乳房の手術についての説明 平成 26 年 3 月 1 日改訂 【あなたの病名と病態】 1.これまでの検査の結果、あなたの病名は(右・左)の乳がんです。 2.乳がんの病期(進行の程度)は、しこりの大きさ(T)、リンパ節への転移の程度(N)、遠隔 転移(乳房から離れた部位に転移)があるかどうか(M)によって決まります。現時点では以下の ように診断しています。 ☆しこりの大きさ: (Tis, T1, T2, T3, T4) ☆リンパ節転移の程度: (N0, N1, N2, N3) ☆遠隔転移の有無: (M0, M1) 病期: Stage (0, I, IIA, IIB, ⅢA, ⅢB, ⅢC, Ⅳ) 【治療の目的・必要性・温存の適応】 治療をしなければ徐々に進行して最後はあなたの命を脅かすことになってしまいます。乳がんの 治療法は、現在の進行状況(上記の病期)ならびにがんの薬剤感受性(どの薬が効きやすいか)に よって、手術・抗がん剤治療・放射線治療・内分泌治療を組み合わせて行います。当院では日本乳 がん学会の診療ガイドラインに準拠して治療法を選択しています。Stage ⅢC までの場合には手 術療法が治療の一環として選択されます。 乳房温存療法ガイドライン(1999 年日本乳癌学会、2006 年がん臨床研究事業研究会編)によると 1)腫瘍の大きさが 3cm 以下(整容性が保たれるなら 4cm までは許容される) 2)各種の画像診断で広範囲な乳管内進展を示す所見がない 3)多発病巣がない(2 個の病巣が互いに近いときには許容される) 4)放射線照射が可能 5)患者さんが乳房温存療法を希望すること 以上の 5 つの条件を満たす場合に、乳房温存手術の適応となります。年齢・リンパ節転移の程度 は問いません。条件を満たさない場合には一般的に乳房切除の適応となりますが、術前抗がん剤治 療を行い、腫瘍の縮小効果が十分であれば乳房温存療法が可能となる場合もあります。温存療法で は、術後に放射線治療を行う場合が多くなります。 【乳房温存手術・乳房切除術の内容】 乳房温存手術の場合、当院では腫瘍直上の皮膚を紡錐形に切開する方法(図1)により行い、 変形を最小限にとどめるように工夫しております。画像検査でわかる腫瘍の広がりより約2cm離 して乳腺を円筒状に切除します。手術中に切除した組織の周囲断端ならびに乳頭方向へのがんの広 がりがないかを術中迅速病理検査にて調べます。もしがんの広がりがあれば、追加切除を行い再度 検査します。広がりが大きく、温存が困難と判断された場合、乳頭・乳輪を含めて切除する紡錘形 の切開(図2)により乳房切除を行います。術前より広がりが大きいとわかっている場合は最初か ら図2の乳房切除術を行います。 術後にすべての切除組織を 5-10mm 間隔で詳細に検査します。もし術中の至急検査での結果よ りもがんの広がりが大きいと判明した場合やリンパ管浸潤が高度で局所再発の危険が高い場合に は、後日に追加切除や放射線治療を必要とする場合があります。放射線治療の際に、もともとの癌 の部位をより分かりやすくするために、手術中に3mm大のチタン製のクリップを留置しておく場 合があります。これは一生体内に留置されますが、MRI 等の検査には全く支障なく、またこれが 原因で化膿する危険はほとんどありません。 図1 乳房温存術 図2 乳房切除術 【センチネルリンパ節生検・腋窩(えきか)リンパ節郭清】 手術でリンパ節を郭清する理由は2つあります。一つは、リンパ節転移の有無を顕微鏡のレベ ルで調べるという「診断」の目的、もう一つは、腋窩リンパ節へ転移したがん細胞を取り除く「治 療」目的です。1 個か 2 個のセンチネルリンパ節(見張りリンパ節)を手術時に摘出し、細胞診な らびに OSNA 法(後述)の結果、転移がないと診断された場合にはそれ以上の郭清を省略できる ようになりました。しかし、センチネルリンパ節は特別の方法で調べない限り、どこにあるのか分 かりません。手術の前(前日のお昼、または当日の早朝)に乳輪の周囲にアイソトープ(放射性同 位物質)を注射し、シンチカメラで写真を撮ります。手術中にガンマブローベという器具でセンチ ネルリンパ節の位置を確認して摘出します。 この時センチネルリンパ節の同定を容易にするために、同時に 緑色の色素を乳房に注射する場合があります。切除したリンパ節 を手術中に至急顕微鏡および OSNA 法で調べて転移がない場合に は、これ以上の郭清を施行しておりません。もし転移がある場合 には通常の方法で腋窩リンパ節を取り除くことになります。乳房 に注射するアイソトープは約 1 ミリキュリーの放射線量であり、 骨への転移を調べる骨シンチの際に使用する量の 20 分の 1 程度で、 安全性に問題ありません.また、色素の注射で一時的に尿が青く なり、皮膚も少し青くなりますが数日で消えます。非常に稀です が色素に対して過敏症をきたすこともあります。 最近では以前と比べて早期に乳がんと診断される場合が増え、リンパ節転移も摘出したセンチネ ルリンパ節のごく一部のみという場合が増えてきました。手術中に2mm幅での切離面の捺印細胞 診、ならびに OSNA 法という遺伝子レベルでの転移の有無を検索する最新の検査法を用いていま す。万一転移がある場合には、その場で腋窩郭清を行います。後日腋窩郭清を追加することはあり ません。 【乳房再建について】 乳房切除術を行う場合には、乳房再建が保険適応となりました。ただし乳房温存手術の場合には まだ保険適応はありません。乳房再建には、人工乳房(インプラント)で行う再建法と、自家組織 (自分の身体の一部)を用いる再建法があります。