樹木の大気汚染物質吸収能力の個体差と季節変化 近藤 隆之 神保 高之 大西 勝典 樹木は気孔を介して NO 2 やホルムアルデヒドなどの大気汚染物質を吸収することから、富山 県中央植物園において、落葉広葉樹(ケヤキ、プラタナス、ソメイヨシノ)と常緑広葉樹(ス ダジイ、シラカシ、アラカシ)の各々4本の樹木の気孔コンダクタンスを2002年6月、9月、 12月、2003年3月に測定し、樹木の大気汚染物質吸収能力の個体差と季節変化について検討を 行った。 落葉広葉樹の気孔コンダクタンスの相対標準偏差は8∼22%、常緑広葉樹の気孔コンダクタ ンスの相対標準偏差は12∼29%であり、大気汚染物質吸収能力の個体差は6樹種とも比較的小 さかった。常緑広葉樹の気孔コンダクタンスは3月が6月に比べ約35∼70%低くなったものの、 6月、9月、12月では大きな変動はみられなかった。このことから、年間を通した大気汚染物 質吸収に対する寄与は常緑広葉樹と落葉広葉樹では大差ないものと考えられる。 1 はじめに 県中央植物園において野外に生育している樹木 NO 21)、O32)、SO23) の気孔コンダクタンスを測定し、樹木の大気汚 などの無機大気汚染物質を吸収することが知ら れており、環境省は樹木の大気汚染物質吸収能 染物質吸収能力の個体差と季節変化について検 討を行った。 植物は葉の気孔を介して 力を活用するため「大気浄化植樹指針」4)を示 2 し、都市地域の街路樹や公園木を大気浄化に積 極的に役立てようとしている。 測定方法 富山県中央植物園(富山県婦負郡婦中町)に 一方、近年、多様な有害化学物質が大気中か おいて、樹木の大気汚染物質吸収能力の個体差 ら検出され、その長期曝露による健康影響が懸 と季節変化を調べるため、野外に生育している 念されていが、我々はホルムアルデヒド 5,6) 、C2 常緑広葉樹と落葉広葉樹の水蒸気気孔コンダク −C5 アルデヒド(アセトアルデヒド、プロピオ タンスの測定を行った。富山県中央植物園は富 ンアルデヒド、ブチルアルデヒド、バレルアル 山市中心から南西方向約5km 地点の平野部に デヒド)7)、フェノール あり、24.7ha の園内に約 4000 種類の植物を有 8,9) が気孔を介して樹木 に吸収され、その吸収速度が NO2 などの無機大 している。 気汚染物質に対する吸収速度と同程度であるこ 落 葉 広 葉 樹 で は 、 ソ メ イ ヨ シ ノ (Prunus とを明らかにした。 yedoensis Matsum. )、 ケ ヤ キ ( Zelkova serrata そして、無機大気汚染物質(NO2 、O3 、SO2) Makino)、プラタナス(Platanus orientalis L.)の と有害大気汚染物質(ホルムアルデヒド、C2− C5 アルデヒド、フェノール)がいずれも気孔を 3樹種について、各樹種それぞれ樹高が同じよ うな4本の樹木を選び 2002 年6月、9月に測定 介して植物に吸収されることから、各種樹木の を行った。常緑広葉樹ではスダジイ(Castanopsis 気孔コンダクタンスを測定することにより富山 cuspidata (Thunb.) Schottky var. sieboldii (Makino) 県における大気汚染物質吸収能力の大きな樹木 Nakai)、シラカシ(Quercus myrsinaefolia Blume)、 を明らかにした 10)。 アラカシ(Quercus glauca Thunb.)の3樹種につ しかし、樹木の気孔コンダクタンスの個体差 いて、各樹種それぞれ樹高が同じような4本の やその季節変化については測定例が少なく、十 樹木を選び 2002 年6月、9月、12 月及び 2003 分には解明されていない。そこで、今回、富山 年3月に測定を行った。 9 3 なお、スダジイについては3本の樹木で測定 を行った。 結果及び考察 樹木の大気汚染物質吸収能力の個体差を調べ 樹木の水蒸気気孔コンダクタンスの測定は、 るため、樹高が同程度の樹木を選び気孔コンダ 拡散型ポロメータ(島津 SPB−H4)を用いて行 クタンスを測定した。落葉広葉樹の気孔コンダ った。このポロメータ法では測定する樹木葉を クタンス測定結果を表1に示す。4本のケヤキ 生育環境とほぼ同じ温湿度条件に保ったまま測 定できる。測定は晴または曇の日の 9:30 から (樹高 12.3∼15.5m)の6月と9月の気孔コン ダクタンスの平均値は 0.04∼0.06 mol m − 2 15:00 の間に行い、樹木の東西方向の枝先に近い s−1 であり、相対標準偏差は 18%であった。