U.D.C. 621.397.4.002.33:621.3.049:546.264-31:678.673/.674:543.429.23 二酸化炭素を用いるジシクロペンタジエンのヒドロ ホルミル化反応における生成物の立体構造と組成 Stereostructure and Composition of Products from Hydroformylation of Dicyclopentadiene using Carbon Dioxide as a Reactant 菊地 宣* Tooru Kikuchi 亀井淳一** Junichi Kamei *** 高崎俊彦 Toshihiko Takasaki 阿部三佳*** Mika Abe 電子材料分野および表示装置用部材の分野では,透明性,耐熱性の観点から脂環式 構造を有する素材が注目されている。一方,二酸化炭素を原料とする新しいヒドロホ ルミル化反応が開発された。この方法を使った脂環式素材であるジシクロペンタジエ ン・ジメタノール(DCPD-DM)製造のための基礎データ収集の際,異性体混合物の DCPD-DMから主要成分の1つを結晶単離し,NMRスペクトルを解析して立体構造を 特定した。さらに,この結果を基に反応中間体の構造を解明するとともに,これらの 組成についてシミュレーション手法を用いて解析したところ,二重結合炭素の反応性 が位置によって異なることが明らかになった。 Compounds having an alicyclic structure are remarkable raw materials for electronic and display materials, because they exhibit high transparency and heat resistance. Meanwhile, a novel hydroformylation reaction using carbon dioxide has been developed. We applied this reaction to dicyclopentadiene to produce dicyclopentadiene-dimethanol. The stereostructures of the products and the intermediates were determined by nuclear magnetic resonance (NMR), and a simulation technique was used to analyze the reaction kinetics. From these data, it was suggested that the reactivity of the double bond is different according to the position. そこで,本方法をDCPDに適用したところ,狙いどおり 〔1〕 緒 言 DCPD-DMが得られることが分かった。 近年,電子材料分野および表示装置用部材の分野で,透明 性,耐熱性,低吸水性の観点から脂環式の分子構造を有する 2CO2+6H2 材料が注目され,使用されるようになってきた。 CH2OH HOH2C 錯体触媒 本検討の対象材料であるジシクロペンタジエン・ジメタノ ール(DCPD-DM)は,脂環式構造を有する二価アルコール +2H2O DCPD 式(1) DCPD−DM であり,ポリエステルやポリカーボナートの合成原料となる。 一酸化炭素を用いるヒドロホルミル化反応の速度論的研究 さらに, (メタ)アクリル酸ジエステルに誘導した硬化物は, 結果6)から,ノルボルネン環の二重結合の反応性は5員環二重 ガラス転移温度が高く,耐熱分解性に優れるという特長を有 結合に比べて高く,1個目のヒドロキシメチル基はノルボル しており,これを使った新たな材料が提案され始めている。 ネン環に付加することが知られている。また,これまでの検 DCPD-DMは,触媒存在下に一酸化炭素と水素をDCPDに作 討結果,系中にアルデヒドの存在量が少ないことからアルデ 用させるヒドロホルミル化反応によって製造されている。し ヒド生成過程が律速であり,アルデヒドが還元されてアルコ かし,この方法では反応がアルデヒド体で停止するため,そ ールとなる過程は速いことが分かっている。その他,二重結 の後水素還元反応を行うという2段階反応であること,さら 合の単純な水素化反応も観察されることから,DCPDのヒド に毒性の高い一酸化炭素の回収処理を必要とすることから, ロホルミル化反応では,図1に示す経路で反応が進んでいる 工業素材としては高価なものとなっている。 ものと推定している。 これに対して,K.Tominagaらによって二酸化炭素を用いる これまでDCPD-DMおよびその他の生成物は,式(1)ある 新たなヒドロホルミル化方法が開発された1-3)。同様の報告が いは図1に示すように異性体混合物としてヒドロキシメチル 別の研究機関からも報告されている 4)。