代表権の濫用による約束手形の裏書 - LEX/DBインターネット TKC

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◆ 2015 年 2 月 6 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 商法 No.73
文献番号 z18817009-00-050731175
代表権の濫用による約束手形の裏書
【文 献 種 別】 判決/東京高等裁判所
【裁判年月日】 平成 26 年 5 月 22 日
【事 件 番 号】 平成 26 年(ネ)第 233 号
【事 件 名】 債務不存在確認請求控訴事件
【裁 判 結 果】 棄却
【参 照 法 令】 会社法 356 条・365 条・362 条、民法 1 条・93 条、手形法 17 条
【掲 載 誌】 金判 1446 号 27 頁
LEX/DB 文献番号 25504399
……………………………………
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事実の概要
るが、取締役会の承認を欠くこと、(エ)Aの代
X株式会社(控訴人・一審原告) は印刷業等を
の間における本件手形に基づく手形債務の不存在
目的とし、ジャスダック証券取引所にその株式を
上場しており、Aは平成 19 年 6 月 26 日から平
債権を被保全権利とするY社の債権仮差押命令の
表権限濫用であることなどを理由として、Y社と
の確認を求め、第 2 に、本件手形に基づく手形
成 21 年 6 月 5 日まで同社の代表取締役であった。
Y株式会社(控訴人・一審被告) は紙類ならびに
申立てが違法であることを理由として、Y社に対
し、不法行為に基づく損害賠償及び年 5 分の割
チップ及びパルプの販売等を目的としており、Z
合による遅延損害金の支払を求めて、本訴を提起
株式会社は紙類の販売及び輸出入等を目的として
いる。本件手形は、振出日を平成 21 年 2 月 4 日、
した。
振出人をZ社、受取人をX社、満期を平成 24 年
2 月 29 日とする額面金額 3 億 6,725 万 6,446 円
は、本件裏書がAによる代表権の濫用に当たるが、
の約束手形であり、第 1 裏書人欄には、代表取締
あったので、X社はY社に対し遡求義務を負わな
役をAとするX社名義の記名捺印があり、被裏書
人欄は白地である。Y社は第 2 裏書人としてD信
いとして、Xの手形債務不存在確認請求を認容し、
用金庫に取立委任裏書をし、Dが満期に本件手形
不法行為を構成するとして、損害賠償請求を一部
を支払場所に呈示したが、支払を受けられず、Y
社に返還した。平成 24 年 4 月 5 日、Y社は、東
認容した。そこでX社及びY社の双方がそれぞれ
原審判決(東京地判平 25・12・17 金判 1446 号 38 頁)
その事実を知らなかったことにつきY社に過失が
またY社による本件仮差押申立てがX社に対する
の敗訴部分を不服として控訴した。
京地方裁判所に対し、本件手形に基づくY社のX
社に対する遡求債権の一部である 3,000 万円を被
判決の要旨
保全権利とし、X社を相手方、株式会社Eを第三
債務者とする債権仮差押命令の申立てをし、同裁
判所は、同月 17 日、これを認容する仮差押決定
控訴棄却。
をした。これに対し、X社が東京地方裁判所に対
表取締役AがX社の代表者としての権限により
し、保全異議の申立てをしたところ、同裁判所は、
同年 6 月 29 日、この仮差押決定を取り消し、仮
行ったものであって、偽造でなく、また、Y社の
差押申立てを却下する決定をし、同決定は同年 7
月 18 日に確定した。そこでX社は、第 1 に、X
されたといえるから、原因関係を欠くものでない。
1 本件裏書は、平成 21 年 2 月 4 日、X社代
Aに対する本件貸金債務の支払を担保するために
社名義の裏書が(ア)偽造であること、(イ)原
2 「本件裏書は、X社がA個人の債務を保証
因関係を欠くこと、(ウ)利益相反取引に該当す
する趣旨で、AがX社の代表取締役として本件貸
vol.17(2015.10)
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新・判例解説 Watch ◆ 商法 No.73
金債務の支払を担保するためにしたものであるか
ら、会社と取締役との利益相反取引(会社法 356
かも、本件貸付けの目的はZに対する融資であっ
