学校におけるアートを通した子どもの理解と支援

学校におけるアートを通した子どもの理解と支援
ルートハンペ
(フライブルグカソリック大学)
(解題)市来百合子
(奈良教育大学 教育実践総合センター)
(翻訳)岡田珠江
(三重大学教育学部附属教育実践総合センター)
Art Therapy for School Students in Germany
Ruth HAMPE
(Katholische Fachhochschule Freiburg Catholic Univ. of Applied Sciences Freiburg)
Yuriko ICHIKI(Explanatory notes on the lecture)
(Center for Educational Research and Development, Nara University of Education)
Tamae OKADA(Interpretation)
(The Integrated Center for Educational Research and Practice, Faculty of Education, Mie University)
要旨:本稿は平成21年10月1日に奈良教育大学教育実践総合センター主催で行われた学術教育講演会の内容を第2筆
者がまとめ、解題を加えたものである。講演はDr. Hampeによって「学校でアートを用いた子どもの理解と支援」と
いう題目で行われた。その内容は、ブレーメン州立学校プロジェクトとして公立小中学校で、行動上の問題を持つ
子どもたちへの支援としてのイマジネーションと描画を用いた方法と事例についてであった。解題として、このア
プローチにおけるイマジネーションの部分とアートの活動の部分の2つの精神機能の意味について解説し、日本での
今後の適用の可能性などについて論じた。尚本稿は紙面に制限があるため、講義の内容を編集して記載している。
キーワード:アートセラピー Art Therapy, イマジネーションImagination
覚醒夢イメージ療法 Katathym Imaginative Psychotherapie
1.講 義
事例をご紹介したいと思います。
まず、Guided affective imageryについてご紹介し
1.1.感情誘導イメージ(覚醒夢イメージ療法)に
ます(これは感情誘導イメージというふうに訳されま
ついて
すが、これを使ったセラピーが、「覚醒夢イメージ療
このたびは、ご招待いただきまして、ありがとうご
法」というもので岡田が訳した本です。これは私がブ
ざいます。私は現在ドイツのフライブルグのカトリッ
レーメンに滞在していたときに学んで、日本に帰って
ク大学で教鞭をとっているRuth Hampeです。
から、同僚と翻訳をしました。日本で初めての翻訳で
す。どういうものかということをこれから紹介します。
今日は、2001年からブレーメンにおいて行っており
岡田氏補足)
。
ましたスクール・プロジェクトをご紹介しようと思っ
この方法より以前は、ジルベラーによる自動象徴主
ております。
義(auto-symbolism)の現象とか、ハピッヒとハイス
その前に、今日お話しする内容をまずご紹介します。
1点目は、神経科学の観点(本稿で省略)
による心理学的象徴としてのイメージの意識化(con-
2点目は、感情誘導イメージと美的表現について
sciousness of images as psychological symbols)であ
3点目は、スクール・プロジェクトの構造
るとか、シュルツによる自律訓練法(autogenetic
training)が利用されていました。シュルツによる自
そして皆さんに少し実習をしていただいて、最後に
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ルート ハンペ 市来 百合子 岡田 珠江
ついて述べましょう。これは内的なイメージを絵にし
律訓練法はみなさんよくご存じだと思います。
さて、この覚醒夢イメージ療法ですが、1955年ハン
たり立体表現するといった部分を指します。これは自
スカール・ロイナーによって創始されました。精神力
分の心の中に見えたものを模すこと(model)
、内的な
動的心理療法として、インナーセルフすなわち内的な
