静脈血栓塞栓症予防の ガイドライン

特集
静脈血栓塞栓症予防のエビデンス
静脈血栓塞栓症予防の
ガイドライン
中村真潮
NAKAMURA Mashio
三重大学大学院医学系研究科循環器内科学
Q 疾患や手術によってリスクレベルは異なるか?
*凝固線溶系は厳密に制御されているが,静脈血栓塞栓症(VTE)の危険因子によりこの制御機構が破綻
すると,血栓形成が過度に進行し,血栓性疾患が惹起される.
*Virchow が静脈血栓症の誘発因子として提唱した,①血流の停滞,②静脈壁の障害,③血液凝固能の
亢進,の3 徴が種々の程度に絡み合い血栓形成がなされる.
*凝固線溶系への影響は個々の疾患により異なり,手術でも部位や侵襲度によりVTE リスクは異なる.
*リスクの高い疾患や手術には,脳卒中や進行がんの手術,股関節全置換術,膝関節全置換術などがある.
Q 患者固有のリスク因子には何があるか?
*患者固有のリスク因子の強さもVirchow が提唱した3 徴の関与の程度により決まる.
*リスクの高いものには,先天性血栓性素因,VTE の既往,抗リン脂質抗体症候群,下肢麻痺などがあ
る.
Q どのような予防法が推奨されるか?
*VTE の予防は,血液凝固活性の調節と下肢への静脈うっ滞の防止により達成される.
*理学的予防法として早期歩行,弾性ストッキング,間歇的空気圧迫法があり,薬物的予防法として低用
量未分画ヘパリン,用量調節未分画ヘパリン,用量調節ワルファリンがある.
*海外の薬物的予防法には低分子量ヘパリンやXa 阻害薬が使用されており,日本でも最近,Xa 阻害薬の
使用が認可された.
疾患や手術によってリスクレベルは異なるか?
凝固線溶系注 1)は厳密に制御されているが,強い危
険因子によりこの制御機構が破綻すると,血栓形成
知識
が過度に進行し,血栓性疾患が惹起される.
1856 年,Virchow は,静脈血栓症の誘発因子と
して,①血流の停滞,②静脈壁の障害,③血液凝固
注1)血液を固まらせたり,固まった血液を溶かしたりすることを調節する
血液中のたんぱく成分.
●
34 (298)
EBNURSING Vol.7 No.3 2007
能の亢進,の3 徴を提唱したが,現在でもこの概念は
変わっておらず,これらの因子が種々の程度に絡み
手術においては,手術そのものが強い危険因子にな
合い,血栓形成がなされていく.個々の疾患により
るばかりでなく,手術に伴って原疾患,手術時間,
凝固線溶系への影響は異なっており,また手術では
麻酔方法などの種々の危険因子が患者に加わる.こ
部位や侵襲度により静脈血栓塞栓症(VTE)リスク
のため手術に関するリスクは,これらの付加的な危
は異なる.
険因子を総合して評価する必要がある.なかでも,
関節置換術などの下肢整形外科的手術では,静脈損
各領域におけるリスク分類
傷,静脈圧迫,術後の下肢固定などが加わり,VTE
1)
笊に各種の領域におけるリスク分類を示す .外科
のリスクが非常に高まる.
リスク
レベル
一般外科
泌尿器科
婦人科
低リスク
60歳未満の非大
手術
40歳未満の大手
術
60歳未満の非大
手術
40歳未満の大手
術
30分以内の小
手術
60歳以上,ある
いは危険因子の
ある非大手術
40歳以上,ある
いは危険因子が
ある大手術
60歳以上,ある 良性疾患手術
いは危険因子の (開腹,経膣,
ある非大手術
腹腔鏡)
40歳以上,ある 悪性疾患で良
いは危険因子が
性疾患に準じ
ある大手術
る手術
ホルモン療法
中の患者に対
する手術
40歳以上のがん
の大手術
40歳以上のがん
の大手術
静脈血栓塞栓症
の既往,あるい
は血栓性素因の
ある大手術
静脈血栓塞栓症 (静脈血栓塞栓 (静脈血栓塞栓症 「高」リスクの手 (静脈血栓塞栓症 (静脈血栓塞栓
の既往,あるい 症の既往,あ
の既往,あるい
術を受ける患者
の既往や血栓性
の既往や血栓
は血栓性素因の るいは血栓性
は血栓性素因の
に,静脈血栓塞
素因のある)脳
性素因のある)
ある大手術
素因のある)
ある)帝王切開
栓症の既往,血 腫瘍の開頭術
「高」
リスクの
悪性腫瘍根治
栓性素因が存在
重度外傷や脊
術
術
する場合
髄損傷
中リスク
高リスク
最高
リスク
産科
正常分娩
整形外科
上肢の手術
脳神経外科
重度外傷
脊髄損傷
開頭術以外の脳
神経外科手術
帝王切開術(高
リスク以外)
脊椎手術
骨盤・下肢手術
(股 関 節 全 置 換
術,膝関節全置
換術,股関節骨
折手術を除く)
脳腫瘍以外の開
頭術
骨盤内悪性腫
高齢肥満妊婦の
帝王切開術
瘍根治術
(静脈血栓塞栓 (静脈血栓塞栓症
の既往,あるい
症の既往,あ
は血栓性素因の
るいは血栓性
ある)経膣分娩
素因のある)
良性疾患手術
股関節全置換術
膝関節全置換術
股関節骨折手術
脳腫瘍の開頭術
重度外傷,運
動麻痺を伴う
完全または不
完全脊髄損傷
蘆総合的なリスクレベルは,予防の対象となる疾患や手術・処置のリスクに,付加的な危険因子を加味して決定される.たとえば,強い付加
的な危険因子をもつ場合にはリスクレベルを上げる必要があり,弱い付加的な危険因子の場合でも,複数個重なればリスクレベルを上げる
ことを考慮する.
*リスクを高める付加的な危険因子:血栓性素因,静脈血栓塞栓症の既往,悪性疾患,がん化学療法,重症感染症,中心静脈カテーテル留
置,長期臥床,下肢麻痺,下肢ギプス包帯固定,ホルモン療法,肥満,静脈瘤など(血栓性素因は,先天性素因としてアンチトロンビン
欠損症,プロテインC欠損症,プロテインS欠損症など,後天性素因として抗リン脂質抗体症候群など)
.
