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e-NEXI
2009 年 7 月号
➠特集
PPP(Public-Private Partnership)手法でインフラ整備を推進
∼経済産業省「アジア PPP 政策研究会報告書」とその後のフォローアップ∼・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
経済産業省貿易経済協力局資金協力課 企画官 宮坂 智芳
アジア太平洋貿易保険ネットワーク・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11
日本貿易保険 シンガポール事務所長 比良井 慎司
2008 年度の保険事故の特色について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22
➠カントリーレビュー
OECD カントリーリスク専門家会合における国カテゴリー変更国の概要(中南米地域)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・29
発行元
発行・編集 独立行政法人日本貿易保険(NEXI)
総務部広報・海外グループ
e-NEXI (2009 年 7 月号)
PPP(Public-Private Partnership)手法でインフラ整備を推進
∼経済産業省「アジア PPP 政策研究会報告書」とその後のフォローアップ∼
経済産業省貿易経済協力局資金協力課
企画官 宮坂 智芳(みやさか・ともよし)
1.はじめに
経済産業省では、東アジア諸国の目覚ましい経済発展を持続的なものとするため、各国の財政資金
や先進国の政府開発援助(ODA)によるインフラ整備だけではなく、民間の資金・技術・ノウハウ等を活
用する官民連携(PPP=Public-Private Partnership)手法による経済・社会インフラ整備を推進してき
た。昨年 12 月に、こうした官民連携を促進するため、「アジア PPP 政策研究会」を設置し、議論を重ね、
本年4月に政策提言として多くの優先アクションプランを含む報告書をとりまとめた。
現在、関係省庁、JICA、JBIC、NEXI、アジア推進協議会等関係団体との連携により優先アクションプ
ランの実現に向けて取り組みを加速している。
本稿では、「アジア PPP 政策研究会報告書」の内容とその後のフォローアップの状況等を中心に官民挙
げての PPP への取り組みの現状と将来展望につき触れさせていただきたい。
2.アジア諸国におけるインフラ需要と PPP 推進の現状
現在、東アジア地域 で必要とされる電力や道路等のインフラ需要は年間約 1,600 億ドル(約 16 兆
円)とされ、その需要は今後ますます拡大していくと見込まれている。
しかしながら、同地域のインフラプロジェクトに実際に投入された民間資金量は、エネルギー・通信・交
通・上下水道の4分野で年間約 150 億ドル程度に過ぎず、2008 年後半からは世界的な経済危機に伴
い民間資金の投入は一層難しくなっている。また、先進国政府や国際援助機関から同地域のインフラプ
ロジェクトに供与された援助資金(ODA)の額は減少傾向にあり、1990 年から 2007 年までの年間平均
供与額は約 90 億ドルに過ぎない。
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このように、東アジア諸国では、将来にわたって膨大なインフラ投資需要が見込まれるにもかかわらず、そ
の資金を自国の政府財政や国際援助機関などを通じた公的開発援助資金のみで賄うことは困難な状
況にある。特に、途上国の政府がこれらの資金を提供することは、財政負担の肥大化や対外債務の増
大を招く恐れがあり、事業者が運営を効率化するインセンティブも生まれにくい。これらを背景として、イン
フラ整備や公共サービス提供等を進める上で、官と民が適正な資金調達やリスクを分担し、効率的にイ
ンフラ整備を行う官民連携手法(PPP=Public Private Partnership)による事業実施が、近年、世界
的に注目されている。
しかしながら、具体的に PPP が実現した例は限られている。これは、PPP プロジェクトには、公的資金に
よる支援スキームが十分整備されていないことや、官民間の適切な役割とリスクの分担の問題があり、一
般的な民間投資事業に比べて難易度が高いためと考えられる。アジア各国は、PPP プロジェクトの加速
を目的として、関連法制度整備を進めているが、実効性の面でまだまだ不十分な状況である。
PPP は、我が国の ODA にとっても重要な意義を有するものである。これまでの ODA の枠組みは、「援
助国−非援助国」として捉えられ、また、民のプレイヤー(先進国の民と、途上国の民)の存在や役割は
あまり明示的に意識されてこなかった。PPP では、先進国官民と途上国官民の4者がパートナーとして適
切に連携・協力し、事業を進めていくことが前提とされるのである。しかしながら、現在の ODA の制度では、
効果的な PPP の実現は困難である。そこで、早期の支援体制を整備し、PPP を実現するための支援ニ
ーズへの対応を含む全体を鳥瞰し、戦略を立てながら一貫した支援を実施する必要がある。特に、昨今
の世界的な金融情勢によりインフラ案件形成が極めて困難な状況の中で、民間資金のフローを回復さ
せるためには、その触媒機能として ODA による海外投融資を活用するなど、従来の制度にとらわれること
なく、より積極的な官の支援と参画を促す ODA の制度整備が不可欠になっている。
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3.アジア PPP 政策研究会報告書の概要
3.1.戦略的案件形成
(1)課題と対応の方向性
我が国や、我が国以外の援助機関による援助や民間投資は、アジア地域の旺盛なインフラ開発ニー
ズに応えきれていないのが現状である。また、個別のインフラ整備事業が連携して実施されておらず、地
域の必要性に応じた戦略的かつ効果的な開発が行われていない。
更に我が国の場合は、調査や情報収集の不足により、インフラ整備事業の初期の案件形成段階から
の我が国の関与が十分に行われておらず、案件形成の実現可能性調査(F/S)等の支援ツールが効果
的に活用されていない。よって、本邦企業が事業能力を発揮し得るにも係わらず、十分な参画が果たせ
ていない。
従って、途上国の必要性を踏まえた上で、案件実施の初期の段階から我が国の関与を行うべく、戦略
的な案件形成及びそれを実現するための F/S 等の案件形成支援ツールの拡充が求められる。
(2)アクションプラン
①「東アジア産業大動脈構想」を推進するための「中核拠点開発」の実施
個別案件形成に先立ち、我が国としての包括的な政策メニューを提示するなど、政策レベルの関与を
表明する。包括的な政策メニューを土台として、まず、アジアの広域開発の結節点となる地域において、
電力・鉄道・港湾などのインフラ整備のためのマスタープランを策定し、ハード・ソフトインフラ整備支援を先
行的・集中的に実施する。
②「日本版 PPP 支援パッケージ」の構築
途上国において、マスタープランの策定、案件形成の実現可能性調査(F/S)の実施、資金協力・技
術協力、建設・運営、分野別の事業リスク軽減措置など、PPP 案件を組成するための一連の必要な措
置を、「日本版 PPP 支援パッケージ」として策定し、総合的に PPP 案件形成の支援をする体制を構築
する。「日本版 PPP 支援パッケージ」の策定にあたっては、「アジア PPP 政策研究会」の後継機関である
「アジア PPP 政策会議(仮称)」を平成21年度内のできるだけ早期に設置し、PPP の具体的案件の形
成に向けた取組を行う。
3.2.ODA(ファイナンス)ツールの充実
(1)課題と対応の方向性
欧州の援助機関は投融資機能やインフラファンドによる資金拠出を含めた様々な PPP のための政策ツ
