Development of Press Forming Technology of

中小企業庁長官賞
エンボス遮熱板の
プレス成形技術の開発
国内では特許競争により標準化が進まない床下遮熱板のエンボス技術。
須永 行
先行技術を上回る性能を達成した特許技術開発経緯を振り返るとともに、
㈱ 深井製作所
系列や地域の垣根を越えた連携による将来の技術共有を提案する。
1.はじめに
普段はまず見ることはない自動車の床下。整備中
り付けられているのだが、欧米では、ほとんどの遮
リフトで持ち上げられた状態を見上げると、一般的
熱板に剛性アップと薄板化による材料コスト低減を
には車体中央部に排気管が通るレイアウトであるこ
目的としたエンボス形状が付与されている。こうし
とが判るだろう。そして、この排気管に沿ってほぼ
たエンボス素材は国内でも数種類が流通しているが、
全長に渡りアルミ製の遮熱板が車体側に取り付けら
系列内に留まり対外的に販売されてはいない。また、
れていることに気づくはずだ(図 1)。
先行メーカーには特許を有する例もあり、特許技術
これら遮熱板は、排気管から放射される排気熱が
は系列内で独占的に使用されるため、後発メーカー
客室や燃料タンク、あるいはスペアタイヤ等周辺部
の採用は事実上困難であった。そこで先行技術の特
品に伝わらぬよう、文字通り熱を遮蔽するために取
許抵触を回避しつつ、より高い剛性と必要十分な二
次プレス成形性を両立できるエンボス形状として開
発したのが、今回紹介する本技術である。しかし中
小企業である当社には、それまで新技術開発の経験
など全くなかった。人、モノ、金、あらゆるリソー
スが満足に揃わぬ中で、如何にして本技術を開発し
図 1 代表的な欧州車の床下レイアウト
たか。改めて開発経緯を振り返りながら紹介しよう。
2.エンボス遮熱板普及の経緯
自動車における軽量化ニーズは、近年ますます高
の、現在でもオールアルミといった極端な車体構造
まっており、軽量化のための材料置換が進んでいる。
例は超高級車やスポーツカーなど極少数で、最近の
しかし、現代でも自動車を構成する材料では、ス
高級車ではアルミを板の他、押出しやダイカストな
チールの比率が圧倒的に高いことは確かである。独
ど、工法を変えて使いつつ、部位によってスチール
BMW の i3 のように、車体にカーボン強化樹脂を採
や樹脂を適材適所に使い分けた「ハイブリッド構造」
用した量販車も登場しているが、こうした例は未だ
を採る例が増えている。
稀であり、非鉄金属の筆頭と言えばアルミニウム(以
しかし遮熱板に限っては、80 年代頃からアルミメッ
下アルミと略す)が挙げられることに異論の余地は
キ鋼板(スチール母材)をアルミに置換する動きが
ないだろう。アルミは非鉄金属の筆頭ではあるもの
活発となり、現在では自動車部品の中でも、最もア
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ルミ化が進んでいる部品と言って差支えないだろう。
あるが、取り付けられる床下では走行風圧の他、振
国内では、89 年の初代セルシオ(米国名:レクサス
動や水溜り走行時の水圧、降雪時には雪による変形
LS)で初めてアルミ製遮熱板が採用されたが、この
といった課題もあり、一定の剛性が求められる。そ
時点では未だエンボスのない平板であった。
こで 80 年代後半頃から、エンボスを付与すること
スチールからアルミに材料を置換すると、比重は
で剛性向上を図るとともに、剛性を利した薄板化に
1/3 となり大幅に軽量化できるものの、これと同時
よりアルミ化に伴う材料費アップを抑制しつつ、更
にヤング率も 1/3 に低下してしまうため、同じ板厚
なる軽量化を狙った例が欧米で普及し始めた。国内
のままでは剛性が低下してしまう。遮熱板は構造部
では遅れること 10 年以上。00 年頃からようやく採
材ではないため若干の剛性低下は許容される場合も
用されるようになった。
3.機能性エンボス市場
フレーム類を得意とする当社での遮熱板生産量
い返事を得ることは叶わなかった。
