MARKET INSIGHTS Market Bulletin 2015年6月3日 コーポレートガバナンス・コード(下) 長期停滞と金融市場の不安定性の呼び水か 要旨 • 経済規模の伸びが鈍化する中でも、投資家がこれまでと変わらない業績の 伸びやリターンを求め続ける場合、企業はマージン(利益率)を拡大させる ほかなく、寡占や労働分配率の低下が進み、消費の鈍化が設備投資や生 産性の鈍化につながって、経済の長期停滞が続く可能性があります。 • 同様の理由から、企業は資本の還元を進めると見られ、還元された資本の 新しい受け入れ先がない場合、株式市場の需給引き締まりや、貯蓄の増 加が招く低金利を通じて、株価が押し上げられ、これが金融市場の不安定 化につながる恐れがあります。 コーポレートガバナンス・コードが何をもたらすか 前回のレポートでは、結びとして、上場企業へのコーポレートガバナンス・コー ドの適用開始により、 生き残る日本企業の収益性は高まり、 資本の還元が進む Yoshinori Shigemi ことで、日本の株式市場は追い風を受けるとしました。 Global Market Strategist Market Insights 日本企業の収益性や資本効率の指標に改善の余地がある以上、世界の投資 家は日本の株式市場で収益機会を模索しない理由はありません。また、経営 者自身にとっても、幅広い層の投資家を受け入れることで、自社の事業・収益 目標が明確になり、なおかつ、事業に関する、より多くの助言や提案を受けら れる点でプラスです。 ただし、コーポレートガバナンス・コードと、これに続く収益性や資本効率の改 善が、同コードが対象としている「株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等」に とって望ましいかどうかは判然としません。 Guide to the Markets Japan のダウンロードはこちらから www.jpmorganasset.co.jp/guide 本レポートでは、この点について検討します。 MARKET BULLETIN | JUNE 3, 2015 M&Aやコストカットが進み、マージンが改善する① 前回のレポートで、日本企業のROEが他国に比べて低い要因はマージン (利益率)と指摘しました。マージンとは1単位のモノやサービスを販売する ときに得られる利益です。高いマージンは、 単価を維持する→M&Aなどで競争を減らし、価格支配力を高める 単位当たりの生産コストを下げる→人件費を中心にコストを削減する ことで実現することができます。 前者については、日本のみならず、その他の先進国や中国などを考えても、 経済規模=売上高=パイの伸びは鈍化が見込まれます。全体のパイ=売 上高が伸びない中で価格の引き下げ競争が始まると、企業の利益はやが て消滅します。パイが伸びにくい中で利益を確保するには競争を減らし、価 格を維持するほかありません。持ち合いの解消や買収防衛策の撤廃が促 され、本格的な競争にさらされると、日本企業による海外企業の買収のみ ならず、その逆の、海外企業による日本企業の買収も進むと見られます。 後者については、図1・図2を見ると、日本の労働分配率(国内所得に占め る雇用者報酬の割合)は米国に比べて高く、対照的に、資本分配率(株主 や個人事業主に帰属する営業余剰・混合所得の割合)は低いことがわかり ます。図1を見ると、日本の労働分配率が急上昇したタイミングはバブル崩 壊前後であり、その後、高止まりしていることがわかります。次に、なぜ、日 本の労働分配率が上昇し、高止まりしたのかを考えてみます。 図1:日本と米国の労働分配率 図2:日本と米国の資本分配率 70% 32% 68% 30% 米国 66% 日本 28% 64% 26% 62% 24% 米国 60% 22% 58% 20% '70 '80 '90 '00 '10 出所:内閣府、米経済分析局、JPモルガン・アセット・マネジメント 注:国内純生産に占める、雇用者報酬の割合 2 日本 '70 '80 '90 '00 '10 出所:内閣府、米経済分析局、JPモルガン・アセット・マネジメント 注:国内純生産に占める、営業余剰・混合所得の割合 C O R P O R A TE G O V E R N A N C E C O D E , S E C U L A R S TA G N A TI O N & F I N A N C I A L S TA B I L I TY MARKET BULLETIN | JUNE 3, 2015 M&Aやコストカットが進み、マージンが改善する② 図3で、1980年代後半から、日本の雇用者報酬と企業利益の動向を見ると、 バブル期前後に雇用者報酬は急速に増加、企業利益はさほど伸びず その後、雇用者報酬は緩やかな減少、企業利益はより大きく減少 しています。労働分配率が高まった要因は、次の2点に集約されます。 