ールを拡充しており、我が国も ODA を活用した新たな資金支援メニューの創出と既存 ODA 制度の改善、
強化を早期に進める必要がある。ファイナンスツールに関わる具体的な課題として、以下のような点が指
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摘されている。
市場強化措置(VGF)として ODA を供与していく仕組みがない。
上下分離方式では民間資金の調達に比べ円借款のディスバースは遅れるため、円借款の一
層の迅速化が不可欠。
JBIC、NEXI などの活用による民間投資で対応できない海外投融資への対応が必要。特に、
金融危機下における民間資金フロー回復の先導的、触媒機能としての海外投融資機能が
必要。
資源の安定確保に資する案件で相手国政府の関与が大きい案件への海外投融資機能が
必要。
(2)優先アクションプラン
①ODA 等を活用した新たな PPP 支援メニューの創設
途上国の経済成長の加速化と我が国の国益確保の観点から、先例や現在にとらわれない斬新な取
組により多様なファイナンスツールを充実させ、官民連携を本格的に推進し、具体的な PPP の実績を積
み重ねていく必要がある。
― JICA による「海外投融資」の再活用
― JICA によるインフラファンドに対する資金拠出
― 市場強化措置(Viability Gap Funding: VGF)の整備
― 官民連携円借款制度の創設
― 円借款の一層の迅速化
― JBIC の 「 ア ジ ア ・ 環 境 フ ァ シ リ テ ィ ー ( FACE ) 」 「 環 境 投 資 支 援 イ ニ シ ア テ ィ ブ ( LIFE
Initiative)」活用。
― 日本貿易保険(NEXI)によるインフラ整備に対する支援枠創設
3.3.事業環境整備支援
(1)課題と対応の方向性
PPP 事業においては、複雑な事業スキームや、官民間の適切な役割とリスクの分担の問題があり、一
般的な民間投資事業に比べて難易度が高い。また、ODA を活用した新たな資金支援、担保権等の各
種権利の保護、途上国による保証や支援の提供等に関する法令等の法制度整備は必要不可欠であ
る。現状、多くのアジア諸国では、国際的な投資家や金融機関が長期の事業資金を拠出できるような
経済面や法制度面の環境が整備されていない。
従って、途上国に対しては、我が国との二国間、或いは国際機関も含んだ多国間での対話や連携を
適切に図り、事業実施のための基盤整備を進める事が望まれる。また、途上国のインフラニーズを早急に
満たす観点から、事業の早期実現を目的とした短期的な対応と、新法の制定や既存法の改定を踏まえ
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た中長期的な対応とのダブルトラックで進めていく必要がある。
(2)優先アクションプラン
①アジア重点国との「PPP 政策対話」の拡充・強化
アジア諸国の重点国(ベトナム・インドネシア等)との間で PPP 案件形成、法制度整備につき議論する
「PPP 政策対話」の拡充・強化を図る。相手国の関係省庁、公社等関係機関の幅広い参加を促し、
パイロット・プロジェクトの共同調査の実施等を通じた相手国の法制度整備やインフラファンドの設計等、
法的枠組み構築と案件実施を加速化していく。
②案件形成と制度整備の平行実施
ホスト国政府との同意を得て、パイロット的な具体的案件を形成し、その実施を通じながら、現行の法
制度の問題・課題を把握するとともに、解決の方向性を探って行く。ベトナム等において平成21年度中
にパイロット・プロジェクトによる「共同スタディ」の実施を目指す。
③PPP 法制度整備支援の実施(専門家派遣、研修生受入)
長期・短期専門家派遣による途上国の専門家との連携を通じた法制度整備等(新法の制定、既存
法の改訂支援等)を進める。我が国の国内リソースも含め、どういった内容・程度の支援が可能か、早急
に検討を進めるものとする。
④ERIA、APEC 等の枠組での「アジア PPP 共通ガイドライン」の策定・普及
APEC 又は ERIA における「アジア PPP 共通ガイドライン・マニュアル(仮称)」の策定を、東アジアサミット
(EAS)、日 ASEAN 経済大臣会合(AEM)の場で提案し、まずは ERIA の共同プロジェクト実施に繋げる。
3.4.本邦企業の競争力強化
(1)課題と対応の方向性
アジア諸国における PPP 事業の推進のためには、本邦企業の有する技術、経験、ノウハウ等を十分に
活用し、まさに我が国の官民一体となった支援を可能にすることが望ましい。しかし、現状では、必ずしも
ポテンシャルをもった本邦企業がそうした事業に参画できているわけではない。
課題の一つとして、我が国における公共サービス提供の役割は多くの場合、公的機関が担っており、ト
ータルサービスを提供できる民間企業が少ないという点が挙げられる。また、同様の理由により、既存のサ
ービスプロバイダーには海外 PPP 事業への参画意欲が弱い。
また、日本は、鉄道等インフラ分野における国際標準化の取り組みで欧州等先進国に遅れをとってい
るとの指摘があり、今後、日本の技術力等の強みを生かせる分野を中心に国際標準化への取り組みが
急がれる。
(2)優先アクションプラン
オールジャパンによるアジア諸国の PPP 支援という観点からは、我が国の公的機関のみならず、民間事
業者が事業に参画してその能力やポテンシャルを十分に発揮し、当該事業の VFM 向上に寄与すること
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が必要不可欠な要素である。そのため、我が国の企業が、適切な事業参画を図れるために以下のような
支援策を充実させていく。
―
国内官製インフラ市場の民間開放及びトータルサービスプロバイダーの海外展開
―
コンサルタント業界の競争力強化と他のメーカー・エンジニアリング会社、商社等との連携強化
―
国際標準化への取組(鉄道、ITサービス等)
―
PPP 関連の民間団体等との連携強化(環境、水事業、省エネ等)
3.5.今後の PPP 推進に向けた体制
(1)「アジア PPP 戦略会議(仮称)」の創設
より戦略的かつ効率的にアジア諸国における PPP の事業化を推進するためには、各省庁・各機関によ
る情報共有、一貫した戦略策定や施策の実施、及び事業実施に当たっての連携・協力が必要である。
また、前述した日本版 PPP パッケージの策定においても、各機関間の調整等が必要とされる。
こうしたことを踏まえ、オールジャパン体制で海外の PPP を推進していくため、中央省庁(経済産業省、
財務省、外務省、国土交通省、厚生労働省等)、JICA、JBIC 等から構成される「アジア PPP 戦略会
議(仮称)」を、平成21年度内に創設する。
当該プラットフォームは我が国における海外 PPP 推進全体をカバーし、具体的に以下の役割を果たす
ことが想定される。
日本としての海外 PPP 戦略の確立
PPP 実施における課題の把握と解決に向けた検討
PPP 事業の推進に向けた更なる支援強化策の検討
PPP 事業の推進に向けた情報共有及び相談・調整
国内民間事業者との対話 等
(2)「アジア PPP 推進協議会」の拡充・強化
アジアにおける PPP 推進のプラットフォームとして 2006 年 1 月に設立された「アジア PPP 推進協議会」
は、設立から約 3 年が経過し、情報、ノウハウの共有を継続しつつも、より案件発掘、案件形成に軸足
を置いた取組への変革の節目にあるとも言える。
そこで、協議会の事務局機能を強化・拡充するとともに各部会を再編して、案件発掘、選定、チームア
ップによる案件形成推進の取組を実施していく体制を構築する必要がある。今後、政府及び政府系機
関との意見や情報の交換、PPP 施策に関するニーズを踏まえた提言の実施、既存プロジェクト等に関す
る調査と情報共有、及びグループワークによる案件形成(例えば、JICA の官民連携案件提案スキームを