イマジネーションを再び象徴化し、形を変えること
自己のイメージを扱うものです。これは、クライエン
(transference)
、美的に表現した物を作るということ。
トが、夢を見るような状態で夢うつつのような感覚、
(作ることにより)内的な感情を変容させ自分の内的
資源を活性化させるといった意味があります。
軽催眠にかかったような状態で心理療法をするという
もので、目をつぶった状態で少しリラックスをしてい
1.2.ブレーメン州の学校プロジェクトの概要
る状態の中で、象徴的な場面を思い描いていただいて
イメージが動き出すのを待ちます。後で簡単なワーク
次に学校プロジェクトの構造についてお話ししま
をさせていただくので、体験を通してよくお分かりに
す。この試みは3校種で行いました。一つは小学校で
なるのではないかと思います。閉眼の状態で思い浮か
す。1年生から4年生までで、ドイツの学校制度は4
べるのですが、そこでのイメージは無意識的に喚起さ
年生までが小学校、5年生からは中学校というような
れるものであり、心理的な葛藤や防衛的なメカニズム
形になります。小学校と中学校と特別支援学校、特に
が現れてきます。それを治療的に扱うこともできるし、
学習障害の子どもたちを対象にした学校で行いまし
診断としても用いることできます。
た。
象徴的に思い浮かべてもらうシーンというのは、次
この学校プロジェクトにおいては、子どもへの直接
のようなものです。お花、野原。山、小川、小川に沿
的なアプローチだけでなくて、例えばこのスライドの
って歩く、泉から海のほうに行く、家、重要な人物、
右側にあるように、先生方へのワークショップをした
森のはずれ、ボート、洞窟、洞窟の中、入り口、泥、
り、左側の先生方へスクールサイコロジストがスーパ
ぬかるみの穴、などです。
ービジョンしたりするといったものを含んでおりまし
た。
夢を見るような状態では、脳の機能がリラックスし、
中枢神経で何かをきちんと整頓したり、構成しようと
セッションの初めに言うべき大切なことは「ここで
する働きから逃れることができます。新しい感情パタ
は描きたいものを描いていいし、楽しい気分でやりま
ーンをプレイフルに、楽しみながら試してみることが
しょう。芸術は造形、体験など、感じることが大事で
できるのです。
す。」ということです。学校では治療と位置づけると
うまくいきません。
覚醒夢イメージ療法は一種のプレイセラピーと考え
ていいでしょう。夢を見るような状態で、感情パター
このプロジェクトを始めるにあたっては、まず先生
ンを用いたプレイフルなワークを行うことに意義があ
たちが自分のクラスの中でちょっと気になる子どもさ
ります。そこでは自分が何かイヤだなと思っているこ
んたち…特別な支援が必要な子どもさんたちをピック
とに対峙したり、そういう人や物に対して、餌をあげ
アップして、そして先生から保護者の方に「こういう
るとかお食事を一緒にするとか、和解をするとかして
プロジェクトがあるのだけれども参加するお気持ちが
対象が変化していくということがあります。遊びを通
ありますか」と尋ねます。そして同意されればスター
して、いろんな試みができる可能性があります。どん
トするし、同意されなければやりません。
次のスライドは、心理的な葛藤の影響と結果ですが、
なふうにそれに対峙するかをクライエントが選択し新
この表の左側は心理的な葛藤がどういうふうに起こる
しいパターンを選び取れるのです。
この療法は更に次のような発展形としても考えられ
のかを示し、右側にそれによって起こる結果が書いて
ます。例えばトラウマ経験を持つクライエントに行う
あります。まず学校での失敗、学業での失敗であると
時には、その人にとって心理的に助けてくれるような
か、学校で上手くいかなかったこと。それから、暴力
人や安心できる空間・場所をイメージしていくことが
の経験、両親の病気であるとか死、そして性的な虐待。
できます。その人の心理的な内的資源を活性化できる
家族との離別の葛藤。それらが右側の不安、孤独、拒
のです。またその他に橋とか火とか、木、インナーチ
否、攻撃、鬱、摂食障害、身体障害を引き起こすこと
ャイルドのイメージを想起させることもできます。ま
があります。
た危機介入や象徴的な劇(心理劇)との関連でも用い
学校では予防と介入をすることになるのですが、そ