同 それぞれ2枚、計4枚の葉の気孔コンダクタン 様にプラタナス(4本:樹高 25.3∼29.8m)で スを測定して平均し、これを1回の測定値とし は 0.07∼0.08 mol m−2 s−1 で、相対標準偏差は た。東西方向を選んだ理由は、一般に樹冠の南 8%であった。また、ソメイヨシノ(4本:樹 北方向では光条件が偏りすぎるためで、このた 高 9.3∼10.7m)では 0.06∼0.10 mol m−2 s−1 で め、中間的な東西方向を選んだ。常緑広葉樹で あり、相対標準偏差は 22%であった。このよう は当年生葉と多年生葉の比率が等しくなるよう に、4本の樹木の気孔コンダクタンスの相対標 測定を行った。また、各樹木に対して各月それ 準偏差は8∼22%の範囲にあり、大気汚染物質 ぞれ3∼6回測定を行った。 吸収能力の個体差は3樹種とも比較的小さかっ た。 表 1. 落葉広葉樹の気孔コンダクタンス測定結果 樹種 樹高 m 15.5 12.3 13.7 13.1 25.3 25.4 29.1 29.8 10.7 9.5 10.7 9.3 1 2 ケヤキ 3 4 1 2 プラタナス 3 4 1 2 ソメイヨシノ 3 4 測定回数 平均日射量 / MJ m−2h−1 平均湿度 / % 平均気温 / ℃ a) 平均値と標準偏差 気孔コンダクタンス / mol m−2 s−1 6月 0.04±0.01 0.06±0.02 0.06±0.02 0.03±0.01 0.09±0.01 0.07±0.01 0.08±0.01 0.08±0.02 0.09±0.02 0.11±0.03 0.09±0.02 0.07±0.04 5 2.24 45.6 24.3 10 9月 a) 0.06±0.03 0.06±0.01 0.06±0.02 0.05±0.02 0.07±0.02 0.06±0.01 0.06±0.02 0.07±0.02 0.05±0.01 0.08±0.02 0.07±0.02 0.05±0.01 3 1.72 46.2 20.7 a) 平均 0.05 0.06 0.06 0.04 0.08 0.07 0.07 0.08 0.07 0.10 0.08 0.06 − 1.98 45.9 22.5 表 2. 常緑広葉樹の気孔コンダクタンス測定結果 樹種 気孔コンダクタンス / mol m−2 s−1 樹高 6月 m 6.4 6.2 5.9 8.3 6.6 5.2 7.5 6.7 5.9 7.3 6.8 1 スダジイ 2 3 1 2 シラカシ 3 4 1 2 アラカシ 3 4 測定回数 平均日射量 / MJ m−2h−1 平均湿度 / % 平均気温 / ℃ a) 平均値と標準偏差 0.06±0.02 0.06±0.02 0.05±0.02 0.04±0.01 0.04±0.01 0.03±0.01 0.03±0.01 0.04±0.01 0.04±0.02 0.04±0.02 0.05±0.01 6 2.07 46.2 24.8 9月 a) 0.05±0.02 0.05±0.02 0.05±0.01 0.05±0.01 0.03±0.00 0.04±0.01 0.03±0.01 0.06±0.01 0.03±0.00 0.04±0.01 0.05±0.01 4 1.79 45.3 21.2 常緑広葉樹の気孔コンダクタンス測定結果を 12月 a) 0.04±0.01 0.05±0.02 0.06±0.01 0.04±0.01 0.04±0.01 0.04±0.01 0.03±0.01 0.05±0.01 0.03±0.01 0.03±0.01 0.05±0.02 6 0.77 50.2 11.4 3月 a) 0.01±0.00 0.02±0.00 0.02±0.00 0.02±0.01 0.03±0.01 0.02±0.00 0.02±0.00 0.03±0.01 0.02±0.01 0.02±0.01 0.03±0.01 6 1.51 49.1 6.4 a) 平均 0.04 0.05 0.05 0.04 0.04 0.03 0.03 0.05 0.03 0.03 0.05 − 1.54 47.7 16.0 ンスの季節変化について検討を行った。各樹木 表2に示す。スダジイ(3本:樹高 5.9∼6.4m) の平均気孔コンダクタンスの季節変化を図1に の6月、9月、12 月、3月の気孔コンダクタン 示す。 スの平均値は 0.04∼0.05 mol m s であり、 相対標準偏差は 12%であった。同様にシラカシ 落葉広葉樹の6月と9月の気孔コンダクタン スを比べると、ケヤキでは9月が6月に比べ約 (4本:樹高 5.2∼8.3m)では 0.03∼0.04 mol m 20%大きく なったが、プラタナスとソメイヨシ −2 ノはそれぞれ 15%、30%小さくなり樹種により −2 s −1 −1 で、相対標準偏差は 16%であった。