木造モノコック構造体の開発と応用 - 一般財団法人日本建築総合試験所

技術報告
間伐材を用いた木造耐震シェルター
−木造モノコック構造体の開発と応用−
Seismic Housing Shelter using Thinned Wood
- Development and Application of Timber Monocoque System 樫原
健一*1、桝田
洋子*2、田代
邦雄*3、田村
1.はじめに
敏幸*4、勢木
拓郎*5、金丸
沙映*6
れている。このうちもっとも一般的な軸組構法は施工者
有限責任事業組合(LLP)
による精度のバラツキが出やすく、耐震性能の検証が難
j.Podエンジニアリングでは、
しい。しかし軸組構法は日本の気候風土から依然として
木板材と鋼製材料を組み合わ
木造住宅の主流を占めており、今後もこの傾向は変わら
せたモノコック構造体(写
ないだろう。近年の傾向は、生産者(木材加工業者)を
真-1)を開発し、新工法とし
中心とした独自の木質ラーメン構法(金物システム含む)
てシステム確立を図るととも
を軸組構法と組み合わせて木造住宅のシステムを構築す
に、種々の建築物への適用拡
る動きである。これは「ハイブリッドシステム」と表現
大を進めている
写真-1 木造モノコック構造
。すでに
体模型(1/10)
1), 2)
数件の建築実績があり、公営
住宅(兵庫県)などで採用されているが、さらに高強度
の構造体を目指して部材接合部などを改良し、耐震シェ
ルターとしての適用が可能となった。本システムを
されることもあり、木造の可能性を広げる有力な手段で
ある。
このような動きの中で、木造住宅の課題を以下のよう
に捉えることができる。
1)森林資源を扱うエコ事業の側面から
「j.Pod」システムと称する。j.Podとは個々のモノコック
構造体(Pod)を連結(join)して建築物を形成する意味
間伐材の積極活用・地域産業の活性化
2)構造性能・耐震性能向上の側面から
で名付けている。
木接合のハイブリッド化・モノコック構造化
我が国では木造住宅の構法として表-1の各種が用いら
表-1
3)施工品質の向上・安定化の側面から
単純な規格化・施工管理体制の整備
木造住宅の構法
4)自然素材の経年変化を克服する側面から
構造体の可変性・構造体の再利用
木造のモノコック構造体を開発し、生産供給体制を整
備することは以上の諸課題に対応するものであり、その
適用を通じて新たな地域産業を構築する一つの試みでも
ある。
*
1
2
*
3
*
4
*
5
*
6
*
KATAGIHARA Kenichi:
(株)SERB・(LLP)j.Podエンジニアリング組合員
MASUDA Yoko:(有)桃李舎・(LLP)j.Podエンジニアリング組合員
TASHIRO Kunio:(株)染の川組・(LLP)j.Podエンジニアリングフェロー(渉外担当)
TAMURA Toshiyuki:木質空間創作工房・(LLP)j.Podエンジニアリングフェロー(品質管理担当)
SEKI Takuo:勢木設計・
(LLP)j.Podエンジニアリングフェロー(施工管理担当)
KANAMARU Sae:(有)桃李舎・(LLP)j.Podエンジニアリングフェロー(構造設計担当)
21
GBRC Vol.34 No.4 2009.10
2.モノコック構造体(Pod)の概要
を基本とし、さらに小径木材あるいは集成材への応用を
考慮したディテール標準化を行っている。
2.1
間伐材を用いたリブフレーム
Podにおい
て間口方向の
耐震要素はリ
ブフレームの
みとなるの
で、その構造
特性がモノコ
ック構造体の
耐震性能を決
図-1
定することに
モノコック構造体(Pod)の部材構成
なる。リブフ
図-1に示すように、複数のリブフレームおよび鋼製の
3
レームの資材
図-3
リブフレームの資材構成
コーナーアングルによって連結して容積約20〜30m のボ
構成を図-3に
リュームユニットをつくる。このユニットは床面および
示す。木材は柱、梁共に国内産のスギ板で、断面寸法
壁面で耐震要素と緊結されてモノコック構造体(Pod)
36mm×180mm(または150mm)の乾燥材を2枚重ね合
となる。リブフレームは地域産の木材(スギ板材)を用
わせて木ねじで一体化する。一体化のための木ねじピッ
い、仕口部分に鋼板(3.2mm厚)を挟んで釘留めした剛
チは個々の板材が限界細長比以下となるように決定して
節フレームとする。リブフレームはその4隅でコーナー
いる。柱・梁の仕口は、3.2mmのL型鋼板を挿入し、両
