特集2 持続可能な森林管理で地域社会と共存するパルプ事業

特集 2
持続可能な森林管理で
地域社会と共存するパルプ事業
アルパック フォレスト プロダクツ
森林資源に根ざしたパルプ事業では、
地球環境に与える影響を考慮するとともに、
森とともに暮らす地域住民との
パートナーシップも重要です。
徹底した自然保護と地域との深い対話は、
ビジネスを縛る制約ではなく、
発展のための力となっているのです。
創業時から環境と対話を重視
いうものではありません。入り口から出口までを一貫した
システムで管理して初めて実現するものなのです」
アルパック フォレスト プロダクツ(以下アルパック)は
同社の環境対策について、アルパック社長の斎藤純はその
カナダ・アルバータ州で製紙用パルプの生産を行う三菱
ように説明します。それ以上に重要なのは地域の信頼を
商事の事業投資先です。州政府との契約に基づきアル
得ることです。
パックが管理する森林面積は580万ヘクタールと、韓国
事業の開始に当たっては、環境団体・政府も参加した
とほぼ同じ。同社ではこの広大な森林から得られる木材
環境ヒアリングを実施、操業開始以来排水・排気ガスを
を原料に年間65万トンのパルプを生産し、北米、日本、
モニターし続け、そのデータを公開しています。工場も地
韓国などの製紙メーカーに販売しています。これらのパ
域に完全に開放され、多くの地域住民が見学に訪れます。
ルプは高品質のOA用紙、写真印画紙、カレンダー用紙、
「最も重要なのは情報の開示。法令を重視し、水質や排
ティッシュペーパーなどに加工され、販売されています。
ガスなどのデータ、事故の報告などについても説明責任
アルパックの事業開始は1993年。地域や自然との
を果たし、時間をかけて信頼を積み重ねてきました。地域
共生は創業時からのテーマでした。1989年、アラスカで
で存続していくためには透明性を高め、信頼関係を築いて
原油タンカー、バルディーズ号が座礁し大量の原油が
いくことが不可欠なのです」
(斎藤社長)
流出、海洋汚染をもたらし、企業の責任が厳しく問われ
ました。パルプ・製紙産業も、原生林を大規模に伐採する
ことで自然を破壊し、森を生活の場とする先住民の権利を
奪うとして、世界各地で非難を浴びていました。カナダ
でも森林産業と先住民とのトラブルが発生し、環境保護
団体による出荷阻止行動や製品のボイコットを受けた例
がありました。
こうした背景からアルパックでは、当初から環境への影響
を最小限にするために最新鋭の環境設備を導入、徹底的
な環境対策を施すと同時に、先住民を含む地域住民との
対話を重視するという経営方針を貫いてきたのです。
「何か一つ装置をつければ水も空気もきれいになると
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る環境団体や先住民団体、各国政府などが参加しています。
持続可能な森林管理の認証を取得
認証の取得に先立ち10か月に及ぶ包括的なアセスメントや
580万ヘクタールという広大な森林面積を管理しなが
環境団体及び先住民コミュニティとの対話が行われました。
ら、アルパックの年間伐採面積は1万ヘクタールにすぎま
こうした幅広いステークホルダーとのパートナーシップが
せん。森林の再生能力を損なわないサイクルで伐採を進め
あってこそ、FSC認証が得られたのです。
ているからです。
これまでに世界70か国以上の国々の9,000万ヘクター
この森から切り出されるパルプ原料となる木は、アス
ルがFSC認証を受けていますが、その中でもアルパックが
ペン(ポプラの仲間)を中心にした広葉樹。アスペンは伐
認定を受けた550万ヘクタールという面積は、単一林区と
採したあと、地下の根から新しい芽が伸びてくる性質が
しては世界最大です。北米では近年 FSC 認証製品の需
あり、約70年で再生します。アルパックではこうした自
要が高まっていますが、まさにアルパックは環境意識の
然のサイクルの範囲で原木の伐採・調達を行っています。
高い需要家に支えられています。
同時に森は先住民の生活・狩猟の場であり、彼らの権利を
守り、その生活の維持を保証することにも最大限配慮して
地域との共存共栄体制
います。その伐採方法についても自然を損なわず、地域住
民の利益を守るやり方を進めてきました。5年先の利用
雇用を通じての地域貢献もアルパックは重視してい
計画まで地域住民や州政府に事前に説明。翌年の事業計
ます。従業員450名のうち地元出身者は約300名。地域
画についてはさらに詳しく情報開示します。森林内に生
全体では1,100∼1,200名ほどが直接・間接にアルパック
息する野生動物、渡り鳥、魚類などの調査も継続し、生物
の仕事に携わっています。周辺にある3つの町の人口が
多様性や景観の保全にも努めています。
8,000名ほどなので、地元経済への寄与度はきわめて高い
こうした取り組みが認められ、2005年には、アルパック