年功序列・終身雇用に、労働力のピークと高齢化がぶつかった(図4) 雇用者報酬は利益に比べて硬直的(景気低迷に柔軟に対応できない) 労働時間規制の適用除外(ホワイトカラー・エグゼンプション)の法改正な ど、労働市場の流動化や同一賃金・同一労働が進み、賃金や雇用はより 柔軟に変動すると見られます。 ここまでをまとめると、コーポレートガバナンス・コードの適用開始で、日本 企業が競争環境に置かれると見られ、加えて、経済規模の伸びがそれほ ど期待できない場合には、国内外でM&Aが生じて寡占が進み、人件費を 中心とする生産コストの削減が進むことで、企業のマージンは引き上げら れる可能性があります。 図3:日本の雇用者報酬と企業利益(兆円) 図4:日本の1人当たり賃金と中年層の労働力 108 43% 300 1人当たり賃金 (指数、2005年=100) 42% 250 104 雇用者報酬 102 41% 200 100 98 40% 労働力人口に占める 45-64歳の労働力の割合 39% 150 86 36% '95 '00 出所:内閣府、JPモルガン・アセット・マネジメント 注:企業利益は、営業余剰・混合所得を指す。 3 88 37% 50 '90 94 90 100 '85 96 92 38% 企業利益 106 '05 84 '90 '92 '94 '96 '98 '00 '02 '04 '06 '08 出所:総務省、厚生労働省、JPモルガン・アセット・マネジメント C O R P O R A TE G O V E R N A N C E C O D E , S E C U L A R S TA G N A TI O N & F I N A N C I A L S TA B I L I TY MARKET BULLETIN | JUNE 3, 2015 マージンの改善は経済の長期停滞を招く可能性 企業が価格支配力を強め、コスト削減を進めると、マージン(収益性)は向 上します。しかし、これには家計や労働者がしわ寄せを受けるという副作用 があります。寡占やコスト削減が進むと、物価の伸びが賃金の伸びを上 回ったり実質賃金の伸びが生産性の伸びを下回ったりして、購買力が目減 りしたり働く意欲が失われたりします。 一部の経済学者はこれが経済的な格差を拡大させ、家計の消費が伸びず、 経済の停滞=低成長が続いている要因と指摘します。M&Aやコスト削減 は企業自身の選択の結果と言えますが、企業にとってみると、家計の消費 が鈍いままでは、設備投資を積極的に進められません。これが結果として、 生産性と経済の停滞を長引かせる恐れがあります(→需要の低迷が供給 の低迷につながる)。 前々頁で見たように、米国では労働分配率の低下が続き、対照的に、株主 や経営者に対する配分が高まっています。因果関係を読み解くのは難しい ですが、景気循環やタイムラグをならすと、次の2点が明らかになります。 経済成長が鈍化傾向でも、利益は高めの伸びが維持される(図5) 企業利益の伸びは、雇用者報酬の伸びを安定的に上回る(図6) つまり、投資家は、経済規模の伸びが鈍化する中でも、これまでと変わら ない収益の伸びを求め、その裏側で、労働者の取り分が減っています。 図5:米国の経済成長率と企業利益の伸び 図6:米国の雇用報酬の伸びと企業利益の伸び 筆者メモ: 筆者メモ: 14% 景気後退が生じても、 経済成長率が鈍化のトレンドに 企業利益は雇用者報酬と なっても、企業利益の伸びは 企業利益の伸び 同じ程度しか鈍化せず、 以前並みの高い水準に留まる。 12% (前年比、5年平均、 景気拡大時は伸びが高い 1年先行) 本来、景気後退期には、 企業利益の伸び 10% 企業利益の伸びが雇用者 (前年比、5年平均、 報酬の伸びを下回ることで、 2年先行) 家計や労働者にとっての 8% 調整弁となることが期待される。 11% 10% 9% 8% 7% 6% 6% 5% 4% 4% 国内純生産の伸び (前年比、5年移動平均) 3% 雇用者報酬の伸び (前年比、5年移動平均) 2% 2% 0% 1% '87 '90 '93 '96 '99 '02 '05 '08 '11 '14 出所:米経済分析局、JPモルガン・アセット・マネジメント 4 '87 '90 '93 '96 '99 '02 '05 '08 '11 '14 出所:米経済分析局、JPモルガン・アセット・マネジメント C O R P O R A TE G O V E R N A N C E C O D E , S E C U L A R S TA G N A TI O N & F I N A N C I A L S TA B I L I TY MARKET BULLETIN | JUNE 3, 2015 投資家の役割と家計の役割 本来、企業経営者や投資家はリスクを引き受ける側である一方、家計や労 働者はリスク回避的であるために、そうした立場に留まることを選択してい ます。