本方法の特長は,ア ルデヒド体で停止することなく1段でアルコールを生成する 基の結合位置は特定されないままであった。Aldrich社試薬に おいても,4,8-Bis(hydroxymethyl)tricyclo[5.2.1.0 2,6] ことおよび取扱いの容易な二酸化炭素を原料にすることにあ decaneと表記されてはいるが,後述の表1に示すように異性 る。二酸化炭素を合成原料として使用する反応例は少ないが, 体の混合物である。 最近GSCの観点から積極的に研究開発がなされている5)。 今般,Aldrich社試薬を使ってDCPD-DMの製造プロセスを * 当社 新材料応用開発研究所 **当社 機能性材料事業部 機能性樹脂部門 開発部 当社 先端材料開発研究所 *** 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) 7 (DCPD-MM)成分を蒸留で分取したものの組成,Aldrich社の k5 H2 k8 H2 DCPD k1 CO2+2H2 HH k6 CO2+2H2 MA k2 H2 MAH k11 H2 なお,反応液のDCPD-DMの組成とAldrich社試薬の組成は 異なるが,4つの成分の質量スペクトルから両試料は同一の 化合物の混合物であることを確認している。 2.2 HMA k7 H2 NMR測定方法と構造解析手順 NMRの測定条件を表2に示す。 HOH2C k10 H2 HOH2C HHHH CHO k9 H2 OHC OHC 試薬DCPD-DMの組成および析出した結晶の組成を示す。 構造解析 7-9) に当たっては,初めに 13 C NMRスペクトルと CH2OH DEPT135スペクトルから化合物の炭素の数および炭素の級数 MMH MM k3 CO2+2H2 HOH2C HMM を確認する。次いで,13C-13C INADEQUATE二次元NMRスペ クトルから炭素骨格を明らかにする。次に,1H-13C HSQC二次 CHO 元NMRスペクトルでプロトンを帰属し,最後に1H-1H NOESY MA/MM k4 H2 二次元NMRスペクトルによって,プロトン同士の空間的近接 状態を解析して立体構造を決定した。 HOH2C CH2OH DM 表2 NMR測定条件 測定に用いた装 図1 DCPDヒドロホルミル化反応の推定経路 左側の縦の流れが主反 置は,超伝導フーリエ変換型核磁気共鳴 応である。 装置である。 Fig. 1 Plausible reaction scheme of the hydroformylation of DCPD Table 2 Conditions of NMR measurement The left line is the main reaction pathway. A superconducting FT-NMR was used to measure the samples. 溶媒:メタノール-d4 試料濃度:80mg/0.75mL 測定温度:室温(24℃) 共鳴周波数 13 C NMR:100.64(MHz) 1 H NMR:400.23(MHz) 積算回数 13 C NMR:128回 1 H NMR:16回 組立てる際に必要となる基礎データを収集していたところ, ケトン系溶液から白色の結晶が析出した。この結晶を単離し, NMRスペクトルからその立体構造を明らかにすることができ た。さらに,この結果を基に反応中間体の構造を決定すると ともに,これらの組成を解析することによって二重結合炭素 の反応性が位置によって異なることを知り得たので,以下に 反応シミュレーションの方法 反応シミュレーションは,反応式に基づいて微分型の反応 速度式を立て,これを解くことによって組成の時々刻々の変 検討内容を記す。 化を表す方法である。 〔2〕 検討方法 2.1 2.3 反応に関与するすべての化合物の数の連立微分方程式は解 検討対象材料 析的には解くことができないので,数値解法を用いることに 用いた反応液のGC-MS分析結果の組成を表1に示す。併せ なる。数値解法には種々の方法があるが,本検討ではエクセ て,反応液からジシクロペンタジエン・モノメタノール ルの表計算で計算し得るオイラー法を用いた。 表1 用いた試料のGC-MS分析結果 GC-MS分析における面積量はトー professionalおよびExcel-2000を用い,計算時の打切り誤差10) タルイオンピークの量であり,一般的にはこの値を直ちにモル量と見なす訳 を小さくするために反応を1,500に時間分割した。 計算に当たって,パソコンおよびソフトはWindows XP にはいかないが,同一骨格,同一官能基を有する化合物であれば,モル量と 〔3〕 結果と考察 することに大きな問題はないと考える。 