インタビュー

特集
「大阪を考える」
(2)
インタビュー
「かみがた活性化研究会」会長・井澤壽治さんに聞く
文化発信の地・大阪へ
インタビュアー ・本誌編集部 菊井知子(福島区)
いざわ としはる 1931年大阪市西区新町生まれ
生家は新町越後町のお茶屋「よし歌」
。幼少より三弦を子守歌に
芸子の脂粉を養分として育つ。演芸評論家で伯父の故・吉田留三
郎から強い影響を受け、関大時代に新劇活動に関わる。20歳頃か
ら上方の芸事を勉強し、上方芸能に傾倒。独自の上方芸能論は
『古事記』『日本書紀』にまで遡る。「上方文化のなかでも陽のあた
らない、地唄に歌われる男女の機微などを紹介していきたい」と、
上方芸人の在野精神に想いを馳せる。現在、吹田市文化ビジョン
策定懇話会委員、
「かみがた活性化研究会」会長、前進座「矢の会」
事務局長。著書に『上方歌歳時記』(梅里書房)、『上方大入袋』
(東方出版)、『風流いろは草紙』(日本経済評論社)などがある。
日本ペンクラブ、日本鉄道史学会、東洋音楽学会に所属。
井澤壽治氏
菊井 今日は「かみがた活性化研究会」の井澤壽
活性化方策など、さまざまな課題についてお伺い
治さんから、大阪文化の歴史や現状、これからの
したいと思います。よろしくお願いいたします。
庶民が下から盛り上げた大阪の文化
菊井 まず最初に、大阪文化の歴史と特徴につい
根崎心中」に代表されるように、主人公の遊女に
てお聞きしたいと思います。
しても、格式高い新町でなく堂島新地の“端女郎”
井澤 大阪の文化というものは、上からでなくす
のお初が番頭と心中する。下層の庶民を主人公に
べて下から盛り上がった庶民の文化でして、芸能
下から生まれてきたのが、上方文化の特徴です。
の世界に限って言えばすべて上方で生まれたもの
邦楽にはいろんな種類がありますが、ほとんどが
です。東京(江戸)で生まれたものは、江戸長唄
語り芸です。これらは伴奏音楽でなくて語り物で
と前進座ぐらいしかありません。
すから、例えば常磐津一巴太夫、清元延寿太夫、
竹本越路大夫、竹本義大夫というように「大夫・
菊井 歌舞伎は江戸で盛んでしたよね。
太夫」がつきます。この大夫・太夫は、文楽のみ
井澤 歌舞伎も「出雲の阿国」ですから、三条河
あらごと
原で生まれて大阪で育ち、江戸にいって荒事に代
「大夫」であとは「太夫」です。つまり、文楽で
表される派手なものになったわけです。江戸は何
は人形は台詞を言いませんから大夫が台詞も語り
事も派手で、派手な歌舞伎に対する伴奏音楽とし
ますが、歌舞伎では浄瑠璃は語っても台詞は役者
て生まれたのが、江戸長唄でした。この長唄も、
が言う。「床本」という台本には、状況描写のた
めチョボが打ってあり、チョボを打ったところだ
実は大阪の地唄が江戸に伝わって派手になり江戸
長唄になった。江戸歌舞伎の主役といえば、やは
け語るので太夫になったわけです。江戸長唄には
り士農工商のなかの士でして、「勧進帳」の主人
大夫・太夫はつきません。
公にしても源義経であり、武蔵坊弁慶といったお
菊井 上方芸能の特徴として「庶民が主人公」と
いう点が挙げられましたが、担い手の特徴という
侍なのですね。これに対して、大阪は近松の「曾
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文化発信の地・大阪へ
のもあるのでしょうか。
ていますから、大阪の文化はそれ以前の連如の石
井澤 松竹新喜劇や吉本新喜劇にしても、その源
山本願寺の時代とそれ以降を分けて考える必要が
流は「大坂俄」なんです。これは住吉神社のお祭
あります。そして大坂夏の陣以降の大阪の文化と
りで、ある素っ頓狂な男が角樽の酒を飲み干して、
いうのが、庶民の力でつくった文化だと思います。
その樽を竹馬の先にくくり付け、「ちょうさやち
江戸がお米何石何人扶持というような“米本位制”
ょうさや、せんざらくせんざらく、まんざらくま
の武家社会だったのに対して、大坂は銀本位制で