アングルに定ピッチ
側から多数のコンクリート釘を用いて鋼板を打ち抜き一
(455mm)でボルト
体化接合する。ただしこのとき、重ね合わせるスギ板は
接合する。
仕口部分でタテ材とヨコ材が交互配置になっている。す
Podをコーナーア
なわち、リブフレームの仕口は曲げモーメントに対して、
ングル位置で上下あ
鋼板の面内曲げとスギ板材どうしのめり込み抵抗で釣り
るいは前後・左右に
合う剛節システムである。
連結し、複数のPod
2.1.1 リブフレーム単体の試験概要
からなる複合構造体
「j.Pod」を形成する
リブフレームは内法幅2,730mm、内法高さ2,540mmの
図-2
モノコック複合構造体の組み合
わせ事例
耐震シェルター標準寸法である。2008年秋に福山大学
(図-2)。Pod間の連
(鎌田研究室)で加力したリブフレームは表-2の4タイプ
結部をGAPと称す。
で、スギは高知県産が1体、奈良県産が3体である。奈良
j.Podは上に述べたPodの部材構成法から次のような特
徴を有する。
①小断面の板材を構造材としてリブフレームに使用す
るので、スギ間伐材の利用が可能
②精度確保のためリブフレームを工場で製作
県産の3体は同じスギ材だが、1体は加圧式防朽処理をし
ており、1体は梁の中央に継手を設けている。耐震シェ
ルターや耐震補強用のリブフレームは既存建物内での設
置工事になるため、現場継手が必要となる場合への対応
である。
③鉄骨部材との組み合わせにより、現場施工が容易
④解体に際してリブフレームの再利用が可能
⑤経年変化に伴うリブフレームの交換が可能
⑥増築のみでなく部屋の減築も可能
上記のコンセプトで部材および接合部を標準化し、基
本的な性状を解析および実験で検証している。本研究で
はスギ板材(断面寸法36mm×150mm・36mm×180mm)
22
表-2
試験体材料
GBRC Vol.34 No.4 2009.10
表-3に各フレ
表-3
材料試験の結果
ーム中央部から
抜き取り(水平
載荷試験後)、曲
げ試験によって
調べたヤング係
数Eと曲げ強度
Fbを示す。曲げ
試験は2mスパン
の中央集中載荷
で行っている。
一般建築用に開
発してきたユニ
ットにおいては、
層間変形角
写真-2
リブフレーム水平載荷状況
リブフレームの
曲げ強度が25N/mm2以上あること(E70相当)を条件に
している。耐震シェルターへの適用においては曲げ強度
30N/mm2以上(E90相当)とする。
水平載荷はオイルジャッキにより柱頭に水平方向の強
制変位を与える。層間変形角R=1/240、1/120、1/60、
1/30、1/20、1/15、1/10、1/9、1/8radについて、各3サ
イクルの正負交番繰り返し載荷(静的)を行った(写真2)。
2.1.2 試験結果
水平載荷試験の経過は4タイプとも共通し、層間変形
角約1/30radで木がきしむ音が鳴り始め、梁、柱表面に
細かいひび割れが入るが耐力低下は生じない。1/20rad
を超えるとリブフレームの仕口に挿入した3.2mm厚の鋼
板が座屈し始める。1/15radを超えると鋼板の座屈が進
行し、徐々に耐力低下が始まる。実験はジャッキストロ
ークの限界の1/8radで終了したが、最終時においても急
激な耐力低下は生じない。SK の耐力は13kN(1/15rad)
と4体のうち最も大きい。SNは11.9 kN(1/15rad)で、
SNTとSNYはやや耐力が小さい。しかし材料強度に見ら
れる程の差は見られず、耐力はほぼ同等と見なせる。水
平載荷においては継手の有無による影響はないと判断で
きる。
図-4
図-4に水平載荷試験から得られた荷重-変形関係を示
水平載荷試験履歴曲線
す。縦軸は水平荷重を、横軸は層間変形角を示す。同図
には設計用復元力特性を実線で重ねて描いている。
表-4
リブフレーム耐力一覧(試験結果)
試験体4体の水平耐力の平均値は12.0kNで終局耐力計
算値1)とほぼ一致する。設計用の降伏耐力は終局耐力の
75%とする3), 4)。表-4に試験から得られた耐力を整理して
示す。ここで一般仕様の耐力はE70相当材を意味する。
23
GBRC Vol.34 No.4 2009.10
2.2
リブフレームの固定
ピンを両端固定として圧縮または引張する外力(W)
リブフレームの集合体としてのモノコック構造体が有
を3角形分布荷重とすれば、最大モーメントは、M=5・
効に機能するためには、リブフレームとコーナーアング
W・L/48となり、降伏モーメントMy(=32.5kN・cm)