Table 1 GC-MS analysis results of the samples The molar ratio and the area ratio of GC-MS analysis are assumed to be the 析出した結晶の構造解析 Aldrich社試薬DCPD-DMのアセトン溶液から析出した結晶 same. の13C-13C INADEQUATEスペクトルを図2に示す。図の上部に 反応液組成 成分 組成(面積%) DCPD-MM 65.2 DCPD-DM 34.8 DCPD-MM成分内訳 測定条件 カラム:HP-INNOWax(0.25mmφx30m) カラム温度:70℃x5min-昇温10℃/min250℃ 58.2 53.2 18.18 痕跡量 6.7 18.31 41.8 保持時間(min) 組成(面積%) に従って付しておく(式2) 。 1 2 9 40.1 Aldrich社試薬 DCPD-DM成分内訳 側から順にAからLまでの符号を付け,DEPT135スペクトル に基づいてメチレン炭素には◎枠を,メチン炭素には○枠を また,解析の対象であるDCPD-DMの炭素番号をIUPAC名 組成(面積%) 18.13 ある13C NMRスペクトルの12本のピークに対して,低周波数 付した。 蒸留分取成分 保持時間(min) 組成(面積%) 8 3.1 10 析出結晶 組成(面積%) 組成(面積%) 26.01 30.6 26.8 4.5 26.16 22.8 30.5 3.2 26.34 6.6 15.4 8.7 26.73 40.0 27.3 83.6 12 HOH2C 8 4 6 7 3 11 CH2OH 式(2) 5 なお,2つのヒドロキシメチル基の位置は,3,8-および3,9-も あり得るが,以降の解析を分かりやすくするために4,8-とし ておく。 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) て,析出した結晶は式(2)で表される平面構造を取ってい J I H GF L K E D C B ると判断できる。 A メタノール ppm 次に,これがendo体なのかexo体なのか,2つのヒドロキシ メチル基が環に対してどのような方向で結合しているのかを 25 明らかにして立体構造を決定する。 1 30 H-1H NOESYスペクトルを図4に示す。図の周辺にある1H NMRスペクトルのプロトンは,1H-13C HSQCスペクトルに基 35 づいて帰属している。各プロトンには炭素番号に対応した番 40 号を付け,炭素番号3,5,9,10番のメチレンプロトンでは 45 2つのプロトンの化学シフト値がすべて異なっているので, 50 低周波数側にはaを,高周波数側にはbを付けている。このス ペクトルでは,核オーバーハウザー効果によって強度が増加 55 した交差ピーク,すなわち分子中で空間的に近接しているス 60 ピンがマッピングされている。 65 65 60 55 50 45 40 35 30 ppm 25 DCPD-DM crystaloid-2 (NOESY;MeOD) H1,H7 H5b H11 H2 H12 H6 H4 H8 図2 析出結晶の13C-13C INADEQUATEスペクトル Incredible Natural Abundance DoublE QUAntum Transfer Experiment 天然存在比二量子移動実験で,炭素-炭素の連結を明らかにする。 Fig. 2 H3b H10a H9b H10b H3a H5a H9a ppm C-13C INADEQUATE spectrum of the precipitated compound (2)ピークKを12番炭素と仮定する。ピークKはピークDとの 間に交差ピークが観測される。したがって,ピークDが8 1.5 2.0 H4 基の炭素と同定できる。 H1 H7 解析の手順 (1)ピークKおよびLは,化学シフト値からヒドロキシメチル 1.0 H2 H6 Connection of the C-C bond was determined using the INADEQUATE method. H3a H3bH9bH10bH10aH5a H9a H8 H5b 13 2.5 番炭素となる。 3.0 H12 (3)ピークD(8番炭素)は,ピークKの他にピークAおよびG との間に交差ピークが観測される。ピークAに結合する 3.5 H11 炭素の個数は2個であることから,ピークAが9番炭素で ある。また,ピークGに結合する炭素数は3個であること から,7番炭素と帰属できる。 4.0 3.5 3.0 2.5 2.0 1.5 1.0 4.0 ppm 以下このように次々と炭素の結合関係を決定してゆくこと ができる。その過程を図3に示す。なお,破線で示した結合 は,交差ピークが重なり合って判読不可能なことを示す。 図4 析出結晶の1H-1H NOESYスペクトル Nuclear Overhauser Enhancement SpectroscopY 核オーバーハウザー効果分光法で,分子内の4.5Å以下の距離にあるプロトン の相関を調べる方法である。 