CFA ジャーナル

CFA ジャーナル
2014年8月 No.5

「合理的期待と曖昧性」
トーマス・J.・サージェント

「低リスクアノマリー:ミクロ効果とマクロ効果への分解」
マルコム・ベイカー、ブレンダン・ブラッドレー、
ライアン・タリアフェロ

「会計とマクロ経済:総合的な物価水準が個別銘柄に与える影響」
ヤノフ・コンチトチキー

「ココ債:価格モデルの初めての実践的評価」
サチャ・ウィルケンス、CFA、ナスジャ・ベスケ

「嗜好品資産への投資」
エルロイ・ディムソン、クリストフ・スパンジャーズ

「私をイラつかせること10選」
クリフォード・S・アスネス
CFA ジャーナル
CONTENTS
No.5
2014 年 8 月
FAJ 論文より
1
解題…佐々木龍、CFA
-1
「合理的期待と曖昧性」(全訳)
-5
…トーマス・J.・サージェント
「低リスクアノマリー:ミクロ効果とマクロ効果への分解」(抄訳)
- 12
…マルコム・ベイカー、ブレンダン・ブラッドレー、ライアン・タリアフェロ
「会計とマクロ経済:総合的な物価水準が個別銘柄に与える影響」(抄訳)
- 16
…ヤノフ・コンチトチキー
「ココ債:価格モデルの初めての実践的評価」(抄訳)
- 20
サチャ・ウィルケンス、CFA、ナスジャ・ベスケ
「嗜好品資産への投資」(抄訳)
- 24
…エルロイ・ディムソン、クリストフ・スパンジャーズ
「私をイラつかせること10選」(抄訳)
…クリフォード・S・アスネス
- 28
【FAJ 論文より】
解題
前号はアニュアル・カンファレンス特集号であっ
ベイカー、ブラッドレー、タリアフェロ論文
たが、今号は通常の形式に戻り、できるだけ幅広い
「低リスクアノマリー:ミクロ効果とマクロ効果
テーマをご紹介している。そういう意味では、統一
への分解」は、株式市場におけるアノマリーに焦点
的なテーマを読み取ることは困難であるが、投資・
を当てた論文である。低リスクアノマリーは、広く
資産運用における魅力や実務家が直面する問題に焦
知られた存在であり、ロング・オンリー運用による
点を当てたものを多く取り扱っている。最初の論文
レバレッジの制限等や機関投資家によるベンチマー
は金融理論に関連したセミナー録を全訳である。そ
ク運用によるアービトラージ機会の不足がその背景
して、株式、債券、オルタナティブという各資産ク
にあるとみられる。実務的には、リスクパリティ等
ラスへの投資について、それぞれ新たな光を当てる
の運用において収益源として活用が試みられている。
ような論文を掲載している。最後には、投資家・実
効率的市場仮説の立場からはアノマリーは否定され
務家向けの啓蒙的エッセイを抄訳した。
るべきだが、筆者はサミュエルソンの言葉を引きな
サージェント論文「合理的期待と曖昧性」は、
アニュアル・カンファレンスにおける講演録である。
著者は合理的期待仮説を離れ、投資家の「曖昧性」
回避的な性向を取り込んだモデルの優位性を示唆す
がら、ミクロ、マクロのアノマリーが存在すると主
張する。筆者は、低リスク株式のアノマリーを、ミ
クロ効果(個別銘柄)とマクロ効果(業種または国)
に分けて分析し、ともに有意とする結果をまとめた。
る。ファイナンス理論等では、多くの場合、合理的
コンチトチキー論文「会計とマクロ経済:総合
期待を明示的・暗黙の前提とする。著者はしかし、
的な物価水準が個別銘柄に与える影響」は、イン
将来の確率分布に対する画一的な前提を「共産主義
フレ率が財務諸表に与える影響およびその投資に与
的」であるとして否定し、さまざまな確率分布を想
える影響を分析した論文である。著者はインフレ効
定した、不確実性を取り込んだモデルの使用を促す。
果の存在を、インフレが個別企業に与える影響を投
大数の法則が機能しない、あるいは機能しても結果
資家は十分に理解していないためであると主張する。
を得るのに時間が掛かり過ぎる事象の分析を可能な
そして、インフレ効果の違いを分析するため、財務
枠組みを提供するものである。「ベイズ主義」によ
諸表の項目を貨幣性資産と非貨幣性資産の 2 つに分
る主観確率に基づいた行動は困難であるとし、効用
けることにより、勘定項目毎にインフレ効果を調整
関数を最大化するモデルの中から期待利得を最小化
するより簡便かつ効果的に分析を行った。このよう
する確率分布関数を選ぶような「ミニマックス法」
に個別企業の財務諸表に対するインフレ効果を測定
が示唆を与えるとする。そして、ロバスト制御理論
する枠組みに基づき、インフレ効果に基づく投資戦
と呼ばれる、金融工学と応用数学によるモデルの不
略を評価している。インフレ効果に基づく運用戦略
確実性に対処するアプローチを用いてモデルの曖昧
は有効であるとする結果を示し、その効果は非貨幣
さを評価することで、モデル開発が可能としている。
性資産によるものであると主張する。
1
ウィルケンス、ナスジャ・ベスケ論文「ココ
債:価格モデルの初めての実践的評価」は、ココ
債の 3 種類の価格モデルを比較検討し、実践的評価
を行ったものである。金融危機後の法規制強化に対
応した新金融商品であるココ債は、発行数が比較的
少なく商品スキームや価格特性等に対する評価が定
まっていなかった。著者は、ココ債の特性を異なる
視点に基づき反映した 3 モデルの評価を試みた。財
務諸表に焦点を当てた構造モデル、株式転換の仕組
みを反映し株式デリバティブの手法を取り込んだモ
デル、および財務健全性やデフォルト可能性に焦点
を当てたクレジット・デリバティブ・モデルである。
著者は各モデルのパラメーターを調整した上で、各
債券の価格にどれだけモデル推計価格が近くなるか
検証し、構造モデルとクレジット・デリバティブ・
モデルが株式デリバティブ・モデルよりも全般的に
各債券に適合したとの結果を得た。さらに、ココ債
投資におけるリスクヘッジのためにモデルを使用す
ると仮定し、その性能を評価した。モデルのヘッジ
ツールとしての適性は、銀行の財務健全性悪化に
従って価格特性が変わるというココ債の負のコンベ
クシティを適切に織り込む必要がある。その観点か
らはどのモデルも事務的な使用が困難との評価と
なった。
ディムソン、スパンジャーズ論文「嗜好品資産
常に買えるとは限らないという問題、偽造や詐欺等、
嗜好品取引に特有のリスクへの注意が喚起される。
アスネス論文「私をイラつかせること10選」
は、皮肉を交えた軽妙なタッチで、投資・金融業界
でしばしば話題となる事柄の誤りについて指摘して
いる。著者は 10 の例を挙げているが、いずれもメ
ディアを始めとして話題となりやすい事柄であり、
古くから存在するものや最新の動向まで押さえてい
る。あるものは投資尺度や評価に関するものであり、
リスクに関する考え方、評価期間の問題、バブルと
いう現象について考えが述べられている。また、著
者からみて、誤って用いられている表現(個別銘柄
選択、アービトラージ、待機資金)についても、厳
しく批判している。時価総額加重から外れた「ス
マートベータ」や「リスクパリティ」等の新たな投
資手法については、アクティブ運用の一形態に過ぎ
ず過剰な期待を持つことを戒めている。その反対に、
メディアや投資家から批判されやすいヘッジファン
ドや HFT(超高速取引)については、その役割に
対する正当な評価を促している。企業経営陣に付与
されるストックオプションとその際の自社株買いに
も批判の目を向けている。最後に、債券ファンドに
ついては、債券のポートフォリオを直に保有するこ
とと本質的には変わらないのに、投資家の意識が異
なることに問題を投げかけている。
への投資」は、収集品の長期的投資パフォーマンス
を分析したものである。美術品、切手、バイオリン
等の収集品は、心の資産と呼ばれており、日本では
嗜好品資産とも呼ばれている。当論文は収集品とし
ての魅力ではなく、金融価値に焦点を当てている。
そして、これら資産の 100 年超にわたる長期評価を
実施した。各指数の構成銘柄の変化は比較的安定し
ているという。そして 3 資産の実質リターンは、長
期的にほぼ等しく、株式を下回るものの長・短期国
債リターンや金を上回っており、こうした金銭的価
値もこれら資産へのニーズに寄与しているとする。
CFA ジャーナルでは、日本の読者向けに日本語
で読みやすいように配慮しているが、抄訳に際して
は図表等を大幅に削除している。本ジャーナルを読
んで興味が深まった読者は、CFA 協会サイトに掲
載されている原文をぜひご覧になることをお薦めし
たい。
CFA サイト URL(Publications & Multimedia)
http://www.cfainstitute.org/learning/products/Pages/inde
x.aspx
佐々木
龍、CFA
しかし、高取引コストや低流動性、指数構成銘柄を
2
(全訳)
FAJ 2014 年 3/4 月
合理的期待と曖昧性
Rational Expectations and Ambiguity
トーマス・J・サージェント
Thomas J. Sargent
2013 年 5 月 20 日にシンガポールで行われた第 66 回 CFA Institute Annual Conference において、トーマス・
J・サージェントは、「合理的期待とマクロ経済」についての研究を発表した。その研究において、曖昧性回避
による将来の潜在的結果に係る確率分布関数について検証を行い、曖昧性回避による市場均衡について考察した。
更に、曖昧性の度合の変化による市場の変動性と市場変動の予測可否について検証した。
合理的期待の概念は、ファイナンス理論やマクロ経
取ることができる。つまり、我々は、将来に対して幾
済学において広く使われている。そして、良くも悪く
らかの知識を持ち合わせており、「不確実な」将来に
も、ほぼ例外なく中央銀行において用いられている。
対する判断を行っている。そこで自然とある疑問が生
経済学、ファイナンス理論、資産運用において広く使
じる。将来の出来事に関する確率分布はどのように得
われている期待効用モデルは、2 つの要素から構成さ
ているのであろうか。もしそれに対する答えが「市場
れている。一つは、潜在的結果の確率分布であり、も
参加者」であれば、それはどのように調べて来るので
う一つは、ある特定の結果に対する考えを示す効用関
あろうか。
数である。効用関数は、リスク選好を表している。リ
合理的期待
スク回避的(付加的リスクに対して補償を求める)か、
リスク中立的(付加的リスクに対して補償を求めず、
リスクフリーレートを普遍的な割引率とする)か、リ
スク愛好的(リスクフリーレート未満で付加的リスク
を負う)かのいずれかである。
合理的期待の概念は、ゲーム理論、マクロ経済学や
ファイナンス理論において広く用いられている前提条
件である。その概念は、金融危機モデルや中央銀行の
モデルを構築する人々によって、ほとんど無意識的に
用いられている。特定のモデルにおいては、単独の確
将来の潜在的結果を示す確率分布関数を想定すると
率分布が関係者全員に受け入れられていることが前提
き、将来に対する「無知」の完全なモデル化が試みら
となっている。つまり、合理的期待の概念は、アナリ
れる。将来は不確実であるにも関わらず、将来に起こ
ストがモデル化を試みている世界においてのみ正確で
り得る結果や相対度数、またそれら将来に起こり得る
あると言える。
結果の確率については確かなものであると見なす。繰
り返しになるが、将来何が起こるかは分からない。し
かし、将来起こり得ることを示す確率分布関数は見て
トーマス・J・サージェントは、ニューヨーク大学経
済学教授。
将来の確率分布について皆が同様に仮説を共有して
いることから、私はこのモデルを「共産主義的」形式
と呼ぶ。ある意味、一様に共有された確率分布関数に
よる合理的な期待仮説を受け入れている我々は、共産
主義者であると言える。
3
将来の結果に対して、単独の確率分布関数を前提と
もしくは何を「習得した」かを合意するために必要な
することは、とても強力なツールとなる。ラーズ・
観測値の数を教えてくれるわけではない。それに、習
ピーター・ハンセンによる資産評価やマクロ経済のモ
得には長い時間が必要となる場合がある。その点、大
デル化の推計に用いられる一般化モーメント法がその
数の法則は、習得する時機は不明であっても、いずれ
例である。また中央銀行においては、いわゆる DSGE
必 ず 習 得 す る と 主 張 し てい る 点 に お い て 、 便 利 な
モデルを公式化するために使われている。ベン・バー
「はったり」として魅力的であると思う。また、稀に
ナンキ前 FRB 議長もまた、金融危機における対応を
しか発生しないが重要な意味を持ち得る出来事が見過
正当化するために引用した Diamond-Dybvig(1983)
されてしまう。フリードマンの進化論的な主張は、完
の銀行取り付けモデルの拠り所とした。私自身も、生
全市場を前提としなければならず、市場参加者が信念
活の大部分において、合理的期待仮説を活用している。
の相違に対し投資できる必要がある。もし市場が過小
多くの賢い人々によって利用されていること以外に、
この仮説を正当化する根拠はあるだろうか?一つには、
その簡潔性が挙げられる。特定の個人や複数の人々の
集合に関する確率分布の記述は極めて困難だからであ
る。従って、簡潔性のために、将来の確率分布に対し
て皆が同様の考えを共有するのである。もう一つの理
由は、皆がある一つのモデルに属しているという前提
は、非常に慣れ親しまれたものであり、大数の法則を
適用するための検証が充分になされているということ
である。検証が充分であれば、いずれは皆が既知のも
のとして同意することができるという利点もある。あ
もしくは過剰に規制されていると、将来に対する最も
正確な信念こそが市場を支配するというフリードマン
の進化論的過程は弱まる。そうなると、非現実的な将
来に対する期待が広がり、それらが淘汰されなくなり、
競争過程は逆行するかもしれない。最近、ある大学教
授は、この見識に基づき、将来の結果に対する馬鹿げ
た信念を持った人々からより賢い信念を持った人々へ
資源が移るのは不公平であるため、更なる規制が必要
であると主張している。このような主張を私はしてい
ないが、現実に息づいていて影響力さえある。
ベイズ主義と大数の法則
る意味では、大数の法則とは、いずれは皆が同じ知識