といえます。また従業員のうち先住民は50名ほどと1割
の管理する森林では持続可能な森林管理が行われている
強を占めます。先住民に対しては、直接雇用以外にも、彼
として、FSC(フォレスト・スチュワードシップ・カウンシ
らの生活基盤を整え自立を助けるため、若者の職業訓練、
ル)の認証を取得することができました。FSCとは、環境
伐採機械の貸し出しや原木の購入などの間接的な支援も
保全の点から見て適切で、社会的な利益にかない、経済的
にも持続可能な森林管理を推進する国際機関です。FSCに
はWWF(世界自然保護基金)やグリーンピースを始めとす
森の生態系を調査
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ステークホルダーとともに森の管理を検討
行っています。地域の職業カレッジに従業員を派遣して
カーボンニュートラルを実現
経験や技術を伝える共同講座も実施しています。
地域貢献活動についても、従業員を通じて地域をサポー
気候変動対策でもアルパックは一歩先を行っています。
トするしくみがあります。慈善事業やスポーツ指導など、
木材の運搬で使う燃料を減らすために、一部をトラック輸
従業員がプライベートな時間に行う地域貢献活動を、企
送から鉄道輸送に切り替えました。工場ではパルプ製造
業として支えています。従業員は、通勤・退勤時や就業
過程で生じる黒液という廃液や近隣の製材工場で発生す
中に事故に遭遇すれば救援活動を行いますし、近隣地域
る木くずを燃料に電力をまかなっています。いわゆるバ
への救急車の派遣、火災消火活動への従業員の派遣も
イオマス発電なので、余剰電力はグリーン電力として地域
行っています。このような取り組みは地域からの高い評
に販売しています。
価を受けており、従業員の誇りにもつながっています。
1994年から2005年までに、アルパックのパルプ生産
「おかげでアルパックにはいい人材が集まってきます。
量は増加しているにもかかわらず、温室効果ガス排出は
アルパックで働くことに 誇りを持った、質の高い従業員
47%も削減。パルプ乾燥重量1トンあたりの温室効果ガ
がアルパックの競争力の原点でもあります」
(斎藤社長)
ス排出量は0.16トン-CO2と、従来のパルプ製造に比べ
2007年秋には、カナダの出版社が毎年発表している
て5分の1以下になっています。加えて、アルパックでは
「働きやすいカナダの職場ベスト100」にも選出されました。
2000年ごろから植林事業も開始しました。植林した木々
が吸収するCO2は排出したCO2と相殺(オフセット)さ
れます。この分と合わせ、2006年にはアルパック社の事
業は「カーボンニュートラル」を実現しました。しかも
2020年までに植林面積は2万ヘクタールに及ぶ計画で、
これに伴いオフセットするCO2の量は年々増加します。
さらにパルプ製造の過程で出てくるヘミセルロースが、
食料と競合しない代替自動車燃料(バイオエタノール)の
原料として注目されています。効率的に生産できる技術
の開発はもう少し先になりそうですが、将来性を見込んで
さまざまな企業・行政関係からのアプローチがあります。
貴重な森林資源を最大限生かした新たな産業の可能性に、
カナダ政府も大いに期待しています。
アルパック社主催のイベントで先住民がダンスを披露
ステークホルダーとの対話
努力の積み重ねで要望に応えます
アルパックは地域の誇りです
当社はこれまでにないパルプ会社をつ
三菱商事がアルパックプロジェクト
くろうと、厳しい環境基準を設定し、多様
の検討を開始した際、私は地域住民とし
なステークホルダーとの関係を積極的に
て、また、政府代表として、同プロジェ
構築しながら、高品質のパルプ製造に努め
クトをアサバスカに誘致する役割を果
てきました。世界的な森林管理認証であ
たしました。
るForest Stewardship Council(FSC)
操業開始から15年、同社は地域に経
を取得できたのは、一人ひとりの従業員
済的安定をもたらしただけでなく、良き
(当社ではチームメンバーと呼びます)に
企業市民として、環境対策で世界をリー
よるこれら努力の積み重ねによるもので
ドする会社として、また地域先住民との
す。当社は今後も地域・顧客の要望にしっ
かりと応えていける会社であり続けるよ
う人材育成、設備投資そして地域貢献を
しっかりと行っていきます。
アルパック フォレスト
プロダクツ 社長
斎藤 純
アサバスカ/レッドウォーター
地区選出 アルバータ州議会議員
マイク カーディナル氏
(先住民としてアルバータ州初の
州政府大臣歴任者)
良きパートナーとして、広く認知される
会社となりました。私はこのアルパッ
クが我が地域の一員であることを大変
誇りに思います。
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