ることができます。それから音楽・描画・ダンスとい
こには4つの要素があって、「描画表現を使って人格
った他のセラピーとのコラボレーションで使うことも
形成をサポートすること」「日常の生活感覚をきちん
できます。例えばクラシック音楽を聴いていて、その
と身につけさせて生活習慣をつけさせること」「特定
あとで絵を描いてみるというような使い方もできるの
の教科をサポートすること」「性役割を含む社会的役
です。
割のアイデンティティや自己の感覚(identity)を獲
得させる」ということです。
次にAesthetic Expression(美的な表現)の部分に
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さい。
」
では具体的にセッションの中でどんなことをするの
6.グループによるシェアリング(10分)
かということを紹介します。
まず導入ですが、どんな時もリラクゼーションから
3.事例検討
入って行きます。デイドリームとか夢を見るような感
覚でイマジネーションが始まるようにします。そして
3.1.事例1(小学校2年女子)
こちらから、何かテーマに沿って話題を提供したり、
最近、母親を亡くしており、担任は喪失体験がどの
何か葛藤を表すようなお話しや物語を話したりしま
す。次に活動として自由にいろんなものを表現します。
ように表れるのかについて心配していました。このよ
最後にそれらを統合する形で言語的なシェアリングを
うな場合のイメージ導入は短時間で行いますが、覚醒
行います。自分にはイマジネーションで何が見えて、
夢イメージ療法をセラピーとして行う時には、セラピ
そして描いたのか、どんなふうに自分が思うのかとい
ストが傍にいて、クライエントが何を見ているのか、
うようなことです。しかし治療者がここで解釈を子ど
感じているのかを目をつぶったまま対話する形で進め
もにするようなことは一切しません。
ます。この子の場合は、モチーフとして「お花をイメ
ージしてごらん」と誘導しました。
この活動の主な目的としては、次のようなことが挙
げられます。一番上から、安定した関係の形成、自尊
感情の確認、精神的安定、自己認知をサポートする、
実際の行動上の指導、人生の目的における方向づけの
サポート、生きる感覚を補う、アイデンティティの形
成をサポートすることなどです。
絵を描くテーマとしては、次のようなことをするこ
とができます。ポートフォリオを作るとか、自画像を
描くとか、音楽を聴いてペイントするとか、家族の絵
を描くとか、先ほど紹介したイメージを描くとか、自
分の箱を作るとか、日記を書く等です。
事例を紹介する前に、まずみなさんにワークを体験
していただきたいと思いますが、よろしいでしょうか。
(*ここで聴衆に覚醒夢イメージ療法の一部を体験し
図1.母親を亡くした小2女子の描いた「花」
てもらい、イメージしたものを描いてもらった。
)
2.実 習
真ん中に描かれたメインのお花は青く黒っぽく描か
れていて、脇の2つのお花はお母さんと子どもたちの
ように見える。
ここでは、実習の概要のみを下記に箇条書きにする。
ユニコーンが空を飛んでいるイメージがこの少女に
1.リラクセーション、呼吸への気づき
2.呼吸からエネルギーを感じ、光のエネルギーを感
はよく現れてきて、色鉛筆を使って木と空は紫色で塗
じる
られています。木の間からユニコーンが顔を出してい
3.浮かんでくる視覚的イメージへの誘導
て、まるでお母さんが2人の子どもを見守っているよ
「ひょっとしたら、あなたの目の奥に何かだんだん
うにも見えます。家のイメージの絵では、二つの家の
と絵が見えてくるかもしれません。それはお花のよう
間でお花で飾られたベルが行ったり来たりしていま
なものかもしれませんし、植物のようなものかもしれ
す。左側の家からは、煙が出ているがお父さんが新し
ません。どんなものが出てきてもOKです。全てのも
く女の人と関係をもち始めていたことと関係があるの
のが新しいです。」色、回りの風景、雰囲気などを感
でしょうか。安心できる場所をイメージして描いても
じるように奨励する。
らったら、ピクニックにいっているシーンを描きまし
4.現実世界への回帰
た。子どもの脇には、2つのバスケットと2匹の犬、そ
「あなたがもう戻ってきてもいいかなと感じたら、今
