ハイヒールソールの補填が身体負荷軽減に及ぼす影響

№78
ハイヒールソールの補填が身体的負荷軽減に及ぼす影響
A08AB062 鷲﨑ハイジ A08AB129 武藤 真奈
1.
2.1.1
緒言
調査結果及び考察
現代女性は脚を長く見せたい、スタイルを良く見
図 1、2 に調査結果を示す。ヒール靴を所有する
せたいなどの欲求が強く、外見を向上させるための
学生は全体の 87%を占め、その 89%が着用時に違
ファッションアイテムの一つとして、ハイヒール靴
和感を抱きつつ、ヒール靴を着用し続けている実態
を日々のコーディネートに取り入れている。確かに、
が明らかとなった。また、着用度の高いヒール高は
ハイヒール靴は身長を高く見せる効果があり、女性
5~6 ㎝であることがわかった。これらより、若い女
のプロポーション向上に寄与していると考えられる。
性は、身体への負荷を認識ながらも高いヒール靴を
一方、ハイヒール靴には負の側面もある。街中を歩
履く傾向にあるといえる。そして、図 3、4 に示す
く若い女性の中には、ハイヒール靴が脱げないよう
ように、ヒール靴着用時に違和感を抱く部位として、
に足を引きずって歩く人や前傾姿勢で歩く人が見受
ボール位をあげた人が 59%、趾が 35%となった。こ
けられる。また、ハイヒール靴着用時には靴の中で
れらより、爪先への負荷が大きいということが明ら
爪先立ち状態が強制されるため、爪先への負荷が増
かとなり、前滑りが発生しているという実態がわか
大し、魚の目や水疱などの症状を訴える人もいる。
った。アンケート調査により、ハイヒール靴には、
女性の美しくありたいとの願望を尊重しながらも、
身体が安定するシャンクカーブと爪先の負荷を軽減
身体への負荷を軽減させる手段を考える必要性が高
させる改善が必要であることを見出した。
まっているといえよう。
2.2 ハイヒール靴販売実態調査
1)~3)が、ハイヒール靴の
販売実態の調査対象は、靴業界売上高ランキング
身体的負荷について検討し、歩行の危険性や筋負荷
1 位~3 位の Chiyoda、ABCMART、GFOOT のイ
の観点から問題点を指摘している。にもかかわらず、
ンターネット通信販売サイト内で取り扱われている
多くの女性がハイヒール靴を着用し続けている。
レディースシューズとした。形状調査は 3 ㎝以上の
これまで、多くの研究者
そこで、本研究では、ハイヒール靴着用による問
ヒール高の靴について、ヒール高・ソールの傾斜角
題点を抽出するとともに、ハイヒール靴着用時の身
とした。調査期間は 2011 年 4 月下旬~5 月上旬であ
体負荷を軽減することを目的として行った。まず、
る。
靴底を形成しているシャンクカーブ形状と足部形状
の関係を検討し、不適合要因を明らかにするととも
所有している
所有していない
13%
違和感がある
違和感がない
11%
に、それを改善するためのインソール補填量を算出
した。そして、補填をしたハイヒール靴が身体的負
荷の軽減に及ぼす影響について、生理的、動作的、
87%
89%
心理的側面から検討した。
図 1 ヒール靴所有率
2.