ルとの接合部が十分な強度と変形性能を有する必要があ
に達するのは、ピンの外力Wが41.6kN(=Wy)の時で
り、以下に固定部の強度特性について検証する。
ある。
2.2.1
2.2.3 ピン貫通部分木材の耐力
接合部に働く応力
リブフレームは図-5に
ピンが上下または左右にWの力で移動する時、貫通孔
示すようにコーナー4カ所
周りの木材および仕口鋼板が支圧(めりこみ)で抵抗す
(リブフレーム仕口)の中
るので、この降伏抵抗力を求める。また併せてピンの縁
心位置で1本のピン(貫通
端部が外側へ抜け出す耐力も検討する。
ボルト)にて固定される。
1)貫通孔まわりの抵抗要素
水平力Qを受けたときに各
仕口鋼板(SS400)
3.2mm厚
支点に生ずる反力がピン
木材(スギE70相当)
36mm厚×2
の負担する応力であり、
貫通孔の径
25mm
鉛直と水平の2方向の力で
縁端距離
75mm
ある。リブフレームせん
断力に対する鉛直反力と
2)支圧耐力
図-5
リブフレームの
支点反力
木材のめりこみ強度=6N/mm2、圧縮強度=25N/mm2、
水平反力はリブフレーム
せ ん 断 強 度 = 2 N / m m 2、 鋼 板 の 支 圧 強 度 を F / 1 . 1 =
の高さHと幅Bの比率によって決まり、4点ともそれぞれ
213N/mm2
等しい大きさになる。これに対して接合部は鋼製のコー
るとして支圧耐力Fpを計算することができる。
ナーアングルおよびガセットプレートが十分の強度と剛
性を有しているので、接合部の強度特性はピン(貫通ボ
とすれば、貫通孔の直径dの範囲で等分布す
Fp=25mm×
(213N/mm2×3.2mm+25N/mm2×36mm+
6N/mm2×36mm)=44940N → 44.9kN
ルト)の曲げせん断耐力あるいは木材へのめり込み耐力
3)縁端部せん断耐力
または縁端耐力にて決定する(図-6参照)。ただし仕口
貫通孔の縁端部せん断耐力は木材のせん断耐力(2面)
部は鋼板(3.2mm厚)を挟んで2枚の木材(繊維方向お
よび繊維直交方向:各36mm厚)から成っている。
と鋼板の支圧耐力を足し合わせて求まる。
Qp=25mm×3.2mm×213N/mm2+2面×75mm×72mm
×2.0N/mm2=38640N → 38.6kN
4)リブフレーム仕口のせん断耐力
リブフレーム仕口の端部では片側の木板がつながって
おらず、鋼板3.2mmと木板36mm(繊維直交方向)の直
接せん断耐力和にて検討する。
鋼板
Qy1=3.2mm×130mm×135N/mm2=56160N
木板
Qy2=36mm×150mm×2N/mm2=10800N
両者の和をとって、仕口のせん断耐力はQy=66.9kN。
上記の計算から2-36×150部材のリブフレームは縁端部
のせん断耐力で決まり、Qp=38.6kNが接合部耐力となる。
同様にして2-36×180部材(縁端距離90mm)のピン貫
図-6
固定部の抵抗機構(寸法単位:mm)
通部耐力を求めることができるが、ここでは縁端部せん
断耐力がQp=43.0kNとなるので、ピンM24(仕上げボル
2.2.2
ピン(貫通ボルト)の耐力
ト4.8)の降伏耐力Wy=41.6kNで接合部耐力が決まる。
2
ピンは仕上げボルト4.8(F=240N/mm )、径をM24と
2.3
モノコック構造体の体系化
する。ピンのスパンLは(リブフレーム幅+3mm)=
以上でリブフレームとその固定部の定量的な評価が可
75mmで計算する。リブフレーム断面は2-36mm×
能となり、モノコック構造体の主要構成部をパラメトリ
150mmとする。
ックに変化させて、システムとしての体系化を行うこと
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GBRC Vol.34 No.4 2009.10
ができる。パラメーターはリブフレームの断面およびス
求される。リブフレームの固定部ディテールを図-9に示
パン・階高などの寸法と固定部の仕様(金物・鋼製部材)
す。
である。
2.3.1 リブフレームのパラメーター
リブフレームの曲
げ強度は、木材強度
および図-7に示す仕
口の構成材料(仕口
鋼板と釘)によって
支配される。試験お
よび解析 1 ) により求
まった仕口の曲げ性
能一覧表を表-5に示
す。仕口の性能がわ
図-9
図-7
リブフレーム固定部ディテール
リブフレームの仕口
かるとスパンや階高
に応じてリブフレームのせん断耐力が把握でき、耐震補
強や耐震シェルターの基本性能が定量的に評価できる。
