人とまちを元気づける音楽祭 ジャズを楽しんだまちの伝統

人とまちを元気づける音楽祭
ン。と同時に文化でもあり、多くの音楽祭
世界中の音楽を取り入れた進取の気風と
たとえば「堀江音楽祭」。落ち着いた町
は対象年齢を問わず心躍る音楽発信として、
国際性は、大阪人らしい、枠を超えた自由
並みに先端のファッションが溶け込んだ堀
人々を元気づけ、まちの活力になってい
な気質とも言えそうです。近年、服部良一
江に生まれた音楽祭は、堀江のまちや店
るようです。
を顕彰する音楽祭も開催され、現在は「ザ・
舗を主会場にまち全体をライブ会場に見
今、まちのいろいろな地域で繰り広げられている音楽祭。
規模やジャンルはさまざまですが、音楽がもたらす効用は人と人をつなぎ、地域の活性化にも貢献しています。
大阪では多彩な音楽がさまざまな形で発信され、まち本来の息吹を感じさせてくれるようです。
ミュージシャングランプリ OSAKA」の決
ジャズを楽しんだまちの伝統
勝大会として統合、有望な新人を発掘す
めているもの。サブカルチャー的な自由
大正から昭和にかけて、大阪は海外か
る場となっています。
さがまちの魅力のアピールにもなってい
ら入ってきたジャズをいち早く取り入れ、
ジャズの土壌は受け継がれ、
「JAZZ
立て、若者層を中心に音楽の創造をすす
ます。一方、
「帝塚山音楽祭」は、20年以
なかでも、道頓堀ではひときわの盛り上
CITY OSAKA」という音楽イベントとし
上も前に誕生し、地元住民主催の恒例の
がりを見せました。ダンスホールなども多
て浸透し、広がりを見せています。また、
ジャ
お祭りとして定着。万代池周辺ののどか
数生まれ、屋形船でもジャズが演奏され
ズ好きが高じて独自にジャズレーベルを
な住宅地に楽しい音楽があふれ、老若男
たと言われます。この「道頓堀ジャズ」と
生み出し、海外との架け橋になって紹介・
女の笑顔がそこにあります。また、
「天満
呼ばれるジャズ文化を一時期、人々は謳
発信する人もいます。
音楽祭」は、OAP周辺の地域で開催され、
歌しました。大阪は国内におけるジャズの
大阪はそんな音楽の伝統が脈々と受け
昨 年 はジャン ル も バラエティに富 ん だ
発信基地でもあったようです。大阪で生
継がれてきた都市。音楽を愛し、音楽にふ
140以上のバンド・グループが参加。天
まれた作曲家・服部良一も「ジャズの都」
れることで、まちへの愛着が増し、独特の
満を一日中、音楽のまちにしました。
を楽しんだ一人だったと言います。戦前・
息吹も再認識できそうです。
音楽はそれ自体が熱いコミュニケーショ
戦後を通して、
ブルース、
ジャズ、
ブギなど、
阪が生んだ作曲家・服部良一によれば、日本のジャズの
天閣が真正面に見える商店街入り口に、履物の店がありま
頓堀も近いミナミの中心地にある精華小劇場で、毎年開
発祥地は大阪」と、大阪市史料調査会の古川武志さん。
す。そのウインドーには『hand-made JAZZ 澤野工房』
催されている「JAZZ CITY OSAKA」。吉川裕之さんは
大正から昭和初期にかけて、大阪が「大大阪」と言われた繁栄
の看板も。ここは知る人ぞ知るジャズレーベルの拠点。マニア
そのプロデューサー的役割を果たしながら出演もしています。
の時代にミナミの歓楽街で「道頓堀ジャズ」は生まれ、人々を
から若い女性にまで人気を呼ぶジャズCDを次々制作し、これ
クラリネット奏者の吉川さんが大阪でサウス・サイド・ジャズバ
魅了しました。洋楽器を使って演奏したものをジャズと言い、
までに110枚以上も出しているとか。親代々の履物店を継い
ンドを結成したのは74年。以来、西日本で唯一、デキシーラン
まちで見かけた音楽祭をリストアップ! 順不同です。
天満音楽祭(毎年10月に開催)
北区のOAPを中心に十数カ所の会場にプロからアマチュア
まで100以上のバンドが出演。和太鼓、ポップス、
ジャズ、
ロック、
クラシックなど多ジャンルが特長
演奏したのは元軍楽隊の人々だったとか。その頃、道頓堀に松
