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中里オスカル・ジャブチ賞の「NIHONJIN」
物語のどこかで「日本人」の血が疼きます
中田みちよ
「にほんじん」は第 54 回ジャブチ賞(ブラジル書籍協会主催)の受賞作。賞設置から
54 年目にしてようやく日系三世中里オスカルが受賞したということに意義を感じてい
ます。選考委員同士の確執から新聞紙上をにぎわせたりしましたから、ご記憶の方も
いるでしょう。いずれにしろ受賞には百年を超えた日本移民の各方面における進出活
躍も、ポジチヴに影響しているはずで、日系を代表して受賞したんだと考えたほうが
いいのかもしれません。
作者の中里オスカルはアプカラナの連邦技術大学で言語学を教えています。まだ、
日本には行ったことはなく、「にほんじん」の作者として一度はいかなければと考え
ていて、それも単に行くではなく、本質的には日本に「帰る」のだという認識です。
父祖の地に還るということです。
もともとは、博士号論文のために執筆を始めた(「フィクションにみる日系ブラジ
ル人のイメージ」という論文がある)のですが、あまりの資料の寡少さに驚き、自分
で資料を手がけようと日本人移民から聞き取りを始めました。この論文名、えっ、こ
の小文と同じタイトルじゃないの、とビックリしました。さらにいろいろな日本人に
インタビューし、それを種として膨らませ「にほんじん」という作品に仕上げたわけ
です。
ストリーそのものが、日系社会の人間なら誰もが知っていることばかりで、それ自
体に新味はありません、が、しかし、いつの間にか登場人物が読者を引きつけてしま
います。日本人男性の代名詞としてイナバタ・ヒデオがあり、頑固一徹でどうにもな
らないと、否定的に首を振りながらいつの間にか、己の父親や周囲の古老移民を重ね
てしまうからかもしれません。そういう二、三世も多いはずです。
戦前の移民がブラジルに根を下ろし、子どもを育てていく過程で、特に息子のひと
りはブラジル人としてのアイデンテイテイを強くもち、父親は日本人を捨てきれずに、
いろいろな事件に遭遇します。極めつきは終戦直後の勝ち組、負け組み問題。日本精
神を遵守する稲畑秀雄は勝ち組になり、息子のハルオはその勝ち組に成敗されるとい
うエピソードが語られます。従来は勝ち負け組みに関するはなしでも、語られてきた
のは常に一世側の視点でしたが、ここでは語り手が三世、つまりブラジル人で、そこ
が大変新鮮でした。わが屋の息子たちの気持ちを開陳されているような気分になるの
です。
まず、順を追って第一章からはじめると、稲畑秀雄とキミエという若い夫婦が、働
き手三名という条件から、知人の息子を構成家族としてともない農業移民としてブラ
ジルにやってきます。移民なら誰もが経験した船中生活で、それぞれ夢を語らせます
が、一攫千金を信じる男たちに、安易な夢に警鐘をならす絵描きの男がいました。
【「そんな、悲観的になるなよ」といった。男は悲観的じゃないよ、とつづけた。
これから起こることに驚かないための覚悟なんだ。たとえ、金をもうけるための
肥沃な大地があるにしろ、ブラジルは反対側にある。想像できない場所だ。いく
ら金儲けには最高の場所だといわれても、未知の土地には未知の人間が住んでい
る。彼らは暴力的かもしれないし、日本人には無理なノルマを押しつけるかもし
れない。後進国であるから病気が蔓延しているかもしれない。病人が出ても医者
がいるかどうかもいわなかったし、コーヒー園に順応できないものには帰国する
船があるともいわなかったではないか。日本人が虐待されても、それを訴える場
所があるなどともいわなかったではないか】
(翻訳部分は【ブラジル日系文学 44 号から掲載開始の「にほんじん
中田みちよ・古川恵子翻訳」からの抜粋です】
つぎに収容所から耕地に到着し、寝床つくりから始める農場のこまごました生活が
語られますが、作者がブラジル人だと感じられるのは、女主人公のキミエが黒人女と
友だちになることです。これは書き手が日本人一世なら絶対に出てこないシチュエー