誰もが皆、将来に対する同じ信念を共有していると
を共有するということである。これは、私も含めて多
いう意味で合理的期待について話すとき、私は研究者
数の人に用いられている議論である。晩年、ミルト
として、もしくは中央銀行のためにモデルを構築して
ン・フリードマン(1953)は、合理的期待仮説を、適
いる者として話をする。しかし、もし我々が政策決定
者生存がもたらす競争過程におけるサバイバルによる
者であり、大数の法則が有益な情報をもたらすのを待
ものと正当化した。将来に対する現実的な見方を持っ
たなければいけないのを知っているのであれば、将来
た者が全ての富を獲得し市場を支配すると考える。こ
の結果に対する確率分布を入手する先について異なる
の進化論的な主張は、最終的に、ある特定の確率分布
考えを持ちたくなるであろう。すなわち、大数の法則
に定着することを説明している。
により導き出されるものとは別のものを考えるという
ことである。
しかし、これらの正当化には注意が必要である。簡
潔性は、諸刃の剣である。モデルを扱いやすくし、
一つのアプローチとしては、ベイズ流の統計学を用
「簡素化」することは、すなわち多様な思考体系によ
いることである。それはある人たちにとっては、すべ
り創出される数々の可能性を看過することを意味する。
ての解決策のなかで最も秀でている考えであり、その
時折、我々は、簡素化するあまり不利益を被ることに
他の人たちからは、ならず者の避難所と考えられてい
なる。大数の法則は、我々が学んできたことを「習得」
る。ベイジアンは、将来どうなるか分からない結果を
4
主観的な確率分布として完璧に要約した。彼らは、そ
Fischer Black and Bob Litterman(1992)によって提
の確率分布を内省と煩悶(それからビールの助けを借
起された、創造性に富んだアプローチを取ることもで
りて)によって導き出した。主観的な確率分布関数は、
きる。それは、「効用関数に基づくと、将来に対する
大数の法則に基づく客観的な確率分布関数と同様に有
主観的確率分布(事前確率分布と呼ばれる)は、分別
効であると考えられている。
のある判断を暗示するのではないか」との投げかけで
主観的な確率分布関数の情報源は何であろうか?有
ある。
名なミネソタ大学の経済学者・ノーベル賞受賞者であ
ブラック・リッターマンのアプローチを理解するに
るレオ・ハーウィッツは、ベイジアンに対してその分
は、まず、ポートフォリオが平均分散分析に基づいて
布がどこから来ているのか尋ねることは失礼であると
構築されると仮定する。つまり、効用関数を二次方程
述べている。なぜなら、それは個人の問題であり、ま
式とした場合、統計的な属性として投資家にとって重
たベイズ流理論によると、どの分布も優れていると考
要なのは、証券の平均リターンと平均分散のみとする。
えられているためである。
言い換えると、リスクとリターンのみが投資家の関心
要するに、ベイズ流の統計学者は、すべての起こり
得る結果に対して、固有の同時確率分布を持ち合わせ
ているということである。ベイジアンにとって、習得
に関する統計理論は取るに足らないことなのである。
当初の主観的な同時確率分布をスタッフへ渡して、
データを入手するに従い条件付き分布を更新するよう
指示するだけなのである。ベイジアンは、このような
プロセスを、ベイズ・ルールを適用することにより条
件付き確率を手にするという。この過程において、元
となる当初の固有の主観的同時確率は不変である。し
かし、条件付き確率分布は、データが更新されるにつ
れて、時間とともに変化する。
事であると言える(お馴染みではないだろうか?)。
しかし、Black and Litterman(1992)が、平均リター
ンと平均分散の最小二乗推定値に基づいたポートフォ
リオ分析を行った際、多様な証券で売り・買いが極端
なウェイトとなる完全に無茶苦茶なポートフォリオが
できあがった。そのため、ブラックとリッターマンは、
証券間のリターンにおける推定共分散は正しいが、各
証券の推定平均リターンは信頼できないと見なすこと
とした(これらの推測は、深い統計的な理由に基づ
く)。更に、ブラックとリッターマンは、賢い方法を
取った。彼らは市場ポートフォリオを分析し、代表的
な投資が市場ポートフォリオを保有するのに満足する
主観的な平均リターンを求めた。そして、市場が示唆
ベイジアンのアプローチは、期待効用理論に不可欠
する主観的な平均リターンと標本平均リターンの差異
である。このプロセスは、大数の法則が有効となるま
を計算した。その差異こそが、ブラックとリッターマ
での間、何が起きているのかを表現していると考える
ンのモデルの中核である。これは、投資家が信じ行動
ことができる。データに基づき、条件付き確率を更新
することと、実際に市場に反映されていることに重要
し、主観的確率分布が固有の条件付き確率分布へと収
な差異が生じている可能性について言及した着目に値
束される。残念ながら、そのデータが、将来に対する
する試みである。彼らの試みにより、複数の確率分布
全てのことを教えてはくれない。例えば、「ユーロは
とそれらの差異について自然と考えさせられる。
生き残るのか?」「ユーロが生き残らなかった場合、
曖昧性
代わりとなる通貨は何か?」といった将来については、
とても複雑であり、今後の歴史次第のため、我々が良
い決断をするために知りたいことの全てを、データが
異なった視点で見るため、「エルスバーグのパラ
ドックス」という重要なコンセプトに言及しよう。リ
チャード・ニクソンは、秘密文書(ペンタゴン・ペー
明らかに出来ると期待するのは現実的ではない。
5
パー)を公開したという点で、ダニエル・エルスバー
くとも 500 万ドルである。例えば、12 個の黒い玉と 8
グを嫌悪していた。またニクソンが嫌う以前からベイ
個の白い玉という事前確率分布を持っている場合、黒
ズ主義の人々にも嫌われていた。その理由は、次に説
い玉を選ぶことによる期待利得は、壺 A の期待利得
明する実験が説明する。エルスバーグのパラドックス
である 500 万ドル(10/20×1,000 万ドル + 10/20×0 ド
を検証するにあたって、「リスク」と「不確実性」を
ル)ではなく、600 万ドル(12/20×1,000 万ドル +
区別する、以下の心理実験を紹介する。
8/20×0 ドル)である。結果、壺 B のボールに関する
ある部屋に、A と B という 2 つの壺がある。壺 A
には黒い玉と白い玉が 10 個ずつ入っているとする。
黒か白の色を選んだ後、壺 A から玉を一つ選ぶ。そ
して、一つの玉を壺から無作為に取り出す。もし取り
出した玉の色が最初に選んだ色に一致すれば 1,000 万
ドルを貰えるが、一致しなければ何も貰えない。壺 A
から玉を選ぶことにより 1,000 万ドルを貰える確率は、
黒い玉と白い玉の数が同数のため 50%となり、壺 A
における期待利得は 500 万ドルである。
一方、壺 B には黒と白の玉が 20 個入っているが、
それぞれの数は分からないものとする。壺 A と同じ
ゲームを、壺 B でも行う。初めに色を選んだ後に玉
を選び、取り出した玉の色が選んだ色と一致すれば
1,000 万ドル貰える。一致しなければ何も貰えない。
しかし、壺 B における期待利得はいくらであろう
か?答えは単純で、それは分からない。つまり、壺 B
においては「不確実性」が存在し、壺 A においては
「リスク」のみが存在している。この考え方こそが、
エルスバーグの表現しているものなのである。
ベイジアンの主観的確率にも依るが、壺 B を選ぶこ
とにより、最低でも壺 A を選ぶことによる利得を確
保でき、また可能性としてはより良い利得を得ること
もできる。エルスバーグは、著名な経済学者と統計学
者のグループにこの実験を行った。驚くことに、グ
ループの内、少なくとも全てのベイジアンは壺 A を
選んだ。エルスバーグは、それらの人々はベイジアン
らしく行動していないと結論づけた。このことから、
例えば私の良き友人であるクリス・シムズのようなベ
イジアンは、エルスバーグか、少なくとも彼の実験を
疎ましく思っている。
なぜ人々は壺 A を好む傾向にあるのか?エルス
バーグの賢い信奉者は、「不確実さ」や「統計的モデ
ルにおける曖昧性」への忌避感であると説明付けた。
我々は、将来の出来事における分布が分からないとき、
あるいは将来の主観的な分布を前提としたくないとき、
将来について曖昧性が存在し、決断のために単に期待
効用関数を最大化するということができない。では、
どうすればいいのだろうか?エイブラハム・ウォルド
やレオ・ハーヴィッツを始めとする賢い人々は、「ミ
さて、ここで問題となるのが、我々はどちらの壺を
ニマックス法」のような行動をとるべきであると唱え
選ぶべきなのであろうか。ベイジアンは B の壺を選
ている。私がこのアプローチについて説明すると、最
ぶべきである。なぜなら効用の観点から、白と黒の玉
初は誇大妄想のように聞こえるかもしれないが、早々
の割合におけるいずれの主観的な分布も、A の壺を選
に拒絶することはせず、今しばらく聞いて欲しい。
ぶのと同じか(黒い玉と白い玉は 10 個ずつ)、もし
くは得でさえある(玉の比率が 50 対 50 以外の主観的
な分布)からである。考えてみて欲しい。壺 B でど
ちらか一つの玉がもう一つの玉より多いという事前確
率分布があれば、壺 B を選び、その色が出ることを
期待する。二つの玉に関するどのような主観的確率を
想定しても、壷 B を選ぶことによる期待利得は少な
壺の実験において、色を選んだとき自然は、期待利
得を最小化する球がでるような確率分布を選ぶと想定
することがミニマックス法のような判断基準が有効な
理由である。少なくとも、我々は、選んだ玉の色は利
得を最小化するものになるという前提で動くものとす
る。したがって、ゲームの勝率が最小化されることを
6
前提としながらも、我々は期待効用の最大化を目指す。
(Hansen and Sargent(2008))ことにより先に進んだ。
このようなミニマックス法のような行動は、壺 B を
二つの分布の差分を統計的に計るため、統計学者の計
選ぶことにつながる。ベイジアンのように行動してい
量法であるエントロピーを用いる。
る訳ではない。私にとっては、ミニマックスな期待効
用を目的とした行動は、誇大妄想であるとは思わない。
むしろ、複数存在する潜在的な確率モデルにおいて、
期待効用の境界を示す手段である。
前述のエルスバーグのパラドックス理論は、金融工
学と応用数学によるモデルの不確実性に対処する将来
有望なアプローチについて議論するための舞台を整え
てくれた。そのアプローチは、ロバスト制御理論と呼
ばれる。
共産主義の終焉
将来の出来事におけるただ一つの確率分布関数を共
有するという限られた意味での共産主義者であること
はもうやめにしよう。代わりに、将来についての複数
の潜在的なモデルが存在することを認めよう。皆それ
ぞれ異なった志向(効用関数)を持つため、ミニマッ
クス決定理論に基づいた決断もあり得る。つまり、効
ある確率分布関数 𝑓と 𝑓𝓇があるとき、相対エントロ
ピーと呼ばれる一つの分布における対数尤度比の期待
値を算出できる。相対エントロピー(ent)は、二つ
のモデルが統計的にどれだけ近似性があるかを計り、
データが更新される際に二つの分布を区別する率を決
定するものであり、以下の式で表される。
𝑓𝓇
𝑓𝓇
𝑓𝓇
𝑒𝑛𝑡= 𝐸𝓇𝑙𝑜𝑔 𝓇 𝓇 = 𝐸 𝓇 𝓇𝑙𝑜𝑔 𝓇 𝓇
𝑓
𝑓
𝑓
これによって、ラーズと私は、計量経済学を駆使し、
データに最も近似する確率分布を表す「エントロピー
玉」を用い、計量経済学を駆使し、特定の確率分布を
囲い込むことができた。その結果、やはりブラックと
リッターマンがエントロピー玉を使い、平均値ではな
く共分散に重きを置いたことには深い意味があったこ
とが判明した。
用関数を最大化するモデルの中から、期待利得を最小
ではここで、リスク中立性の投資家の基本的な投資
化する確率分布関数を選ぶようなミニマックスによる
判断を考察してみよう。二種類の証券に投資可能であ
意思決定を行う。そのような行動により、事後的に、
るとする。一つは、リターンが𝓇𝓇であるリスクフリー
信念が不均一な状態を再現することができる。
モデルの曖昧性を計るにはどうすればよいのであろ
うか?将来について複数の潜在的な確率分布関数を持
ち合わせているが、ベイジアンがするように、単一の
確率関数に統合するのは気が進まない。リターンとリ
スクのモデルを開発するために、計量経済学や統計的
分析を取り入れるとしよう。試行錯誤の末、Black and
有価証券、もう一つは、平均リターンがμ、分散が𝜎𝓇
である高リスクの有価証券であり、どちらもその分布
は確実である。リスクフリーレートで貸し借りでき、
高リスク証券でロングまたはショート・ポジションを
とることができる。ただし、ドッド・フランク法や消
費者保護法により、一つの証券における投機は 1 単位
に限られる。
Litterman(1992)のように、そのモデルを完璧に信
この条件において、投資判断はどうあるべきであろ
頼・信用できるか自問してみよう。もし誰かに、なぜ
うか?もし𝜇 > 𝓇𝓇であれば、お金を借りて高リスク証
できないのかと聞かれたら、なぜならデータに適うも
券を購入すべきである。もし𝜇 < 𝓇𝓇であれば、高リス
しくはほぼ適っている複数の確率分布が存在し、どの
ク証券を売り建てリスクフリーレートで貸し出すべき
確率分布が良いという確信に足るデータがないためだ
である。もし𝜇 = 𝓇𝓇であれば、高リスク証券を買い建
と答えよう。友人であるラーズ・ハンセンと私は、こ
てようが売り建てようが違いはない。
のような状況で、異なる分布の統計的な近似性を計る
7
ここでシナリオを変えてみよう。リスク資産のリ
分布関数に基づくのか明らかにする必要があるのか?」
ターン分布を信頼しないとする。簡略化のため、平均
と自然と聞きたくなるであろう。ジョン・コクレーン
値がいくつかの値をとる、あるいは平均値が一定の範
の著書においては、ある特定の確率分布関数に基づい
囲に収まるとする。先の例ではビッドアスク・スプ
ているため、共産主義者の本であると言える(ジョン
レッドは考慮しなかったが、今回はミニマックス行動
は、私のこの発言を至極気に入らないであろうが)。
