オキサリプラチンによる 末梢神経障害のマネジメント

● 副作用の症状と対処●
オキサリプラチンによる
末梢神経障害のマネジメント
[監修]
高野 利実 先生(虎の門病院 臨床腫瘍科部長)
オキサリプラチンは、大腸がんの標準的な治療薬の1つとして広く使用されているが、頻度の高い
有害事象に末梢神経障害があり、末梢神経障害をいかにコントロールするかが、オキサリプラチン
を用いた治療の成功の鍵を握っているとも言われる。ここでは、その末梢神経障害に的を絞って、
オキサリプラチンの休薬や中止などの対処法、症状緩和のための日常生活指導および薬物療法
など、オキサリプラチンによる末梢神経障害のマネジメントについて紹介する。
日本標準商品分類番号
874291
抗悪性腫瘍剤
毒薬・処方箋医薬品※
薬価基準収載
標準品:エルプラット
オキサリプラチン注射液
【警告】
本剤を含むがん化学療法は、緊急時に十分対応できる医療施設において、がん化学療法に十分な知
識・経験を持つ医師のもとで、本療法が適切と判断される症例についてのみ実施すること。適応患者
の選択にあたっては、各併用薬剤の添付文書を参照して十分注意すること。また、治療開始に先立
ち、患者又はその家族に有効性及び危険性を十分説明し、同意を得てから投与すること。
本剤投与後数分以内の発疹、瘙痒、気管支痙攣、呼吸困難、血圧低下等を伴うショック、アナフィラ
キシーが報告されているので、患者の状態を十分に観察し、過敏症状(気管支痙攣、呼吸困難、血圧
低下等)が認められた場合には、本剤の投与を直ちに中止し適切な処置を行うこと。また、回復後は
本剤を再投与しないこと(「重要な基本的注意」の項参照)。
本剤はレボホリナート及びフルオロウラシルの静脈内持続投与法等との併用の場合に有用性が認めら
れており、用法・用量を遵守すること。また、本併用療法において致死的な転帰に至る重篤な副作用
があらわれることがあるので、患者の状態を十分観察し、異常が認められた場合には、速やかに適切
な処置を行うこと。なお、本剤の使用にあたっては、添付文書を熟読のこと。
【禁忌】
(次の患者には投与しないこと)
機能障害を伴う重度の感覚異常又は知覚不全のある患者〔末梢神経症状が増悪するおそれがある。〕
本剤の成分又は他の白金を含む薬剤に対し過敏症の既往歴のある患者
妊婦又は妊娠している可能性のある婦人(「妊婦、産婦、授乳婦等への投与」の項参照)
効能・効果、用法・用量、その他の使用上の注意等は Drug Informationをご参照ください。
※注意−医師等の処方箋により使用すること
1
オキサリプラチンによる末梢神経障害の特徴
大腸がん治療において、
オキサリプラチンをベースと
は用量規制毒性(DLT:dose limiting toxicity)であ
した、FOLFOX(レボホリナート+フルオロウラシル+オ
り、主な毒性中止の原因である。
キサリプラチン)、CapeOX(カペシタビン+オキサリプ
オキサリプラチンによる末梢神経障害は、毎回の投与
ラチン)などが標準治療として広く使用されている。
直後から数日以内にみられる急性末梢神経障害と、治
これらの治療法の導入により、大腸がんの治療成績
療継続中に発現する慢性末梢神経障害に分けられる
は著しく向上した。しかし、大腸がんに対して良好な効果
(図1)
。詳細な発症機序は解明されていないが、
オキサ
が維持されていても、有害事象の発現などにより治療
リプラチンによる神経細胞の傷害や、
オキサリプラチン
継続が困難となり、休薬や投与中止を余儀なくされるこ
から脱離したOxalate基の影響によるものと考えられ
とがある。
ている。
オキサリプラチンで高頻度にみられる末梢神経障害
図1. オキサリプラチンによる末梢神経障害の特徴
急性症状が発現しやすい時期
慢性症状が発現しやすい時期
オキサリプラチン投与
オキサリプラチン
投与開始
オキサリプラチンによる治療継続
急性末梢神経障害
減量、休薬を検討
慢性末梢神経障害
発現時期
導入時および毎回投与直後∼投与1、2日以内に発現
しやすい
オキサリプラチンの累積投与量が800mg/m 2を超
えると発現しやすい
誘 因
寒冷刺激
オキサリプラチンの累積投与量
症 状
回 復
❶
オキサリプラチン
累積投与量800mg/m2
寒冷刺激によって悪化する手足や口唇周囲の知覚
異常
まれに、喉頭、咽頭の知覚異常を伴う呼吸困難や、
嚥下障害を伴う喉頭、咽頭の絞扼感