ション。日本人が描く農園風景は、日本側に引き寄せられているんですが、この作品
はブラジル側に日本が引き寄せられています。なるほどねえ、と感心しました。黒人
女や現地の労働者たちが非常に好意的に、こんな言い方が許されるなら、肉親的な情
がこめられて書かれています。
【二人は、日本人の女と黒人の女は友だちになった。後にキミエの、黒人の家
にキャベツを持っていった冒険劇を知った秀雄は、
「あいつらにかまっちゃイカンといっただろ。野蛮なやつらだ。危害を加え
られたらどうする?」
「ちがうワ」とキミエは否定し、こうつづけた。
「わたしたちと同じように働く人たちよ」
「いいや。もう、話に行っちゃいかん。いいな」】
さて、稲畑は構成家族として若者ジンタロウを連れてきていますが、コーヒー園の
労働者小屋に寝起きしているわけですから、隣室の夫婦の動きが手に取るように分か
り悶々とします。また、いつも夫から怒鳴られているキミエに同情もしていますから、
二人の結びつきは不自然でもないんですが、キミエはあくまでも受身で、犯されるん
だから、私は悪くない・・・と考えたりして、どんな瞬間にもいい逃れを模索する女
性です。実際には無防備な家庭内で乱暴された女性も数多くいただろうと推測するの
も難しくありません。キミエは善良でまるっきり無防備。キミエだけでなく、当時の
日本女性一般は無防備すぎるような気がします。時々海外で事件に遭遇する日本人女
性が話題になりますが、自覚が足りない。知らない男に声をかけられても話しに乗っ
てはいけない。私のようなおばあちゃんでも、おかしな男が前方からきたら、さりげ
なく道路を横切って向こう側に渡るような配慮はしょっちゅうしますけれどね。治安
がよい国に育ったものの落とし穴でしょうか。
そして、渡伯の手段としてにわか作りの家族が多数つくられたわけですが、孤老と
なった男性のほとんどは、この構成家族だったと、後年の調査で明らかにされていま
す。つい最近、日伯援護協会が孤老の増加に悲鳴を上げていると邦字新聞が報じても
いました。
ジンタロウは俳句をたしなむ文学青年です。鬱屈した心情を吐露するための手段と
して、まもなく日系社会で盛んになる短詩型文学をしっかり登場させていて、目配り
もきいています。
【いつからか、ジンタロウの視線から、それはいつか起るだろうと、キミエは察
していた。二人のとき、それは秀雄が近所の誰かと共同の野菜畑について話す
のに出かけたときだった。いつもは寡黙でオハヨウもいわないジンタロウが、
台所で後ろから抱き付いてきた。うなじに熱い息を感じたキミエは振りほどこ
うとした。彼女は、貞淑な女だった。雨に打たれ、風に吹かれる石のように泰
然と、夫以外の男と寝るなど考えることすらできなかった女だった。なのに、
奇妙なことに、力強い腕に快い衝動を感じた。けれども、振りほどこうともが
いた。しかし、男の腕は強く説得力に満ちていた。いつも女であるより妻だっ
た彼女がずるがしこくふるまえるはずがない。彼女は単純にただ思った。じっ
とこのまま立っていたって、私の落ち度などでない。男のほうが何倍も力が強
いのだもの。彼女はもがくのをやめ、やめたのは疲れたからか、彼が動作を続
行して欲しいからなのか、と考えていた】
山中の閉ざされた生活体験がある私はキミエの絶望感がよく理解できます。
男には、それが原因で落伍した者が大勢いたとしても、ピンガがつかの間の息抜きを
もたらしてくれました。しかし、女は弁当を作り、野良に出る以外は何の楽しみもな
い。むかしの男は、女にも感情があるということなど念頭になかったんですね。
ジンタロウは出立し、キミエは病気になります。別にジンタロウが原因ではなく、
(キミエはそれほど自意識がなく、単にカイソウな女として登場)もろもろの積み重
ねから、いまなら「欝病」とよばれたかもしれませんが、コーヒーの白い花を雪と勘
違いして、その中で舞いながら死にます。ここでは雪が望郷心「サウダーデ」のメタ
ファーとして扱われています。
第 2 章は、やもめになった稲畑秀雄が新しい家族をつくります。キミエが生きてい