蘆大手術の厳密な定義はないが,すべての腹部手術,あるいはそのほかの45分以上を要する手術を大手術の基本とし,麻酔法,出血量,輸血
量,手術時間などを参考にしながら総合的に評価する.
蘆重度外傷とは,多発外傷,頭部外傷(遷延性意識障害を有する)
,重症骨盤骨折,多発性(複雑)下肢骨折などを示す.
笊 各領域の静脈塞栓血栓症のリスクの階層化
(肺血栓塞栓症/ 深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン作成委員会編:肺血栓塞栓症/ 深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予
防ガイドライン.M e d i c a l F r o n t I n t e r n a t i o n a l L i m i t e d ; 2 0 0 4 . 1 )より)
EBNURSING Vol.7 No.3 2007 (299)
35
●
また外傷はVTE の強い危険因子となることが明ら
塞はVTE の独立した危険因子であり,発症2 週間以
かにされている.外傷の種類は多様であるため,リ
内に 2 0 〜 4 0 %の患者に V T E を認めると報告され
スクの評価は容易ではないが,多発外傷ではVTE リ
る 3).うっ血性心不全では,受動性の静脈うっ血が生
スクが著しく高くなることが多い.
じるため VTE リスクが高まり,また呼吸不全でも,
妊娠および産褥における母体死亡の中心疾患は
右心負荷による静脈うっ滞や低酸素血症などにより
VTE であり,発生率は非妊娠女性の 10 倍にものぼ
VTE リスクが高くなる.脳卒中では,下肢の能動運
2)
る .特に,帝王切開後での発生頻度が高い.
動の低下などにより,VTE の発生率が非常に高い.
内科疾患におけるリスク
内科疾患でもVTE のリスクは様々である.心筋梗
患者固有のリスク因子には何があるか?
知識
入院中の患者では,入院の原因となる疾患や手術
のほかに,疾患や手術に関連してリスクを増強させ
る因子や,個々の患者背景に起因したリスク因子が
ある.笆にVTE 予防で考慮すべき患者固有のリスク
因子とその強さを示す.
危険因子の強度
強いリスク因子
先天性血栓性素因
多くは単一遺伝子病で,血栓症の家族歴があり若
年時から原因不明のVTE を発症する.その発症率は
危険因子
加齢に伴い増加する.わが国において最も重要なも
のは,アンチトロンビン,プロテインC,プロテイン
弱い
中等度
強い
肥満
エストロゲン治療
下肢静脈瘤
因子となるが,手術後や妊娠・出産などのほかの危
静脈血栓塞栓症の既往
血栓性素因
下肢麻痺
下肢ギプス包帯固定
よびリン脂質とβ2 -glycoprotein Ⅰやプロトロンビ
笆 静脈塞栓血栓症の付加的な危険因子の強度
(肺血栓塞栓症/ 深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイド
ライン作成委員会編:肺血栓塞栓症/ 深部静脈血栓症(静脈血
栓塞栓症)予防ガイドライン.Medical Front International
Limited ;2 0 0 4 . 1 )より)
36 (300)
占める 4).これらは単独でも非常に強いVTE の危険
高齢
長期臥床
うっ血性心不全
呼吸不全
悪性疾患
中心静脈カテーテル留置
がん化学療法
重症感染症
血栓性素因:先天性素因としてアンチトロンビン欠損症,プロテ
イン C 欠損症,プロテイン S 欠損症など.後天性素因として抗リ
ン脂質抗体症候群など.
●
S の欠損症であり,先天性血栓性素因の20 〜30 %を
EBNURSING Vol.7 No.3 2007
険因子が加わることによって,そのリスクは極めて
高くなる.
抗リン脂質抗体症候群(後天性血栓性素因)
抗リン脂質抗体症候群は,血小板のリン脂質,お
ンとの複合体などに対する自己抗体を生ずる自己免
疫性疾患である.プロテイン C を活性化させるため
に必要なリン脂質を抗リン脂質抗体が阻止すること
などにより血栓形成が促進されるため,VTE の強い
リスクとなる.
静脈血栓塞栓症の既往
VTE の既往は非常に強いリスクである.既往のな
静脈血栓塞栓症予防のエビデンス 特集
い例に比べて,手術後の肺血栓塞栓症(PE)や深部
静脈血栓症(DVT)のリスクは,50 倍とも報告され
5)
ている .
年齢
加齢に従い,血液凝固能の亢進や線溶活性の低下
が起こることに加え,筋ポンプ機能の低下,血管壁
下肢ギプス包帯固定
の変化が生じることが原因となり,VTE の発生頻度
骨折などにより下肢にギプス固定を行うと,運動
低下や圧迫により静脈血流量が低下し,うっ滞が生
が増加する.欧米の予防ガイドラインでは,40 歳以
上からリスクが高まるとしているものが多い 10).
じる.下肢ギプス包帯固定を行った後のVTE の発生
率は4 〜30 %と報告され 6),強い危険因子とされてい
弱いリスク因子
肥満
る.
神経系疾患
肥満は,古くからVTE の危険因子とみなされてい
下肢の麻痺では,下腿筋の能動運動が低下し,静
る.肥満による運動制限や線溶活性の低下が原因と
脈血の渟滞が生じることがVTE のリスクとなる.脳
考えられている.米国のNurses’ Health Study で
血管障害では,麻痺側の下肢に静脈血栓が多いこと
は,body mass index(BMI)29 以上の肥満が,
7)
相対危険率3.0 の強いリスク因子とされている 11).一
が報告されている .
方,日本人においては,欧米人よりも軽度の肥満で
中等度のリスク因子
疾病を発症しやすいことが知られており,肥満の判
長期臥床
定基準はBMI 25 以上とされている.
臥床で下腿筋の能動運動が低下することにより静
ホルモン療法
脈血の停滞が生じることがVTE の原因となる.1 週
エストロゲンは,肝における血液凝固因子の産生
間以内の臥床では静脈血栓の発生率は15 〜35 %であ
を促進させるため,凝固能を亢進させる.また,プ
8)
るが,1 週間以上では80 %と非常に高率となる .
悪性疾患
ロゲステロンは平滑筋弛緩作用を有し,静脈を弛緩
させて血流速度を低下させる.したがって,経口避
悪性疾患とVTE との関連は,古くからTrousseau
症候群として知られている.腫瘍細胞から凝血原が
放出されることや,がん細胞により静脈内皮細胞が
妊薬やホルモン補充療法は,いずれもVTE に対する
影響を有する.
