発行者:(財)日本テニス協会強化本部 取材/編集/構成 池田 亮(ナショナルチーム情報戦略担当スタッフ) このニュースはA3サイズの用紙に印刷することを想定して文字を 第2号 設定しております。他の小さなサイズでは文字が小さくなることがあります 強化本部がお届けする「In-Pact」も無事に第2号をお届けする事ができました。この夏、U14の代表チームはこの年代の世 界大会であるワールドジュニア世界大会で男女共に3位という結果を残してくれました。男女が共に表彰される結果を残す事 は日本のテニス界にとって初めての事であり、まさに歴史的快挙であると言って良いと思います。 創刊号ではそのワールドジュニアに臨む男子チームの味の素NTCにおける活動を大きく取り上げさせて頂きましたが、第2 号ではその成果の確認を行うために、男子チームの監督である櫻井監督にインタビューを行いました。U14男子チームが躍進 した現場で監督という立場でどのように感想を持ち、また今後につなげるためにはどのようにすれば良いと思っているのか? その点を中心に聞いています。また、政府と日本オリンピック委員会(JOC)が協力して進める新しい強化政策制度である 「ナショナルコーチ」に関しても取り上げました。本号も皆様にとって良き情報になればと思います。 第2号の内容 1:特集ワールドジュニア男子代表 櫻井監督へのインタビュー 2:ナショナルコーチ制度に関して 3: 短信 from JTA 4: 味の素NTCにおける活動 ワールドジュニア 男子代表 櫻井監督インタビュー 於:味の素NTC 9月24日 聞き手 池田 8月3日から8日にチェコのプロステヨフで開催されたワールドジュニア世界大会において西岡良仁、斉藤貴史、沼尻啓介の3名で構成されたU14男子代表チームは3位と いう結果を収めた。これは2003年の2位、2006年の2位に次ぐ好成績であり、前号で紹介したようなNTCを中心とした取り組みを積極的に行ってきたチームが収めた成 果として極めて重要な意味を持つ。またこれ以前のヤングスター遠征における個人戦においても極めて良好な成績を収めており、今年のチームの取り組みはこの年代にお ける強化の形を模索するために貴重な礎となったと思われる。世界大会の感想や、世界大会までの取り組みを通じて監督である櫻井JTAナショナルコーチがどのような感 想を持ち、どのような点が今後に生きるかに関してインタビューを行った。 ワールドJr世界大会の表彰式(写真提供:重松様(プラハ在住)) Q:まずは世界大会を戦ってみて、充実した大会であったかどうかという意味で櫻井さんの感想は如何ですか? A:選手それぞれが持っている力を出し切った結果が3位という結果につながった事は大変喜ばしく、また、結果 以上に選手達が持っている実力が出し切れたという意味でより大きな喜びを感じています。 Q:男子における3位という結果は今までの結果を考えても、非常に良い結果であり、「成功した」と捉える事ができると思 うのですが、成功した要因としてはどういった事が考えられるとお思いですか? A:成功要因として一番の要因として考えられるのは「運を掴めた」という点です。遠征に行くに当たり事前に各 個人それぞれの力を出すために何をしたら良いのか?という事を何回もミーティングを行いました。その結論とし ては「結束力をもってチームとして戦う事が我々のやり方だ」という事が共通認識として持てたと思っています。 しかし、実際に「勝つ」という結果が得られなければ、狙いであった「チームとしてのまとまり」など生まれない というのが現実だと思いますので、全員がシングルス、ダブルス双方で前哨戦になるヤングスター遠征の個人戦で 力を発揮して勝つための方法を完璧ではなかったですが掴み、その強さを他国に対してアピールできた点が大き かったと思います。この結果を受けて世界大会の監督会議の時に日本に対してシード権を与えるという話が出てき ましたのでまさに掴んだ運を具体的に活かす事が出来たのだと思います。 Q:前哨戦になる個人戦、ヤングスターでの好成績が、今回の成功を収めるための大きなキーポイントになったというお話で すが、その要因は何だったとお考えですか? A:この数年続けて遠征してきた経験から、冷静に振り返ってみると今年の男子のレベルはビックリするほど高くはなかったのが事実です。私が見た中で、日本人が試合で当たっ た時に全く試合をコントロールできなくなってしまうような飛び抜けた選手はおらず、常にコントロールできる範囲でのレベルで試合が続いたという事が幸運だったと思います。 その中で日本の選手達は勝ちを経験する事で自分たちにもやれるという自信を感じたと思います。