たころ、もらい風呂にきていた三木村さんの娘静江と再婚しました。まあ、早い話が、
農作業の人手がほしいために結婚し、結婚させるわけですが、農村部では結構、こん
な感じで嫁入り話が進められましたね。実際には秀雄が入り婿のような形ですが、み
んなで力を合わせて土地を買い、食用に豚を殺す様子や、戦前の結婚式の様子などが
描かれています。最近のすぐ同棲する世相に比べれば、昔の人とたちは義理堅いとい
うんでしょうか、ちゃんと手続きを踏むんですねえ。
【それから父親が立って贈られた祝儀に謝辞を述べ、貧相な披露宴をわびた。
酒宴には酒が欠かせないのだが、それはかなわずピンガ酒とリモネドでが
まんしてもらわなければならない。饅頭のかわりに揚げたタピオカ芋。それ
におにぎりとトウモロコシのケーキがご馳走だった。それでも、集まる機会
がなく、祝いごとなど稀であったから招待客はみなご満悦だった】
【結婚式で女たちはリモネドを、男たちはピンガ酒をしこたま飲んだ。新郎
までも度を越した。酔いが羞恥心をとりさり、調子はずれの大声で歌った。
酔わないものは手拍子をとってリズムに合わせた。そのうち、男たちは抱き
合い、花嫁の父親は泣き出した。歌いながら泣く。みんなも互いの心を計り
ながら泣きあった。- 泣くのは娘が結婚したからばかりでなく、涙が故郷
を思わせるからでもあった】
静江はキミエと違ってはちきれるほど健康でしたから、次々と子どもが誕生します。
舅と秀雄は肝胆あい照らす仲となり、家族は夢中で働きました。日本男子は暴力的で
しかも周囲に馴化できないから閉鎖的。こんな男性像が現在でも数多く存在していま
すけれどね。
【当時の男たちは総じて暴力的だったが、それはつまるところ、ブラジルの大
地に腹を立て、灼熱の太陽に怒っていたのであって、移民たちの苦痛と絶
望を昇華させる代替行為だったともいえる。そしてブラジルにとどまること
を受容したとき、異土を拒絶しなくなった。しかし秀雄は何年たっても受け
入れられずにいた】
第三章は秀雄の子どもたちが成長し、田舎の学校に通学するようになって、文化の
差、アイデンテイテイの問題をつきつけられます。三男のハルオは小さい時から、男
たちの食事が終わってからでなければ食べられない母や女たちに不満でした。食事は
家族全員が同じテーブで和気藹々とするものだ。モデルとして近所のブラジル人家庭
がありますからね、いつも不満でいっぱいでした。
【「お前の心、それは日本人の心だ。お前は日本精神をもっている。顔もそう
だ。その辺をブラジル人だといって歩いてみて、どうなる? 誰が見たって
お前は日本人なんだから」
まさしくそう考えていた。顔の輪郭もつぶれた鼻も、つりあがった目も。名
前と同じように身体もそれを証明しているではないか。
「お前の名前はハルオだ ― ブラジル人だったらジョアンとかアントニオと
かジョゼだろう・・・」とつづけた。
するとハルオは切り返した。
「お父ちゃん、顔や名前は変えられないし・・・それはあまり重要なことじゃ
ないんだ。ブラジルガッコのセンセはみんな同じ神の子だというんだ。目が
つりあがっていてもいなくても、髪の毛がまっすぐでも縮れていても、黒人
の子どもでも、日本人の子どもでも・・・大事なのはお父ちゃんがいうよう
に心なんだ。ぼくは自分はブラジル人の心を持っているように思うんだ」
「バカモン」
ハルオは力いっぱい横っ面をはられ、たちまち目が涙でいっぱいになった】
わが家の息子たちを想起した場面でした。お前たちは日本人だといわれ、それを信
じて疑わなかった幼年時代。中学生になってからブラジル人だと自己主張するように
なり、それを受容できない親の前では沈黙した子どもたちの傷。今なら見えるんです
が、当時は不明でしたね。
三章の教室風景、これは田舎のエスコーラ・ミスタですが、なんとなくオズワル
ド・デ・アンドラーデの「ゼロマーク」と重なります。もしかしたら、オスカルさん
も読んだのかなあと推察しました。相似点がありますから、マルクスなどにかぶれた
学生時代に読んでいるかもしれませんね。
