第46回 亡き恩師に捧ぐ ~絵画とともに聴く古楽

~絵画とともに聴く古楽
須田 純一 (銀座本店)
第46回 亡き恩師に捧ぐ
マラン・マレ:
サント=コロンブ氏のトンボー
ヴィットーリオ・ギエルミ
(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
ルーカ・ピアンカ
(リュート)
川村清雄(かわむらきよお):「形見の直垂(ひたたれ)」
東京国立博物館
(「強さと優しさ∼マラン・マレ&ジャック・ガロ作品集」に所収)
■CD:PASSACAILLE 957 輸入盤オープンプライス 〈passacaille〉
容です。
たといいますし、最晩年には「とうとう川村ほどの
川村清雄という画家をご存知でしょうか。
ここ
マレが師サント=コロンブの死に際して作曲
画家に出会うことは無かった」
というような言葉
10年ほどで、幕末から明治にかけての西洋画家
した「サント=コロンブ氏のトンボー」は、マレの
も残しています。清雄もそうした勝海舟の恩に応
たちの知名度が上がってきていますが、
この川村
他の作品と一線を画した痛切な悲しみに満ちた
えるように画業に励んでいましたが、そこは江戸
清雄に関しては未だ一般的には知られていない
曲調となっています。
ただ単に亡くなった師への
気質の無類の酒好き、遊び好き、勝家の金目のも
存在と言えるでしょう。
しかし残されている彼の
想い出のため作ったというわけではなく、後悔、
のを質に入れてまで飲み歩くなどの放蕩をして
作品の数々を観れば、その技量の高さ、緻密で堅
惜別、自らの至らなさなど、マレの師に対する複
いたそうです。度量の広い海舟は、そうしたことを
固な構成感覚には目を見張るものがあります。彼
雑な想いが込められた作品なのだと思います。
を知らないままでいてはあまりにもったいない、 ほとんど気に留めなかったそうですが、海舟の周
こうした特別な作品と言うこともあってか、現
辺からはさすがに度を過ぎた行いと思われてい
そんな思いを起こさせる存在なのです。今回は
代のヴィオラ・ダ・ガンバの名手たちの多くがこ
たようで、清雄自身その空気を察し、自分がいる
彼の代表作「かたみの直垂(ひたたれ)」をご紹
の曲を録音しています。そうした中でも、マレの
ことで海舟の評判を貶めてはいけないと、
自ら勝
介します。
感情を強烈に、それこそ痛いほど聴き手に伝え
家を出て、勝家との交流を絶ちました。そんな状
明治の初頭、若くしてアメリカ、
フランス、
イタリ
る演奏が鬼才ヴィットーリオ・ギエルミとリュート
態だったため、海舟死去の報も直接には知らさ
アと約10年もの間、留学していた川村清雄は、欧
奏者ルーカ・ピアンカによる演奏です。ギエルミ
れず、他から聞き付けた清雄はすぐさま駆けつ
米で直接画技を身に付けた最初期の人物であ
は旋律と通奏低音を多重録音によって一人で担
け、遺骸にすがって号泣したそうです。
り、その技量も当地で高く評価されるほどだった
当し、むせび泣きのようなポルタメント、嗚咽のよ
そんな清雄が勝海舟の死後、勝海舟へ捧げた
といいます。
その実力にもかかわらず、留学後、
日
うな音の揺れ、
まさに 慟哭 と呼ぶべき表現をし
作品が「形見の直垂(ひたたれ)」でした。画面の
本の画壇の主流とはなれず、現在のように世間
ています。
ピアンカのリュートもその表現をより一
右には、勝海舟の胸像が置かれ、その下には清
一般からは忘れられた存在となってしまいまし
層深めています。悲しみの旋律が心を切り刻み、
雄と勝海舟が生前戯言で語ったという棺桶、そ
た。西洋文化を肌で体験したにもかかわらず(ま
不協和音が胸に刺さり、痛々しくて聴いているの
の周りの品々も勝海舟ゆかりのもの、そして画面