してパパとママを描いたと言っていました。これは今
ここの教室に戻ってきてください。目をゆっくりと開
の家族の状況なのか、以前のお母さんが亡くなる前な
けます。
」
のかは明らかではありません(スライド省略)
。
5.描画への誘い
3.2.事例2(4年生男子、トルコからの移住した
「今の心に浮かんだ気持ちや雰囲気などを絵に描い
家族)
て遊んでみるということをしてみてください。3分か
トルコから移住してきた4年生の男子です。選択性
ら5分くらいの間でクレヨンを使って遊んでみてくだ
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緘黙で担任は心配しています。ここでは異なる2種類
るようになってきました。また家の描き方も変わって
の家の様式が一つの家に描かれています。一方はトル
きました。両親がブレーメンに永住を決めて、家庭が
コの家によく似ています。「はい」か「いいえ」など
安定し、母親がドイツ語を学び始めた頃から、葛藤は
の意思はわずかに首を動かして教えてくれます。学校
徐々に和らいできました。家はいつも家族の状況を表
に入ってから妹が生まれ、お母さんはトルコに戻りた
します。他の事例にもイマジネーションで違うものを
いと思っていました。彼の絵にはいつも黒い何かが描
イメージしたのもかかわらず、描かれるのはいつも家
かれていて、左を向いています。この絵にも黒い魚が
という子どもさんがいました。彼の絵は晴れていても、
描かれていて、左を向いています。飛行機も左を向い
外は雨が降っていました。これを描いた時は、家族の
ています。左を向いているのは過去の戻りたいという
状況が変わってきていたように思われます。
気持ちが無意識に表れているもかもしれません。
これは、セラピープロジェクトの終わりごろに描か
両親はトルコ語を話すセラピストとのセラピーに同
れた絵で、ホテルの横に何か特別なものを付け加えて、
意しました。そのセラピストが彼に「どうしたいか」
そこを自分の居場所のように描きました(スライド省
聞くと「3年生に戻りたい」と言ったといいます。
略)
。
図2では、馬に乗った人が右を向いています。右は
4.まとめ
現在から未来を意味すると言われますが、この絵が描
かれたのはイースターの3週間前で真ん中にウサギが
バスケットを持っていてイースターのことが意識され
全体を通して以下のことがいえるのではないかと思
ているように思われました。
います。
このプログラムにおいては、まずリラクゼーション
を行い、次に先ほどやったようなイメージを導入し、
その後に絵を描きます。そして本人の興味、問題に応
じたサポートを提供します。その過程では、先生、保
護者、連携を大切にしていきます。
このプログラムの効果をみるために行われた量的調
査を見てみると「空虚感」が減ったり、「感受性」が
高まったり、「攻撃性」を低くするのに有効であるこ
とがわかりました。
私が子どもの絵を見ていて感じられた変化の一つに
は、黒っぽい色彩で塗られている絵比率が減ってくる
のではないかということがありました。黒に塗ること
自体が間違いということではないのですが、黒っぽい
図2.他国からの転入生によるイースターの絵
色は抑うつ的な状態と関連している場合があるので、
暗い色を使う比率が少ないことは、健康度と関連があ
しかしトルコ人にとってイースターは無関係なの
るかもしれません。
で、ひょっとするとこの頃になってやっと彼にとって
ご清聴ありがとうございました。
ドイツでの文化が意味のあるものになってきたのでは
5.解 題
ないかと思いました。
2、3週間後に行動療法の中で初めてトルコ語を話
(市来百合子)
しました。馬がたびたび登場するようになって、馬に
Dr.Hampeと筆者は、今回はじめてお会いしたのだ
乗ったり、餌をあげたり、馬がビールを飲んでいる場
が、猿沢池付近のホテルでお迎えした時、世界を飛び
面をよく描きました。
回って活躍する心理療法家のイメージに反して物腰の
落ち着いたとても丁寧なお話しをされるのが印象的だ
絵を描いた後に一緒に物語作りも行いました。「む
った。
かしむかしあるところに∼」とセラピストが書き、こ
れに続く文章を少年が書くといった具合に2人で交互
今回通訳や事前の準備などをお願いした三重大学の