とうとつに、日本語教師の日本研修には、立地条件のよい都会の優れた学校を見学
したって何にも益することころがないといった教師仲間を思い出しました。複式も、
超超複式の授業に振り回されているブラジルの日本語教育現場には、離島や過疎の村
の、一年から六年生までがごちゃ混ぜのクラス(エスコーラ・ミスタ)運営こそが、
真に有意義だというんです。ホントにホントに。いつもこんな風にすれ違っている。
いや、そもそも、本邦研修など、日本語という国語しか教えてこなかった教育現場
に、教師本人の日本語力向上のメリット以外には、母語がポルトガル語の国で日本語
教育を実践しているわれわれの役に立つことなどほとんどない。先年、日本へ研修に
行ってきた教師が、多様性文化云々とオウムのようにいうのを聞いて、バカじゃない
かと思いました。多様性文化のなかで暮らしていくノウハウなど、いまさら日本人に
聞かなくたって、私たちがブラジルで常日頃から実践してきているではありませんか。
その累積が 100 年以上あるんです。こちらが教えてやる立場にある、ブラジルから発
信すべきだといったら、総スカンをくいましたけどね。
脱線・・。話しを戻しましょ。ここでは親に逆らう罰として「ヤイト」がすえられ
ます。アハハ・・・お灸ねえ。お灸で思想的なものが変えられるなら、世の中、苦労
しないんじゃないんですか。ハハハ。しかし、実際にはこうした罰を与えられた人が
結構いるようです。鍼灸師からきいた話ですが、親から罰としてヤイトをすえられた
痕跡が患者さんの身体にはよくみられるそうですからね。
【父親は息子の背中に玉をいくつか乗せると、線香で火をつけた。ハルオは線
香の熱さが肌に近づくのを感じたとき、学校の友達には絶対知られてはなら
ないと思った。そのうちモグサにつぎつぎ火がつけられて、ハルオは背中を
こわばらせた。モグサが焼けていくにつれて皮膚もじりじり焼けた。ハルオ
はヤイトがその目的を果たせないように、心を硬くして耐えた。
ヤイトが灰だけになると、秀雄は背中を入念に拭ってやりながら、
「ハルオ、日本人にならなければならんぞ」】
父親は「謹慎」を言いわたし、ハルオは家から追い出されます。何というか、キン
シンという言葉、それもローマ字つづりの「kinshin」にはビックリしました。という
より、一瞬何のことか分かりませんでした。ブラジルの農村で生きつづけていたんで
すねえ。まあ、父親としては倉庫で寝ればいいと考えたんでしょうが。ハルオは予想
外の行動に出ます。そうそう、子どもはいつも親の意表をつくものなんです。家出を
考えて、最初日本人の友だちを尋ねていって、父親同士の面子はつぶせないと断られ
(日本人のやりそうなことだと苦笑)、ピエトロというブラジル人の同級生の家で保
護されます。ブラジル人の常識では、子どもを家から追い出す親など考えられない。
想定外のことなんです。我が家でもお父さん、しょっちゅう、「お前みたいなもん、
出て行け」とやりました。成長した子どもたちは、親しか頼れない子どもには絶対い
ってはならない言葉だと述懐していますが、お父さんは馬耳東風、痛痒を感じないよ
うです。
戦争が始まり、日本語教育が禁止され、学齢期の子どもたちは、かくれて勉強しま
した。日本語は日本精神を涵養するものですから、ね。
【秀雄はボランテイア教師として訓えていた。政府によって日本学校に行くこと
を禁じられた子どもたちが、ガイジンのように育ってもらっては困るのだ。
足を忍ばせて警官が近づき、板の隙間から覗き見すると、子どもたちが座って
真剣に、熱心に先生のいうことを聴いていた。
「日本人たちを洗脳しているんだ」 と警官の一人がいった。子どもがこんな
に行儀いいはずがない。男たちがなだれ込むと、秀雄は抵抗もせず、子ども
たちには罪がないといい、密告したのは誰かと訊いた。もちろん、警官たち
は答えない。子どもたちのノートと先生の本 2 冊を押収した」
軍服の男たちは、ノートや本のページを破り、道に小さな紙の山を作ると
火をつけた。子どもたちは声もなくそれを見つめていた】
子どもたちは成長し、田舎から出てきた秀雄はコンデ街でバザールを開き(4 章)、