休薬により回復することが多い
感覚性の機能障害を伴う神経障害
(例:手足のしびれ、文字が書きにくい、ボタンをとめ
にくい、飲み込みにくい、歩きにくい)
症状が高度になると感覚性の運動失調
休薬により徐々に回復するが、休薬時期が遅れると回
復までにかなり期間を要することがある
2
末梢神経障害の評価
オキサリプラチンによる末梢神経障害は、毎回の投与
認し、
リスクが高い場合には他の薬剤による治療も検
時に発現しやすい急性症状では休薬などにより回復す
討する。
ることが多い。しかし、長期治療継続時に発現しやすい
末梢神経障害の症状があっても、我慢や遠慮をして、
慢性症状は、一度発現すると持続することが多いため、
症状をあまり訴えない患者さんもいるため、医療ス
予防に努めることや、早期発見して悪化させないことが
タッフの側からも、定期的に症状について確認する。
重要である。
■ 投与後 ∼次回投与時における注意点
■ 投与開始前における注意点
治療期間中、末梢神経障害の発現に注意するだけで
オキサリプラチンによる末梢神経障害の初期症状は、
なく、
オキサリプラチンの総投与量のモニターや患者
患者さん自身でないと分からないことも多い。その
さんに応じた適切な1回投与量の検討を行い、合併
ため、治療開始にあたっては、患者さんに末梢神経障
症やQOLに関しても定期的に観察や評価を行う。
害により生じる症状を十分に説明し、疑われる症状が
末梢神経障害が発現した場合には、自他覚症状を基
あらわれた場合には、医師や薬剤師、看護師に報告す
準に重症度を評価する。末梢神経障害の評価には、
るよう伝えておく。
米国National Cancer Institute(NCI)の作成した
もともと感覚障害または知覚不全がある患者さん、
有害事象共通用語規準(CTCAE)v4.0(表1)が用
糖尿病を合併している患者さん、高齢の患者さんな
いられることが多い。末 梢 性 感覚ニューロパチーに
どは、末梢神経症状が悪化したり、
より強く出たりする
ついては、手や足のしびれが続き、身の回りの日常生
ため、末梢神経障害の発現リスクを治療開始前に確
活動作に制限があればGrade 3とされている。
表1. 末梢神経障害の評価
有害事象
1
2
末梢性運動
ニューロパチー
症状がない;
臨床所見または検査
所見のみ;治療を要
さない
末梢性感覚
ニューロパチー
症状がない;
深部腱反射の低下
または知覚異常
Grade
3
4
中等度の症状がある;
身の回り以外の日常生
活動作の制限
高度の症状がある;
身の回りの日常生活
動作の制限;補助具
を要する
生命を脅かす;
緊急処置を要する
中等度の症状がある;
身の回り以外の日常生
活動作の制限
高度の症状がある;
身の回りの日常生活
動作の制限
生命を脅かす;
緊急処置を要する
5
注釈
死亡
末梢運動神経の
炎症または変性
死亡
末梢知覚神経の
炎症または変性
末梢性運動ニューロパチー:手や足に力が入らず(脱力)、物をうまくつかめなくなる、転びやすくなる など
末梢性感覚ニューロパチー:手や足がピリピリとしびれる、
ジンジンと痛む、感覚がなくなる など
(有害事象共通用語規準v4.0日本語訳JCOG版より)
日常生活制限Grade 2∼3に該当する具体的な症状
・服のボタンがとめにくい
・ものをよく落とす
・歩行や駆け足がうまくできない
・つまずくことが多い
・階段が上れない
・文字がうまく書けない
・水がとても冷たく感じる
・飲み込みにくい
・食べ物の味が変わった
❷
3
末梢神経障害マネジメントの実際
3-1
オキサリプラチンの投与
■ 急性末梢神経障害への対策
オキサリプラチンの減量基準については、個々の症
オキサリプラチンの点滴静注の時間を長くすること
例に応じた検討が必要であり、本剤の添付文書では、末
により、発現を防いだり、軽減できることがあるため、点
梢神経障害発現時に限らないが減量の一例として、減
滴静注時間を通常の2時間より長くすること
(4∼6時
量基準が記載されている
(表2)。
間)も検討する。患者さん自身が寒冷刺激を避けるなど
オキサリプラチンの休薬に関しては、Stop and Go
の対策を行うことも重要である。
の治療ストラテジーが有用である。例えば、FOLFOXを
6サイクル施行後にオキサリプラチンを一度休薬して
■ 慢性末梢神経障害への対策
(=stop)、sLV5FU2で12サイクル維持療法を行い、