2.3.3
モノコック構造体のシリーズ
リブフレームとコーナーアングルおよびその連結固定
ただし、耐震シェルターのようにリブフレームが鉛直力
部をパラメーターとして、標準Podシリーズのほか高強
を支持する場合は、座屈耐力が支配的になるので注意を
度Pod(耐震シェルター)や小型のリブフレームを連結
要する。
したj.Podウォールなど多彩な建築計画が可能なユニット
表-5
リブフレーム仕口の曲げ性能
シリーズが可能となった。
図-10は標準Podのシリーズである。標準Podは奥行き
方向に3mのコーナーアングルを用いたもので、耐震シェ
ルターのように高い鉛直支持能力が求められる場合(外
端部がダブルフレームで座屈止め数が多い)を含んでい
る。また大スパン架構の壁面に用いるj.Podウォールも同
2.3.2 Podにおけるリブフレーム固定部
様のシリーズとすることができる。
リブフレームを連結
してモノコック構造体
を構成するには、図-8
のような鋼製部材のコ
ーナーアングルを用意
する。標準のユニット
ではリブフレームを
455mmピッチで7本連
図-8
コーナーアングル
結するので、コーナー
アングルは3mの長さ(ユニット連結の余長含む)になり、
部材断面はL-130×130×9(耐震シェルターのような高強
度仕様ではL-150×150×9または12)である。コーナーア
ングルは工場でリブフレーム固定用のガセットプレート
が溶接されており、その貫通孔にボルトを通してリブフ
図-10
標準Podのシリーズ
レームをナット定着する。貫通孔とリブフレームの固定
孔は1mm以下の精度で製作されているので、モノコック
ユニットの組立に当たってはかなり厳しい施工精度が要
これに対して住宅などで小部屋やバルコニーに用いる
ミニサイズのPod(図-11)もシリーズ化している。
25
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3.j.Pod耐震シェルターの開発
3.1
耐震シェルターの目的
耐震シェルターの設置は、木造住宅において「セーフ
ティネット」を張ることであると定義することができる。
すなわち老朽化しすでに耐震性がほとんどないと診断さ
れる住宅であっても、そこに暮らし続けざるを得ない災
害弱者(身体的に不自由な場合、あるいは経済的・社会
的に弱い立場にいて自力では耐震改修はおろか災害時に
避難も困難な人たち)を地震被害から守るためのセーフ
ティネットである。木造住宅には強度型や変形型あるい
はエネルギー吸収型などさまざまな抵抗機構があり、全
図-11
ミニPodのシリーズ
国で過半を占める住宅構法でありながら、その倒壊に対
する安全基準は統一された考え方が存在しない。
リブフレームのサイズは木材市場で4mもの、3mもの
と呼ばれる材料を基本に考えているので、製作や運搬の
効率からいえば制限があり、表-6のような内法寸法を製
作・施工金物とともに標準化している。これらの標準資
材により、一般の戸建て住宅や低層(3階建て以下)の
木造建築の耐震改修や新築工事にすべて対応できると思
われる。
表-6
リブフレームのサイズ(単位:mm)
図-12
耐震シェルターの機能
図-12は文献3)における耐震シェルターが備えるべき機
能を示している。すなわち耐震シェルターは既存建屋の
構造躯体から分離しており、住宅の耐えられる水平荷重
なおユニットの標準化・シリーズ化に伴って、主要構
や水平変形に関係なく、住宅が万が一崩壊しても局所的
成部材以外の補助部材(釘や木ねじ、プレート類)もす
な安全避難空間を提供する。主として上部の落下物から
べてメーカーによる試験を経て強度確認を行っている。
人身を守ることができる。
また金物の防錆仕様についても高耐久性に配慮してステ
ンレスまたはクロムフリーメッキ処理としている。この
うち表-7に示す木ねじについては、木材の種類を変えて
強度実験を行って本システム専用として使用している。
上記の設置目的から、構造体が具備すべき要件として
下記の7つが挙げられる。
1)水平耐力:震度6強以上の地震動を受けても倒壊し
ないこと
2)既存の住宅とは構造的に縁を切ること(あるいは
表-7
j.Podシステム専用の木ねじ
クッション材などを挟むことにより衝突時の衝撃
緩和措置がなされること)
3)屋内に設置する場合、2階以上部分の落下(衝撃力)
に耐える鉛直耐力を保有していること
4)おなじく屋内に設置する場合、上部(2階以上)の
荷重を載荷した状態で安全性を有すること