ハイヒール靴着用・販売実態調査
2.1
ハイヒール靴着用実態調査
図 2 違和感の有無
ハイヒール靴着用実態に関する調査は、本学学生
1~4 年生 396 名を調査対象とし、2011 年 4 月 20
日~26 日に実施した。質問内容は、ヒール靴の所有
数や着用時間など着用実態状況を把握する問と、着
用時の痛みや疲れ、むくみなどの身体的負荷に関す
る問、ヒール靴と足の適合度など着用者のヒール靴
に対する意識度を測る問とした。
図 3 足裏痛み発現率
図 4 足甲痛み発現率
2.2.1
調査結果及び考察
量と定めるのが相応しいと考えられる。よって、足
靴業界調査によって、ファッション性やデザイン
部形態に適合したシャンクカーブ形状は中足指節関
を重視したおしゃれ靴のうち、61%は 3 ㎝以上のヒ
節接触高さと中足指節関節接触距離の補填量を組み
ールであることがわかった。また、調査靴の側面写
合わせることで得られると考えられる。また、この
真から、シャンクカーブ形状の踵傾斜角は図 5 に示
測定によって、爪先付近に発現する痛みの原因は、
すように、ヒール高に比例して増加する傾向が認め
中足趾節関節の接地面とシャンクカーブ形状の不一
られた。先の調査では、女子学生が日常的に着用す
致であると推察された。
るヒール高は、5~6 ㎝が多かったが、図 6 に示すよ
3.2 最適ソール踵状態
うに、市場でヒール高 6 ㎝の靴が占める割合は 4%
~22 歳の本学学生で、足部に疾患のない 12 名を被
と尐ないことがわかった。
踵の傾斜角度(°)
最適ソール踵状態を見出すために、被験者は 21
験者とした。測定は 2011 年 5 月下旬~6 月中旬に椙
30
20
山女学園大学内にて行った。被験者の着衣は T シャ
10
ツとハーフパンツである。ソール踵傾斜の測定には、
0
3.0
4.0
5.0
6.0
7.0
8.0
9.0
10.0
11.0
ヒール高(㎝)
図 5 ヒール靴の踵傾斜角
ヒール靴着用時の足部形状を模した台とジャッキを
用いた。測定は、踵の傾斜角と姿勢の変化とした。
ジャッキにより踵の高さを変化させ、快適度の大き
い角度を測定した。快適のときを快適角、不快のと
きを不快角、快適と不快の間を快適許容角とした。
なお、踵傾斜の快適・不快の判断は、被験者自身の
申告によるものとした。
3.2.1
実験結果及び考察
最適ソール踵状態を明らかにするため、直線部接
図 6 ヒール高ごとの販売割合
3.
ソールの補填量算出実験
3.1 足部の接地面形態
地距離と傾斜角、足弓角を測定した。その結果、快
適値は、傾斜角 27.17°~33.42°、直線部接地距離
5.56 ㎝~7.18 ㎝となった。よって、補填量は傾斜角
足部の接地面形態の測定に用いた被験者は 19~
29.60°、踵の接地距離 6.19 ㎝が最適であると推測
22 歳の本学学生で、
足部に疾患のない 35 名とした。
した。踵の直線部接地距離は傾斜角増加実験と傾斜
測定は 2011 年 5 月下旬に椙山女学園大学内で行っ
角減尐実験において 1.60 ㎝の差になり、踵が十分に
た。測定にはフットプリンターを用い、素足の状態
乗っていなくて不快に感じる角度と、踵が十分に乗
で足長及び爪先の形態を採取した。
っていて不快に感じる角度があることがわかった。
3.1.1
測定結果及び考察
踵の傾斜が姿勢に及ぼす影響を検討した結果、被
ソール補填量算出のため、まず、足部接地面形態
験者 12 名の中で前傾、後傾、下半身が後傾して上
の測定を行った。中足指節関節接触高さは、図 7 に
半身が前傾する 3 パターンに分かれた。また、傾斜
示すように第一中足骨頭基底部が 0.33 ㎝、第二中足
角減尐時の快適角における身体の傾きは、開始角に
骨頭基底部は 0.73 ㎝、第五中足骨頭基底部は 0 ㎝の
対して後傾する傾向が強いことがわかった。不快角
被験者が多いが、第二中足骨頭基底部からの傾斜が
では、上半身のみが前傾したり、下半身のみが後傾
急になり足部の違和感が危惧されるため、平均値
