保育園の遠足で実践 <ごちそうはどこだ> 柳河加奈子(東京都

保育園の遠足で実践
<ごちそうはどこだ>
柳河加奈子(東京都)
はじめに
わたしが非常 勤保育士 として勤務 している 保育 園は、ビルに 囲まれた 都心の一角 にあり 、
決して自然環 境には恵 まれていな い。人工 に作 られた園庭は 庭という よりはテラ スのよう
な作りで、ク ラス全員 で走り回っ て遊ぶこ とも 難しいほどの 狭さだ。 近所に公園 は複数あ
るが、車の交 通量の激 しい中にあ り、ペッ トの 糞やごみが山 積してい るところも 多く手放
しでは遊べな い。また 公園への往 復だけで 時間 がかかってし まい、長 時間、公園 で遊ぶこ
ともできない でいた。
とはいっても 、子ども たちの自然 に対する 関心 は強く、園庭 に置いて ある植木鉢 をひっ
くり返しては 、ダンゴ ムシやナメ クジを発 見し たり、蟻を見 つけては 大喜びをし ていた。
昆虫や植物の 図鑑も大 好きで、い つも熱心 に読 んでいた。自 然と接す ることが少 ない分、
好奇心は旺盛 で憧れも 強いようだ った。
そんな中、秋 の遠足で 小石川植物 園(東京 都文 京区)に行く ことにな った。小石 川植物
園は植物学の 教育・研 究を目的と する東京 大学 の教育実習施 設であり 、広大な敷 地にはた
くさんの木々 が繁り、 珍しい植物 もたくさ ん見 られる魅力的 なフィー ルドだ。そ こで思う
存分、子ども たちに自 然を触れさ せてあげ たい 、ネイチャー ゲームに も挑戦して みたいと
思い、上司に 相談した ところ、快 諾してい ただ けたので、わ たしが担 任をしてい る年少ク
ラスでネイチ ャーゲー ムを実験的 に実践す るこ とになった。
導入
何のゲームに しようか 指導員ハン ドブック の対 象年齢を参考 にして考 えたりもし たが、子
どもたちの様 子や下見 にいったと きに感じ た印 象、季節柄な どを踏ま えて「ごち そうはど
こだ」のアク ティビテ ィ にすること にした。
「ごちそうは どこだ 」はハンド ブックに よると 5 才からと出て いる。し かし、毎 日接して
いる気心しれ た子ども たちとの実 践である こと と、前日 から準備や 動機づけ もできる こと、
導入を工夫す れば、年 少児でも楽 しめるの では ないか、と思 いそれに 決めた。な によりわ
たしの好きな アクティ ビティ だったので、その 「思い」も大 切にした かった。
導入は、遠足当日で はなくて 前日の給 食前にある お話の時間に した。クラスの 雰囲気か ら、
物語性を持た せ、興味 をひくよう な話と演 出を 考えてみた。 とある森 に住むリス のリス太
郎から手紙が きた、と いう設定で 話を始め た。
「大変だよ! 保育園に リスのリス 太郎から 手紙 が届いたよ」 そういっ て持ってき た木の箱
の中から手紙 を取り出 して、子ど もたちに 見せ た。手紙は、 遠足の下 見で拾った 大きな柏
の葉にきらき ら光るラ メ入りのペ ンで直接 書い た。
「こ ん に ち は 。 ぼ く は リ ス の リ ス た ろ う と い い ま す 。 あ し た は え ん そ く な ん だ っ て
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ね。ぼくもあした
こいしかわしょくぶつえん
ね。ぼくのたからものを
にいくから
いっしょにあそぼう
いっしょにおくります。ぼくのすきなたべものはなんだ
かしっていますか?」
読み上げると「えーっ 、リスか ら手紙が きたの」と驚いて見た がったり 、
「リ スはどん ぐり
や松ぼっくり を食べる んじゃない の」など と手 をあげていう 子もいた 。その後、 リスが出
てくる絵本を 読んだり 、リスから の宝物と して 、箱の中に入 れておい た下見で拾 ったいろ
いろな種類の どんぐり や色々な木 の実、落 ち葉 などを見せた 。
それらは、部 屋に置い ておき、自 由に見ら れる ようにしてお いた。
● 子どもたちの様子と反省
導入の時間は 、遠足の お菓子詰め をみんな でし ていた後だっ たので、 なかなか興 奮が収ま
らず、ざわざ わした状 態での導入 になって しま った。時間が ここしか 取れないの で、決行
してしまった が、導 入は大切 なので 、もう少 し計 画的に考えて おけばよ かったと反 省す る 。