5)耐久性については、屋内に設置する耐震シェルタ
26
GBRC Vol.34 No.4 2009.10
ーは建築基準法の規定に従うが、屋外設置型は期
限界変位以上の隙間を設けることにより、水平方向の衝
限付き構造物(仮設構造物)の規定による
突はないと考える。しかし上階は水平方向へも速度を持
6)コスト的に安価で、設置工事および解体撤去も容
ちながら耐震シェルター上に落下するので、耐震シェル
易であること(屋内での組み立て・解体が可能)
ターには大きな水平荷重が加わる。また耐震シェルター
7)付帯設備はできるだけ軽微にし、屋外設置型では
に対する上階の偏心落下も、外力条件として鉛直荷重と
被災時の出火および延焼防止がなされていること
水平荷重を同時に考慮することで安全性を確保できる。
ここでいう屋外型の耐震シェルターは応急的な仮設構
これらの水平外力を上階の落下方向が45°に相当するも
造物であり、屋内型の耐震シェルターとは想定外力や安
のと考えれば、水平耐力(Qre)は鉛直耐力の1/√2倍、
全条件がおのずから異なる。以下に述べる耐震シェルタ
すなわち
ーの構造要求性能はすべて屋内型を想定している。木造
住宅のセーフティネットとして用いる耐震シェルターは
実大試験もしくは構造計算によってその構造性能が検証
Qre = 1/√2×S×7.5 = S×5.25(kN)
つまり3階建て木造住宅の1階でベースシェア係数0.7に
相当する水平耐力が要求される。
されていなければならない。耐震シェルターの構造性能
3)検証法
について定まった定量的評価法はないが、ここでは上記
安全性を検証するための実大試験には、さまざまな方
の7つの条件を満たすような定量的性能値の考え方を示
法が考えられる。上記に述べた鉛直荷重支持能力および
す。
水平荷重支持能力について破壊試験によって確認するこ
とや、S×7.5kN/m2の積載荷重を設置した実大モデルを
用いて振動実験を行うことが考えられる。構造計算は振
動実験と同じく、S×7.5kN/m2の上載荷重を受ける耐震
シェルターの耐震安全性を鉛直方向および水平方向につ
いて検証する。なお上階の落下が必ずしも垂直でなく、
耐震シェルターにとっては偏心載荷となる可能性が高い
ことから、ねじれ変形や座屈耐力に注意する。
3.2
実大加力試験
j.Pod耐震シェルターの性能を検証するために、木材お
図-13
よびねじ類の材料実験、リブフレームの水平載荷試験と、
耐震シェルターの要件
j.Pod耐震シェルター(単体)の鉛直方向と斜め方向から
図-13のように2階建て木造住宅の1階にシェルターを
の載荷試験を
(財)
日本建築総合試験所に委託して行った。
設置する場合を考え、以下の手順で耐震安全性を検証す
鉛直載荷試験
2008年8月7日
る。
斜め載荷試験(フレーム方向)
2008年10月30日
1)鉛直荷重支持能力(鉛直耐力)
斜め載荷試験(フレーム直交方向)2008年10月31日
既存の木造住宅の強度が不足して倒壊した場合、2階
なおここに示す一連の実大試験は平成20年度国土交通
床から上部は耐震シェルター上に落下する。落下する高
省地域木造住宅市場活性化推進事業に採択され、その交
さに依存するが、耐震シェルターは上階の落下に伴う衝
付金によって実施したものである。
撃荷重を受けることになる。つまり耐震シェルターは
3.2.1
試験体
[上載荷重×衝撃係数]に耐えなければならない。よっ
試験は鉛直載荷、フレーム方向斜め載荷、フレーム直
て衝撃係数を1.5とすれば、耐震シェルターの負担する部
交方向斜め載荷の3ケースについて行った。一般建築用
2
2
屋面積をSm 、既存住宅の質量を2.5kN/m として、必要
のユニットは、7本のリブフレーム(@455mm)で構成
な鉛直耐力(Nre)は次式で表せる:
するが、耐震シェルターはリブフレームを高強度の木材
2
Nre = 1.5×S×2.5kN/m ×2階 = S×7.5(kN)
(E90相当)とし、コーナーアングルとの接合も高強度の
つまり耐震シェルターおよびその基礎は3階建て木造
ピン(仕上げボルト6.8)を用いる。当試験では奈良産ス
住宅の1階部分と同じ程度の支持能力が要求される。
ギ(表-3のSN同等材)を使用した。また両サイドは2フ
2)水平荷重支持能力(水平耐力)
レームを一体化し、合計9のリブフレームで構成する。
耐震シェルターと既存構造体は水平方向に1階の安全
内法寸法はスパン2,730mm、高さ2,540mm、フレーム直
27
GBRC Vol.34 No.4 2009.10