性差
直接傷害を受けることが,静脈血栓形成の原因とな
欧米のほとんどの研究は,VTE のリスクは女性に
る.VTE は悪性疾患の場合,非悪性疾患患者と比べ
おいて低いことを示している.一方,わが国におい
9)
て3 〜5 倍多いと報告される .
がん化学療法
抗がん薬による腫瘍細胞の崩壊に伴い大量の組織
ては,女性にVTE の発症が多いとする報告が多い 12).
静脈瘤
うっ血や線溶能低下のために静脈瘤に血栓性静脈
因子や膜型凝固 X 因子様酵素が血中に放出される,
炎が生じた場合,それが深部静脈に進展する場合が
化学療法薬の血管内皮細胞に対する細胞毒性,化学
あり,静脈瘤は術後のVTE の独立した危険因子とさ
療法薬の肝毒性により内因性の抗凝固因子が減少す
れる.しかし,静脈血栓の正確な発生率は不明であ
るなどの理由により,がん化学療法はVTE のリスク
り,現時点では静脈瘤のVTE に対するリスクは低い
を増加させる.
と考えられている.
EBNURSING Vol.7 No.3 2007 (301)
37
●
推奨
ケア
どのような予防法が推奨されるか?
VTE の予防は,血液凝固活性の調節と下肢への静
脈うっ滞の防止により達成される.方法としては理
学的予防法と薬物的予防法がある.
い場合に有用な予防法である.その予防効果は薬物
的予防法と同程度とも報告されている 14).
下腿を中心に圧迫するカーフポンプタイプと足部
を圧迫するフットポンプタイプがよく使用されるが,
理学的予防法
早期歩行
効果の差は明らかでなく,手術の種類などにより使
い分けられている.
歩行は,下肢を積極的に動かすことにより下腿の
筋ポンプ機能を活性化させ,下肢への静脈うっ滞を
減少させる.手術後早期の歩行開始は,周術期の
DVT の発生頻度を低下させる.
早期離床が困難な患者の場合,静脈還流を促進す
るために,下肢の挙上や関節運動を自動的に実施す
ることが効果的である.
弾性ストッキング
弾性ストッキングは,下肢を圧迫することにより
低用量未分画ヘパリン
8 時間もしくは12 時間ごとに未分画ヘパリン5,000
単位を皮下注射する方法である.開始時期はリスク
によって異なる.
本法は,VTE のリスクを60 〜70 %減少させる 15).
8 時間ごとと 12 時間ごとの投与での効果の差は認め
られていない.
静脈の血流速度を増加させ,下肢への静脈うっ滞を
検査室でのモニタリングを必要とせず,簡便で安
減少させる.また,うっ滞や静脈拡張の結果生じる
く,安全な方法である.しかし小出血の可能性があ
静脈内皮の損傷も防止する.ほかの予防法と比較し
るため,脳神経外科,眼科,脊椎の手術患者への使
て,出血などの合併症がなく,簡易で,値段も比較
用は避ける.
的安いという利点がある.
未分画ヘパリンの絶対的禁忌としては,出血性潰
弾性ストッキングは,中等度のリスクのある術後
瘍,脳出血急性期,出血傾向などがあげられる.相
の患者では深部静脈血栓の有意な減少を認めている
対的禁忌としては,悪性腫瘍,動静脈奇形,重症か
が,高リスク群における単独使用での効果は明らか
つコントロール不能の高血圧,慢性腎不全,慢性肝
13)
ではない .
間歇的空気圧迫法
間歇的空気圧迫法は,機器を用いて下肢に巻いた
カフに空気を間歇的に送入して下肢をマッサージし,
●
薬物的予防法(笳)
不全,出産直後,大手術・外傷・深部生検後の2 週間
以内などがある.
用量調節未分画ヘパリン
活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)を
弾性ストッキングと同様に下肢静脈うっ滞を減少さ
正常上限に調節してより効果を確実にする方法であ
せ,静脈内皮の損傷を防止する方法である.さらに
る.低用量未分画ヘパリンに比べてVTE の発症率は
線溶活性も亢進させる.
低く,出血性合併症の増加も認められない.特に,
能動的に静脈還流を促進させることなどにより弾
股関節手術後のDVT の予防では,低用量未分画ヘパ
性ストッキングよりも効果が高く,中リスク群や高
リンでは効果が不十分であるが,本法ではよりリス
リスク群にも使用されている.特に出血の危険が高
クを低下できる 16).しかし,頻回のAPTT 測定を要
38 (302)
EBNURSING Vol.7 No.3 2007
静脈血栓塞栓症予防のエビデンス 特集
種類
施行方法
施行対象
低用量未分画ヘパリン
8時間もしくは12時間ごとに未分画ヘパリン5,000単
位を皮下注射する.脊椎麻酔や硬膜外麻酔の前後で
は,未分画ヘパリン2,500単位皮下注(8時間ないし12
時間ごと)に減量することも考慮する.
高リスクにおいては,単独で使用する.最高リスクで
は,間歇的空気圧迫法あるいは弾性ストッキングと併
用する.
最高リスクにおいて,単独で使用する.
用量調節未分画ヘパリン
最初に約3,500単位の未分画ヘパリンを皮下注射し,
投与4時間後のAPTTが正常上限となるように,8時間
ごとに未分画ヘパリンを前回投与量±500単位で皮下
注射する.
用量調節ワルファリン
ワルファリンを内服し,PT-INRが1.5〜2.5となるよう
に調節する.
最高リスクにおいて,単独で使用する.
APTT:活性化部分トロンボプラスチン時間 PT-INR:プロトロンビン時間の国際標準化比.
笳 VTE の薬物的予防法
(肺血栓塞栓症/ 深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン作成委員会編:肺血栓塞栓症/ 深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予
防ガイドライン.Medical Front International Limited ;2 0 0 4 . 1 )より)
し,非常に煩雑な方法なため,実用的ではない.
害,中枢神経系障害,胎児失血を起こす可能性があ
用量調節ワルファリン
るため,妊婦への投与は全妊娠期間を通じて避けた
ワルファリンを内服し,プロトロンビン時間の国
注2)
際標準比(international normalized ratio:INR)
が1.5 〜2.5 となるように調節する方法である.
