Fe-25%Cr合金線材の窒素吸収に伴う組織変化

福岡県工業技術センター
研究報告 No. 19 (2009)
Fe-25%Cr合金線材の窒素吸収に伴う組織変化
小野本 達郎 *1
土山 聡宏 *2
高木 節雄 *2
阿部 幸佑 *1
山口 淳二 *3
荒木 信仁 *3
Microstructural Change with Nitrogen Absorption in Fe-25%Cr Alloy Wire
Tatsuro Onomoto, Toshihiro Tsuchiyama, Setsuo Takaki, Kousuke Abe, Junji Yamaguchi and Nobuhito Araki
Fe-25%Cr フェライト(以下,α)合金に固相窒素吸収処理(1473K-0.1MPa(N2))を施せば,約 1.1%の窒素が鋼中に
吸収され,Ni-free 高窒素オーステナイト(以下,γ)系ステンレス鋼を製造することができる。そのプロセスは,
窒素吸収に伴って誘発される α→γ 変態によるもので,α→γ 変態により生成した γ 相では,鋼表面から中心部に向
かって窒素の濃度勾配が存在し,鋼表面では約 1.1%N(平衡濃度),α/γ 界面では約 0.9%N で常にほぼ一定である。
一方で,材料サイズが増大するに伴い,材料全体が平衡窒素濃度に到達するまでの所用時間は著しく増大する。
1 はじめに
関係は不明な点が多い。本研究では,Fe-25%Cr 合金
γ 系ステンレス鋼は,耐食性や冷間加工性,低温靱
に対して固相窒素吸収法を適用した際の窒素の固相内
性に優れるため,構造部材から民生品,医療・生体材
拡散による濃度変化,それに伴う α→γ 変態による組
料な ど に使 用 されて いる 。 一方 で ,多 量 に含 有する
織変化などを調査した。
Ni は,価格変動が激しく,γ 系ステンレス鋼の価格高
騰の要因となっている。また,本鋼種を生体材料に適
2 実験方法
用した場合,Ni 溶出による皮膚アレルギー発症の危
φ1 および 3mm の Fe-25%Cr 合金線材に対して,
険性が指摘されている。これらの問題を改善する手段
1473K-0.1MPa の窒素ガス雰囲気中にて種々の時間,
として,侵入型固溶元素である窒素の添加が注目され
固相窒素吸収処理を施した。得られた試料は,組織観
ている。窒素は γ 生成能が極めて高く,Ms 点を著し
察,窒素分析,硬さ試験に供した。
く降下させるため,Ni の低減あるいは代替として活
用することができる。最近では資源の有効利用,リサ
3 結果および考察
イクル促進など環境問題への取り組みが,あらゆる分
Before
0ks
Optical micrographs
野で重要な課題であり,材料開発も例外ではない。そ
の点,窒素は豊富に存在し,スクラップ溶解時の障害
が少ないことも大きな魅力である。
窒素を鋼に添加する手法として固相窒素吸収法が知
Solution nitriding
3.6ks
α
γ
After
7.2ks
α
γ
γ
10.8ks
α
γ
γ
200µm
EPMA (N content)
られている。本法は窒素ガス中で鋼を焼鈍するといっ
た極めて簡便なものであり,工業的な利用価値は高い。
例えば,Fe-25%Cr 合金に本法を適用すれば,約 1.1%
の窒素が鋼に吸収され,Ni-free 高窒素 γ 系ステンレ
装置:JXA-8200 条件:加速電圧 15kV 照射電流 5.053e-07A ビーム径 3(μm) 時間(ms) 20.00 間隔(μm) X:4.00 Y:4.00
ス鋼を製造することができる。そのプロセスは,鋼表
図1
面から内部への窒素原子の固相内拡散に伴って α→γ
に伴う Fe-25%Cr 合金線材(φ1mm)の組織と窒素濃度
変態が進行し,最終的に鋼全体が雰囲気中の窒素と鋼
分布の変化
1473K-0.1MPa 窒素ガス中での固相窒素吸収処理
表面での界面平衡に依存した平衡窒素濃度に達して窒
素吸収は完了する。しかし,α→γ 変態を伴う窒素吸
収挙動は複雑であり,固溶窒素量と α→γ 変態挙動の
図 1 は,窒素吸収に伴う Fe-25%Cr 合金線材の組織
と EPMA により分析した鋼中の窒素濃度分布の変化を
示す。α 単相組織の Fe-25%Cr 合金に固相窒素吸収処
*1 機械電子研究所
*2 九州大学
*3 安田工業(株)八幡工場
理を施すと,窒素ガスと接する鋼表面にて γ が核生成
し,その後窒素を吸収して材料内部へ γ 粒の成長が開
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福岡県工業技術センター
研究報告 No. 19 (2009)