たはそれゆえに)、江戸の心意気を終始忘れるこ
が辛くなってくるほどです。それほどの強い感情
の主人公である少女がまとっているのは、勝海舟
となく、
「画家」ではなく
「絵師」
としての生き方を
をマレがこの作品に込めたのかどうかを知ること
の葬儀の際、清雄自身が身に付けた直垂。事物
貫いた川村清雄の気質は、欧米列強に追いつけ
はできませんが、マレの強い葛藤が自らのことの
を丁寧に描き、それらの画面配置を念入りに行
追い越せといった明治の気風には合わなかった
ように思えてくるそんな演奏なのです。
い、10年以上もの歳月を経て完成となったこの
のかもしれません。その辺りの事情は、林えり子
川村清雄の話の戻りますと、
「形見の直垂」は、
作品には、勝海舟の思い出がぎっしりと詰まって
著「福沢諭吉を描いた絵師∼川村清雄伝」
(Keio
かつて「虫干し図」
と呼ばれていました。確かに
います。清雄自身、晩年に「有難さで涙があふれ
Up選書)に詳しいので、
ご興味のある方はご参
蔵の中の品々を虫干ししているような様子にも
る」
と語ったという海舟の不断の恩に、ほとんど
照ください。
見えます。
しかしただそれだけの図ではないこと
報いることのできなかったというその無念、申し
さて、その川村清雄を事あるごとに援助してい
が「形見の直垂」
という本来の題であれば分かっ
訳のなさ、そして哀惜の念が込められた感動的
たのが、江戸城無血開城を実現した幕末、明治
てきます。
そして、清雄と海舟の関係を知ることで
な作品となっているのです。
初期の偉人、勝海舟でした。勝海舟は、明治維新
さらに作品が深みを増していくのです。マレの
後も旧幕臣の代表格として様々な役職をこなし、
も師に捧げたこ
フランス・バロック時代の天才ヴィオール(ヴィ 「サント=コロンブ氏のトンボー」
伯爵を叙任されていました。武士の家系だった
オラ・ダ・ガンバ)奏者、作曲家マラン・マレにも、 の曲にどれほどの想いが込められていたのか、
川村家は、そんな海舟とも交流があり、清雄も幼
それを考えれば考えるほど曲を深く知ることが出
少期から面倒を見てもらっていたようです。清雄 「形見の直垂」のように恩師への想いのこもった
来るはずです。絵や音楽などをただ鑑賞すること
作品が存在します。それが「サント=コロンブ氏
の留学の際にも、徳川家留学生となれるよう尽
だけでも大きな感動を生んでくれます。
しかし、
力したり、留学後の日本での仕事を斡旋したり、 のトンボー」です。貧乏な家庭からただ音楽の実
その作品について学び、知り、自分なりの捉え方
力のみで宮廷音楽家にまで登り詰め、音楽家とし
再三小遣いを渡したり、絵を買い取ったりと、そ
を獲得した時、その作品は新たな側面を見せて
ての栄光を勝ち取ったマラン・マレと、俗世から
のかわいがりようは半端ではありません。
しまい
くれるものです。恩師への想いを込めたこの2つ
離れ、孤高のうちに音楽を極めていった師サント
には金に困っていた清雄を勝家に住まわせるよ
の作品からは、そうした芸術の鑑賞術さえも学べ
=コロンブ。名作映画「めぐり逢う朝」
(紀伊國屋
うにまでなります。
まるで、本当に息子のようなか
るのではないでしょうか。
書店からDVD発売あり)には対照的な人生を
わいがりようです。勝の妻が「自分の隠し子が大
たどった二人の葛藤が丁寧に描かれています。
きくなったので引き取った」などとふざけて言う
史実を基にしているとはいえ、
もちろんフィクショ
ほどの勝家全体での溺愛振りでした。
ンではありますが、二人の関係はこんな感じだっ
もちろん海舟は川村清雄のその高い画力を評
たのかもしれないと思わせる説得力に満ちた内
価していて、邸宅には必ず清雄の絵が飾ってあっ