ほうがよい.
低分子量ヘパリンおよびXa 阻害薬
新しい抗凝固薬である低分子量ヘパリンやXa 阻害
ワルファリンの効果は,第Ⅱ因子の濃度を低下さ
薬が欧米ではすでに使用可能となっており,より安
せることで発揮される.第Ⅱ因子の半減期は約60 時
全で,高リスク領域の予防により有効であるとして
間であるため,ワルファリン内服開始から効果の発
頻用されている.
現までに3 〜5 日間を要する.したがって,術前から
低分子量ヘパリンは,1976 年にAnderson らによ
投与を開始したり,投与開始初期にはほかの予防法
り偶然分画され,APTT による凝固時間は延長せず
を併用する.
にXa 活性は阻害するという特徴をもっていることが
ワルファリンは安価であり,経口薬という利点が
発見された 18).その後,低分子量ヘパリンは,未分画
あるが,INR のモニタリングをしなくてはならない
ヘパリンのもついくつかの限界を克服できるもので
という欠点がある.そのため,リスクの高い下肢の
あることが明らかとなった.
整形外科的手術などに使用されることが多い.股関
未分画ヘパリンと比較した低分子量ヘパリンの主
節置換術後でのワルファリンの相対リスク減少率は
な特長は,半減期が長く皮下投与時のバイオアベイ
17)
約60 %と報告されている .
ラビリティーがよいために変動要因が少ないこと,
ワルファリンの禁忌は,前述のヘパリンと同様で
投与量に比例した効果が期待できること,そのため
ある.さらにワルファリンは,胎盤を通過し,胚障
に全血凝固時間・APTT ・抗Xa 活性などのモニタ
注2)プロトロンビン時間の国際標準比(prothrombin time-international normalized ratio :PT-INR):プロトロンビン時間は外因系と
共通因子系の凝固活性を総合的に反映し,凝固第 II,V,VII,X 因子
の活性を評価することができる.使用する試薬の感度が異なることに
より,検査実施機関による検査値の格差が起こりやすい.国際標準比
(INR)はこのような格差を解消するために考案されたもので,INR
値でプロトロンビン時間を評価すると,どこの検査施設で測定しても
標準的な結果を得ることができる.
リングを必要としないことである.
また,抗 Xa 活性/抗 IIa 活性比がより大きいこと
からAPTT 延長作用が弱く,したがって抗血栓作用
を残しつつ,出血助長作用が少ない薬剤と考えられ
ている.
EBNURSING Vol.7 No.3 2007 (303)
39
●
さらに,低分子量ヘパリンは未分画ヘパリンにみ
る効果と出血事象との兼ね合いによって決まり,未
られるようなヘパリン起因性血小板減少症を誘導し
分画ヘパリンでは1 日2 〜3 回の投与が必要であるの
にくいが,これは血小板第4 因子や血小板に対する親
に対し,低分子量ヘパリンでは1 〜2 回投与で未分画
和性が低いためである.
ヘパリンと少なくとも同程度の効果・安全性をもつ
また,未分画ヘパリンでは長期投与により骨粗鬆
ことが,多くの成績結果から明らかとなっている 19).
症が引き起こされるが,低分子量ヘパリンの場合に
現在,わが国においてもVTE 予防に対する低分子量
は,骨芽細胞・骨吸収細胞への作用が少ないため骨
ヘパリンの開発が進んでいる.さらに最近,低分子
粗鬆症は認められない.
量ヘパリンと同様の効果をもつ Xa 阻害薬(fonda-
VTE の予防に対する効果・安全性を実際の臨床成
績でみると,その予防用量はVTE の頻度を低減させ
parinux)のわが国での使用が認められ,その臨床
的有用性が期待されている 20).
本稿で取り上げた文献の検索方法
1.検索方法
蘆 MEDLINE
キーワード:deep vein thrombosis, prophylaxis, pulmonary thromboembolism, venous
thromboembolism
文献
1) 肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン作成委員会編:肺血栓塞栓症/深部静脈血
栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン.Medical Front International Limited ; 2004.
2) Toglia MR, Weg JG : Venous thromboembolism during pregnancy. N Engl J Med 1996 ;
335 : 108-114.
3) Nicolaides AN, Kakkar VV, Renney JT, et al.: Myocardial infarction and deep-vein thrombosis. Br Med J 1971 ; 1 : 432-434.
4) 阪田敏幸,松尾汎,岡本章ほか:プロテインC およびアンチトロンビン欠乏症の頻度ならびに静脈血栓症への
関与.血栓止血 2000 ; 11 : 510.
5) Flordal PA, Bergqvist D, Ljungstrom KG, et al.: Clinical relevance of the fibrinogen uptake
test in patients undergoing elective general abdominal surgery-relation to major thromboembolism and mortality. Fragmin Multicentre Study Group. Thromb Res 1995 ; 80 :
491-497.
6) Jorgensen PS, Warming T, Hansen K, et al.: Low molecular weight heparin(Innohep)as
thromboprophylaxis in outpatients with a plaster cast : a venografic controlled study.
Thromb Res 2002 ; 105(6)
: 477-480.
7) Turpie AG, Levine MN, Hirsh J, et al.: Double-blind randomised trial of Org 10172 lowmolecular-weight heparinoid in prevention of deep-vein thrombosis in thrombotic stroke.
Lancet 1987 ; 1 : 523-526.
8) Gibbs NM : Venous thrombosis of the lower limbs with particular reference to bed rest. Br J
Surg 1957 ; 45 : 209.
9) Lee AYY, Levine MN : The thrombophilic state induced by therapeutic agents in the cancer
patient. Semin Thromb Hemost 1999 ; 25 : 137-145.
10)Geerts WH, Pineo GF, Heit JA, et al.: Prevention of venous thromboembolism : The Seventh ACCP Conference on Antithrombotic and Thrombolytic Therapy. Chest 2004 ; 126 :
338S.
●
40 (304)
EBNURSING Vol.7 No.3 2007
静脈血栓塞栓症予防のエビデンス 特集
11)Goldhaber SZ, Grodstein F, Stampfer MJ, et al.: A prospective study of risk factors for pulmonary embolism in women. JAMA 1997 ; 277 : 642-645.
