ユーラシアダイナミズムに対応した 新たな海上輸送ネットワークの考察 田邉 1港湾空港部 文昭1・栂坂 港湾物流企画室 清嗣1・清水 (〒950-8801 利浩1 新潟市中央区美咲町1-1-1) 近年,東アジア諸国やロシアの経済活動が活発化しているなか,ユーラシアダイナミズムの 対応のため日本海側地域の活用を重視した国土利用を考えていくことが重要である.とりわけ, 北陸地域は,対岸諸国の地政学的な影響を受けるところから,対岸貿易のゲートウェイである 港湾の役割を明確化し今後の港湾運営に繋げる必要がある.本報告は,ユーラシア諸国の情勢 を踏まえ,グローバル物流ルートで注目されている北極海航路やシベリアランドブリッジなど に着目した海上輸送ネットワークの可能性について検討したものである. キーワード 対岸諸国,海上輸送,シベリアランドブリッジ,北極海航路 1. はじめに 国土交通省では,2014年(平成26年)に2050年を見据え た国土づくりの理念や考え方を示した国土のグランドデ ザイン2050を示した.そこでは,日本海・太平洋2面活 用型国土と圏域間対流の促進として,国土の地政学上の 位置付けや,ユーラシアダイナミズムへの対応の観点か ら,日本海側を重視した国土利用の重要性が謳われてい る.北陸地方整備局管内の港湾(以下,北陸地域港湾)は, 対岸諸国との交流の玄関口であり,我が国のグローバル 経済を支えるインフラであるため,国際情勢を見据えた 整備・運営を図ることが必要である.そこで,本論では, 物流ネットワークの多重性の観点から,新たな輸送ルー トの可能性について検討したので報告する.なお,本論 におけるユーラシア大陸諸国とは,シベリアランドブリ ッジや北極海航路(図-1)の利用が想定されるロシア,モ ンゴル,中央アジア(カザフスタン,ウズベキスタン, キルギス,タジキスタン),ノルウェーおよびその他北 海沿岸諸国(グリーンランド,フィンランド)やその他 欧州諸国(オランダ,ベルギー)を対象としている. 2. ユーラシア大陸における輸送ルートの考察 現在,グローバル物流の主力は,製品等をコンテナに 詰めた輸送である.日本を含むアジア諸国で生産された 製品は消費地である欧州向けの輸送として,大多数がス 図-1 東アジア~欧州間輸送の主要ルート エズ運河を経由する海上輸送を行っている(図-1). 物流のスピード化とコストの削減がグローバル企業の 命題となっている中で,北陸地域港湾から欧州向けにダ イレクトで海上輸送ができるルートは存在していないの が現状である. 言うまでもなく,北陸地域港湾の優位性は対岸との物 理的な距離であることから,優位性を活かせるシベリア ランドブリッジおよび北極海航路を活用した新たな輸送 ネットワークの可能性について述べる. (1) シベリアランドブリッジ(TSR) a) 現況 シベリアランドブリッジ(Trans Siberia Railway 以下, TSR)は,1980年代後半からロシアの政治的な不安定さか ら治安の悪化が目立ち始めたことや,海上輸送運賃が安 くなったこと等により衰退していった.しかし,1993年 よりロシア鉄道省を中心にシベリア横断鉄道調整評議会 が結成され,日本からも日本トランスシベリア複合輸送 協会が参加するなど,日本企業においても積極的活用が 検討されている状況である. ここで,TSR の貨物輸送量の推移を図-2に示す.2014 年の年間輸送量は約12.3億トン(2.95兆トンキロ,日本国 内輸送の約10倍1))であり高い水準で推移している.輸送 品目の内訳に着目すると,石炭や鉄鉱石など原材料が全 体の6割を占め,コンテナは1.7%を占めるに過ぎないこ とがわかる(図-3).原材料の輸送運賃は安いため,収益 構造を圧迫しており,利益率の高いコンテナの輸送を如 何に増やしていくかが課題である2).輸出入別内訳では, 約3割が国際貨物でありその大部分を輸出が占めている. また,輸出のうち約半数が港湾をゲートウェイとするも のであることから,TSRと接続する極東港湾(ウラジオ ストク港,ボストチヌイ港)の重要性がわかる(図-4). b) 輸送時間(リードタイム) ロシア鉄道は,従来11日間を要していた極東港湾から モスクワ間を7日間に短縮する計画を策定している(TSR in 7days). 2013年より試験運行が開始され,86列車が運 行されたが,平均所要日数は8日間超を要しており,引 き続き高速化にむけて取り組んでいる状況である.