活用)などの活動が期待される。同協議会の拡充強化、あるいは新たなプラットフォームの設立を含め検
討に着手し、平成 21 年度の前半に活動を開始する。
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(3)東アジアのマルチ機関等との連携強化
アジアの持続的経済成長に資する「アジアの戦略的インフラ案件形成」の優先アクションプランである
「中核拠点開発」やアジアにおける法制度整備等の PPP 推進のための環境整備に資する取組について
は、東アジアサミット(EAS)・日 ASEAN 経済大臣会合(AEM)への提案や東アジア・ASEAN 経済研究セ
ンター(ERIA)との連携強化を通じて施策の実現を図っていくこととする。
(4)「海外経済協力会議」、「経済財政諮問会議」への提案等
優先アクションプランの実現のため、海外経済協力会議や経済財政諮問会議を通じて、具体的な施
策に繋げていくこととし、ODA ファイナンスツールの充実については早期に着手する。
(5)優先アクションプラン実施のための「アジア PPP 政策会議(仮称)」の設立
本中間とりまとめの優先アクションプランの実施及び新たな課題に対応するため、「アジア PPP 政策会
議(仮称)」を平成 21 年度早期に経済産業省内に設立する。優先アクションプランのうち、特にアジアの
戦略的案件形成、ODA ファイナンスツールの充実への取組を中心に「アジア PPP 戦略会議(仮称)」に
対する提言や関係各省庁等への働きかけを行うほか、新たな諸課題への対応、政策提言のとりまとめ、
制度改善等への取組も行う。
4.優先アクションプランの進捗状況と今後の展開
本年4月に報告書を発表して約 3 ヶ月の間に PPP の推進を巡る環境は大きな変化を遂げつつある。
特に、2001 年 12 月に閣議決定された特殊法人等整理合理化計画により新規の投融資が凍結された
JBIC(旧 OECF)の海外投融資が新たに再構築されることが「経済財政改革の基本方針 2009(骨太の
方針)」で決定された。同方針では、「JICA の海外投融資業務について、開発効果の高い新しい需要
に対応するため、早急に過去の実施案件の成功例・失敗例等を十分研究・評価し、本年秋を目途に
JICA・関係省を中心に協議の上、きちんとした執行体制を確立し、関係省によるチェック体制を整備した
上で実施する」と明記されている。現在、週1回のペースで関係省庁間の会合を開催し、本年秋の実施
に備えている。JICA の投融資機能は、相手国政府を通じた従来の円借款に加え、SPC(Special
Purpose Company)に対する直接的な投融資を可能とし、民間資金フロー回復の先導的、触媒機能が
期待され、アジアをはじめとする世界のインフラ整備、あるいは資源関連のインフラ整備に対して有効なツ
ールとなる。また、貿易保険、JBIC の投融資等との有機的な連携により日本企業の事業展開の後押し
を支援する多様なツールの提供を意味する。なお、従来から民間企業と比べて時間軸の遅さが指摘され
ている円借款についても、同様に「経済財政改革の基本方針 2009」に一層の迅速化が明記され、早期
の迅速化に向けた作業が急ピッチで進行している。この動きは、従来の伝統的な円借款案件のみならず、
インフラプロジェクトに対して民間投資と公的資金が投入される案件(例えば、防波堤や航行安全システ
ム、浚渫、埋め立てなどの収益を生みにくい設備については ODA で整備し、コンテナーターミナルや貨物
集積所などの収益の生みやすい施設を民間資金で整備するような形態(これを、「上下分離方式」と称
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している)で官民の時間軸の同期化を図ることが可能となる。また、円借款の供与等を条件に事業権の
優先交渉権を獲得していくなどの官民連携円借款といった取り組みを通じた日本企業の支援にも繋がっ
ていくことが期待される。
PPP の海外展開にかかる事業環境整備支援では、例えば、ベトナムとの間で「日越 PPP 政策対話」
をスタートしている。具体的には、ベトナムにおけるパイロット・プロジェクトの実施を通じて BOT 法の改正
等の法制度整備や民間投資に対して公的資金を投入していく“Infrastructure Development Fund”の
制度設計に協力を行うなど、案件形成と制度整備の平行実施が着々と進行している。こうした政策対
話の枠組みを他のアジア諸国との間でも展開していくこととしている。また、東アジア諸国における PPP の
ベストプラクティスの共有、PPP 実施のための国内体制整備のためのガイドライン策定を目的とした「アジ
ア PPP 共通ガイドライン(仮称)」の策定についても東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)の共同プ
ロジェクトで実施すべく調整中である。
優先アクションプランの実施体制に関しては、優先アクションプランを実施していくためのプラットフォームと
して去る7月3日に「PPP 政策タスクフォース」(座長:浦田秀次郎早稲田大学大学院アジア太平洋研
究科教授)を設立した。同タスクフォースの下に、集中的にインフラを整備する拠点作りを検討する「中核
拠点開発分科会」と PPP 推進のための有用な新たな金融メカニズムを検討する「グローバル金融メカニ
ズム分科会」を設置していくこととしている。来年3月には、2つの分科会の報告書と優先アクションプラン
全体のレビューの審議を終了し、タスクフォースとしての報告書を発表する予定。
また、PPP に関するオールジャパンとしての取り組みとして、近々「PPP 戦略会議(仮称)」を立ち上げる
べく、経済産業省が中心となって現在、関係省庁等と調整を行っている。同会議は、我が国のインフラ関
連サービス・システムのアジア諸国への海外展開の現状把握や政策ツール、法制度整備、案件売り込み
の支援策のとりまとめを行うことを目的としており、近々設立し毎月1回のペースで開催し、来年 3 月に中
間とりまとめを行いたいと考えている。
5.最後に
我が国が少子高齢化や人口の減少に伴い国内需要が頭打ちとなる中で、高成長のポテンシャルを有
するアジアをはじめとする海外との共生は避けて通れない状況に直面している。そのため特に、アジアをは
じめとする海外市場の持続的成長を図っていくことが重要であり、日本と途上国の官民4者が協働、連
携してインフラ整備に取り組む PPP の役割は益々重要になっている。また、資源獲得競争が激化する中
で、我が国の資源確保のためには港湾、鉄道等の資源開発に関連するインフラ整備を図るなど、資源
開発と周辺インフラ整備をパッケージで推進していく重要性も高まっている。
PPP を後押しするツールとしての貿易保険と ODA の連携のバリエーションは広がりを見せている。貿易
保険によるインフラ整備に対する支援枠の設置はその連携の契機ともいえる。ODA の側でも、JICA海
外投融資などの新たなファイナンスツールの創設、あるいは円借款の迅速化や官民連携円借款制度な
どの制度改善の検討が進む中、貿易保険と円借款制度等のツールをパッケージ化、商品化して日本企
業の海外ビジネス展開を支援していくことは有益な取り組みであると考えられる。また、グローバルな金融
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メカニズム支援の観点からは、インフラ整備資金をマーケットから直接調達するプロジェクト・ボンド発行な
どを通じた連携や、将来的な構想としてのアジアインフラ整備基金構想において、基金そのものの組成や
基金設立後の個別プロジェクトベースでのリスクシェアなどを通じた連携を検討していくことも重要であると
思われる。
そういった意味で、貿易保険と ODA の連携によるシナジーを発揮できるよう、相互の現場レベルでの情
報交換、情報共有をより緊密化していくことができれば幸いであり、かつて貿易保険の業務に携わった一