また、 アラカシ(4本:樹高 5.9∼7.3m)では 0.03∼ 0.05 mol m −2 s −1 差がみられた。 であり、相対標準偏差は 29% 常緑広葉樹では、スダジイ、シラカシ、アラ であった。このように、3本又は4本の樹木の カシはともに、6月、9月、12 月の気孔コンダ 気孔コンダクタンスの相対標準偏差は 12∼29% クタンスに大きな変動はなく、各樹種の6月に の範囲にあり、大気汚染物質吸収能力の個体差 対する9月と 12 月の気孔コンダクタンスの変 は3樹種とも比較的小さかった。 動は約 10%の範囲に収まっていた。しかし、3 以上の結果から、落葉広葉樹と常緑広葉樹の 月の気孔コンダクタンスは3樹種とも小さくな 大気汚染物質吸収能力の個体差は両者とも比較 り、6月の気孔コンダクタンスに比べ、スダジ 的小さく、前回報告した富山県における樹木の イでは約 70%、シラカシでは約 35%、アラカシ 大気汚染物質吸収能力の比較結果 10) では約 40%小さかった。このように、常緑広葉 は各樹種の 大気汚染物質吸収能力を反映しているといえる。 樹の気孔コンダクタンスは3月が6 月に比べ約 各月の落葉広葉樹と常緑広葉の気孔コンダク タンス測定結果から、各樹木の気孔コンダクタ 35∼70%低くなったものの、6月、9月、12 月 では大きな差はみられなかった。 11 気孔コンダクタンス/ mol m −2 s−1 0.10 ケヤキ プラタナス ソメイヨシノ スダジイ シラカシ アラカシ 0.08 0.06 0.04 0.02 0.00 6月 9月 12月 3月 月 図1 落葉広葉樹と常緑広葉樹の気孔コンダクタンスの季節変化 樹木による大気汚染物質の吸収を考える場合、 各樹木の大気汚染物質吸収能力と着葉期間が重 汚染物質吸収能力の個体差と季節変化について 検討を行った。 要となる。6月と9月の落葉広葉樹の気孔コン 落葉広葉樹の気孔コンダクタンスの相対標準 ダクタンスは常緑広葉樹に比べ大きかったもの 偏差は8∼22%、常緑広葉樹の気孔コンダクタ の、その着葉期間は5月頃から 11 月頃の約7ヶ 月間である。一方、常緑広葉樹は6月と9月の ンスの相対標準偏差は 12∼29%であり、大気汚 染物質吸収能力の個体差は6樹種とも比較的小 気孔コンダクタンスは落葉広葉樹に比べ小さか さかった。 ったものの、着葉期間は 12 ヶ月間と落葉広葉樹 常緑広葉樹の気孔コンダクタンスは3月が6 の約2倍である。常緑広葉樹の大気汚染物質吸 月に比べ約 35∼70%低くなったものの、6月、 収能力は 12 月では6月や9月とほぼ同程度あ 9月、12 月では大きな変動はみられなかった。 り、また、3月も6月に比べ 30∼60%の大気汚 このことから、年間を通した大気汚染物質吸 染物質吸収能力を有していた。このことから、 収に対する寄与は常緑広葉樹と落葉広葉樹では 年間を通した大気汚染物質吸収に対する寄与は 大差ないものと考えられる。 常緑広葉樹と落葉広葉樹では大差ないものと考 5 えられる。 謝辞 本研究を行うにあたり、樹木の測定等に多大 4 まとめ な便宜を図っていただいた富山県中央植物園、 富山県中央植物園において、落葉広葉樹(ケ 富山県果樹試験場に深く感謝いたします。 ヤキ、プラタナス、ソメイヨシノ)と常緑広葉 樹(スダジイ、シラカシ、アラカシ)の各々4 本の樹木の気孔コンダクタンスを 2002 年6月、 9月、12 月、2003 年3月に測定し、樹木の大気 12 参 考 文 献 6 9 , 3673 3676, 1996 1 ) 大政謙次,安保文彰,名取俊樹,戸塚績:植 7 ) Takayuki Kondo, Kiyoshi Hasegawa, Ryutaro 物による大気汚染物質の収着に関する研究 Uchida, and Masanori Onishi, Absorption of (Ⅱ)NO2 ,O3 あるいはNO2 +O3 曝露 Atmospheric C2 -C5 Aldehydes by Various Tree 下における収着について,農業気象,3 5 , Species 77 83, 1979 2 ) 大政謙次,安保文彰:植物による大気汚染物 and Their Tolerance to C2 -C5 Aldehydes, The Science of the Environment, 2 2 4 , 121 132, 1998 Total 質の収着に関する研究(Ⅰ)SO2 の局所収 8 ) Takayuki Kondo, Kiyoshi Hasegawa, Chiharu 着と可視障害発現との関係,農業気象,3 