は、現在でも重量比で 0.1%程度に過ぎず、使用し
機能性エンボスは 00 年代中頃、グローバル市場で
ている材料の 99.9%はスチールである。遮熱板は単
は既に公知の模様が広く普及しており、国内でも中部
にアルミの難成形部品として。或いは、超短納期開
以西の自動車メーカーでは採用実績があった。グロー
発が発端で受注したに過ぎず、未だ遮熱板専門メー
バル市場では公知技術で汎用化したのに対し、国内に
カーと名乗れるレベルではないのが実態である。で
は先行技術が存在し、狭い島国に複数の形状が混在し
は、何故そんな当社が遮熱板用のエンボスを開発す
市場競争をしている状態であった。新興国の多くは欧
ることになったのか。
米に倣い公知技術を採用しつつあり、遮熱板用機能性
当初、遮熱板用の機能性エンボスは市場で容易に
エンボスの分野において我が国は完全にガラパゴス化
入手できると考えており、単純に買ってきたエンボ
し、世界標準から後れをとりつつあった。
スシートをプレスすればよいとばかり思っていたの
更に、国内で生産されているエンボスも、特許の有
だが、現実はそうではなかった。リサーチした時期
無に関わらず供給は自社の系列に限られ、系列外では
が北京五輪と重なり、世界的に材料が枯渇していた
入手できない状況だった。入手可能なエンボスもある
ことも多少影響していたかも知れぬが、社名を伏せ
にはあったが、その大半は「意匠性」に限られ、剛性
つつ他圏へ機能性エンボスシートを購入したい、と
面では不十分であり且つ高価。材質や板厚にも自由度
いうオファーをして回ったものの、結局最後まで快
がなく、これらを応用することもできなかった。
4.自社開発へ
入手の道を絶たれたことから、公知技術を見よう見
こともあり自社開発の道を選ぶこととした。しかし、
真似で自社生産するか、あるいは先行技術の特許抵触
中小企業である当社には、新技術開発のための資金、
を回避した新技術を開発するかの二者択一となった。
設備も含め、あらゆるリソースが不足する状態から
いずれにしろ最終的には自社でこれまで経験のな
の出発となった。当然成果が出る見通しなどなく、
いエンボスシート生産をしなければならないことに
ひっそりと本業の傍ら時間を割いての開発スタート
は代わりなく、当時は新車開発業務が端境期だった
となった。
5.最初にプライスありき
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今回の寄稿にあたり改めて開発資料を遡り調査し
我々は営利で運営している民間企業であり、売れな
たところ、いの一番に検討していたのは性能云々で
い技術を開発する愚はあってはならぬことである。
はなく「プライス」であった。如何に優れた技術で
一方で、自動車業界において「軽さ」は、対価を払っ
あっても、市場に受け入れられるプライスを実現で
てでも手に入れたい付加価値でもある。よく見られ
きなければ普及することはない。性能だけを追い求
るアルミ製のボンネットやドア、フェンダーといっ
める開発では、しばしばこうした罠に陥りがちだが、
た外装パーツの軽量化例では、スチールからアルミ
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特集 素形材月間 ∼素形材産業技術賞∼
に置換する際のヤング率低下に伴う剛性低下を板厚
通量が多いこともあり比較的安価である。そのため、
アップで補っており、軽量化できるのはせいぜい半
同じ板厚でもこの試算例では 10%強のコストアップ
分程度であるにも関わらず、材料費では 2 倍以上の
で済み、先行技術が実現している 20%程度の薄板化
コストアップとなる。つまり、自動車メーカーでは
が可能になれば、アルミ化しても同等以下のコスト
「軽さを買う」という判断を下しているのだ。しか
レベルを達成できる見通しがあるという試算結果と
し、これは部品サイズに伴い軽量化の絶対値が大き
なった(図 2)。
いことに加え、外観品質が要求されるアウター部品
さらに市場競争力を高めるには、より高い薄板化