んざらく」という住吉神社のお囃子に合わせて住
あり、大坂城代家老や京都に所司代はいたものの、
吉街道をねり歩いた。それが瞬く間に大阪中に広
大名はいませんでしたから、摂津の国では行き来
がったのが大坂俄の起こりで、
「素人の旦那芸」が
が自由でしたし、独自の経済が生まれたわけです
原点でした。例えば、夕立がきたらやおら考え、
ね。そして大坂経済の中心を担った船場商人たち
雨が上がったら虎のふんどしをして隣へ行って「雷
は日頃は大変始末して、文化や公共事業に投資し
やっ! 」とやって笑わせるといった俄芸が大阪喜
た。ちなみに、「大坂の八百八橋」のうち、公儀
劇の原点で、それらが積み重なって松竹新喜劇の
がかけた橋はわずか12だけで、残りすべての橋
藤山寛美さんの芸になっていったわけです。
は船場商人がかけたと言われています。このよう
菊井 上方文化というのはどのぐらいの時代から
に大阪は、政府や為政者からお金をもらって何か
を指すのでしょうか。
をするのではなく、長年ずっと庶民自身の力でつ
井澤
くってきたという歴史を持っていたわけですね。
大阪は1615年の大坂夏の陣で一度壊滅し
「0.01%の文化予算」が削られる
菊井 ところで、井澤さんは大阪府の文化行政の
ラや芝居などそんな儲からんものはやめときなは
現状をどう思われていますか。
れ。ミュージカルは儲かりまっせ」。齋藤さんと
井澤 大阪府予算の中で文化予算が占める割合は
いえば、旧毎日ホールの建物をついこの間まで
0.01%です。フランスでは予算に占める文化予
「劇団四季」に貸して「オペラ座の怪人」をずっ
算が1%と言われていますから、百分の1しかな
とやっていた。つまり、彼は毎日放送がそうした
い。その0.01%をいまノックさんが切りまくって
事業をやっていることすら、まったく知らないわ
いるわけです。例えば、大阪府がやっている数少
けです。齋藤さんは「漫才屋に文化はわからん」
ない文化事業の1つに「大阪府民劇場賞」という
とカンカンでした。バレエで高名なある方も、自
わずか300万円の賞がありましたが、これは2年
分たちの力で何周年記念事業をやったが、岸府政
前から無くなりました。それから年に一度、大阪
の時は助成金をもらえたのに、ノック府政になっ
の文化人をマイドーム大阪に集めて新年会をやっ
てなぜ削るのかという批判をあるところで書かれ
ていましたが、それも削りました。これは15分
ています。それから「ワッハ上方」は、府が年間
ぐらいの講話と1人ビール1本飲んでちょっとつ
7億円ぐらいの家賃を払っていますが、せっかく
まんで1時間で終わりの会ですから、タカがしれ
あそこまでつくりながら運営費を渋っているよう
ているわけですが、このようにおよそ文化に関係
です。館長は元朝日放送の狛林さんですが、「自
あるものは皆削られています。
分も文化の端くれにいるのに、なぜ文化から切っ
余談ですが、大阪文化団体連合会の会長である
てくるのだろう」とこぼしていました。
「行政官僚
毎日放送の齋藤会長らが助成金の交渉で府庁に行
の知事の方がまだましだった」という思いが皆さ
きました。ノック知事は会ってくれましたが、齋
ん強いですね。
藤さんをつかまえて何を言ったかというと「オペ
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「大阪を考える」
(2)
「笑いの質」を低下させた吉本の罪
取れるから情けない。かつて前進座の河原崎長十
郎が「うちはスターをつくらない。前進座という
ユニットでしかテレビに出ない」と言ったことが
ありますが、それは一家言だと思います。ただし、
スターをつくらないと切符は売れないし、テレビ
にも映りませんが……。
菊井 大阪は他の府県より人材は多いはずですが、
マネージメント能力に問題があるのですか。
井澤
というより、「テレビ局でなく広告会社が
番組をつくる」というシステムの問題とそれに伴