Fig. 4 A 9 K 12 D8 F 1 C3 G7 H4 J 6 H-1H NOESY spectrum of the precipitated compound distance of less than 4.5 Å. I 2 E 10 1 A NOESY spectrum was used to determine the two protons between a L 11 B 5 以下,このスペクトルを解析する。 図3 析出結晶の炭素骨格解析過程 炭素の連結をたどった経過がそのま ま化合物の骨格となっている。 Fig. 3 C-C bond framework determination scheme of the precipitated (1)9番炭素に結合するプロトンで0.87 ppmのH9aプロトンの 周波数で照射した場合,1.45 ppmのH10b,1.69 ppmの compound H9b(H3bが重なっている) ,2.09 ppmのH1(H7が重な The passage of carbon to carbon is just the framework of the compound. っている)および3.28 ppmのH12の各プロトンの強度が 増している。このことは,H9aプロトンはこれらのプロ トンと近い位置にあることを示しており,図5Aを描く ピークKを12番炭素と仮定して解析を進め,すべてのピー クを矛盾なく帰属することができたことから,この仮定は妥 当と判断できる。これに対して,ピークLを12番炭素と仮定 ことができ,ヒドロキシメチル基は,R-S絶対配置表記 法11)でS配置していると表現される。 (2)10番炭素に結合する1.35 ppmのH10aプロトンに着目する。 して解析を進めると,途中で矛盾が生じてしまう。また,ヒ 1.45 ppmのH10bは当然強度が増大するが,これ以外に ドロキシメチル基の位置を3,8-あるいは3,9-と仮定した場合も 2.09 ppmのH1とH7および2.47 ppmのH2とH6の強度が増 同様に途中で矛盾が生じてしまい,仮定は成立しない。よっ 大している。H10aがH2およびH6に近接しているという 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) 9 H10b H10b 1 1 9 12 HOH2C H7 CH2OH H9b H H3b 6 H5b CH2OH H4 H8 H 図5 析出結晶の立体構造の解析 H5a H6 H 5A:ノルボルナン環に結合する ヒドロキシメチル基はS配置である。 CH2OH H2 2 7 HOH2C H3a H6 H1 H1 H9a H2 H10a H10a 10 HOH2C 5B:tricyclodecane骨格の構造は endo体である。 5C:5員環に結合する ヒドロキシメチル基はR配置である。 立体構造を表すendo,exoは定義に問題があるため,使用が中止されている。替りにcisoid,transoidを使用することにな っているが,表現が複雑になるため,ここでは従来どおりの表現とした。 Fig. 5 Stereostructure of the precipitated compound In this paper, the "endo,exo" expression method is used intead of "cisoid, transoid" expression to avoid complexity. ことは,Tricyclodecane骨格がendo体であることを意味 する(図5B) 。 3.2 反応中間体の構造解析 続いて,反応中間体の構造を明らかにする。蒸留で分取し (3)次に,1.22 ppmのH3aおよびH5aプロトンに着目して4番 たDCPD-MMの組成で,2つの主要成分の分子イオンピークの 炭素に結合しているヒドロキシメチル基のメチレンプロ m/zが164であること,緒言で述べたように1個目のヒドロキ トンH11を見ると,明らかに強度が増大している。した シメチル基はノルボルネン環二重結合に付加することから, がって,ヒドロキシメチル基は5員環に対してH3aおよび 2つの主要成分は式(4)で示される反応中間体と推定した。 H5a,さらにはH2,H6プロトンと同じ側にあると判断で 1 きる(図5C) 。絶対配置による表記法ではR配置となる。 析出した結晶の立体構造を表す名称は, (4R,8S)-4,8- Bis(hydroxymethyl)-endo- tricyclo[5.2.1.02,6]decaneと表記さ れる。なお,NMRでは鏡像異性体も同一のスペクトルを与え 10 11 HOH2C 4 6 4′ 10 ′ 11 ′ 8 ′ 6′ 5′ HOH2C 7′ 5 7 3′ 2′ 9′ [1] るので, (4S,9R)-4,9-体も存在することになるが,位置を示 す数値が小さい方を代表として表記した。 