のような高付加価値部品だから許容されるものであ
性能が求められることから、目標を 40%の薄板化と
り、床下遮熱板のような機能部品にはこのような「軽
し開発がスタートした。
さを買う」軽量化を適用することはできない。
つまり、如何に軽量であろうと、採用する自動車
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メーカー側がコストとして許容できるのは、最大で
も従来品と同等までであり、理想は軽量化と同時に
コスト低減を両立できる性能を実現していることで
ある。幸い、遮熱板用のスチールは耐食、耐熱性か
ら車体で主に使われる亜鉛メッキ鋼板では適さず、
アルミメッキ鋼板が採用されている。同材料はメッ
キ鋼板の中では比較的高価な部類に入る。一方で、
当社が遮熱板用に適用している A3004-O のアルミ
は、飲料缶で使われている材料で、特に国内では流
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図 2 ターゲットコスト試算例
6.エンボス形状の立案
まずは先行技術の特許抵触回避が最優先課題で
だ。等方性を実現しようとすれば、最終的にはハニ
ある。先行技術は「大小の円が混在」することを請
カム状の配列パターンとなるのであった。
求項に挙げていたが、これは従来のエンボス形状が
であれば最初からハニカム状の配列がよいのでは
「波型」や「丸型」が主流だったため、エンボスの
ないだろうか。ただし、後加工での二次成形性を考
形状を球形に定め、最適配列を模索した結果と考え
慮すると、エンボスの成形による材料伸びは最小限
られた。しかし、結果的に到達した最適解は門外漢
に抑制し、余力を残しておきたい。従って極力球に
である筆者の目には、大小の円を用いた「疑似六角
近い形状であることが望ましいだろう。そうした要
形」に見えた。
件から辿り着いたのが現在の「6 本骨の雨傘を伏せて
形状による断面二次モーメントで剛性を上げる手
置いたような形状」だったのだが、この形状に辿り
法は、波板などの例と同様であるが、波板は向きに
着いたのはある意味必然であったとも言えるだろう。
よって剛性が大きく異なるのに対し、遮熱板用エン
自治体が開催している特許相談会を通じて弁理士
ボスでは剛性に等方性を持たせたい。蛇腹状の模様
に相談。アドバイスに従い先行技術を調査した結果、
では遮熱板に適用した際、開き方向には強くとも、
この分野ではこうしたアイディアは未だ出願されてお
前後方向の荷重に対しては「曲がるストロー」のよ
らず、特許成立の可能性は十分にあることが判った。
うになってしまうため、容易に曲がってしまうから
7.最適化による性能向上
特許回避の目途は立ったが、まだ机上の空論であ
クシミュレーションソフトの売り込みがあった。3D
りこの形状で先行技術を上回る性能を達成できるか
CAD データ作成時の履歴を利用し、指定したパラ
否かは不透明だった。最適化をすべきではあるが、
メーターを指定した寸法と段階で変えては、連成さ
道具もなく日常業務に加えて作業する余裕がなく、
せた構造解析ソフトで解析。再び寸法変更というルー
現実的には着手すらままならない状態であった。先
プを繰り返すというもので、半日程度の入力作業を
送りしていた最適化であるが、偶然にもパラメトリッ
終えれば、あとはエンターキー一つで数十パターン
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の解析をコンピュータが自動で行ってくれた。
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翌朝出社した時点で終わっていた数十パターンの
解析結果から、剛性を高めつつ、材料伸びを抑制し
は人間の主観に依るものだが、それでもこれらの煩
雑な作業を機械任せにできたことで、僅か一夜にし
て先行技術を上回る性能を実現できる可能性がある
ことを示唆する解に辿り着くことができたのであ
る。ただし、思ったようなパラメトリックが機能す
るよう、形状データを作り込むのには凡そ半年弱の