しかし、子ど もは聞い ていないよ うでも実 はち ゃんと聞いて いるらし く、給食を 食べる頃
になると「リ スにあっ たら、かけ っこを競 争し たいな。リス はぼくよ り早いかな 。でも僕
は木には登れ ないよな 」など話 し出す子 や、
「早 くリス太郎に 会いたい な、リス 太郎はリ ン
ゴを食べるの かな(給 食にリンゴ が出てい た)」 などと話だす 子もいて 盛り上がっ てい た 。
また、使用済 みの切手 を貼り、直 接葉っぱ に字 を書き、手紙 の末尾に は図鑑で調 べたリス
の足型をスタ ンプした こと。リス の写真を 同封 したことなど が子ども たちの心を つかんだ
ようだった。
給食の後もリ ス太郎の 手紙を何度 も読んで 欲し いとせがまれ たり、ど んぐりや木 の実を手
にして「明日 、わたし もこれを拾 うの」と 言う 子もいた。迎 えにきた 母親に説明 をする子
どもの姿もあ った。
とにかく明日 の遠足を 楽しみにし てもらい 、リ スとどんぐり の関係を さりげなく 知っても
らう。フィー ルドで見 つけられる 木の実や 落ち 葉の現物を手 にとって 見せる。い ろんな形
のどんぐりを 知っても らう。とい う導入の 目的 は果たせた。
当日の実践内容
年少クラス 20 人(3歳 8 名・4歳 12
名)と 私を含む保育 士4名で の遠足にな った。現
地では、まず はみんな で植物園を 散策した 。昨 日見た木の実 や落ち葉 などを探し たり、聴
診器で木の鼓 動を聞い てみたり、 大きな木 にみ んなで抱きつ いたり、 思いっきり 走り回っ
たりと、いつ もはでき ないような ことを思 う存 分した。そん な遊びの 中でも「リ ス太郎、
いないね」などといっ て木の上 を見たり 、
「 この どんぐりはリ ス太郎に あげるの 」と拾っ た
どんぐりをず っと手に している子 もいた。
休憩で子ども たちがト イレにいっ ている間 に、時 間を見計らっ て、私 だけは集 団から離 れ、
目星をつけた場所にセッティング(どんぐりを隠す立木のまわりをロープで囲んでおく
リス太郎から の手紙と どんぐりを 木のウロ に隠 しておくなど )をした 。そして、 準備が整
ったところで 全員を呼 んだ。
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●実 践 の 手 順
20 人をあらかじめ 3 つのグルー プに分け ておき 、1 つのグループに 保育士が 1 人入るよう
にした。子ど もたちが 集まったと ころで「 リス 太郎の手紙が 届いてい るはずなん だけど、
見た人いる? 」と話か けると、目 ざとい男 の子 が「あそだ! 」と木の ウロに入っ ていた木
の箱を見つけ 出してく れた。箱 の中には 、
「ご ち そうはどこだ 」で使う どんぐり と、リス 太
郎からの手紙 を入れて おいた。み んなの前 で手 紙を読み上げ る。
「うさぎ組のお友達へ
みんなおはよう!リス太郎です。今日は、とても楽しみにしていたんだけど、小石
川植物園にはいけなくなりました。ごめんね。この頃、急に寒くなってきたでしょ
う。だからぼくは冬の支度をしなければならなくなったんだ。冬になっても大好き
などんぐりが食べられるように、今からどんぐりをたくさん隠しておかないといけ
ないんだよ。そうしないとね、どんぐりのすきな熊とかカラスとかねずみとか他の
リ ス と か に 食 べ ら れ ち ゃ う か ら ね 。だ か ら 、ぼ く 、と っ て も 忙 し く な っ ち ゃ っ た の 。
どんぐりをうめたり、葉の下に隠したりしているんだよ。
みんなと遊べなくなっちゃったので僕の特別などんぐりを少しあげるね。箱の中を
見 て み て ! ( 実 際 に見 せ る と み んな 歓 声 を あ げ る )み ん な も こ の ど ん ぐ り を リ ス に な
って、森に隠してみてください。隠すときの注意を教えてあげるね。その一、誰か
にとられないように上手に隠すこと。
その二、でも自分で隠したどんぐりが見つ
からないと食べられなくなるから隠した場所 は覚えておくこと
そ の 三 、お 友 達 と
仲良く隠すこと。
で は ま た ね 。今 度
森 で 会 お う ね 。ど ん ぐ り 隠 す の が ん ば っ て ね 。
リス太郎より」
楽しみにして いたリス 太郎に会え ない、と いう ことでがっか りした子 もいたが、 思ったよ
り納得する子 も多く「 お支度で忙 しいなら しか たないよね」 とか「私 もどんぐり 隠してみ
