【PDF】日本のハイテク業界 ~国際競争力回復のための

日本のハイテク業界
~国際競争力回復のための新たなパラダイム~
目次
エグゼクティブ・サマリー
3
強みを梃子に
4
競争優位の確立
6
成長のための縮小
11
2
過去数十年にわたり、日本のハイテク企業は世界市場
を席巻してきたと言っても過言ではないでしょう。
常に消費者ニーズの先を行く斬新で優れた製品を提供
し、圧倒的な世界ブランドを築き上げてきました。
そして、ものづくりの現場では、完成度と費用対効果
をとことん追求する意識が深く根付いていました。
しかし、その後、日本のハイテク業界は激しさを増す
競争、特に韓国、中国企業との競争に苦戦してきま
した。製品カテゴリーや地域市場での貴重な地歩を
徐々に失ってきましたが、激変するグローバル市場に
対応できるよう大胆に変革することで、日本のハイ
テク企業は再び世界のリーダーとして復活できると
アクセンチュアは確信しています。
エグゼクティブ・サマリー
それは痛みを伴う取り組みです。日本
のハイテク企業が、既存のコスト構造を
日本のハイテク業界は重大な転換期に 徹底的に見直さない限り、いかなる戦略
あります。今後、スピード感と世界規 にも成功はありません。そして、新たな
模での収益性の両輪を伴って成長して 成長機会に資本を集中投下して有効活
いくためには、いくつかの難しい選択 用することができるように、不採算の資
に迫られています。限られたリソース 産を直ちに手放さなければなりません。
を長期的視点でいかに活用すべきか。 さらに、ハイパフォーマンス達成のカギ
いかに本来の強みと技術的優位性を活 は、競合がひしめく市場において、その
かせるか。現地の消費者ニーズや購買 市場ニーズに適合する自社の競争力の
力に合わせた魅力ある商品を開発し、 源泉は何かを再度洗い出し、経営モデ
いかに急成長を遂げる新興市場に進出 ルと必須機能を今一度整理することに
すべきか。さらに、圧倒的な差別化を あります。特に、以下の 3 つの広い領
実現するために取るべきアプローチと 域での行動と実践が必要となります。
は何か。こうした課題に対し、日本の
• 市場フォーカスとポジショニング
ハイテク企業は徐々に回答を見い出し
つつありますが、そのペースをさらに • 他と一線を画すビジネス機能
加速させなければなりません。国内外
での激しい競争の末に絶好の機会を失
うことの無いよう、日本のハイテク企
業は従来からの手法や考え方を直ちに
見直し、全社的な大変革を実行する必
要があります。
ハイテク企業は、シナジー効果を考え
ながら組織内の非効率性を削減するた
めの計画を整備する必要があります。
しかし、将来に向けて企業体質をスリ
ム化し体力をつけるだけでは十分では
ないのです。競合他社よりもスマート
な経営を実現することが、今後、日本
のハイテク業界が消費者や投資家の信
頼を取り戻すための唯一の方法です。
• ハイパフォーマンスを実現する経営
モデル
3
「日本は新たな経営哲学、
すなわち競争力確保の
ための新たなパラダイムを
真に必要としている」
盛田昭夫
これはソニーの共同創業者、盛田昭夫
氏の 1993 年の言葉です。盛田氏は現
在の日本のハイテク業界の姿について
言及していたのかもしれません。かつ
ては国内外の幅広い有識者や消費者、
投資家から一様に称賛されてきた業界
にとって、
この 10 年は困難なものでした。
韓国や中国の競合他社は一般大衆市場
向けの製品を携えて新興国にすさまじ
い勢いで進出を果たし、日本のハイテ
ク企業は苦戦を続けています。さらに、
日本企業は消費者の使用体験・反応を
上手にとらえることにおいても遅れを
とったために、グローバルな競合他社
の台頭を許す結果となりました。
その結果、日本のハイテク業界の将来
に対する投資家の信頼が低下している
ことがアクセンチュアの調査によって
明らかになりました。6 地域の 55 社を
対象とした調査では、日本のハイテク
業界の将来価値に対する投資家の信頼
は、米国、韓国、中国、西欧、そして
台湾のハイテク業界と比較して、最も
低いものでした(図表 1 参照)。
強みを梃子に
日本のハイテク業界は、盛田氏が言及
した「新たな経営哲学と競争力確保の
ための新たなパラダイムの必要性」に
気付き始めています。実際、変化の気
運が高まっている兆候も見られます。
ハイテク業界において、自社の事業領
域を 5 つ未満に絞った専業メーカーは、