長女のスミエは店番を手伝っています。バザールではいやなガイジンの嫌がらせが語
られます。
【気取って道をゆく一人の痩せて背の高い、エレガントな洋服を着たが男がだ
まったまま客のように店に入ってきた。しかし、その目つきや態度から買い物
にきたのでないことがすぐ分かった。隅から隅まで眺めまわし、小物をとりあ
げては、まるで黴菌の感染をおそれるようにすぐさま棚に戻すのだった。扇子
をとりあげて開くと、わざとらしく目を凝らして、書かれている文字をみた。
それから低い声で、とはいうけれど、周囲のみんなに充分聞こえるような声で、
「こんな、落書きは禁止しなければならん。ここは日本じゃないんだ」
注意しながらみていた秀雄は近づくと、
「何かご用ですか」
男は刃のような視線を向けた。
「見ているだけだが・・・イカンかね」
「いえ、それはもう・・・」
男はまた視線を扇子に戻した。
「わしは、政府はこんな落書きは禁止しなければならんといっていたんだ」】
【秀雄は出ていってくれと頼み、男は、客としてここにいる権利があり、出
て行かないといった。しかも、住んでいるのはブラジルで、さらに店は、マノ
エル・デ・ノブレガやアンシェッタというイエズス会の僧が創立したサンパウ
ロ市にある。さらにいえばイエズス会僧はポルトガル人で、日本人がブラジル
の地に店をもてるように、純正なブラジル人である自分は、店にとどまる権利
があるはずだ】
まあ、移民はみな多かれ少なかれ日常茶飯事的に、こんなイヤがらせを経験してい
ます。たしなみがある人は思っていても口には出さない。左官階級や、ひどいときは
乞食にまでののしられましたね。ナニ、超越すればいいわけで、そんなことで傷つく
必要もない・・・それこそ、馬耳東風。作者は最大公約数的に日系社会で起きたこと
を陳述しているわけで、日系社会というのはそれを包含し乗り越えたところに成立し
てきましたからね。一世が受けた嫌がらせはかなり陰湿ですが、ナカザトの描写には
しつっこさがなく、読み手は救いを感じます。
長女のスミエは店を手伝ううちにフェルナンドというブラジル人と恋をするように
なり、駆け落ちを模索しますが、最終的は【肉親の情】に引かれて思いとどまりまず。
いよいよ登場だなあと感じました。日本移民にとって、子弟のブラジル人との雑婚
(当時はこんな言葉で表現されました)は避けて通れない問題です。悲喜こもごもの
エピソードがありました。
【祖母の静江を思いうかべる。おとなしくて笑顔がきれいで、世話好きだっ
た。私が弟たちと一緒に訪ねて行くと、いつもおにぎりを作って、フライパ
ンで表面が狐色にこんがりするまで焼いた。それを卵焼きやきゅうりの漬物
といっしょに食べる。こんなおいしいものが世界にあるだろうかと思ったも
のだ。祖母は食卓に着くときもエプロンをはずことはなかった。口数が少な
く、家の裏にあった菜園の野菜のことを話し、年末に行われる会館の忘年会
の踊りの練習や、それから誰からかもらった蘭の苗の話し。彼女の幸福はこ
んな形で語られるのだった。
しかし、娘から改まって幸福かと訊ねられたのだから答えなければならな
い。秀雄のようにそっけない四角四面な言葉をのこして部屋に入ることはで
きない。だから、抱きよせもせずスミエの横に座った。
そう、幸せよ、と答え、考えを言葉にしようとゆっくり話した。話すとい
うことは難しい。確かに幸せだった。良い夫がいた。働き者で、昔からの慣
わしを尊ぶ家庭、六人の子どもたちは揃って健康で、文句もいわずに手伝っ
てくれる。そのうち孫が生まれて家の中を走り回り、運動会にも出るように
なるだろう】
この場合、運動会は植民地が一体となって行動する場としての日系社会のメタフ
ァーなんですね。母親と話した後、夜半にトランクを提げて部屋を出ると、長兄のハ
ナシロが待っていて、ごくごく一般的な日本人の良識を吐露しながら、こう諭します。
【泥棒みたいに逃げていくなよ。恥ずかしいじゃないか。よく、考えろよ、
日本人は日本人、ガイジンはガイジンだよ。日本人はガイジンよりも優秀
だなんていうつもりはないよ・・・だけど、考えて見ろよ。彼はお前が作