交方向の外柱芯スパンは2,730mmで広さは4畳半を標準
外側からオイルジャッキにより対角に載荷する。フレー
形とする。鉄筋ブレースはM22をX型に設置する。斜め
ム直交方向載荷の場合は、同一形状の試験体を90度回転
方向載荷の試験体は図-14の標準型とするが、鉛直方向
して設置し、各ブレース構面の外側から同様にオイルジ
載荷の試験体は載荷装置の寸法制限のため、中央のリブ
ャッキにより載荷した。載荷は静的一方向加力とした。
フレームを2本減らして合計7とし、外柱芯スパンを
1,820mmとした。
図-16
試験装置(フレーム方向斜め載荷)
3.2.3 鉛直方向載荷試験の結果
柱頭部鉛直変位と載荷荷重の関係を図-17に示す。
図-14 耐震シェルター試験体
天井には24mmの合板を、床
には12mmの合板を木ねじで固
定している。座屈止めは3.2mm
のL形のプレートを介して、端
部の柱は5本の木ねじ、中間の
柱は2本の木ねじで固定した
写真-3
座屈止め
(写真-3)。
3.2.2
載荷方法
図-17
柱上部の鉛直変位量
写真-4は側面から見た最大
荷重時の状況である。図-17の
δvc、δvn、δvsはそれぞれ、
中央柱、左端柱、右端柱の柱
頭部鉛直変位の平均である。
中央部と両外端の柱では変位
の分布に偏りが生じている。
荷重が最大値821kNになっ
図-15 試験装置(鉛直載荷)
た時に、右端部の柱(ダブル
フレーム)中央の座屈止め接
試験装置を図-15および図-16に示す。鉛直方向は幅
1m×長さ4mの載荷ビームにて直上から加力する。
続部が破壊し左方向へ柱面外
写真-4
最大荷重時の状況
変形(座屈)が一気に進行し
斜め方向については、フレームを連結する上下のコー
た。同時に荷重が782kNに低下し実験を終了した。試験
ナーアングルに、ナイフエッジ加工を施したH形鋼(H-
終了後の柱に損傷や残留変形が見られなかったため、柱
200×200×5.5×8)を設置し、その両端をユニットの両
は弾性座屈であると考えられる。
28
GBRC Vol.34 No.4 2009.10
3.2.4 斜め方向載荷試験の結果
試験結果を図-18に示す。縦軸はロードセルの荷重値、
シェルターがカバーできる床面積は40m2になる。さらに
40 m2分の重量100kNを上載荷重とした状態で余震を受け
横軸は層間変形角R(γ:対角方向変位より計算した変
ても水平耐力は106kNであり、試験体ユニットは耐震シ
形角)を示す。Rとγは2構面の平均値である。
ェルターとして十分に機能することが確認できた。
表-8
3.3
試験結果の整理
耐震シェルターの適用
耐震シェルターは大阪府および大阪市において既存木
図-18
斜め方向載荷試験結果
造住宅の耐震改修法として、2009年度より補助金の対象
になっている。耐震シェルターはj.Podの場合、実験結果
フレーム方向はR
より鉛直耐力と水平耐力および斜め加力時の耐力がわか
が1/20radを超えた
っているため、図-19のように設置場所が決定すればそ
頃からリブフレー
の支配面積を算出して落下荷重を求め、3.1節に述べた方
ム仕口内の3.2mm
法でシェルターとして安全であるかどうかを定量的に判
鋼板が座屈し始め
断することができる。ただし居住性や2次災害防止への
た。R=1/9radで荷
配慮など設置に当たって考慮すべき事項は表-9のような
重が153kN(最大値)
チェックリストで押さえておかねばならない。
となり、オイルジ
ャッキのストロー
写真-5
フレーム方向載荷終了時
クの限界R=1/5rad
で試験を終了した。
フレーム直交方
向は荷重Pが約
170kNで引張側の鉄
筋ブレースが降伏
図-19 耐震シェルターの設置イメージ
したがその後も変
形が進行し、R=
写真-6
フレーム直交方向載荷終了時
1/8radで試験を終
表-9
耐震シェルターチェックリスト(例)
了した。最大荷重は206kNであった。圧縮側の鉄筋ブレ
ースは早期に座屈を起こしたが、いずれのブレースも破
断に至っていない。
3.2.5 耐震シェルター実大試験の考察
試験で得られた主な耐力を表-8に示す。フレーム方向
の水平耐力換算値は106kNで、リブフレーム耐力の9本
分=104.4kNにほぼ一致している。また、フレーム直交
方向の斜め方向耐力は鉄筋ブレースの降伏耐力に一致す
る。
木造住宅の地震時重量を2.5kN/m2、衝撃係数を1.5と仮
定し、フレーム斜め方向の耐力を150kNとすると、耐震
29
GBRC Vol.34 No.4 2009.10
