第 4 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2013 年、日本FP協会) 《佳作》 ファイナンシャル・プランナーのマーケティング戦略 中谷 俊雄 本論文は、マーケティング理論とファイナンシ ャル・プランナー(以下、FP)実務の視点から「FP 普及に関する提言」として FP のマーケティング 戦略を論じたい。 まずマーケティングとは何かについて述べてお く。一般に「販売活動」 「市場調査」と称されるこ とがあるがこれは間違いである。ドラッカーは販 売とマーケティングは逆であり、同じ意味でも補 い合う部分さえないとし、その上で次の通り述べ ている。 「マーケティングの理想は、販売を不要にする ことである。マーケティングが目指すものは、顧 客を理解し、製品とサービスを顧客に合わせ、お のずから売れるようにすることである」 [ピータ ー.F.ドラッカー, 2001 ページ: 17]。 レビットはマーケティングを次のように述べる。 「顧客を創造し維持するという企業目的を達成す るために、全組織の隅々で実行されなければなら ない事柄を引き受けるのがマーケティングであ る」 [セオドア・レビット, 1971 ページ: i]。 次に、コトラーが述べる「サービス」の特性に ついて確認しておく。 ①無形性 サービスは有形製品と違い、購入前に見たり触 れたりできないし味わうこともできない。サー ビスを受けた後の結果を予め知ることもできな い。 ②不可分性 サービスは製造から流通過程を経て消費者の手 元に届く有形製品と違い、一般には生産と消費 が同時に行われる。サービス提供者もサービス の一部となる。 ③変動性 サービスはサービス提供者の技量などによって 品質に差がでる。均一に製造できる製品と違い、 成果の変動性が大きい。 ④消滅性 サービスは蓄えや在庫にしておくことができな い。 ⑤満足の基準の違い サービスは有形製品と違い無形であるため、そ 1 のサービスを購入したことが良かったのか否か、 満足の判断が難しい。 ⑥顧客もサービス提供プロセスに参加する サービスは顧客が提供者に協力することで成り 立つ。洒落たレストランはドレスアップしたお 客が談笑しながら食事をしてくれるからこそ、 その雰囲気と価値が成り立つ。 この他、プロフェッショナルサービス業の特性 には以下もある [中谷, 2013]。 ・法令および倫理の範囲内で自らが考え作り出し た知識が商品である。 ・自らが持つ知識や経験が原材料となり、自らが 人的資源であり、自らの要領やノウハウの使い こなしが技術力である。 ・自らが組織のシンボルであり、広告塔になる。 ・知識や経験は自身や組織にストックされる。 ・顧客ニーズによっては繰り返しのきく業務にな り経験効果が高くなる。 ・競争よりは共存を好む。 ・法制度の改正により業務に好機と潮時がある。 まずこのようにサービスには製造業が提供する 製品とは異なる特性がある。 このサービスには FP が提供するサービスも含まれると考えてよい。そ してラブロック&ウェルツは、サービス業にはサ ービス業のマーケティング戦略を検討する必要が あることを述べている。 「製造業で確立されたマーケティング概念や手 法は、所有権の移転が伴わないサービス業にその ままあてはまるだろうか。多くの場合、答えは「ノ ー」である [ラブロック&ウィルツ, 2008 ページ: 17]。 」 マーケティングを検討する際の理論のフレーム ワークになるのが以下「マーケティング・ミック スの 7P) [フィリップ・コトラー, 2002 ページ: 7-9]」であり以下 7 項目がある(表 1) 。 第 4 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2013 年、日本FP協会) (表 1)マーケティング・ミックス McGivena)の言葉として製品・サービスを次の ように伝えている [セオドア・レビット, 1971 ペ ージ: 3]」 。 「昨年、4 分の 1 インチ・ドリルが 100 万個売 れたが、これは、人々が 4 分の 1 インチ・ドリル を欲したからではなくて、4 分の 1 インチの穴を 欲したからである。 」 つまり、消費者が求めているのは見かけの特徴 ではなくその製品・サービスから生まれる“便益” なのである。これが製品・サービスの核(コア・ サービス)にあたる(図 1) 。