う視聴率がすごく弊害になっていると思います。
広告会社が番組を制作するということは、スポン
井澤 壽治氏
サーをつけるためにどうしても視聴率を上げなけ
ればならない。こうした前提があるものですから、
菊井 大阪で制作しているテレビ番組と東京のそ
“安全策”として、ざこばや鶴瓶、南光など一定
れとでは現在あまりにも差があり、しかも大阪発
と言えばほとんどが吉本興業の人たちで占められ
の視聴率が取れる人を使うことになるわけです。
ているような気がします。東京発の番組は出てい
菊井 笑いを取るということが、関西では視聴率
る人物の顔ぶれも多士済々で、大阪の文化の低さ
のバロメーターとして定着していますね。
というか、人材の乏しさを強く感じますが……。
井澤 しかし、その笑いというのは本当の上方の
井澤 まずテレビ局の姿勢が問題ですね。最近某
笑いではありません。要するに、上方の笑いは大
テレビ局の新社屋を見学に行きましたが、もう唖
坂俄に源があり、ギャグや下ネタ、体をどついた
然としました。10tトラックを6階まで上げるリフ
りして笑わすのは大阪的笑いではなかったわけで
トをはじめ素晴らしい設備があるのに、番組の方
す。戦後50年、その笑いを歪めたという点で、
吉本が犯した罪は大きいと思っています。僕の叔
は1日1本も制作していない。週2本バラエティ番
組をつくる以外はニュースやスポーツだけで、あ
父が吉田留三郎という漫才作家だったので古い漫
とはすべて東京発の番組なんです。その日は偶然
才もいっぱい見てますが、秋田實先生がお書きに
に番組制作をやっていて、20∼30人ぐらいの人
なった漫才は本当に楽しかったし、ワカナ・一郎
が仕事していました。しかし聞いてみると、某テ
のワカナが日本の各地の方言を駆使して漫才した
レビ局の社員は大学を出たての24∼25歳のディ
り、十郎・雁玉のしゃべくりもすごかったわけで
レクター1人だけで、あとは給料15∼20万円そこ
すが、今のダウンタウンやドンキホーテなんて内
そこでテレビ局にさえ来れたら嬉しいという下請
容がない。呵々大笑するのが笑いではなかったの
けの人たちです。それで良い番組をつくれるはず
です。
がありません。民放は論外としても、問題はNHK
菊井 そうした傾向は、テレビが出てきてからの
です。いちばん長く続いているNHK大阪制作の
現象でしょう。テレビがなかった時代には、今の
番組といえば、土曜日の昼に笑福亭仁鶴がやって
ようなドタバタ喜劇一辺倒ではなかったですね。
いる法律相談の「笑百科」ですが、南光や上沼な
井澤 例えばエノケンさんはシリアスな芝居をや
ってましたし、笑いにしても奥のある笑いでした。
ど、どう見たって吉本でしょう。あれで視聴率が
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文化発信の地・大阪へ
エンタツ・アチャコにしても、当時の喜劇人は二
味も三味もあった。落語家連中も「テレビなど見
なはんな」と言うし、それから「吉本なんかに来
なはんな。花月に行ったって落語なんかしてませ
んで」というわけです。つまり、1人12分という
枠があって、そのなかでできる落語などないから
です。だから彼らも自分たちの独演会をしたりし
ていますが、落語でもあまり知られていない良い
話がいっぱいある。
菊井 そういうなかで、井澤さんが主宰しておら
れる「かみがた活性化研究会」の役割があるわけ
菊井 知子氏
ですね。
井澤 そうです。かみがた活性化研究会ではテレ
費は1万円以上はなかなか出ませんから、いま1
ビや劇場では見れないものを発掘し、残そうとい
万円の会費でホテル借りて飲み食いして著名な文
う企画を毎月しています。ただし、補助はありま
化人を呼んでとなると、本当に大変なんですが、
せんし、お金がないところでいいものをやろうと
毎月何とかゲストを呼んできては開催しているわ
することの難しさがあります。現在皆さんから会
けです。
求められる文化事業への行政支援