この 取り組みにより,北陸地域港湾(ここでは伏木富山港) から,極東港湾であるウラジオストク港経由でサンクト ペテルブルグまで,理論上5)は20日程度で到着できるこ とになり,スエズ運河ルートと比較すると,15~20日間 短縮される.(図-5) 図-5 スエズ運河ルートとTSRの比較6) 図-2 貨物輸送量の推移(折れ線:トンキロベース, 棒線:トンベース)2) 図-3 品目内訳3) 図-4 輸出入別内訳3) c) シベリアランドブリッジ(TSR)利用の課題 TSRを利用する最大の利点は,前述のとおり輸送時間 の短縮である.一方で課題となるのは,輸送コストであ る.世界的に船舶過剰状態の続く現在の状況下では,コ ンテナ船の運賃市況が低下していることもあり,料金差 は横浜からモスクワ間で約1,000ドル/TEUと推定されて いる4).昨今では,ロシア通貨であるルーブルの下落に より,実質的にルーブル建て運賃が半減し競争力を持つ との観測ももたれており,コスト面では今後の動向が注 視される. また,TSRの利用が進まない理由として,定時性や信 頼性の低さがある.ロシア国内の保税・通関手続きに係 る滞留時間が長いことから,鉄道輸送時間の短さのメリ ットを活かしきれていないことがあげられる. (2) 北極海航路(NSR) a) 現況 近年,特に北極海航路(Northern Sea Route 以下,NSR) が着目されているのは,海氷が減少してきており船舶の 航行可能な期間が安定してきているからである. NSR利用のメリットは,大きく分けて東アジア~欧州 間国際貨物の海上輸送における航行距離の短縮および北 極海域における資源開発の進展に整理される. 航行距離の短縮は,中国・上海港とオランダ・ロッテ ルダム港間でスエズ運河ルートだと10,200海里であるの に対し,NSRでは7,700海里であり,輸送距離は3/4とな る.しかし,2014年の利用実績は31隻で,その内訳はタ ンカー14隻,一般貨物船7隻,旅客船3隻,調査船等が3 隻となっている7).2013年と比較すると半減しており(図6),プーチン大統領が設定した2014年目標値の100隻には 大きく届いていない状況である. サベタ港からはガスをLNG化して,日本を含むアジア 方面に輸出される計画である.アジア方面への輸送は, 夏期の氷が少ない時期には,最短ルートであるベーリン グ海を経由する計画となっている.(図-8) Kara Sea サベタ港 図-6 NSRの船種別内訳(総トン数ベース)7) b) 2014年に輸送が減少した理由 輸送量が減少した最大の理由として,NSR利用の料金 体系の変更があげられる.当該ルートを航行する場合は, 海氷状況が最低レベル(ほとんど氷がない)でも砕氷船の エスコートが必須となっており,NSR利用料とは砕氷船 のエスコート料と考えても良い.2014年から提供された システムは,北極海の海域を7つの小海域にわけ,海域 毎に,海氷の状況に応じて利用料が設定された(図-7). この新しく制定された料金体系では,航路距離とは無関 係だった2013年以前の料金体系と比べ大幅な値上げとな った.また,料金が海氷状況に応じて変動し,事後にな らないと確定しないという点も課題である.NSRの利用 船社によると,事前の見積もりが立てられず,運行計画 の立案に支障が生じるため,ビジネス環境として非常に 利用しづらくなったとの意見もある.さらに,2014年春 以降のウクライナ危機に関係し,軍事的要因が前年より 増加したことも一因として考えられる. ⑦ 図-8 ヤマルLNGからの輸出ルート9) (3) シベリアランドブリッジ(TSR)及び北極海航路(NSR) 活用の可能性 ここまで,TSRとNSRの状況を確認した.TSRは,経 済開発が盛んな中央アジア地域(カザフスタン等)やロ シア内陸部を対象とした貨物輸送に関して絶対的な優位 性を有しており,かつ,輸送時間が短縮できることから, 我が国と欧州をはじめとしたユーラシア各国をつなぐ有 効な物流ルートとなる可能性がある. 一方,NSRは一般貨物船の航行に制約があるため,コ ンテナの輸送には適さないと考える.ロシア北極海沿岸 では,ヤマルLNGプロジェクトが進められていることか ら,短期的にはNSRを利用する対象貨物はLNGであると することが現実的である. よって,一般貨物の輸送を想定した新たなルートを検 討する場合,TSRの活用がビジネスルートの選択肢にな るように,北陸地域港湾とロシア極東港湾を如何に接続 させるかが重要となる. 