だ澤野由明さんが、学生時代のオーディオ&ジャズ好きが高じて、
ドジャズを演奏するバンドとして活躍してきました。25年前に
竹座が誕生し、日本初のレビューが披露され、
「道頓堀行進曲」
渡仏した弟さんと音楽の輸出事業を始めたのがそもそも。浮
は音楽プロダクションも立ち上げ、ライブハウスなど多くの音
も生まれました。当時は和洋の音楽が入り交じる混沌の時代
き沈みを体験しながらもヨーロッパと日本双方で信頼を得て、
楽事業にたずさわって、ハード・ソフト両面で音楽を広める担
であり、それを人々は楽しみ、音楽があふれていたと言います。
今では音楽ファンから新譜を待たれる人気ブランドになりまし
い手に。それは演奏者として、また大阪人として「音楽の場」
小さい頃から昭和の懐メロマニアだったという古川さんは、そ
た。
「僕が買いたいと思う質の高いものを作っているつもり。ジャ
の必要性を感じていたから。
「いろんな人が集まって、
エネルギー
んな古き良き時代のジャズを演奏する「大阪樂団」に4年前か
ズは一回性のもの。一期一会の息吹をとじこめて、その空気を
を出し合う、そんな場を作り出してゆくことが大事」。そう言う
ら参加。白い燕尾服を着て「踊り」のような指揮で盛り上げ、同
伝えたい」。初心者にも入りやすい音楽を届ける「お客さんに
吉川さんは「大阪でジャズが生まれ育った原点の場・ミナミは
時に、にぎやかで派手な音楽の「懐かしい心地良さを共有して
一番近いメーカー」という自負も。世界を相手にした事業です
まだまだ可能性がある地」と「JAZZ CITY」に加え、
この5月
いる」と笑みがこぼれます。
「浪花小唄」や「大阪行進曲」
「大
が「新世界にいることで注目され、僕自身が無理せずに素でい
には道頓堀を中心に御堂筋へ東西に場を広げて「ミナミ・ジャ
阪ブギウギ」など、昭和初期から30年代の懐メロ中心のレパー
られます」とにっこりする澤野さん。02年から毎年、コンサー
ズ・ウォーク」を開催予定。夏は船を使って「ジャズ・ボート」も
トリーは、往時の大阪の輝きと人々の活力をいきいきと伝えて
トを開き、通天閣でもジャズライブを開催して、まちの人に喜ん
計画中だそう。
「今から80年程前、ジャズが道頓堀で生まれ、
帝塚山音楽祭(毎年5月第4土曜・日曜2日間開催)
くれるよう。それは道頓堀の記憶。
「今のまちにつながってい
でもらっているそう。気負わず独立独歩を貫き、これからも新
大流行したように、ジャズは大阪の空気に自然に合う音楽。多
るものが好き」という古川さんは時を超える心のゆとりも教え
世界から「いい音楽」を発信し続けます。
くの人が参加するのが大阪の良さです」。こうした試みが、ま
阿倍野区、住吉区にまたがる帝塚山の活性化を目的に開催。
地元住民の主催で、万代池公園などでさまざまなライブが行われ、
音楽が人をつなぐお祭りに
てくれるようです。
た音楽文化の大輪の花が咲くきっかけになりそうです。
中之島国際音楽祭(毎年秋に3日間開催)
中央公会堂の大小ホールを会場に、世界で活躍する大阪出身
の演奏家や大阪の四大オーケストラの奏者など、世界へ大阪
の音楽力を発信
大阪市民音楽祭(毎年冬開催)
大阪市立鶴見区民センターでのアマチュア音楽団体の成果
発表と地域交流を目的にした音楽祭。コーラスや楽器演奏グ
ループなど幅広く市民の参加を呼びかけている
堀江音楽祭(毎年秋に開催予定)
堀江のまちや店舗にて展開。若者にも人気の堀江地区の発
展を目指しながら、自由な発想で「堀江発の心地良い音楽」を
創造してもらうのが主眼
●人気のアルバムの数々
JAZZ CITY OSAKA(毎年10月に開催)
なんばの精華小劇場で続けられているジャズの音楽祭。その昔
ジャズが大流行した大阪。伝統的ジャズバンドが集結し、
まち
の記憶を蘇らせてミナミの活性化を
●古川さんと「大阪樂団」
3
ANGE 2008 Spring
●クラリネットを
演奏する吉川さん
ANGE 2008 Spring
4