により考慮する必要がある。つまり、もし買い建てた
場合は、市場は逆に働き最も低い平均値となる。もし
売り建てたとすると、市場は逆に働き最も高い平均値
と な る 。 曖 昧 性 に つ い て の Dow-Werlang モ デ ル
(1992)によると、以下の数式が成り立つ。
𝜈= ±
ラーズ・ハンセンと私は、確率的割引ファクターを
駆使し、与えられた命題に取り掛かった。確率的割引
ファクターに着目することにより、リスクがどのよう
に価格に織り込まれているかが分かる。一般的となっ
ている共産主義的な解釈(一つの確率分布関数しか想
定しない一般的解釈等)によると、全てのリスクプレ
𝑚 𝑖𝑛
𝑚 𝑎𝑥 (𝓇𝓇𝓇𝓇𝓇𝓇𝓇)𝓇
(−1,
1)
𝓇 2𝜂𝛼 ∈
ミアムは、人々のリスクに対する反応の仕方によって
生成されている。しかし、曖昧性が存在する理論を再
⎛ 𝜇 − 𝓇𝓇 > 0 かつ 𝜇 − 𝓇𝓇 − 𝜎𝓇 2𝜂 > 0 の場合 1 ⎞
𝛼 = ⎜𝜇 − 𝓇 < 0 かつ 𝜇 − 𝓇 − 𝜎𝓇 2𝜂 < 0 の場合 − 1⎟
𝓇
𝓇
考してみると、人々は、共産主義的な解釈により、リ
ここで、ηはエントロピーを表す。この数式には、
にかかる不確実性)を反映している。人々は、将来の
不活性な領域が示されている。そしてその領域は、エ
出来事に対する確率分布関数が分からないという状況
ントロピーによって計測された近似モデル付近に存在
に直面することが嫌いなのである。
する他のモデルの数によりサイズが変化する。このよ
結論
⎝
その他の場合 0
⎠
うに、エントロピーとして計測される曖昧性が、ある
間隔で市場を硬直化させ、もしくはビッドアスク・ス
プレッドを大きくさせる原因となる様を示している。
資産価格と不確実性モデル
資本価格において重要となる数式は、以下の通りで
ある。
スクの価格を誤って解釈していることが見えてくる。
それらの「価格」とは、リスクについてのものではな
く、曖昧性やモデルの不確実性(正しい確率分布関数
私は、ラーズ・ハンセンにより要約された、「モデ
ルの小さな不確実性は、大きなリスクと同等のリター
ンプレミアムを要求する」という表現を高く評価して
いる。
ハンセンと私は、脆弱な信念に関する論文を執筆し、
そこではモデルの曖昧性の元での市場の安定性につい
𝐸𝓇𝓇𝑚 𝓇𝓇𝓇𝑅𝓇,𝓇𝓇𝓇𝓇= 1
この式において𝑚 𝓇𝓇𝓇は確率的割引ファクター、𝑅𝓇,𝓇𝓇𝓇
はリスクの付随するリターンである。割引ファクター
は期待値を1とし、割引ファクターとリターンの条件
付きの共分散を表す確率変数を示す(Cochrane(2005)
て言及した。我々のモデルにおいては、少しの追加情
報が導入されることにより、急速に信念が変化するこ
とが分かった(Hansen and Sargent(2010))。このよ
うな力学は、ボラティリティを説明するのに役立つの
かもしれない。
参照)。リスクプレミアムに関する全ての公式は、こ
もう一つの重要な論点は、市場の変動性は曖昧性の
の数式から成り立っている。この数式において、共分
度合を表しているのか否か、もし表しているのであれ
散は内在する要素であり、「この共分散は、どの確率
ば、それは予測が可能かどうかである。2010 年に発
8
表した我々の脆弱性に関する論文において、ハンセン
る。この考え方こそ、論点の中核となるものであり、
と私は、不確実性が常に存在している環境における脆
信 念 の 振 幅 が 大 き く な る原 因 で あ る 。 特 に 、 悪 い
弱性について定義した。それは、情報の変化により、
ニュースが良いニュースと比較して評価される状況に
市場参加者の信念は大きく揺れ動くということである。
おいてはそうである。これが、私たちの発想の中核で
ミニマックスの前提通りに行動する悲観主義者がいる
ある。私たちのモデルはまだ国を動かすに足るものと
と想定する。その悲観主義者は、いいニュースは一時
は思わない。なぜなら、今後更に、いくつもの問題点
的なものと捉え、悪いニュースは永続的なものと捉え
について熟慮する必要があるからである。
(訳:木村
貴明)
注
1. 最近、ジャネット・イエレン氏に FRB 議長職を譲った
バーナンキ氏は、我々は「尋常ではない不透明性」の世
界に住んでいると発言した。彼はそれに対応するためモ
デルをどのように修正したのか?バーナンキ氏が議長時
代に行ったことを考慮すると、彼は、通常の環境下で
ルールがどのように機能するか研究している実証に基づ
くマクロ経済学者であるとわかる。言い換えると、彼は
過去の特定の事例で採用された金融政策を研究している。
この 4、5 年の間にバーナンキ前議長が行ったことは過去
に例のないことであった。量的緩和の効果に関して過去
のデータは存在しないため、バーナンキ氏はエルスバー
グのパラドックスで壺 B を選んだ人みたいである(論文
の後段で議論)。バーナンキ氏は極めて優秀で歴史への
造詣が深いが、彼が求めている将来の確率分布関数を
データが示すことができない状況にあった。そのため、
彼はそれを勝手に作るか、分布がどのようであるのか情
報に基づき推測する必要があった。彼のモデルは私の小
さいモデルに比べて可変部分がはるかに多いため、その
曖昧さも非常に大きいものであった。敬意を欠いたこと
を言う積りはまったくないが、彼は米国、そして恐らく
は世界で最大のヘッジファンドの一つを運用しているよ
うなものである。彼は、Dow–Werlang(1992)のようなも
のでいくつかの証券で非常に大きなロング・ショート・
ポジションを抱えているとみなすことができる。
参考文献
Black, Fischer, and Robert Litterman. 1992. “Global Portfolio
Optimization.” Financial Analysts Journal, vol. 48, no. 5
(September/October):28‒43.
Ellsberg, Daniel. 1961. “Risk, Ambiguity, and the Savage Axioms.”
Quarterly Journal of Economics, vol. 75, no. 4 (November):643–
669.
Cochrane, John H. 2005. Asset Pricing. Revised edition. Princeton,
NJ: Princeton University Press.
Friedman, Milton. 1953. “The Case for Flexible Exchange Rates.”
In Essays in Positive Economics. Chicago: University of Chicago
Press.
Diamond, Douglas W., and Philip H. Dybvig. 1983. “Bank Runs,
Deposit Insurance, and Liquidity.” Journal of Political Economy,
vol. 91, no. 3 (June):401‒419.
Hansen, Lars Peter, and Thomas J. Sargent. 2008. Robustness.
Princeton, NJ: Princeton University Press.
Dow, James, and Sergio Ribeiro da Costa Werlang. 1992.
“Uncertainty Aversion, Risk Aversion, and the Optimal Choice of
Portfolio.” Econometrica, vol. 60, no. 1 (January):197‒204.
̶̶̶. 2010. “Fragile Beliefs and the Price of Uncertainty.”
Quantitative Economics, vol. 1, no. 1 (August):129–162.
9
(抄訳)
FAJ 2014 年 3/4 月
低リスクアノマリー:ミクロ効果とマクロ効果への分解
The Low-Risk Anomaly: A Decomposition into Micro and Macro Effects
マルコム・ベイカー、ブレンダン・ブラッドレー、ライアン・タリアフェロ
Malcolm Baker, Brendan Bradley, and Ryan Taliaferro
低リスク株式は低リスクとともに高リターンをもたらしてきた。筆者はこの低リスクアノマリーをミクロ部分と
マクロ部分に分解した。ミクロ部分は低ベータ株式の選択からなる。マクロ部分は低ベータカントリーあるいは
低ベータ業種の選択からなる。筆者はいずれもアノマリーに寄与していることを示し、ボラティリティを管理し
たポートフォリオの構築における留意点を提言した。
効率的市場においては、投資家が得られるリターン
先進国全般における低リスク銘柄選択の分析におい
の大きさは、許容できるリスクの大きさに依存する。
ては、S&P 先進国総合指数(BMI)構成銘柄の 1989
このリスクとリターンにおける正の相関関係は直観的
年 7 月から 2012 年 12 月までのデータを用い、サンプ
には魅力的であるが、実際のデータでは見出し難い。
ル銘柄を時価総額加重し市場ポートフォリオとした。
米国市場および他の先進国市場において、低リスク株
収益率は米ドルベースで、無リスク率には米国短期国
式のポートフォリオは、低リスクから期待されるのと
債利回りを用い、ベータの推定には週次リターンを用
比較して驚くほど高い平均リターンであったことが示
いた。
される。このいわゆる低リスクアノマリーは、基本的
に市場に非効率性が存在することを示唆する。
低リスクアノマリー
推定ベータ順に並べ替えた 5 つのポートフォリオそ
れぞれについて、短期国債に対する超過リターンと、
市場全体に対する超過リターンを回帰させ、全期間の
米国市場における低リスク銘柄選択の効果の分析で
事後的なベータと CAPM アルファを計算した。例え
は、証券価格調査センター(CRSP)のデータを用い
ば、CRSP の推定ベータ最小銘柄群からなるポート
た。1963 年1月から 2012 年 12 月までのすべての米
フォリオは、全期間を通じて 0.59 のベータを事後的
国株の月次リターンと時価総額データに基づき、時価
に実現した。推定ベータ最小銘柄群と最大銘柄群の
総額加重のポートフォリオを構築する。毎月、それ以
ベータ値の差は-1.02 と大きく有意である。つまり、
前の 60 カ月(60 カ月に満たない場合は最低 12 カ月)
過去のリターンから推定されたベータは将来のベータ
の超過収益を用いて全銘柄の株式ベータを推定した。
に関して強い予測能力があることを示す。
マルコム・ベイカーは、ハーバード・ビジネス・ス
クールのファイナンス教授、全米経済研究所リサー
チ・アソシエイト、アカディアン・アセット・マネ
ジメント社(「アカディアン社」、米国マサチュー
セッツ州ボストン)シニア・コンサルタント。ブレ
ンダン・ブラッドリーは、アカディアン社ポート
フォリオ運用ディレクター、ライアン・タリアフェ
ロは同社ポートフォリオ・マネジャー。
さらに重要なことに、リスク調整後パフォーマンス
の格差が際立っている。ベータ最小の銘柄群から構成
されたリスク最小ポートフォリオのアルファが 2.27%、
リスク最大ポートフォリオのアルファは-4.49%、アル
ファの差は 6.76pp と大きく、統計的に有意であった。
すなわち、低リスクポートフォリオはリスク調整後
10
ベースで、高リスクポートフォリオをアウトパフォー
リーを分析した。ある銘柄の業種ベータは、同じ業種
ムする。BMI データでは、低リスクアノマリーの効果
に属する全銘柄のベータの時価加重平均とした。毎月、
はさらに強いことが示される。これらの結果は、いく
業種ベータを用いポートフォリオの銘柄数がほぼ同数
つかの先行研究の知見に沿うものである。
となるように 5 分位のポートフォリオを定めた。時価
さまざまな低リスクアノマリー
加重平均でポートフォリオリターンを計算し、ベータ
分析のモデル化に当たり、重要な三点について補足
する。
と CAPM アルファを推定した。その結果、業種ベー
タは株式ベータほど良好ではないものの、リスク抑制
とリスク調整後リターン改善効果のかなりの部分は実
ベータ回転率と流動性:リスクの測定方法によっては
現されることが示された。
高頻度のリバランスを必要とするが、60 カ月分の
データから推定ベータを算出することにより、ベータ
表 3: 60 カ月業種ベータで算出した CAPM ベー
の月毎の変動は小さく回転率は抑えられる。流動性に
タと年率アルファ(米国、1968 年 1 月∼
2012 年 12 月)
CAPM α
CAPM β
(年率%)
業種β
業種β
A 欄:推定値
低
0.71
2.25
2
0.92
2.50
3
0.97
‒1.33
4
1.07
‒0.40
高
1.31
‒1.39
低−高
‒0.60
3.65
B 欄:t値
低
37.29
2.11
2
52.91
2.58
3
54.38
‒1.34
4
52.09
‒0.35
高
58.20
‒1.10
低−高
‒16.69
1.80
関しては、分析を CRSP データの上位 1,000 銘柄に限
定すると、パターンが一段と強まることが先行研究で
示される。低い回転率と大型株におけるアノマリーと
の組み合わせは、この低ベータ戦略の実行可能性が高
いことを示唆している。
ベンチマークモデル:二つの理由から CAPM 回帰モ
デルを用いた。第一に、リスクとアルファ双方への影
響を示すことが容易だからである。第二の理由は、
ベータが理論的に動機づけられたリスク尺度である。
リスクの尺度:ベータはいくつかのリスク尺度の一つ
であるが、我々が注目する理由はポートフォリオの
ベータは、ボラティリティとは異なりポートフォリオ
に含まれる個別銘柄のベータを組み入れ比率で単純に
加重平均して算出できるからである。
低リスクアノマリーの株式と業種への分解:業種をア
29業種におけるミクロ効果・マクロ効果分解
ノマリーのマクロ要因として分析を行う。業種選択効
リスク、リスク調整後リターンの違いは大きいもの