独自のコア・テクノロジーを活用する
ことにより、縮小しつつも継続してい
る既存事業から、新たな事業分野へと
投資先をシフトさせています。その例
を以下に示します。
• キヤノンは中核の光学、印刷、イメー
ジングの専門知識を活用し、医療機
器や半導体露光装置の製造など、多
角化を進めています。
• 富 士 フ イ ル ム は、 光 学、 フ ィ ル ム、
イメージングテクノロジーに関する
専 門 知 識 を 蓄 積 し て き ま し た が、
医 療・ ラ イ フ サ イ エ ン ス、 化 粧 品、
サプリメント分野に進出しています。
図表1: 過去10年と最新年度における将来価値 – 現行価値の比較
将来価値 – 現行価値(最新年度)
将来価値 – 現行価値(過去10年)
米国
71%
韓国
29%
韓国
49%
台湾
81%
19%
82%
18%
86%
14%
中国
西欧
台湾
98%
日本
-16%
116%
2%
西欧
中国
米国
日本
Source: Capital IQ, Accenture Research
Copyright © 2013 Accenture. All rights reserved.
4
86%
14%
92%
8%
-13%
113%
-15%
115%
-58%
158%
1. 将来価値(FV)=企業価値-現行価値(CV)
2. 企業価値は、時価総額+優先株+純負債(負債総額-現金および現金同等物総額)に相当
3. 現行価値は、みなし税引後営業利益(NOPLAT)を加重平均資本コスト(WACC)で割ることにより算出
51%
現行価値
将来価値
図表2: 総合電機メーカーと専業メーカーのEBITDA利益率と過去3年間の増収率の比較
2011年度/平成24年3月会計年度 EBITDA 利益率 (%)
20
キャノン
富士フィルム
15
専業メーカー
コニカミノルタ
ニコン
オリンパス
10
リコー
総合電機メーカー
シャープ
5 NEC
0
-5
日立
富士通
東芝
パナソニック
ソニー
-4
-3
-2
-1
0
1
2
3
4
5
6
7
8
過去3年間の増収率 (%)
注: 5つを超える事業領域を持つ企業は総合電機メーカー、それ以外を専業メーカーに分類。各社の事業領域数(カッコ内)は、パナソニック(10)、
日立(9)、ソニー(9)、東芝(8)、富士通(7)、NEC(6)、オリンパス(4)、ニコン(4)、コニカミノルタ(4)、キヤノン(3)、
富士フイルム(3)、リコー(3)、シャープ(2)。アクセンチュア・リサーチによる分析は、各企業の会社概要に基づき売上内訳、組織体制について
検討したものです。
Source: Accenture Research analysis based on companies’ public financial data and brochures.
Copyright © 2013 Accenture. All rights reserved.
• コニカミノルタは光学、印刷、フィ 研究開発(R&D) ルム、化学テクノロジー分野の技術 2011 年 の 日 本 の 特 許 出 願 数 は 34 万
を活用し、プロダクションプリント 2,610 件で、中国(52 万 6,412 件)
、米国
& グラフィック、光学製品、ヘルス (50 万 3,582 件)に続き、世界第 3 位
1
ケア、そして計測機器へと事業分野 でした 。日本のハイテク企業は、特
を広げています 。
許取得済みの知的財産という紛れもな
い宝の山を持っていますが、十分に商
こうした事業の拡大は将来に向けて有 品化に結びついていないのが現状です。
望な結果をもたらしています。アクセン しかし、企業独自の研究開発力という
チュアの最新の調査によると、2011 年 強みは、今後、総合電機メーカーに多
度 / 平成 24 年 3 月会計年度には、
ソニー、 様化を加速させる機会をもたらします。
日立、東芝、パナソニックなど日本の大
手総合電機メーカー(5 つを超える事業 オペレーション
領域をもつ企業)に比べ、専業メーカー 2011 年 3 月の東日本大震災を経験し
はより高い利益率を確保しています。 たことで、日本のハイテク企業のサプラ
また、2011 年度末までの過去 3 年間 イ チ ェ ー ン は 一 段 と 弾 力 性 を 増 し ま
の増収率についても、専業メーカーが した。ジャストインタイムのハブ型か
総合電機メーカーよりも比較的高いと ら、柔軟で機動性が高く、各地のニーズ