個々の企業の業績や、マクロ経済全体の景気が落ち込むときには、 企業経営者や投資家はダウンサイドの多くを吸収し、家計や労働者が被る 悪影響は小さくなることが期待されます。家計は雇用が安定的であること が予見されると、不要不急の消費や住宅投資という「家計にとってのリスク テイク」を行うことができます。 図6によれば、本来はリスクを引き受ける側の企業経営者や投資家が、 リスク回避を選択したはずの家計に対し、 「柔軟な雇用」を通じて、家計や労働者にリスクを転嫁する一方、 実質賃金の伸びを抑制し、リスクに見合わない報酬に留める という状況が生じている可能性があります。 (再掲)図5:米国の経済成長率と企業利益の伸び 筆者メモ: 経済成長率が鈍化のトレンドに なっても、企業利益の伸びは 企業利益の伸び 以前並みの高い水準に留まる。 (前年比、5年平均、 1年先行) 11% 10% 9% (再掲)図6:米国の雇用報酬の伸びと企業利益の伸び 筆者メモ: 14% 景気後退が生じても、 企業利益は雇用者報酬と 同じ程度しか鈍化せず、 12% 景気拡大時は伸びが高い 10% 8% 7% 8% 本来、景気後退期には、 企業利益の伸び 企業利益の伸びが雇用者 (前年比、5年平均、 報酬の伸びを下回ることで、 2年先行) 家計や労働者にとっての 調整弁となることが期待される。 6% 6% 5% 4% 4% 国内純生産の伸び (前年比、5年移動平均) 3% 雇用者報酬の伸び (前年比、5年移動平均) 2% 2% 0% 1% '87 '90 '93 '96 '99 '02 '05 '08 '11 '14 出所:米経済分析局、JPモルガン・アセット・マネジメント 5 '87 '90 '93 '96 '99 '02 '05 '08 '11 '14 出所:米経済分析局、JPモルガン・アセット・マネジメント C O R P O R A TE G O V E R N A N C E C O D E , S E C U L A R S TA G N A TI O N & F I N A N C I A L S TA B I L I TY MARKET BULLETIN | JUNE 3, 2015 資本の還元は長期停滞と金融市場の不安定性を招く 家計や労働者へのしわ寄せを通じたマージンの改善と共に進むのが、配 当増加や自社株買いなどの株主還元を通じた資本効率の改善です。 米国で株式を買い越している主体は、国内外の個人や機関投資家ではな く、企業自身であり、企業は株主還元を積極的に進めています(図7)。 先に見たように、人口の伸び鈍化や資本ストックの積み上がりで、パイの 拡大や資本の収益率の上昇が期待しづらい中でも、投資家が企業に対し てこれまでと同様の高い業績やリターンを求め続ける場合、企業は投資で はなく、資本の還元を選択します。資本の還元は、株式の需給引き締まり を意味することから、株価の上昇要因となり、株主にとっても企業経営者の 報酬にとってもプラスに働きます。 一方で、企業の投資が進まないことは、生産性やイノベーションの低迷に つながります。これは経済が長期に停滞する要因となります。 経済成長やイノベーションへの期待が乏しいために、起業や前向きな増資 が進まず、マクロ経済全体で見て、還元された資本の新しい受け入れ先が ない場合、株式市場の需給引き締まりや、貯蓄の増加が招く低金利を通じ、 株価はさらに押し上げられる一方、投資は乏しいまま経済の低迷は続く恐 れがあります。言い換えれば、この過程で生じる株価上昇は需給要因によ るものであり、実体経済(ファンダメンタルズ)の改善を反映したものではあ りません。むしろ、株価が上昇する分だけ、金融市場は不安定になる恐れ があります。 過剰な貯蓄や投資機会の枯渇で低成長・低金利環境が続く中、金融市場 が何らかの大きなショックを受ける場合には、政策当局にとっては景気刺 激の手段が限定的になり、実体経済がさらなる下方リスクに晒される恐れ があります。 図7:米国の資本フロー(株式、億ドル、2014年) 売り越し 海外部門 年金基金 -3,124 政府部門 -6,000 -4,000 買い越し 非金融事業法人 -1,356 -472 4,229 ETF 家計 その他の ・NPO ファンド -2,000 0 金融機関 2,000 出所:米連邦準備理事会、JPモルガン・アセット・マネジメント 6 C O R P O R A TE G O V E R N A N C E C O D E , S E C U L A R S TA G N A TI O N & F I N A N C I A L S TA B I L I TY 787 4,000 6,000 MARKET BULLETIN | JUNE 3, 2015 日本の投資家にとっての示唆は難しいが・・・ 日本の個人投資家にとっての示唆は難しいですが、企業によるマージン確 保(寡占による価格高止まりや、人件費削減など)で奪われるパイを取り戻 すために、投資家になることが挙げられます。また、需給要因とはいえ、資 本の還元も、株価の上昇要因です。 