サマワへ戻ろう

サマワへ戻ろう
写真班
サマワに記者がいなくなって久しい。
武装勢力によるイラク警察幹部への攻
撃、オランダ軍への攻撃、そして自衛隊
宿営地への攻撃と予断を許さない状況が
続いている。それなのに、記者はいない。
もちろん、我々共同通信の記者もいない。
日ごろの取材にあたっているのは地元サ
マワの通信員、まれにフリーランスの記
者が訪れるだけだ。この状態が、報道の
あるべき姿なのか、僕の考えを書きたい。
▽サマワの現状
イラク国内の政情不安で、4月、共同
通信を始めとする日本の大手メディアは
自衛隊派遣地サマワから一斉に引き揚げ
た。その後、現地で取材するのはフリー
ランスのみだ。各社とも、現地紙記者、
通訳などと通信員契約をしている。問題
は、彼らを信頼出来るかどうかだ。英語
力があっても、ジャーナリストとしての
訓練を受けていない点に不安が残ってし
まう。先日の某紙の誤報とみられる記事
「反米武装勢力の迫撃砲/自衛隊宿営地
内に着弾」の原因もそこにありそうだ。
自国の 軍隊 が戦地で活動していると
いう大ニュースの取材態勢としては、大
原田 浩司
きな疑問が残る。
個人的には、サマワで自衛隊を巻き込
んだ戦闘が発生し、自衛官、イラク人の
どちらかに犠牲者が生じることで、日本
とイスラム諸国との関係が激変する可能
性もあり得る・・・つまり日本の未来を
占う重要な取材だと感じる。
▽サマワの取材方法
リスクを最小限にする方法はいくつか
ある。大手メディア撤収後も、イラクに
残って縦横無尽に取材活動を敢行してき
たフリーランスの知人たちに聞いてみた。
まず、サマワへの移動が最初の難関。
首都バグダッドへは、空路で入ればまず
安全だが、サマワへ向かう道中にはマハ
ムディヤなど治安の悪い街がいくつかあ
る。フリーランスの日本人記者が殺害さ
れた場所だ。しかし、現地の人が使用す
るバスや乗り合いタクシーを利用し、そ
れらの街を迂回することでリスクを避け
ることは出来る。この手の車両が、反米
武装勢力に襲撃されたケースはまずない。
さらに、服装は現地の人を真似し外国人
とさとられないようにすることも有効で
ある。もうひとつの方法は、クウェート
からサマワ入りする自衛隊の車列に紛れ
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て移動する方法である。この車列は軍用
道路を通行するが、自衛隊は「同胞の追
尾」を拒否することはないそうだ。この
手段でサマワからクウェートへと抜けた
フリーランスもいる。
そして、最大の難関はサマワでの取材
態勢である。最もリスクが低いのは、従
軍取材(エンベッド)であろう。賛否両
論があるものの、直接取材ゼロという現
状よりはるかに良いはずだ。報道側と日
本政府側のエンベッド取材の交渉に期待
したい。既に、防衛庁ではエンベッド取
材の受け入れ態勢は整いつつあり、報道
側の交渉機関である新聞協会が申し入れ
れば実現の可能性もあるという。共同通
信の幹部には、ぜひとも新聞協会をつつ
いて実現してもらいたい。
エンベッド取材が実現不可能であれば、
宿営地への「通い取材」しか方法はない。
その場合も、可能な限りの長時間、自衛
隊宿営地に留まり宿舎を転々とすること
でリスクを減らすことも可能である。主
のいない大手メディア各社の宿舎を護衛
付きで数日おきに泊まり歩いたフリーラ
ンスもいる。襲撃者のターゲットにされ
にくようにするためである。
いずれの方法にしても、最小限の取材
チームが好ましい。一人という訳にはい
かないので、「記者一人+カメラマン一
人」が理想的だ。それぞれが、記事を書
き、写真を撮り、ビデオを回す。大げさ
な取材チームは必要ない。取材要員が増
えれば、助手や機材なども倍々で増える。
それはリスクを高めることに他ならない。
それぞれの判断が分かれ、リスクに対処
するスピードが遅くなりがちになるから
だ。実際にそういう場面もあった。リス
クを伴う取材は、気心の知れた小さなチ
ームで敢行するというのが、自分の紛争
地の取材体験から得た最善策だ。
▽戦争報道と通信社
湾岸戦争で、欧米の通信社は自国の軍
隊に従軍し、報道を続けた。米軍にはA
P、フランス軍にはAFP,英軍にはロ
イターというように。歴史を見ても、自
国の軍隊が大規模派遣されている場所で、
その国の通信社がカバーすることは当然
の責務といって過言ではない。かつて、
共同通信の前身である同盟通信は国策通
信社としてではあるが、大日本帝国軍に
従軍し世界中の至る所からNHKを始め
とした国内報道機関にニュースを配信し
ていた。通信社というものは、五輪報道
で取材の便宜が図られる存在ではなく、
リスクを侵してでも重要なニュースをカ
バーする存在であるはずだ。
報道写真家ロバート・キャパは、ユダ
ヤ人である己の立場から戦争を捉えてい
た。ユダヤ人がかかわる戦争を「自分の
戦争」と呼んだ。そして「自分の戦争」
でないインドシナ紛争で地雷を踏んだ。
彼の言葉を借りれば、自衛隊イラク派遣
は「自分の戦争」である。
「日本を代表す
る通信社」を自負する共同通信が、逃げ
てはいけないはずだ。
戦場では、最悪の事態も起こり得るの
も確か。しかし、リスクを突破して得る
ものもあるはずだ。ネガティブな面を見
つめるだけでは前進はない。
サマワへ戻ろう。
(了)
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