いう結果になりました(図表 2 参照)。 に迅速に対応できる、地域に根差した
機能の構築へとシフトしている企業も
総合電機メーカーは、専業メーカーの みられます。このようなネットワーク
事例から学ぶことで、より高い成長軌 の構築を加速させることで、コスト構
道に乗る可能性を秘めています。総合 造を改善する大きな機会が生まれます。
電機メーカーは、大規模な事業変革に
必要な広範囲なスキルと高い技術力を 人材
備えています。さらに、海外の競合他 終身雇用という日本の制度は、従業員
社との差別化に資する、固有の強みを が長期に渡り同一企業に勤務すること
持っています。
により、仕事に習熟した安定的な労働
力を企業に保証してきました。今後は
労働力の流動性を高めるだけでなく、
ハイテク業界にとって重要なイノベー
ションの創造とリスクをいとわない姿
勢を一層促進することで、よりダイナ
ミックな労働力を創出することが可能
になります。
資本
日本企業は多額の借入れによる資金調
達を基盤としています。総合電機メー
カーは、資金の調達先である金融機関
と深く結び付くという独特のシステム
のなかで、自社の「メインバンク」と
強固な関係で結ばれています。こうし
たメリットは、日本のハイテク企業が
再生するにあたり、大きな助けとなり
ます。
国内市場
日本の消費者は先端テクノロジーと価
格に敏感であるため、企業はより安価で
多機能のデバイスを世に出すことを余
儀なくされています。総合電機メーカー
は、これまで比較的大きな国内市場を
海外への事業拡大の足掛かりとして位
置づけていました。今後、こうした企
業は新興国の消費者行動についての洞
察を深め、国内戦略とグローバル戦略
の関係バランスを再考すべきでしょう。
5
競争優位の確立
日本のハイテク業界は根本的に健全で
あり、かつてのように活力ある姿を取り
戻すことは可能であるとアクセンチュア
は考えています。しかし、単に競争優位
を確立するポテンシャルがあるという
だけは不十分です。総合電機メーカー
は、経営と事業戦略、それに付随する
機能を結合させるために全力をあげて
取り組み、成長路線に回帰し、市場で
の存在感を大いに活性化させる必要が
あります。その実現に向けて、日本の
ハイテク企業は競争力の源泉となる 3
領域を強化し、企業価値を再検討する
必要に迫られています。3 領域とは以
下のとおりです。
• デジタルイメージング、オーディオ・
ビデオ、PC やネットワークビジネス、
ゲーム、そして携帯電話を中核事業
とするソニーは、2013 年にインター
ネットサービス・ソリューション企業
であるソネットエンタテインメント
( 株 ) を 完 全 子 会 社 化 し ま し た。
2012 年には米国のクラウドゲーミン
グ・プラットフォームの企業を買収
し、2011 年にはエリクソンと合弁で
設立した携帯事業会社のエリクソン
保有株式の買い取りを実施しました。
さらに、2012 年にはケミカルプロダ
クツ関連事業を売却しました。
温室効果ガス削減と省エネルギーを目
指す各国の取り組みは、この分野への
長期的投資を確保し、魅力ある事業拡
大への道筋となります。他の利点も存在
します。グリーンテクノロジーは、日本
の総合電機メーカーにシステム設計や
備品調達、建設、メンテナンスなど幅
広い事業オプションをもたらします。
また、そうした取り組みに関与してい
ることは、企業のブランドイメージの
向上にもつながります。
しかし一方で、自動車、造船、食品製
造など様々な業界からの参入により、
市場では競争がますます激化している
• 社会インフラ事業やスマートコミュ ため、事業拡大計画を急ぐ必要性が日
ニティの実現に関連する事業をコア 増しに高まっています。さらに、日本
と す る 東 芝 は、2012 年 に 米 国 の 大 は今なおこの分野での実績を積み重ね
1. 市場フォーカスとポジショニング
手 企 業 か ら 小 売 業 の 事 業、2011 年 る必要があります。グリーンテクノロ
にはスイスのスマートメーター企業、 ジ ー 分 野 で 世 界 を 代 表 す る イ ノ ベ ー
日本の総合電機メーカーの経営陣は、
2009 年に日本の大手企業からハード ターのランキングである「グローバル・
自分たちの足元に火がついていること
ディスクドライブ事業をそれぞれ買 クリーンテック 100」において、いま
を十分に理解しています。すでに、競争