12)Sakuma M, Konno Y, Shirato K : Increasing mortality from pulmonary embolism in Japan,
1951-2000. Circ J 2002 ; 66 : 1144-1149.
13)Wells PS, Lensing AW, Hirsh J : Graduated compression stockings in the prevention of
postoperative venous thromboembolism. A meta-analysis. Arch Intern Med 1994 ; 154 :
67-72.
14)Warwick D, Harrison J, Glew D, et al.: Comparison of the use of a foot pump with the use
of low-molecular-weight heparin for the prevention of deep-vein thrombosis after total hip
replacement. A prospective, randomized trial. J Bone Joint Surg Am 1998 ; 80 : 11581166.
15)Collins R, Scrimgeour A, Yusuf S, et al.: Reduction in fatal pulmonary embolism and venous
thrombosis by perioperative administration of subcutaneous heparin. Overview of results of
randomized trials in general, orthopedic, and urologic surgery. N Engl J Med 1988 ;
318 : 1162-1173.
16)Leyvraz PF, Richard J, Bachmann F, et al.: Adjusted versus fixed-dose subcutaneous
heparin in the prevention of deep-vein thrombosis after total hip replacement. N Engl J Med
1983 ; 309 : 954-958.
17)Hull, RD, Pineo GF, Francis CW, et al.: Low-molecular-weight heparin prophylaxis using
dalteparin in close proximity to surgery versus warfarin in hip arthroplasty patients : a double-blind, randomized comparison. Arch Intern Med 2000 ; 160 : 2199-2207.
18)Anderson LO, Barrowcliffe TW, Holmer E, et al.: Anticoagulant properties of heparin fractionated by affinity chromatography on matrix bound Antithrombin III and by gel filtration.
Thromb Res 1976 ; 9 : 575-583.
19)Bergqvist D, Benoni G, Bjorgell O, et al.: Low-molecular-weight heparin(enoxaparin)as
prophylaxis against venous thromboembolism after total hip replacement. N Engl J Med
1996 ; 335(10)
: 696-700.
20)Bauer KA, Eriksson BI, Lassen MR, et al.: Steering Committee of the Pentasaccharide in
Major Knee Surgery Study. Fondaparinux compared with enoxaparin for the prevention of
venous. thromboembolism after elective major knee surgery. N Engl J Med 2001 ; 345
(18)
: 1305-1310.
EBNURSING Vol.7 No.3 2007 (305)
41
●
特集
静脈血栓塞栓症予防のエビデンス
静脈血栓塞栓症の予防法
早期離床と下肢の運動
森 知子
MORI Tomoko
日本医科大学付属病院高度救命救急センター
Q 深部静脈血栓症に対して,早期離床は有効な予防法か?
*早期離床が身体に及ぼす影響や,その基礎となる生理学的原理については,すでに確立されている.ま
た,身体の不動や長期臥床による静脈のうっ滞が,DVT の発症を促進する強い要因であることは従来
のエビデンスからも明らかである.したがって,DVT 予防における早期離床は有効である.
*治療上安静が原則とされる患者を除き,可能なかぎりの早期離床が推奨される.
Q 深部静脈血栓症に対して,下肢の運動は有効な予防法か?
*DVT の理学的予防法における運動療法の有用性は,血行動態的な検討から証明されている.なかでも
足関節運動がDVT 予防に最も適しているため,足関節運動を中心に行い,特に関節背底屈運動を行う
ことが奨励される.
*薬物的予防法と比較したときの早期離床,下肢の運動などの理学的予防法の最大の利点は,抗凝固薬の
使用にみられるような出血のリスクがないことである.ACCP(米国胸部疾患学会)のガイドラインで
は,これらの理学的予防法は,主に出血のリスクが高い患者に施行,あるいは抗凝固薬をベースにした
予防法の補助療法として使用することが推奨されている.
深部静脈血栓症(DVT)は,そのほとんどが下肢
DVT の予防法には,理学的予防法と薬物的予防法
および骨盤内の静脈に無症候性に発症する.そのた
がある.このうち,早期離床,運動療法,圧迫法
め,その発生予防と早期診断が最も重要視されてお
(弾性ストッキング,間歇的空気圧迫法)といった理
り,なかでも血液凝固活性の調節と下肢への静脈う
学的予防法における看護の担う役割は大きい.
っ滞の防止が大切である.
深部静脈血栓症に対して,早期離床・下肢挙上・深呼吸は
有効な予防法か?
現在,運動療法を除いたDVT の理学的予防法では,
早期離床をはじめ,安静臥床時の下肢挙上,深呼吸
●
42 (306)
EBNURSING Vol.7 No.3 2007
などが知られている.
静脈の血液還流には,①歩行時の筋収縮により深
荷重なし
荷重あり
収縮
弛緩
笆 venous foot pump
(木下佳子:深部静脈血栓症 予防と早期発見へのナースのかか
わり.エキスパートナース 2002 ; 18(2): 50.より)
る 3).
笊 筋ポンプ
(木下佳子:深部静脈血栓症 予防と早期発見へのナースのかか
わり.エキスパートナース 2002 ; 18(2): 50.より)
さらに,Blattler らは,近位DVT 有病者53 例を
対象としたRCT において,ベッドでの安静臥床を余
部静脈を圧迫し,貯留血液を静脈弁の逆流防止作用
儀なくされた群と,非弾性包帯による下肢圧縮法を
によって中枢側へ移動させる筋ポンプ(笊)
,②吸気
施行した群,さらに弾性ストッキングの装着に加え
時に胸腔内圧が低下し,同時に腹腔内圧が増加する
て歩行を奨励した群を比較したところ,前者2 群に比
ことによって腹腔内静脈血が胸腔への静脈還流を増
べて歩行奨励群で血栓の増大が軽度であることを報
大させ,中枢側への静脈還流を促進する呼吸ポンプ,
告した 4).
③足底部に体重負荷をかけることで静脈還流が改善
1)
また,脳梗塞患者におけるリハビリテーション開
する venous foot pump(笆),がある .venous
始時期に関する研究でも,安静期間の短縮と早期歩
foot pump は立位による下肢への荷重によって働き,
行が DVT の発症予防につながることが示されてお
歩行などの下肢の運動を契機に静脈還流が促進され
り 5),多くの研究者がDVT の予防対策として早期離
る.
床の有用性を認めている.