始する。やがて明瞭な α/γ 界面が観察されるようにな
終的に α/γ 界面が材料中心部に達すると,鋼全体が平
り,それが γ 相中の窒素の拡散に律速されて中心部に
衡窒素濃度(約 1.1%N)に達して均一な濃度分布となる。
向かって移動していく。そして,最終的に鋼全体が γ
図 3 は,φ3mm 線材における窒素吸収に伴う線径方
単相組織となる。また,α/γ 界面は平滑ではなく α/γ
向 に お け る 硬 さ 分 布 の 変 化 を 示 す 。 処 理 前 の Fe-
粒界部で γ 相が突出している様子が観察される。これ
25%Cr 合金は約 1.35GPa の低硬度である。窒素吸収に
は,窒素の拡散が粒内よりも粒界にて顕著であったこ
伴う硬さの変化は,鋼中の窒素濃度分布に対応した挙
とを物語っている。
動を示しめしている。鋼全体が平衡窒素濃度に達する
と硬さは,約 3.3GPa でほぼ一定の値となり,窒素の
surface
center
surface
固溶強化が顕著である。
1.6
Nitrogen content, C /mass%
以上のように得られた Fe-25%Cr-1.1%N 合金は,Ni
F e-25% C r alloy(φ 1m m wire)
1473K-0.1M Pa(N 2 gas)
1.4
無添加で γ 単相組織を有するだけでなく,著しく高強
Equilibrium nitrogen content ≒ 1.1%
1.2
1.0
度化されている。一方で,固相窒素吸収処理は窒素の
10.8ks
固相内拡散に律速されて進行するため,鋼全体を高窒
0.8
素化するには長時間処理が必要となる。例えば,図 4
7.2ks
3.6ks
0.6
は,異なる線径の Fe-25%Cr 合金線材に対して固相窒
Solution
nitriding
0.4
素吸収処理を種々の時間施した試料について,燃焼法
0.2
γ
0
α
γ
α
γ
α
により分析した平均固溶窒素量と処理時間の関係を示
γ
0ks
0
図2
0.1
0.2 0.3 0.4 0.5 0.4 0.3 0.2
D istance from the surfa ce, X /m m
0.1
す。この結果から明らかなように,本法による Ni-
0
free 高窒素 γ 系ステンレス鋼の製造は,実用的な観
線径方向における窒素濃度分布の変化(EPMA)
点から比較的短時間の処理が可能な微小部材や線材へ
の適用が現実的であると考えられる。
surface
center
1.6
Fe-25% Cr alloy(φ 3m m wire)
1473K-0.1M Pa(N 2 gas)
3.5
1.4
Nitrogen content, C /mass%
Vickers Hardness, Hv /GPa
4.0
3.0
10.8ks
36ks
72ks
2.5
Solution
nitriding
2.0
γ
α
γ
α
Before solution nitriding
1.5
F e-25% C r alloy wires
1473K -0.1M P a(N 2 gas)
E quilibrium nitrogen content ≒ 1.1%
1.2
1.0
0.8
φ 1m m
φ 3m m
0.6
0.4
S olution
nitriding
start
0.2
10.8ks
1.0
0
図3
0.3
0.6
0.9
1.2
D istance from the surfa ce, X /m m
0
0.1
1.5
線径方向における硬さ分布の変化
図4
図 2 は,線径方向における鋼中の窒素濃度の EPMA
1
72ks
10
10 2
A bsorption tim e,t /ks
10 3
平均固溶窒素量と窒素吸収処理時間の関係
4 謝辞
線分析結果を示す。α→γ 変態により生成した γ 相で
本研究は,平成17年度産業技術研究助成(NEDO)によ
は,鋼表面から中心部に向かって窒素の濃度勾配が存
る研究成果の一部であることを付記して謝意を表す。
在 す る が , 処 理 時 間 に よ ら ず 鋼 表 面 で は 約 1.1%N,
なお,線材横断面の窒素分析は,(財)JKA補助物品の
α/γ 界面では約 0.9%N でほぼ一定となっている。これ
EPMAにて実施した。
らの値は,窒素ガス中と材料(γ)中における窒素間
の界面平衡,および α 相中と γ 相中における窒素間の
5 掲載論文
界面平衡でそれぞれ決定されていると考えられる。最
日本熱処理技術協会誌「熱処理」: 49, pp.1-2 (2009)
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