収しました。また、2012 年には携帯 だに日本企業は 1 社もランクインして
力を高めるために事業・製品のポート
2
事業を売却しています。
いません 。加えて、太陽光パネルに代
フォリオの再構築や不採算部門からの
表される安価な中国製品との激しい競
撤退、中核事業の再定義に着手している
しかし、これまでのところまだまだ強 争にも直面しています。
企業の例も見られます。日立、ソニー 、
化のペースは遅々としています。総合
東芝はいずれも不採算の中・小型液晶
電機メーカーが不採算事業の整理と、 ヘルスケアシステム
ディスプレイ事業の売却によりキャッ
既存事業の有機的成長か M&A など外 先進諸国の人口高齢化、そして発展途
シュを確保し、新たな分野への事業拡
部活用による成長かを問わず、今後有 上国の所得増加と医療施設の利用増加
大に備えています。さらにこれら 3 社
望あるいはリスクの少ない分野への集 は、医療関連のデバイス機器、テクノ
は、再定義した中核事業を強化しよう
中や事業拡大を急ぐ必要があります。 ロジーあるいは設備に対する需要の安
と努めています。各社の最近の動向を
日本のハイテク企業は固有の強みをう 定的な拡大につながるとみられます。
以下に示します。
まく活用することにより、力強く永続 医療機器や医療用品のグローバル市場
性のある、そして成長が見込める製品・ 規模は 2012 年で 3,077 億米ドルに達
• 過去 2 年間に、日立は自動車用バッ
サービスに迅速に事業を拡大していく し、これは 1 人当たり約 50 米ドルに相
テリーや関連部品製造業の新神戸電
ことが可能です。その例を以下に示し 当 し ま す。2017 年 ま で に は 4,344 億
機 ( 株 ) と上場企業 5 社を買収しまし
ます。
米ドル、1 人当たり約 67 米ドルに増加
た。その目的は、
情報技術(IT)と革新
し、CAGR で 7.1% になると予想されて
的なソリューションを融合した社会
3
グリーンテクノロジー
います 。
インフラ整備事業において、自社の
グローバルにみた新エネルギー(太陽
ポジションを強固にすることです。
光・風力発電、燃料、リチウムイオン
同時に、2012 年には、ハードディス
電池など)の市場規模は、2010 年の 30
クドライブ事業を売却し、テレビの
兆米ドルから、2020 年には 86 兆米ドル
自社生産からは撤退しました。
と約 3 倍になると予想されています。
この分野での成長を促進することが、
先進国においては再生可能エネルギー
への安定的な移行、新興国においては
再生可能エネルギーへの関心の高まり
となります。
6
社会インフラの最前線
社会インフラ産業の需要増大に対応している総合電機メーカーの事例
日立
火力発電所、原子力発電所設備、
再生可能エネルギー生成・貯蔵
東芝
原子力発電、火力発電所、水力発電、
再生可能エネルギー
パナソニック
エネルギー貯蔵、太陽光発電、
燃料電池熱電併給システム
NEC
スマートエネルギー(電極・蓄電システム、
EMS、EV・PHV充電インフラ)
メカトロニクス
産業用ロボットの研究開発分野におけ
る世界的リーダーとして、日本は萌芽
期のロボット市場の先頭に立つことが
可能でしょう。例えば、キヤノンは産業
用ロボットに関する技術を蓄積してお
り、2015 年までの商品化を目指してい
ます。さらには医療用および生活支援
用ロボットの開発を計画しています。
産業用ロボットに対する需要の高まり
と日常生活を支援するロボット市場の
拡大は、グローバル市場全体で 2010 年
の 3,610 億米ドルから 2020 年の 8,020
億ドルへと、2 倍以上の成長が予想され
4
ています(CAGR は 8%)。2015 年に予定
当然、課題はあります。第一に、日本 されているパーソナルケア用ロボットに
企業は各国固有のヘルスケアシステム 関する国際規格(ISO 13482)の改定は、
や価格設定メカニズムに対応するため、 さらなる拡大につながるものと期待さ
国ごとに異なった戦略を実行しなけれ れています。
ばなりません。また、診断用機器では
一定のシェアを占めていますが、治療 日本はロボット研究開発において一定
用機器市場でのプレゼンスは未だ低い の成果を得ていますが、アプリケーション
状況です。
面でのブレイクスルーの少なさが研究
から商品化への転換の遅れとなってい
将来の製品群の拡充も必要です。日本 ます。ロボット関連の法規制も技術的