菊井 今の現状から大阪文化を建て直すには、ど
イタリアに行ってミラノのスカラ座でオペラを観
んなことが必要なのでしょうか。
てきましたが、市民にオペラが本当に定着してい
井澤 現在本当にソフト面の金がありません。例
ます。天井桟敷などもぎっしり満員。晩の8時か
えば、内容が良くても売れそうでないものは出版
ら始まって11時頃に終わりまして、その日は交
社は絶対に取り上げません。この『大阪保険医雑
通ストで乗物がありませんでしたが、超満員の観
誌』の文化欄などでもそうした記事が掲載される
客が夜中に悠々と歩いて帰る。ヨーロッパではこ
ということも必要でしょう。こういう企画が新聞
うした文化に政府から補助金が出ていますから、
も含めてなさすぎるという感じがします。かつて
非常に安く観られます。いま歌舞伎の顔見世で2
は『週刊朝日』で山本周五郎が「サブ」を書いた
万4千円ですが、向こうに行けばそれが2千4百円
り、続けて読みたいような連載がありました。
程度で観られるわけでしょう。関西国際空港に出
した金をもう少し文化に回したらと思いますが、
菊井 松本清張も連載を載せていましたからね。
井澤 また何か特別に観たいものがあっても入場
「文化果つる国」ですね。例えば明日、明後日の2
料が非常に高いでしょう。僕らはこういう仕事を
日間、守口の京阪百貨店の上の京阪モールで「京
専門にしているので、歌舞伎や文楽は「新聞記者
阪文楽」という催しがありますが、ここは「立ち
扱い」で観せていただいてますが、もし自分でお
見」で1千∼2千円。しかし、それは出演者も“出
金を払って観るとすれば大変な負担です。大阪に
血”なら百貨店も“出血”という現実があって成
は文楽など上方にしかない素晴らしい文化がたく
り立っている。これをどうにか改善できないかと
さんありますし、文化施設も多くあるわけですか
いうことです。ある文楽通が僕に「井澤先生、人
ら、ヨーロッパ並みの値段でもっと安く観られる
間国宝を使こおたってえな」というわけです。
「な
んでえな。人間国宝なんか5万円で呼ばれへんわ」
ような行政施策が求められると思います。この間、
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と答えると、「5万円でええねん。国宝になって
をやり始めましたが、続かない。1∼2回でぽし
から仕事がのおて泣いてはんねん」。これが現実
ゃってしまうわけですね。お客さんの入場料はわ
なんです。だからといって、「ハイ、そうですか」
ずか500円ですよ。小屋代はグリーン会館だから
というわけにはいきませんが、国宝さんは国宝に
ほとんどいりませんが、落語家5人呼んでくると、
なって仕事が減って嘆いておられる。恩給もわず
500円では合わないし、一方それぐらいでは「看
か年間200万円です。
板」はとても呼べません。そうなると、今度は人
菊井 生活保護よりずっと低いですね。
が集まらない。
井澤 それも文化庁に「後進を育成するために使
菊井 看板というのは、いつもテレビで見ている
った」という報告書がいるんです。とにかく、こ
人の名前がないということですね。
のように文化に対する金のひどいことと言ったら、
井澤 客を呼べるメンバーというのはごくわずか
施設建設の方は選挙対策もあって何かつくります
で、例えば米朝、春団治、文枝、五郎、枝雀、三
が、ソフト面は見るも無残な状況です。
枝、ざこば、文珍、南光、鶴瓶ぐらいでしょう。
菊井 最近、商店街とかお寺などわりと小さな単
またテレビがつくった看板にしても格差がありす
位で、落語家を呼んで寄席をやったり、自分たち
ぎます。僕は林屋染丸の落語をものすごく高く評
で実際に関わっていこうという動きがありますが、
価していますが、しかし染丸では入らない。だか
これらをどのように評価されますか。
ら看板を1人呼んでこようにも、今度はギャラが
井澤 身近なところで古典文化に親しむというこ