に書いていき、最後には2人で交互に読んだりしまし
岡田珠江先生から春にご紹介していただき、以後メー
た。
ルでやりとりしていたので半年間その時を心待ちにし
ていたのである。これまで何度か来日されていて、学
画用紙の真ん中に、自分をメインの人物として描き、
アクティブに行動する様子が見られ始めました。アラ
校関係者や心理士会で研修会をされていて好評だと伺
ジンがイメージの中でコミュニケーションをとってい
って、是非奈良の地にもお招きしたいと考えた。お会
る絵もあり、クラスメイトとコミュニケーションをと
いして様々なお話しをする中で、Hampe先生ご自身
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は大学卒業後、小・中学校の教員としてしばらく勤め
「絵を通して内面を分析するのには研ぎ澄まされた感
られた経歴もおありだということで、教育者とセラピ
覚が必要で訓練の必要性を感じた。
」
「ドイツでの経験
ストの両方の資質をもって子どもたちに温かいまなざ
でありながら、日本の子どもたちにも十分使えるかも
しを送っておられるように感じられた。
しれないと思えた」「自分は十分リラックスできなか
ったが、それでも体験できて理解が深まった。
」
現在はフライブルグカトリック大学の教授を務めて
おられ、お話しによると来年度からアートセラピーの
筆者は、20年以上前に米国でアートセラピーを学ん
新しい研究科を立ち上げ、その責任者としてアートセ
だ経緯から、ドイツでのこの実践について興味深く拝
ラピー教育に本格的に従事されるということである。
聴したが、その中の一つについて書いてみたい。それ
ドイツでは、学校現場で教員として働きながら、研修
は、学校現場で行われている実践の中で、イメージ誘
を積み、心理療法家の資格を得て実践することもでき
導の部分とそれを創作するためのアートの活動が絶妙
るということであった。
なバランスで展開しているところである。
Hampe先生とドイツのアートセラピー領域の展開
覚醒夢イメージ療法自体の主な治療要因は、おそら
に話が及んで、日本よりもかなり先行している印象を
くイメージ療法やactive imagination等のように変性
持ったのは、今回のようなブレーメン市の公的な教育
意識状態の中でイメージを自発的に展開させていくと
関連の事業として、美術教育とは分けて、子どもの心
ころであると思われる。ロイナーが本の中にも述べて
理・行動的な支援の方法としてアートセラピーが取り
いるように、「自分自身の監督によって」イメージ空
入れられている点である。そのプロジェクトとは、放
間を漂い、それに寄り添ってくれる治療者の存在や、
課後に先生から「気になる子ども」としてあがってき
時には必要な介入によって症状から解放されるのであ
た子どもたちに対して個別あるいは、グループでこの
ろう。
一方、最後に描くアートの活動の部分は、講演の中
ようなイメージを用いた心理的援助を行うものであ
ではHampe先生がAesthetic Expressionと表現されて
る。
今回講義いただいたアプローチは、学校場面でかな
いた部分であり、前者のイマジネーションとは異なっ
り催眠誘導に近い試みをされているという点で非常に
た精神機能を用いる活動である。つまり無意識的なフ
興味深いものであった。まず子どもらに閉眼させ、呼
ァンタジー活動と実際にそれを絵にするプロセスはそ
吸法や筋弛緩の誘導によってリラックスさせる。その
れぞれ独立した営みなのである。
後、花や野原などのモチーフを思い描かせ、軽催眠状
イメージの中で見えたものをそのまま描くというこ
態に入らせ自由に空想させる。子どもには絶えずイメ
とは不可能であり、この場合もちろんそれが期待され
ージで見えているものがどのようなものかを報告して
るわけではない。Hampe先生の説明の中でも、その
もらい、セラピストは適宜質問を続けながら、その世
部分の意義について、内的なイマジネーションを再び
界の理解に務め、最後に絵を描いてもらうものである。
象徴化しなおして形を変える(transference)こと、
筆者は、このアプローチはフォーカシングやユング
その過程で、自分のインナーリソース(内的資源)が
派の誘導イメージやアクティブイマジネーション、壷
活性化されて感情を変容させていける機会を持つこと