条 1 項 3 号)に該当することが明らかであり、
取締役会の承認が必要であるところ(同法 365
ことを併せると、本件裏書は、Aが自己ないし第
条 1 項)
、本件裏書についてX社の取締役会の承
用した手形行為であるということができる。……
認はない。……取締役と会社との間の利益相反取
株式会社の代表取締役が自己又は第三者の利益を
引のうち、取締役が会社を代表して自己のために
図るため、代表権限を濫用して手形行為をした場
会社以外の第三者とした取引については、取引の
合において、相手方が代表取締役の真意を知り又
て、X社の利益を図るものとは必ずしもいえない
三者の利益を図って代表取締役としての権限を濫
安全の見地により善意の第三者を保護する必要が
は知り得べきものであったときは、民法 93 条た
あるから、会社においてその無効を主張するには、
だし書の規定を類推し、その手形行為は効力を生
取締役の利益相反行為となる取引について取締役
じず、株式会社は代表取締役の手形行為を無効と
会の承認を受けなかったことのほか、相手方であ
して手形上の責任を免れることができると解され
る第三者の悪意を主張立証すべきである……。本
る……。本件貸付け自体が正常な、あるいは通常
件裏書の原因関係である本件貸付けに当たり、A
の取引とは思われないし、その債務の支払担保と
は、本件貸金の使途についてはX社のために必要
してされた本件裏書についても、同様の指摘が当
であるとのみY社に説明し、それ以上に具体的な
てはまるのであり、Y社は、これらの事情を了知
使途を伝えていなかったし、Y社もそれ以上の説
した上で、本件貸付けや本件裏書に応じたと推認
明を求めなかったこと、Aは、Y社に対し、本件
できるというべきである。……Y社は、本件裏書
貸付が明るみに出ないよう会計書類に記載しない
について、Aがその権限を濫用して行うことを
ことを求め、Y社もこれに応じているが、その際
知っていたか、そうでないとしても、少なくとも
に特段の異議を述べたり、疑問を呈した形跡もな
知り得べきであった(知らないことに過失があっ
いこと、本件裏書はX社とAとの利益相反取引に
た)というべきである。……本件裏書については、
該当するが、Aから取締役会の決議など社内的な
X社とAとの利益相反取引に関する取締役会の承
了解を得ていることの言及はなく、Y社もこの点
認を欠き、かつ、Y社がこれらの事実について悪
を何ら問い質していないこと」が認められ、本件
意であることにより、あるいはAが権限を濫用し
貸付けの経緯及びその債務の支払を担保するため
て行ったものであって、かつ、Y社がその事実に
にされた本件裏書が適切又は正常な取引とはいえ
ついて悪意又は過失があることにより、Y社に対
ない背景があることについて、Y社も認識してい
し遡求による本件手形に基づく債務を負うことは
たと解されるので、「Y社は、本件裏書がX社と
ないから、X社の手形債務不存在確認請求は理由
Aとの利益相反取引に該当し、かつ、X社の取締
がある。」
役会の承認を受けていないことについて悪意で
あったことを認めることができる」。
4 Y社が本件仮差押申立てをしたことに基づ
3 本件貸付けの借主がAであると認定した上
くX社の損害賠償請求については、原審とほぼ同
様の理由で、198 万 8,118 円及びこれに対する平
で、
「本件裏書は、A個人の本件貸金債務をX社
成 24 年 4 月 5 日から支払済みまで年 5 分の割合
において保証する趣旨でその支払の担保のため
による遅延損害金の支払を求める限度で認容し
に、AがX社の代表取締役として行ったものであ
た。
る。X社の職務権限規程では、債務の保証、1 億
円以上の有価証券の譲渡(裏書譲渡も当然これに
判例の解説
含まれると解される。
)や貸付け等について取締
役会の承認が必要であるが、Aは、この規程に反
一 手形行為と利益相反取引
し、本件裏書について取締役会の承認を得ず、承
本判決・原判決ともに、本件裏書は、AがX社
認を得るための手続もとらなかったのであり、し
の代表取締役としてA個人の債務を保証する趣旨
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新・判例解説 Watch
新・判例解説 Watch ◆ 商法 No.73
で、本件貸金債務の支払を担保するために行った
会社以外の第三者とした取引、いわゆる間接取引
ものであり、Aが自己又は第三者の利益を図って
については、取引の安全の見地により善意の第三
代表取締役としての権限を濫用した手形行為であ