果と銘柄選択効果に分解するため、各月において、株
の、リターンの違いについて統計的に有意性はそれほ
式ベータと業種ベータそれぞれの五分位に基づく 25
ど高くなく、2つの効果を明確に分解できないことに
のポートフォリオを構築した。
留意が必要である。米国株式を CRSP の標準業種分類
とケネス・フレンチの分類を併用して分類した。以下
業種リスクと株式リスクを 2 つの軸として CRSP サ
ンプルを 2 次元に並べ替えた場合、2 つのリスクが分
の分析では、「その他」を除いた 29 業種を用いた。
解可能であれば、その程度に応じて斜線上からかい離
業種間の低リスクアノマリー:表 3 は、個別株式の
した分布となる傾向が強まる。25 のポートフォリオ
ベータの代わりに業種ベータを用いて低リスクアノマ
それぞれの銘柄数比率、時価総額比率をみると、二つ
の効果はかなり重なっているが、二つの効果を分離で
11
きる可能性があることも示している。
そこで、25 の独立した二軸並べ替えポートフォリ
オで、全期間の事後的ベータと CAPM アルファを算
出した。事後ベータは広く散らばり、株式ベータ、業
種ベータが大きくなるにつれて増加する傾向がみられ
る。これに対して、4.44%という純株式アルファは、
業種内でのベータに-0.82 もの差があることに見合う。
これは、業種内ポートフォリオにおいてリスク格差が
大きく、リターン格差は限定的であるため株式アル
ファが得られていることを示す。
る。業種ベータが同等の各列の 5 つのポートフォリオ
先進国31カ国のミクロ効果・マクロ効果分解
の事後ベータは株式ベータが大きくなるにつれ単調に
次に、低リスクアノマリーをカントリー効果と株式
増加している。対照的に株式ベータが同等の各行では、
効果とに分解する。BMI の先進国市場サンプルには、
業種ベータによる事後ベータの変動幅はかなり小さい。
当該全期間を通じて含まれる 21 市場に加え、S&P が
先進国に分類した市場もその時点で先進国市場サンプ
純業種効果を株式レベルのリスクを調整したベータ
最小業種群とベータ最大業種群の差の平均、純株式効
果は業種リスクを調整したベータ最小株式とベータ最
ルに含めた。個々の銘柄は一つのカントリーに結びつ
けられ、同じカントリーの全銘柄のベータの時価総額
加重平均をその銘柄のカントリーベータとした。
大株式の差の平均として計測する。各業種内のリスク
最小銘柄群を選別することによる低リスクポートフォ
カントリー間の低リスクアノマリー:業種をカント
リオ構築では、ベータを 0.82 抑制することができ、
リーに置き換えて BMI サンプルで分析を行った。カ
これは同じ株式リスクグループ内で低リスク業種を選
ントリーベータのみを用いれば、株式レベル並べ替え
択することで構築される低リスクポートフォリオの4
のリスク抑制効果の約半分、リスク調整後リターン改
倍のリスク抑制効果である。これらの結果は、株式レ
善効果の 3 分の 2 を達成した。
ベルの推定ベータが業種ベータよりも将来のベータを
より良く推定することと整合的である。
低リスクアノマリーを株式とカントリーに分解:次に
カントリーがどの程度低リスクアノマリーに寄与して
25 ポートフォリオのアルファは、株式ベータ、業
いるか検証した。BMI データから、毎月、株式ベータ
種ベータの上昇に従い低下する傾向がある。各列の株
とカントリーベータに基づき独立五分位を算出し、株
式ベータ調整後のベータ最小業種群とベータ最大業種
式を一つのポートフォリオに割りあてた。この 25 の
群の銘柄のアルファ差を平均した純業種効果は 1.53%
ポートフォリオで構成株式を時価加重平均した。全期
である。同様に、各行の業種ベータ調整後のベータ最
間の事後的ベータと CAPM アルファを算出した場合、
小株式とベータ最大株式のアルファの差を平均した純
ベータは概ね株式ベータ、カントリーベータが大きく
株式効果は 4.44%である。業種選択も銘柄選択も低リ
なるに従い大きくなる。
スク投資戦略のアウトパフォーマンスに大きく寄与し
たが統計的有意性はそれほど高いものではない。
純カントリー効果を株式レベルのリスク調整後の
ベータ最小カントリー群とベータ最大カントリー群の
この分析は、純株式アルファ(ミクロ効果)と純業
差の平均とし、純株式効果をカントリーリスク調整後
種アルファ(マクロ効果)が異なる理由で生じること
のベータ最小株式群とベータ最大株式群の差の平均で
を示唆している。1.53%という純業種効果は、業種間
測定した。カントリー内のリスク最小銘柄群の選択は、
ベータ差が 0.2 と小さいにも関わらず存在する。すな
ベータの-1.01 の低下をもたらし、同じ株式リスクグ
わち、業種間ポートフォリオではリスク格差は中庸で
ループ内で低リスクカントリーを選択することによる
もリターン格差が大きいために業種アルファが得られ
ベータ抑制効果の 50 倍である。これらの結果は、過
12
去データから推定される株式レベルのベータが個々の
とは異なり、我々は低リスクアノマリーへの寄与はミ
株式のカントリーベータよりも、将来のベータに関し
クロ効果もマクロ効果も同程度なことを発見した。低
てはるかに良い予測を与えることと整合的である。
リスク銘柄選択はリスクの大幅な抑制とリターンの中
アルファは、株式ベータ、カントリーベータが大き
くなるに従い小さくなる傾向がある。各行の最小最大
の差の平均である純カントリー効果は 6.22%、各列の
最小最大の差の平均である純株式効果は 5.40%である。
いずれも 10%有意水準で統計的に有意である。これ
ら過去データは、低リスクアノマリーがカントリー内、
カントリー間いずれにも存在することを示唆する。
庸な改善によって高いアルファを生み出すのに対し、
低リスクカントリー選択は大幅なリターンの改善とリ
スクの中庸な抑制によって高いアルファを生み出す。
低リスク業種選択は相対的に穏やかな効果で、追加的
なアルファは統計的にゼロと区別できない。ミクロと
マクロの効率性の優劣は裁定機会の制約次第である。
対指数での運用に縛られる多くの機関投資家にとって
低リスク銘柄が魅力的ではないことがミクロの非効率
また、純株式アルファ(ミクロ効果)と純カント
性の一因である。一方、マクロの非効率性は業種より
リーアルファ(マクロ効果)が異なる要因で生じてい
もカントリーに多く存在し、それはおそらく業種間よ
ることを示す。すなわち、純カントリーアルファは主
りもカントリー間裁定の制約がより強いためである。
としてリターン格差が大きい結果として生じ、株式ア
ルファは、主としてリスク格差が大きい結果として得
られている。
固有リスク
業種とカントリーのマクロ選択によるリスク低下が
大きくないことは二点を示唆する。第一に、個別銘柄
の相対的なリスクの予測能力に比べて純カントリーリ
スク、純業種リスクの予測は困難である。第二に、相
ベータの代わりに固有リスクを用いた分析も行っ
対的に高リスクの銘柄群を選好する投資家の行動バイ
た。低固有リスク効果はほとんどミクロの現象であ
アスにより低リスクアノマリーが生じているというこ
ること が示された。CRSP の業種サン プルでは
とは、その需要の大半は過去の動向に基づいたもので
96%が純株式効果から生じ、BMI のカントリーサ
ある。
ンプルでは 86%が純株式効果から生じていた。
実務的には、株式レベルのリスクを一定としても、
まとめ:サミュエルソンの金言とボラティリ
ティ管理戦略へのインプリケーション
低リスクアノマリーには、理論的・実務的インプリ
ケーションがある。低リスク銘柄の優れたパフォーマ
ンスは、基本的な市場の非効率性を示し、ミクロとマ
クロ部分に分けられる。ミクロ部分はカントリーや業
種リスクを一定としたときの低リスク銘柄の選択から
生じる。マクロ部分は株式レベルのリスクを一定とし
たときの低リスク業種と低リスクカントリーの選択か
ら生じる。
理論的に、市場の非効率性は、合理的な需要の欠如
と裁定の制約が原因である。マクロの非効率性がミク
業種とカントリー選択で追加的な価値があることは、
株式レベルのベータやボラティリティの単純な並べ替
えより、市場や業種効果を固定したベータ推定のリス
クモデルを使用するほうが望ましいことを示唆してい
る。これは特にグローバルポートフォリオにおいて正
しく、カントリーレベルのリスク推定により得られる
付加価値が大きい。さらに、カントリー、業種エクス
ポージャーが追加的なアルファを生み出してきたとい
うことは、カントリーや業種の制約がより緩いグロー
バル運用の方が、より高いリスク調整後リターンを実
現できる可能性が高いことを意味する。
(抄訳:清水
英佑、CFA)
ロの非効率性より強いことを主張したサミュエルソン
13
(抄訳)
FAJ 2013 年 11/12 月
会計とマクロ経済:総合的な物価水準が個別銘柄に与える影響
Accounting and the Macroeconomy: The Case of Aggregate Price-Level Effects on
Individual Stocks
ヤノフ・コンチトチキー
Yaniv Konchitchki
当論文では、総合的な物価水準の変化が個別企業のシステマティックなバリュエーションに与える影響を、財務
分析を用いて分析した。そして、研究者や投資の実務家にとっての示唆に焦点を当てている。様々な洞察の中で、
著者は、(1)利用可能な情報に基づくインフレ効果を利用した投資戦略は、著しいリスク調整後リターンをも
たらす、(2)インフレが純貨幣性資産に与える影響を利用した投資は、わずかな異常ヘッジリターンしかもた
らさないのに対して、インフレが非貨幣性資産に与える影響を利用した投資は、一貫して経済的にも統計的にも
有意な異常ヘッジリターンをもたらす、ことを示した。当論文は、インフレが株式市場に与えるクロスセクショ
ナルな影響を異なる観点から見直し、バリュエーションに対する重要な示唆を与える。
米一般会計原則(GAAP)では、財務諸表は名目
かし、インフレ調整後の財務諸表は公表されていない。
ベースで表示されており、総合的な物価水準の変化に
また、インフレ調整を行うにも処理が複雑であるため、
関する調整がされていない。1 ドルの購買力は時間経
インフレ調整後のデータを利用するコストは高い。情
過、つまりインフレーションにより変動するため、財
報の取得や処理のコストが高い場合にはミスプライシ
務諸表から得られる情報が一部失われる。従って、企
ングが起こり得ることから、投資家はインフレが将来
業間、時系列における会計情報の比較可能性が損なわ
のキャッシュフローに与える影響を十分に織り込めな
れてしまう。名目ベース表示された財務諸表は、購買
い可能性がある。当研究では、インフレ効果がもたら
力における総合的な物価水準の変化を考慮しないため、
す異常リターンの度合い、およびそのリターンの源泉
未認識のインフレ効果をもたらすが、このインフレ効
について分析した。
果は企業間、時系列で異なる。そのため、インフレ効
果は投資家にとって重要な示唆を与え得る。
当研究は、以下の 4 つの点で、資本市場に関する研
究に重要な貢献をしている。1 つ目は、インフレが株
私自身の先行研究によれば、インフレに起因する利
式バリュエーションに与える影響に関する研究への貢
益や損失は、将来の営業キャッシュフローとプラスの
献である。先行研究の多くは、インフレが市場全体に
相関関係があることが示されている。そのため投資家
与える影響に関する分析であり、株式のインフレヘッ
は、株式評価の際に将来のキャッシュフローに与える
ジ効果は低いとの指摘が多かった。当研究では、イン
インフレの影響を十分に織り込めるかもしれない。し
フレが個別銘柄に与える影響について分析しており、
株式がインフレヘッジに有効であることを示した。2
ヤノフ・コンチトチキーは、カリフォルニア大学
つ目は、インフレ調整利益に関する研究への貢献であ
バークレー校、ハース・ビジネススクールの会計学
る。先行研究の中には、インフレ効果の一部しか考慮
の助教
しないものも見られたが、当研究では、インフレが貨
14
幣性資産、非貨幣性資産に与える効果全体を考慮して
おり、推定インフレ効果を利用した投資戦略の将来の
マイナスとなる。
InfEffect _ NetMonetary
= -(NetMonetar yHolding )(p t ) (1)
ヘッジリターンを分析した。3 つ目は、インフレ調整
した会計データに関する研究への貢献である。インフ
非 貨 幣 性 資 産 に よ る イ ン フ レ 効 果
レ調整した会計データと株式リターンについて、短期
(InfEffect_NonMonetary)は(2)式に示すように、
あるいは同期間における関係を分析した先行研究では、
全般的なインフレ効果(InfEffect)から、貨幣性資産
短期のインフレ効果を過小評価する指摘が見られた。
によるインフレ効果(InfEffect_NetMonetary)を減じ
当研究では、長期のインフレ効果に着目し、投資家が
て算出した。
将来のインフレ効果をどの程度織り込むか、株式バ
リュエーションとの関係について分析した。4 つ目は、
会計データに経済データを組み合わせた場合の、経済
動向を捉えるための有効性に関する研究への貢献であ
る。当研究は、財務諸表分析を行い、株式のミスプラ
イシングの源泉を特定することにより、会計情報と総
合的な物価水準に関する情報が株式バリュエーション
にどの程度有効であるかについて知見を得た。
インフレが個別企業に与えるクロスセクショ
ナルな影響を推計
個別企業に与える全般的なインフレ効果を算出する
ために、財務項目をインフレの影響が異なる貨幣性資
産と非貨幣性資産の 2 つに分けて、インフレ調整後利
益と名目利益の差から未認識のインフレ効果
(InfEffect)を捉えた(実際には総資産で基準化す
る)。貨幣性資産(例:現金)や同負債(例:借入金)
はインフレによってそれぞれ損失と利益になる。一方、
非貨幣性資産(例:土地)は購買力の変化を反映して
インフレの影響が累積する。従って、インフレ調整後
InfEffect _ NonMonetary
= InfEffect - InfEffect _ NetMonetar y
(2)
インフレを利用した投資戦略
当セクションでは、運用実務者のためにインフレを
