スペシャルオリンピックス柔道コーチクリニック参加報告書

スペシャルオリンピックス柔道コーチクリニック 参加報告
平成 26 年 7 月 21 日
わらしべ園 辻 和也
平成 26 年 7 月 21 日(土)東京都文京区の講道館で行われた「スペシャルオリンピックス日本
の柔道コーチクリニック」について以下にまとめる。
①内容、講師
プログラムの詳細は近藤のレポートに譲ることにする。講師について講義中及び夕方の懇親会
で少し個別に聞くことができたので、そこについてまとめておきたい。
今回講師を務めたのは、スウェーデンのトマス・ランダヴィスト氏である。トマス氏は普段は
日本で言う特別支援学校の小学部の教員である。柔道は小さい頃から柔道教室のようなところで
学び、現在 5 段。それがスウェーデンでは一般的かどうかわからないが、中学、高校、大学のク
ラブ活動のようなところでは学んでいないとのこと。高校、大学を中心に育成される日本の柔道
家たちとは事情が違うようである。日本には 7 回目で、主に障害者柔道の指導を目的に来日した
というからおそらく中島先生の関係(障害者武道)で招聘されたのではないかと思われる。別に
聞いた話だが、昇段については来日の必要はない。
講演でも話があったが、スウェーデンでは6つの障害者対象の柔道クラブがあり、そこに約 200
名が所属している。スウェーデンの柔道人口が約 7,000 人と言っていたからその比率はかなり高
い。トマス氏のクラブには約 50 名の障害のある柔道選手が在籍しているという。
近藤の話によれば、ストックホルムで練習したイク・ソドラのクラブは、6 つのクラブのうち
の1つで、トマス氏が運営している直接のクラブではないが、トマス氏はそれらを取りまとめる
Special Needs Judo という連盟の委員長である。近藤らがストックホルムにいたときには、トマ
ス氏の家に招かれ歓迎を受けたという。
スペシャルオリンピックスの大会とは別のようであるが、スウェーデンでは 120 名ほどの障害
者が参加する柔道大会が 2014 年に開かれたようで、このときはノルウェー、ドイツのチームが
参加したという。おそらく以前われわれが参加したイタリアやドイツの大会がそうであったよう
に、近隣国のチームとネットワークがあり、それらと試合を行うことで、交流と情報交換などを
しているものと思われる。スウェーデンの 6 つのクラブと同様に、ノルウェー、ドイツのチーム
の活動のようすにも興味がひかれる。
反対に、あらためて思うがインターネットで世界とつながる時代なので、わらしべ会の柔道の
ページも工夫し情報発信に努力しなければならない。
なお、スペシャルオリンピックスでの柔道は、2003 年にデモンストレーションとしてダブリン
(アイルランド)で 9 か国が参加して行われたのをはじめに、2007 年には上海(中国)で 19 か
国が参加し公式競技としておこなわれ、2011 年にはアテネ(ギリシャ)で 25 か国が参加して行
われた。来年 2015 年はロサンゼルス(米)で行われるが 25 か国の参加が予定されているという
ことである。この 25 か国の活動状況についても今後調べていきたい。
②参加者について
今回の講演の参加者は約 20 名程度。ほとんどが中島先生関係、障害者武道協会の柔道のメンバ
ーである。はじめて見る顔もあったが聞いてみると、中島先生関係のメンバーの紹介で来た人た
ちであり、結局ほとんどがこれまで関わりのある人たちである。どの先生の紹介か分からなかっ
たが、学生(女子)が 3 名参加していたのが新鮮であった。
本講演会の主旨が、スペシャルオリンピックス日本として柔道のすそ野を広げていきたいとい
うことだと思うので、本来であれば日本全国の障害者柔道に関心のある柔道指導者が参加し、講
習受講後それぞれの地域で 1 人でも多くの障害者を受け入れる体制を作っていってほしいと思う
ところであるが、そうした人たちの参加が少ないのが残念である。今回がはじめての講習だった
からか、広報活動が少なかったからか、分からないが今後の課題と思われる。
すでにヨーロッパと比べ障害者柔道には遅れをとっている日本の柔道であるが、最近では日本
国内で障害者レスリングの発展も急速で、それにすら遅れをとる可能性がある。
参加者の名簿をいただけないかと事務局に要請したが、その日は返答がなかった。名刺交換な
どで分かった人たちの概要は以下のとおりである。
・濱名智男氏…横浜に行った時の主催者のメンバーのひとり。現在は日本文化大学の教員だが、
当時は県警におられた。自身がおこなっている柔道教室には 5 名ほどの障害者がお