上がるからできない。1∼2回なら長年の付き合
とは非常に大切だと思いますが、落語家が「手弁
いで呼べないこともありませんが、無理はしょっ
当」という現状は可哀相だと思います。例えば、
ちゅうはできませんからね。だから、人集めにも
天神橋筋商店街にあるグリーン会館で「天神寄席」
そうしたテレビの悪弊が現れていると思います。
ハードの整備からソフトの充実へ
菊井 大阪は文化予算が非常に少ないという問題
の職員給与が全部市から出ており、何とか黒字で
ですが、その使われ方も会館などハードの建設ば
運営しているわけですが、多くの会館ではせっか
かりで、ソフト面に使われていないという批判も
く素晴らしい施設をつくったのに今度はそれを維
ありますよね。
持する金が出てこない。そこが大きな問題ですね。
井澤 建物建設はもう十分なのではないでしょう
菊井 大阪は上田秋成や近松、井原など、世界に
か。現在、大阪府下には公共施設が50数館もあ
出しても恥ずかしくない作家を輩出した地域です
りますし、どこも立派な施設が整備されています。
し、大阪ないし近畿出身の作家が大勢いるわけで、
そのうち5つぐらいの文化会館から私のところに
私は大阪になぜ文学館がないのか不思議で仕方が
毎月のプログラムを送ってくれるのですが、その
ありません。現在だけでも田辺聖子さんも眉村さ
内容を見ますとハードを活かしきっていないとい
ん、堺屋さんなど、いっぱいいますものね。
うか、自主事業をほとんどやっていないわけです。
井澤 芸能関係の資料はワッハ上方に相当数が集
吹田市のメイシアターでは、舞踏の大駱駝艦や歌
まりましたが、例えば藤沢桓夫先生の遺品は結局
舞伎の21世紀組が入ったり、創作オペラと近松
どこかの大学の図書館に行ってしまう。僕の叔父
劇場の自主公演を12年ずっと続けたりしていま
の遺品も帝塚山学院に行ってしまったわけです。
すし、毎年11月の1カ月は、吹田地域の音楽連盟
僕も本を書くのに関西大学の図書館をずいぶん愛
や文化団体に無料でどんどん開放するなど、非常
用しましたが、結局そういう資料は一部の人しか
使えません。この間も関西大学OB会で「谷町文
に活発な事業を展開しています。ここは文化会館
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文化発信の地・大阪へ
学散歩」という企画があり、頼まれて100人連れ
のそれにいたるまで、古いのから新しいものまで
て谷町筋を約6時間歩きました。歩いてみると、
すべてを集約して展示してあり、なかなか見応え
「大阪文学散歩道」とか「史跡散歩道」という矢
があります。国立だから無料ですが、府下50数
印はあるんですが、やはり我々のような解説者が
施設ある文化会館でこうした催しをやってほしい
同行しないと何もわからないわけで、はっと気が
と思います。
つくと150人ぐらいの集団に膨れている。日曜日
菊井 文化会館の展示場というのはいちばん活か
でしたから、自分たちで歩いていた人たちが合流
されていませんものね。
したのでしょうね。市民はそういうことに飢えて
井澤
るのです。これなども講師1人で済むわけで、お
図書室があるんです。そこへ行くと文楽関係の書
金はほとんどかかりませんから、大阪市がそうい
籍はほとんど揃っています。僕は『上方歌歳時記』
う企画をもっとしたらいいと、自分で体験して思
を書くときに、2∼3回行きましたが、知られて
いました。
いないからほとんど利用されていません。問題は、
菊井 矢印だけはよく整備されていますよね。
月・水・金の3日間、朝10時∼5時までしか開か
井澤 谷町界隈はずいぶん整理されてます。大川
国立文楽劇場の裏口から入ると、3階には
ない“お役所”で「貸出禁止」という点です。そ
沿いの「心中天の網島」の大長寺まで歩いても見
の辺をもっと改善すると、相当使えるものになる
るところはいっぱいある。そんな遺跡を訪ねて歩
と思います。とにかくハードの建設は、これ以上
