平成 27 年 12 月 15 日放送 もし、愛する人が目の前で倒れたら… 土浦協同病院 救急集中治療科 関谷芳明 司会者:昨今、若い方を含め、目の前で突然倒れて心肺停止状態となってしまった、 などということをニュースなどでよく耳にします。もし、自分の大切な人 が、突然目の前で倒れたら何をどうしたらいいですか? 関 谷:最近はよくテレビなどでも報道されますが、「突然の心肺停止」は決して あり得ないことではありません。若くて元気なスポーツ選手がグラウンド 上で突然心肺停止となることもあります。そのようなとき、まずできるこ と、それは「落ち着くこと」です。これは当たり前のようですが、実は最 も難しく、最も重要なことです。 司会者:落ち着いて、どのような行動をすればよいでしょう。 関 谷:まず、周囲の安全確認をした上で、患者さんの反応を確認してください。 方法は何でも構いません。耳元で大声をかけてもいいですし、肩を叩いて 呼びかけてみてもいいと思います。これで返事がない場合、大声を出して 周囲に助けを求めます。 「誰か、すぐに来てください!」 「誰か、救急車を 呼んでください!」などと叫びます。もし周りに誰も見当たらないようで あれば、携帯電話で 119 番通報をして救急車を呼ぶのがよいでしょう。あ とでご説明しますが、AED の手配も同時にできれば完璧です。 司会者:次に何をしますか? 関 谷:呼吸と脈拍を確認します。呼吸を確認する、というのはつまり、息をして いるかどうかを確認するということです。胸やおなかが動いていることに よって確認します。また、自分の耳を患者さんの口元に近づけて吐息を感 じてみてもいいかもしれません。脈拍は、自分の指を患者さんの頸動脈に 優しく当てることによって確認します。呼吸と脈拍が両方ともある場合は、 心肺停止状態ではないということですから、そのまま注意深く観察を続け ながら救急車を待つことになります。 1 司会者:呼吸と脈拍がない場合はどうしましょうか? 関 谷:これは即座に蘇生処置を開始する必要があります。循環、つまり心臓が止 まってから時間が経てば経つほど、蘇生率は悪くなりますし、蘇生できた 場合の神経学的な予後も悪くなります。「秒」の単位で状態は悪化してい きます。何よりも早く循環を再開させる、つまり「心臓マッサージ」を行 うことが大切なのです。「心臓マッサージ」と「人工呼吸」が蘇生のカギ です。 司会者:心臓マッサージはどのようにすればよいですか? 関 谷:私たちのような救急医療に携わるものは心臓マッサージのことを「胸骨圧 迫」と言っています。胸骨とは胸の骨で、文字通り、胸を圧迫することに より、その下にある心臓をマッサージし、全身に血液を循環させるポンプ の代わりをします。みぞおちの少し上、胸骨という骨の下半分をリズム良 く圧迫します。テレビドラマなどでもよく演じられていますが、実際の心 臓マッサージはドラマの比にならないくらい激しいです。深さは5∼6セ ンチ、1分間に100∼120回のペースで圧迫を続けます。2分も続け れば汗をかいてきますし、腕に疲れを感じてきます。翌日の筋肉痛は必至 です。しかし、蘇生を成功させるには、現在の医療ではまずはこれ以外に あり得ません。 司会者:人工呼吸はどのようにすればよいですか? 関 谷:患者さんの鼻をつまみ、マウス to マウスで空気を患者さんに送り込みま す。1秒かけて吹き込むようなイメージ行います。マウス to マウスに抵 抗がある方もいらっしゃると思いますが、想像してみてください。あなた の愛する人が目の前で倒れたら・・・。そこでいわゆる「愛情」が試され るのだと思います。というのは冗談です。愛する人であれば問題はないか と思いますが、そうでない場合に抵抗があることは事実です。私自身、路 上で心肺停止の患者さんに遭遇した経験がありますが、お恥ずかしながら 抵抗を感じたことを覚えています。実際には、人工呼吸を行わなくても心 臓マッサージさえしていればいいという報告もありますので、どうしても ムリ!という方は、心臓マッサージだけでも行うようにしてください。現 在は、そのためのマウスシールドなども市販されています。 2 司会者:心臓マッサージと人工呼吸はどのように組み合わせて行えばよいでしょう か。 関 谷:心臓マッサージを30回したあとで、人工呼吸を2回行うのが最も効率的 といわれています。先ほども申し上げましたが、心臓マッサージは非常に 「疲れる」行為です。2分ごとに交代するべきだといわれています。疲れ たら遠慮なく交代することにより蘇生処置の効率を維持できますので、複 数人いる場合には交代で心臓マッサージを行ってください。 司会者:その他に何かできることはありますか? 関 谷:「AED」という器械をご存知でしょうか。自動体外式除細動器、のことで す。テレビドラマなどでよく、心肺停止の患者さんにドン!と「電気ショ ック」をかけているのを見たことがあると思います。電気ショックは、本 来、医師が行う治療なのですが、これを一般の方でもできるような仕組み にしたものが AED です。私たち医師は、患者さんの心電図を見て電気シ ョックの適応を決めますが、AED では、これを全て器械が行ってくれま す。スイッチを入れさえすれば、あとは器械がしゃべりだしますので、そ の指示に従うだけです。これにより救われた報告は非常に多く、今日の医 療では心肺蘇生の重要な役割を担っています。ショッピングモールや大型 量販店などでも、消火器と同じような形で設置されている店舗が多いので、 日常から意識してみるとよいと思います。 司会者:心臓マッサージをすることや人工呼吸をすることなどは、それ自体が非常 に勇気のいることだと思いますが、しなかった場合と比べてどのくらい違 うものなのでしょうか。 関 谷:昨年度の報告によりますと、一般市民により心肺蘇生が行われた場合に命 が助かる確率は、行われなかった場合の約2倍という統計が出ています。 AED に至っては、一般市民により AED が使用された場合、蘇生行為がさ れなかった場合に比べ、もとの生活に戻ることができる可能性が約9倍も 高くなるという結果が出ています。 3 司会者:その場に立ち会わせた方の最初の行動が、非常に重要であるということが わかりますね。 関 谷:今の日本では、119番に電話をかけてから、患者さんのもとに救急車が 到着するまでの時間は、全国平均で約8.5分です。その10分にも満たな い時間で、患者さんの生きるか死ぬかが分かれる、つまり、その場にいる 「あなた」にしかできない蘇生処置によって運命が変わるといっても過言 ではありません。昨年度、消防が行う応急手当講習を受講した方は144 万人を越えました。これは年々増加していますし、消防の開催以外でもこ のようなことを学ぶ機会はたくさんあります。現在、心肺停止患者の約4 0%に立ち会った方による蘇生処置が行われています。今後、市民の方が 蘇生行為などのことを少しでも意識することにより、これが増加してくる ことを期待したいと思います。 4
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