られるとのこと。彼らは長年練習に来ているが試合や交流がないので障害者柔道そ
のものには少しマンネリになっているという。わらしべ会が横浜で行ったデモンス
トレーションは他の指導者に大変刺激になったとのことであった。ただ、刺激を受
けても実践に結びついていないと現在の課題をしきりに話しておられた。
・内田強氏…大津市で自身が瀬田柔道会という柔道教室を主催している。国際武道大学では浜
名氏の後輩にあたるらしい。本業は建築会社の副社長である。お子様がダウン症で
現在小学校 6 年生。子どもも柔道をやらせたいが、障害のある子にどう教えていい
かわからないとのことであり、障害者の受け入れは現在では行っていない。一方で
地元中学の先生から不良と呼ばれる少年を指導し更生させる等の実績はある。わら
しべ園の活動をパンフレットとともに紹介したら関心を持たれていた。
・河合孝氏…愛知県豊橋市にある中高一貫の桜丘学園の教頭先生。県の連盟などの役員でもあ
る。自身の運営する?柔道教室に障害者が数名来ているという。
「教室の入り口に入
らない人もいる」などの話を聞いていると重度の自閉症も参加していると思われる。
今回のプログラムが「レベルの高い対象者向けに思える」と言っていたことからも
うかがえる。障害者支援に関する経験は不明。
・その他は、徳安氏、初瀬氏(視覚障害)
、中島先生などが参加していた。
障害者武道協会同様、障害の分野の人たちは少なく、いわゆる柔道家ばかりなので、その点で
はわらしべ会が果たす役割も少なくないように思われる。内田氏のような人と話しをしていると、
障害者対象の柔道に興味はあるが、ノウハウがないというだけで門戸を開くのに躊躇している柔
道家は少なからずおられると思われる。
講習に参加した主なメンバー。
③指導テクニック
講義では、前半に知的障害やダウン症など障害とその特徴について説明されていたが、われわ
れにとっては既知の基本的な話であった。
ここでは、午後からの実技で行われた知的障害者に対する柔道の指導法についてまとめておき
たい。今回の講演で実践的で役にたち、かつ興味深かった内容である。
はじめにまとめて言うと、われわれも障害に合わせて柔軟にプログラムを作ってきたつもりで
あったが、トマス氏が紹介した指導法を見ると、われわれは一般的な柔道の指導法に合わせて障
害者の動きを指導してきたように思うが、トマス氏の指導法は、わかりやすい導入の動きがあり、
それを技と結びつけて理解させる方法のように感じた。
例えば、寝技の予備運動で「えび」という動きがあるが、われわれはこれを障害者にどのよう
にさせるかという工夫を視点としていた。一方、トマス氏らは足払いの説明で、足払いとかの説
明はなく、はじめはお手玉のような袋を足の裏で蹴飛ばし、それをゴールに入れるという指導を
しているという。これはゲーム性もあり盛り上がる。徐々にそれを左右の足でやることで、目的
とする足払いの動きに近づけていく。
われわれはもっと柔軟に指導方法を考えなければならないと思った。他の競技も研究し、技術
向上の部分でどのように知的障害のある人に分かりやすく導入しているかを研究してみるのもよ
いと思う。
同様に、技は崩し、作り、掛けなどの動作に分かれるが、これも分かりやすくその身体の形に
合ったネーミング(鳥の羽根など)を使っているという。「脇を締める」「しぼる」などわれわれ
にとって当たり前の動作の表現が、彼らにとって分かりやすいか、もう一度確認し、イメージし
やすい表現を使って(時にはその写真も使って)
、技の形を教えていくことも考えていきたい。
またドイツ、イタリアでも見られたように音楽を活用することもあるという。
「練習の場面によ
って、テンポの違う音楽を使ったりすることもあるのか」という質問をしたが、それには「個々
のインストラクターによって違う」という答えであった。聞く限りでは、音楽の活用はまだ形作
られていないようである。準備体操はアップテンポな音楽、黙想は静かな音楽、すり足はワルツ
を使う等、音楽とリズムの活用も考えた練習プログラムも構築出来ないかと思う。
けがの予防でためになった話があったので、そのことについても触れておきたい。
トマス氏の教室ではけさ固めは首を取って締め付けない方法でまずは指導するという。ダウン
症など先天的に首の筋力が弱く、頸椎に負担をかけられない人に対する対応である。固める方は、
首のほうに回した手は道着を持って締めずに、畳に手のひらをつくように押さえる。これだと受
けている方のダメージが少ないだけでなく、押さえ込みのときに体のバランスを取りながら押さ
えないといけないので、攻守双方にとって有効であると思われる。
(特に初心者には)けさ固めは写真のように、首に手
