考えるが、こ
と、研究蓄積が相対的に少ない。民族独立闘
れも検討の余地がある。 50 年代の運動は、
争もなく、大きな政治変動も未だ生じていな
華語学校関係者による既得権益の確保という
いため、歴史学においても政治学においても
側面から捉えることが可能である。この運動
あまり関心が払われてこなかったからであろ
の担い手は華語学校教師や理事などであり、
う。しかし、なぜ大変動がないのかを、積極
既存の華語学校の存続が失業に繋がりかねな
的に評価し、論じてもいいのではないだろう
い人々であった。またこれらを報道していた
か。本書を通して、より多くの人がマレーシ
のは主に華字紙であるが、これに関わる人々
アに関心を持ち、理解を深め、そこから一般
は華語マーケットを必要とする人々であり、
化に耐えうる議論を提示していけたらと切に
その存続が「華語を読める人」の大きさと密
願う。
接に関係していた。華語の公用語化は、本書
も述べているように、華語がマラヤの公用語
ではないことを華語学校廃止の理由とする植
(晃洋書房、2001 年 3 月、A5 判、344 ページ、
定価 3600 円[本体]
)
(しのざき・かおり 東京大学大学院)
民地政府の声明があってから、華校教師連合
書評/金子芳樹著『マレーシアの政治とエスニシティ』
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