冷静になって振り返ると実力的に五分五分だったものが体力面で優った事で勝 利につながった勝負も多数あり、相手選手よりも真面目に私たちがフィジカルトレーニングに取り組んできた事の成果として胸を張って良い部分だと思います。 それともう一つ、上位シードに勝つという経験を得られたのですが、ハードコートで同じ結果を得るのはおそらく厳しかったと思います。今までハードでは分が悪かった相手 に対して勝てた事でワールドジュニアの本番を迎えたときに全員が「自分たちでもやれるんではないか?」という雰囲気が事前にできていたと思います。 Q:この年代の成功というのは必ずしも試合の結果だけではなく、将来につながるプレーが出来ているかどうかという側面が必要とされるので単純に評価できない難しい部分が多々あると思うので すが、結果と将来に繋がるプレーという相反してしまう可能性がある二つのバランスの取り方に関して櫻井さんご自身はどうあるべきとお考えでしょうか? A:世界のトップを目指すのであれば14歳の段階で自分のプレースタイルの根本的な形は出来上がっていなければいけないという事がキーポイントだと思います。この年代で構 築されたプレースタイルというものが世界のトップにつなげるためには基礎となります。それはあるショットが爆発的に優れているといった単純な意味ではなく、ビッグショット が無いなら組み合わせるのがうまいとか、力の配分がうまいとか、色々な形があると思います。それが構築された上で実際の厳しいゲームの中でどう発揮するのかという部分、大 きなストレスやプレッシャーがある中でうまく自分自身をコントロールしながらゲームに如何に適応するのかという経験値を増やしていく事がこの段階以降では必要だと思ってい ます。その中で身体が成長していき、1、2年後にうまく体格や動きに合わせてコーディネートできるような成功体験をする事がこの年代において必要となる結果だと思います。 成功体験としての経験は、分かりやすい結果を伴う方が強くその後のモチベーションを生み出しますから、できるだけ成功する=勝利する体験である事が望ましい事だと思い ます。勝たないと次の新しい経験は出来ない、勝ち方は質の高い勝ち方の方が望ましい、しかし時には質を落としてでも勝たないと行けない時があると思います。こういった濃い 経験を1試合1試合積み重ねる事によって自分が世界で勝ち抜くためには何が必要かと言う事を選手自身に感じてもらう事がこの年代では最も大事な事だと思います。今回のメン バーで言えば、世界大会3位という結果で得られる成功体験だけに留まらず、自分自身の良かった所と悪かった所を自己認識し、次のステップはどうしたら良いという考えが思い 浮かぶように成功体験から得られた何かを留められる選手が次のステップに近づき、より上の段階に進める事になるのではないかと思います。その何かを時間と共に忘れてしまう ようであれば新しい考えはきっと思い浮かばなくなるでしょう。 Q:そうすると以前からこの年代までは世界に通用していた選手というのは日本人でも数多くいるわけですが、そこから上の年代に進んでからは同じ位置をキープできず、ステップアップできている 選手が少ない。この原因にはどういった事が考えられると櫻井さんはお考えですか? A:この年代から上のステージにステップアップしていくためには自分のプレースタイルでポイントをとるにはどういう事ができるか自分自身で判断する力、それをどんな環境に 行っても自分なりに適応して行動に移す決断力の二つが重要だと思います。そこに身体的な成長が重なって体格が大きくなればより有利な条件になりますし、もし体格が大きくな らなかったとしてもそれに対応できる方法は判断して決断する力があれば構築できる。そういう面では不足している部分はそういった力を養うために望ましい環境が乏しい事が原 因かと思っています。 Q:世界のトップになろうという選手を取り巻く今の日本の社会的環境は決断力や判断力といった物に磨きをかける環境という意味では障害になる部分が多いのかな?と個人的には思っています。 学校制度の在り方してもそうですし、その他にも多くの要因が考えられます。こういった問題への対応はナショナルチームだけの問題ではなく、JTAだけの問題でもなく、もしかしたらスポーツ界全 体で考えても対応が難しい問題かもしれない。ここ数年U14という難しい年代の監督として関わり、この問題を打開できる環境や条件は何だとお考えですか? A:まず海外に行って世界基準のスケジュールとスケールに沿った中で自分のテニスのどの部分を鍛えれば良いのか?何が不足しているのかという点に関してコーチと話し合いを しながら見つけ、日本に戻ってからその部分を克服するために地道な積み重ねを行う環境が必須になる条件だと思います。 