インド農民の厚生に関する研究 非農業雇用と子供に対する教育投資 2011.12.14 2011年度AGS研究プロジェクト報告会 @山上会館 和田一哉 (東京大学大学院人文社会系研究科) 1 研究の背景(1) • インドにおける男女格差 – 乳幼児死亡率の男女格差をはじめ、社会の様々 な面において男女格差が存在 – 「男女の平等」は世界的な課題 • Millennium Development Goalsなど • インドにおける教育 – 80年代以降、急激に教育環境は改善 • 識字率にみられる大幅な改善 • 教育の男女格差も縮小傾向 2 センサスにみる教育水準の変化 • 識字率の変化(インド全土) 識字率(%) 年 1981 合計 女性 男性 女性/男性 36.1 24.8 46.7 0.53 1991 42.3 31.8 52.1 0.61 2001 55.2 45.7 64 0.71 2011 64.3 57 71.2 0.80 出所)Census of India 1981, 1991, 2001, 2011 注)識字率は、全年齢層の人口に対する率。 3 研究の背景(2) • 経済環境の変化とその影響 – 90年代以降、経済状況に大きな変化 • 91年の経済改革 • 雇用環境にも大きな変化 – 働き口の多様化 – それに伴う教育の投資収益率の改善 Oster and Millett(2010) • 90年代以降、欧米向けのコールセンター急増に伴い、 女児の英語教育が促進されたことを示す Munshi and Rosenzweig(2006) • 働き口の多様化に伴い、特に女児への英語教育投資 が促進されたことを示す 4 90年代以降のコールセンターの急増 5 出所)Oster and Millett(2010) 90年代以降の教育の投資収益率の上昇 出所)Munshi and Rosenzweig(2006) 6 研究の背景(3) • 雇用変化の影響 – Kurosaki and Khan (2006) • 農業部門より非農業部門での教育の収益率が高い – 和田(2007) • 「女性労働の農業以外への多様化により、乳幼児死亡 率にみられる男女格差が緩和される傾向にある」 • 本報告で検討すること – 「1991~2001年間に県レベルで観察される経済環 境の変化は、男児と女児の教育にどのような影響 を与えたか?」 • 特に、「非農業雇用割合の変化」の影響に注目 – Cultivator、agricultural laborer、livestock etc.以外に従事する 人々の割合として定義 7 本報告で用いるデータ • セミマクロデータ – Census of India 1991, 2001 • 県レベルの指標を用いる – 識字率、労働参加率関連の指標など • 特に1991~2001年間の変化に注目 • ミクロデータ – India Human Development Survey(IHDS) • メリーランド大学とNCAERによる家計調査データ • 2005/06年に382県を調査 • 対象家計数41,554 • 経済データから子供の教育、女性の地位に関する データまで幅広く扱う 8 センサス県レベルデータにみる概況 9 IHDSにみる概況 • 子供の教育の状況 家庭での一週間の学習時間(時間) 中等教育レベルへの進学者割合(%) 中等教育レベルの修了者割合(%) 高等教育レベルへの進学者割合(%) 女児 男児 6.6 66.3 34.6 27.9 6.8 73.8 39.4 32.9 出所)IHDS 注)対象年齢層は上から順に、6~15歳、11~20歳、16~20 歳、16~20歳。 男児の方がより多くの教育を受ける機会を与えら れている 10 現地調査から • 2011年2月にタミル・ナードゥ州の農村を調査 – TN州ティルチラッパリ県周辺の農村 – 30家計、60人の子供 – 農村市場と子供の就学に焦点 – 『子供にはどこまで進学させたいと考えているか?』 • ほとんどが「MS (engineering)まで」 – 男女問わず – 1件のみ「Secondaryまで」 – 農村における労働市場について • 「農繁期は人手が足りない」と答える家計多数 • が、子供の就学への影響は見た目には小さかった 11 現地調査から • ある人の話 – 「自分の父親は農業をやっていた。子供は自分を含 め男ばかり4人いたが、みんな大学院まで進学して、 誰も農業をやってはいない。TNでは、農業にはもう 誰も興味を持っていない。」 2011年2月、TN州ティルチラッパリ県にて。 彼自身は小さな商店を営んでいる。 12 分析手法(1) • IHDSとセンサス – IHDSの家計データに、センサスの県レベルデータ を組み合わせる – 県レベルデータは1991年と2001年のものを利用 • 2時点間の差をとる(県は2001年に合わせて調整) • 特にメインワーカーの非農業雇用割合の変化に注目 – 「Cultivator, agricultural laborer, livestock etc.以外」を非農業 雇用と定義 – 非農業雇用割合の上昇により、期待される教育投資収益率 が向上すると想定 • 教育のトレンドを除去するため、識字率の変化も考慮 • 労働参加率の変化も考慮 13 分析手法(2) • 実証モデル educationijk = X ijkα + Y jk β + Z k γ + ε ijk i:子供、j:子供iが属する家計、k:家計jが所在する県 education:教育の指標(4種類) X:個人属性(子供の年齢) Y:家計属性(両親の年齢・教育年数・職業、家計の資産状況、 家計のカースト、家計が属するコミュニティの教育環境) Z:県の属性(男女別識字率の変化、男女別非農業雇用割合 の変化、男女別労働参加率の変化) ※州ダミーも利用 α、β、γ:係数 ε:誤差項 14 分析手法(3) • 分析に用いる個々の子供の教育指標 – 家庭での1週間の勉強時間(時間、6~15歳) – 中等教育進学(2値変数、11~20歳対象) – 中等教育修了( 2値変数、 16~20歳対象) – 高等教育進学( 2値変数、 16~20歳対象) • 初等教育:5年(6~10歳) • 中等教育:5年(11~15歳) • 高等教育:2年~(16歳以上) 15 分析結果(1) • 家庭での1週間の勉強時間(6~15歳) 女児 説明変数 母親の教育年数 父親の教育年数 家計の経済状況(資産) メインワーカーの非農業雇用割合 の変化(女性) メインワーカーの非農業雇用割合 の変化(男性) OBS 男児 Z値 係数 0.0144 (16.21)*** 0.0241 (28.5)*** 0.0326 (43.06)*** Z値 係数 0.0117 (13.89)*** 0.0240 (30.17)*** 0.0241 (33.16)*** 0.5323 (12.17)*** 0.4023 (9.75)*** -0.1037 (-1.83)* -0.0316 (-0.59) 20347 22408 注1)その他の変数の分析結果は省略 注2)*、**、***はそれぞれ有意水準10%、5%、1%を示す。 