利用した投資戦略について紹介する。インフレ調整後
の情報を利用した 2 つの戦略の将来リターン(一般的
なリスクファクター調整後)について分析した。投資
家がインフレ効果を十分に織り込めないのであれば、
株価には歪みが生じ、将来の異常リターンに繋がるで
あろう。
戦略 1:毎年、未認識のインフレ効果(InfEffect)を
基準に市場を 10 分位に分割し、ポートフォリオ毎に
翌 1 年間の異常リターンの平均値を計測する。異常リ
ターンには、Fama-French の 3 ファクター(FamaFrench:FF)をはじめとして 3 通り(FF に加えて、
Fama-French-Carhart : FFC 、 Fama-French-CarhartRNOA:FFC-RNOA)のリスクファクターを調整した、
リスク調整後リターンを用いた。
利益と名目利益の差はインフレ効果を表すのである。
戦略 2:2 つ目の投資戦略は、インフレ効果を基準に
次に、インフレ効果のうち、貨幣性資産、非貨幣性
構築したポートフォリオの切片項(アルファ)に注目
資産のそれぞれに起因する効果を区別するインフレ効
した戦略である。インフレ効果が低いポートフォリオ
果(InfEffect_NetMonetary)は、(1)式に示すよ
のアルファとインフレ効果が高いポートフォリオのア
う に ネ ッ ト の 貨 幣 性 資 産 保 有 額
ルファは有意に異なるか分析した。まず、毎月、イン
(NetMonetaryHoldings:資産−負債)にインフレ
フレ効果(InfEffect)を基準に 10 分位ポートフォリオ
率(πt)を乗じて算出した。例えば、貨幣性資産の
を構築する。そして、最も InfEffect が低いポートフォ
方が同負債よりも多い(NetMonetaryHoldings がプ
リオをロングし、最も InfEffect が高いポートフォリオ
ラス)企業は、インフレにより損失となり、貨幣性資
をショートしたゼロコストポートフォリオのリターン
産によるインフレ効果(InfEffect_NetMonetary)は
(ヘッジリターン)を、Fama-French の 3 ファクター
15
等に回帰する時系列回帰分析を行った。この回帰分析
因するインフレ効果に関する結果(A 欄)と、非貨幣
による切片項が、インフレ効果を利用したゼロコスト
性資産に起因するインフレ効果に関する結果(B 欄)
ポートフォリオの異常リターンである。
を示している。各欄の第 1 の部分(左から順に数えて)
分析のタイムライン:名目ベースのデータに、t 年末
までのインフレ率を用いて t 年のインフレ効果を算出
しているため、投資家は t 年末時点で判明しているイ
ンフレ効果を用いて、t+1 年の異常リターンを得るこ
とができる。
は、インフレ効果を基準に構築したゼロコストポート
フォリオの翌 1 年間の異常リターンを示している。各
欄の第 2 の部分は、ゼロコストポートフォリオの時系
列での分析結果を示している。ネットの貨幣性資産に
よるインフレ効果(InfEffect_NetMonetary)を利用し
た投資戦略は、プラスの異常ヘッジリターンが得られ
データ: CRSP(株式リターン)と Compustat(会計
たが、統計的に有意ではなかった。一方、非貨幣性資
データ)のデータが共に取得できる米国上場企業を対
産によるインフレ効果(InfEffect_NonMonetary)を利
象に、1984 年度−2011 年度のインフレ効果を算出し
用した投資戦略は、経済的にも統計的にも有意なプラ
た。
スの異常ヘッジリターンが得られた。
実証結果
インフレ効果を利用した投資戦略の異常リターンに
関する結果を報告する。
全般的なインフレ効果を利用した投資戦略の異常
非貨幣性資産は通常、数年間に亘って使用されるた
め、これらの結果は、インフレによる損益が累積する
のに対してネットの貨幣性資産のインフレ効果は限定
的であることと整合的である。
リターン:全般的なインフレ効果(InfEffect)をベー
追加分析:インフレ効果(InfEffect)と将来リターン
スとした戦略 1、戦略 2 は共に、高いリスク調整後リ
のマイナスの相関関係は、バランスシートの膨張の効
ターンを得ることができている。
果に起因するのではなく、インフレ効果(InfEffect)
インフレ効果の構成要素を利用した投資戦略の異
に起因することを確認した。
常リターン:表 3 は、インフレ効果の構成要素と異
常リターンの関係について、ネットの貨幣性資産に起
16
表 3.
貨幣性資産、非貨幣性資産に起因するインフレ効果の投資パフォーマンス
年率リターンの要約
平均値
標準偏差
プラスとなった プラスとなった
年数
年の割合
月次ポートフォリオリターンの要約
A. ネットの貨幣性資産によるインフレ効果を利用した投資戦略(InfEffect_NetMonetary)
FFヘッジリターン
t値
0.0124
0.384
0.1710
11
39%
FFヘッジリターン
t値
0.0020
1.380
FFCヘッジリターン
t値
0.0168
0.528
0.1681
11
39%
FFCヘッジリターン
t値
0.0023
1.560
FFC-RNOAヘッジリターン
t値
0.0224
0.700
0.1692
13
46%
FFC-RNOAヘッジリターン
t値
0.0014
1.000
B. 非貨幣性資産によるインフレ効果を利用した投資戦略(InfEffect_NonMonetary)
FFヘッジリターン
t値
0.1196
6.985
0.0906
27
96%
FFヘッジリターン
t値
0.0090
9.140
FFCヘッジリターン
t値
0.1176
6.929
0.0898
27
96%
FFCヘッジリターン
t値
0.0092
9.230
FFC-RNOAヘッジリターン
t値
0.1349
5.661
0.1261
28
100%
FFC-RNOAヘッジリターン
t値
0.0090
9.030
注)本表は、インフレ効果に関する異なる調整方法による分析結果を示している。企業のネットの貨幣性資産に関
するインフレ効果の結果はパネル A、非貨幣性資産に関するインフレ効果の結果はパネル B に示している。各パネ
ルの第 1 の部分(左から右に見る)は、ポートフォリオ構築後の 1 年間の異常リターン(全ての企業・年の平均
値)を示している。第 2 の部分は、ゼロコストポートフォリオの月次リターンに関する時系列分析結果を示してい
る。ヘッジリターンは、インフレ戦略によるゼロコストポートフォリオの年率リターンである。なお、リターン
は、FF、FFC、FFC-RNOA ファクターを用いてリスク調整されている。分析サンプルは CRSP、Compustat から
株式リターンと会計データが共に取得できる米国企業。ポートフォリオの構築年は 1984 年−2011 年。
まとめ
当研究では、インフレ効果が個別企業に与える株式
バリュエーション上の影響について分析するために、
財務分析を行った。インフレを利用した投資戦略が高
いリスク調整後ヘッジリターンをもたらすのは、イン
フレが個別企業に与える影響がクロスセクションで異
なることを投資家が十分に認識できないことに起因し
ていることを示した。更に、インフレを利用した投資
戦略がもたらす高い異常ヘッジリターンの大部分は、
性資産に起因していることを示した。
今後の研究の方向性として、財務分析に関する投
資家の洗練度合いが、インフレ情報に関する株式バ
リュエーションにどう影響を与えるかに関する研究
や、特定の会計項目に対するインフレ効果について
の研究などが考えられるであろう。
(翻訳:斉藤
哲朗、CFA)
企業が保有するネットの貨幣性資産ではなく、非貨幣
17
(抄訳)
FAJ 2014 年 3/4 月
ココ債:価格モデルの初めての実践的評価
Contingent Convertible (CoCo) Bonds: A First Empirical Assessment of Selected
Pricing Models
サチャ・ウィルケンス、CFA、ナスジャ・ベスケ
Sascha Wilkens, CFA, and Nastja Bethke
当研究は、偶発転換社債(ココ債)の価格モデルの初の実証研究である。最近では、多額のココ債が銀行により
発行されている。筆者の分析によれば、実績のある構造モデル、株式デリバティブ・モデル、およびクレジッ
ト・デリバティブ・モデルはすべて市場価格に概ね合致するものの、ヘッジ比率の算出にバイアスがかかること
を示す。株式デリバティブ・モデルがココ債のプライシングとリスク管理において最も実用的である。
2007−2008 年の経済金融危機を契機に、金融機関
への規制が強化された。バーゼル III では、段階的に
自己資本比率を高め、銀行は最終的に、リスク加重資
産(RWA)の 8%相当額以上の自己資本を維持しなけ
ればならない。旧ハイブリッド証券は資本算入が認め
られなくなり、銀行は新金融商品でその他ティア 1 を
積み増すことになった。「大きすぎて潰せない」問題
やシステミック・リスクへの備えとしての偶発資本及
びベイルインの導入に対応したココ債は、トリガー条
項により、自動的に普通株式に転換されるか元本が削
減される仕組みを有する。バーゼル III 規制に準拠す
る債券発行残高は1兆ドルと見積もられている。
今まで、ココ債のプライシングの包括的な分析は行
われておらず、市場分析やヘッジの標準的手法は確立
していない。ここでは、代表的なココ債であるロイズ
銀行グループ(以下 LBG)およびクレディ・スイス
(以下 CS)を用い、複数の価格モデルを比較検証す
る。当研究の結果、実務上、プライシングとリスク管
理のためのパラメーター化と解釈が容易な株式デリバ
サチャ・ウィルケンス、CFA は BNP パリバ(ロンド
ン)リスク手法・分析部門の副ヘッド、ナスジャ・ベ
スケは同部門定量アナリスト。
ティブを基にしたモデルが最も優れていることを示す。
ココ債の特徴と価格モデルの評価について
「典型的」なココ債は債券として位置づけられ、金
融機関の自己資本比率が一定水準を下回った時に普通
株式に転換される(規制当局による強制転換も存在す
る)。トリガー条項に抵触しない限り、ココ債はクー
ポンを満期まで支払い、満期日に額面で償還される。
中核的ティア 1(CT1)は、リスク加重資産に対する
資本比率として計算される。ココ債は金融機関が厳し
い財務状況となった際に損失吸収機能を有すると考え
られるため、バーゼル III のティア 1 に含めることが
可能である。ココ債の価格モデルは、大別すると、構
造モデル、株式デリバティブ・モデル、及びクレジッ
ト•デリバティブ・モデルの 3 種類が存在する。
構造モデル:構造モデルは、金融機関の財務諸表上の
資産・負債に着目した価格モデルであり、自己資本比
率が閾値に達すると偶発資本が転換され資本に組み入
れられるプロセスを扱う。このモデルでは、資産価値
が負債価値を下回る時に金融機関が破綻するとされる。
当研究で用いた Pennacchi(2011)のモデルでは、銀
行のバランスシートは単純に、預金、偶発資本、株式
で構成される。そして銀行の資産プロセスを「ジャン
18
プ」で説明し、ジャンプの存在によりココ債の利回り
率が LBG 債では 5%以下、CS 債で 7%以下のときトリ
がデフォルトフリー債券を上回るとした。リスク中立
ガーが発動され株式に転換される。30 年満期の CS 債
資産プロセスは、資産対預金比率で表され、この比率
は、2016 年 8 月までの 7.875%固定クーポン債券であ
が 1 を下回る場合はデフォルト、1 を上回る場合に偶
り、その時点で償還可能である。コールされない場合
発資本が株式に転換される。トリガー発動時に、転換
は、5 年毎にクーポンレートが設定され、半年毎に発
すべき偶発資本は、債券額面対資本についての交換比
行体はコールする権利がある。転換価格は、LBG が 1
率で決定される。転換後の(当初の)株式価値は、預
株 0.59 ポンド、CS は 20 スイスフラン、20 ドル、転
金者とココ債保有者への支払い後の残存価額となる。
換日前 30 日の平均株価の最大値である。CS 債は複雑
上述の交換比率もココ債と株式所有者への価値分配に
なため、債券価格算出のためには、モンテカルロ・シ
おける 2 階層モデルも現実を正しく表しているとはい
ミュレーションの多用を避け価格や感応度、モデルの
えないため、当研究では修正を施した。
調整等を容易にするため、簡略化が必要である。
株式デリバティブ・モデル:ココ債価格は主に株価の
CS 債券のコーラブルの権利:発行時に、初回コール
影響を受けるため、そのプライシングに株式デリバ
日(2016 年 8 月)までの利回りはスワップレートよ
テ ィ ブ の 手 法 を 使 用 す る の は 自 然 で あ る 。 de
り 450bp 高く、2016 年以降に決定されるスプレッド
Spiegeleer and
Schoutens(2011, 2012a)は、ココ債を
より低い。信用状況が同じか改善されれば額面で償還
普通社債、ノックイン・フォワード、複数のバイナ
される。信用状況が悪化する場合、信用リスクを織り
リ・ダウンアンドイン・オプションで複製した。トリ
込むようスプレッドが上乗せされる。この場合、市場
ガー発動時に株式に交換することでこのオプションは
で資金を再調達する方が割高なため、発行体は債券を
転換後におけるクーポン支払い停止を表す。株式デリ
コールしない。フォワード信用スプレッドは市場で入
バティブ・モデルでは、ココ債価格や価格感応度が株
手可能だが、フォワード「トリガースプレッド」は債
式オプションのように算出される。当研究では、保有
券の価格モデルに依存し債券価格から得ることは難し
リスク資産やジャンプ等についてモデルの修正を施し、
い。CS 債は商品性が複雑なため、初回コール日を満
また転換時に株価下落を表すモデルで補完した。
期として分析する。
クレジット・デリバティブ・モデル:企業の財務悪化
CS 債券の転換価格:CS 債の転換時の実行株価は、3
により転換されるのがココ債の主な特徴である。その
つの値の最大値となる。株価のジャンプや市場の価格
ため、債券価格は企業の財務健全性とデフォルト可能