慢性末梢神経障害の発現は、オキサリプラチンの投
再びオキサリプラチンをFOLFOXで開始する
(=go)方
与回数や累積投与量に関連しており、FOLFOXにおい
法により、オキサリプラチンを休薬しなかった場合と比
ては一般的に6∼8サイクル以降にGrade 3以上になる
較して治療成績は同等で、末梢神経障害の発現率が低
ことが多い。Grade 2の発現を見逃さず、重症化する前
下することが報告されている
(図3)1)。
にオキサリプラチンの減量や休薬を検討する
(図2)。
表2. オキサリプラチンの減量基準の例
図2. 末梢神経障害発現時の対処方法
Grade 2:中等度の症状
オキサリプラチン
減量または休薬
オキサリプラチン
休薬
Grade1に回復するのを
確認する
中止またはGrade 1に
回復するまで投与を延期
(※添付文書に記載されている一例)
FOLFOX法
Grade 3:高度の症状
Grade 4:生命を脅かす
次回投与量
有害事象
オキサリプラチン
フルオロウラシル
20%減量
前回の投与後、最悪時に
2
好中球数 500/mm3未満
2 注 2) (300mg/m の
65mg/m
急速静脈内投与
血小板数 50,000/mm3未満
又は
及び
消化器系の有害事象が
75mg/m2 注 3)
注1)
500mg/m2 の
Grade 3 以上
に減量
(予防的治療の施行にもかかわらず発現)
22 時間持続
静注)
のいずれかの有害事象が発現
CapeOX法
次回投与量
有害事象
オキサリプラチン
1回目発現時
100mg/m2に減量
2回目発現時
85mg/m2に減量
前回の投与後、最悪時に
Grade 3 注4)以上
の有害事象が発現
注1)
「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」の場合はNCI-CTC version 2.0(1998年)。
「結腸癌における術後補助化学療法」の場合はNCI-CTC version 1(1982年)。
注2)
「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」の場合。
注3)
「結腸癌における術後補助化学療法」の場合。
注4)CTCAE version 3.0(2003年)
図3. Stop and Goによる治療ストラテジー
重篤な末梢神経障害を未然に防ぐためにオキサリプラチンの投与を中断し、
その後、再投与する投与法により、治療成績は同等で末梢神経障害の発現率を抑える。
FOLFOX
6サイクル
オキサリプラチン
投与開始
オキサリプラチン
中断
sLV5FU2
12サイクル
FOLFOX
6サイクル
オキサリプラチン
再導入
FOLFOXレジメン6サイクル施行後に、sLV5FU2の維持療法12サイクル。
そして、オキサリプラチンを再導入する。
Grade 3∼4の末梢神経障害が7サイクル目以降で有意に減少。
sLV5FU2=レボホリナート+フルオロウラシル
❸
3-2
非薬物療法 ∼日常生活の指導∼
末梢神経障害の発現予防および発現後の悪化を回避
■ 血液循環をよくする
するため、
患者さん自身に日常生活を見直していただき、
血液循環を改善することで、末梢神経障害による疼
様々な対処法を具体的に指導することが重要である。
痛やしびれが改善することがある。
■ 寒冷刺激を避ける
■ 火傷や転倒、けがに気をつける
オキサリプラチンによる末梢神経障害は、寒さや冷た
末梢神経障害により温度感覚が低下し、熱いものに
さの刺激で様々な症状が引き起こされる。日常生活に
気づかず火傷をすることがある。また、末梢神経障害に
おいて、寒冷刺激となる場面を回避するための対処が
より運動神経や筋力が低下し、転倒やけがをしやすくな
必要とされる。
るため、
日頃から気をつける。
図4. 日常生活指導の具体例
寒冷刺激を避ける
対処例
・冷たいものに触れない
・冷たいものを食べない、飲まない
・洗面や手洗いは温水を使用する
・炊事や洗濯時は厚めの手袋を使用する
・皮膚が濡れた場合は、すぐに水分を拭き取る
・エアコンなどの冷気には直接あたらない
・寒い場所や部屋は避ける
血液循環をよくする
対処例
・入浴時などに患部のマッサージを行う
(ただし、抗がん剤により皮膚が弱くなっている
場合があるので、強いマッサージは避ける)
・手のひらや足の指の開閉や、患部の手足の屈曲
運動などを行う
・可能であれば、軽い運動や散歩を行う