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得る最も効率的と思われる形状の選択は、最終的に
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準備期間がかかり、必ずしも一朝一夕に達成できた
わけではない。
決定したパラメーターでは解析上 40%程度の薄板
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化が可能な見通しを得ていた。早速試作サンプルを
製作し、3 点曲げ試験による曲げ剛性の検証実験を
行ったところ、実際の性能は 30%程度の薄板化性能
に留まるという結果であった。とは言え、先行技術
は凡そ 20%程度の薄板化性能であり、先行技術を上
回る性能が実験的にも証明された(図 3)。
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図 3 3 点曲げ試験による性能評価
8.二次成形性評価
エンボスシート単体での剛性が高くても、肝心
のプレス製品に成形できなければ意味がない。二次
成形性評価は一般に「球頭張出し成形」等の要素試
験を以て評価するのであろうが、当社レベルの中小
企業ではそうした基礎的な試験を行うのは困難であ
図 4 アルミ難成形部品での試作例
る。そもそもラボで良好な結果が得られていても、
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現実の量産でうまく行かないことの方がほとんどな
干劣るものの競合技術とは同等以上の二次加工性を
ので、最初から現場で確認する方が合理的である。
有していることが証明された。
当時量産していた燃料タンク下に取り付けられる
特に、絞り成形時にはしわ抑えもエンボス高さ分
アルミ遮熱板は、元々筆者の製品設計によるもので、
の隙間を残して寸止めするため、材料にかかる圧力は
従来品と酷似した製品形状でありながら、絞り工程を
いくら加圧しても「実質ゼロ」となる。材料を引張っ
それまでの 2 から 1 工程に半減していた。設計当初の
てしわを抑制する効果は得難いものの、一方で加圧ゼ
形状では不良発生はほぼゼロだったのだが、途中顧
ロのままスルスルと材料流入するため、絞り成形性は
客要求から部品形状が変わり、これが元で割れは成形
通常の平板による成形と比べかなり楽であることは
限界付近に達してしまった。そのため、材料のロット
事実だ。しわについてもエンボスによって剛性が上が
によっては割れ不良が頻発するような状態となってお
り、座屈し難くなること。また、仮に重なりしわに発
り、量産が安定するまでにはかなりの労苦を要した。
展しても製品にエンボスを残存させるために設けら
裏を返せば、この部品でエンボスシートを成形できれ
れたクリアランス内で、板がゆったりと折り重なるだ
ば、ほぼ平板の製品をそのままエンボスに置換できる
けで、端部を曲げ潰すことが少ないので、ヘミング曲
ことを示すことになり、二次成形性評価として十分な
げのような割れも起こり難いメリットもある。
結果であると考えた。
床下の遮熱板については、海外ではしわだらけの部
結果、最初のトライですんなりとエンボス製のパ
品が少なくないが、エンボスの普及に伴い国内の自動
ネル取得に成功。ほぼ、平板と遜色ない成形性を有
車メーカーでも、機能上支障が無ければ外観品質を問
することを実験的に証明することができた(図 4)。
わずしわを許容する品質基準に改める例が増えており、
また、事後に材料メーカーの協力を得て行った球
製品によっては盛大に重なりしわが出た状態で、ラン
頭張出し成形等の試験結果でも同様に、平板には若
ダム加振試験や実車耐久試験を行い、機能障害がない
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特集 素形材月間 ∼素形材産業技術賞∼
ことを確認している例もある。また、海外の例では、
こうした工法の方が絞り成形より歩留りも良く、工程
