105号 - So-net

Kohnan Wind Orchestra
港南吹奏楽団通信 しおかぜ
第105号
発行者 港南吹奏楽団理事長・常任指揮者
玉 谷 敏 弘
2009年12月6日(日)発行
歌劇「カルメン」−第4幕
エキゾチックな間奏曲(これが有名な『アラゴネーズ』)に続いていよいよ最終の第四幕です。場所は闘牛場。
出るわ,出るわ,物売りの集団,観客,ガキんちょ,闘牛士たち,馬まで,これらを雑然とかき混ぜてお祭り気分
が盛り上がります。ここのド派手なにぎやかしさがあとの惨劇を逆に引き立てます。
闘牛が始まろうとしています。物売りたちが「安いよ!安いよ!」と威勢良く客を引きます。次々と繰り出す闘
牛士たち,誰がどんな役目なのかを説明するような合唱が最高潮に達したとき,着飾ったカルメンをエスコート
して金ピカ衣装のエスカミリオ登場。ほんとにカルメン,お前という女は・・・。カルメンとの二重唱。面と向かって
愛していると言葉を交わす二人,ホセとはこんな場面一回もありませんでした。男を選び,男を捨てる女カルメン
と数知れない牛を殺してきたエスカミリオ,肉食系男女のご対面,お互いに相手が分かっていますから,ストレ
ートに愛の言葉が次から次に出てくるのです。「俺が好きなら,カルメン,今日は俺を誇りに思うぞ」エスカミリオ
は「俺が好きなら」と愛に関する選択権をカルメンに認めています。もちろん好きじゃないというわけないと確信
しているからですが(エスカミリオはいつも自信満々),「愛してくれるか?」と愛を乞うたホセとの違いは歴然とし
ています。ですからカルメンも「こんなに愛した男はいない」と遠慮なく甘い言葉で答えます(ホセにこんなセリフ
を言ったらエラいことになります)。しかし,ストーカー・ホセが群衆に紛れています。「ここにいちゃダメ,逃げて
ちょうだい」という友人の忠告を無視し,カルメンはホセと話をつけようとたった一人で待ちます。人気(ひとけ)の
なくなった広場,遠くから聞こえる歓声,不安をあおるオーケストラ,全てが破局を予想させます。
ヨレヨレのホセ登場,仕事も故郷も,母親も婚約者も全部失って,カルメンへの執着だけが彼を生かしている
と言っていいでしょう。長い長いカルメンとホセの二重唱『あんたね,俺だ』。ここから先は二人きりのドラマが続
きます。
「どこか遠くへ行ってやり直そう」とすがるホセ,「あんたと私は終わったの,それが分からないの?」と突き放
すカルメン,「どこか遠くへ行こう・・・」この言葉をカルメンは第二幕の居酒屋で聞きたかったのです。今更言わ
れても手遅れです。「お前を救って俺も救われたい」,カルメンは救ってくれなんて一言も言っていません。勝手
気ままなアウトロー暮らしはカルメン自身が選んだものなのですから。ホセが勝手にそう思いこんでいるだけで
す。自由な野の鳥はたとえ「愛」でできているとしてもカゴの鳥にはなりたくない。この男,まだカルメンを理解で
きていません。「もう俺のこと愛していないのか?」,こんな幼稚なセリフしか言えないホセ。カルメンはいくらだっ
てホセから逃げられたのに,なぜ一人でホセを待っていたのか,それがカルメンのホセへの愛なのです。命を
危険にさらしても,もう一度ホセと向き合おう,私は野の鳥なんだって,愛は持ち物じゃないんだって,終わった
ことは元には戻らないんだって言おう,そしてもう燃え尽きた恋にしがみついているホセ(何しろ萎れた花も捨て
られなかった男です)を解放しよう・・・,これはまぎれもない「愛」です。でも,ホセの「愛」は,一緒に行こう,俺は
お前のものでお前は俺のもの,という愛です。これではカルメンは「もう愛していない」と答える他ありません。「俺
はお前のもの」ってホセがいくら思ったって,カルメンがそんなもんいらん!と言えばそれまでだということが理
解できない哀れなホセ。
絶望的に噛み合わない二人の二重唱が長々と続きます。カルメンはここで初めてフランス風のきっちりとした
メロディーで,自分の本心をストレートに歌います。カルメンだってホセを忘れたわけじゃない。だって一度は真
剣に愛し合ったのですから。ただ,ホセがカルメンのものになるのは勝手ですが,カルメンは誰のものにもなれ
ないのです。
「何でもする,それが望みなら山賊だってやる,だから捨てないでくれ!」ホセはここでも取引を持ち出しま
す。第一幕のときからこの男,全然進歩していません。イラついたカルメンがホセを突き飛ばします。闘牛場から
どっと歓声が上がります。「あの男を愛しているのか?」「愛,愛,愛!あんた,愛が何か分かっているの?そう
よ,愛してるわよ!」ホセはついにどうにもならなくなります。「もう,うんざりだ!」「殺すの?それとも行かせる
の?」カルメンは選択を迫ります。そのどちらもできないからこそホセは苦しんでいるのですが,カルメンは容赦
しません。「自分で決めて!そうすれば自由になれる,あんたにも自由の意味が分かる,自由っていうのは自分
で決めて自分で生きるってことなのよ!」ホセは再び懇願します,「これが最後だ,俺と一緒に来るんだ!」,「私
を脅すの?それともまた土下座して頼むの?あんたは愛で私を縛ろうとしている,私はいやよ。ホセ,私はもう決
めたのよ,今度はあんたが決める番よ!」カルメンはホセの買ってくれた指輪を投げつけます。「こんなもの!」,
ホセは凍りつきます。「俺は自分で選ばなければならないのか?そうまでして俺に決めさせたいのか?カルメ
ン,お前はそれを望むのか?」二人の視線が絡まったまま時間が止まります。ホセの手にはナイフが握られま
す,カルメンが真っ直ぐ前に踏み出します。「自分で選ぶのよ,ホセ・・・,私は決してあんたから逃げない。」
ホセはカルメンを殺します。遠くから勇ましい闘牛士の歌がかすかに聞こえます。無人の広場に明と暗がスペ
イン流のくっきりとした鮮やかさで描き出されます。「俺の大事なカルメン・・・。」,動かなくなったカルメンの上に
ホセが崩れ落ちます。
(終演)
何だか,胸に突き刺さるオペラです。カルメンが悪い女,ホセがバカな男,どちらとも言えない。本物のオペラ
「カルメン」が見たくなってきました。(これまでの出典は,「すずめの部屋」オペラ日記。勉強になりました!)