の特許庁によれば、2001 年から 2010 発展を妨げており、重大な障害となって
年の世界の医療機器関連特許登録の内 います。にもかかわらず、自動車や重
訳は、米国の 42%、欧州の 26% に比べ、 工業など、この分野のポテンシャルに
日本はわずか 18% にとどまっています。 魅力を感じる業界は増加しており、政
また、日本の企業にとって、欧米企業 府補助金も多額に投入されています。
が 世 界 市 場 で 築 き 上 げ た 地 盤 を 崩 す こうした企業は将来、総合電機メーカー
ことは、しばらくの間容易ではないで にとって強力な競争相手となるでしょう。
しょう。
また、2018 年までにロボット産業の世
界第 3 位を目指して多額の投資を行っ
ている韓国企業も同様です。
ヘルスケア分野は、本来、日本の総合
電機メーカーにとって中核事業ではあ
りませんでした。しかし、この分野は大
いに魅力的な成長機会をもたらします。
例えば、イメージセンサー技術での強
みは、内視鏡やガン診断時のデジタル
イメージングへの多角化を可能にしま
す。品質と使い易さに関する日本メー
カーの定評は、市場での受容性の獲得
を後押しするでしょう。例えば、オリ
ンパスは消化器内視鏡市場で 70% の
シェアを占めています。同社は現在、
医療の B2B 事業を拡大して新たな中核
事業を確立しようと邁進しています。
総合電機メーカーはますます世界に向
けた視野を広げる必要があります。一
般的に、日本企業は国内の生産能力へ
の投資を重ね、洗練された日本の消費
者の需要に基づいて価格と機能でしの
ぎを削ってきました。世界の他の地域
における市場の発展やイノベーション
から隔絶し、いわゆる「ガラパゴス現
象」をもたらした負の経験を重ねてき
ました。
こうした隔絶により、日本の総合電機
メーカーは現地ニーズに合致しない複
雑な機能や価格帯で製品を海外輸出す
る事態に陥ってきました。その結果、
縮小を続ける国内市場で設備過剰に苦
しむ日本企業を尻目に、韓国や中国の
競合他社は急成長する新興国市場の獲
得に軒並み成功しています。このまま
取り残されないためにも、日本のハイテ
ク業界は洞察力、特に消費者行動が日
本とは大きく異なる発展途上国におけ
る洞察力を養う必要があります(図表
3 参照)。
7
2方面へのアプローチ
消費者動向や嗜好に関する洞察力を磨くことで、成熟市場と新興市場と
いう、相反する市場への対応が可能になります。ハイパフォーマンスの達成は、
こうした異なる市場におけるイノベーションとマーケティング戦略を通じ、
現地ニーズにいかに早く適応できるかにかかっています。一般的に、所得
水準が高い高年齢層と金銭的余裕に乏しい若年齢層が併存する成熟市場
では、シェア回復が大きな目的となります。一方、新興市場においては、
急速に台頭する中産階級への訴求が大きな目的となります。
ケーススタディ:パナソニックの白物家電事業
成熟市場戦略
• 国内市場には主に高付加価値製品を投入する
• 高付加価値製品を受容する新たな市場「文化」を醸成する
• 米国では市場嗜好性の高い大型家電製品を投入する
新興市場戦略
• インドやブラジルなどでの工場立地を推進し、中間層への販売規模の
拡大を実現する
• 中国やインドなどで急成長する地方都市部へ進出する
図表3: 日本の消費者行動と他国との比較
消費者向けハイテク製品の
サービスへの問い合わせ状況
(携帯あるいはPC)
消費者向けハイテク製品上位5品種に対する
今後12カ月の購入計画
スマートフォン
(%)
ハイビジョンテレビ コンピュータ タブレットPC
中国
40
インド
36
ブラジル
33
南アフリカ
32
ロシア
28
平均
27
米国
25
フランス
23
スウェーデン
21
ドイツ
15
20
30
24
20
17
13
10
16
7
12,567
30
22
20
19
18
16
16
15
16
15
6
12
71
64
ブラジル
24
中国
58
南アフリカ
58
18
平均
47
ロシア
45
8
米国
45
7
スウェーデン
5
フランス
13
8
3
インド
23
15
11
16
10
16
22
16
27
Source: Accenture Consumer Technology Usage Survey 2011
Copyright © 2013 Accenture. All rights reserved.