4.リブフレームを用いた耐震補強
4.1
行えばかなりの耐震性能向上を図ることが可能となる。
リブフレームの復元力特性と固定法
リブフレームの復元力特性については2.1節に述べたよ
うに部材断面と架構寸法に応じて適切に設定することが
できる。文献 4)では単位フレーム(1.82m幅×2.73m高)
について図-20のように設計用の復元力特性を設定して
いる。なおスギ材はJAS等級によるE70相当材(含水率
20%以下)を用いている。
図-22
京町家の耐震改修計画事例
伝統的な木造軸組建物の耐震改修を行う場合、文献 4)
による限界耐力計算を用いて改修設計を行うことが望ま
しいが、建築防災協会による一般診断法を用いて簡略的
図-20 リブフレームの設計用復元力特性
に必要な壁量を確保することも行われている。そのため
にリブフレームの復元力特性から等価な壁強さ倍率に換
ただし標準品の寸法は表-6によるので実施適用に当た
っては寸法による耐力補正が必要である。また上下の固
定部金物は図-21による。
算すれば、2-36×150部材で約1.8kN、2-36×180部材で約
2.5kNとなる。
多くの人が集まる社寺建築や戦前から存続する木造長
屋などの耐震改修を促進することは緊急の課題である。
空間構成を変えずに耐震改修するためには、過度な剛性
を持たず耐力と変形能力に優れたリブフレームと適度な
制震ダンパー3)を併用して補強するのが現実的であると
考えられる。写真-7〜10はその事例である。
図-21 リブフレーム固定部金物詳細
4.2
写真-7
大阪市内の戦前長屋
写真-8
同左(別棟)
耐震改修工事の事例
j.Pod耐震シェルターの主要構造部材であるリブフレー
ムは鉛直荷重を支持し、また水平力に対して大きな耐力
と変形能力を有する耐震補強部材として利用が可能であ
る。たとえば京町家(京都市内に2万棟以上残存)では
狭い間口で耐震壁要素を増設することが難しいが、通り
庭の空間を利用して図-22のようなリブフレーム配置を
30
写真-9
名張市の公民館
写真-10
宇多津町の寺院庫裡
GBRC Vol.34 No.4 2009.10
5.j.Podシステムの建築物への展開
5.1
生産体制
すると1,055kNになるので、3階建て以上の中層建築も建
設が可能である。ただし水平剛性を確保するためRC造な
j.Podシステムの主要構成資材は地域産のスギ材と鋼製
どの耐震コアや制震装置を併設する配慮も必要となる。
部材および金物類である。鋼製部材などはすでに市場が
図-24は3階建ての公営住宅団地計画のスケルトンを示
確立しており安定的な供給は問題ない。本事業では地域
している。3階建てでは最下層に耐震シェルターのよう
産のスギ材を一定の品質(強度および含水率)を確保し
な端部ダブルフレームの高強度Podを配することにな
つつ安定的に供給できるルートを確立すべく、大阪府近
る。
辺から可能な各地を訪問してデータを蓄積した。当面の
生産拠点としては、四国(高知県吾川森林)からの供給
ルートを確保し、リブフレームの製作は香川県内および
兵庫県内、奈良県内の製材工場にて行える体制を整えた。
これらの供給体制は3件の試験施工にて実証した。ただ
しスギ材の生産拠点としては大阪府近郊の兵庫県・京都
府・奈良県・和歌山県などからも可能であり、原木伐採
→集積→製材→乾燥→リブフレーム製作→現場搬送→
Pod組立・連結の一連作業をトレースできる体制をとっ
ている。
5.2
低層住宅(平屋および2階建て)
図-24
木造3階建て集合住宅
低層の住宅やモデル
建物は京都大学構内に
さらに高層化を
数棟(2005〜2006年度
図るためには、防
竣工)、兵庫県姫路市
火面での計画が伴
(清水谷第3団地20戸・
わなければならな
2)
2007年3月竣工) にあ
い。エレベーター
り、また京都市内でも
コアや中廊下部分
新築の戸建て住宅が竣
で防火区画を図
工している(2007年
り、構造的なバラ
度)。
図-23 標準(2階建て)住宅
図 - 2 3 は筆者らで作
ンスを考慮すれ
ば、図-25のよう
成した約30坪の標準住宅(骨組図)である。内法間口2
な8階建て集合住
間の標準Podを3Pod連結し、2層積みとする。階段や玄
宅も可能と考えら
関は在来木造軸組で架構を組み、耐震性能はPodで確保
れる。
する標準的な設計手法で作成した。住戸内に構造壁を一
5.4
j.Podウォールは
のGAPで取ることができる。構造体に用いる木材量は在
幅の小さいPodを複