を回さず、手のひらを畳につける方法で指導する。
その他、ためになった指導方法を以下に写真とともにまとめておく。
真ん中の青い丸のシートをはさんで受け身をとり、早
く起きあがってシートにタッチした方が勝ちという指
導。数を数えながらやるのと違い、競技性があり、楽し
みながらできる。
またシートで位置を示し、練習生にどの場所でやるの
かを即座に教えることができる。
2 人一組になってすり足で動き、試合場に出るか、他
のペアにぶつかったら、外に出て腹筋、腕立等をする。
動きながら技をかける準備動作のイメージづくりにな
ると同時に、組んでいる相手ばかり見て動きが小さくな
るのを防ぎ、大きく動くことを体感する。
立っている相手に対して横にステップしながら軽く
タッチすると相手が受け身をとる。何回か繰り返した後
で、ステップする方がタッチする寸前に大きく足を開い
て出すことで、
「(捨て身)小内刈り」の感覚をマスター
する。
一般的には、向き合って組んで、崩し、作り、掛けの
一連の動作を1、2、3と読みながらマスターする。
丸いシートの上に片足を乗せ、もう一人がその人を動
かして足を離させたら勝ち、というゲーム。どのように
力を出してどのように動いたら効果的か、体感的に学
ぶ。
ひとつひとつの形に名前をつけ、相手と自分がどのよ
うな姿勢になっているかを教える。写真の押え込みは
「風車」と呼んでいた。
この後、はねになっている上の人は、くるくる回るこ
とで押え込みのポイントとバランスを学ぶ。また、「風
が吹いて風車が揺れている」という合図を出すと下の人
が身体を揺らし、上の人は不安定な中でバランスをとる
ことを学ぶ。
④クラス分けと試合のルール
クラス分けと試合のルールについての話に、座学、実技ともに多く割かれた。もっとも日本の
障害者柔道が遅れていると感じたのはこの点である。日本では障害者柔道が試合を行うほど普及
していないためにほとんどこのような議論が行われてこなかった。
クラス分け(ディビジョニング)とは、試合を公平に行うために行ういわば階級分けである。
この作業を以前は、8 つの技を参加者個々人にやってもらい判断していたが、時間がかかり、参
加者にとって面白みがなかったため、現在では、乱取りの形式で行っているという。ディビジョ
ニングの責任者が大会に数名いてその人たちが判断している。基準となるのは、1性別、2柔道
のレベル、3体重、4年齢、である。他の障害者スポーツが障害の程度によっても分けているの
を考えると、知的レベル(理解のレベル)によって分けていないのが特徴かと思われる。
講義ではクラス分けの乱取りでは「全力を尽くさなければならない」と言われ、はじめその意
味が理解できなかったが、どうやらクラス分けで手を抜いて軽いクラスに入り、試合には全力で
行いメダル獲得を狙うチームもあるという。
おそらく今後も試合のルールやディビジョニングの議論は続くと思うが、すでにこれだけ聞い
ていても議論が進めば進むほど、本来の障害者柔道(障害者の参加の場、運動・スポーツを楽し
む、相手に対する礼儀、交流など)からかけ離れていく可能性がある。かつて行ったドイツやイ
タリアの大会では、交流の要素が強く、試合は 4 名程度のリーグ戦でひとりひとりが2~3試合
を行い順位はつけない、という形式であった。このような形式のほうが障害者柔道の軌道からそ
れることなく、試合をする、勝つという目標もそれなりに保てるように思う。
また必ずしも試合である必要もなく、合同練習のようなイベントであっても、遠征として参加
する彼らにとっては、それだけで目標となるように思う。講道館柔道が実戦形式で発展したこと
を考えると皮肉にも思われるが、いまも合気道や太極拳のような格闘技は試合形式を取らないよ
うに障害者柔道が本来の姿として逸脱しないためには、今回の議論の方向には慎重であるべきだ
と思う。
今後の日本での展開を考えるには、重要な視点であるので、安易な議論の方向には気をつけて
注視していきたい。
⑤わらしべ園の障害者柔道についてこれからの視点
研修に参加して、これからのわれわれの課題について箇条書きでまとめておきたい。
1)練習内容の工夫:具体的で分かりやすい練習メニューを今回のやり方を取り入れて工夫する。
2)活動内容の広報:HPを通じての活動の広報。報告でも書いたように障害者対象の柔道に関
心のある柔道家は少なからずおられると思う。
3)他の障害者スポーツの研究
4)スペシャルオリンピックスに参加した柔道を実践している各国の情報収集
なお、スペシャルオリンピックス大阪の事務局から連絡があり、スペシャルオリンピックスと
して柔道教室を展開する場合の手順を近日中に確認する予定である。