腎・尿 路 系 の 疾 患 7・1 糸 球 体 腎 炎 7・1・1 急 性 糸 球 体 腎 炎 急性糸球体腎炎は小児期および青年期の男性に多くみられ,血尿,タンパク尿, 血尿: 尿に血液が混入した 高血圧,糸球体 過値の減少,ナトリウムと水の貯留が急激に出現する糸球体の 急性炎症性疾患である.臨床的には,先行する明らかな腎疾患の既往がなく,多く は上気道感染(溶血性連鎖球菌が代表)などの感染症症状後,一定の潜伏期間を経 状態.肉眼的に鮮紅色を呈 し,一見して血尿とわかる 肉眼的血尿と,尿沈査を顕 微鏡で見てはじめてわかる 顕微鏡的血尿がある. て突発的な浮腫,血尿,血圧上昇をおもな症状として発症する. 病 因 原因としては A 群β溶連菌感染後急性糸球体腎炎が最も多いが,肺炎 球菌,ブドウ球菌,さまざまなウイルスなど非溶連菌性の場合もある.さらに,膜 性増殖性糸球体腎炎や IgA 腎症などの腎疾患でも急性糸球体腎炎の症状を呈する ことがある. 症 状 上気道炎(扁桃腺炎,咽頭炎)を認めたのち,1 〜 2 週間後に発症する. おもな症状は,全身倦怠感,乏尿,血尿(顕微的血尿は全例,肉眼的血尿は約 30 %),浮腫(特に起床時,眼瞼周囲に著明),高血圧,タンパク尿である.とき に心不全症状を認める.血液検査では,抗ストレプトリジン― O 値や抗ストレプト キナーゼ値の上昇,補体値の低下がみられる.糸球体 過値は軽度低下し,1〜2 カ月で正常化する. 小児では大部分は数カ月で尿タンパクが消失し,100 %近くは治癒するが,成人 では治癒率が低く,60 〜 80 %程度で残りは慢性化する. 治 療 タンパク尿: 健康人でもご く微量のタンパク尿(1 日 40〜150 mg まで)を認め るが,1 日 150 mg 以上が 排泄される場合は病的と判 断する.原因により腎前性, 腎性,腎後性に分けられる. 糸球体 過値: 糸球体のみ から 過され,尿細管から は再吸収も分泌もされない 物質のクリアランス値が糸 球体 過値 (率) で,糸球体 機能を表す.正常では 100 〜120 m /分である.臨床 的には内因性クレアチニン クリアランス(Ccr)で糸球 体 過値を代行している. 安静,保温,食事療法が中心となるが,特に急性期(発病初期)は入 院および自宅での安静臥床が必要であり,1 〜 2 カ月の後に徐々に安静を解除す る. 扁桃炎などの感染源が存在すればペニシリンなどの抗生物質の投与を行うが,す でに発症した腎炎には治療効果がない. 食事は, 急性期には体内での異化作用を抑えるために十分なエネルギーを確保し, タンパク尿の多い例や腎機能の低下を認める場合にはタンパク質,食塩,および水 分制限を行う(表 7・1).高カリウム血症がある場合にはカリウムを制限する.腎 機能の回復に伴いタンパク質制限,食塩制限をゆるめる. 浮腫,心不全,高血圧に対して食塩制限のみで不十分な場合には利尿薬,降圧薬 などを使用する. 浮腫: 細胞外液(間質液) が異常に増加した状態.そ の原因によって,心臓性, 腎臓性,肝臓性,内分泌性 などの全身性浮腫と局所の リンパ管圧迫や炎症による 局所性浮腫に分けられる. 98 第7章 腎・尿路系の疾患 表 7・1 急性糸球体腎炎の食事基準 a) 総エネルギー タンパク質 食 塩 〔kcal/kg†/日〕〔g/kg†/日〕〔g/日〕 カリウム 〔g/日〕 水分 急性期 (乏尿期・利尿期) 35 0.5 0〜3 5.5 mEp/ 以上の ときは制限する 前日尿量+ 不感蒸泄量 回復期および治癒期 35 1.0 3〜5 制限せず 制限せず † 標準体重 a)日本腎臓学会編, 腎疾患の生活指導・食事療法ガイドライン (1997). 