また、再建時期も乳がんの切除術と同時に行う 場合と、期間をおいて行う場合があります。腫瘍が大きかったり、腋窩リンパ節転移が明らかなと きなど、局所再発の危険性が高い場合には乳房再建をおすすめできません。一般的に StageII まで の患者さんが適応になります。当院では、形成外科にて乳房再建手術が可能です。ご希望がある場 合には別紙形成外科における治療指針をお渡しします。 【手術に際して考えられる合併症】 ①出血: 乳腺は血流が豊富で、切離断端から出血することがあります。また、大胸筋前面からの 血管も多く、止血状態を確認のうえ手術を終了しますが、術後に再度出血することがあり、場合に より再度全身麻酔下に止血手術を必要とすることがあります。 ②創部感染: 比較的少ないですが、皮膚切開部に細菌感染をおこすことがあります。 ③創部または乳頭の皮膚壊死: 腫瘍直上の皮膚は切除することが多いですが、腫瘍の近傍の皮膚 はできるだけ薄く残す場合があります。広い範囲で皮膚を剥離するため、創縁部の皮膚血流低下の ため壊死を来たすことがあります。予防のため、鼠径部などの皮膚を移植することもあります。特 に腫瘍が乳頭近傍にある患者さんの場合には、乳頭すぐ下ぎりぎりまで切除します。その際、乳頭 の血流が低下して壊死に陥り、後日乳頭の切除を必要とする場合があります。 ④創部および創部周囲の皮膚感覚鈍麻: 皮下組織を剥離する為に、術後創部および周囲の皮膚の 表在感覚(触覚・痛覚)の脱失が生じ、皮膚感覚が鈍くなる場合があります。 ⑤創部の瘢痕拘縮、ケロイドや創部痛: 創部が治癒していく過程で、創部や周囲の乳房組織にひ きつれが生じたり、傷跡がケロイドを形成する場合があります。また、それらのひきつれの影響な どにより、突っ張ったような痛みをおこすことがあります。 ⑥腋窩の知覚障害: 腋の下の部分には肋間上腕神経という知覚神経が、腋窩リンパ節の間を縫う ように走っています。腋窩リンパ節郭清術を施行した場合、どうしても肋間上腕神経の一部を触っ たり、切離されます。そのため上腕の内側にはピリピリとした感じや、触れられても触れた感じが しない、などの知覚障害が起こることがあります。 ⑦腋窩から上肢の痛み、つっぱりや運動障害: 腋の下から周囲の脂肪は腕や肩をスムーズに動か すときに大切な役割をしています。腋窩リンパ節郭清術を施行した場合、腋から上腕にかけての痛 みやつっぱり、肩の動きに制限が生じる場合があります。また、リンパ節への転移の状況により、 長胸神経、胸背神経等も同時に切除を必要とすることがあります。帯締め動作、肩関節の挙上が困 難になることがありますが、リハビリにより改善することがあります。また腕神経叢周囲を操作す る必要がある場合、手関節、肘関節、肩関節の運動障害などの腕神経叢麻痺をきたすことがありま すが、多くの場合一過性です。 ⑧上肢リンパ浮腫: 一旦発症すると完治は困難であり、予防が大切です。リハビリ体操、マッサ ージなどを術後に行います。 ⑨リンパ液貯留: 腫瘍摘出部や腋窩にリンパ液が貯留することがあります。疼痛がある場合など には穿刺して貯留液を吸引除去することがあります。 ⑩その他: 全身麻酔下手術は安全に行うことが可能となってきましたが、肺塞栓、脳梗塞、心筋 梗塞、肝不全、腎不全、呼吸不全など重篤な合併症を来たすことがあり、致死的な最悪の場合も考 えられます。合併症を来たした際、病状に応じた治療を万全の体制で行いますが入院期間が予定よ り延長することもあります。 【実施しない場合の予後と見込み】 腫瘍を放置すると、次第に増大して皮膚表面から腫瘍が露出し自潰することがあります。 また、肝臓・肺・骨・脳などに転移し、重篤な状態に陥ります。 【代替可能な他の治療法】 手術に代わる治療法として全身的な抗がん剤の点滴・経口投与、内分泌治療、放射線治療があり ます。現時点では局所的な治療法として手術治療が最善ですが、全身的な治療としては術後にこれ らの治療を組み合わせて治療する必要があります。手術をせずにラジオ波凝固療法や凍結療法は現 時点で安全性・有効性に未確定の要素があり、当院では施行しておりません。アガリクスやメシマ コブなどの民間療法(代替医療)の効果、安全性は確かめられておらずお勧めはできません。プロ ポリスやロイヤルゼリー、高麗人参などは基礎実験により女性ホルモン(エストロゲン)作用を持 っていることが知られているため、長期の服用により乳がん再発を増加させる可能性が懸念されま す。 【更に情報を得たいときに】 日本乳癌学会より患者さま向けの「乳がん診療ガイドラインの解説」が出版されています。(金 原出版 2012 年版、2300 円+税)。患者さんとそのご家族を対象として、乳がんについてのよく ある Q&A 集となっています。また、当院では平成16年4月よりブレストケアチームを発足致し ました。乳腺疾患に関する診断、治療についてトータルなケアを提供するために部門を越えた専門 チームです。各部門の専門的な知識・技術に基づき、チーム内で連携して質の高い医療・看護を提 供することを目的としております。 WEB サイト http://www.oph.gr.jp/medical/treatment/nyuusen/ にて詳細をご覧下さい。 また、何かわからないことやご質問がございましたら、ご遠慮なく主治医・担当医やスタッフに お尋ねください。また他の医師へのセカンドオピニオンを求めることも可能ですので、ご希望の方 はお申し出ください。
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