絞り形状の製品でも曲げ成形で済ませ、テーブルクロ
数やコスト削減にもつながるため、将来的にはこれに
スのように盛大に材料を重ねているものも少なくない。
倣った方向へと進むことになって行くものと思われる。
9.エンボスシートの製造方法の確立
要素での技術は確率したものの、これを低コストで
ため有利である。償却コストの面でも、一般に 24 か
製造できなければ意味がない。コストを考えればエン
月程度の償却期間で専用プレス型を複数つくるより、
ボスはロールによる成形が望ましいだろう。しかし、
5 年償却で汎用ロール設備に投資した方がメリットが
当社は金型から操業したプレスサプライヤーであり、
あるという試算結果が得られた。また、ロールは断面
ロール加工に関する知識はゼロである。当初は既存の
で見ると点接触で、集中荷重を入れ易いことから将
エンボス事業者に製造委託する策も検討したが、主に
来的に厚板や高強度材にも対応できる拡張性があり、
意匠用エンボスを製造している彼らは、デザインに応
ロール加工が主流になるのは必然とも言える(図 5)。
じて多様な型を有しており、多品種少ロット生産が必
とはいえ、プレスで加工力が足るものについては、
至である。機能性エンボスだからといって一種類を大
物流の問題や生産量、初期投資リスクの回避といっ
量且つ安価に製造したいという当社の要求に合致す
た視点から、決して選択不可ということはなく、将
るパートナーを見つけることはできなかった。
来ロールが主流になっても、状況に応じてプレスな
そこで、平成 19 年度度栃木県地域産業創造技術
ど最適な手法を選択することになるだろう。
研究開発費補助の制度を活用し、小型の試作ロール
現在の量産ロール設備は、加工幅 1 m未満。アル
を製作。エッチング工法でロール本体を製作した初
ミで最大 1 mm 厚を、40 m/min のスピードで加工す
号機では、充分な品質が得られなかったが、2 号機
ることが可能なスペックを有している。海外の金属
は切削加工或いはこれに準じる工法で製作し、よう
系サイディング(外壁や屋根材)の分野では、加工
やく満足行く品質の見通しを得た。ところが、いざ
速度 100∼150 m/min という例も珍しくないそうで、
エンボス製遮熱板を受注し量産の段になると、試
生産能力は未だ向上できる余地は十分にあるものの、
作ロール機の実績よりも量産の安全性を優先し、プ
物流コストが嵩む国内では一極集中生産によるス
レスによる工法を選択。しかし、何度かこうした
ケールメリットを活かしたコストダウンよりも、小
こ と を 繰 り 返 す う ち 13 年 6 月 に 発 売 さ れ た ス バ
規模設備による地産・地消の生産体制の方が望まし
ル「XV HYBRID」のバッテリーカバーを受注。こ
く、敢えて生産能力を抑えている。実際には、これ
れまで 0.5 mm 厚程度のアルミ遮熱板ばかりだった
でも未だ過剰であり将来的には少し大きめのコピー
ため、プレスでも辛うじてエンボス成形できていた
機といった体裁を目標に、設備の小型化に向け開発
が、あれだけ複雑な形状を広い面積にプレス加工す
を進めているところである。これが実現できれば、
るためには、相応のプレス加工力が必要であり、XV
可搬性を活かし、プレス設備の直前でエンボスシー
HYBRID の例では板厚が 0.8 mm と厚くなり、投入
トの加工ができ、生産効率向上にも役立つだろう。
材面積も従来より大きくなったことで、計算上プレ
設備投資が少額で済めば、国内の主要自動車生産地
スでは 1,100 トンもの加工力が必要となることが判っ
は勿論、いずれは海外へも展開を拡げる際にも大き
た。当社設備ではプレスによる生産はできない事態
な武器になるものと考えている。
に陥り、ようやく量産ロールへの投資が決定した。
実際にはプレスによるエンボス型は汎用化が困難
加工方法
ロール
プレス
パンチングマシン
である。大きな材料サイズに合わせて金型を作って
も、小さいものを加工するときには、不要に大きな
充当機を動かさねばならず不利である。結果、ほぼ
