競争激化時代の銀行リテール戦略 ~顧客にとって「特別な銀行」になる 生産年齢人口の減少や貸出金利の長期低迷など、国内市場の成熟が叫ばれて 久しい。国内市場に限界を感じ、顧客のグローバリゼーションの支援を成長 戦略の柱の一つに据える銀行もあるが、それでも約1,570 兆円にのぼる家計の 金融資産は今後も重要な市場であることは間違いないだろう。 弊社の調査によると、業種別の顧客満足度調査では銀行に対する顧客の満足 度指数は全業界平均より低く、また顧客は「銀行はどこも大体同じ」という評価 を持っている。こうした銀行に対する“コモディティ化”の認識が、住宅ローン等 における過度な低金利競争、すなわち値段のみが商品判断軸となる状況を招 いていると考えられる。 浅見 紳 2000年 アクセンチュア㈱入社 本稿では、如何にしてこの”どんぐりの背比べ”状態の消耗戦を脱し、顧客から 積極的に選ばれる「特別な銀行」になるかについて考察したい。 金融サービス本部 シニア・マネジャー 銀行・証券・保険・ノンバンクを中心に営業・ 事務改革や、 基幹系システム刷新に伴う 戦略立案・実行支援プロジェクトを担当 競争環境の激化 ~ロケーションフリーの潮流 例えば、東京在住者が神奈川の不動産 もし逆に、顧客自身も気付いていない、 物件を購入する場合に、金利の安い四 もしくは認識しているが購買行動を起 インターネット上で銀行の商品・サー 国地銀の住宅ローンを選択する、とい こしていないニーズ(=“非顕在化ニー ビスの情報を簡単に入手できるように うことが一般的に起こりうる。 ズ”)を銀行が的確に把握し、 “銀行から” なり、また各行がインターネットチャ ネルでの取扱に注力した結果、顧客は ほぼ全ての銀行の商品・サービスを「横 並びで比較」検討し、「店舗の場所(ロ ケーション)に関係なく」購入するこ とが出来るようになりつつある。 現状のインターネットチャネルを利用 した場合の煩雑さ、例えば本人確認の ための書類の授受や商品説明等の手続 きが解消されるならば、利用は大きく 促進され、顧客は一般商品を Amazon や楽天等のサイトで比較購入するよう に、銀行の店舗の位置に関係なく自分 にとって最良なものを多くの選択肢の 中から選ぶようになる。 もし顧客が各行の商品・サービスの内 容に大きな差を感じていなければ、選 択は価格が大きな判断軸となり低価格 競争に拍車がかかるだろう。 3 それでは、ロケーションを越えた無数 の ラ イ バ ル の 中 か ら、 顧 客 に 選 ば れ 収益をあげるためにはどのような戦略 アプローチすることができれば、顧客 の囲い込みにつながり、大きなアドバ ンテージとなるだろう。(図表 1) が必要であろうか。 以降、非顕在化ニーズへのアプローチ 非顕在化ニーズへの訴求 方法として、『如何にして非顕在化ニー 従来の銀行の商品・サービス購入の流 れは、顧客自身が自分で認識したニー ズをきっかけとしており、顧客自らが 銀行を選択することが主流だろう。例 えば、給料日前に手元資金が不足した ズを把握するか』、『どのような商品・ サービスで非顕在化ニーズへ訴求する か』、『どのようなチャネル戦略で非顕 在化ニーズへ効果的にアプローチする か』を記載する。 ので、即日発行ができかつ金利の安い 非顕在化ニーズの把握 カードローンの銀行を選択する、といっ 顧客の非顕在化ニーズを把握するため た流れである。 に は、 顧 客 の 余 剰 資 金 / 支 出 情 報 / だが、顧客自身がニーズを認識し銀行 にアプローチをしてくることを待つだ けでは顧客との関係は一過性のものと ライフイベント情報/金融資産情報/ 金 融 決 済 情 報 を 把 握 す る、 と い っ た “顧客理解”を実現する必要がある。 なり、次に顧客が別の商品・サービス 例えば、職業・住居タイプ・家族人数・ のニーズを認識した時には、またゼロ 子供年齢・年収等の顧客属性情報を保 からの他行との競争となる。 