いても、歌舞伎・文楽だけではなく、場所によれ
はもう必要ないと思います。
ば藤沢桓夫にいったり、織田作之助までいくわけ
菊井
で、歌舞伎・文楽オンリー、文学オンリーではな
規模の適当なホールがないと言われますね。大き
く、すべて一体なんですね。本当に上方の文化を
過ぎるか小さ過ぎる。
集約した何かが必要です。たとえば、国立文楽劇
井澤
場の1階の展示場は非常に内容が豊富です。現在
超える規模になって適当なホールがありません。
はたしか忠臣蔵展をやってるはずですが、杜けあ
ミナミの上方旅館の跡地にTORII HALLという
ただ、建物の数はそろいましたが、300人
その通りです。100人規模か、1,000人を
きが主演した宝塚の忠臣蔵からギニョール、もち
のができて、これが比較的安く貸しています。規
ろん文楽、歌舞伎における忠臣蔵、それから映画
模は100人ちょっとで少し小さいのですが、スタ
問 題
詰 碁
詰 将 棋
出題 九段 本田邦久
出題 九段 有吉道夫
〔ヒント〕飛の打ち場所。
黒先白死
5
手順よく攻めてください。
4
3
2
1
馬
一
玉
二
銀
三
香
金
銀
四
五
六
七
(解答は16ページ)
9
持
ち
駒
飛
角
特集
「大阪を考える」
(2)
インウェイのピアノも置いているんです。
“最後の
井澤 一口に文化団体と言ってもピンからキリま
粋人”と言われた上方藤四郎さんのご子息かお孫
でありますから、実際にどれがまともで何がいい
さんが自分の旅館を潰して、その跡地に米朝さん
かを評価するということは非常に難しい。吹田市
や我々も参画してつくった多目的ホールで、わり
などでは、吹田市音楽連盟という、プロが3割と
にユニークな事業を展開しています。あれが300
あとアマチュアで組織している合唱団が「カラオ
人入れば良いのですが、300人劇場というのがな
ケ同好会」と同じ扱いになって補助をもらってい
かなかない。そんなのをどこかの文化会館でつく
ます。
ってくれたらよかったのですが……。
菊井 いわゆる“行政的平等”というやつですね。
菊井 文化も様々ですから、実際問題としてソフ
井澤 カラオケ同好会と吹田市音楽連盟が同じ金
トに金を出すといっても、出し方の難しさという
額というのは、やはり矛盾を感じますよね。この
か、どこにどういう形で出すというコンセンサス
辺りの区別は必要だと思います。
をつくる努力は相当に必要だと思いますが。
大阪の若いエネルギーを育てる
菊井 ところで、大阪の文化の新しい担い手やそ
井澤 そういえば、最近アメリカ村のビッグ・ス
の萌芽をどういうところに見出していくのか。そ
テップで劇団「潮流」を観ましたが、あの劇場が
のためにどんな環境整備に力を入れていくのかと
いっぱいになっていましたね。
いう問題に入っていきたいと思います。
菊井
井澤 まず観る側も「高い高い」と文句ばかり言
もっと小さな劇団でもすごい熱気です。
っているのではなく、「木戸銭を払って観に行く」
井澤 扇町ミュージアムに拠点をおいている「南
ということが大切だと思います。僕ら若いころは
河内万歳一座」なんて、もうメジャーになってし
真面目に映画や演劇も観ましたから、いまだに酒
まいましたが、もっとマイナーな劇団もいっぱい
を飲んでも映画論や演劇論を闘わしますが、今の
出てきていますしね。
若い子たちは刹那的というか、そんな姿を見かけ
菊井 さまざまなレベルが玉石混交していますが、
ないでしょう。
観に行くと渡される公演のチラシの厚さに圧倒さ
菊井 しかし、その代わり小劇場などはものすご
れますし、来ている観客もローティーンやハイテ
く盛んでよく入ってますよ。あの小劇場の数たる
ィーンという若さで、そのエネルギーたるや素晴
や、もう統計もとれないぐらいの数があります。
らしいものがあると思います。
扇町ミュージアムにかかっているような、
上方歌歳時記
井澤壽治著
梅田書房 定価3,000円
色恋カルタ
定価10,000円