8
26
19
37
18
日本
サンプル総数:
20
(%)
3Dテレビ
9
1
38
33
ドイツ
30
日本
27
• ソーシャル・イノベーション ソーシャ
ルネットワークのプラットフォームを
日本の企業が再検討すべき競争力の領
活用し、消費者に対する洞察力を高
域の 2 つ目は、他社と一線を画すビジネ
めることや意見収集に注力するマーケ
ス機能の確立、すなわち業務プロセス
ティング力を高めることがこれにあた
改善のさらに一歩先を行くことです。
ります。これが製品開発のライフサイ
ここではイノベーション、消費者から
クルに組み込まれることにより、消費
の使用体験 / フィードバック、コスト
者による使用体験が向上することにな
削減が重要となります。
ります。
2. 他と一線を画すビジネス機能
イノベーション • フルーガル・イノベーション ( 倹約的
日本の総合電機メーカーは、これまで
イノベーション ) 欧米のハイテク企
伝統的に企業内部で形成されたイノ
業は、中国やインドなどの低コスト
ベーションに多く依存してきましたが、
国に研究開発や製品テストの拠点を
その厳重でうらやましい限りに内部醸
開設しています。しかし、日本企業
造された自前路線から決別しようとす
はそうした先駆的な動きに少々遅れ
る動きもみられます。将来に向けた成
を取りました。現在、新興市場で生
功は、コスト削減と、顧客をより重視
み出されたイノベーションが、また
した製品開発プロセスを実現させるグ
たくまに成熟市場向けの製品として
ローバル規模の分散化したイノベー
広まることも少なくありません。例え
ションモデルへの移行と、そのスピー
ば、ゼネラル・エレクトリックが中
ドがカギとなるでしょう。世界のハイ
国市場向けに開発した低価格製品が、
テク業界で趨勢となっている 3 つのイ
米国での顧客獲得に一役買っている
ノベーションモデルを以下に示します。
のが好例です。
• オープン・イノベーション このモデ
ルへのシフトは、新たな基礎技術や
中長期的な研究開発のための外部と
の関係構築がカギとなります。一方、
自前路線での研究開発は、商品開発
やコア・テクノロジーの強化など短期
的プロジェクトが中心になるでしょう。
消費者体験 日本のハイテク企業の中には、任天堂
がソフトウェアとハードウェアを緊密
に統合することによって新たな消費者
体験を定義し、市場での差別化を実現
した事例を模倣するケースも見られま
す。日本のゲーム企業は豊富なコンテ
ンツを武器に、世界市場でも成功を収
めています。例えば、
ソニーの PlayStation
用ゲームは、今や複数のデバイス機器
で楽しむことが可能である上、プレー
ヤーはソーシャルメディアを介して自分
自身の分身となるキャラクターをアップ
デートすることができます。同様に、
アップルは、ハイテク企業が提供する
ハードウェア、ソフトウェア、サービス
を革新的な形で統合し、新しいデジタル・
ライフスタイルを創造しました。それに
よって消費者向けの斬新な価値を提案
することに成功しています。
コスト削減
コスト競争の優位性を確保するために
最適な製造拠点を慎重に検討すること
から始まります。過去 5 年間に、総合
電機メーカーは製造拠点を低コストの
アジア諸国に移してきました。しかし、
テレビ製造部門はその潮流に乗り遅れ、
収益性を圧迫する結果となりました。
一方で、韓国のテレビメーカーは中国
などの低コスト国にいち早く製造拠点
を設置しています(図表 4 参照)。
図表4: 2010年と2004年のテレビ製造拠点の比較
(%)
日本企業
14
2010年
(ソニー、
シャープ、東芝、
パナソニック、日立)
11
2004年
韓国企業
(サムスン、LG)
オランダ企業
(フィリップス)
13
2010年
22
11
22
14
2004年
13
0
13
18
6
6
2
15
19
3
11
13
11
4
52
51
34
Source: “World electronics production marketing by region” (Kohjinsha),
Copyright © 2013 Accenture. All rights reserved.