有していれば、顧客の生涯における余 図表 1 価格競争から脱却するための鍵 価格競争に晒される銀行 営業戦略 既成品である 商品・サービス (コモディティ化) マスアプローチ (顧客個人の識別なし/ プロダクト・アウト型) 顧客に選ばれる銀行 顧客の理解 (顧客の非顕在化 ニーズの把握) 顧客のニーズに 最適な 商品・サービスを 提案(コンサルティング 的アプローチ) 全ての顧客接点 (チャネル) で 顧客 個人を認識 顧客の認識・期待 銀行の商品・サービスはどこも だいたい同じものを提供して いる 銀行は自分を大勢の顧客の 一人としてしか認識して いない “この銀行” は、 自分に必要な ものを教えてくれ、 自分のニー ズに合致する商品・サービスを テーラメイドで提案してくれる “この銀行” は、常に “自分” を 認識しており、いつでも、 どの チャネルでも同じ話ができる 商品・サービス (既製品) を安く・ 有利に手に入れたい(購入先 の銀行にこだわりなし) 銀行は商品・サービスの説明・ 処理を正しく迅速に実施して くれればよい(付加価値の 期待なし) “この銀行” には、 自分にとって 最適な商品・サービスがある ( “この銀行” に対する信頼) “この銀行” は自分を理解し、 特別扱いしてくれる( “この 銀行” に対するロイヤリティー) • 顧客は、 なるべく多くの選択肢(銀行)の中から、主に金額を 判断軸として商品・サービスを選択する (過当値下げ競争) • インターネットチャネルの発達によりロケーションフリー オペレーションが高度化されることにより、 さらに競争が激化 • 顧客は、常に自分が誰であるかを銀行に認識され、個人にあった 最適な対応・提案を受けることができるため、その銀行が “特別な” 銀行になる (信頼感/ロイヤリティーの醸成) © 2013 Accenture All rights reserved. 剰資金の動きや資金ニーズが推測でき、 ニーズに応じて、必要な商品・サービ 特にインターネットチャネルは、現状 ローン商品・貯蓄性商品・保険商品等 スを複数組み合わせ、かつ顧客に合わ 多くの銀行においては単純決 済 業 務 の効果的な営業ができるであろう。 せた価格で提供する、“商品・サービス (振込等)の利便性を高める単なる処理 また、顧客属性情報が不足していても、 のバンドル”アプローチが有効である。 ツールに過ぎないが、顧客の非顕在化 口座の引き落とし情報や、契約異動情 実際、先進的な海外事例においては、 報から顧客の現状の資金ニーズを推測 例えば、子育てを終了しており、定期 することができ、より効率的な営業ア 的に旅行や娯楽に一定の支出をしてい プローチを実施することができる。 る こ と が 伺 え る 夫 婦 に 対 し て、 銀 行 例えば「住所変更があった顧客には引 越に関係する資金需要が発生している のではないかと推測し、カードローン の営業を実施する」などである。 商品・サービスとしての訴求 認識した非顕在化ニーズに対して、既 存の商品・サービスを単品で提案した 場合には、最終的に他行との比較競争 に晒される可能性がある。 したがって、他行と比較できない、各 顧客に合わせたテーラメイドの商品・ サービスを提供することが重要となる。 そ の た め に は 顧 客 一人一人の様々な ニーズに合致する商品・サービスを顧客 ごとに適時・適切にプッシュする“営業 チャネル”として機能させることがで きれば、より大きな効果を見込める。 商品(預金・ローン・カード)だけで また、店舗・インターネット・コール なく、保険や、さらには旅行・エンター センター等の複数のチャネルで顧客情 テイメントといった異業種の商品まで 報やコンタクト履歴を一元管理し、顧 含めたバンドル商品を提供している。 客がどのチャネルにアクセスしても一 また、携帯電話の戦略でも見られるが、 家族等の単位での利用に対して、金利・ 手数料を優遇するサービスも見られる。 (顧客のバンドル) チャネル戦略の高度化 顧客の非顕在ニーズをとらえるために は、来店する顧客を店舗で待つだけで はなく、あらゆる顧客接点(チャネル) において機会を逃さずに商品・サービ スをプッシュする必要もある。 貫したメッセージ・営業を実施できる ようにすることにより、より顧客理解 が進み、効果的な提案へとつながる。 