したがって,早期離床がDVT に有用な予防法であ
現時点でのエビデンス
早期離床の有効性に関する研究
ると結論づけることができる.
下肢挙上の有効性に関する研究
早期離床がDVT 発症に及ぼす影響について,古く
下肢挙上は,静脈還流を増大させる生理学的効果
は1957 年にGibbs らが,ベッド上で療養した239 例
がある.早期離床が望めず,安静臥床が必要とされ
を対象に,ランダム化比較試験(randomized con-
る患者に対する臥床時の下肢挙上の有用性について,
trol trial : RCT)を行い,1 週間未満の臥床では
D e a n n a が,下肢挙上では心臓より 6 インチ(約
DVT の発症率は 15 〜 30 %であるが,1 週間以上で
15cm)程度高くする必要があると報告している 6).
は80 %と高率になると報告した 2).
同様に平井らは,健常者10 名を対象に,下肢挙上
わが国においては,大木らが,人工股関節置換術
の程度とそれに伴う静脈還流(血流量および血流速
施行後の138 例を対象に,通常のリハビリテーション
度)について評価・検討を行っている.ベッドより
施行群と,早期リハビリテーション施行群の2 群に分
15cm と30cm の下肢挙上の間で,総大腿静脈最大流
けたRCT において,DVT の発症率は前者で10 %で
速の%増加率,駆出量ともに有意差を認めなかった
あるのに対し,後者では 0 %であったと報告してい
ことから,下肢の挙上は踵をベッドより15cm 高くす
EBNURSING Vol.7 No.3 2007 (307)
43
●
る程度で十分であるとし,その効果は弾性ストッキ
ングの作用と同様に,主にうっ血の予防であると報
告している 7).
下肢挙上によりうっ滞減少効果が得られることで,
15cm
枕
間接的にDVT 予防効果を期待できる.しかし,これ
までに下肢挙上単独でのDVT 予防効果について示す
研究・報告はほとんどない.
笳 下肢挙上の方法
(江里健輔,平井正文,中野赳:疑問に答える 深部静脈血栓症
予防ハンドブック.医歯薬出版; 2004.p.67.より)
深呼吸の有効性に関する研究
深呼吸がDVT の発症に及ぼす影響について,平井
Bick らは,長時間の座位や立位は,むしろ静脈のう
らは,深呼吸による呼吸ポンプ作用によって静脈還
っ滞を増悪させるため避けるべきであると述べてお
流は促進されるとしながらも,その程度は運動や下
り 8),注意が必要である.
肢挙上と比較してはるかに小さく,DVT 予防への効
7)
果は少ないとしている .
下肢挙上の方法としては,下肢をベッドから15cm
程度挙上し,膝などの関節部位に小枕を置き,膝を
推奨
ケア
推奨されるケア
安静での治療が原則とされる患者を除き,可能な
かぎりの早期離床を目標として看護プランを作成・
若干,屈曲させ良肢位を保つ(笳)
.ただし,下肢挙
上は,下肢動脈血行障害のある患者や,心不全のあ
る患者に応用する場合には,慎重に行うことが必要
である.
実施し,長期間に及ぶ臥床状態を避ける.また,
深部静脈血栓症に対して,下肢の運動は有効な予防法か?
下腿にはヒラメ静脈洞などがあり,身体のなかで
行動態的な検討によるものが多い.
静脈容量が最も大きい.血液うっ滞に起因する静脈
S o c h a r t らは,健常者 2 0 名を対象に足関節運動
血栓は,静脈弁のポケットと下肢のヒラメ筋静脈に
(背屈,底屈,内旋,外旋,およびこれらすべてを組
発生する.静脈に形成された血栓は静脈壁に固着し,
み合わせた運動)を自動的および他動的に施行し,
さらに中枢に向かい進展する.このヒラメ静脈洞は
それぞれにおける大腿静脈血流速度の増加の割合に
9)
DVT 発症の頻度が最も高い .
ついて検討を行った.その結果,すべてを組み合わ
現在,D V T 予防対策としての運動療法では,自
せた自動運動が平均速度38 %,最大流速58 %と最も
動・他動運動のほか,下腿squeezing(マッサージ)
,
高い増加率を示したことから(笘)
,すべてを組み合
CPM(continuous passive motion)の使用など
わせた自動足関節運動の静脈のうっ滞除去効果が高
が知られている.
いとしている 10).
わが国においては,平井らが,健常者10 名を対象
運動療法の効果をみる血行動態的検討
知識
自動・他動運動の有効性に関する研究
DVT 予防における運動療法の有用性の評価は,血
●
44 (308)
EBNURSING Vol.7 No.3 2007
に自動足関節運動(背屈,底屈,背底屈)を施行し,
各運動の最大足関節運動における総大腿静脈速度と
下腿容積について比較したところ,底屈運動はほか
静脈血栓塞栓症予防のエビデンス 特集
運動
平均速度(cm/s;95%Cl) 増加率(%;最低値〜最大値) 最大流速(cm/s;95%Cl) 増加率(%;最低値〜最大値)
安静
28.6(24.1〜34.1)
44.5(40.9〜48.4)
他動的背屈・底屈
31.2(26.2〜37.1)
9(−1〜+20)
53.8(49.5〜58.5)
21(12〜30)
自動的背屈・底屈
35.6(29.9〜42.3)
24(13〜36)
59.0(54.3〜64.1)
33(24〜43)
他動的外旋・内旋
31.5(26.5〜37.5)
10(0〜21)
53.5(49.2〜58.2)
20(11〜29)
自動的外旋・内旋
35.5(29.8〜42.2)
24(13〜36)
61.6(56.7〜67.0)
38(28〜49)
他動的全組み合わせ
34.4(28.9〜40.1)
20(9〜32)
58.0(53.3〜63.0)
30(21〜40)
自動的全組み合わせ
39.4(33.1〜46.8)
38(26〜52)
70.2(64.6〜76.3)
58(47〜70)
笘 各運動に伴う血流の平均速度および最大流速
(Sochart DH, Hardinge K : The relationship of foot and ankle movements to venous return in the lower limb. J Bone
Joint Surg 1999 ; 81-B : 700-704. 10)より)
の2 つに比べて静脈還流促進効果が少ないが,背屈運
動,背底屈運動はその効果が高く,特に背底屈運動
・足のつま先を振る
・下肢で円を描くように動かす(足関節回転運動)
に高いDVT 予防効果があると報告している.さらに
・足のつま先の屈伸運動(足趾運動)
足関節背屈運動を自動的および他動的に施行したと
・腓腹筋を緊張させたり,弛緩させたりする
ころ,自動運動は他動運動に比較して総大腿静脈血
・下肢を垂直に上げたり下げたりする
流速度が高く,他動運動より静脈のうっ滞除去効果
・マットレスに膝のくぼみを押しつける
・下肢を曲げ,足の裏を平らにつけ,臀部を浮かせる
が高いと報告している 7).