製品毎の専用型とならざるを得ない。加工力が足る
範囲で順送で生産する工法も考えられるが、1 枚の
エンボスシートを製造するのに、複数のストローク
を要するようでは、コスト競争力は期待できない。
一方ロール設備は、ロール幅以下のサイズであれば
投入材料の大小を問わず加工でき汎用性が高い。また、
コスト的にも材料投入分しか加工工数はかからない
外 観
加 工 力
設備投資額
生 産 性
汎 用 性
在庫管理
図 5 加工方法と特長
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10.プレス成形解析による事前評価
実験的には平板で成形できる製品、工程設計が成
ターを見ると、エンボスによるプレス成形解析がで
されていれば、ほぼそのままエンボス化できる見通し
きているではないか。自ら不可と判断した解析なの
は得たものの、平板とは特性の全く異なるエンボス材
で驚いた。聞けば、レポートの存在を知らぬ担当者
による加工であり、解析を用いて事前に検証できた方
が試しに計算してみたらできたとのこと。実は 64
がよいのは当然のことである。早速、プレス成形解析
ビット化への移行に伴うバージョンアップでハード
を試みた結果思いがけない問題が顕在化した。まずは
環境が変わり、現在のスペックではエンボスの形状
エンボス形状の再現が儘ならなかったのである。
を単純化するような小細工をせずとも、ソフトのデ
解析ではエンボス加工をプレスで再現しようと試
フォルト設定のままで難なく計算できるようになっ
みたが、量産品サイズの型データを読み込もうとし
ていたのであった(図 6)。
たところ、要素数が多過ぎてできなかった。形状を
メッシュ量は膨大となり、またしわによる板重な
単純化し要素数を削減。更にデータを分割してよう
りなど解析には難しい要素が少なくないが、当社で
やく取り込むことに成功。しかし、エンボス加工を
使用しているソフトの大きな特徴である計算スピー
終えた段階でのメッシュサイズは区々となってしま
ドと、メッシュ品質への寛容さなどが幸いし、特別
い、均質性には欠ける計算結果であった。止むを得
な設定をせずとも計算が可能であることが確認でき
ずそのまま次工程での計算を続けたところ、今度は
た。ただし、市場にあるどのソフトでもこのような
ソフトのアダプティブメッシュの機能が思わぬ作用
結果が得られるわけではなく、エンボスを再現した
をし、せっかくエンボス工程で小さくなったメッ
計算ができるソフトは限られるものと思う。現在は、
シュサイズが、再び元の大きなサイズ。つまり「平面」
バーチャル段階からこうした解析結果を短時間に検
に戻ってしまう現象に見舞われた。
証、提供することで、初期不具合の改善に役立つと、
アダプティブメッシュの機能を無効に設定するこ
顧客からも大きな信頼を得ており、エンボス関連部
とはできるが、メッシュ量は更に増えてしまうため
品の受注増に繋がっている。
ファイル容量制限に引っかかってしまった。当時は
解析結果ファイルの容量も CD-R 等のメディア容量
を考慮し 700MB という上限があったのだ。結局納
得行く計算結果は得られず終いで、レポートには「現
段階ではエンボスを用いた量産品相当の解析は不
可」と結論付けた。
ところがそれから数年後。営業に異動となってい
た筆者が、技術部部門を通りかかった時にふとモニ
図 6 最新バージョンによる計算例
11.遮熱板以外での適用
元々は遮熱板用に開発した技術であるが、先述の
プレス加工力不足によるロール設備導入で紹介した
スバル「XV HYBRID」の事例では、ハイブリッド
用のニッケル水素バッテリー上に設置されるカバー
と艤装フロアを兼ねる部材として、初めて遮熱板以
外での採用例となった(図 7)。
同車ではハイブリッド化にあたり、モーターをト
20
図 7 スバル XV HYBRID 採用例
ランスミッション後端に内蔵。このモーターを駆動
の板厚が必要であり、これを軽量化目的でアルミの
するバッテリーは、スペアタイヤを廃したリヤフロ
