第4章 単成分ガスの固体への吸着、液体内への吸収

第4章 単成分ガスの固体表面への吸着、液体内への吸収、固体内への吸藏
1.気体の吸着
ガス単体(水素、水蒸気、窒素、酸素、不活性ガス、炭酸ガス等)やそれらの混合物が固体あるいは液体
物質と接触すると、混合物中の特定ガス種と物質が相互作用(引力)をおよぼし、その結果、吸着、吸収、
吸蔵などの物理化学的変化となって現れる。
吸着(adsorption)とは、ガス分子が固体内部に入り込むことがなく、固体粒子表面に濃縮しとどまる状態
を表す。相互作用として van der Walls 力等の物理的作用の他、特定化学種と固体物質間で働く化学的作用が
関与する。吸着はその原因から、物理吸着(physisorption)と化学吸着(chemisorption)に分類される。
凝縮性蒸気が凹凸のある面上にある凝縮液と平衡状態にあるとき、その蒸気圧は次の Gibbs-Thomson 式で
記述できる。
! p $ 2σ vm 2σ M
RgT ln # & =
=
rc
ρl rc
" pS %
(4-1)
式中の pS は平面上蒸気圧[Pa]、σ は吸着凝縮物の表面張
力[N/m]、vm は吸着相モル容積[m3/mol]、rC は表面曲率[m]、
M は分子量[kg/mol]、ρl は吸着相密度[kg/m3]である.rC
Fig. 4-1 凹面状に物理吸着するガス分子
が小さな負の値(凹面)を示すとき、p は pS より小さく
(出典:慶伊富長著”吸着”, (1965)共立全書)
なる。このとき吸着剤の凹面部分(特に小さな細孔)に
ガスが吸着する。活性炭(化学式 C)、シリカゲ
ル(SiO2・nH2O)、活性アルミナ(Al2O3・nH2O)、
合成ゼオライト(商品名モレキュラーシーブ、ア
ルミナとシリカ等の化合物)等の表面凹凸の大き
い材料を吸着剤として用いる。
物理吸着は低温での分子間力で生じ、一般に可
逆変化する。化学吸着は常温から高温域での化学
的作用に基づく吸着で、不可逆変化するものがあ
る。一般的には、吸着温度が一定であれば吸着分
子数は圧力にのみ依存する。吸着分子が気相に戻
ることを脱着(desorption)と呼び、一定圧力で吸
着と脱着の進行が止まったように見える状態(吸
着率=脱着率)を吸着平衡(状態)と呼び、その
ときの圧力が吸着平衡圧力である。一定温度下の
吸着平衡圧力と吸着量の関係を吸着等温線
Fig. 4-2 各種吸着剤の細孔径分布
(adsorption isotherm)と呼ぶ。吸着ヒステレシス
(出典:ユニオン昭和ホームページより抜粋
があるとき、特に圧力増加方向のものを吸着側等
http://www.uskk.co.jp/molecularsieve/comparison.html)
温線、圧力減少方向のものを脱着側等温線と区別
する。等温線は、細孔の有無やその大きさ、吸着
エネルギーの大小などにより式の形が変わる。
Henry 式は吸着質濃度 cA あるいは圧力 pA と吸着量 qA が
線形関係で表される場合であり、多くの吸着剤と吸着質の
間で濃度が低いとき現れる.式は、次の線形平衡関係で表
される。
qA=KHenrypA
(4-2)
Langmuir 式は吸着質と吸着剤の間で次の関係が成立す
る場合である。
qA
K A pA
=
qA,∞ 1+ K A pA
(4-3)
この式は吸着速度式を ra
を rd
= ka pA (1− θ A ) で表し、脱着速度
= kdθ A と考え、平衡状態で ra = rd となることから、
この平衡等温式が求められる。式中のθ =qA/qA∞は吸着物
質全表面積に対する表面被覆率である。また(4-3)式中の
KA(=ka/kd)は平衡定数である。Langmuir 式で成分分圧 pA
Α
23
Fig. 4-3 吸着等温線の比較
が低いときに(4-2)式の Henry 式になる。 いずれの等温線にかかわらず、吸着で発生する微分
吸着熱 EA は、次の Clapeyron-Clasius 式で表せる。 dpA
EA
(4-4) =
dT (Vm − vm ) T
ここで、Vm は気相のモル容積[m3/mol]、vm は吸着相の
モル容積(吸着された状態下の容積)[m3/mol]である。
理想気体を仮定し、吸着量 qA 一定でかつvm をVm に対
して小さいとすれば、(4-4)式は次式のように積分でき
る。
" E %
pA = A(qA )exp $$ − A '' # RgT &
(4-5)
Fig. 4-4 各種吸着剤の吸着等温線
(出典:ユニオン昭和ホームページより抜粋)
この式は、吸着平衡線の温度変化を与える.Fig.4-2,3,4
は各種吸着剤の細孔分布、吸着量の圧力変化、水分濃
度変化を示している.
2.気体の液体への溶解
分圧 pA の気体がある液と接するとき、液へのガス溶解
度は、気体と液体の相互作用が小さいとき(例えば、O2, H2,
CH4 等の難溶性気体の水への溶解)、次の Henry 則で表せ
る。
pA = H Henry x A Table 4-1 水の各種ガス吸収 Henry 定数
(4-6)
ここで xA を液中に溶解した気体のモル分率とする。Table
4-1 はいろいろなガスが水に溶解するときの Henry 定数を
示している.
