平 成 2 8 年 4 月 1 9 日 中 部 大 学 Tel:0568-51-4852(研究支援課) 高効率で二酸化炭素を還元する鉄触媒を発見 ~2つの近接した鉄原子が高活性の鍵~ ポイント 従来の二酸化炭素還元触媒の多くは希少性の高い貴金属元素を使用し、触媒活性も高く なかった。 安価で一般的な金属である鉄を用いて、一酸化炭素のみを生成する高い活性を持つ触媒 の開発に成功した。 太陽光など再生可能エネルギーを用いて、二酸化炭素を有用な炭素資源として実用化す ることが期待される。 JST 戦略的創造研究推進事業において、中部大学の成田 吉徳 教授らは二酸化炭 素を高効率で一酸化炭素のみに還元する鉄触媒を開発しました。 二酸化炭素を有用な炭素資源へと変換するには大きなエネルギーが必要です。これま で、そのエネルギーを低減させるため、希少性の高い貴金属元素を含む触媒が用いられ てきました。しかし、これらの触媒の活性は中程度で、いまだに多くのエネルギーを必 要とする上、一酸化炭素だけでなく、ギ酸やメタノールなどさまざまな物質を生成して しまいます。工業的に多くの用途がある一酸化炭素のみを低いエネルギーで生成し、ま た鉄などの安価で一般的な金属を用いた高活性な触媒の開発が望まれていました。 本研究グループは、微生物に含まれる金属酵素に着目し、鉄イオンを2個含む触媒を 設計しました。その構造を最適化したところ、貴金属触媒を大きく上回る活性を示し、 一酸化炭素のみを生成するという、理想的な特性を示すことを発見しました。 この発見は、太陽光を直接用いる人工光合成や、再生可能エネルギーで発電された電 力による二酸化炭素還元の実用化に貢献するほか、さらに高活性な触媒開発の設計指針 として役立つことが期待されます。 本研究は、中部大学のザキ・ザーラン 研究員およびイマン・モハメド 研究員と共 同で行ったものです。本研究成果は、2016年4月18日午前10時(英国時間)に 英国科学誌「Scientific Reports」のオンライン速報版で公開され ました。 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。 戦略的創造研究推進事業 先導的物質変換領域(ACT-C) 研究領域: 「低エネルギー、低環境負荷で持続可能なものづくりのための先導的な物質変換技術の創出」 (研究総括:國武 豊喜 公益財団法人 北九州産業学術推進機構 理事長) 研究課題名: 「分子触媒と固体表面科学の融合による人工光合成システムの創製」 研究代表者:成田 吉徳(中部大学 総合工学研究所 教授) 研究期間:平成24年10月~平成30年3月 上記研究課題では、新たな水の分解や二酸化炭素の還元触媒の創成と無機光エネルギー変換材料 の組み合わせによる人工光合成系の創出を目指しています。 1 <研究の背景と経緯> 温暖化効果ガスである二酸化炭素(CO2)の削減と、その有効利用は喫緊の課題です。 特に、資源の乏しい日本にとって、CO2の有用な炭素資源への変換は、重要な課題です。 しかし、その変換には大きなエネルギーを必要とするため、多くの困難があります。その 1つの解決策として、太陽光を含む再生可能エネルギーを用いた方法が活発に研究されて いますが、CO2を低いエネルギーで有用な一酸化炭素(CO)に変換できる触媒注1)が、 その効率を左右する鍵となります。これまで、貴金属元素を含む触媒がこの反応に活性を 示すことが知られています。しかし、これらの触媒の活性は中程度で、いまだに多くのエ ネルギーを必要とする上、希少性が高いため、同等以上の高い活性を持ち、鉄のように安 価で一般的な金属を含む触媒の開発が求められていました。 <研究の内容> 微生物に存在する「一酸化炭素デヒドロゲナーゼ(CODH) 注2)」 (図1B)と呼ばれ る酵素はCO2とCOとを相互変換し、ニッケル、鉄原子が同時に一分子のCO2に結合す ることで、低いエネルギーでの反応が可能になります。 本研究グループは、従来の触媒よりも低いエネルギーで反応できる触媒注3)を開発する ため、この酵素の構造に着目しました。従来の触媒は全て1個の金属イオンのみを含む構 造でしたが、この酵素のように2個の金属イオンを最適な距離に配置した耐久性の高い鉄 ポルフィリン二量体注4)(図1A)を開発しました。この鉄触媒は中性の溶液中で電位をか けるとCO2をCOのみに変換可能で、次のような特長を持つことを明らかにしました。 1. ポルフィリン環上に電子求引性基注5)を導入すると、CO2の電気化学的還元反応が開 始する過電圧注6)が、これまで報告されている全ての錯体触媒中、最低の0.40ボ ルトとなり、触媒回転速度注7)は最大16万回転/秒と極めて大きい値を示しました。 2.一方、電子供与性基注5)を導入した鉄ポルフィリン二量体の触媒回転速度は、63万 回転/秒とさらに速くなり、世界記録を達成しました。 3.