者を保護する必要があるから、会社においてその
ると認定している。取締役が自己又は第三者のた
無効を主張するには、取締役の利益相反行為とな
めに株式会社と取引(直接取引) をするときは、
る取引について取締役会の承認を受けなかったこ
取締役会のない会社では株主総会の承認、取締役
とのほか、相手方である第三者の悪意を主張立証
会設置会社では取締役会の承認を受けなければな
すべきであるとして、相対的無効説をとる(最判
らない。直接取引だけでなく、会社が取締役の債
昭 43・12・25 民集 22 巻 13 号 3511 頁)。手形行為
務を保証することその他取締役以外の者との間に
についても、取引の安全を重視して相対的無効説
おいて、会社と当該取締役との利益が相反する取
をとり、取締役会の承認のない取引は無効である
引(間接取引) をするときも、同様である(会社
が、会社は第三者に対しては、利益相反取引に該
法 356 条 1 項 2 号・3 号、365 条 1 頁)
。
当すること及び会社の承認を欠くことにつき第
手形行為が利益相反取引に含まれるか否かにつ
三者が悪怠であることを主張・立証しないかぎ
いては、原因関係と切断された手形行為は取引の
り、無効を主張できないと解している(前掲最判
手段であり、債務の履行的性格を有するにすぎな
昭 46・10・13)
。なお重過失は悪意と同視すべき
いので、利益相反取引に該当しないが、原因関係
である3)。本件裏書は、AがX社の代表取締役と
が承認の欠缺により無効のときは、人的抗弁事由
してA個人の債務を保証する趣旨で、本件貸金債
となるという適用否定説もある1)。しかし、通説
務の支払を担保するために行ったものなので、利
は、手形行為も利益相反取引に該当することを肯
益相反取引に該当するが、取締役会の承認を得て
定し(適用肯定説)、判例も一貫して利益相反取引
いない。したがって、X社は、Y社の悪意又は重
であると解している(大判明 42・12・2 民録 15 輯
過失を主張・立証すれば、裏書人としての責任を
926 頁、 最 判 昭 36・6・23 民 集 15 巻 6 号 1669 頁、
否定できると解される。
2)
最判昭 38・3・14 民集 17 巻 2 号 335 頁) 。最大
判昭 46・10・13(民集 25 巻 7 号 900 頁) は、会
二 代表権の濫用と心裡留保
社が取締役に宛てて振り出した約束手形につい
本判決によると、本件裏書は、AがX社の代表
て、約束手形の振出しは、単に売買、消費貸借等
取締役としてA個人の債務を保証する趣旨で、本
の実質的取引の決済手段としてのみ行われるもの
件貸金債務の支払を担保するために行ったもので
ではなく、簡易かつ有効な信用授受の手段として
あり、Aが自己又は第三者の利益を図って代表取
も行われ、また、約束手形の振出人は、その手形
締役としての権限を濫用した手形行為であると認
の振出しにより、原因関係におけるとは別個の新
定されている。無権代理や手形偽造が代表権の範
たな債務を負担し、しかもその債務は、挙証責任
囲内の行為かどうかの問題であるのに対し、客観
の加重、抗弁の切断、不渡処分の危険等を伴うこ
的には代表権の範囲内であるが、主観的に自己又
とにより、原因関係上の債務よりもいっそう厳格
は第三者のために代表行為を行う場合を代表権の
な支払義務であるから、会社がその取締役に宛て
濫用という。判例は、本判決の引用するように、
て約束手形を振り出す行為は原則として利益相反
心裡留保説をとり、法人の代表者が自己又は第三
取引に当たり、取締役会の承認を受ける必要があ
者の利益を図る意図で権限を濫用して手形行為に
ると判示した。会社が、その取締役が代表取締役
を兼ねている他の会社に宛てて、約束手形を振り
及んだ場合でも、原則として有効な手形行為であ
るが、民法 93 条ただし書の類推適用により、相
出す行為も、原則として利益相反取引に当たる(最
手方が権限濫用の事実を知り又は知ることができ
判昭 46・12・23 判時 656 号 85 頁)。
た場合は、本人である法人は手形行為による責
取締役会の承認のない利益相反取引の効力につ
任を負わないと解している(最判昭 38・9・5 民集
いて、判例は、取締役と会社との間の利益相反取
17 巻 8 号 909 頁、 最 判 昭 44・4・3 民 集 23 巻 4 号
引のうち、取締役が会社を代表して自己のために
437 頁、最判昭 51・11・26 判時 839 号 111 頁)
。そ