平板に置換しようとした場合、ヤング率低下を補う
ア上に搭載されることとなった。これにより重心が
ため 1.2 mm まで板厚を上げねばならない。この結
後方へ偏りがちになったが、バッテリーの蓋には電
果 2 倍近い材料コストを支払って得られる軽量化効
磁波シールドとしての機能が求められ、金属製でな
果は、50%ほどに過ぎなくなってしまう。
ければならない。スチールの平板では剛性上 0.8 mm
これに対し、アルミにエンボスを採用することで、
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図 8 XV HYBRID エンボス化重量、コスト試算例
スチールと同じ 0.8 mm の板厚で同等の剛性を確保
がることはないが、当社の試算では 20%程度のコス
でき、比重差の通り僅か 1/3 までの軽量化が可能と
トアップで 1/3 に軽量化でき、十分な費用対効果あ
なる。材料単価が高いためスチール比でコストが下
りと評価された(図 8)。
12.自動車分野以外へ
自動車分野でもようやく遮熱板以外で採用される
に積まれる貨物コンテナは相変わらずただのアルミ
ようになったばかりだが、等方性を有しつつ剛性を 3
の箱である。現在 0.8mm のアルミ板で作られている
倍程度に上げることができる本技術の応用範囲は、何
が、エンボスを採用すれば 25%薄板化することがで
も自動車の分野に限った話ではないだろう。これまで
き、搭載重量のアップや燃費向上に役立つことは間違
にも家電や建築、航空宇宙といった様々な分野からの
いない。過去にもマグネシウム化を試みた例などがあ
引き合いがあり、試作段階まで進んだものもある。例
るそうだが、フォークリフトで削れた粉が発火する恐
えばエアコンや洗濯機などは、軽量化が直接市場価値
れがあるなどの理由で、採用に至らず終いだったそう
にはならないものの、薄板化による材料費低減はコス
で、その点、材質を変えずアルミにエンボスをしただ
ト競争力の強化に繋がるだろう。また、航空業界の旅
けの本技術であれば、全く問題なく採用でき、輸送力
客機では機体のカーボン化も珍しく無くなっている
アップや燃費向上に大きく貢献できるだろう。
が、機内食の配膳台までカーボン化が検討されたり、
このように、自動車以外でも採用により様々な効
食器の軽量化や、貨物機でも塗装を省いたりと涙ぐま
果が期待できる分野は少なくない。今後も自動車分
しい軽量化努力をしている。にも関わらず、機体下部
野に限定せず幅広い分野へ向け訴求して行きたい。
13.おわりに
こうした取り組みが高く評価され、本技術は平成
25 年度地球温暖化防止活動環境大臣表彰 技術開
発・製品課部門を受賞した(図 9)。
今後、本技術の普及を図って行くためには、現在、
栃木県と新たに進出を予定している米国の二拠点しか
持たない当社には、できることに限りがある。せっか
く薄板化しても特許による独占を優先しエンボスシー
図 9 環境大臣(当時)の石原氏より表彰状を受け取る
常務 深井淳
トの販売に固守しては、デリバリーによりコストメ
的には世界中で本技術を活用してもらえる体制の構
リットが薄れるばかりか、輸送による CO2 排出増加な
築を目指して行きたい。そうして本技術を広く世の
ど地球温暖化防止とは逆行する結果になってしまう。
中に普及させることこそ当社の使命であろう。
そうならぬよう、特許を活用したライセンスビジ
ネスを推進することで、国内外を問わず地産・地消
のビジネスモデルを構築し、最も物流効率の良い場
所でエンボスシートを生産し、その場で使えるよう
な環境を整備して行きたい。まずは、ガラパゴス化
株式会社 深井製作所 〒 326 - 0005 栃木県足利市大月町 465 - 3
TEL. 0284 - 40 - 2000 (代表) FAX. 0284 - 90 - 2820
http://www.fukai.co.jp/
している国内市場での技術共有を模索しつつ、将来
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