現実的な方法としては海外での戦いを年に2∼3回、1回の遠征で2∼4大会参加し、そこで得られた課題を地元のホームコーチと一緒になって地道な積み重ねを行って克服、 発展に繋げるという形になると思います、更にその中で月に1∼2回NTCのような集合拠点と言える環境の所に集まって同じような目標と志を持っている日本の同じ世代の選手 と高いレベルで刺激し合って色々と試行錯誤試できる場を持つ事も必要だと考えています。 自分に何が必要かを発見するための海外遠征という環境、そこで見つけた課題にじっくりと取り組むホーム環境、課題克服に取り組む熱意が薄れそうな時に同世代のライバル と刺激し合いながら課題克服への熱意を再び高める環境、この3つの局面での積み重ねを繰り返していく事は日本で決して不可能ではない方法だと思います。 この年代から海外での試合において活躍して世界中から目を付けられ、いわゆる「エリート」と呼ばれる実績を残せれば、ステップアップするための色々なチャンスは自然と 生まれてくると思いますし、もしそういった実績が残らなくても日本は「選手」としてテニスを継続するという意味では色々なステージがあり、ある意味恵まれた環境なので、 再びそのサイクルの中で一通りの成果が出るまで努力するという形が継続できると思います。もしある程度の上の年代までにそのサイクルからステップアップできず、それでも トップに近づきたいと思うのであれば、もっと資金が必要になったり膨大な時間が必要になったりすると思います。 Q:その3つの環境でのサイクルの中で選手が次のステージへのステップアップを目指せる期間というのはまず最初にだいたい何歳から何歳ぐらいまでの間とお考えですか? A:私自身は13∼15歳の3年間がまず最初の勝負の期間だと思います。そこが終わり次の年代と言って良い境目に来る高校進学か否かという分岐点は日本における人生選択の大 きな分岐点になると思うので、その時点でステップアップにつながる何かを見つけていられれば分岐点における決断がやりやすいのではないかと思います。どのような方法を取る にしても次のチャンスを掴むために後の事を考えずにトライできる期間としては中学校の3年間が思い切ってトライできる年代だと思います。そこでわずかなチャンスを掴めた選 手はその分岐点で様々な選択肢を考える事ができると思いますし、そこではチャンスを掴めなかった選手に関しても高校やその他の環境でもう一度自分に不足していた要素を見 つめ直してもいいですし、自分とテニスとの関わり方を再考してもいいのではないかと思います。 Q:定期的に集合拠点に集まり同じ年代で刺激し合う環境という話が出てきましたが今回のU14のチームに関してはNTCを使って半年あまり、現実にそういった環境を構築する事が出来ていたと思 います。そういった環境の中で、先ほど話に出てきた「体力面」という意味でNTCを利用する事でしっかり対応する事が出来た事が一つ今回の結果につながる要因という話でした。それ以外にテニ スの面で今回の遠征に行った3名の選手達のコーチングに関してこう指導したとか、気をつけていた点はありますでしょうか? A:私の感覚からすると技術的な事は殆ど言っていないと思います。私は海外遠征の成果を出すためには何よりも 「ものの考え方」が極めて大事だと思っていて、海外まで出て行って試合を行う意味、なぜ試合を行うのか?そう いった部分で「強い意志」が無ければ中々世界のトップとして生き残っていけないと思っています。 合宿の中ではそういった部分を身につけて欲しかったのですが、そのために必要だと思ってやった事で効果が あったなと思うのは、成長途上にある彼らにあるワンサイドからのものの見方を伝えるだけでなく、例えばJTAで 共催した「修造チャレンジ」の合宿の中で実際に世界を見てきた経験がある松岡さん自身から彼の感性で「世界と はこういう場所だ」「そのためにはこういう力を出さないと駄目だ」という見方に接するチャンスを作れた事 や、TSSのS&Cコーチの目を通したテニスへの取り組み方、メンタルの専門家から見たテニスへの取り組み方、ス ポーツに精通した医師から見た身体の状態等々、テニスのコーチの見方からだけでは触れる事が出来ないであろう 物の見方に接する機会を合宿の中に組み込み、機会を作れた事です。そういった事がNTCにおいて合宿を行った意 味にも繋がりコーチングとして効果があったのかなと思っています。 Q:NTCにはある意味世界につながるための「本物」に接するチャンスが多いのは事実ですね。コーチやスタッフ以外にも自分たちが練習している直前まで、今まさに世界のトップに挑戦している 日本の選手達が練習をしていたり、トレーニングを行っていたりする。また、アスリートビレッジでは他の競技のオリンピックメダリスト達が同じ場所で同じ物を食べ寝泊まりして生活している。 彼らと同年代でエリートアカデミーに通っている他競技の選手達もいる。