イメージ療法に近い印象を持ったので、それらの技法
とあった(レジメ[Aesthetic expression]の頁)
。
敷衍して言えば、それはむしろ自我強化に寄与し、
との相違についてもう少し詳しく聞きたかったところ
であるが、その後、通訳の岡田先生がちょうど9月に
「昇華」に代表されるような、内的なエネルギーを現
出版された「覚醒夢イメージ療法」の著書を読むとそ
実世界に映し出す作業であると考える。そして頭の中
こに多くの答えが見つかった。このプロジェクトで行
にあるだけで本当は治療者と共有できていないイメー
われている方法は、Hampe先生がその覚醒夢イメー
ジを触れる(tangible)「もの」として外在化させ、
ジ療法と呼ばれる方法を基点として、学校現場に適用
意識の糸に紡ぎなおして定位させることでもある。こ
されたものである。これはもともとドイツの精神科医
の部分を手伝う時には、その創作プロセスをどのよう
師であるカールハンス・ロイナーによって始められた
に導入し、どんな画材で描くのか、あるいは創作過程
もので、ドイツでは行動療法、精神分析と並んで保険
で困った時は、どこを助けてあげればよいかというよ
の適用がなされるほどに社会的認知を得ているものと
うな技術的な介入が必要になる。またその後に絵につ
いうことであった。
いてシェアリングする部分も含んで、全体がアートセ
講演の際、一部実習を体験したが、そこでは誘導催
ラピーと呼ばれる領域となる。そこではアートセラピ
眠的な閉眼、呼吸法、リラクセーション、そして光や
ストとしての画材の知識や創作過程を見る視点が必要
野原をイメージしながらそれを絵に描いてもらうとい
となる。
また描画にして残すということは、カウンセリング
うものであった。
や他の芸術療法と異なる意味を持ち、例えば、その保
参加者は、それぞれに興味深い体験をされたようで、
管の仕方によって治療者との関係性を深めたり、それ
以下のような感想が得られた。
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ルート ハンペ 市来 百合子 岡田 珠江
がアセスメント機能をもっていたり、また、守秘義務
に配慮しつつも、担任や他の教員とそれを見て分かち
合うことによって、子どもの心理的状態を共有し、支
援環境を整えていくことができるのである。
Hampe先生のお話の中には、これが治療なら「横
に寄り添って質問しながら確かめていくが、、」とか
「時間をもう少しとって、
、
、
」という下りがあったとこ
ろをみると、おそらく学校でのこの覚醒夢イメージ療
法の適用は、イマジネーションの部分とアートの活動
の部分を、個人のニーズに合わせてバランスよく配分
されているように拝察した。またグループで行う場合
は、イマジネーションの部分よりも、可視的なアート
の活動の方に主に時間をかけるなど、対象に応じた使
いわけが可能なのではないかと思われた。
学校はいずれの国においても治療の場ではないし、
深層心理への介入よりも子どもたちのむしろ健康な側
面を促進し、集団のもつ力を助けとしながら自我自律
的に活動できるように働きかけるのが目標である。こ
のプロジェクトの中では、先生がおっしゃっていたよ
うにまずは、「治療」として位置づけるのでなく、自
己表現によるカタルシス(発散)を主目的とした「遊
び」や「楽しみ」としてアートセラピーを展開したり、
個別のニーズに応じてイマジネーションを適宜取り入
れたりなど、対象に適した柔軟な支援が可能であると
思われた。
日本の学校現場はまだここまでの決め細やかな支援
はなされていないのが現状である。現在はスクールカ
ウンセラーがその一翼を担っていると考えるが、今後
もこのような新たな方法の実践を学ぶことで、生徒理
解や支援の方法の幅が広がっていくことを期待するも
のである。
6.参考文献
H. ロイナー, G. ホルン, E. クレッスマン編著 岡田珠江,
内田イレーネ訳 2009 覚醒夢を用いた子どもの
イメージ療法−基礎理論から実践まで− 創元社
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講演時の配布資料
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