人として労を惜しむことなく尽力して参りたい。
(以上)
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アジア太平洋貿易保険ネットワーク
∼日本のリーダーシップと現地日系企業にとっての意義∼
独立行政法人 日本貿易保険
シンガポール事務所長 比良井 慎司(ひらい・しんじ)
2009 年 7 月 9 日、イタリアで開催された主要 8 ヵ国首脳会議(ラクイラ・サミット)のコミュニケが発表され
た。貿易金融支援において再保険制度の強化など ECA(Export Credit Agency の略。)間の協力が重
要な役割を果たすことへの期待が示された(注1)。本稿では、アジアを中心とする ECA 間の再保険協力
の構築において日本が発揮してきたリーダーシップと現地日系企業にとっての意義についてご紹介したい。
1.Thai EXIM との協定締結
2009 年 6 月 23 日、日本貿易保険(NEXI)はタイ輸出入銀行(ThaiEXIM)と再保険に関する協力協
定を締結した。現地日本語メディアの他、タイの現地新聞・テレビ、英字新聞など各紙で報じられた。署
名式後に NEXI が開催した日系企業向けの説明会においても、保険料率やミャンマーなど具体的な国
向けの引受方針に関する質問が出るなど質疑が活発に行われた。
タイは、NEXI が再保険協定を結ぶアジアの国としては最初ではない。NEXI はシンガポール(2004 年 4
月)、マレーシア(2006 年 6 月)、インドネシア(2009 年 3 月)と協定を締結している。しかし、タイとの協定
に対する関心は高く、本協定が単なる4カ国目という順番以上に重要な意義を持つことが分かる。
写真:再保険協定の署名を終え、握手を交わす Thai EXIM Apichai Boontherawara 総裁(右)と NEXI 加藤
理事(左)。中央は Pruttichai Damrongrat タイ財務省副大臣。
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2.アジア貿易保険機関特別会合:金融危機に一致協力して対応
2008 年 11 月 17、18 日、アジアの ECA が東京でアジア貿易保険機関特別会合を開催した(注2)。い
わゆるリーマンショック以降、世界的な金融危機が実体経済へ影響を及ぼす可能性が深刻に懸念され
た。現時点では私たちは、2008 年 10 月以降、世界全体で輸出が急激に落ち込んだことを知っているが、
2008 年 11 月の会議開催時点では、10 月の輸出統計はまだ発表されておらず、金融危機が輸出に及
ぼす影響の規模と期間をマクロな経済データで把握・予測できる段階にはなかった。
図 金融危機前後の日本の輸出額(出所:財務省貿易統計)
2008 年 10 月の速報値が発表されたのは 2008 年 11 月 20 日。アジア貿易保険機関特別会合(2008 年 11
月 17,18 日)当時には、2008 年 10 月以降のデータはなかった。
このため、議長国である日本としては、アジア ECA の金融危機に対する現状認識と対応状況について
総裁レベルでの情報共有を図るとともに、アジア ECA が一致・協力した対応を図ることを主要な議題とし
た。特別会合の共同声明では、アジア ECA がアジア域内外の貿易投資の流れを支えるコミットメントを
明確に宣言した。
このような金融危機の早い段階で、公的機関が明確に貿易投資を支えると宣言したことは非常に意
義があった。なぜなら、仮に公的機関の姿勢が明確でなく、後手に回っていれば、需要の減少だけでなく
信用収縮の深刻化が貿易の減少に拍車をかけるという悪循環を招きかねなかったからだ。実際、公的機
関とは対照的に、民間の取引信用保険会社はリスクに対する選択姿勢を強化し、引受中の案件の与
信枠を縮小したり、新規案件を謝絶したりした。民間に断られても公的機関に貿易保険を引き受けても
らえるという安心感を輸出者に醸成した点は、数字だけでは計れない意義があった。
また、アジア ECA は、共同声明において、情報交換の促進、二国間で再保険・共同保険の推進、人
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材育成の推進を3つの協力の柱として、協力を推進することを決めた。
写真 アジア貿易保険機関特別会合(2008 年 11 月 17-18 日)の様子
3.再保険とは
アジアの貿易保険機関は再保険を通じて連携することを決めた。特別会合の共同声明で示された再
保険についての意義は次の通りだ。アジア地域では、輸出者が複数国にわたってサプライ・チェーンを構築
しており、それぞれの国に ECA がある。再保険や共同保険は、顧客に対する包括的なサポートを行う
ECA の能力を組み合わせるものであるとともに、各 ECA がその技術的能力を高めることにも役立つ。アジ
アの ECA が再保険や共同保険を拡大する機会を積極的に模索し、その拡大に努めていく。ひいては、こ
うした二国間の再保険・共同保険に係る協定が、アジア全域をカバーする再保険ネットワークとして機能
し、信用収縮を防ぐことが期待される。
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特別会合から4日後、11 月 22 日、APEC 首脳会議にて麻生首相は「アジア太平洋貿易保険ネットワ
ーク構想」を提案した。アジア太平洋内の域内の再保険の協力により、アジア太平洋域内外の貿易投
資をサポートするというものだ。
図 APEC 首脳会合における説明資料の日本語版
出所:首相官邸ホームページ
図によれば、B 国の現地企業がアジア太平洋内外の貿易投資を行う際に、現地 B 国の貿易保険機
関と保険契約を結ぶ。当該保険契約に対して、A 国の貿易保険機関が B 国の貿易保険機関に再保
険を提供する。再保険とは、保険を提供する B 国の貿易保険機関にとっての保険だ。仮に、B 国の現地
企業がバイヤーから代金を回収出来ない場合、B 国の貿易保険機関が現地企業に保険金を支払う。
その際、B 国の貿易保険機関には、保険金額の一部が A 国の貿易保険機関(再保険機関)から支払
われる。
4.再保険を通じて深まる日本のリーダーシップ
(1)アジアでの再保険の出発点:日 ASEAN 特別首脳会議(2003 年 12 月)
日本政府がアジアの貿易保険機関との再保険が提案したのは、APEC 首脳会合が初めてではない。
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アジア再保険プログラムの構想は 2003 年(平成 15 年)12 月に東京で開催された日本と ASEAN 各国と
の特別首脳会議(当時は小泉首相)にて、日 ASEAN 経済連携行動計画に位置づけられる。
本計画の具体的な措置の一つとして、NEXI を実施主体としてアジア ECA との再保険協力を行うことが
決まった。これが「アジア再保険プログラム」の誕生の背景である。
特別首脳会議は、ASEAN の首脳が ASEAN 以外の国で集う初めての会合であった。日本にとっては
日本と ASEAN との一層の関係強化のみならず、東アジア及び国際社会全体の安定及び繁栄に貢献す
る主体として協働することが狙いであった。2003 年当時、日本政府がこのように ASEAN を重視した背景
として、台頭著しい中国に対するカウンターバランスとして、日系企業の集積や経済協力等の面で日本と
関係の深い ASEAN を戦略的な拠点として位置付けたいという政策的な意図の可能性が指摘されてい
る。
(2)アジア太平洋貿易保険ネットワークにおけるリーダーシップ観
アジア再保険プログラムは「アジア太平洋貿易保険ネットワーク構想」の原点である。では、今回の構想
はアジア再保険プログラムの単なる延長線上に位置するのか。たしかに、日本を中心に見れば、再保険
協力協定の対象国が増えるだけなので、本質的にはあまり違いがないように見える。何が異なるのか?