たい」などと 言い出す 子もいた。
「リス太郎か らもらっ たどんぐり で、みん なも リスになって どんぐり を隠してみ る?」と
いうと、みん な乗る気 になった。 各グルー プに 入る保育士を ボスリス と呼んで、 子どもた
ちをフォロー してもら いつつ参加 してもら った 。隠すどんぐ りは 1 人 2 個として、1 つの
グループで 15 個とした。あ とは、おお かたマニ ュアル通りに ゲームを 展開した。
どんぐりをボ スリスと 数えたりす ることは 皆で 楽しくできた が、足し 算、引き算 の数字の
概念や比較は まだ難し いために前 より「少 なく なった」「増えた 」「と なりのグル ープより
多い」「 少ない」な ど言葉使 いを工夫 した。結局 、数個のどん ぐりが見 つからなか った。
わかちあいの ときに「 見つからな かったど んぐ りはどうなっ ちゃうの かな」と聞 いてみる
と、しばらく 考えてい た3歳の男 の子が「 成長 する!」と大 きな声で 言ったので びっくり
してしまった 。まさか 、3 歳児からそのよ うな 発言が聞ける とは思わ なかったか らだ。そ
の子の言葉を 受け、皆 をどんぐり の木の下 へ連 れて行き、芽 吹いて成 長した 20センチほ
どの高さの子 どものど んぐりの木 を紹介し た。 芽が出始めて いるどん ぐりも見つ けること
ができて、土 の中のど んぐりは成 長して、 やが て大きな木に なること もある、と 子どもな
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りに理解でき たようだ った。
また「どんぐ りを隠し ても他のリ スに取ら れち ゃうこともあ るね」と 言う子もい た。リス
のようにどん ぐりを隠 すことでリ スの生態 に興 味を持てれば 、それだ けで、今回 の目的は
達成できたと 思ってい たが、3 歳児でも「動物と 木の実の関係 について 学ぶ」
「貯蔵に よっ
て森の木々の 種が芽を 出すことが できると いう 仕組みを学ぶ 」という ねらいまで 触れるこ
とができるよ うだった 。
● 子どもたちの様子と反省
幼児なので、 隠すどん ぐりの数を 減らし、1 人 2 個としたが 、幼児の ほうが小学 生などに
比べてあまり 考えない で隠すので 、すぐ隠 し終 えてしまった 。また簡 単に見つか ってしま
うので、どんぐり の数は 1 人 4 個程度でもよか ったかもしれ ない。幼児だ からどんぐ りの
数を減らすと いう発想 は間違いだ った。
今回は、あら かじめ拾 っておいた どんぐり に白 いペンでトト ロの絵を 描いておい た。絵を
描くか、描か ないかで 迷ったが、 茶色いど んぐ りはカモフラ ージュさ れてしまう し、描か
れているほう が子ども にもわかり やすくな るの で、かえって よかった と思う。ま た、あま
ったどんぐり は遠足の 記念として お土産に 渡せ、
「リス太郎 からのど んぐり」と言って 好評
だった。
全体をふりかえって
ネイチャーゲ ームを展 開するにあ たって、 リス を擬人化する ことはど うなのだろ うか、と
悩んだことも あったが 、結果的に みると今 回の 方法はうまく いったと 思う。年少 児だから
こそ出来る、 導入や展 開の方法だ ったと思 う。
同僚からリス 太郎に会 えないのは かわいそ うだ から、ペープ サートで リスを作っ て、それ
をリス太郎と して登場 させるのは どうだろ うか 、と助言を受 けたが、 そこは本物 にこだわ
りたかった。 あえてリ ス太郎と出 会えない こと で、リアリテ ィをもた せ「未来」 につなげ
たかった。い つか本物 のリスと出 会ったと きに 、リスの存在 を近しい ものとして 感じられ
たり、リス について興 味が自然 にわくよ うにし たかった 。
(その 期待通り に、本物 のリスは
どの森に住ん でいるの だろうと、 母親と調 べて 会いにいった 子どもも 出てきた)
また 、 遠 足で の 実 施に あ たっ て は 、同 僚 の 保 育士 の 力 なく し て は実 現 でき な か った 。
今回 、 ネ イチ ャ ー ゲー ム のリ ー ダ ーは わ た し しか お ら ず、 他 の 保育 士 はネ イ チ ャー ゲ
ーム が ど うい う も のか も 知ら な か った 。 な の で、 二 人 の保 育 士 には 、 手順 や ね らい の