4
11
17
21
20
17
17
23
30
2010年
21
44
15
2004年
1
40
60
80
日本
中国
北米
その他アジア
南米
東欧
西欧
韓国
100
9
総合電機メーカーにとって重要なコス
ト削減のもう 1 つの分野が、人員削減
と本社機能の移転、そしてアウトソー
シング化です。ソニーはニューヨーク
の本社ビルや東京都心の自社ビルを売
却する計画です。パナソニックやリコー
も、事業再編に合わせたオペレーショ
ンの規模適正化を進めています。さら
に、パナソニック、日立、キヤノンといっ
た日本企業は、本社機能の一部を戦略
的市場の近くに設置する動きがみられ
ます。こうした活動では、コア・テク
ノロジーやビジネス機能が競合他社に
流出しないように慎重に実行する必要
があります。
3. ハイパフォーマンスを実現する経営
モデル
ハイパフォーマンス達成の 3 領域の 1 つ
として、日本のハイテク業界は他国の
競合他社を「凌駕」する能力と実行力
を創出する組織横断的な価値観、行動
様式、意識づけを社内で醸成し、維持
する方法を見つけ出す必要に迫られて
います。その変革には、3 つの重要分
野が考えられます。
10
経営体質
日本のハイテク業界が抱える課題は、
競争優位性のある経営手法と組織文化
の良き慣行を維持しつつも、次の一手
に向けて障害となりかねない不必要な
慣行を捨て去ることでしょう。経営陣
は変革の必要性を明らかに認識してい
ますが、未だ苦心しています。実行に
あたっては、モチベーションの高い社
員のコミットメントを損なうことが無
いよう注意を払い、徹底する必要に迫
られています。
雇用
直面する課題の背景には、終身雇用と
いう日本の企業文化・雇用慣行の大胆
な変革の必要性も含まれます。定年時
期の見直しや、雇用に伴う可能な限り
の支出抑制などを包含した新たな「日
本型」の雇用制度の導入は、グローバ
ル規模での競争力を維持するうえで重
要となるでしょう。
縦割り組織
日本のハイテク企業は社内に散在する
組織の壁をいち早く取り除く方法を見
つけ出し、顧客志向のイノベーション
を効果的にサポートするプロセスと仕
組みづくりに注力する必要があります。
これらの壁は以下において明らかに存
在しています。
• 組織 : 通常は事業ユニット毎の利益
が最重視されます。製品開発は、事業
ユニットの意向を優先して決定され
ることも少なくありません。
• 階層 : 複数の承認段階やチェックポイ
ントが各所に散在し、迅速な意思決
定の妨げとなるだけでなく、役割と
責任を一層曖昧にしています。
• キャリア : 硬直化した人事管理シス
テムでは、個人の成長やイノベーショ
ンよりも在職期間を重視する傾向が
依然として色濃く残っています。
成長のための縮小
• シナリオ 2: 規模に応じた大手術
他社にはない独自性と差別化を実現す
るために、日本のハイテク企業は今後
どのような道のりを歩む必要があるで
しょうか。端的に表現すると、「成長の
ための縮小」です。当然のことながら、
ハイテク業界全体に通じる画一的なソ
リューションなど存在しません。各社
は自社の強みと、価値を礎に、次の 10 年
を見据えた成長戦略を今一度立案する
必要があります。アクセンチュアでは、
日本のハイテク業界が直面する課題と
競合他社が展開するビジネスモデルに
関する理解を深めてきました。これに
基づくと、4 つのシナリオがあると考
えられます。
-本社機能を含めた国内外での雇用
削減、コスト構造の変革、組織間の
壁の撤廃
• シナリオ 1: 国内事業規模の適正化
(ライトサイジング)
-国内事業の需要低迷 / 国内市場規
模縮小の中、適正化に合わせた勇気
ある決断と断行
-グローバル展開を継続するための
資金不足の解消、最終収益の重視
-重 要 資 産 の 処 分 あ る い は 収 益 化、
それに伴う整理統合
-プライベート・エクイティや海外
プレーヤーによるキャッシュの注入
ものづくりを中心とした日本の製造業
のオペレーションは極めて優れている
-国内事業を最重視した利益の再投資、
ため、徹底的なコスト構造の見直しと
研究開発予算の維持
グループ企業間のシナジーを活用する
ことによって「国内事業規模の適正化」
-国際的成長への投資配分の見直し
シナリオから「規模に応じた大手術」