急性糸球体腎炎の栄養・食事療法に関連する病態 免疫複合体:抗原と抗体が 特異的に結合したもの. 急性糸球体腎炎において栄養・食事療法に関連深いおもな病態を以下に示す. 糸球体基底膜:糸球体毛細 血管の中央部には基底膜が あり,その内側に内皮細胞, 外側には上皮細胞があり, 血液が 過されるときは, この三つの層を通過する. と抗体が免疫複合体を形成し,糸球体へ沈着し炎症反応をひき起こす.その結果, 1)糸球体障害: 急性糸球体腎炎では,体内に入った抗原(細菌,ウイルスなど) 糸球体基底膜の透過性が亢進し血液中のタンパク質が尿中に排泄され(腎性タンパ ク尿),糸球体障害のために糸球体 過値が低下する.現在,腎疾患では尿タンパ クは腎障害を促進すると考えられており,腎機能の低下した例やタンパク尿が持続 する例では,尿タンパクを減少する目的でタンパク制限が必要になる. 2)浮 腫: 腎炎では糸球体 過値の低下に伴いナトリウム・水の排泄が低下し 体内に貯留するため浮腫が生じる.したがって,水分制限および食塩制限により浮 腫は軽快することが多い.しかし,ナトリウム・水の貯留が高度になると循環血液 量の増加や高血圧が生じ,心不全に陥り著明な浮腫を起こすことがある. 3)高血圧: 急性期では糸球体 過値の低下によりナトリウム・水の貯留をきた し,循環血液量の増加により高血圧が生じる.したがって,高血圧を伴う例では厳 格な食塩制限を行う. 急性糸球体腎炎の栄養評価とその解釈 1)モニタリング法: モニタリングを行う目的は,栄養指導後の患者の食事内容 が医師の指示した栄養量と食事の質に適切に守られているかの評価と,栄養障害を 防ぐことである.低タンパク食はエネルギー摂取不足により栄養障害をひき起こす 危険を伴っており,指導にあたっては食事療法がどの程度安全に効果を表している かを評価し,医師および患者へフィードバックしていく必要がある. 2)食事内容の評価: 24 時間蓄尿を行い,尿中への尿素窒素排泄量を測定し, マロニーの式から摂取タンパク質量を推定する. 推定タンパク質摂取量〔g /日〕= )× 6.25 (一日尿中窒素排泄量〔g /日〕+ 0.031 ×その時点での体重〔kg〕 そのほかにも 24 時間蓄尿からは,一日尿量,内因性クレアチニンクリアランス 内因性クレアチニンクリア ,一日尿タンパク排泄量,一日食塩摂取量などの有用な臨床情報が得られる. ランス(Ccr) : 簡便に糸球 (Ccr) 体 過量を測定する方法と 1 して利用される.1 日の尿 推定食塩摂取量〔g /日〕=一日尿中ナトリウム排泄量〔mmol /日〕×― 中へのクレアチニン(Cr) 17 排泄量を血清 Cr 濃度で除 して求める.体格によって 24 時間尿を溜める方法としては,ビニール袋や瓶などの大きな容器を用いるの 変動があるため,体表面積 で補正する. が理想的であるが,溜った尿量を正確に測定することが困難であるため,実際には 7・1 糸 球 体 腎 炎 99 携帯式の容器を用いている(図 7・1).患者へ検査の意味と操作方法をわかりやす く説明し,蓄尿時間の不正確さや操作ミス,器具の破損などがないように指導する. 完全蓄尿ができない患者の評価や個々の症例を経時的に評価する場合は血清尿素窒 素/血清クレアチニン比を参考にする.また,食塩摂取量は 24 時間蓄尿から得られ た尿中ナトリウム排泄量より推定する.食事記録法は簡便に食事内容の調査が行え るが,正確に食材を計量しなければ正しい摂取量が評価できないため 24 時間蓄尿 と併せて行うことが望ましい.