もちろん、今回は、世界的な金融危機への対応として提案された点が異なる。筆者は、日本がアジア
の国々との関係で果たそうとするリーダーシップについての哲学の転換に注目したい。かつて、日本がアジア
に協力する場合には、日本が海の向こうにあるアジアと対峙し、世界第2位の経済大国の日本が経済
規模の小さい国々に対して援助を行い、国際社会で名誉ある地位を占めたい、という思いが強かったの
ではなかろうか。これに対し、今日では、日本はアジアの外にあるのではなく、アジアの中の一員として日本
の経験・ノウハウを公共財として共有した。そして、全ての国の貿易保険機関が参加でき、かつ互いに助
け合う仕組みを提案した。だからこそ、APEC 首脳会合後、日本政府の提案に各国政府から高い関心
が示された。
ちなみに、中国の SINOSURE は、アジア太平洋貿易保険特別会合には欠席したが、再保険を含め
た共同声明に対しては明確な支持を表明している。日 ASEAN 特別首脳会合(2003 年)では、中国に
対するカウンターバランスという視点で ASEAN を重視し、その文脈でアジア再保険プログラムが議論された
が、今回は中国はもちろん、どの国にも開かれた、包括的な提案だったのだ。
(3)G20 サミットおよび OECD 輸出信用部会の声明(2009 年 4 月)
本年 4 月、G20 ロンドン・サミット首脳宣言では 2500 億ドルの貿易金融のための支援が約束された。
世界的な金融危機による信用の収縮は、とりわけ途上国における貿易金融の円滑な供給に大きな悪
影響を及ぼしていた。こうした状況において、各国の ECA が、その機能を最大限に発揮して、途上国をは
じめとした貿易金融円滑化に貢献することが期待された。このため、日本は、通常年間 900 億ドル規模
の短期貿易金融支援を行っているが、追加的な支援として今後2年間で総額 220 億ドル(NEXI は 160
億ドル)規模の支援を行うことを、麻生首相が表明した。
NEXI としては、バンクローンの活用や債権流動化等の対策も講じつつ、短期の貿易保険の引受を強
15
15
e-NEXI (2009 年 7 月号)
化することとした。また、アジア太平洋貿易保険ネットワークの構築を拡充し、アジア太平洋地域諸国との
間での再保険等の協力を着実に進めていくとともに、アジア太平洋地域以外の国々との間でも、再保険
や協調保険等の貿易保険協力を進めていくことした。
G20 首脳宣言を受けて開催された OECD 輸出信用部会において、「世界金融危機及び輸出信用に
関する声明」がとりまとめられた(4 月 22 日)。本声明では、日本の提案により、現行の金融危機対策の
追加措置として、各国の貿易保険機関(ECA)の協力による再保険スキームの強化が盛り込まれた。こ
れは、NEXI がアジアの ECA との間で進めている「アジア太平洋貿易保険ネットワーク」が、OECD の場で
金融危機対策として有効な措置であることを認められたのだ。しかも、OECD 加盟国だけではなく中国、
ブラジル、インドネシア等の新興市場国も参加していた点に大きな意義がある。
(4)今後のリーダーシップのヒント
金融危機の後、世界の多極化傾向がいっそう顕著になる中、国際社会が立ち向かうべき地球規模の
課題は複雑・多様化している。課題の解決に向け、先進国だけでなく新興市場国を含めた国際的な合
意の枠組み作りが重要になることは確実だ。そして、枠組み作りの場で、日本がリーダーシップをどう果た
すかが問われる。日本政府は貿易保険の分野で、皆がそれぞれの体力に応じて参加できる開かれた仕
組みを提案し、歓迎された。この経験が、日本のリーダーシップの将来を考える上で一助となることが期待
される。
5.ASEI との協定:存在感を増すインドネシアの ECA
昨年 11 月の特別会合の共同声明において、アジアの貿易保険機関のトップレベルが再保険の推進
をコミットしたことが追い風となって、その後、約半年間に、NEXI の協定締結国が2カ国から4カ国に増え
た。
本年3月25日、NEXI はインドネシアの輸出信用機関である PT(Persero) Asuransi Ekspor
Indonesia (ASEI) との間で再保険協定を締結した。同協定は、「アジア太平洋貿易保険ネットワーク」
の表明がなされた後、NEXI が初めて締結する再保険協定である。ASEI は 1985 年に設立された政府
100%出資の公的輸出機関だ。本協定の締結により、NEXI は、ASEI が引受を行った案件に対し再保険
を提供することが可能となった。また、インドネシア国内の日系企業にとっては、ASEI の貿易保険を利用
することにより、より大規模な取引等に係るリスクへの対応が可能となった。
金融危機の影響で、企業の売上高の減少が懸念される中で、同協定が提供する枠組みを通じて、イ
ンドネシアからの輸出取引に係るリスクの軽減が図られることが期待される。
率直に言って、ASEI 自体は最近まで国際的に決して目立たない貿易保険機関だった。しかし、Zaafril
社長の積極的な行動力のおかげで、昨年 9 月に NEXI と MOU を結んだ頃から存在感を高め、今年の3
月には韓国 KEIC と MOU、マレーシア MEXIM と再保険協定を矢継ぎ早に締結するなど、活発さが目立
っている。Zaafril 社長自身、ASEI は政府機関ではなく、政府出資の株式会社で、民間と競争関係にあ
り、質の高いサービスをスピーディに提供することにコミットしている。また、ASEI は NEXI との再保険プログラ
16
16
e-NEXI (2009 年 7 月号)
ムの料率を公表する方針であり、サービスの透明性が利用を検討される方々に安心感をもたらすことが
期待される。
6.Thai EXIM について
Thai EXIM はタイ輸出入銀行法(1993 年施行)に基づき設立され、1994 年から業務を開始した。国
100%出資の金融機関で、財務省の監督を受ける。設立目的は3つ。第1に、タイからの輸出の促進・支
援。第2に、タイの経済開発のため輸入、投資支援。第3にタイの対外投資やタイ国内ビジネスのための
金融支援だ。具体的な商品としては、運転資金融資、海外プロジェクトのための貸付、貿易保険、投資
保険などがある。
貿易保険には3つの商品がある。EXIM SURE, EXIM FLEXI, EXIM 4 SMEs だ。NEXI は日系企業等の
現地企業がこれら3つの商品のいずれかを利用する場合に再保険を提供する。
商品
てん補率
信用危険
非常危険
EXIM SURE
85%
90%
EXIM FLEXI
90%
90%
EXIM4SMEs
90%
90%
特徴
船積みごとに輸出申告。Thai EXIM が緻密に支払
い遅延を管理。
輸出申告は輸出者のニーズに応じ、月1回、四半
期1回、年1回などフレキシブル。
輸出額が1億バーツを超えない中小企業輸出者
向け。
※ EXIM 4 SMEs の 4 は数字の意味ではなく、英語の for の意。アジアでは、携帯電話を用いたショートメッセ
ージがはやっている。字数を省くため for のかわりに、発音の似た4(four)と書くことが定着している。なお信
用危険、非常危険のてん補事由については以下のとおり。
信用危険:バイヤーの破産、バイヤーの債務不履行、バイヤーの受け取り拒否
非常危険:当局による外貨送金禁止、輸入禁止措置の発動、戦争・革命・内乱による支払不能
7.タイにおける再保険の特徴・意義
(1)対象企業
タイ現地企業が第3国に輸出をする場合に、輸出代金を回収できない可能性がある。このため、
ThaiEXIM と貿易保険契約を結ぶ。実際に保険事故が発生し、ThaiEXIM が利用者に保険金を支払う。
NEXI は保険金の60%を Thai EXIM に支払うという仕組みだ。
これまでの協定では、再保険の対象を「日系企業」としてきた。貿易保険において日系企業のうち政
策の対象となる範囲が政策ごとに異なる可能性はあるが、日系企業の定義そのものが大きく変わるのは
17
17
e-NEXI (2009 年 7 月号)
適切ではない。例えば、アジア現地通貨建て債券発行支援(アジアボンド)では、現地日系企業が発行
した債券に対して、日本に所在する銀行が保証した場合に、当該保証に NEXI が保険を提供している。
この場合、日系企業とは、「本邦法人又は本邦人が株式等の所有その他の方法によりその経営を実質
的に支配しているもの」で具体的には、50%を超える議決権があることを基本要件としてきた。しかし、タイ
では製造業では、日本企業が 50%を超える株式等の所有をしている企業が多いのに対し、貿易保険の
主要な利用者である商社などで日本企業からの出資比率が 50%以下のものもある。このため、タイとの再
保険協定では、いわゆる日系企業に限らずタイ現地企業を対象とし、日本からの出資が 10%以上あるこ
とを要件とした。
では一体何社くらいが対象になるのだろうか。東洋経済新報社の『海外進出企業総覧』によれば、日