システムの構造改革 こ こ ま で、 非 顕 在 化 ニ ー ズ へ の 営 業 アプローチ方法として『非顕在化ニー ズの把握』、『商品・サービスとしての 訴求』、『チャネル戦略の高度化』につ いて述べてきたが、これらのアプロー チの実現に向けては「現状の硬直的な 4 図表 2 営業アプローチを実現するためのシステム全体像 ポイント 顧客の非顕在化ニーズにリーチする営業アプローチを実現するシステム全体像 1 顧客情報を集約し理解(分析) する ことにより、顧客の非顕在化ニーズを把握 顧客 チャネル ハブ層 顧客応対/ 外部連携 商品組成 マルチチャネル 連携システム間 連携 店舗 コール センター ATM プロセス 管理 2 2 インター モバイル ネット バンキング バンキング チャネル連携 商品 組成 ビジネス ハブシステム 4 3 勘定系システム 記帳/決済 商品 処理 情報系システム 経営管理/ 統括 3 全ての顧客接点(チャネル) を統合し、 一貫した最適な顧客アプローチを実現 するためのマルチチャネル連携機能 4 商品・サービス・オペレーション (プロセス) の変更を吸収し、勘定系システムの改修 を極小化するハブ層(ビジネスハブ) DWH Analytics EBM 1 管理 顧客それぞれのニーズに応じて、商品・ サービスをバンドルし、 テーラメイドの 提案をするための商品組成・プロセス 管理機能 勘定系システムから切り離すことにより 処理をする勘定系システムが異なる商品・ サービス間のバンドルが可能に プロセス 管理 A商品 B商品 C商品 勘定系 銀行の顧客情報を統合的に一元管理し、 活用するための統合情報基盤 統合情報基盤 経営管理/リスク管理/業務管理 勘定系システムの制約を受けることなく 自由な商品・サービス・オペレーションの 組成が機動的に可能 © 2013 Accenture All rights reserved. 勘定系システムが制約となる」、という 『チャネル戦略の高度化』の実現のため 課題は多くの銀行で共有されるもので には、顧客情報を収集し販売状況や販 Accenture Multi Channel Platform (MCP) はないだろうか。 売アプローチを一元的に管理する必要 な お、 弊 社 で は 前 述 の 営 業 戦 略 を 実 があり、前述の統合顧客基盤と連動す 現する次世代ハブシステム ソ リ ュ ー るマルチチャネルコントロール基盤が必 ションとして Accenture 要になる。 (図表 2- ③) Platform (MCP) を 有 し て お り、 海 外 27 カ国、のべ 108 のクライアントに したがってこれらのアプローチの実現 に向けてはシステムの構造改革も重要 な要素となる。 『非顕在化ニーズの把握』のためには、 これらの構造改革は必ずしも勘定系の Multi Channel 対し導入実績を積み上げてきた。 必要な顧客情報が銀行全体で統合的に 更 改 を 待 た ず と も 実 現 可 能 で あ る。 管理され、かつ営業担当等のユーザが 実際に海外の先進行では、チャネルと 自由に分析等活用できる統合顧客基盤 勘定系システムの間に緩衝層(ハブ層) 化や効率化等のビジネス成果を実際に が 整 備されている必要がある。 (図表 を設け、この層に商品・サービスの定 挙げており、例えば顧客理解に基づく 2- ①) 義やオペレーションのプロセス定義を 商品・サービスの組成・販売により、 独立させて保持するシステム構造を採 新規顧客あたりの商品販売数を 40% 用することで、勘定系の更改スケジュー 向上させた事例もある。 『商品・サービスとしての訴求』として商 品・サービスのバンドルを実現するため には、商品毎の勘定系システムを横断し てバンドルする必要があることから、勘 定系システムの外に独立した商品組成 機能を設ける必要がある。 (図表 2- ②) 5 ルに依存せずシステム構造改革を進め ている。ハブ層を設けることでシステ ムの柔軟性・拡張性を担保し、戦略の 機動的な実行を下支えすることが可能 となる。(図表 2- ④) MCP を導入することにより、収益強 国内においても既に多くの 照 会 を 頂 き、いかに改革を実現するか各行と議 論を重ねているところである。本件に 関連する取組を検討される際には、是 非お声掛けを頂けると幸いである。
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