神奈川県産業技術センター研究報告 No.22/2016 EPMA による炭素系材料の化学状態分析 機械・材料技術部 解析評価チーム 本 泉 佑 電子線マイクロアナライザ(EPMA :Electron Probe Micro Analyzer)を用いて,炭素系材料の化学状態分析を試み た.得られたスペクトルを比較したところ,炭素系材料の種類毎にピーク位置やスペクトル形状が異なることが確 認できた.しかし,分析条件によってはスペクトルの形状が変化する場合もあった.参照試料を用意し,そのスペ クトルと被測定物のスペクトルを比較することで,化学状態を識別可能であることが分かった. キーワード:EPMA,化学状態分析,DLC,表面分析 1 はじめに 2 実験方法 電子線マイクロアナライザ(EPMA)は,材料表面の局 2.1 試料 所領域の元素分析や元素分布測定が可能なことから,微小 炭素系材料としてダイヤモンド(工業用ダイヤモンド 領域における外観異常の原因調査や異物・付着物等の不良 粒),グラファイト,DLC 試料を用いた.DLC 試料には, 解析に活用されている.また,ピーク位置やスペクトル形 ta-C,a-C,a-C:H を用いた 2). 状から化学状態に関する情報を得ることが可能であるとい 使用した DLC の名称は,アモルファス炭素膜の分類と われている.しかし,化学状態を調べる手法としては X DLC の定義(表 1)に基づいている.DLC はダイヤモン 線光電子分光(XPS)や X 線回折(XRD)等,信頼性が ドの sp3 結合とグラファイトの sp2 結合の割合,水素含有 高く,バックデータの豊富な他の分析手法があるため, 量により区分される.その物性は,sp3 結合の割合が多い EPMA による化学状態分析が利用されている事例は少な ほどダイヤモンドに,sp2 結合の割合が多いほどグラファ い. イトに近い性質を呈することが知られている. 2.2 分析条件 近年は,薄膜の特性を利用した製品の普及や,成膜プロ 使用した EPMA は,日本電子(株)製の JXA-8500F で セスの高度化が進んでおり,局所領域の化学状態分析への ニーズがより高まっている.特にトライボロジー分野では, ある.分光結晶 STE を使用し C-Kα(2 次線)のスペクト ダ イ ヤ モ ン ド ラ イ ク カ ー ボ ン ( DLC : Diamond-like ルを計測した. Carbon)のような炭素系硬質膜の表層の特定のポイントを 分析深さは加速電圧と試料の構成元素により変化する. 対象とすることが可能な分析への期待が大きい.XPS や 化学状態分析を行う上では,充分な信号量が得られること EPMA は,XRD と比較して局所領域の分析が可能な点で と,可能な限り対象となる物質以外の情報が含まれないこ 優位であり,こうしたニーズに対応できる可能性を有して とが両立できるような分析条件にすることが望ましい. いる. また,XPS は最表面の分析しかできず,XRD はア モルファス材料には適用できない.EPMA はこれら分析 表 1 アモルファス炭素膜の分類と DLC の定義 2) 手法の抱える欠点を補うことが可能である. 最近,軟 X 線領域の検出感度が高く,エネルギー分解 能の優れた EPMA・SEM 用の波長分散型 軟 X 分光器 (SXES:Soft X-ray Emission Spectroscopy)が開発され 1), 軽元素を含む材料の化学状態分析が簡便な試料調整で可能 となった.だが,このような最新の装置は高価なため,一 般に導入は簡単ではないのが現状である. そこで本報告では,現有の EPMA を用い,どの程度の 化学状態分析が可能かを検証することにした.今回は,炭 素系材料について化学状態分析の基礎となるデータ収集を 行い,各々の試料の分析結果から,材料の種類毎の識別が 可能かどうかを比較検討したので報告する. 41 神奈川県産業技術センター研究報告 No.22/2016 図 1 DLC 断面の観察写真とモンテカルロシミュレーションによる X 線発生領域 分析条件を検討するため,まず,クロスセクションポ リッシャ(日本電子(株)SM-09010)を用いて,用意し た DLC 試料の中で最も薄い ta-C の断面試料を作製し,膜 厚の確認を行った.