本から 10%以上の出資を受けているタイの現地企業は、1609 社あり、東南アジアでは最多だ。日本人商
工会議所に参加している企業は 1292 社(2008 年 4 月時点)だ。他方で、日系企業は約 7000 社ある
と言われており、中小企業総合事業団が 2003 年度に行った調査によれば、具体的な日本の出資者が
把握できたものが 2640 社あるという。
(2)再保険割合
過去のアジア ECA との再保険協定では、NEXI の再保険割合は 90%であったが、60%に引き下げた。
NEXI とアジア ECA との情報交換が緊密になるにつれ、各 ECA が自国政府から再保険を受けず民間の
再保険会社を利用しており、相当程度、自分でリスク負担能力がある実態が明らかになった。また。リス
ク審査・管理について詳細な意見交換を行った結果、タイ輸銀のリスク審査・管理が適切であることが確
認できた。このため、タイ輸銀も相当のリスクを負担することとした。タクシン前首相時代に、「タイ政府は日
本からの ODA は不要であり、イコールパートナーと認めてほしい。」という話があったが、まさにタイをイコール
パートナーとして認めたわけだ。他に国については、協定の締結先の ECA が必ずしも日系企業に知られて
いなかったため、90%の再保険割合が適当とした。しかし、協定を実施する過程で、リスク審査・管理の適
切性が認められれば、応分のリスク分担の観点から再保険割合を引き下げることが妥当であろう。タイと
の協定は、今後、NEXI が ECA と再保険協定を結ぶ場合のモデルとなることが期待される。
18
18
e-NEXI (2009 年 7 月号)
図 タイにおける再保険の仕組み
(3)FTA・経済連携協定で変わるタイの輸出環境
日 ASEAN 包括的経済連携協定(AJCEP)が 2009 年 6 月にタイで発効した。AJCEP は 2008 年 12
月に、まず日本と 4 ヵ国(シンガポール、ラオス、ベトナム、ミャンマー)との間で発効したが、以降、ブルネイ、
マレーシアが続いておりタイは ASEAN で 7 番目の参加国となった。
以前は AFTA の原産地規則が適用されるためには、ASEAN 域内での付加価値比率が 40%以上であ
ることが必要だった。このため、日本国内の付加価値比率が 60%以上の場合、ASEAN のある国で組み
立てて、ASEAN の他の国に輸出する際に AFTA の関税が適用されなかった。例えば、高付加価値のフラ
ットパネルディスプレイをタイに輸出して、テレビを組み立てるような場合だ。しかし、今後は日本と ASEAN
の累積で 40%以上あれば ASEAN が原産地となり、AFTA が適用されるようになる。日本及び ASEAN 域
内の生産ネットワークが活性化される。タイにおいて日系企業が日本から基幹部品を輸入して、製品を
生産し、ASEAN 域内に輸出する際に貿易保険があることは心強いはずだ。
また中国・ASEAN の FTA を利用してタイから中国に輸出する、タイ・インド FTA を利用してタイからイン
ドに輸出するなど、新規ビジネスの開拓・既存のビジネスの拡大を図る企業がある。タイを拠点として中国、
インド全体を包含するアジア大の広域的なサプライ・チェーンを検討する際、有用なリスク軽減手段だ。
NEXI の再保険締結国が ASEAN の主要な4カ国(タイ、シンガポール、インドネシア、マレーシア)をカバー
するようになった意義は大きい。
タイは、反タクシン派によるスワンナプーム空港占拠、タクシン支持派による東アジアサミットの妨害など
政治的には不透明だ。しかし、日系企業の支持は強い。JBIC による中期的有望事業展開先国として、
毎年ベスト 10 入りするとともに、3割近い支持を集めている。同調査では、タイを有望だと回答した理由
の第5位に「第三国輸出拠点として」が選ばれており、今後、タイを輸出拠点とした日系企業による第3
19
19
e-NEXI (2009 年 7 月号)
国輸出の拡大する可能性は大きく、タイ輸銀の貿易保険の活用が期待される。
8.日本企業の第3国向け輸出の規模
NEXI はアジア再保険の拡大を通じて、海外の日系企業の第3国への輸出を支援する。
現地日系企業の売上高は、日本向け輸出額、現地販売額、第3国向け輸出額に分けられる。現
地日系企業の進出地域別に第3国向け輸出額を比較すると、アジアに進出している日系企業の第3国
向け輸出額は、他の地域を上回る。
表
進出地域別に見た海外日系企業の売上高(2007 年度) 単位:兆円
売上
高
日本向け
輸出額
現地販売額
第3国向け
輸出額
アジア
85.7
14.0
47.9
23.6
北米
79.0
3.3
67.8
7.8
ヨーロッパ
50.7
1.3
27.7
21.5
その他
20.8
3.6
10.4
7.1
合計
236.2
22.2
153.8
60.0
出所:経済産業省 海外事業活動基本調査(平成 20 年)
同じ統計を使って、別の切り口で見てみよう。日本企業が海外に販売する手段は3つである。①日本
から輸出、②現地販売、③第3国向け輸出を通じた販売である。
2007 年度の日本の輸出額は、約 85 兆円、現地企業による現地販売額は約 154 兆円、現地企業
による現地販売額は 60 兆円であるから、おおよそ、3:5:2。日本企業の海外販売約 300 兆円の約7
割が日本国外で行われており、現地企業による第3国輸出の規模が日本からの輸出に匹敵することが
分かる。
表 進出地域別に見た在アジア日系企業の売上高(単位:兆円)
売上高
日本向け
輸出額
現地販売額
第3国向け
第 3 国向け
輸出額
輸出割合
中国本土
21.7
4.0
14.4
3.3
15%
香港
11.3
3.1
3.8
4.3
38%
ASEAN4
25.2
3.7
13.5
7.9
31%
NIES3
23.6
2.7
13.6
7.1
30%
出所:経済産業省 海外事業活動基本調査(平成 20 年)
20
20
e-NEXI (2009 年 7 月号)
アジアでは、中国本土に比べ、香港、ASEAN4(タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン)、NIES(シンガ
ポール、韓国、台湾)で、売上高に占める第3国向け輸出額の割合が高い。
9.再保険協力の将来
NEXI は現地 ECA に対する再保険を通じて東南アジアの主要4カ国の日系企業等による第3国向けの
輸出をカバーできるようになった。これら東南アジア4ヵ国での取組を他のアジアの国へ拡大するという構想
が現実味を帯びてきた。
他方、協定締結先の拡大にともない、課題も見えてきた。たとえば、複数国で事業を展開されるお客
様にとっては、ECA ごとに保険約款が異なることが課題として映るかもしれない。ECA ごとに約款の言語、
付保率、填補事由・料率の決定方法などの違いがある。また、ECA の規模も様々だ。ECA としては保険
引受額・保険料収入から見て大規模な中国や韓国から、小規模なフィリピン、ECA の設立に向け準備
段階にあるベトナムまで多様だ。どの ECA に対しても同じアプローチというわけにはいかないだろう。
日本では、貿易保険分野への民間参入が進むことにより、NEXI の商品・サービスが民間と比べられるよ
うになった。海外では、NEXI が再保険を提供する ECA の商品・サービスが民間と比べられる。日本で
NEXI をご利用いただいているお客様が、海外では NEXI 以外の民間保険会社の取引信用保険を利用
されている事例も実際にある。NEXI にとっては再保険を通じて間接的に海外の市場に接するようになるこ
とから、グローバルに活動されるお客様の声、海外 ECA や民間保険会社の取組について、生の情報が届
くようになった。
NEXI が海外の ECA と協力しつつ、再保険の取組を改善・拡大することは、NEXI 自身の組織としての
技術的能力をいっそう高め、グローバルに通用する商品改善を行い、お客様にとっての利便性がますます
向上すると期待している。
(注1)ECA については、直訳すると輸出信用機関であり、貿易保険以外に、融資・保証を行う機関も含むが、
本稿では、貿易保険機関という用語を用いた。
(注2)アジアの ECA は年2回、ベルンユニオ ンの会合の 開催に合わせて、定期的に RCG(Regional
Cooperation Group)会合を開催している。2008 年 4 月に開催された RCG 会合で、NEXI 今野理
事長はアジア ECA の協力拡大や、BU 活動にアジア ECA の声を反映していく方策について議論す
ることを目的としてアジア ECA による特別会合を東京で開催することを提案し、各 ECA から支持さ
れた。今から振り返ってみると、ベルンユニオン(BU)史上初のアジア出身の BU 議長がアジアの ECA
とともに一致団結して世界的な金融危機に立ち向かう基礎を築いた貴重な瞬間であった。
21