8 1′ 3 2 9 式(4) [1′ ] なお,微量含まれる保持時間18.18分の成分は,分子イオン 以上の解析によって表1の保持時間26.73分の成分を特定で きた。残る3つのうち,26.01分と26.16分の成分の質量スペク ピークのm/zが166であったことから,二重結合が水素化した 図1のMMHあるいはHMMと推定する。 トルのフラグメンテーションパターンは,解析した4,8-体と 中 間 体 の 炭 素 骨 格 を 明 ら か に す る た め に , 13C - 13C 同一のパターンを示すが,含有量の少ない26.34分の成分は異 INADEQUATEスペクトルを測定した。図6は,70 ppmまで なるパターンを示した。また,混合物の状態で測定したNMR スペクトルを,上述の結果と対比させながら解析した結果か ら,DCPD-DMの主要3成分の構造は式(3)に示す構造と考 えられる。 なお,5,8-体は3,9-体の鏡像異性体である。IUPAC名では Fraction 4(07-08-02) (INADEQUATE;MeOD) o 3,9-体と表現しなければならないが,ここでは他の2つと比べ r n p m l q f g i k j e c h b a d やすいように5,8-体で表記した。 Hz 2,500 CH2OH 3,000 式(3) 3,500 HOH2C 4,000 3, 8一体 4,500 5,000 5,500 HOH2C CH2OH 6,000 4, 8一体 6,500 65 HOH2C 55 50 45 40 35 30 図6 中間体の13C−13C INADEQUATE 拡大スペクトル 5, 8一体 25 ppm 49 ppmの七重 線は溶媒に用いたメタノールのピークである。 Fig. 6 CH2OH 10 60 C-13C INADEQUATE spectrum of the mixture of intermediates 13 The sevenfold line observed around 49 ppm is a signal of the solvent methanol. 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) の範囲を拡大したものである。炭素ピークはaからrまでの18 H10b 本のピークの他に,131.3から133.2 ppmに二重結合炭素の4 HOH 2C H6 H6′ H9 ′ b H8 ピークの全数は22本となり,炭素数11個の中間体[1]と[1'] H5b 図6の化学シフト値67 ppmのピークrは,ヒドロキシメチ 3.3 H3 ′ b H8 ′ H5a [1 ′ ] [1] が混在していることに対応する。 式( 5 ) H2′ H3 ′ a HOH 2C H9b 38.773 ppmと38.789 ppmの2本に分かれている。したがって, H10 ′ a H9 ′ a H2 本のピークs,t,u,vが存在している。また,fとgのピークは図 では1本に見えるが,拡大すると化学シフト値がそれぞれ H10 ′ b H10a H9a 中間体およびDCPD-DMの組成と二重結合の反応性 ル基に基づくピークであることから,式(4)に示す中間体 前節の解析過程で1H-13C HSQCスペクトルによってプロトン [1]の11番炭素あるいは中間体[1']の11'番炭素のいずれか ピークを同定したので,ピーク積分値から中間体[1]と[1'] である。ここを出発にして前節と同様に順次炭素を帰属して の比率を求めると57.6:42.4となり,GC-MS分析値の58.2: 行く。その過程を図7に示す。 41.8とよく一致している。したがって,GC-MS分析で保持時 間18.13分の成分が中間体[1]であり,保持時間18.31分の成 分が中間体[1']と帰属される。 また,第3.1節において,表1に記したGC-MS分析の保持時 11 ′ 11 , r 8 ′ 8 , e 9 ′ 9 , b 7 ′ 7 , n 1 ′ 1 , i 10 ′ 10 , f,g 6 ′ 6 , m 間26.73分の成分が4,8-体(図9の構造[2'] )であることを明 2 ′ 2 , o 二重結合炭素 u に結合している らかにした。しかし,保持時間26.01分と26.16分については, どちらが3,8-体あるいは5,8-体であるかは解明できていない。 ガスクロマトグラフィーでは,無極性カラムを使用した場合, 分子がコンパクトな形状をとるものは保持時間が短い傾向が 二重結合炭素に結合していない あることから,ここでは保持時間26.01分の成分を5,8-体 ( [2''] ) ,26.16分の成分を3,8-体( [2] )と割り振る。 図7 INADEQUATEスペクトルの解析経路(1) 中間体[1]の10番 g と考えられる。 