食事記録は可能な限り毎日記録し,体重や体調の変 化,薬の飲み忘れ,冠婚葬祭などの特別行事など生活記録としても患者の自己管理 能力を高めることができる. 3)栄養状態の評価: 低タンパク食を行い,エネルギー摂取量が不足した場合は, タンパク質の異化が亢進する危険性があり,長期間の食事制限の安全性を保証する 図 7・1 携帯式 24 時間蓄 尿容器(ユリンメートP, 住友ベークライト株式会 社提供) ために栄養状態を定期的に評価する必要がある. ① 身体計測: 身長,体重,筋力検査,上腕周囲,上腕三頭筋部皮下脂肪厚,上腕 筋囲,体脂肪を計測する.体タンパク質量や体脂肪の減少は体重に現れることが 多く,来院時に体重を測定し栄養評価を行う.6 カ月以内に 10〜15 %の体重減 少があればタンパクの異化亢進が疑われる.浮腫を伴う症例では,浮腫の水分の ために体重が多めに評価されやすいため,体重変化の評価には十分注意する. ② 生化学検査: 総タンパク,アルブミン,脂質,トランスフェリン,カリウム, 血清尿素窒素/血清クレア チニン比: 正常で 10 前後. 10 以上であれば,タンパ ク質異化亢進,消化管出血, 脱水などを考える必要があ る.一方,10 以下であれ ば食事療法が比較的良く実 行されている. リン,尿素などを測定する.尿中へ血清タンパクが大量に喪失している症例では, アルブミンやトランスフェリンなどは尿中に排泄され,血中濃度が低値をとるた め他の栄養指標と比較し評価する必要がある. 急性糸球体腎炎の栄養・食事計画 1)食事指導: 急性糸球体腎炎は,急性期(利尿期,乏尿期),回復期および治療 期に分けられ,それぞれの病期により食事療法が規定されている(表 7・1).急性 期には糸球体 過量の低下,ナトリウムや水分の排泄障害があるため食塩制限と 水分制限が重要であり,水分制限は調理中の水分量と飲水量(服薬で飲む水も含め) を併せて管理する.また,一過性に腎機能障害をきたすことがあるため,タンパク 制限が必要となる場合もある.体内でのタンパク質の異化亢進を抑えるために炭水 化物や脂肪を中心にエネルギーを確保する.急性期に高尿素窒素血症や腎機能低下 がみられる場合は 0.5〜1.0 kg /日のタンパク制限を行い,回復とともに 1.0〜1.2 kg /日へ増量する.高カリウム血症がある場合はカリウム制限を行う.乏尿期には 浮腫,高血圧の改善のため 0〜3 g の厳しい食塩制限と前日尿量+不感蒸泄量の水 分制限を行う. 1 〜数カ月後,尿検査や腎機能検査などにより治癒と判断された場合は食事制限 を解除する. 2)生活指導: 腎疾患の生活指導については,日本腎臓学会より腎疾患の生活指 導・食事療法のガイドラインが出ている.ガイドラインでは,日常生活の具体的内 容を A 〜 E までの 5 段階の生活活動区分(次ページ,表 7・3)で示している.タ ンパク尿・血尿の程度,腎障害の程度および臨床症状などを参考に病期・病態にあ わせて生活指導が異なっていることを念頭におくことが必要である.急性糸球体腎 炎の生活指導については,表 7・2 を参照する. 表7・2 急性糸球体腎炎の 生活指導(指導区分は 表 7・3 参照) 病 期 指導区分 乏尿期 A 利尿期 A 回復期(入院中) A 回復期(退院後) B 治癒期 C (尿所見改善 6 カ月以内) 治癒期 D (発症後 2 年以内) a)日本腎臓学会編, 腎疾 患の生活指導・食事療法の ガイドライン (1997).
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