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e-NEXI (2009 年 7 月号)
2008 年度の保険事故の特色について
2009 年 7 月
独立行政法人 日本貿易保険
1. はじめに
世界金融・経済危機の影響を受けて、2008 年度後半以降、信用事故が急増しており、2008 年
度は信用事故発生金額ならびに件数において、2001 年の NEXI 発足以来、最も高い水準となりま
した。2009 年度第1四半期(2009 年 4∼6 月)においても、依然として信用事故が多発しています。
また、非常保険事故の支払いも増大しました。
今回の e-NEXI では、2008 年度の保険事故の実績ならびに特徴についてご説明します。
2. 保険事故の発生と保険金支払いについて
貿易保険の事故は、保険事故原因の種類によって、非常危険によるものと信用危険によるものと
に大別されます。また、保険事故原因の発生時点によって、「船積前」と「船積後」に分けられます。
保険事故が発生した場合には、お客様の義務として、危険発生・損失発生通知書を NEXI にご提
出頂く必要があります。
その後、保険事故が確定した場合には、お客様から保険金請求期間内に保険金請求書等をご
提出頂き、NEXI が請求書類の内容を確認して、保険金をお支払い致します。
【事故発生から保険金の支払い、回収までのイメージ】
なお、以下の本文で取り上げております、「事故発生金額」とは、お客様からいただいた上記の「危険/
損失発生通知書=(「事故が発生した」という通知書)」の金額を事故発生ベースで集計したものです。
22
22
e-NEXI (2009 年 7 月号)
23
3. 2008 年度の保険事故発生と保険金支払いの実績
① 非常/信用危険別、2006 年度∼2008 年度
区分
危険区分
信用事故
事故発生 非常事故
金額
件数
金額
件数
金額合計
件数合計
信用事故
保険金支払 非常事故
金額
件数
金額
件数
金額合計
件数合計
2006年度
1,966
133
6,916
87
8,882
220
562
59
1,869
100
2,431
159
2007年度
2,386
143
19,063
349
21,449
492
1,305
85
2,495
6
3,800
91
(金額:百万円)
2008年度
対前年度
30,351
1272.0%
421
294.4%
30,045
157.6%
638
182.8%
60,396
281.6%
1,059
215.2%
301
23.1%
29
34.1%
16,858
675.7%
272
4533.3%
17,159
451.6%
301
330.8%
近年、事故発生金額、件数ともに増加傾向にありますが、特に 2008 年度は前年度に比べて金額で 2.8
倍、件数では 2.1 倍の増加となっております。
特に信用事故については金額で 12.7 倍、件数で 2.9 倍強の増加となっております。
一方、保険金の支払いにつきましては、これまで世界経済全般の好調を背景に低水準に推移して参り
ましたが、2008 年度には大規模な外貨送金遅延の非常事故が発生した影響で非常事故の保険金支
払いが急増しました。
なお、信用事故の保険金の支払いは 2008 年度に減少しておりますが、上記のとおり、世界的な金融・
経済不況による保険事故増大の影響を受けて、2009 年度には急増する見込みとなっております。
35,000
30,000
25,000
20,000
15,000
10,000
5,000
0
2006年度
23
非常 事故発生
信用 保険金支払
百万円
百万円
信用 事故発生
2007年度
2008年度
非常 保険金支払
35,000
30,000
25,000
20,000
15,000
10,000
5,000
0
2006年度
2007年度
2008年度
e-NEXI (2009 年 7 月号)
② 地域別、2008 年度
(単位:百万円)
事故発生金額
地域
非常
保険金支払金額
信用
非常
信用
アジア
0
15,894
0
235
ヨーロッパ
2
1,705
0
7
北・中米
15,717
4,384
15,511
59
南アメリカ
14,317
8,079
1,347
0
アフリカ
8
142
0
0
オセアニア
0
148
0
1
30,045
30,351
16,858
302
合計
非常事故については北・中米、南アメリカに保険事故が集中しております。内訳としては、北米のハ
リケーンによる「自然災害」事故、中米では「外貨送金遅延」の事故、及び南アメリカでは「その他
本邦外事由」等による事故と洪水による「自然災害」事故が発生しております。
事故発生金額 非常
16,000
14,000
12,000
10,000
8,000
6,000
4,000
2,000
0
15,717
0
2
単位:百万円
14,317
8
0
アジア ヨーロッパ 北・中米 南アメリカ アフリカ オセアニア
信用事故については 1990 年代後半のアジア経済危機の際には、アジア(東南アジア地域)におい
て保険事故が集中しましたが、2008 年度後半以降に急増した信用事故は、地域を限定せずに、
世界各地域に広く分散して発生しているのが特徴です。このことは、今般の金融経済危機がグロー
バルに波及していることを信用事故発生の傾向からも伺うことができます。
なお、特に事故発生金額が大きい地域としては、アジア、中南米地域が挙げられますが、これらの
地域においても、特定国に事故が集中的に発生するのではなく、各地域内の複数国において発生
しております。
24
24
e-NEXI (2009 年 7 月号)
事故発生金額 信用
単位:百万円
15,894
16,000
14,000
12,000
10,000
8,000
6,000
4,000
2,000
0
8,079
4,384
1,705
142
アジア
148
ヨーロッパ 北・中米 南アメリカ アフリカ オセアニア
4.2008 年度信用保険事故の分析
ここでは、2008 年度に保険事故が急増した信用保険事故の内容について、様々な角度から分析したい
と思います。冒頭にも記載しましたとおり、ここでの「事故発生金額」とは、お客様からいただいた「危険/
損失発生通知書=(「事故が発生した」という通知書)」の金額を事故発生ベースで集計したものであり、
保険金支払額とは別になりますので、ご注意下さい。
①保険種別
2008年度保険種別・信用保険事故発生金額/件数
保険種
包括区分 金額(百万円) 構成比 件数
構成比
企業総合
15,795 52.0%
275
65.3%
貿易一般
一般企業
7,367 24.3%
28
6.7%
組合
5,282 17.4%
24
5.7%
個別
1,054
3.5%
41
9.7%
限度額設定型保険 −
452
1.5%
20
4.8%
輸出手形
−
273
0.9%
28
6.7%
再保険(受再)
−
126
0.4%
4
1.0%
中小企業保険
−
1
0.0%
1
0.2%
貿易代金貸付保険 −
0
0.0%
0
0.0%
海外投資保険
−
0
0.0%
0
0.0%
海外事業資金貸付保険 −
0
0.0%
0
0.0%
合計
30,351 100.0%
421 100.0%
保険種別でみますと、貿易一般保険の占める割合が圧倒的に多く、金額ベースで 97.2%、件数ベース
では 87.4%を占めています。
更に、貿易一般保険の中でも、企業総合保険の占める割合が高く、金額ベースで 52.0%、件数ベースで
25
25
e-NEXI (2009 年 7 月号)
も 65.3%という結果になりました。
企業総合保険は継続的にお取引のあるバイヤーに対して保険付保をする包括保険であり、長年お取引
のあるバイヤーとの間で保険事故が発生するケースが多く見受けられました。
②格付別
事故発生金額
金額(百万円)
件数
PU
10,599 34.9%
GE
7,373 24.3%
EF
5,945 19.6%
EE
2,929
9.7%
信用
EC
1,686
5.6%
EA
934
3.1%
GA
409
1.3%
SA
307
1.0%
未設定
167
0.6%
信用 合計 / 事故発生額
30,349 100.0%
危険区分
バイヤ格付ー引受時
69 16.4%
29
6.9%
271 64.4%
10
2.4%
2
0.5%
29
6.9%
4
1.0%
2
0.5%
5
1.2%
421 100.0%
※未設定:保険契約締結時にバイヤー未設定の案件です。
保険引受時の格付別金額順にみますと、信用状態が不明な PU 格での事故が一番多くなっております
が、そのほとんどは L/C 条件での取引で L/C 発行銀行の決済遅延事故となっております。
続いて政府系機関である GE 格、概ね信用状態に問題ない民間企業である EF 格の順となっておりま
す。
2008 年度の特徴として、EE 格や EA 格など本来は財務内容が優良・良好な企業についても事故が発