お申し込みは、協会事務局の市場・別所まで 電話06-6568-7721
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文化発信の地・大阪へ
井澤
そうしたちょっとした“潤滑油”があれば、大阪
若い人たちは大変興味を持ってるわけで、
あの子らをよく理解し、上手に育てていかないと
の文化状況もずいぶん変わってくるでしょうね。
いけないですね。先ほどもソフト面に金を出すこ
井澤
とのむずかしさという話が出ましたが、例えば若
いま言ったような若者が興味をもっている分野に
者が集まっている小劇場のコンクールに大阪府が
お金を出せば、文化意識は高まってきます。そう
100万円でもよいから賞を出せば、これは若者た
いうソフト面への支出がこれからの文化行政で大
ちにものすごい刺激になると思います。
事なことです。黒田さんの時は「草の根文化」と
菊井 すごいでしょうね。皆が眼の色を変えます
言いながら、結局は文化的価値の高いものにお金
よ。
を出そうという感じで、小劇場とかロックとかに
井澤 それからロックなどにも賞を出す。あの人
は出さなかったわけですが、府民の文化的土壌の
口もいまものすごいでしょう。
底上げのためにはそうした努力をしないと、これ
菊井 そうですね。
からの大阪文化は発展していかないという気がし
井澤
ます。この間ある弁護士が「学生時代は司法試験
そういう形で組織づけて盛り上げていく。
食文化や服装文化などもあるでしょうが、
これからは、文化的に素晴らしいからお金を出す
をめざして勉強ばかりして遊んでないから、これ
という論理だけでなく、若い人たちが興味を持っ
から遊ぶんや」と言うわけです。「何やるんです
ているものにお金を出して引き上げていくという
か」と聞くと「月に1つは民謡覚えて」 (笑) 。遊
予算の使い方にしていく必要があると思います。
びまで勉強の延長。こうした考え方が文化にとっ
菊井 黒田知事の時代に「草の根の上に一輪の大
ていちばん危険ですね。
輪が咲く」ということで、草の根のレベルを引き
菊井 そういうタイプの人っていますよね。(笑)
上げようという動きが議論としてはありましたが、
大阪の文化予算の拡大を
菊井 井澤さんが府の文化行政を担当する生活文
味を持っている分野に金を出すとか、とにかくそ
化部の部長なら、この現状をどうされますか。
の底辺を引き上げることに予算を使う必要がある
井澤
と思います。
まず文化予算0.01%をせめてフランスの
半分の0.5%くらいにして、何をするにも実際に
菊井 私は文学館にこだわっていますが、少し時
文化活動をやっている人々とよく話し合って決め
間があると自転車でよく適塾に行って横でじーっ
ようと思います。
と眺めているのです。あれはたしか大学などがか
菊井 70年代に建設事業費で「1%文化予算」と
なり関与して保存してますよね。文学館も誰かが
いうのがありました。つまり、建物1つをつくる
音頭をとれば実現できるのではないでしょうか。
にしても、その事業費の1%を文化的な支出に充
井澤 あの適塾とか懐徳堂、藤沢先生が東 先生
田亥
てようということで、多くの場合はデザインとか、
をやった泊園書院などをミックスして、それを文
彫刻・絵画などに充てたと思いますが、あの時で
学館にしたら、いいものができると思いますね。
も1%でしたからね。0.01%というのはいかにも
菊井 今日はお忙しいところ、長時間にわたって
お粗末です。
おつきあいいただき、ありがとうございました。
とうがい
井澤
そうでしょう。フランスの1%は別格とし
(98年12月22日、北区「鹿よし」にて)
ても、東京でも大阪のたしか3倍くらいあるので
〈文責 本誌編集部・田村 清〉
す。都道府県の中で大阪がいちばん予算が低い。
それからお金の使い方も、やはり現在の若者が興
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