彼らが触れている空気に同時に触れるというだけでも、合宿に来たジュニア達は刺激を受けると思います。そういった部分 では今後も積極的に活用していきたいと考えていらっしゃるのではないですか? A:当然そう考えており、今後も積極的に活用していくつもりです。ただし、「お互いに刺激を与え合う」という意味ではテニスの選手も他の競技に対して責任があると思いま す。NTCを利用するのであればその選手の存在が他の競技に対しても良い刺激になるような存在でなければならない。そういった刺激に繋がる意識を持っている選手にチャンス を与えようと思っています。ただし、来年の話をするのであれば、今年とはまた違うポテンシャル、違う個性をもったチームとなりますので、チームの編成上は同じような使い方 にはならないかもしれないと考えています。また違った形で選手達の成長を促せないかと考えを巡らせている所ですね。 ナショナルコーチ制度に関して 昨年の北京五輪期間中に以下のようなニュース流れた事を覚えていらっしゃる方はいるでしょうか? 「五輪におけるメダル獲得を増やすために戦略的に競技や選手の育成方法を分析、指導を 行う「ナショナルコーチ制度」を新設する事を文部科学省は決定した。ナショナルコーチは 技術的な指導の枠組みを超え、戦略的に強化施策を計画、実行するプロフェッショナルなポ ジションとして設定される」 本年度より予定通り「ナショナルコーチ制度」は実行に移され、テニスにおいても審査をパスした右近 憲三氏がナショナルコーチ、アシスタントナショナルコーチとして増田健太郎氏と駒田政史氏が採用され ました。ナショナルコーチは前述したニュースで伝えられた通り、オリンピックにおけるメダル獲得を戦 略的に狙う事が仕事であり、現場における指導というよりもメダルを取るために必要となるありとあらゆ る環境を整える事がその大きなミッションとして国から命じられているポジションです。 JTAにおいては従前からのナショナルチーム制度、そこに携わるナショナルコーチが存在しており、こ の新しい制度をどのようにうまく融合させれば良いのか?という点に関して現在調整を行っている段階で す。すでに8月1日付で右近氏は味の素NTCに常駐する体制が取られており、まず最初の仕事としてNTC において行われている「エリートコーチアカデミー」への参加が義務づけられています。 このエリートコーチアカデミーは日本のスポーツ界全体で「チームジャパン」を構築するための中心政 策の一つであり、NTCにおいてトップコーチに必要な資質を身につけるために、競技団体やスポーツと いう枠組みを超えた各講師陣によるレクチャーを受けるというアカデミーです。右近氏は朝から夕方まで 休み無く開催される講義を合計3ヶ月間他競技のトップコーチと共に、時にはライバル、時には同じ課題 に取り組むチームメイトとして受講している途中であり、「慣れない勉強の毎日です。」と苦労しながら も充実した日々を送られているようです。 短信 From JTA ○ジュニア規定に変更がありました。 試合エントリーの際に海外在住のジュニア選手のエントリーに関して規定が変更さ れました。詳しくはJTAホームページにてご確認ください。 ○コーチングワークショップを開催します 2010年の1月5∼6日の予定でJTA強化本部主催のコーチングワークショップを開 催致します。詳細は後日お伝えする予定です。 ○ユニバーシアードでメダルを獲得しました。 既に各種媒体で伝えられている通り、ユニバーシアードセルビア大会の女子ダブル スにおいて宮村・青山ペアが銅メダルを獲得しました。 味の素NTCにおける活動(7月∼9月) NTCにおいて以下のような合宿その他行事等が行われました ○ 国立スポーツ科学センターとの共同研究での測定(7月14日) ○ US Openジュニア遠征 合宿(8月24日∼26日) ○ 全国講師研修会(9月6日∼7日) ○ 東レPPO雨天時の試合コート提供(9月25日∼10月1日) 各月の稼働率(9月28日現在まで) 7月 稼働28日(稼働率90%) 8月 稼働22日(稼働率70%) ただしコート修繕により7日間の使えない期間が存在。 9月 稼働28日(稼働率100%) 今後「In-Pact」内においては表記の統一を図るために国の「ナショナルコーチ制度」によって選出されたコーチ の事を「ナショナルコーチ」、JTAナショナルチーム制度に基づいてJTAが任命したコーチの事を「JTAナショナル コーチ」として表記する事に致します。またナショナルコーチの活動に関しては今後も取り上げて行く予定です。 In-Pact第3号の発行は12月末を予定しております。
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