炭素はピーク○ Fig. 7 C-C bond framework determination scheme of the intermediates (1) The 10th carbon of the intermediate [1] is assumed to peak g. 本ヒドロホルミル化反応における異性体生成の反応経路を 図9に示す。ただし,アルデヒド中間体は省略している。こ こで,DCPDの8番炭素と9番炭素の反応性,並びに中間体[1] の3番炭素と4番炭素の反応性および中間体[1']の4'番炭素 と5'番炭素の反応性が等しいと仮定すると,DCPD-DMの異性 2番炭素あるいは2'番炭素であるピークoに達したとき,ピ 体の比率は, [2]:[2']:[2''] =25:50:25(mol%)となる ークoは二重結合炭素であるピークuとの間に交差ピークが存 は ず で あ る 。 し か し , 表 1 の G C - M S 分 析 結 果 は ,[ 2 ]: 在する。すなわち,ピークoに隣接する炭素は二重結合炭素 [2']:[2''] =22.8:40.0:30.6であることから,これらの仮定 でなくてはならない。よって,ピークoは中間体[1]の2番 は誤りであり,反応性には差があると考えた。 炭素と決定される。同時に,6番あるいは6'番炭素であるピー クmは,二重結合炭素との間には交差ピークが観測されない ことから中間体[1]の6番炭素となる。したがって,ピーク CH2OH rからたどったすべてのピークは,中間体[1]に帰属するピ ークとなる。 全く同様に,ピークqから出発した場合は,化合物[1']に 帰着する(図8参照) 。 3 HOH2C 50 [1] (8番炭素に付加) 9 8 4 HOH2C 25 25 HOH2C 25 50 (9番炭素に付加) [2] CH2OH [2′ ] HOH2C 11 ′ 11 , q 8 ′ 8 , h 9 ′ 9 , a 7 ′ 7 , k 1 ′ 1 , j 10 ′ 10 , f,g 6 ′ 6 , p 5′ [1′ ] 2 ′ 2 , L 4 ′ 25 HOH2C HOH2C 二重結合炭素に 結合していない [2″ ] 図9 異性体生成の反応経路 中間体[1']の構造は,ヒドロキシメチル 基が8'番炭素に付いた鏡像異性体の構造で示している。 v に結合している 二重結合炭素 図8 INADEQUATEスペクトルの解析経路(2) 中間体[1']の10' 番 Fig. 9 The reaction scheme of isomers The structure of intermediate [1'] is indicated by the enantiomer. f と考えられる。 炭素はピーク○ Fig. 8 C-C bond framework determination scheme of the intermediates (2) The 10'th carbon of the intermediate [1'] is assumed to peak f. そこで,反応シミュレーション手法を使って二重結合炭素 の反応性の差を明らかにする。シミュレーション計算の対象 化合物は,図9の6個の化合物に二酸化炭素と水素を加えた8 次に,この2つの中間体の立体構造を決定した(詳細省略) 。 前節と同様に1H-1H NOESYスペクトルから,ヒドロキシメチ 化合物となり,計算は8元の連立微分方程式となる。反応速 度定数を図10に示すように設定し,反応速度定数がk1=k2, ル基はS配置を取っており,tricyclodecene骨格はendo構造を k1<k2,k1>k2の場合に分けて,MM成分とDM成分の比率お 取っていることが分かった。中間体[1]と[1']の構造を式 よび[2] , [2'] , [2'']の比率に合致するk3,k4,k5,k6の値 (5)に示す。 を求めた。 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7) 11 検討の詳細は割愛するが,k1/k2の値を変化させると[1]/ 成分 [2] k3 k1 [1] k4 [2′ ] DCPD k2 [1′ ] 組成比 MM成分 66.7 図10の[1] , [1']の値に一致するk1およびk2を決定するこ DM成分 33.3 とができた。このときの反応速度定数とシミュレーション結 [1] 58.2 [1'] 41.8 果を図11Aに示す。また,図1に示した反応を表現するシミ ュレーション結果を図11Bに示す。図11BのMMとは, [1]と [1']を合計したものであり,DMとは[2] , [2'] , [2'']を合 k5 [2″ ] k6 図10 [1']の値が変化し,両者に直線関係が成立していることから, [2] 24.3 [2'] 42.9 [2''] 32.8 シミュレーションの対象と検討のための組成 計したものである。図11Bではアルデヒド体および副生成物 を含んでいるため,DMの値は図11Aの[2] , [2'] , [2'']の 合計より小さい値となっているが,双方の図は良い対応を示 DCPD-DM成分に は保持時間26.34分の構造不明な成分が6.6%含まれているので,これを除外し た値としている。