4 , Kitagawa, Ryutaro Uchida, and Masanori 51 Onishi, Absorption of Atmospheric Phenol by 58, 1978 3 ) 大政謙次:都市緑化の最新技術,第3章樹木 Evergreen Broad-leaved Tree Species, Chem. による排気ガス対策の可能性,pp.468 477, Lett., 997-998, 1996 工業技術会,東京, 1993 9 ) Takayuki Kondo, 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Kondo, K. Hasegawa, R. Uchida, M. Onishi, Masanori Onishi, Absorption of Atmospheric Phenol by Various Tree Species A. Mizukami, and K. Omasa, Absorption of and formaldehyde TOXICOLOGICAL AND ENVIRONMENTAL by Technol., 2 9 , 2901 oleander. Environ. Sci. 2903, 1995 Their Tolerance CHEMISTRY, 6 9 , 183 to Phenol, 200, 1999 6 ) T. Kondo, K. Hasegawa, R. Uchida, M. Onishi, 10) 近藤隆之、神保高之、島田和保、大西勝典、 A. Mizukami, and K. Omasa, Absorption of atmospheric formaldehyde by deciduous 大政謙次:富山県における樹木の大気汚染 物質吸収能力の比較,全国環境研会誌,2 7 , broad-leaved, 41 evergreen broad-leaved, and 50, 2002 coniferous tree species. Bull. Chem. Soc. Jpn., Individual variation and seasonal variation of absorption ability of tree species for air pollutants Takayuki KONDO Takayuki JINBO Masanori ONISHI To investigate the individual variation and seasonal variation of absorption ability of tree species for air pollutants, such as NO2 , formaldehyde, and C2 -C5 aldehydes, the stomatal conductance of deciduous (3 species) and evergreen (3 species) tree species was measured in the Botanic Gardens of Toyama, in June, September, December 2002 and March 2003.Since the relative standard deviation of the stomatal conductance of four trees was 8∼22% (deciduous species) and 12∼29% (evergreen species), individual variation in the stomatal conductance of deciduous species and evergreen species was estimated to be relatively low. Seasonal variation in the stomatal conductance of evergreen species was relatively low, therefore, evergreen species contribute to absorb the air pollutants through the year and amount of adsorption was estimated to be almost the same as that of deciduous species. 13
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