操作等の影響を平滑化するため平均値が使用される。
性に密接に結びついており、クレジット・モデルはそ
しかしプライシングではこの平均値は重要ではなく、
のままプライシング手法に使える。Serjantov(2011)
債券価格は予想株価変動率および株式転換確率に左右
が提唱したクレジット•デリバティブに基づくプライ
される。分析では転換価格は 20 ドルと 20 スイスフラ
シングの枠組みは、早期償還時に失われる将来クーポ
ンの高い方を用いる。
ンの支払いを明示的に扱っているため分析に使用した。
ココ債価格は、トリガー発動または、デフォルトが発
生しない条件で、満期元本償還額と満期までのクーポ
ンを累積生存確率で加重し価格日までで割り引く。
実証分析
LBG と CS のココ債の分析に焦点をあてる。CT1 比
価格動向と予備的分析:ココ債価格は、株価と高い相
関関係がある。株価、インプライド・ボラティリティ、
CDS スプレッド、金利の日次変化・5 日間変化に対す
るココ債価格変化率の回帰分析を行った。株価が大き
く動くトリガーイベントを反映するものとして CDS
スプレッドを用いた。ココ債価格を説明する各変数の
19
説明力は全般的に高く、R2 は概ね 30%から 50%で
あった。株価上昇、インプライド・ボラティリティ低
下はココ債価格上昇を示唆する。CDS スプレッドお
よび金利の変化はあまり明確な結果を示さなかったが、
単独で分析した場合、スプレッド拡大はココ債価格低
下を示唆した。
ティブ・モデルよりも全般的に各債券に適合した。
ヘッジのパフォーマンス:実務上、モデルはココ債と
価格変化の管理に用いられる。ヘッジ目的に使用でき
ればモデルの質の高さを示す。ココ債投資家がココ債
発行体の株式をショートすることでヘッジを行う場合、
銀行の財務健全性悪化に従ってショートすべき量が増
モデルのパラメーターと調整
加する負のコンベクシティの問題があるため、ヘッジ
構造モデル:パラメーターは市場で直接観察できるも
ツールとしての適性は重要である。理想的なモデルで
の、財務諸表関連で半ば観察できるもの、そして観察
はココ債のヘッジに株式と CDS を使用し、ポート
できずに専門家の判断やココ債の市場価格から推定さ
フォリオ全体を市場環境の変化に対して中立化する。
れるものが存在する。構造モデルでは、直接観察され
プライシングのパラメーターの中でヘッジ可能なのは、
るのは実質的にリスクフリーレート r のみである。資
株価(デルタ、ガンマ)と金利(ロー)である。その
産体預金比率 x=A/D の推定には様々な手法が存在し、
ためココ債保有者は、ヘッジのため株式をショートし
当研究ではマートンモデルを用い株式時価総額と財務
金利をロングとする。
諸表データを組み合わせる。観察不可能な預金の合理
的な平均回帰スピード g や資産ボラティリティσ等も
推定を要する。また、実務的な取り扱いには、株式に
転換される資本比率水準と転換価格等のココ債の転換
条件をモデルに合った数値に調整する必要がある。
株 式 デ リ バ テ ィ ブ ・ モ デ ル : De Spiegeleer and Schoutens(2012a)のモデルでは、株価 S、配当利回
り q、インプライド・ボラティリティ v を用いる。唯
一の自由度は、転換時の株価(S*)であり、これはコ
コ債価格から推計される。
クレジット・デリバティブ・モデル:リカバリー率な
ど全てのパラメーターをココ債価格及び市場ソースな
株式デリバティブ・モデルでは、金利の他に、株価
とインプライド・ボラティリティがリスク要因として
最も重要である。構造モデルでは、デルタ、ガンマ、
ローと共にインプライド・ボラティリティの感応度
(ベガ)をヘッジに用いる。ヘッジの際は、株式と金
利のポジションに加えインプライド・ボラティリティ
のロングポジションが必要である。クレジット・デリ
バティブ・モデルでは、クレジット・デルタ及びガン
マの管理のためクレジット・デフォルト・スプレッド
が使用される。加えて、トリガースプレッドとその変
化のヘッジに CDS が用いられる。
ど か ら 取 得 す る の が 望 ま し い 。 し か し 、 Serjantov
ヘッジ・ポートフォリオの日次価格変化が累積的に
(2011)が指摘するように、少なくとも銀行が破綻状
ゼロに近づけばヘッジの質は高い。しかし、3 つの価
態でない限り、こうしたリスクパラメーターを正確に
格モデルのヘッジ分析では、どのモデルもモデルの仕
推計することは困難である。
様か調整、あるいはその両方で問題がある。構造モデ
モデルの適合具合:日次ベースのココ債価格とモデル
推計価格の差の二乗の和が小さくなるようにパラメー
ターを調整し、3 つのモデルがココ債価格にどの程度
適合するか検証した。各モデルが個別のココ債にどれ
だけ適合するかに着目した。その結果、構造モデルと
クレジット・デリバティブ・モデルは、株式デリバ
ルのみが自己資本比率トリガー及び株式転換価格のよ
うなココ債のプライシングに必要な全てのパラメー
ターを明示的に取り扱っている。自己資本比率トリ
ガーは、株式デリバティブ・モデルではトリガー株価、
クレジット・デリバティブ・モデルではスプレッドト
リガーを内包しているともいえるが、パラメーターが
欠如する以上、モデルは十分ではいえない。モデルを
20
実務で使用する場合、さまざまなパラメーターの推計
パラメーター設定に問題はあるが、株式デリバティ
の影響を強く受ける。(金利を除き)ほぼすべてのパ
ブ・モデルは最も実践的なモデルである。株価はココ
ラメーターは直接観測できないため、標準的なモデル
債価格を動かす、数少ない非常に明確な要素である。
の調整を超えた専門的な判断や推計が必要とされる。
そうした株価を明示的に取り込み、その理解が容易で、
同様に、クレジット・デリバティブ・モデルにおいて、
ヘッジ戦略への採用が容易な株式デリバティブ・モデ
転換時のリカバリー率やトリガーとデフォルトとの相
ルは、実務家の観点からみて望ましいモデルである。
関には専門的な推定が必要とされる。モデルの仕様や
図 2:クレディ・スイスココ債のヘッジ分析:累積予想債券価格(株式デリバティブ・モデル)と
実績値比較
額面に対する累積変化率(%)
予想価格変化率:デルタ
予想価格変化率:ガンマ
予想価格変化率:ベガ
予想価格変化率:ロー
予想価格変化率:デルタ、ガンマ、ロー
債券価格変化
結論
大手銀行のココ債を用い 3 種類の価格モデルを検証
な結果を示した。ココ債の価格モデルは、3 つの基準
した結果、株価がココ債価格を動かす主因の一つであ
を満たす必要がある。自己資本比率トリガー等のココ
ること、他のパラメーターはココ債価格の決定要因と
債独自の特徴を明示的に取り込むこと、ココ債を株式
しては小さいことが判明した。3 つのモデルはすべて、
とクレジットのハイブリッド証券として正しく扱うこ
ココ債価格を概ね表していたが、ココ債のヘッジに使
と、そして価格モデルが市場で観測可能なデータを用
用するには、大きなバイアスが存在するため実務的に
いることで日々の価格動向及び感応度を迅速に反映す
は困難である。相対的には、株価(デルタ、ガンマ)
ることにより実務で使用可能なことである。
と金利(ロー)リスクに対してヘッジする株式デリバ
(抄訳:浜野
秀明)
ティブ・モデルが少なくとも一部ココ債に対して良好
21
(抄訳)
FAJ 2014 年 3/4 月
嗜好品資産への投資
Investing in Emotional Assets
エルロイ・ディムソンとクリストフ・スパンジャーズ
Elroy Dimson and Christophe Spaenjers
著者らは収集品の長期的な投資パフォーマンスを分析し、これらのいわゆる嗜好品資産が長期的にみて長短国債
および金をアウトパフォームしたことを見出した。しかし、収集品市場の取引コストは高く、投資家は多くの危
険や落とし穴に直面する。嗜好品資産は、一部の富裕層投資家にとって非常に魅力的な投資対象である。しかし、
常に警戒が必要であることから、多くの機関投資家のポートフォリオへの嗜好品資産の組み入れ正当化は難しい。
収集品である「嗜好品資産」は「心の資産」とも呼
ムしたことを示す。一方、収集品の取引費用は高く、
ばれ、世界中の投資家のポートフォリオの重要な位置
当該市場には多くの危険や落とし穴が存在するため投
を占める。バークレイズ社(2012)の調査によると、
資家には十分な注意が求められる。その警戒レベルが
平均的富裕層は総資産の約 10%を美術品、骨董品、
高すぎて当該資産保有にさほど喜びを感じない投資家
宝飾品、高級ワイン、その他の希少な贅沢品に投資し
にとり、これら資産をポートフォリオに組み入れるの
ているとされている。嗜好品資産の金銭的価値に対す
は適切ではない。
る認識が高まったことにより、過去約 10 年間に美術
長期リターン
品および収集品投資業界の専門化が進んだ。大手金融
機関を含めて多くの企業が嗜好品資産の市場データや
分析、投資助言、金融サービスを提供するようになっ
た(Coslor and Spaenjers 2013)ほか、複数のプライ
ベート・エクイティ型ファンドを通じて収集品への間
接投資も可能となった。
本論では、長年にわたり競売や取引業者により売買
されている 3 部類の収集品、つまり美術品、切手およ
び楽器(バイオリン)の長期リターンを分析した 1。
図 1 に、1900∼2012 年のインフレ調整後英ポンド
ベースの価格指数を示す。但し、この 113 年間のイン
フレ調整後の英ボンド/米ドルレートの変化は年平均
収集品投資の妥当性に迷っている投資家や運用マネ
0.1%を下回っているため、本論に掲載されている長
ジャーは、業界関係者からよく聞かされる短期間での
期的な年平均リターンの推計値と米ドル換算の実質リ
儲け話より、その長期パフォーマンスに関する科学的
ターンはほぼ同水準になる。
研究を参考にするべきである。本論では、嗜好品資産
投資に係るリスクとリターンに関する学術研究を紹介
し、収集品が長期的に国債および金をアウトパフォー
エルロイ・ディムソンは、ロンドン・ビジネス・ス
クールの金融学名誉教授で、ケンブリッジ・ジャッ
ジ・ビジネス・スクール寄付基金運営研究センターの
共 同デ ィレ クタ ーも 務める 。ク リス トフ ・ス パン
ジャーズは、HEC 経営大学院の金融学助教授。
美術品:美術品の価格指数は、Goetzmann, Ronneboog
and Spanjers ( 2011 ) の 騰 落 率 の デ ー タ と 、
Artprice.com の英国美術品市場指数の 5 年分の騰落率
を繋げて構築した。1900∼2012 年の実質年平均リ
ターン(幾何平均)は 2.4%(名目リターンは 6.4%)
であった。この価格指数は、1960 年代後半から 1970
年代初め、1980 年代末の美術品市場バブル期、2004
22
∼2006 年の間、美術品価格が大きく上昇したことを
したがって、美術品価格指数は個々のジャンルや品質
示している。一方、第 1 次世界大戦、世界恐慌、1973
による価格動向の違いを覆い隠してしまう。他の 2 つ
年の石油危機以降、1990 年代初めの景気後退期、
の価格指数は、構成要素の均質性がやや高いことから、
2008 年の世界金融危機では大きく下落した。これら
この問題はさほど重大ではない。切手価格指数は、
のショックは資産価値や高所得層の収入に負の影響を
1900 年当初に最も価値が高かった英国切手 50 枚で構
及ぼし、高額な美術品の価格を押し下げた。
成されていたが、新たに上位 50 枚入りした切手を
切手:切手カタログや価格表は 145 年以上にわたり発
行されてきた。最も長く継続的に切手カタログを発行
してきたのは英国の切手取引業者スタンレー・ギボン
ズ 社 で あ る 。 2008 年 ま で は Dimson and Spaenjers
(2011)が用いた同社カタログの数値、それ以降は同
社の GB30 Rarities Index の騰落率を用いた。1900∼
2012 年の実質年平均リターン(英ポンドベース)は
2.8%(名目リターンは 6.9%)であった。切手は 1970
年代後半のインフレ期に実質リターンが最も高く、こ
ポートフォリオに追加し、リストから外した切手は存
在しない。2012 年末の価格指数は、1935 年以前に発
行された切手 127 枚で構成されている。また、ある特
定グループの切手は総合指数とほぼ同じ値動きを示す
ことが明らかになった。楽器価格指数は主にイタリア
製の古いバイオリン(うち約半分はアントニオ・スト
ラディヴァリ製)の売買データを使用しており、ポー
トフォリオ構成要素の特質は長期にわたり比較的安定
している。
の時期はダイヤモンドや金を含むその他の有形資産も
金融資産との比較:図 1 は嗜好品資産と英国の長短期
インフレヘッジとしての魅力が高まった。近年でも英
国債、株式、および金との比較を示す。興味深いこと
国切手の価格が大きく上昇している。一方、切手の実
に、1900∼2012 年の美術品、切手およびバイオリン
質価格が最も大きく下落したのは第 1 次世界大戦中と
の幾何平均リターンはほぼ同水準であった。しかし、
1980 年代初めであった。
長期リターンの近似性に関わらず、さまざまな収集品
バイオリン:長期データが存在する 3 つ目の収集品は
楽 器 で あ る 。 2009 年 ま で は Graddy and Margolis
(2011)の再販価格データ、それ以降は Graddy and
Margolis(2013)の年次騰落率データを用いて 1900∼
の間で短期的な価格動向には大きなばらつきが見られ
る。例えば、切手は 1970 年代のインフレ期にアウト
パフォームし、美術品は 1980 年代後半にその他の資
産をアウトパフォームした。
2012 年までの年次の実質価格指数を構築した。1900
図 1 は 1900∼2012 年に株式が美術品、切手および
∼2012 年のインフレ調整後年平均リターンは 2.5%
バイオリンを含むその他の資産をアウトパフォームし
(名目は 6.5%)で、切手や美術品の長期リターンと
たことを示している。株式の実質年平均リターン(幾
ほぼ同水準であった。1920 年代と 1960 年以降に価格
何平均)は 5.2%であったが、収集品の実質年平均リ