16 分析結果(2) • 中等教育進学(11~20歳対象) 女児 説明変数 母親の教育年数 父親の教育年数 家計の経済状況(資産) メインワーカーの非農業雇用割合 の変化(女性) メインワーカーの非農業雇用割合 の変化(男性) OBS 男児 Z値 係数 0.0549 (11.84)*** 0.0579 (16.41)*** 0.0690 (20.06)*** Z値 係数 0.0281 (6.65)*** 0.0580 (18.04)*** 0.0587 (18.88)*** 0.3329 (1.8)* 0.4399 (2.66)*** -0.3150 (-1.28) -0.0965 (-0.45) 16874 20174 注1)その他の変数の分析結果は省略 注2)*、**、***はそれぞれ有意水準10%、5%、1%を示す。 17 分析結果(3) • 中等教育修了(16~20歳対象) 女児 説明変数 母親の教育年数 父親の教育年数 家計の経済状況(資産) メインワーカーの非農業雇用割合 の変化(女性) メインワーカーの非農業雇用割合 の変化(男性) OBS 男児 Z値 係数 0.0553 (8.96)*** 0.0320 (5.4)*** 0.0686 (12.53)*** Z値 係数 0.0463 (8.55)*** 0.0424 (9.09)*** 0.0596 (13.39)*** 0.0841 (0.27) 0.5219 (1.97)** -0.3146 (-0.77) -0.3628 (-1.05) 5163 7326 注1)その他の変数の分析結果は省略 注2)*、**、***はそれぞれ有意水準10%、5%、1%を示す。 18 分析結果(4) • 高等教育進学(16~20歳対象) 説明変数 母親の教育年数 父親の教育年数 家計の経済状況(資産) メインワーカーの非農業雇用割合 の変化(女性) メインワーカーの非農業雇用割合 の変化(男性) OBS 女児 男児 Z値 係数 0.0488 (4.93)*** 0.0375 (4.01)*** 0.0597 (6.68)*** Z値 係数 0.0351 (4.12)*** 0.0247 (3.19)*** 0.0359 (4.97)*** -0.2245 (-0.45) -0.2224 (-0.5) 0.3288 (0.49) -0.0341 (-0.06) 2963 3736 注1)その他の変数の分析結果は省略 注2)*、**、***はそれぞれ有意水準10%、5%、1%を示す。 19 まとめ • 女性メインワーカーの非農業雇用割合の変化 は家計の教育投資行動に大きく影響を与える – 期待される教育投資収益率が向上 – 特に男児に対して大きい • 教育水準が上がると、その影響は男児へと向かう – 男女格差はなお形を変えて残っている • 高等教育レベルでは、非農業雇用割合の変 化は影響を示さない – 高等教育に要する高コスト、不十分な教育投資収 益率などが原因と思われる 20 課題 • 1991~2001年間の経済環境の変化要因は? – 1991年以降の経済改革の影響なのか? • 1981年からのデータを用いて分析作業中 • 1991~2001年間の女性の地位の変化の影響? – インドにおける女性の地位は徐々に改善 – そのトレンドの影響を取り除くことが望ましい • その他 – 雇用先の「多様性」指標の検討、その影響の分析な ど 21 参考文献 • Desai, S., A. Dubey, B.L. Joshi, M. Sen, A.Shariff. and R.Vanneman 2009. “India Human Development Survey: Design and Data Quality.” India Human Development Survey Technical Paper No.1. • Filer, D. and L. H. Pritchett 2001. "Estimating Wealth Effects without Expenditure Data-or Tears: An Application to Educational Enrollments in States of India." Demography 38(1): 1115-132. • Kurosaki, T. and H. Khan 2006. “Human Capital, Productivity, and Stratification in Rural Pakistan.” Review of Development Economics 10(1): 116–134. • Oster, E. and M. B. Millett 2010. “Do Call Centers Promote School Enrollment? Evidence from India.” NBER Working Paper No. 15922. • Rosenzweig, M. R. and T. P. Schultz 1982. “Market Opportunities, Genetic Endowments, and Intrafamily Resource Distribution: Child Survival in Rural India.” American Economic Review 72(4) : 803-815. • 和田一哉 2007.「乳幼児死亡率でみたジェンダーバイアスと女性の教育 、労働参加──インド・人口センサスデータの実証分析」、『アジア経済』第 48巻8号、24-44. 22
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