このため,MMおよびDM成分の値も表1とは若干異なる値 となる。 Fig. 10 しており,図11Aの反応速度定数は妥当と考える。 この反応速度定数の値を言葉で表現すると,次のようにな る。 (1)DCPDの8番炭素と9番炭素には反応性に差があり,8番炭 Preparation of rate constants and composition for the simulation 素が反応する速度は9番炭素が反応する速度に比べて1.15 An unknown compound is eliminated in the DCPD-DM component (retention time:26.24 min, 6.6%), so the value of MM and DM components is slightly different from Table 1. 倍大きい。 (2)中間体[1]と[1']には反応性に差があり,[1']の反応 速度は[1]に比べて1.53倍大きい。 (3) [1]の3番炭素と4番炭素には反応性に差があり,3番炭 素の速度は1.19倍大きい。 0.6 初期値 1.00 CO2 17.00 H2 7.00 ∆t 0.01 反応速度定数 DCPD 0.5 素の速度は1.47倍大きい。 [2′ ] 0.4 モル分率 DCPD (4) [1']の4'番炭素と5'番炭素に反応性に差があり,5'番炭 〔4〕 結 言 [1] [1′ ] [2″ ] これまで,DCPDのヒドロホルミル化反応によるDCPDジメ 0.3 タノールおよび反応中間体については,異性体混合物として 0.2 k1 0.000107 k2 0.000093 k3 0.000043 k4 0.000036 k5 0.000049 反応時間(h) k6 0.000072 A:異性体の生成反応 取り扱ってきた。今回,各種の二次元NMRスペクトルを解析 [2] 0.1 0 して,これらの立体構造と組成を明らかにした。さらには, 0 2 4 6 8 10 12 14 16 反応シミュレーション手法を使って二重結合炭素の反応性が 位置によって異なることも知り得た。 当社では,DCPDから誘導したアクリレート類を製造して いるが,いずれも単官能であった。多官能アクリレートが求 1 められており,今回の知見が生かされて,DCPDジメタノー DCPD モル分率 0.8 ルによるジ(メタ)アクリレートの製造につながることを期 DM MM 0.6 待する。 参考文献 0.4 MA 1)K.Tominaga, Y.Sasaki:Catalysis Communications, 1, pp.1-3 (2000) MMH HMM MA/MM 2)K.Tominaga, Y.Sasaki:Chemistry Letters, 33, (1), pp.14-15 (2004) 0.2 0 3)K.Tominaga, Y.Sasaki: J.Molecular Catalysis A:Chemical, 220, pp.159-165 (2004) 0 2 4 6 8 10 12 14 16 反応時間(h) 4)S.Jaaskelainen, M.Haukka: Applied Catalysis A:General, 247, pp.95-100 (2003) B:ヒドロホルミル化反応 5)化学と工業,60,pp.869-873(2007) 6)D.L.Hunter et al.:Applied Catalysis,19,pp.259-273(1985) 図11 反応シミュレーションの結果 シミュレーションAでは,k1+k2= k3+k4+k5+k6としている。 Fig. 11 る同定法 第7版 Results of reaction simulation Fig. A is the simulation of isomers, and Fig. B is the simulation of the plausible reaction scheme in Fig. 1. 7)Silversteinほか著,荒木 峻ほか訳:有機化合物のスペクトルによ 東京化学同人(2006年9月15日発行) 8)クラリッジ著,竹内ほか訳:有機化学のための高分解能NMRテク ニック 講談社(2004年1月25日発行) 9)日本化学会編:改訂5版 化学便覧 基礎編 II pp.670-682 丸善(平成16年2月20日発行) 10)河村祐治ほか著:化工数学入門 pp.78-79 化学工業社(昭和47年5月発行) 11)小川雅彌,村井真二監修:有機化合物命名の手引き p.160 化学同人(1990年10月25日発行) 12 日立化成テクニカルレポート No.51(2008-7)
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