る料理はおいしいとは思わない、うちらの宗教にだってとやかくいうだろ
う。寺に行くのをやめられるか? 向こうだってすぐ疲れるよ。お前だ
って、お風呂が恋しくなり、お母ちゃんの漬物が食べたくなり、俺たちが
恋しくなる。死んだ人ならあきらめられるけど、生き別れはそうじゃない。
また、そうでなくて、お前がガイジンの中で暮らせたとしても・・・スミ
エ、自分のことだけ考えるエゴイストになってはいかんよ。お父ちゃんや
お母ちゃんの苦しみを考えろ。父親や母親のことを考えろ。ここにおれよ。
いつか働き者の日本人と結婚し、幸せになるんだ」
結局、駆け落ちをあきらめたスミエは勧められるままに日本人と見合いで結婚し、
一〇年のうちに四人の子どもを出産しました。しかし、一〇年目にとうとう置手紙を
置いて出奔します。
【あなたはいい人で、模範的な夫であり、子どもたちもみなよい子ですが、
しかし、それだけでは幸せになれなかった。だから、愛する男の許に行く。
十年前に出立するはずだった人。ガイジンだったから父親が許さなかった
人。部屋に戻りおいていく夫のそばに横たわった。この人は何だったの
だろうか。彼女が結婚した人 ・・・子どもたちの父親 ・・・彼女が作
った食事をたべ、彼女が洗濯しアイロンをかけた服を着た人 ・・・働い
て、働くことで男の価値を高めた人 ・・・毎日、毎日帰りを待った人。
しかし、こんなにも小っぽけなことだったとは。それが昔、あの男を見捨
てて得た人生。私はなんとエゴイストだったのだろうか』
このスミエの末子が物語の語り手ノボルで、母に置き去りにされた子としてはじめて
顔を出します。そうか、父子だけの生活で、ずいぶん屈折した思いで成長したろう
に・・・、しかし、それにしてはねじれがない、素直な感情の持ち主で、あるいは作
者ナカザトがそういうまっとうな性格なのかなあ、と類推しました。
「私が 14 歳になったとき、父親はもう分別がついたと思ったのだろう。母親は
昔の恋人のガイジン、と生きるために私たちを捨てて去ったと聞かせてくれ
た。お前たちのことなんかどうでもよく、かわいそうだとも思わなかったん
だ。
「ウソだ!」
ある時、荷物をまとめ、短い置手紙をのこしていった、と父は言葉をつづけ
た。ガイジンとのアヴァンチュールを生きるために、夫と三人の子どもを捨
てていくなんて、どんな女なのだろう。善良で子どもたちを愛する女ならそ
んなことはしないだろう。
「・・・でも、僕たちのことを愛していたヨ・・」
それから、6 年たって母親が訪ねてきました。うちにはノボルがいて、母と対面
します。未亡人となった母親は子どもたちに会いにきたのでした。自分は間違ってい
なかった、だから許しを乞いにきたのではないと毅然としています。自分を殺して母
親に徹するような女性は、女として幸福ではないというブラジルの女性観が顔を出し
て、爽快です。
『美しい女性だった。痩せていたが黒服に身を包んできれいだった。母親
だと直感的に分かった。絶対的な確信だった。幸せな気持ちでなかった
が、かといって怒ってもいなかった。彼女は目の中を覗き込むように、
「ノボル?」
「はい、ノボルです」
「お母さんよ・・・」
「だれだい?」
台所から父が聞いた。私は何と言っていいか分からなかった。
「オカアチャンだよ」といおうかと思ったが、声にならない。
ながーい沈黙がつづき、父親が近づいてくる足音がした。父は体を硬直さ
せて私のそばに立ち、私は父に同情した。なぜならすぐ、追い返すか、家
の中に入れるかと迷っているのだ。直後に母は兄弟のことを聞き、おじい
ちゃんやおばあちゃんのことを訊ねた。父はみんな元気だと答え、母は入
っていいかと聞いた』
五章は秀雄が勝ち組に入り、先進的だったハルオはトッコウタイに殺されます。日
系社会の成員としては素通りできない問題ですからね。
[ ハルオはトッコウタイのふたりが、気を高ぶらせているのがわかった。
対話をする気など毛頭ない。
「貴殿は、大和魂に反する行動をした」
趣意書をと読み上げた男が、もう一度くり返した。