来工法より多くなるが、コストはシステムの標準化によ
数重ねて壁柱を形成
り在来工法と同等になった。この設計手法を用いて、さ
し、大断面の梁材や
らに低コストで多様なプラン(坪庭を持つ町家型プラ
トラス(鉄骨造含む)
ン・郊外型ファミリープラン・狭小敷地対応プランな
を掛け渡して大空間
ど)を数名の建築家に依頼して作成中である。
を形成する計画
中高層集合住宅
耐震シェルターの実大実験を通じてモノコック構造体
の高耐力が確認できた(表-8)。鉛直方向の座屈耐力を
標準タイプのj.Pod耐震シェルター(9フレーム)に換算
8階建て集合住宅
j.Podウォールを用いた建築
切設ける必要がなく、採光は間口の大開口またはPod間
5.3
図-25
(図-26)に用いるこ
図-26
市街地型店舗付き住宅
とができる。
さらに学校体育館や工場・倉庫建築のような大空間建
築も図-27のように計画すれば可能である。
31
GBRC Vol.34 No.4 2009.10
能保証へ向けて地域に根ざした地道な活動を行ってい
る。j.Pod工法協会の活動についてはホームページ
(http://www.jpod-eng.com/)に掲載しているが、実施
体制は図-28に示すとおりである。本協会は大阪および
近畿圏での生産供給・施工の体制であるが、今後は全国
的に工法を普及させるとともに、地域ごとに組織化を行
っていく予定である。
図-27 学校体育館
本工法の基本は我が国の伝統的な木造システムを踏ま
えた新しい耐震技術であり、生産供給面では地域に根ざ
6.おわりに
した循環型経済システムである。それはまた21世紀の基
我が国における木造住宅産業は、在来型の伝統的な木
幹産業と言われる環境事業(エコシステム)の側面を多
造軸組構法から外国産材を用いた輸入(金物)工法主体
分に有する。5章で紹介した多様な建築物の可能性は、
へと移行する動きが加速し、加えて地域木材産業の経済
さらに大きな技術的拡大を示唆していると考えられる。
的弱体化とあいまって、地域の循環型住宅システムが危
機的状況にあることは否めない。筆者らはこのような認
〔謝辞〕
識の元に、地震国である日本の木造住宅の特徴を踏まえ
耐震シェルターについて辻文三京都大学名誉教授およ
つつ、新しい住宅・建築システムを提供すべくビジネス
び河村廣神戸大学名誉教授からご助言を賜り、実大実験
モデルの構築を図っている。
の実施は(財)日本建築総合試験所に委託した。試験体の
製作・施工は(株)鳥羽瀬社寺建築および(株)染の川組に
組立試験を兼ねて担当いただいた。リブフレームの実験
は福山大学・鎌田輝男研究室にて実施した。また耐震シ
ェルターの実用化にあたり、国土交通省近畿地方整備局
建築安全課および大阪府住宅まちづくり部建築指導室な
らびに大阪市都市整備局企画部の関係各位にご協力とご
支援をいただいた。これら関係各位に厚くお礼申し上げ
ます。
【参考文献】
1)樫原健一・桝田洋子:木造モノコック構法の開発−リブフレ
ームの復元力特性(2題),日本建築学会大会学術講演梗概集
(関東),No.22073-22074,2006.9
2)樫原健一・桝田洋子:木造建築の新しい工法-j.Podモノコッ
クシステム,建築人(大阪府建築士会),2006.12
3)樫原健一・河村廣:木造住宅の耐震設計-リカレントな建築
をめざして,技報堂出版,pp.4-8,2007.3
図-28
j.Podシステムの実施体制
そのため2007年1月に設立した特許管理組織である有
限責任事業組合j.Podエンジニアリングを中心に、数名の
フェローを加えて積極的な研究開発活動を経て、2008年
10月に16の民間会社からなるj.Pod工法協会を国土交通省
および関係行政庁の支援の元に設立した。協会に所属す
る企業は地場のゼネコン・住宅会社や関連部品のメーカ
ーおよび建築(構造)設計事務所であり、品質確保・性
32
4)日本建築構造技術者協会関西支部木造住宅レビュー委員会:
大阪府木造住宅の限界耐力計算による耐震診断・耐震改修に
関する簡易計算マニュアル,大阪府建築士会講習会テキスト,
2008.9
5)樫原健一:木造の可能性−デカルトの「方法」をめぐって,
建築と社会(日本建築協会),2008.10
6)樫原健一・桝田洋子・金丸沙映・鎌田輝男:スギ材を用いた
木造モノコックユニットの耐震性能検証-(1)部材構成と接
合部の強度特性・(2)リブフレームの水平載荷実験・(3)モ
ノコックユニットの実大実験,日本建築学会大会学術講演梗
概集(東北),No.5530-5532,2009.8