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新・判例解説 Watch ◆ 商法 No.73
れに対して、民法 93 条ただし書の「表意者の真
他の役員に秘匿した上で、X社名義の手形を振り
意」とは、
法律行為をする効果意思の意味であり、
出して、Z社が他から融資を受ける際の担保に使
権限を濫用しようとする背任の意図とは異なるこ
わせていた。その後、X社との取引拡大を望んで
と、効果を会社に帰属させる意思には変わりがな
いたY社に要請して、数回にわたって貸付けを受
いことなどの批判がある。学説は、権限濫用の場
けた。本件裏書は、その残債務の担保として、A
合でも、会社に法的効果を帰属させる意思はある
がX社の代表取締役として独断で行ったものであ
ので、代表行為自体は会社の行為として有効であ
る。本判決の指摘するように、「本件貸付けは、
るが、相手方が権限濫用について悪意のときに会
これに至る経緯からして適切又は正常な取引とは
社に対して権利を主張することは、信義則違反又
いえない背景があり、その債務の支払を担保する
は権利の濫用(民法 1 条 2 項・3 項)となり、許さ
ためにされた本件裏書についても」正常ではない。
れないと解するのが多数説であり4)、一般悪意の
仮にY社の主張するように、本件貸付けがX社に
抗弁説と呼ばれる。また重過失は悪意と同視すべ
対するものだったとしても、X社では、債務の保
きであるとされている。したがって、相手方は、
証、1 億円以上の有価証券の譲渡や貸付け等につ
軽過失の場合には、判例によれば保護されないが、
いては取締役会の承認が必要であるにもかかわら
多数説によれば保護されることになる。原審・本
ず、その承認は得られていない。しかもY社はこ
判決ともに、本件貸付けについて、Y社は、本件
の点を何ら問い質しておらず、必要な社内手続を
貸付けの借主がAであるという認識を持っていた
経ていないことを認識していたと考えられる。そ
ことがうかがえるとしているので、心裡留保説に
うすると、取締役会の決議を欠く多額の借財(会
よれば、少なくともX社に対する関係では本件貸
社法 362 条 4 項 2 号)と構成することも可能なケー
付けは無効となる。また一般悪意の抗弁説によれ
スであろう5)。
ば、本件貸付けは有効であるが、Y社はX社に対
●――注
して本件貸付けについて弁済を請求できないこと
1)田中耕太郎『商法学特殊問題中』(春秋社、1965 年)
になる。
324 頁、伊沢孝平『手形法・小切手法』(有斐閣、1949 年)
78 頁。
三 終わりに
2)田中誠二『手形・小切手法詳論上巻』
(勁草書房、1968 年)
172 頁、鈴木竹雄『手形法・小切手法〔新版〕』(有斐閣、
原判決は、本件貸付けに係る債務がZ社の資金
1992 年)158 頁、前田庸『手形法・小切手法入門』(有
援助の目的で借り入れたA個人の債務であり、本
斐閣、1983 年)83 頁ほか。
件裏書がその債務の支払を担保するためのもので
3)前掲最判昭 46・10・13 の大隅裁判官の補足意見。
あるとして、本件裏書行為が権限濫用に当たると
4)竹田省「会社代表者の職権濫用と悪意の第三者」民商
して、心裡留保説に従った処理をしている。本判
7 巻 2 号 164 頁、加美和照『新訂会社法〔10 版〕』(勁
決も、本件貸付けの借主がAであると認めている
草書房、2011 年)304 頁、江頭憲治郎『株式会社法〔5 版〕』
(有斐閣、2014 年)424 頁ほか。
点は同じであるが、さらに本件裏書がAの債務の
5)弥永真生「本件判批」ジュリ 1472 号 3 頁。取締役会
支払担保のためになされたので、会社・取締役間
の決議を欠く多額の借財についても、判例は心裡留保説
の利益相反取引に該当するにもかかわらず、取締
をとる(最判昭 40・9・22 民集 19 巻 6 号 1656 頁)。
役会の承認を得ていないとして、相対的無効説で
処理をしている。本件裏書は、取締役の債務を担
保する趣旨でなされており、明らかに間接取引に
明治大学教授 河内隆史
該当するので、利益相反取引として処理するほう
が勝っていると考える。本件裏書について、こと
さらに代表取締役の権限濫用行為であることをい
う必要はない。X社が株式を上場する際に協力を
得たZ社が、そのために資金繰りに苦しむことと
なったので、AはX社における立場を利用して、
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