ストラヴィンスキー/バレエ組曲《火の鳥》 (1919 年版) バレエ《火の鳥》のタイトル・ロールは不思議な魔⼒をもった不死鳥だ。その他のイワ ン王⼦や魔王カッチェイらと同じく、ロシア⺠話集ではおなじみのキャラクターで、アレ クサンドル・アファナシエフが収集した『ロシア⺠話集』では複数の物語に登場する。舞 台では⻩⾦⾊と緋⾊が交じった輝く衣装がどれほど観客のファンタジーをかきたてたこと だろう。ストラヴィンスキーの音楽も火の鳥のきらびやかな雰囲気を木管とハープとヴァ イオリンの細かいモチーフで、魔王の登場を低弦と⾦管のうなる音で示し、視覚的な情景 を喚起する楽想を綴っていく。口うるさいパリの観客もロシア⾊が濃厚なゴローヴィンの 舞台装置と火の鳥を演じたカルサーヴィナの美貌や華麗な踊りを楽しみながら、異国的な 音楽を書いた若い作曲家の才能にすっかり魅せられたのである。組曲版がまもなくヨーロ ッパのオーケストラでレパートリーとして定着したことも、その⼈気を裏付けている。 こうして《火の鳥》は 60 年におよぶ彼の国際的なキャリアのスタートを温かい成功で飾 った。しかし、 《ペトルーシュカ》や《春の祭典》の独創性に比べると、この作品はリムス キー=コルサコフゆずりの華やかなオーケストレーションに留まっている。例えば、 〈王⼥ たちのロンド〉に付けられたホロヴォードという副題はロシアの古い⺠俗舞踊のジャンル を指している。ここでは2つのロシア⺠謡が用いられているが、編曲はボロディンのスタ イルとそう変わらない。また〈⼦守歌〉はウクライナ地⽅の⺠謡によく似ているといわれ るが、これもたっぷりと郷愁をかきたてる優れた編曲で、独創的というより伝統的だ。 こうして弱冠 28 歳の新進作曲家は祖国ロシアの⺠話と伝統的なオーケストレーションを 結びつけた初めての⼤作で、世界への切符を⼿に⼊れた。そしてようやく、ここから個性 が芽吹き、成⻑を始めるのである。なお、今回演奏される 1919 年版はオーケストラを2管 編成に縮⼩し、⻑さを半分ほどにまとめた組曲である。 〈序奏〉 〈火の鳥の踊り〉 〈王⼥たち のロンド(ホロヴォード) 〉 〈カッチェイ王の魔の踊り〉 〈⼦守唄〉 〈終曲〉からなる。 解説 音楽学者 白石美雪
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