生、増加傾向にあることが挙げられます。
※格付けの説明はこちらの HP を御覧ください
http://www.nexi.go.jp/insurance/ins_panhu/pdf/pr09_01.pdf
④ てん補範囲別
危険区分
てん補範囲
船積後
船積前
その他
信用 合計 / 事故発生額
信用
事故発生金額
金額(百万円) 構成比 件数
構成比
32,307
93.1%
629
90.2%
1,902
5.5%
7
1.0%
493
1.4%
61
8.8%
34,702 100.0%
697 100.0%
※上表の「その他」とは、輸出手形保険や貿易代金貸付保険の事故等です。
てん補範囲別に見ますと、「船積後」の占める割合が圧倒的に多いことは従来通りですが、2008 年度以
降、船積み前にバイヤーが破産したことによる船積み不能事故の割合が増加しております。
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5.2008 年度信用事故分析のまとめ
上記の事故データならびにお客様からの事故報告に基づき、2008 年度に発生した信用事故につきまして、
いくつか特徴的な点をまとめると、次のとおりとなります。
(1)船積前信用事故の増加
例年と比較し、「破産手続き開始の決定に準ずる事由」による船積前事故が、2008 年度には大きく増
加しました。保険事故発生の具体的な事例としては、金融危機による資金調達難からプロジェクトが頓
挫し、バイヤーが事業計画見直しのため法的手続きを申請したケース、金融危機に伴う急速な市況悪
化による販売不振によりバイヤーが会社更生のための法的手続きを申請したケース、等が挙げられます
(「破産手続き開始の決定に準ずる事由」について、該当する会社更生の法的なガイドラインは各国
様々であることから、お客様には現地の法律事務所等を通じ、現地法制度の把握及び必要となる手続
きを個別に実施して頂きました)。
(2)急速な為替変動を理由とした信用事故
金融・経済危機以降、新興国を中心に対ハードカレンシーの為替レートが急落した結果、現地通貨換
算で輸入代金決済資金が急増したため、資金手当ができずに決済遅延が発生したケース、輸入価格
増を販売価格に転嫁できないことにより経営不振となり決済遅延が発生したケース、等が挙げられます。
(3)比較的信用力のあるバイヤー等による信用事故
金融・経済危機以降、各国の商品販売マーケットの急速な縮小の影響を受けた信用事故が発生して
おります。例年の信用事故との相違点として、昨年度以前は取引年数が浅い比較的信用力の低いバイ
ヤーによる信用事故が多かったことに比べ、2008 年度では、長期間の代理店関係にある信用力のあるバ
イヤー等による信用事故が増えております。具体例としては、経済危機後の急速な自動車販売市場の
縮減に伴って在庫が積み上がり、運転資金難となって自動車輸入代理店が決済遅延を発生させたケー
ス、昨年度前半までの資源開発ブームにより好調であった建機販売が一転不調となり、決済遅延が発
生したケース、等が挙げられます。
この他、L/C発行銀行の決済資金難による債務不履行のケースが発生した点も 2008 年度の特徴的
な事故のケースとして挙げられます。
6.おわりに
金融・経済危機以降、保険事故、特に信用事故の発生が大変増えてきております。貿易取引において
発生する事象ならびにその対応方法は、千差万別であり、必要となる手続き等も事象毎にそれぞれ異
なることがあります。お客様には適切な各種通知書類の提出と損失の防止・軽減、回収などに当たって
いただくことが保険契約上で定められておりますので、各種保険約款、重要事項説明書等もご参照の上、
ご対応をよろしくお願い致します。保険の内容やお手続き等についてご不明な点がございましたら、ご遠慮
なく NEXI の下記窓口までお問い合わせください。
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お問い合わせ先: 日本貿易保険(NEXI)債権業務部 査定回収グループ
TEL:03-3512-7663
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《カントリーレビュー》
OECD カントリーリスク専門家会合における国カテゴリー変更国の概要
(中南米地域)
<Point of view>
²
7月初旬、OECDカントリーリスク専門家会合において、中南米地域の国・地域カテゴリーが議論
された。
²
カテゴリー変更国はメキシコとベネズエラの二ヶ国。両国とも1ノッチのダウングレードとなった。
メキシコ...C → D
ベネズエラ...G → H
l 結果概要
7月初旬、パリのOECDにおいて、カントリーリスク専門家会合が開催され、中南米の国・地域カテゴ
リーが議論された。中南米地域の議論対象は全26ヶ国で、今会合ではこのうち二ヶ国のカテゴリーが
変更された。変更されたのは、メキシコとベネズエラで、両国とも1ノッチのダウングレードとなった。ここでは、
カテゴリーが変更されたこの二ヶ国について、政治・経済情勢を概観する。
l メキシコ
C → D
- 米国の景気悪化を受け、外貨収入が減少
メキシコと米国の経済関係は緊密化しており、総輸出の約8割、対内直接投資の約6割を米国が
占め、米国の経済動向はメキシコ経済に大きく影響する。
同国の輸出の特徴は製造業品のシェアが高いことである(全輸出の約8割)。特にマキラドーラ(保税
加工区)からの輸出が大きく、全輸出の約 45%となっている。
米国景気の悪化を受けて、09 年第 1 四半期の実質 GDP 成長率(以下、成長率)は前年同期
比▲8.2%と、95 年第 2 四半期以来の低い水準となった。第 2 四半期も、新型インフルエンザ感染
拡大の影響により後退を続けた。政府は、下半期の景気回復を見込み、09 年通年の成長率見通
しを▲5.5%としているが、マキラドーラ(保税加工区)の輸出企業(自動車・同部品、電気・電子機器
等)を中心とする生産・雇用調整の長期化等から、政府の想定以上に景気後退が続くとの見方が多
い。
09 年第 1 四半期の経常収支は、10.8 億ドルの赤字となり、貿易収支は 18.9 億ドルの赤字、サ
ービス収支は 7.1 億ドルの赤字、資本収支は、国際金融・資本市場における資金逼迫等から、39.4
億ドルの流出超であった。
低下したドルの流動性は、①米連邦準備制度理事会との 300 億ドルの通貨スワップ協定締結、
②IMF の新設融資制度である弾力的信用枠(FCL: Flexible Credit Line)の利用(約 470 億ドル)等
でカバーされる見込みであるが、米国経済依存度が高いことから引き続き注意が必要と見られている。
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l ベネズエラ
G → H
- 油価の低迷から、外貨収入減・財政悪化へ
ベネズエラでは財輸出の約90%、政府歳入の約半分が石油関連となっていることから、油価の大幅
下落は、外貨収入の減少や政府財政の悪化を招いてしまう。
現在、同国ではCADIVI(外貨管理委員会)による外貨割当制が実施されている。市場に十分な
外貨を割り当てるためには、外貨収入が順調に入ってこなくてはならない。しかし、2008年7月に126ド
ル/バレルの高値を付けた油価(平均)はその後大幅に調整され、08年末には一時31ドル/バレルまで
へ下落した。油価の大幅下落から、同国の外貨収入は大きく落ち込み、CADIVIによる外貨割当額は
減額されることとなった[直近の割当額は、08年7月の半分未満]。この結果、同国の輸入業者にとって、
外貨へのアクセスは2008年前半と比べてより難しくなったと伝えられている。
財政への影響も大きく、09年の財政赤字は大きく拡大する見込みである。通常の国であれば、財
政赤字が膨らむ場合には、大胆な歳出カットによる調整策が実行されるが、ベネズエラではそれは期
待できない。貧困者の支持を得るために、財政のバラマキが引き続き行われると見られているからであ
る。同国政府は財政赤字を、国内での国債発行などでファイナンスする予定であるが、油価が予想以
上に下回る場合には、財政赤字はさらに膨らみ、赤字補填のための新たな原資を探さなくてはならなく
なる。
過去の経験から、このような場合、同国政府は通貨の切り下げを行うか(歳入の大半がドル建ての
ため)、または政府基金をさらに取り崩すことになる。前者のケースでは、為替ヘッジをしていない民間企
業の返済リスクが高まることが予想される。後者のケースでは、政府基金へ原資を移転するため、外貨
準備の減少そして外貨割当額の一段の縮小が見込まれる。
低迷していた油価は、2009年に入り上昇に転じたことで、一息ついた形となっているが、今後の油価
の動向には引き続き注意が必要と見られている。
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