水中で解離してイオンとなるものは、Henry 式は成立し
ない。相互作用のある場合、溶解成分濃度 xA に加えて解
離状態のイオン濃度を考慮する必要がある。例えば、Cl2
の水への溶解では、次の溶解反応が生じる。
Cl2 + H2O = H+ + Cl- +HClO (4-7)
水中では未解離の Cl2, 解離した H+, Cl-イオンと次亜塩素酸 HClO が生成し、溶解平衡は次式で表せる。
K eq =
!" H + #$!"Cl − #$[ HClO ]
[Cl2 ]
(4-8)
式中の[ ]は、各成分の水中濃度を示している.水に溶解した(解離と未解離を含む)塩素の全濃度 C を使う
と、次式が成り立つ。
[HClO] = [Cl-] = [H+] = (C – [Cl2])/3
(4-9)
よって C = [Cl2] +3(Keq[Cl2])1/3 となる。溶
解 [Cl2] と 気 相 Cl2 分 圧 pCl2 間 に 、
[Cl2 ] = K Henry pCl
2
の Henry 則が成立す
る。すべてを考慮すると次式を得る。
1/3
! K $
C=
+ 3## eq && pCl1/32
K Henry " K Henry %
pCl2
(4-10)
濃度が低い場合(Cl2 分圧が低い場合)
には、Henry 則にならず、圧力の 1/3 乗
に比例した溶解曲線を示す。
3.金属、合金の水素吸蔵 水素原子は原子中で最も小さく、金属
中で水素分子が解離し水素原子あるい
は水素イオンが金属結晶格子の4面体
Fig. 4-5 代表的合金—水素平衡等温線
24
や8面体中心にランダムに固溶する。この状態をα相と呼び、金属と水素間の近距離結合力に束縛されて存在
し、水素原子や水素イオンとして固溶体を形成する。この状態の溶解量(水素と金属の原子比 xH)と平衡水
素圧力 pH2 の間に次の関係が成立する. p
xH = K S H 2 (4-11) p0
KS は溶解度定数(Sieverts 定数)であり、ln(KS)=(ΔHS-TΔSS)/RgT の関係がある。 溶解水素濃度 xH が増加すると水素間に遠距離力が働き、構成金属元素と化合物(β相)を形成(相変化)
し始める。変化は M
n
+ H 2 = MH n + (−ΔH ) の化学式で表せる。相変化過程では Gibbs の相律から自由度
2
が1つ減り、圧力が水素吸蔵量の増加に伴って変化しない状態となる。この圧力はプラトー領域と呼ばれ、α
+β相の共存平衡圧力は van’t Hoff 式で表せる。 ln ( pH 2 , plat ) =
ΔH plat − TΔS plat
(4-12) RgT
α相が消失するまで水素吸蔵が進むと、相変化はこれ以上起こらず、金属中の水素はすべてβ相に取り込ま
れる。この領域で水素平衡圧力は再度上昇し、β相領域は金属中の最大水素溶解度まで続く。 模式的な平衡関係(平衡等温線)を Fig. 4-5 に示す。また Fig.4-6 は多くの金属のプラトー圧力をまとめ
たものである.水素と親和性の高い金属、例えば Li, V, Ti, Y, La 等は負の大きな溶解熱ΔHS、水素化物を
容易に形成しない Al, W, Mo 等は正の
大きな溶解熱を示す。溶解水素原子は
金属サイト内の決められた位置で振動
していると見てよいので、配置エント
ロピー、振動エントロピー以外のエン
トロピーを溶解によりすべて失う。従
って、ほぼすべての金属—水素システ
ムで溶解エントロピー変化ΔSS は-6〜
8Rg 程度の値となる。これは図のほとん
どすべての合金の平衡圧力が、横軸の
値が0の切片が同じ位置に近づいてい
る事を示す. Table4-2 は各水素貯蔵媒体の水素
貯蔵密度、温度と圧力の貯蔵条件を比
較である。液体水素は冷却に要するエ
ネルギーが水素の持っている化学エネ
ルギーの 1/3 にもなりエネルギーを十
分に利用できない。体積密度から見る
と、表に挙げたいくつかの水素吸蔵合
Fig. 4-6 代表的水素吸蔵金属合金の平衡解離圧
金は液体水素程度の貯蔵密度はあるが、
(出典:大角泰章著”水素吸蔵合金その物性と応用”アグネ技術
(原子番号の大きい金属からなるので)
センター(1993))
重量密度はかなり小さく、たかだか数%
程度である.水素自動車用の水素燃料
貯蔵材料には、重
量密度 5%以上、
Table 4-2 水素貯蔵密度と貯蔵条件の比較
水素放出温度
材料
圧力温度条件 重量水素密度(質量%)
体積水素密度(kg/m3)
100oC 以下、5000
圧縮水素ガス
35MPa, 常温
25.2
サイクル後の水
素吸蔵能力が初
液体水素
30K
70kg/m3(Liquid)
期の 90%以上で
LaNi5
<1MPa,常温
1.5
62
あることが要求
Ti-Cr-V
<1MPa,常温
2.7
83.2
される。水素吸藏
合金では Mg 合金、
Mg
573K
7
66.1
Ti-Ca 系合金、V
NaAlH4
<423K
5.6
35.3
系立方晶合金等
がこれまで検討
C6H6-C6H12
523-573K
7.1
62.5
されて来たが、C
25
や NaBH4 あるいは NaAlH4 系の無機材料、ベンゼン, ナフタリンの有機材料への水素添加反応を利用した水素
貯蔵法も提案されている。NH3, CH3OH, DME (CH3OCH3), MCH(C6H11CH3) 等も水素貯蔵材と見てよい。現在では、
充填圧力 350 気圧あるいは 700 気圧のガス貯蔵器が水素自動車用貯蔵材の第一候補であるが、昇圧に必要な
エネルギーが大きく、長期的には他の材料による貯蔵が望ましいと考えられる。 26