• シナリオ 3: 成長市場へ向けた事業の
シナリオへ移行するのは比較的容易で
多様化
あると考えます。これは一時の「縮小」
フェーズへとつながるでしょう。次に、
-国内事業の需要低迷 / 国内市場規模
自社のオペレーションや事業競争力の
縮小の中、適正化に合わせた勇気
源泉を今一度見直し戦略化しながら、
ある決断と断行
製品ポートフォリオ、イノベーション、
-新たな低コスト拠点への投資、成熟 人材の多国籍化を通じて「グローバル・
した技術 / 投資対効果の再検討、現 ソリューション・プロバイダー」へと
地でのパートナーシップ、研究開発 移行することが可能となります(図表
力を生かした国際的な事業機会や新 5 参照)。
たな低コストブランドへの注力
-新興市場以外での顧客ベースの縮小
• シナリオ 4: グローバル・
ソリューション・プロバイダー
-本社機能を含めた国内外での雇用
削減、コスト構造の変革、組織間の
壁の撤廃
-グローバル・ブランド維持のための
再投資
グローバリゼーションを通じた変革を断行する勇気と覚悟
(製品ポートフォリオ、イノベーション、人材)
図表 5: 日本の総合電機メーカーの今後10年を見据えた4つの戦略オプション
成長市場へ向けた事業の多様化
?
-研究開発力、サプライチェーン / 調
達、その他シェアードサービスのグ
ローバル化
グローバル・ソリューション・
プロバイダー
結論
かつてそのブランド力で絶頂にあった
日本のハイテク業界にとって、過去 10
年間は困難を極めた時でした。より積
極的で低価格設定に長けた他国の競合
他社が出現した結果、日本の総合電機
メーカーは先進国 / 成熟市場と新興市
場の両方で、市場シェア低下を食い止
めるための対応に遅れを取ってしまっ
たのです。しかし、かつて成功を収め
た伝統的なビジネスモデルと決別する
という大胆で時に痛みを伴う意思決定
を厭わなければ、必ずや失われた時間
を取り戻すことができるでしょう。競
合他社との差別化を支える自社の強み
と価値を強化・維持しながら、グルー
プ企業間の連携とシナジーを高める戦
略を策定することにより、日本のハイ
テク業界は、スピードと規模を伴った
自己改革を実行する能力を発揮し、再
び世界市場で重要なポジションを占め
ることができると確信します。
4つの「妥当な」
戦略オプション
「成長のための縮小」
国内事業規模の適正化
規模に応じた大手術
徹底的なコスト削減の実施、グループシナジーの最適化と活用
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References
1 World Intellectual Property
Organization, 2012
2 Cleantech Group, 2012
3 Espicom World Medical Market
Forecasts, 2012
4 Reality and Future Outlook of
Worldwide Robot Market, Fuji-Keizai,
2012
著者について
アクセンチュアについて
マティアス・レヴレン
アクセンチュアは、
経営コンサルティング、
アクセンチュア
テクノロジー・サービス、アウトソーシング・
マネジング・ディレクター
サービスを提供するグローバル企業です。
エレクトロニクス・ハイテク 約 26 万 1 千人の社員を擁し、世界 120 カ
グローバル統括
国以上のお客様にサービスを提供してい
貫井 清一郎
アクセンチュア株式会社 執行役員
通信・メディア・ハイテク本部
統括本部長
ます。豊富な経験、あらゆる業界や業務
に 対 応 で き る 能 力、 世 界 で 最 も 成 功 を
収めている企業に関する広範囲に及ぶリ
サーチなどの強みを活かし、民間企業や
官 公 庁 の お 客 様 が よ り 高 い ビ ジ ネ ス・
パフォーマンスを達成できるよう、その
実現に向けてお客様とともに取り組んで
います。2012 年 8 月 31 日を期末とする
2012 年会計年度の売上高は、279 億 US
ドルでした(2001 年 7 月 19 日 NYSE 上場、
略号 : ACN)。
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