ほか に 、 ネイ チ ャ ーゲ ー ムに つ い て話 た り 、 レイ チ ェ ルカ ー ソ ンの 「 セン ス オ ブワ ン
ダー 」 の 話し な ど を引 用 して 、 理 解し て も ら える よ う に努 め た 。な の で、 と て も気 持
ちを く ん でく れ 、 子ど も たち を う まく リ ー ド しつ つ も 一緒 に 楽 しめ た よう だ っ た。 も
う一人の 保育士 には手順 のみを 説明し ただけ だったの で、
「勝 敗ゲーム 」の ように とら
えて し ま った と こ ろが あ り反 省 し た。 ネ イ チ ャー ゲ ー ム未 体 験 者に 、 サポ ー ト をし て
もら う と きは 、 手 順や ね らい だ け では な く 、 ネイ チ ャ ーゲ ー ム につ い ても き ち んと 説
明するべ きだと 感じた。
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今後の課題
遠足での経験 は、私の 保育観にも 大きな影 響を 与えた。自然 の直接体 験が大切だ というこ
とは知ってい たが、
「実感 」として は感じてい な かったかもし れない。喧嘩が絶 えず、集 団
で皆と同じこ とができ ない、落ち 着きのな い子 も多いクラス であった が、遠足中 は喧嘩も
起こらず、突 然いなく なる子もい なかった 。オ モチャも遊具 もない自 然の中で、 みんなニ
コニコ、瞳は きらきら 、そして互 いに優し かっ た。
いつもは汚れ るのを気 にする子も 泥だらけ にな って遊んだり 、すぐに 泣く子が木 の根っこ
に躓いてひど く転んで も泣かなか った。自 然に ぜんぜん興味 がないと 思っていた 子が、大
人もなかなか 見つけら れないよう な珍しい 木の 実をたくさん 見つけら れたり、い つも物を
取り合う子が 「2 つ拾ったから、1 つあげ るね 」と気前よく 木の実を 友だちにプ レゼント
している姿も 目にした 。
いつも反抗的 で、懐疑 的な子が、 リス太郎 に会 うことをとて も楽しみ にしていて 、リス太
郎にこっそり 手紙を書 いて持って きていた り、い つも目立たな い子が実 は自然に詳 しくて 、
まわりの子に 色々なこ とを教えて あげて注 目さ れたり。
日常の保育で は気づか なかった新 たな子ど もた ちの一面を多 く知るこ とができた 。
「場」の
力は大きいの だと思う 。子どもの 様子がこ んな にまでも激変 するとは 思わなかっ た。
また根強いフ ィードバ ックにも驚 いている 。遠足 から数ヶ月が 過ぎた今 でも「 リス太郎 は、
ちゃんとどん ぐりを食 べられたか な」
「もう 春だ から、リス 太郎も忙 しくない かな」とか「 あ
の と き見 つ か ら な かっ た ど ん ぐ りの 芽 は 大 き く な っ たか な 」「 ど ん ぐ りは 成 長 す る んだ よ
ね」など断続 的に話し をしてくる 。また、 リス に関する話に は敏感で あり、どん ぐりへの
思い入れもど のクラス より強い。
遠足で拾った ムクロジ の実でシャ ボン遊び をし たり、種でマ ラカスを 作ったり、 タラヨウ
の葉に手紙を 書いたり という遊び も発展し て出 来た。自然は 不思議で 面白いもの であるこ
とを子どもた ちは遠足 を境に感じ ることが でき ているようだ 。
わたしは前年 度までは 学童クラブ に勤務し てお り、保育園で 担任を持 つのは初め ての経験
だった。なの で小学生 と比べると 、幼児に ネイ チャーゲーム は難しい と構えてし まうとこ
ろがあった。けれど、今回「ご ちそうは どこだ」に挑戦して感 じたこと は、
「 ねらい」をは
ずさなければ 、工夫次 第で幼児な りのネイ チャ ーゲームがで きるかも 知れないと いうこと
だった。また 幼児期こ そネイチャ ーゲーム をは じめとする自 然体験は 大切なので はないか
という思いも 強くなっ た。
今後の課題と しては、 失敗を恐れ ずに、い ろい ろな方法を模 索しなが ら幼児を対 象とした
ネイチャーゲ ームを計 画していき たいと思 う。 また、日常の 保育の中 でも、自然 に親しめ
るような環境 作りを心 がけ、ネイ チャーゲ ーム をより楽しめ る土台作 りもしてい きたい。
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