さらに太田ら 11)は,健常20 肢を対象に,各種理学
笙 D V T の予防に効果がある足趾運動
的予防法(下肢挙上,弾性ストッキング着用,足型
および下腿型間歇的空気圧迫法,神経筋電気的刺激
ットレスに膝のくぼみを押しつけるといった運動は
法,足関節背屈・底屈運動)を実施し,両膝窩静脈
下腿のうっ滞除去に大きな効果はなかったと報告し
および総大腿静脈の血流量と血流速度を調査したと
ている 7).
ころ,足関節背屈運動においてほかのいずれの理学
下腿squeezing(マッサージ)の
的予防法よりも総大腿静脈の血流量と血流速度の有
有効性に関する研究
意な増加を認めたと報告しており,これは Sochart
ら
10)
7)
や平井ら の報告と一致する.
足関節運動以外にDVT の予防に効果があるとされ
ている足趾運動を笙に示す.
さらに,平井らは,被検者の自己判定による強・
中・弱の足関節背屈運動と検者による下腿 squeezing(マッサージ)を行ったところ,強・中・弱の順
に有意に大きな大腿静脈最大流速%増加率や駆出率
平井らは,これらの運動のうち,足のつま先を振
が得られたことから,運動や下腿squeezing は,強
る,下肢で円を描くように動かす,足のつま先の屈
く行うほど大きな総大腿静脈流速の増大および下腿
伸,マットレスに膝のくぼみを押しつけるといった
容積の減少を得ることができると結論づけている 7).
運動についていずれも最大運動を行ったときに,足
また,足関節運動や下腿squeezing には,駆出され
関節背屈運動に比較して静脈還流促進効果は劣ると
る血液により下肢中枢部位の静脈内血栓予防効果が
し,特に足のつま先を振る,足のつま先の屈伸,マ
あり,下肢挙上や弾性ストッキングでは期待しにく
EBNURSING Vol.7 No.3 2007 (309)
45
●
うっ滞減少効果
クリアランス効果
笞 下腿 squeezing(マッサージ)の効果
笵 下腿 squeezing(マッサージ)の方法
(江里健輔,平井正文,中野赳:疑問に答える 深部静脈血栓症
予防ハンドブック.医歯薬出版; 2004.p.65.より)
い中枢静脈へのクリアランス効果が得られるため,
また,下腿squeezing は,うっ滞減少効果とクリ
間歇的空気圧迫法による効果に類似していると述べ
アランス効果を目的として下腿を中心に行う.足首
ている(笞)
.
から膝にかけて患者に疼痛や不快感が出ない程度に,
CPM の効果に関する検証
血液を搾り出すようにふくらはぎへのマッサージを
CPM は,他動的に膝関節の屈伸と同時に股関節の
屈曲を繰り返し行う装置で,本装置を用いることに
行うとよい(笵)
.
これらの理学的予防法は特別な機器を必要とせず,
より常時下肢の運動を行うことができる.施行条件
いつでも応用可能であることなどの利点がある.運
によっては大腿静脈血流量のピーク値を2.5 〜4 倍に
動療法やマッサージは定期的に行うことが大切とさ
12)
増加させる効果をもつとする文献もあるが ,その
れるが,その長さ,間隔,頻度(回数)についての
DVT 予防効果は検証されていない.
研究報告はない.これらの検討は,今後の大きな課
推奨されるケア
推奨
ケア
総大腿静脈流速の増大(クリアランス効果の増大)
および下腿容積の減少(血液うっ滞の軽減)は,足
題の1 つである.
海外とわが国との
DVT 予防ガイドラインの違い
関節運動により最大の効果が期待される.このこと
DVT の理学的予防法における早期離床および運動
は,DVT 予防における運動療法として足関節運動が
療法の有用性について述べてきた.薬物的予防法と
最も適していることを示唆する.特に足関節背底屈
比較したときの,これらの理学的予防法の最大の利
運動は,血液うっ滞減少効果が強く,クリアランス
点は,抗凝固薬の使用にみられるような出血のリス
効果にも富み,DVT 予防法として有用である.
クがないことである.
これらの運動は,他動的に行うよりも自動的に行
欧米では,低分子量ヘパリンなどの抗凝固薬を用
うほうが静脈のうっ滞除去効果が高いとされるが,
いた薬物療法が積極的に行われており,A C C P
他動運動と自動運動とではDVT 予防効果において同
(American College of Chest Physicians.米国胸
程度の有用性があるとする Whitelaw らの報告もあ
部疾患学会)のガイドラインでは早期離床,下肢の
13)
運動療法などの理学的予防法は,主にDVT 発症のリ
DVT 予防のための運動療法では,足関節運動のな
スクが低い,または出血のリスクが高い患者への施
かでも特に自動足関節背底屈運動が推奨されるが,
行,あるいは抗凝固薬をベースにした予防法の補助
自動運動が不可能な患者においては,医療者による
療法として行うことが推奨されている.
る .
他動運動の施行が推奨される.
●
(江里健輔,平井正文,中野赳:疑問に答える 深部静脈血栓症
予防ハンドブック.医歯薬出版; 2004.p.67.より)
46 (310)
EBNURSING Vol.7 No.3 2007
一方,現在のわが国の保険診療においては,低分
静脈血栓塞栓症予防のエビデンス 特集
子量ヘパリンはDVT の予防薬剤として認められてい
発症が予測されるすべてのリスクレベルの患者にお
ない.そのため,国内のガイドラインにおいては抗
いて理学的予防法との併用を推奨している.
凝固薬単独のみでの予防法を推奨しておらず,DVT
本稿で取り上げた文献の検索方法
1.検索方法
蘆 MEDLINE
キーワード:DVT,bed rest,early mobilization,rehabilitation,ambulation
文献
1) Gardner AMN, Fox RH : The venous pump of the human foot : preliminary report. Bristol
Med Chir J 1983 ; 98(367)
: 109-112.