コア・サービスを具 体的に表現するのは外郭にある品質、パッケージ ングといった「製品の形態」 、さらにその外側には アフターサービス、保証といった「製品・サービ スの付随機能」で構成されている。 我々FP は顧客が求めている“便益”は何かを 考え、そこに訴えかける表現を探す必要がある。 そして差別化を図るのであれば外郭部分に変化を 持たすのである。 ①サービス(Product) 、②報酬(Price) 、③プ ロモーション( Promotion)、④立地・利便性 (Place) 、⑤物的証拠(Physical Evidence) 、⑥ プロセス(Process) 、⑦人(People) 。 上記 7P は製造業を中心に発達してきた伝統的 なマーケティング・ミックスの 4P(①②③④)に 3P(⑤⑥⑦)を加えている。 なぜ加わるかというと、4P(①②③④)だけで はサービス業の特性も踏まえたマーケティングに は不足するからである。 例えば、消費者が FP にライフプランニングの 依頼をする際の消費者行動に当てはめてみるとわ かりやすい。まず、ライフプランを立ててくれる のかという①サービスについては FP であれば主 たる業務であり問題はない。相談費用や提案書作 成費用、その他の費用がいくらかかるのか②報酬 について知ることができなければ依頼はしないだ ろう。また、事務所の場所、そこまでの利便性、 駐車場の有無などが検討される。これが④立地・ 利便性である。そして、その FP をどこで知った のか。知人の紹介か、電話帳か、どこかのセミナ ーで登壇していたのか。これが③プロモーション である。 ではこれだけで FP 業のマーケティングは整っ たことになり、消費者は FP の元へと相談に行く ようになるのか。実はこれだけでは足りない。サ ービスは無形性であるが故に、その FP の信頼性 などの“手掛かり”となる⑤物的証拠、受付や業 務手順がスムーズかといった⑥プロセス、そして その FP の人柄やスタッフの質といった⑦人に関 する項目も消費者は検討する。そのためこれらも マーケティングしておく必要があるのだ。 図1:製品の三つのレベル 出所:P.コトラー『マーケティング原理』ダイヤモンド社 (1982)P435 より 消費者は我々が考えているほど FP の仕事を知 らない。筆者は 10 年ほど前に、所属していたス タディ・グループで、次の 2 グループに分けて FP 業務についての勉強会を開催したことがある1。 では次からは、マーケティング・ミックス(7P) と FP 実務がつながるように理論と実践を述べて いきたい。 ①サービスとは、 企業が標的市場に提供する 「財 とサービス」の組み合わせである [フィリップ・ コトラー, 1999]。 レ ビ ッ ト は レ オ ・ マ ッ ク ギ ブ ナ ( Leo 1 研究として行ったわけではないため、記録には 残していない。 2 第 4 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2013 年、日本FP協会) A グループ:FP 資格を仕事に活かしている人 の集合 B グループ:消費者の立場になった人の集合 い。 これらのことから実務において価格提示の難し さがわかる。しかし、顧客は費用を知らなければ 相談できないだろう。また、FP 相談にかかる費 用のみならず、相談に関連して考えられる一切合 切の費用を知りたいのである。 例えば相続対策相談であれば、顧客は FP への 相談だけではなく相続対策完了までを求めている。 したがって関連する公証人役場、税理士、保険加 入手続に要する労力と費用など総コストを知って おきたいのである。明確な価格を提示できなくと も、おおよそは示しておかなければ顧客は相談か ら先へ進むことに躊躇する。 両グループ全員が AFP もしくは CFP®の保持 者である。A グループには「私たちにはこういっ た業務ができる」という、FP が提供できるサー ビスは何かを挙げてもらった。回答は「保険見直 し」 「相続対策」などであった。B グループには「FP に何をしてほしいか」という消費者のニーズを挙 げてもらった。回答は「家計の見直し」 「節約方法」 などであった。 ここだけでも FP が提供したいことと消費者2の FP に対する期待の表現にズレがあるのだ。この ことから、FP からの「こういう業務ができます」 というメッセージが、消費者の求める便益にまで 響いているのかを検証しなければならない。 ③プロモーションとは、製品・サービスの長所 を伝え、標的消費者にそれを買うように説得する 活動であり、広告・販売促進・PR などである [フ ィリップ・コトラー, 1999]。サービスには無形性 や不可分性、消滅性の特性から予めそのサービス の成果を知ることはできない。そのためプロモー ションは消費者との関係を築くうえでもマーケテ ィングに重要な要素である。 PR は個人や機関の政策に対する公衆の好意・ 信頼・理解を創造する技術として認められている [白髭, 1970]。 FP が公共的な場で講演をする、テレビ・ラジ オに出演する、新聞社に記事を提供するなどの行 為は、宣伝でもあるが好意・信頼・理解を創造す るための PR 活動でもあり、後述する物的証拠の 機能でもある。 ②報酬とは、製品・サービスを手に入れるため に顧客が支払う金額である [フィリップ・コトラ ー, 1999]。一般に消費者は日用品の価格をおおよ そ言い当てられるが、FP への相談料や弁護士へ の報酬はなかなか言い当てられない。それはサー ビスについて記憶している「基準価格」を把握し ていないことや、基準価格がはっきりしていない ため見当がつきにくいからだ。コトラーは基準価 格がはっきりしない要因として以下 4 つを上げて いる。 1)サービス提供者が事前に見積価格を提示でき ない、もしくは提示したがらない これは、顧客の状況を十分に理解しないことに はどのサービスをどれだけ提供すればよいのかわ からないためおこる。 2)サービスや仕様が多岐にわたる これは、サービスは無形性であり需要があって 創出されるものであるからメニューの組み合わせ が多岐にわたり複雑になる。そのためあらかじめ 価格表を作成してもその組み合わせは様々で、結 果的に価格構成が複雑になりすぎるためおこる。 3)顧客のニーズがそれぞれ異なる これは、顧客それぞれにより状況の複雑さから おこる。 4)プロフェッショナルサービス価格の検索が楽 ではない これは、サービスの違いを他と比較することが 難しいことである。FP の資産運用相談料の適正 さを調べたいのであれば、多くの FP に会い、資 産運用相談をしてみないと、価格の比較ができな 2 ④立地・利便性とは、標的消費者に製品を供給 する企業活動である [フィリップ・コトラー, 1999]。サービス業の不可分性から、顧客もサー ビス提供プロセスに参加するため立地・利便性も マーケティングに重要な要素である。 コトラーはプロフェッショナルサービス業にお いて顧客との関係構築のために以下 5 つの方法で 利便性の良さを確保するよう勧めている。1)顧 客にとって便利な立地、2)顧客のスケジュール に合わせた業務時間、3)フリーダイヤルの利用、 4)インターネットやイントラネットへのアクセ ス、5)直接会って話す機会 FP 業においてもこれら全てを意識しておきた いが、FP 側から顧客側へ出向く業務スタイルで あれば、FP 事務所の利便性を重視することが良 いだろう。また、近年の SNS3の活用も FP・顧客 双方の利便性に寄与する。 本事例では実際の消費者ではなく FP である。 3 3 Facebook などの social networking service 第 4 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2013 年、日本FP協会) の佇まいなどからも、顧客はその FP が提供する サービス品質を見極めようとするのである。 シワだらけのスーツや手作り感あふれる名刺を 個性というのなら、そこに FP の品質が的確に表 現されているのかを考えるべきである。 ⑤物的証拠とは、見たり触れたりすることがで きない「無形性」を補うものである [フィリップ・ コトラー, 1999]。顧客はサービス周辺の目に見え る物から、そのサービスの品質を見極めるための “手がかり”を得ようとする。物的証拠は以下 3 種類に分類できる。 1)施設の外観:建物の外観、文字や記号、周 辺環境など 2)施設の内部:内装デザイン、備品類、文字 や記号、空調など 3)その他目に見える物:名刺、事務用品、提 案書、従業員の服装など サービス業においてはこれらにも気を配るべき である。例えば、これから我が家の大切なライフ プランニングを託そうとしているとき、シワだら けのスーツを着た FP を前にして顧客は信頼を寄 せるであろうか。