触媒を用いて均一溶液中でCO2の定電位還元反応を連続6時間行ったところ、電解 電流は電解開始前後で1.25ミリアンペア/平方センチメートルと一定を保ち、9 2%の電気効率でCOを選択的に生成しました(その他、水素:8%、ギ酸:0%)。 本触媒はこのような高い触媒安定性と生成物選択性が立証された世界初の錯体触媒と いえます。 このように中性の溶液中で高いCO2還元活性を持つ鉄錯体触媒は世界で初めてです。 <今後の展開> 本研究で開発した鉄触媒を、今後、人工光合成系に使うことにより、太陽光エネルギー 変換でのCO2還元へ発展することが期待されます。そして、再生可能エネルギーにより 発電した電力を用いて、水電解と本触媒を用いたCO2還元系との複合電解系を形成する ことで、CO2のみを変換してCOを生成するシステムの開発につながると考えられます。 また、2つの金属活性中心がCO2還元反応に有効という触媒設計指針を提示できたこと により、さらに高活性の触媒設計に結びつくことが期待できます。 2 <参考図> 図1 鉄ポルフィリン 有機分子 図1 本研究に用いた鉄触媒(A)と対応する機能を持つ金属酵素(B)の構造 開発した鉄触媒は、2個の鉄イオンの距離が適切となるように2つの鉄ポルフィリンを 有機分子で結合した構造をしています。対応する機能を持つ金属酵素(CODH)の活性中 心構造と比較すると、いずれも、2個の金属イオンに二酸化炭素分子が結合して反応が進 行していると考えられています。 図2 一酸化炭素の工業的有用性 既にC1化学として各種の有機工業中間体の工業的生産法は確立している。この原料と なる一酸化炭素(CO)と水素(H2)を再生可能エネルギーで生産することで、現在の エネルギー消費の大きい石炭や天然ガスからの生産に代替でき、併せて二酸化炭素の排出 削減が見込めます。 3 <用語解説> 注1)触媒 化学反応を行う際に、反応する物質と結合することで、反応を容易に進行させ、選択的 に特定の生成物を与えるように作用します。 注2)一酸化炭素デヒドロゲネナーゼ(CODH) 微生物中での二酸化炭素の変換に関与している、ニッケルと鉄イオンを反応中心に持つ 金属酵素で、低エネルギーで早い変換反応を行っています。 注3)錯体触媒 無機化合物のみからなる触媒に対して、有機配位子と金属イオンを組み合わせた錯体を 触媒とするものです。有機配位子の構造は合成により自在に変えることができるため、無 機物質の触媒と比較して構造の最適化が容易である。金属酵素も錯体触媒の一種。 注4)鉄ポルフィリン 鉄イオンとポルフィリンと呼ばれる環状分子から成る平面性の分子。ヘモグロビン(人 間の血液中の赤血球に存在する酸素を運ぶたんぱく質)に含まれている鉄錯体と似た構造 をしている。有機合成により自在に作ることができます。 注5)電子求引性基、電子供与性基 「電子求引性基」は、反応中心から電子を引きつける性質を持った部位のこと。一方、 「電子供与性基」は、反応中心へ電子を与える性質を持った部位のこと。 注6)過電圧 電気エネルギーを用いたAからBへの変換には、それぞれの反応に応じて理論的に必要 なエネルギー(電位)が決まっている。実際に反応を行う場合には、この理論的エネルギ ーより多くのエネルギー(大きな電位)を加えないと反応は進行しません。この過剰に加 えるエネルギー(電位)を「過電圧」と呼ぶ。 「過電圧」が小さいほどエネルギー効率は良 く、熱エネルギーとしての損失を減らすことができます。 注7)触媒回転速度 一秒間当たりの触媒反応サイクルが回る回数のこと。この値が大きいほど触媒としての 効率が高く、少量の触媒で反応が可能となります。 <論文タイトル> “Bio-inspired cofacial Fe porphyrin dimers for efficient electrocatalytic CO2 to CO conversion: Overpotential tuning by substituents at the porphyrin rings” (二酸化炭素の一酸化炭素への効率的な電気化学的変換のための、生物を範とした対面型 鉄ポルフィリン二量体触媒:ポルフィリン環上の置換基による過電圧制御) doi:10.1038/srep24533 4 <お問い合わせ先> <研究に関すること> 成田 吉徳(ナルタ ヨシノリ) 中部大学 総合工学研究所 教授、エネルギー変換化学研究センター 〒487-8501 愛知県春日井市松本町1200 Tel:0568-51-9458 Fax:0568-51-9458 E-mail:[email protected] <広報に関すること> 中部大学 研究推進事務部 研究支援課 Tel:0568-51-4852 Fax:0568-51-4859 E-mail:[email protected] 5 センター長
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