3. 新たな海上物流ルートの提案 ⑥ ① ② ⑤ (1) ロシア極東港湾との接続の現状と問題点 北陸地域港湾にとって,2015年現在におけるロシア極 東港湾との接続は,伏木富山港に寄港する日本一周ルー 図-7 NSR海域7区分と海氷状況レベル(3段階)の設定例8) プ(月2便)(ロシア寄港地はボストチヌイ,ウラジオスト ク)と,同じく伏木富山港~ウラジオストクを直行する c) 北極海海域における資源開発例(ヤマルLNG) ルート(月5便)のみである.伏木富山港以外の港湾では, 基本的に韓国釜山港を経由(トランシップ)するルートを ヤマルLNGプロジェクトは,カラ海中央に位置するヤ マル半島に埋蔵する天然ガスの発掘プロジェクトである. 利用するしか選択肢がない状況である. 釜山港を経由する場合,コンテナの積み替えが必要と ヤマル半島には世界の約22%の天然ガスが埋蔵されてい なるため,ロシア直行ルートに比べ,約800ドル/TEU4) ると言われており,北極海に面するサベタ港までのパイ ほどコスト高になり,かつ輸送時間も長くなるなど非効 プラインも既に完成している. ③ ④ 率な輸送形態となっている.前述したように,スエズ運 河ルートとTSRの料金差は1,000ドルであることから,料 金差の大半は日本海を海上輸送するために係る費用の差 であるということがわかる. ロシア極東方面からの輸出入に際し,利用されている 港湾割合は,輸出入ともに,70~80%が釜山港を経由し ており,非効率な輸送形態となっている.(図-8,9) 図-8 対ロシア輸出での直行,経由割合(極東方面) いえる.例えば,隣県どうしの連携は,港湾を利用する 荷主の立地地域がオーバーラップするために困難となる ことが予想される.それらを踏まえ,北陸地域の港湾を 中心とした航路ローテーションの提案を表-2に示す. 表-1 日本海側主要港でのユーラシア各国向けコンテナ量10) (TEU/月)(H25.11) 港名 輸出(export) 輸入(import) 新潟港 130 123 伏木富山港 96 217 金沢港 58 6 敦賀港 4 9 秋田港 39 407 酒田港 14 7 舞鶴港 8 55 境港港 4 10 表-2 提案する航路ローテーション 図-9 対ロシア輸入での直行,経由割合(極東方面) (2) 港湾間連携の必要性 北陸地域港湾から,釜山港を経由しないで極東ロシア 港湾と直行で結ぶことを検討する場合,通年での貨物量 を確保するために単独港による航路開設を検討するより も,複数港による港湾間の連携が望ましいと考える.日 本海側主要港からユーラシア各国向けに積込・積出を行 っているコンテナ量を表-1に示す.航路を開設するため には,一般的に1便/週の寄港が必要であると言われて いる.対象船舶として250TEU積みコンテナ船を想定し た場合,商業ベースとして必要と思われる消席率70%を 確保するために1航海あたり180TEU程度の貨物量が必要 となるが,いずれの港湾も,単独で開設できるだけの十 分な貨物量はない. さらに,有利な点である輸送距離の短さも,定期運行 を検討する際には課題となる.北陸地域港湾からウラジ オストクまでは,20ノットで航海する場合,1日程度で 航行することが可能であるため,1便/週で運行計画を 策定すると,次回出港までに待機時間が発生し,船舶運 用の効率性及び船員の対応に困ることになる.これら問 題を解決するために,複数港に寄港するルートを検討し た. PlanA 新潟-ザルビノ-新潟-秋田-ウラジオ-秋田 図-8 PlanB 伏木富山-酒田-ウラジオ-伏木富山 図-9 新潟-ザルビノ-新潟秋田-ウラジオ-秋田 図-8 提案物流ルート(PlanA) 伏木富山-酒田ウラジオ-伏木富山 (3) TSRを利用した港湾間連携による物流ルート 港湾間の連携を考える上では,輸送する方面が同じで あることは当然であるが,ポートオーソリティ等による 利害関係が競合しない港湾を選択することがポイントと 図-9 提案物流ルート(PlanB) a) PlanAの考え方 秋田港では,北欧からの製材輸入量が約10,000TEU/年 (192TEU/週)に迫る規模であり,スエズ運河ルートで輸 送している.これをTSRに転換することにより,貨物量 が安定するため,ウラジオストクとを結ぶことが望まし い.さらに,新潟港では,中国東北二省(吉林省,黒龍 江省)をターゲットとしたボストチヌイと結ぶことで1週 間を無駄なく就航することが可能となる.