解 題 - 日本証券アナリスト協会

特集2 イスラム金融
解
題
証券アナリストジャーナル編集委員会
第三小委員会委員
首
藤
惠
イスラム経済圏の成長は、グローバルな資金の
とも明らかになってきた。イスラム金融について
流れに占めるイスラム金融の浸透を促し、宗教的
既に多数の出版物やセミナーがあり、知識は広ま
理念を配慮した金融サービス・手段の開発と取引
りつつあるものの、実務面での問題は複雑であり
の場の提供をめぐる競争を引き起こしている。多
把握するのは容易ではない。
様な価値理念を持つ社会にまたがる企業活動と資
イスラム金融の基本的な特徴は、イスラムの教
金の流れの拡大は、企業活動の社会的価値と経済
理(シャリア)にのっとり、それに反する要素を
的価値を金融市場を通じていかに調和させるかと
排除する仕組みを組み込んでいなくてはならない
いう問題を投げ掛けている。そうした大きな変化
点にある。事業活動がもたらす果実とコスト(リ
の一つである。
スクや辛苦)を資金の出し手と受け手が共に分け
イスラム金融は、多くのイスラム諸国の国内市
合わなければならないこと、教理に反する経済活
場で程度の差はあれ、早くから取り入れられてき
動に資金を使うことは許されないことが、基本的
た。国際金融取引を巻き込んだ制度構築が始まっ
な仕組みの二つの柱である。よく知られているよ
たのは1990年代に入ってからである。マレーシ
うに金利は許されないが、株主がリスクを負担す
アでは、97年アジア金融危機後の金融制度構築の
る普通株式は基本的に教理に反しない。また、資
一つの柱として、イスラム経済圏の発展を見据え
金の使途について、投機的活動、豚肉、タバコ、
て国際金融センターとしての競争力の確保を目的
酒など教理に反する活動に対しネガティブ・スク
に、イスラム金融に力を入れてきた。2000年代
リーニングが課される。高度な金融技術革新を
のオイルマネーの成長を背景に、ドバイは中東に
日々取り入れ競争が進められている国際金融市場
おける金融センターとしての地位を高めてきた。
の中で、イスラムの教理を守りつつ、非イスラム
欧米先進国の関心も高く、英国では既に90年代か
金融スキームが装備している効率性、柔軟性、多
らイスラム金融市場の構築に乗り出している。
様性といかに肩を並べていくか、イスラム金融関
わが国でも、この1、2年、イスラム金融への
関心が急速に広がり、金融機関や企業の間で海外
係者はしのぎを削っている。
この特集の目的は、資本市場に焦点を当てて、
市場を通じて資金調達と資産運用を進める事例も
イスラム金融の特徴、市場の概要と現状、わが国
増えてきた。国内市場にイスラム金融を取り込ん
でのイスラム金融の導入における法制面の課題に
で国際金融市場としての競争力を高めようとする
ついて論じ、市場関係者の理解を深める一助とな
動きもあるが、制度面での制約や不備が大きいこ
ることにある。この特集は、三つの論文から成っ
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ている。
吉田悦章論文
「イスラム資本市場の概要と要点」
スラム不動産ファンドなどにも触れられている。
興味深いのは、最近の急成長に対して、著名なイ
は、イスラム金融の基本的スキームを分かりやす
スラム法学者がイスラム債のシャリア適格性の判
く紹介し、イスラム資本市場の概要と現状を解説
断の甘さに警鐘を鳴らし、それが市場に無視でき
している。金利を取らずにいかにして銀行業務や
ない影響を与えたという指摘である。投資家にと
債券取引が成り立つか、投資ファンドやヘッジフ
って、イスラム金融の基本的理念と資産特性を常
ァンド、リース、証券化取引、デリバティブなど、
に念頭に置いてリスク管理をする必要がある。
高度な金融技術を要する取引がどのようにイスラ
月岡崇論文「日本法の下でのイスラム金融」は、
ム金融に取り込まれているのかが、平易に説明さ
イスラム金融に積極的に関与しようというわが国
れている。証券市場に関しては、債券のプライシ
金融機関や投資家にとって、特に有用であろう。
ングと流動性、イスラム株価指数の作成プロセス
イスラム金融で用いられる具体的な取引(事業へ
とパフォーマンスについて触れられている。
の一般的な投資・運用、プライベートエクイティ・
株式は基本的にシャリア不適格ではないが、株
ファンド、
売買仲介、
住宅ローン、
リースなど)が、
価指数の銘柄選択に関しては、事業内容のみなら
日本法の下ではどのように構成され得るのか、あ
ず財務構造面での規準(負債比率など)を満たし
るいは、構成する上でどのような問題があるのか
ていなくてはならず投資ユニバースがかなり狭ま
を詳細に検討し、実際の取り組みと今後の課題に
る、教理の解釈によりスクリーニング規準が異な
ついて論じている。
るために統一性に欠けるという問題点が指摘され
民法、商法、金融商品取引法を駆使して対応す
ている。海外の主要なイスラム金融市場として、
る必要があることがスキームごとに詳細に説明さ
マレーシア、ドバイ、ロンドンを取り上げてそれ
れており、一定の方法をとった場合に必要な手だ
ぞれ成長の背景と現状を要約し、海外市場におけ
てについても押さえられている。
る日系金融機関の取り組み状況も紹介されてお
り、現状の把握に有用である。
わが国では、銀行・保険会社のイスラム金融へ
の参入への動きが報じられているが、この論文で
岩田佳也論文「投資家の視点からみたイスラム
指摘された業法上の問題や実務的な問題を正しく
金融」は、投資対象としてイスラム金融商品と市
認識し対処する必要がある。それでもなお解釈や
場のポテンシャルに注目し、投資家が注意すべき
立法で解決すべき問題は山積し、税務・会計上の
リスクマネジメント上の課題を指摘している。オ
取り扱いなど明確にしなければならない点は多々
イルマネーを背景にイスラム金融商品は急速に拡
あり、今後、イスラム金融取引を日本法がカバー
大し、非イスラム圏の投資家にとってもイスラム
するまでにかなりの道のりがありそうだ。
経済圏の成長の果実を手に入れる魅力的な対象と
この特集で取り上げた三つの論文は、それぞれ
なっている。従来の金融商品とほぼ同一の特性を
異なる視点からイスラム資本市場の現状と今後の
備えた商品が提供されており、基本的には新しい
展開について論じており、イスラム資本市場の総
アセットクラスと見なし得ないと言う。実際の市
合的な理解を深めることができる。イスラム金融
場について、イスラム債の発行条件や流動性、ア
スキームや概念の解説について重複する部分もあ
ジアにおける取引所株価指数の一覧に加えて、イ
るが、主張を理解する上ではむしろ有効である。
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