指数が大きく上昇したが、1970 年代半ば、1990 年代
ターンは 2.4∼2.8%であった。しかし、収集品の長期
初め、2000 年代初め、そして特に 2011 年から 2012
リターンは長期国債の実質年平均リターン 1.5%や短
年にかけて一時的に下落した。
期国債の同 0.9%を上回った。金の実質年平均リター
ポートフォリオ構成:各指数の価格変化は、その構成
銘柄が時間をかけて緩やかに変化していることを反映
している。美術品価格指数は主に 19 世紀以前に描か
ンは 1.1%であった。表 1 に、分析対象資産の名目・
実質リターンの分布に関する追加情報を示す。
費用
れた油絵の売却価格をもとに構築されており、特定時
どの収集品も独自の特質を備えており、このため嗜
点の指数構成は絵画の売買タイミングに左右される。
好品資産への投資に掛かる費用を高めている。そこで、
23
嗜好品資産の長期リターンについて分析した後、投資
行やバブルの存在、偽造や詐欺の危険性、間接投資に
に掛かる費用にも着目した。本論では取引コスト、低
伴う問題にも直面する。以下で、これらの問題につい
流動性の影響、その他の費用について分析を行った。
て順に考察する。
取引コスト:さまざまな資産の取引コストは種類に
リターンのボラティリティ:収集品の投資リスクの評
よって大きく異なる。周知のとおり、収集品を売買す
価には、まずリターンの標準偏差を用いる。美術品、
る際に競売会社に支払う手数料や取引業者の利幅は高
切手およびバイオリンのリターンの標準偏差をそのま
い場合がある。競売会社は通常、買い手に対して「プ
ま使用すると、収集品価値の真のボラティリティが過
レミアム」、売り手に「手数料」の支払を求めるが、
小評価されるという問題が生じる。そこには価格硬直
これらは売り手に課される税金のようなもので、合計
性や価格指数の構築方法により生まれる正の自己相関
して資産価格の約 25%を超える場合が多い。また、
性など様々な問題がある。ひとつの対応策としては、
取引業者は概して売却価格を大きく下回る価格でしか
リターンから「トレンドを除去」して修正することだ
買戻しを行わない。幸い、こうした取引コストが費用
が、その場合の美術品および切手のリターンのボラ
控除後の年平均リターンに与える影響は、保有期間と
ティリティは株式とほぼ同水準である(Dimson and
逆相関の関係にある。平均すると、収集品の保有期間
Spaenjers 2011、Renneboog and Spaenjers 2013)。しか
は比較的長い。
し、それでも美術品、切手、バイオリンの価格指数を
低流動性:低流動性は隠れた取引コストである。美術
品やその他の収集品を直ぐに、少なくとも「市場価格」
で売却することは不可能である。競売参加者以外に潜
在的な買い手を探すことに時間と費用が掛かることが
ある。したがって、当然ながら強制処分価格は通常よ
り低いことが多く、特に美術品コレクションの叩き売
りが増える金融危機下で美術品市場の流動性が低下し
た場合は深刻な状況になる。
そのままポートフォリオとして買うことが不可能であ
る点を認識しなければならない。この点はきわめて重
要で、収集品の中には異質性が高い部類が存在するか
らである。例えば、Renneboog and Spaenjers(2013)
は美術品の媒体、流派および品質の違いによってパ
フォーマンスが異なることを見出した。このことは、
価格変動リスクを妥当な水準に抑えるためには、多様
な美術品を保有すべきであることを示唆している。し
かし、それは本格的な収集家には不本意なポートフォ
その他の費用:費用控除後のリターンをさらに引き下
リオであり、多くの投資家にとり金銭的な余裕はない。
げる要素は、収集品の保管、保険、その他に掛かる費
用である。これらの費用の多寡は、収集品が純粋に投
資目的で購入されたものであるかに左右され、その場
合は費用効率良く保管することが可能である。収集品
が楽しみのために購入された場合は、投資家は美術品
を見たり、高価な楽器を演奏したりすることによって
非金銭的利益を味わい尽くすことができるが、これに
掛かる金銭費用、つまり保管費用は総じて高くなる。
嗜好の変化:収集品の供給が一定であると仮定すると、
リターンは最終的に将来の需要予測によって決まる。
しかし、嗜好は時間の経過とともに変化することから、
需要の予測は困難な場合がある。美術品は徐々に収集
品の中でも価値が高い部類になり、ついに最近数十年
間に見られる価格水準に達した。このことは、嗜好品
資産に関するどの研究にも生存者バイアスが存在する
危険性を示唆している。本論では意図せずに油絵や英
投資リスク
次に、投資リスクに焦点を当てる。金融の世界で最
も解りやすいリスクはリターンのボラティリティであ
国切手など、欧米富裕層の収集家等の間で最近まで流
行遅れにならずにすんだ財のリターンを評価した可能
性がある。最近数十年間に重要視された全ての種類の
る。しかし、投資家は美的嗜好や富の分布の変化、流
24
収集品が、将来もその魅力を維持できるか考える必要
いう問題もある。最後に、資産価値やパフォーマンス
がある。
評価は運用マネジャーと投資家(時としてメディアも)
富の分布の変化:美的嗜好と同様に富の分布も変化し
うるので、収集品の需要そして価格に大きな影響を及
ぼす。日本では、1980 年代後半のバブルの影響で、
国内収集家が好むような美術品の価格が高騰した。ま
の間で議論になりやすい。これらの問題を勘案すると、
今日まで収集品に投資するファンドの成功例が希少で
ある点は意外ではない(Horowitz 2011)。
結論
た、過去 20 年間に複数の国が世界経済の主要プレー
収集品への投資の動機は、常に金融と感情が入り混
ヤーになるに伴い、これらの国の美術品市場も発展し
じった複雑なものであるが、金融市場の不透明感が長
た。富と贅沢品への需要との強い関係性も、遅れを伴
期化したことにより多くの投資家が蓄財の代替物とし
いつつ収集品の価格が株価と正の相関がある点を説明
て収集用の贅沢品を検討するようになった。本論で分
しており、リスク分散の観点から投資を行う合理性を
析した美術品、切手およびバイオリンなどの長期的な
低下させている。
投資パフォーマンスは、費用控除前で、長期国債と短
流行とバブル:美術品などの収集品の価格はしばしば
嗜好または富の分布(あるいは割引率)の変化では説
明 が 困 難 な ほ ど 変 動 す る こ と が あ る 。 Pénasse,
Renneboog, and Spaenjers(2014)は、さまざまな美術
品の価格に長期リターンリバーサル、つまり不動産市
場のように「投機的な動き」が見られると記している。
さらに、バブルの発生と崩壊は流行を追いがちな心情、
期国債などのトータルリターンを上回った。一方、そ
の価格変動性は価格指数の標準偏差が示唆するより大
きいと考えられ、嗜好の変化や流行の影響を受け、詐
欺に対し脆弱であることから投資リスクが高い。加え
て、間接投資には固有の問題も存在するため、この分
野での失敗例は非常に多い。
以上の点から判断して、収集品への投資は安易に行
当面は価格の上昇傾向が続くという期待によってある
うべきではない。純粋な投資の観点から言えば、収集
程度説明できるとの仮定を裏付ける証拠を見出した。
品投資に関心をもてるのは、既に分散の効いた金融資
収集品は売り建てが不可能で評価が難しく、多くの買
産ポートフォリオを保有し投資期間が長く、その投資
い手にとって感情に根差した動機が重要であるため、
環境が順調でない時期も耐えられる投資家のみだと思
当然ながらこれらの市場では投資家心理が重量な役割
われる。しかし、たとえそのリスク・リターン特性が
を果たす。
金融資産に劣後しても、それらを所有することにより
偽造と詐欺:金融市場でも詐欺が起きるが、嗜好品資
産に投資する際は特に注意が必要である。偽造品であ
る可能性は、美術品、切手、ワイン、その他多くの収
集品の買い手にとっては心配ごとである。また、正当
な所有者から以前盗まれた物を購入する危険性もある。
喜びを感じる人々には購入する十分な合理性がある。
費用控除かつリスク調整後の金融リターンが低いこと
は、所有によって美的な自己満足という「精神的リ
ターン」を得ることこそが本命であることを示唆して
いる(Mandel 2009、Dimson, Rousseau, and Spaenjers
2014)。この感情的「利益配当」と金融リターンの相
間接投資:嗜好品資産に投資するファンドは、多様な
収集品への投資機会を提供する。また、良い取引関係
互作用についてさらに解明することは研究者の今度の
課題である。
があれば、公の競売市場外で裁定機会を見つけて利益
をあげられる。しかし、ファンドを通じた間接投資に
(抄訳:森
ゆき)
は、運用手数料が高いことに加えて、収集品業界の抵
抗によって市場関係者から有用な情報を得られ難いと
25
(抄訳)
FAJ 2014 年 1/2 月
私をイラつかせること10選
My Top 10 Peeves
クリフォード・S・アスネス
Clifford S. Asness
著者をイラつかせる3つの特徴を持つことについて論じる。その特徴とは、(1)投資または金融一般に関する
こと、(2)極めて一般的に信じられしばしば繰り返して表明される信念、(3)誤りあるいは誤解を招き、投
資家の利益を損ねることである。
私を特にイラつかせことの中から、投資関連の 10
クオンツでは低リスクと見做すという誤りを犯してい
選(誰も完全なリストを見たいとは思わないだろう)
るとする。しかし、どんな単純なクオンツでもボラ
を紹介する。軽い読み物でもあり細かい議論は省き反
ティリティだけでなく期待リターンも想定している。
論は無視する(証拠は示さないが、反論に対する反証
そしてボラティリティは証券価格がどの程度動くかを
を持ち合わせていると言っておこう)。あるものは単
表すのではなく、期待リターンに対してどの程度のば
純で、他はより真剣に対応すべき内容である。これは
らつきがあるかを示している。もし、クオンツとその
私だけの考えではなく、広く共有されているものであ
他の投資家が証券を割高だとみなせば(見通しが一致
る。これらは(1)投資または金融一般に関すること、
しない場合は、リスクの定義とは異なる問題になる)、
(2)極めて一般的に信じられしばしば繰り返して表
ともに期待リターンはマイナスということになる。
明される信念、(3)誤りあるいは誤解を招き、投資
2. 至る所に存在するバブルがすべて弾ける
わけではない
家の利益を損ねること、という3つの特徴を共有する。
1. 「ボラティリティ」はオタクのもので、
リスクとは「投資元本を失う」可能性だ
ボラティリティという「クオンツ」指標は誤りであ
「バブル」という単語を、効率的市場を信奉してい
ない人でも(信奉しているなら、風呂桶の外では呟か
ない方が良い)使い過ぎである。バブルという言葉は、
り、リスクの本当の定義はお金を失って取り戻せない
将来の合理的な結末を正当化できない価格のことを指
(資本を失う)可能性であると主張する人が多い。リ
すべきであり、2000 年のITバブルはこの定義に当
スクをそう定義することも可能だが、他にも良い指標
てはまる。しかし、より正確には割高と呼ばれる状態
は存在しボラティリティが非難される筋合いはない。
にある資産や証券は、「通常の期待リターンより低い」
批判者は割高な証券(彼らが割高であると確信して
ということでバブルと言うのは誤りである。
いることになる)かつ低ボラティリティを想定してい
米国国債バブルを例に取ろう。(私見では株も)過
る。こうした証券は将来下落すると想定されるのに、
去のどの時点よりも期待実質リターンが低いという価
格で取引されていることに疑いの余地はない。イール
クリフォード・S・アスネスは、AQR キャピタル・
ドカーブに変化がなければ、 10 年物国債からは年
マネジメント社(米コネティカット州グリニッジ)の
4%強(実質 1∼2%)のリターンを期待できるし、
マネージング・創業プリンシパルです。
似たような状況を探せば「日本」の例が存在する。債
26
券投資に良い環境かと問われれば違うと答えるが、バ
ルが金融危機にまで発展する必然はなかった。不動産
ブルかと言われれば、その言葉を使い過ぎだと答える。
バブルと金融危機の責任は必ずしも同じ者が背負う必
3. 3年・5年の評価期間への依存という犯罪
要はない。進歩的な左派は証券界を非難し、自由至上
私を含め誰も投資判断を行うのに十分なデータが存
在しないという大問題を抱えたくはない。戦略、資産
クラス、マネジャー、潜在リスクイベントの評価のた
めに過去を参考とするが、統計学者は十分なデータに
基づいていないと主張し、これはデータマイニングに
対して弱く、次に勝つとは限らない勝者を事後的に選
主義の保守派は政府を非難する。互いに議論している
ようにみえるが、政府非難は不動産バブルに関するも
のであり、銀行非難の側は金融危機について議論して
いる。議論が噛み合っておらず、二つの議論を分けな
いと本当に何が起こったのか理解することはできない
(これは、将来私をイラつかせることになる)。
ぶだけである。しかし、投資家はデータだけに頼るの
5. 以下について口にしないでもらいたい
ではなく、ポートフォリオや戦略選択における判断や
「個別銘柄選択の市場環境」:市場全体が堅調に上昇
一貫した哲学を重視すべきである。
していないため、利益獲得には正しい銘柄を選ぶ必要
3 年や 5 年のデータはかなり確実に平均回帰を示す。
そのため、上手くいったものを重視し上手くいかな
かったものを無視するため、データをまともに扱った
ことにならない。バリューもモメンタムも厳格なアプ
ローチを用いれば長期的に優れた戦略だが、バリュー
の投資期間でモメンタム投資を行うような間違いは避
けるべきであろう。
があることを意味しているのであろうが、急にアク
ティブマネジャーの銘柄選択が上達することはない。
この考えは、アウトパフォームに必要な個別銘柄の株
価の動きにばらつき(固有ボラティリティ)があまり
ないときには使える。しかし、これはクオンツで用い
られる意味であり、多くの人は「簡単に収益を獲得で
きる市場環境ではないため個別銘柄を選択しなければ
ならない」という意味で使っているのではないか。も
4. 誰が何をしたのか?