元来,新潟県 はこれら二省とは,関係者の尽力により非常に良好な関 係にある.本航路が開設できると二省の人口65百万人の 経済が日本海を通じて,我が国の経済発展に多くの機会 を提供することが考えられる. また,新潟港は関東地方を背後圏に有することから, 就航が安定した場合には,新潟県産業の特徴である付加 価値の高い自動車部品等の精密機械とあわせ,対岸諸国 へ進出した日系企業の輸送ニーズを取り込むことを期待 する.このルートについて,既存ルート(釜山港経由極 東港湾)とのコスト比較検証を行った結果を表-3に示す. 輸送コストは,200~320ドルほど安くなる試算結果とな った. 表-3 既存ルートとの比較検証(PlanA) 航 路 輸送時間 輸送コスト (1TEUあたり) 既存ルート 新潟-釜山(経由)-ウラジオ 7日以上 1,500~1,600ドル 秋田-釜山(経由)-ウラジオ 8日以上 1,500~1,600ドル 4.2 日 /1 サ イクル 1,286ドル 新ルート 新潟-ザルビノ-新潟-秋田 -ウラジオ-秋田 ※運行コスト試算の前提条件 ① 対象船舶は,3,600トン(国際標準規格) ② 用船料は,船齢15~20年のRORO CARGO ③ 燃料の調達は,ウラジオ若しくはザルビノ ④ 輸送量は100TEU ⑤ 釜山港積替日数は3日を想定 b) PlanBの考え方 現在,ロシア極東との間で唯一航路が開設されている, 伏木富山港の連携先として酒田港を提案する.伏木富山 港からロシアへの主要貨物は,中古車であるが,ルーブ ル安の影響で,2015年は減少する見込みとなっている. 収益性を安定させる上で,リスク分散の観点から他港と の連携が必要である.酒田港は,伏木富山港との背後圏 が競合しない距離間にあり,さらに,ロシア内陸及び中 国東北部を消費地のターゲットとする大企業が港湾背後 に立地していることから,貨物量が安定すると考える. PlanAと同様に既存ルートとのコスト比較検証結果を表4に示す.既存ルートと比べて,800~900ドルのコスト安 となる. 表-4 既存ルートとの比較検証(PlanB) 航 路 輸送時間 輸送コスト (1TEUあたり) 既存ルート 伏木富山-釜山(経由) -ウラジオ 秋田-酒田-釜山(経由) -ウラジオ 7日以上 1,500~1,600ドル 11日以上 1,600ドル 7.8日/ 1サイ クル 777ドル 新ルート 伏木富山-酒田-ウラジオ -伏木富山 ※運行コスト試算の前提条件は,PlanAと同じ 4. まとめ 東アジアの経済発展は,日本,韓国,中国南部中部と 拡大し,戦後70年近く経過して,近年はその勢いがロシ ア極東地域及びASEAN地域に延伸している.今後は, この両地域との交流が日本(特に日本海側地域)におい て,非常に大きくなると予想される. 今回新たな物流ルートを2案提案したが,日本海を核 とした物流ネットワークは,様々な団体が模索している 状況にある.新潟県では,独自で船舶を購入する予算を 2015年度に計上するなど,主要施策として調整を進めて おり,富山県においても,TSRの活用助成金制度を創設 して活用を促しているところである. 民間企業が物流ルートを選択する要因は,輸送コスト や時間以外に,定時制と信頼性を重要視する.これまで は敬遠されていたが,ロシアをはじめとして,各国が税 関の手続き改善等に取り組んでいるところであり,魅力 のあるルート作りの基盤はできつつある. 港湾空港部では,ユーラシア各国の活力を我が国の経 済発展に取り込むために,各関係者との認識を共有し, 実現に向けて取り組んでいく所存である. 謝辞:本論を執筆するにあたり,様々なご指導を頂きま した公益財団法人環日本海経済研究所三橋特別研究員に 深謝します. 参考文献 1) 2) 3) 4) 5) 6) 7) 8) 9) 10) 国土交通省鉄道輸送統計資料 ロシア NIS調査月報(2015.3 月号) ロシア NIS調査月報(2015.1 月号) 平成 25年度総政局調査報告書 富山県港湾課 日本海側拠点港の形成に向けた計画書(富山県) Northern Sea Route Information Offce Northern Sea Route Information Offce,Sergey Balmasov氏 ヤマル LNG 平成 25 年度全国輸出入コンテナ貨物流動調査より北 陸地方整備局作成
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