をしてバランスをとろうとするため、部分的な変化
0.18 ㎝を補填量と定めるのが相応しいと考えられる。
となった。さらに、踵の傾斜角が小さくなれば足弓
また、脛側中足点及び腓側中足点の補填は必要ない
角は大きくなり、直線部分の接地距離が短くなれば
と判断される。さらに、中足指節関節接触距離は、
足弓角は増加し、踵の傾斜角が小さいと接地距離は
第一中足骨頭基底部内部距離最頻値の平均である
短くなり比例関係にあるといえる。また、足弓角を
2.14 ㎝、第一二中足骨頭基底部距離の平均値 2.33
測定した結果、16.32°~18.50°が快適な角度であ
㎝、第二三中足骨頭基底部距離の平均値 1.93 ㎝、第
ることがわかり、中間値 17.41°を補填量とするこ
三中足骨頭基底部外部距離の平均値 2.39 ㎝を補填
とにした。
3.3 ヒール靴着用時の中足趾節関節可動角
ル、10 ㎝ヒール、補填ヒールと略称する。被験者の
ヒール靴着用時の中足趾節関節可動角は、ソール
踵傾斜の最適形状の測定と同じ被験者、測定期間で
実施した。測定には、ゴニオメーターを使用した。
3.3.1
着衣は T シャツとハーフパンツである。
4.1 筋電図の導出
被験者は 21~22 歳の本学学生で、足部に疾患の
ない 13 名とした。測定は 2011 年 7 月上旬~中旬。
実験結果及び考察
まず、自然立位における甲傾斜をみた。甲傾斜、
測定機器はディケイエイチ(社)の筋電計 TRIAS の
右 23.83°、左 22.58°となり、
右が甲高の人が 50%、
EMG アンプ(SX230-1000 型)を用いた。測定部位は
左右差のない人は 42%となった。また、被験者間の
腓腹筋、ヒラメ筋、前脛骨筋、大腿直筋とした。
ばらつきはほとんどなく、実験用靴設計及び被験者
4.1.1 実験結果及び考察
の選定に甲傾斜のことは考慮する必要はないと判断
腓腹筋、ヒラメ筋、前脛骨筋及び大腿直筋に及ぼ
された。中足趾節関節可動角は、右 84.25°、左
す負荷を実験開始から終了までの筋放電値を積分し
86.33°となり、左の屈曲角が大きい被験者が 75%
た値で検討した (図 8~11)
。その結果、腓腹筋の積
となった。これは、甲傾斜角と関係しており左右差
分値は 10 ㎝ヒール 11.714V、補填ヒール 11.712V
を補うためであると思われる。さらに、10 ㎝ハイヒ
となり、身体的負荷の軽減効果が認められる。ヒラ
ール靴着用時を模した台に乗った場合の中足趾節関
メ筋は 10 ㎝ヒールの活動電位が 12.75V、補填ヒー
節屈曲角と、中足趾節関節最大可動角の差をみると、
ル 12.78V となった。補填ヒールよりも 10 ㎝ヒール
平均 36.17°となった。従って、10 ㎝ハイヒール靴
の筋活動が減尐したので、身体的負荷の軽減効果は
着用時の中足趾節関節は自然な角度で維持されてお
認められない。前頸骨筋は、10 ㎝ヒールの活動電位
り、中足指節関節最大可動角範囲内に含まれている
は 8.57V、補填ヒールは 8.54V となった。10 ㎝ヒ
ことが明らかになった。また、ヒール靴着用時を模
ールよりも補填ヒールの筋活動がわずかに減尐した
した台に接地している状況では、足弓角が大きくな
ので、身体的負荷軽減効果があったと考える。よっ
り、中足指節関節角が小さくなるため、中足指節関
て、ヒラメ筋の活動量は増加したが、前頸骨筋と相
節の屈曲角を変化させる要因は足弓と甲傾斜である
互に作用し合っているので、ヒラメ筋の活動が活発
といえる。
になり、前頸骨筋の活動量が減尐し、筋負荷が分散
3
したと考えられる。大腿直筋は、10 ㎝ヒールの活動
高さ(㎝)
2.5
2
電位は 13.26V、補填ヒール 13.25V となった。10
1.5
右爪先
左爪先
1
0.5
0
身体的負荷軽減効果が認められる。以上の筋の積分
第一
-0.5
脛側中足点
第二
値を合計した結果より、素足 46.276V、5 ㎝ヒール
第五
中足骨頭基底部
測定部位
腓側中足点
図 7 中足指節関節接触高さ
4.