・厚手の手袋や靴下で、手足を温める
(ただし、きつめのものは逆に血液循環を妨げる
ため、避ける)
火傷に気をつける
対処例
・調理をしていた鍋やフライパンをつかむ時には、
鍋つかみを使用する
・直接手を入れて、お風呂の温度を確認しない
・ストーブや湯たんぽなどは、長時間使用しない
転倒、けがに
気をつける
対処例
・階段や段差に気をつける
・小さなマットや滑りやすい敷物に注意をする
・脱げやすいスリッパやサンダル、転びやすいヒー
ルの高い靴は避ける
・つまずきやすいものを床に置かない
❹
末梢神経障害マネジメントの実際
3-3
薬物療法
オキサリプラチンの末梢神経障害に対して効果が見出
■ 症状に対する治療薬剤
された薬剤はほとんどないため、
基本的にはオキサリプラ
わが国において神経障害性疼痛に対し、保険適応が
チンの休薬と非薬物的な対処を行う。
あるのはプレガバリンのみである 。米国臨床腫瘍学会
(ASCO)の末梢神経障害に対するガイドライン 4)にお
■ 末梢神経障害予防のための薬剤
いては、中等度のエビデンスがある薬剤としてデュロキ
これまでに牛車腎気丸などの漢方薬、
ビタミン類
(B、
E
セチンがあげられているほか、三環系抗うつ薬(ノルトリ
など)、
カルシウム-マグネシウム製剤などが検討されて
プチリンなど)は患者さんによって試みることが可能と
きたが、確立された予防薬はない。牛車腎気丸について
されている。また、日本ペインクリニック学会のガイドラ
は第Ⅲ相試験の中間解析で効果が不十分と判断されて
インでは、
「わが国における神経障害性疼痛薬物療法ア
試験そのものが中断され 2)、カルシウム-マグネシウム
5)
ルゴリズム」
として下記の薬剤が表記されている
(表3)
製剤についても第Ⅲ相プラセボ対照試験により効果が
ものの、がん化学療法に対するエビデンスは十分では
否定されている 。
ない。いずれの薬剤も眠気などの副作用が少なからず
3)
生じるものであり、
個々の患者さんに対して得られるベネ
フィットとのバランスを十分に考慮した上で使用すること
が必要であろう。
表3.「わが国における神経障害性疼痛薬物療法アルゴリズム」に
表記されている薬剤 (※「帯状疱疹後神経痛」、
「有痛性糖尿病性ニューロパチー」、
「三叉神経痛」の選択薬は除く)
薬剤名
第一選択薬
(複数の病態に対して有効性が
確認されている薬物)
三環系抗うつ薬(TCA)
ノルトリプチリン、アミトリプチリン、
イミプラミン
Caチャネルα2δリガンド
プレガバリン、
ガバペンチン
ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液含有製剤(ノイロトロピン )
第二選択薬
(1つの病態に対して有効性が
確認されている薬物)
第三選択薬
セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬
デュロキセチン
抗不整脈薬
メキシレチン
麻薬性鎮痛薬
フェンタニル、モルヒネ、
オキシコドン、
トラマドール、
ブプレノルフィン
まとめ
オキサリプラチンによる末梢神経障害は高頻度で発現し、進行すると難治性となることが多いため、
早期に発見し対処を行うことが重要である。対処法としては、必要に応じて治療スケジュールを見直し
減量や休薬を行うことだけでなく、患者さん自身が日常生活において予防や悪化を防ぐための対策を
行う必要がある。適切な末梢神経障害のマネジメントを実施することにより、オキサリプラチンによる
治療継続が可能となり、結果的に患者さんの予後改善につながると考えられる。
<参考文献>
1)Tournigand C, et al : J Clin Oncol 24(3)
:394- 400, 2006
2)Oki E, et al:Int J Clin Oncol:28 Jan 2015
3)Loprinzi CL, et al : J Clin Oncol 32(10)
:997-1005, 2014
4)Hershman DL, et al : J Clin Oncol 32(18)
:1941-67, 2014
5)日本ペインクリニック学会 神経障害性疼痛薬物療法ガイドライン作成ワーキンググループ編 : 神経障害性疼痛薬物療法ガイドライン, 真興交易(株)医書出版部, 東京, 2011
❺
(※2015年3月時点)
2015年3月作成 KWA01 KS