「しかし、正当な陳述の権利をもう一度求める。キミたちを派遣した上
層部に帰って伝えてくれ。
「使命を果たさずに帰るわけにはいかん」
「私を裏切り者として断罪しているが、それなら、裁判において裁決して
ほしい」
「判決は下された」
「どんな判決にしろ被告人は陳述が許されるはずだ」
ハルオはトッコウタイの二人がいらだっていることがわかった。彼らには
はなから会話する気などないのだった。
「大和魂に反する行動をした」
ともういちど手紙の中の一節をくり返した。
「もう一度頼む。弁護の権利を認めてくれ、裁判を求める。帰って君たち
を派遣した人間にそう伝えてくれ」
「われわれは任務を果たさずに帰るわけにはいかない」
洗脳された無知なトッコウタイに殺されるようなことも、腹切りをしなければいけ
ないことなどしていない、こんな犬死などできるかと、ハルオはドアに向けて走り、
ベランダで待機していた別のトッコウタイの弾丸を浴びて死にます。ハルオの死後ヒ
デオはこんな風になりました。
『ハルオの死後、何にも関心がなくなった。球場に行って野球の試合を見るこ
とも、早く起きてコンデ・デ・サルゼダスの店を開けるのもおっくうで、お
ばあちゃんが作る味噌汁も味がうせてしまった。シンドウレンメイの会合に
も顔を出さなくなってしまった。日本が真実、負けたことが一般的に認知さ
れたとき、勝ち組は全員士気喪失し、人生の意味を見失ってしまった。ハル
オの死は更なる重荷となってのしかかり、これを背負いきれないと思われた。
しかし、日が過ぎ、週が過ぎ、月が過ぎると、小さな喜びがもどってきた】
七章は、出稼ぎに行くノボルの章です。猫も杓子も出稼ぎにいき、日系社会が空洞
になったといわれた時期があり、ブラジルのさいはてと考えられるようなロンドニア
などからも、結構いっています。かつて開拓地を求めて、ブラジルのどんな辺鄙な土
地にも進入していった日本人。今度はまた、そんな辺境にまで足を伸ばす出稼ぎ斡旋
人がいるんですね。そこで思い出されるのが、かつて、移民を募って日本の各地を歩
いた移民斡旋人がいたことです。人間て、お金の後を追って、どこまでも行くんです
ね。笠戸丸移民のだれが、自分の子孫が日本に出稼ぎに行くなど考えたでしょう。ま
た、BRICsといわれる時代が来るなど誰が思い描いたでしょう。人知の及ばない
大きなサイクルがめぐっている。最終的にたどり着くのはこんな結論です。
[ ハナシロ叔父は日本行きをきいてきた。大学の卒業証書をもつ人間が一介の労働
者として、工場で働く。それがホントに望むもことなのかと。私はそうだといい、
別に早計ではない。私をよく知っているはずだ。用心深い男だからこそ、妻も子ど
もいる自分はこうするより方法がなかった。私は三〇分ばかり話しつづけ、おじ
いちゃんは話すのに疲れて黙って私たちの言葉を拾い集める観察者になっていた。
そして時々咳をした]
「おじいちゃん、日本から何か送ってやろうか」
「なんの、日本の何がほしいものか・・・」
「おじいちゃんの故郷だろう」
祖父は目をあげた。
「ふるさとか・・・もう、わしの故郷じゃないよ」
しばらく黙った。たぶん、失ってしまった過去に故郷を探していたのかもしれない。
【こんなふうに絆から解き放たれて、沈黙の中で充足し、沈黙を守るのだった。
腕も足も動かさず、称えたいような静かな朝で、馴れたそよ風が気持ちよく、隣
家のやわらかい柳の枝がものうげに私たちのいる庭に下がってきている。自然が
この時のために選んだ一瞬だった】
今度、実務一辺倒のわが家の息子たちにもポ語版の「NIHONJIN」をプレゼントし
よう、と考えています。身につまされるはずです。
日本語訳が完成し、ブラジル日系文学誌 44 号から中田みちよ・古川恵子の共訳で掲
載が始まります。ぜひ、読者諸氏にも目を通してほしいと願っています。かならず、
心の琴線に触れる箇所があるはずです。文学的価値うんぬんというより、移民が通過
してきたひとつのマルコ(里程標)として読んでほしいと思うのです。
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