資産運用の相談時に、安価な手 作り感あふれる名刺を出されたとき不安にならな いだろうか。そのほかステーショナリー、事務所 ⑥プロセスとは、仕事のやり方である [フィリ ップ・コトラー, 1999]。 「どのような」サービス を提供するかよりも「どのように」提供するのか が重要なのだ。サービスは顧客もそのサービスに 参加しなければ成り立たない特性があるため、受 付や実行に手間取ると顧客の満足度を下げてしま うことがある。 FP が顧客とライフプランニングの立案と実行 を進める際の手順に FP プロセスの 6 ステップが ある(表 2) 。 (表 2)FP プロセスの 6 ステップ ラブロック [ラブロック&ウィルツ, 2008]は、 サービスを効率的に提供できるよう作業全体を細 分化して「サービスの青写真」を描いてみる必要 性を説いている。 このことから 6 ステップでの顧客の行動をさら に細かく精査しておくことが望ましい。 筆者は開業当初に「ヒアリングシート」を作成 していなかったため情報不足があり、再確認に時 間を要した。このことは作業効率の悪さに加え、 時に不満につながる恐れもある。 業務の手順が“顧客側の立場で”スムーズにな されているかを検証し、顧客と FP とのつながり を見直すことでサービスの提供方法が改善され、 生産性が高まり顧客の満足を高めることができる。 ⑦人とは、ヒトがモノに働きかける製造業と違 い、ヒトがヒトに働きかけて無形物を提供するサ ービス業にとって一際重要な要素である [フィリ ップ・コトラー, 1999]。誰しも一度は不親切・融 通の利かないサービスを受けて不満だけが残ると いった経験があるだろう。その反対であれば満足 4 度は高くなる。 近藤 [近藤, 2007]は、顧客満足を高めること ができることについて、サービスを確実に実行で きる(信頼性) 、知識・経験・マナーを備えている (確信性) 、迅速に顧客の要求に応えられる(反応 性) 、顧客の気持ちに共感できる(共感性)といっ た能力を備えた人・人材が必要であると述べる。 そのため、専門家特有の物言いや態度は慎み、販 売活動に必要な対人スキルを備えておく、自己研 鑽やスタッフへの教育も忘れてはならない。 以上のようにマーケティング・ミックスと FP 業での活用例について述べてきた。 これだけが FP 業成功へのルールではないのは明白であるが、理 論無くして実務だけでは成功体験に偏りがちな戦 略になる。独占業務の無い FP 業は顧客から見て サービス内容を理解しにくい、しかし一方で十分 にその価値を理解し継続してサービスを受けてい る顧客がいるのも現実である。本論文では「売れ る仕組みづくり」は楽なものではないがマーケテ ィング・ミックスに沿いながら発展させていけば 第 4 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2013 年、日本FP協会) 決して難しくはないことを述べておきたかった。 個々の FP がマーケティング・ミックスのでき ること一つを実行していくことで、FP 業界全体 が消費者に求められる存在へとさらに歩みを進め るであろう。本提言がその一翼を担えれば幸いで ある。 〔引用文献〕 セオドア・レビット, 1971. 『マーケティング 発想法』. (訳) 土岐坤.ダイヤモンド社, 1971. ピーター.F.ドラッカー , 2001. マネジメン ト 基本と原則(エッセンシャル版). (訳) 上 田惇夫.ダイヤモンド社, 2001. フィリップ・コトラー, 2002. 『コトラーのプ ロフェッショナル・サービス・マーケティング』. (訳) 平林祥.ピアソン・エデュケーション, 2002. フィリップ・コトラー, 1999. 『コトラーのマ ーケティング入門(第4版) 』. (訳) 月谷真紀. ピアソン・エデュケーション, 1999. ラブロック&ウィルツ, 2008. 『サービス・マ ーケティング』. (訳) 武田玲子.ピアソン・エデ ュケーション, 2008. 近藤隆雄, 2007. 『サービス・マーケティング 入門(第3版) 』.生産性出版, 2007. 中谷俊雄, 2013. プロフェッショナル・サービ ス業のマーケティング戦略と事業成長の方向 性. 札幌学院大学大学院. 2013. 修士論文. 白髭武, 1970. 広告とPRの研究.ミネルヴァ書 房, 1970. 5
© Copyright 2024 Paperzz