㎝ヒールよりも補填ヒールの筋活動が減尐したので、
身体的負荷の測定実験
46.239V、10 ㎝ヒール 46.284V、補填ヒール 46.277V
となった。最も筋負荷が小さいのは 5 ㎝ヒールであ
るが、補填と素足の活動電位は近似で、補填のない
上記実験により、インソール補填量が算出できた
10 ㎝ヒールは最も活動電位が大きくなった。補填に
ので、補填材を作った。この補填材がハイヒール靴
より筋負荷がわずかではあるが、軽減することが確
の身体的負荷軽減に寄与するのかどうかを検討する
かめられた。また、10 ㎝ヒールと補填ヒールの間に
ため、筋電図を導出するとともに歩行のパターンと
は、前脛骨と筋腓腹筋において因子間に差が認めら
心理的影響を測定した。被験靴は接地面から 5 ㎝の
れた。限られた筋ではあるが、補填によって身体的
ヒール高と 10 ㎝のヒール高の靴を用い、サイズは S、
負荷を軽減することができるといえる。
M、L の 3 サイズ用意した。なお、補填は 10 ㎝のヒ
4.2 歩行パターン計測
ール高の靴に施し、補填材料には、乾いても適度な
被験者は 21~22 歳の本学学生で、足部に疾患の
クッション性を維持できる中空繊維から作られた紙
ない 12 名とした。測定期間は 2011 年 7 月中旬~7
粘土を用いた。よって、実験に用いる靴は、5 ㎝の
月下旬。測定にはストップウォッチ、メトロノーム
ヒール高の靴、10 ㎝のヒール高の靴、10 ㎝のヒー
を用い、50m の距離を歩く際の歩幅、所要時間、歩
ル高の靴に補填を施した靴であり、以下、5 ㎝ヒー
数を測定した。
4.2.1
実験結果及び考察
**
被験者が 50m の距離を歩く際の所要時間、歩幅、
*
歩数の結果を図 12~14 を示した。10 ㎝ヒール靴着
*
*
*
用時の所要時間は速度制御が 47.53 秒、自由速度が
43.50 秒、平均歩幅は速度制御が 62.48 ㎝、自由速
*
度が 61.47 ㎝、歩数は速度制御が 80.24 歩、自由速
度が 81.70 歩となった。一方、補填ヒールの歩行時
図 12 所要時間
図 13 歩幅
間は速度制御が 45.91 秒、自由速度が 40.63 秒、平
均歩幅は速度制御が 64.90 ㎝、
自由速度が 64.32 ㎝、
歩数は速度制御が 77.25 歩、自由速度が 77.93 歩と
なった。速度制御、自由速度ともに、補填ヒールに
よる歩行は所要時間が減尐し、歩幅が増加し、歩数
図 14 歩数
が減尐した。よって、補填ヒールでの歩行は円滑に
なり、補填が身体的負荷の軽減に貢献するといえる。
特に、被験者が日常の状態を再現した自由速度にお
重心爪先
いて歩行パターンの改善が認められ優れ、補填が実
傾き前
用的な場面で効果を発揮すると考えられる。
疲れやすい
4.3 心理的評価
歩きにくい
不快
痛い
被験者は 21~22 歳の本学学生で、足部に疾患の
体が不安定
足元が不安定
ない 15 名とした。測定は筋電図導出後に自己申告
による心理的評価を行った。評価項目は、安定感、
快適性など 8 項目で、五段階尺度で実施した。
4.3.1
図 15 歩行時の主観評価
5.
実験結果及び考察
被験者の申告からプロフィールを描出した(図 15)。
結言
ハイヒール靴着用時の身体負荷を軽減することを
その結果、素足と 10 ㎝ヒールの評価は拮抗関係に
目的として、ハイヒール靴着用・販売実態を調査す
あり、補填ヒールは素足の評価に近接している。順
るとともに、若い女性の素足とハイヒール靴着用状
に評価が低くなった。従って、補填は心理的負荷の
態の測定を実施し、足部形状とハイヒール靴の不適
軽減に貢献するといえる。また、シャンクカーブ形
合箇所は、爪先と踵の状態であるということを明ら
状の補填は、足裏全体に荷重を分散させ、歩行時の
かにした。また、踵の傾斜を変化させることのでき
推進力を生み出しやすいことから、着用者の快適度
る装置を使い、快適な踵形状は傾斜角 29.60°、踵
が向上するといえる。
の接地距離 6.19 ㎝、足弓角は 17.41°であることを
11.80
12.85
*
積分値(V)
積分値(V)
11.75
11.70
11.65
11.60
12.80
確認した。そして、素足、5 ㎝、10 ㎝、補填ヒール
12.75
靴の着用実験を行い、筋放電量、歩行、被験者自身
12.70
の申告から補填ハイヒール靴は、補填のないのもの
12.65
より 14.6%身体負荷を低減することができることを
12.60
素足 5cm 10cm 補填
足部状態
素足 5cm 10cm 補填
足部状態
図 8 腓腹筋積分値
図 9 ヒラメ筋積分値
*
8.65
13.35
引用・参考文献
13.30
1) 倉 秀治:女性のハイヒールによる足の障害について-足部症
積分値(V)
積分値(V)
8.60
8.55
8.50
8.45
8.40
状の発現機序について 靴医学 3、pp.149-154、1989
13.25
2)
13.20
素足 5cm 10cm 補填
足部状態
図 10 前脛骨筋積分値
石毛フミ子:ハイヒールの体力医学的研究Ⅰ ステップテス
トに現れたヒール高の影響、体力医学、pp.49-55、1961
13.15
8.35
明らかにした。
素足
5cm 10cm 補填
足部状態
図 11 大腿直筋積分値
3) 吉田幸子、吉井明:靴着用における動作変化及び筋電図の検
討、姿勢研究、9、 pp.103-109、1986