その結果,膜厚は 0.5 μm 前後であっ た(図 1 左). 次に,EPMA 装置に収められている計算ソフト Electron Flight Simulator を用いて,試料表面に達する X 線の発生領 域を確認した.Electron Flight Simulator は,モンテカルロ 法により,入射電子の散乱軌道を再現する計算ソフトであ る.これにより得られた結果と,観察して確認した DLC の膜厚を照らし合わせることにより分析条件を判断した. その結果,加速電圧を 5 kV にすると X 線発生領域が DLC の膜厚より小さくなることが分かった(図 1 右). この結果を考慮して加速電圧の設定は 5 kV と 10 kV とし, ビーム径を 100 μm に設定した. さらに,局所領域を分析する目的で,加速電圧 10 kV, 30 万倍視野(400 nm×300 nm 相当)でのビームスキャン 図 2 ダイヤモンドおよびグラファイトの C-Kα スペクトル による分析も行った. 3 結果および考察 図 3 に各種の炭素系材料を加速電圧 5 kV,10 kV,ビー 図 2 にダイヤモンドとグラファイトで得られたスペク ム径 100 μm の条件で計測したスペクトルを示す.各々の トルを示す.加速電圧は 5 kV である.sp3 結合を有するダ スペクトルはピーク位置や形状が異なっていた.DLC に イヤモンドは分光位置 246 mm 付近に,sp2 結合を有する おいて,sp3 の割合が多いものはダイヤモンドに近接した グラファイトは 249 mm 付近にピークを持つ. ピーク位置であり,sp2 の割合が多いものはグラファイト 参考のため,過去に当センターで作製したダイヤモン に近接したピーク位置となることが分かった. また,図 3 より,加速電圧を 5 kV にした場合でも,充 ドフィルム試料の測定を行った.試料は,CVD 法により ダイヤモンドフィルムをシリコン基板上に形成させたもの 3),4).得られたスペクトルは,図 分な信号量が得られることが分かった. 2 のとおり,ダイ 図 4 に加速電圧 10 kV,ビームスキャン 30 万倍の条件 ヤモンドのスペクトルとピーク位置および形状がほぼ一致 で分析した結果で得られたスペクトルを示す.図 3 の場合 である しており,形態と製法が異なるものでも化学状態の判別が と異なり,a-C:H のピーク位置が a-C のピーク位置と一致 可能であることが分かった. していることが確認された.局所的な領域に電子線を集束 42 神奈川県産業技術センター研究報告 No.22/2016 (a)加速電圧 5 kV 図 4 各種炭素系材料の C-Kα スペクトル (ビームスキャン 30 万倍視野) 4 まとめ 本報告では,近年,応用分野が拡大している炭素系材 料を対象として,EPMA による化学状態分析を試みた. その結果,参照試料を用意し,そのスペクトルと被測定物 のスペクトル比較することで,材料の種類毎の識別が可能 であることを確認した. 今後は,この結果を基に摺動試験後の DLC 試料等への 応用を検討したい.また,ビーム条件を変化させることに より生じる a-C:H 膜のピーク位置のシフト現象についても 検証したいと考えている. 文献 (b)加速電圧 10 kV 1) 高橋秀之 他;日本電子ニュース.Vol44, P.50 図 3 各種炭素系材料の C-Kα スペクトル (ビーム径 100 μm) (2012). 2) 大竹尚登,平塚傑工,斎藤秀俊;NEWDIAMOND, 28,(3),12(2012). 3) S.Karasawa et al.;Surface and Coating Technology, すると,分析領域内が高温となる.その熱影響により aC:H 膜に何らかの構造変化が生じているものと考えている. 43/44,41(1990). 4) K.Hoshikawa et al.;Thin Solid Films,281-282,545 しかし,各々のスペクトルを比較すると,その形状は異な っていた.したがって,分析条件毎に参照試料のスペクト (1996). ルと比較することにより,化学状態による膜種の識別は充 分可能であると考える. 43
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