一方で、これからも投資家がこれまでどおりの業績やリターンを企業に求 め続け、マージン確保や資本の還元が続く場合には、経済の低迷が続く一 方で、株価は高止まりする分、資産市場が何らかのショックで急落する可 能性もあります。 投資家は引き続き、適切な分散を進めることが望ましいと考えられます。具 体的には、株式やREIT、ハイ・イールド債券などのリスク資産のみならず、 安全資産(先進国国債)への配分を進めることが推奨されます。 7 C O R P O R A TE G O V E R N A N C E C O D E , S E C U L A R S TA G N A TI O N & F I N A N C I A L S TA B I L I TY MARKET INSIGHTS 本資料は、JPモルガン・アセット・マネジメント株式会社が作成したものです。2015年6月3日時点におけるJPモルガン・アセット・ マネジメントの見通しを含んでおり、将来予告なく変更されることがあります。「JPモルガン・アセット・マネジメント」は、JPモルガ ン・チェース・アンド・カンパニーおよび世界の関連会社の資産運用ビジネスのブランドです。 過去のパフォーマンスは将来の成果を保証するものではありません。本資料に記載のすべての予測は例示目的であり、投資 の助言や推奨を目的とするものではありません。意見または推計、予測、金融市場のトレンドに係る記載は、作成時点の市 場環境下での我々の判断に基づいており、将来予告なく変更される場合があります。記載された情報の正確性および完全 性を保証するものではありません。本資料はいかなる金融商品の売買も推奨するものではありません。見通しや投資戦略は すべての投資家に適合するものではありません。特定の証券、資産クラス、金融市場の関する記載は例示を目的とするもの であり、これらの推奨または投資、商品、会計、法務、税務に係る助言を目的とするものではありません。JPモルガン・チェー ス・アンド・カンパニー・グループはこれらに関して責任を負うものではありません。記載された見通しはJPモルガン・アセット・マネ ジメントによるものであり、JPモルガン・チェース・アンド・カンパニー・グループの他のグループ会社または他の部門の意見を必ず しも反映していません。 「J.P.モルガン・アセット・マネジメント」は、JPモルガン・チェース・アンド・カンパニーおよび世界の関連会社の資産運用ビジネスの ブランドです。本資料は、以下のグループ会社により発行されたものです。 香港:証券先物委員会の監督下にあるJFアセット・マネジメント・リミテッド、JPモルガン・ファンズ(アジア)リミテッド、JPモルガン・ アセット・マネジメント・リアル・アセット(アジア)リミテッド、インド:証券取引委員会の監督下にあるJPモルガン・アセット・マネジメ ント・インディア・プライベート・リミテッド、シンガポール:金融管理局の監督下にあるJPモルガン・アセット・マネジメント(シンガ ポール)リミテッド、JPモルガン・アセット・マネジメント・リアル・アセット(シンガポール)プライベート・リミテッド、台湾:金融監督管 理委員会の監督下にあるJPモルガン・アセット・マネジメント(タイワン)リミテッド、JPモルガン・ファンズ(タイワン)リミテッド、日 本:金融庁の監督下にあるJPモルガン・アセット・マネジメント株式会社(金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第330 号 加入協会:日本証券業協会、一般社団法人投資信託協会、一般社団法人日本投資顧問業協会)、韓国:金融委 員会の監督下にあるJPモルガン・アセット・マネジメント(コリア)カンパニー・リミテッド(韓国預金保険公社による保護はありませ ん)、オーストラ リア:証券 投資委員会の監督下に あるJPモルガ ン ・アセ ット・ マネジ メ ン ト(オーストラ リ ア)リミ テッ ド (ABN55143832080)(AFSL376919)(Corporation Act 2001(Cth)第761A条および第761G条で定義される販売会社に配布が限 定されます) 本資料は、配布される国・地域の法令や規則によって、受取人が他者に転送したり、他者に見せたりすることはできない場合 があります。 投資にはリスクが伴います。投資資産の価値および得られるインカム収入は上下するため、投資家の投資元本が確保される ものではありません。投資判断する際は、ご自身で調査、評価するか、もしくは投資助言を受けるようにしてください。本資料 が配布され、投資判断を行う国・地域で適用される法令諸規則に従う責任は受取人ご自身にあります。 © 2015 JPMorgan Chase & Co. jpmorganasset.co.jp/mi
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