2007∼2008 年の金融危機で政府と銀行のどちらに
し私の考えに誤りがあれば、これを撤回する(そのた
めに必要な提出書類はあるのだろうか?)
責任があるのかという問題に決着がついていない。し
かし、誰か一人の責任だという証拠を見つけることは
ないし、そのようなことをすべきでもない。バブルが
弾けたとき(2 番目の内容を覚えているが、それでも
バブルという用語を使う)、世界の金融市場が崩壊し
た場合は、ほとんどすべての人が責任を共有すべきで
ある。政府や金融業界(銀行だけでなく、不動産業界、
住宅金融会社、格付会社等を含む)、近視眼的な一般
投資家(仕事を辞め家の売買を繰り返す)なしではバ
「アービトラージ」:学問の世界では、アービトラー
ジは確実な収益を指すが、実務の世界ではしばしば
「好きな取引」を意味する。業界内では、アービト
ラージはリスクがないわけではないが、他の投資と異
なり、非常に似た証券のロング・ショートのポジショ
ンをとり価格差に掛けるという理に適った中間的な意
味で使う人もいる。私もこの使い方なら許容するが、
最も緩い意味で使用する場合が多すぎる。
ブルを発生させることはできない(政治的には誰も産
「多額の待機資金の存在」:「多額の待機資金の存在
業界に責任を押し付けたくない)。
(a lot of cash on the sidelines)」と聞く度に私の心の
さらに、2 つのことを混ぜこぜに議論していること
も問題である。我々は、(1)不動産・信用バブルと、
それが弾けた後の(2)巨大な金融危機を経験した。
ITバブルが無事終息したように、不動産・信用バブ
一部が死ぬ。株式の売り手は資金をどこかに移して、
株式市場に再び投資する機会を伺うというイメージを
持っているのであろう。しかし、株式を売る際には誰
かがそれを買わなければならず、同額の資金を出す必
27
要があることを無視している。もしこの言い方を許容
するなら、2 つの解釈が可能である。1 つは、投資家
心理がネガティブで、人々は買うタイミングを待って
いるということを意味するということである。心理好
転により資金がサイドラインを超えて市場に入る訳で
はないが、多くの人が買おうとするので価格が上がる
ことを意味する。2 つめの解釈は、長期的な見方であ
り、株式発行や償却(純発行額)により、実際にサイ
ドラインは存在するということである。私は助け船を
出している積りだが、実際にサイドラインが存在する
と信じる人もいるのであろう。しかし、すべての均衡
のコンセプトと同様に、どこかの投資家に対して反対
の取引を行う投資家が必ず存在する。サイドラインは
存在しないのである。
6. 最初のステップは認めることである
時価総額ウェイトから外れたポジションを取る場合、
定義によりそれはアクティブマネジャーである。多く
の人はこれを否定しようとする。市場からの乖離を、
スマートベータ、科学的投資、ファンダメンタル指数、
リスクパリティなどと称する。自分の戦略がなぜ有効
かという点に着目しアクティブとパッシブを分ける人
さえいる。形式が実体よりも重視されるか、マーケ
ティングが実体を覆い隠す。特に「スマートベータ」
は「より良い市場エクスポージャーの取り方」である
との議論が最近よくなされるが誤りである。超過収益
を生み出すことはあるだろうし、多くの場合、スマー
トベータは(私の好きな)バリューバイアスである。
それが収益を生むか良い考えであるかは、アクティブ
かパッシブかという問題とは分けて考えるべきである。
7. ヘッジすべきか否か
ヘッジファンドのリターンがメディアで華々しく
(あるいは悪い方に)取り上げられている。しかし納
得のいく内容は少なく、私はヘッジファンド・マネ
ジャーの兄の気分だ(優しい兄ではなく「自分以外は
誰も弟をいじめるな」という意味だ)。ヘッジファン
ドが過剰に評価されるときは批判的になり、不当に酷
評されているときは擁護する。
この意識の大きなずれは、ヘッジファンドが完全に
ヘッジされた商品でもなければ、株式市場で完全なロ
ングポジションとしないことにある。多くのヘッジ
ファンドは長期的に株式市場の 40∼50%のエクス
ポージャーをとり、時期により変動する。そのため、
市場が良好なときは指数がヘッジファンドを上回った
という記事が出るが、市場が下落した際は妙に擁護的
なときや極めて厳しいときもある。市場の評価はほと
んど常に、誤解を与えるものである。ヘッジファンド
は(伝統的資産との低相関という)非常に魅力的な各
種戦略を提供しているが、十分なヘッジが行われてい
ない上、高い報酬(特に成功報酬)を徴収する。私の
望みは、ヘッジファンドに関する報道とヘッジファン
ド全体がより良いものになり、投資家にさらなる恩恵
を与えるようになることである。
8. 賢いオタクを理解する
超高速取引(HFT)は厳しく非難され過ぎである。
HFT は概ね良いものであり、産業界を破壊するような
ものではない。HFT は伝統的な高コストのマーケット
メーカーに取って代わったため、ほとんどの運用会社
は安い費用で取引が可能になり、投資家はその恩恵を
受けている。旧態依然としたディーラーと取引所によ
るカルテルを破壊し、取引情報を民主化し、非常に高
費用で処理能力が限られる人間を極めて低費用で非常
に高処理の機械に置き換えたから費用は低下した。し
かし、HFT 誕生前に伝統的手法で市場に流動性を提供
していた人達や、電子取引等の変化に対応できない大
手運用会社が HFT を非難している。
HFT は多額の利益を得ているという批判もある。
HFT は全体としては利益を上げているが、多くの人が
考えるよりは少なく(流動性供給という仮説に合致)、
昔ながらのマーケットメーカーより間違いなく少ない。
自身の利益擁護のための批判者等が勝てば、市場や投
資家に非常に悪い結果をもたらす(例えば、欧州諸国
の新金融取引税が失敗した通りである)。
28
HFT は、取引のキャンセル・修正を頻繁に行い、取
「債券ファンドではなく債券を直接保有すべきだ、債
引速度が速い(金融業界において光速が問題となるた
券ファンドの価格は下落するが債券は償還まで持ち続
だ一つの事象)という特性が懸念されている。HFT を
ければ元本は戻ってくるからだ」などと言う。上品な
主にマーケットメーカーであるとみなせば、HFT の 2
言い方をしよう。これを言う人達は、ダンテの地獄の
つの特性を理解できる。市場で売買の意向を示した場
第 3.5 圏(大食と強欲の間)に属する。
合、多くのマーケットメーカー同様に、早く取引を
キャンセル・修正しないと市場変動のリスクを負う。
皮肉なことに、HFT が自身のために素早く取引のキャ
ンセル・修正することにより、他の投資家は平均的に、
より狭い売買スプレッドを享受する。もちろん、マー
ケットメークとは関係なく、ニュースに応じて他人よ
り早く取引を行うことで HFT が少しは優位にある
(取引規模が制限されるため優位性は限定)。しかし、
マーケットメークという大きな役割に比べたらこの問
題は小さい。取引は誰かが初めに行うものであり、情
報に最初に反応して利益を上げるのは昔から存在する。
9. 希薄化に関するごまかしと嘘つき
経営陣がストックオプションを行使する企業は「希
薄化を防ぐため」に自社株買いを行うと言うが愚かな
ことだ。企業が自社株買いを行う唯一合理的な理由は、
経営陣が株価は割安だと信じているからである。適切
な自社株買いでは、株主は以前と同じだけの持ち分を
有するというが、会社の現金は減っており悪化してい
るではないか!もし株価が割高なら、経営陣が満足さ
せるべき株主を直接的に傷つけている。ただし、経営
債券ファンドは日次で時価評価される債券ポート
フォリオに過ぎず、なぜそれが保有しているものの合
計よりも悪くなるのか?債券を償還まで持ち続けて
「元本を取り戻す」(以前の米国国債のようにデフォ
ルトリスクはないものとする)ことは価値があると思
われているが実際には無価値である。金利上昇で債券
ファンド同様に債券価格は下落する。償還まで持ち続
ければ元本は戻るが、金利が上昇するインフレ時には
元本の価値は減っている。しかも、保有する債券ファ
ンド価格が下落したら、ファンドを売却し個別債券の
ポートフォリオを買い、それを償還まで持ち続ければ
意味のない元本が戻ってくることと同じである。
債券には償還があるが債券ファンドには償還がない
とマイナスに捉えるが、皮肉なことにこれを主張する
人達が通常保有する債券ポートフォリオには当てはま
らないことだ。個別債券に投資する投資家は通常、償
還金を新たな長期債に再投資する。言い換えると、個
別債券のポートフォリオは、個別債券が持っていた償
還という素晴らしい特質である償還が存在せず、これ
は債券ファンドと全く同じである。
陣に報酬としてオプションを付与することは会社・株
主の最良の利益かも知れない。しかし、オプションが
行使されるときに希薄化を防ぐために自社株買いを行
うことは、オプションの発行は割高であることを隠す
ための、体裁を整えるための愚かな行為である。
まとめ
私は自分の変な考えが他人をイラつかせ、自分が彼
らのリストを読むことで恩恵を受けるという考えを否
定するほど傲慢ではない。また、議論した内容で誤り
を犯したことがあり、自分が学んだ教訓は事前に優れ
10.債券にも価格が存在(債券ファンドの価
格をどうつけていると思う?)
これは最も危害が少ないが、私を最もイラつかせる
た推論により得たのではなく経験から学んだ。皆さん
と共有していないことはまだ沢山あるが、偏屈と思わ
れる前に止めておくこととする。
(債券の世界からキャリアを始めたので長いこと聞き
過ぎたようだ)。多くのアドバイザーや投資家は、
(抄訳:佐々木
龍、CFA)
29
編集委員・翻訳者
木村 貴明
斉藤 哲朗、CFA
佐々木
龍、CFA
清水 英佑、CFA
浜野 秀明
森
ゆき
(50 音順)
編集後記
日本 CFA 協会では、さまざまな文献を日本語に訳
すことで、日本語を母語とするメンバーに対し CFA
協会の持つ豊富な英文リソースの一部でも多くの方に
活用していただきたいと考えています。そうした活動
の一環として、日常的に、CFA ブログやマガジンの内
容を協会サイト等でご紹介していることはご存知のこ
とと思われます。
ブログは速報性が重視されていますが、CFA ジャー
ナルは、Financial Analyst Journal というより読み応え
FAJ 論文翻訳に関する注意事項
当ジャーナルに掲載する Financial Analyst Journal (FAJ)
論文は、CFA 協会の許可を得て日本 CFA 協会が全部
または一部を翻訳したものであり、著作権は CFA 協
会が有しています。日本語訳および英語原本で内容の
相違が生じている場合は英語原本の内容を優先します。
また、抄訳の論文については、大半の図表および注釈
を省いています。
のある論文を基としています。さまざまな論文の中か
ら、日本の投資家・実務家に関連すると思われる論文
を厳選してご紹介しています。CFA ジャーナル第 5 号
は、作業を開始してから半年という想定以上に長い時
間が掛かりました。年度の替り目から作業をスタート
し、非常に忙しい中で時間をみつけて作業していただ
いたボランティアの皆さまのご協力なしには完成しま
せんでした。改めて深く感謝いたします。
編集部
30
一般社団法人 日本 CFA 協会
100-0004 東京都千代田区大手町 1-9-7
大手町フィナンシャルシティサウスタワー5 階
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