2) Gibbs NM : Venous thrombosis of the lower limbs with particular reference to bed rest. Br J
Surg 1957 ; 45 : 209.
3) 大木 央ほか:人工股関節置換術後の深部静脈血栓症に対する早期リハビリの効果.中部日本整形外科災害外
科学会雑誌 2000 ; 43 : 1305-1306.
4) Blattler W, Partsch H : Leg compression and ambulation is better than bed rest for the
treatment of acute deep venous thrombosis. Int Angiol 2003 ; 22(4)
: 393-400.
5) Zorowitz RD, Tietjen GE : Medical complications after stroke. Stroke Cerebrovasc Dis
1999 ; 8 : 192-196.
6) Epley D : Pulmonary emboli risk reduction. J Vasc Nurs 2000 ; 18(2)
: 61-68.
7) 平井正文ほか:深部静脈血栓症予防における運動,弾力ストッキング,間欠的空気圧迫法の臨床応用.静脈学
2004 ; 15 : 59-66.
8) Bick RL, Haas SK : International consensus recommendation. Summary statement and
additional suggested guidelines. European Consensus Conference, November 1991. American College of Chest Physicians consensus statement of 1995. International Consensus
Statement,1997. Med Clin North Am 1998 ; 82 : 613-633.
9) Nicolaides AN, Kakkar VV, Field ES, et al.: Venous stasis and deep-vein thrombosis. Br J
Surg 1972 ; 59 : 713-717.
10)Sochart DH, Hardinge K : The relationship of foot and ankle movements to venous return in
the lower limb. J Bone Joint Surg 1999 ; 81-B : 700-704.
11)太田覚史ほか:静脈血栓塞栓症に対する各種理学的予防法の静脈血流増加効果についての検討.静脈学
2004 ; 15 : 89-94.
12)江里健輔,松崎益徳:急性肺動脈血栓塞栓症予防・診療マニュアル.文光堂; 2004. p.21.
13)Whitelaw MD, Oladipo OJ, Shah BP, et al.: Evaluation of Intermittent Pneumatic Compression Devices. Orthopedics 2001 ; 24(3)
: 257-261.
参考文献
肺塞栓症研究会監:第 7 回 ACCP ガイドライン「静脈血栓塞栓症の予防」および「妊娠中の抗血栓薬の使用」日
本語版.Medical Front International Limited ; 2006. p.7-8.
江里健輔,平井正文,中野赳:疑問に答える 深部静脈血栓症予防ハンドブック.医歯薬出版; 2004.
木下佳子:深部静脈血栓症 予防と早期発見へのナースのかかわり.エキスパートナース 2002 ;18(2):48-53.
EBNURSING Vol.7 No.3 2007 (311)
47
●
特集
静脈血栓塞栓症予防のエビデンス
静脈血栓塞栓症の予防法
弾性ストッキングと弾性包帯
木下佳子
KINOSHITA Keiko
NTT 東日本関東病院
Q 弾性ストッキングの装着は有効な予防法か?
*弾性ストッキング(GCS)は,術後の深部静脈血栓症予防には有効な方法である.しかし,内科系疾
患患者や脳卒中の患者に対する有効性は明確ではない.
*薬物療法や間歇的空気圧迫法との併用を検討する必要がある.
*GCS 装着部位の潰瘍形成など,有害事象の予防に努める必要がある.
Q 弾性包帯の装着は有効な予防法か?
*正しく装着すれば,GCS と同じ効果が得られる.しかし,圧迫圧は巻く人の技術に依存し,時間経過
とともに圧迫圧が低下する欠点がある.
*GCS が適用できない人に対して弾性包帯の使用を検討する.
静脈血栓塞栓症(VTE)の予防における理学療法
の表在静脈を圧迫することにより静脈血流を深部静
として,間歇的空気圧迫法(intermittent pneu-
脈に集め,その血流を増加させるもの,術中の下肢
matic compression : IPC),弾性ストッキング
の静脈径を減少することで深部静脈血栓の形成を予
(graduated compression stockings :GCS)
,弾
性包帯法がある.これら理学療法を有効で安全に行
うために看護師が担う役割は大きい.
そのうち,弾性ストッキングと弾性包帯は,下肢
防するものである.
本稿では,弾性ストッキングと弾性包帯のVTE 予
防の有効性に関するエビデンスと推奨ケアについて
述べていく.
弾性ストッキングの装着は有効な予防法か?
125 摂取検査によるDVT 発生頻度をみたものであっ
現時点のエビデンス
●
た.そのうち,ランダム化比較試験(RCT)が16 件
Amaragiri らは,深部静脈血栓症(DVT)予防
行われており,それらのGCS 使用のパターンは,術
のための弾性ストッキングの効果についてレビュー
前からの装着,手術日の装着,退院までの装着,完
を行っている 1)が,ほとんどの研究が放射性ヨウ素
全に離床するまでの装着などに分かれていた.
48 (312)
EBNURSING Vol.7 No.3 2007
研究者
(研究年)
GCS単独施行群
(n/N)
コントロール群
(n/N)
Allan(1983)
15/97
Holford(1976)
Petoオッズ比
95%信頼区間
重み付け
(%)
Petoオッズ比
95%信頼区間
37/103
25.4
0.35(0.18〜0.65)
11/48
23/47
14.5
0.33(0.14〜0.75)
Hui(1996)
38/86
30/54
21.9
0.64(0.32〜1.25)
Scurr(1977)
8/70
28/70
17.7
0.23(0.11〜0.48)
Tsapogas(1971)
2/51
6/44
4.8
0.29(0.07〜1.22)
Turner(1984)
0/104
4/92
2.6
0.11(0.02〜0.83)
Turpie(1989)
7/80
16/81
13.0
0.41(0.17〜0.99)
総計(95%信頼区間)
536
491
100.0
0.36(0.26〜0.49)
総事象:81(GCS単独施行群),144(コントロール群)
2
2
異質性検定 χ =5.68(自由度=6) =0.46
=0.0%
全体的効果に対する検定 =6.33
<0.00001
0.001 0.01
0.1
1
10
100 1,000
GCS単独施行群が勝る コントロール群が勝る
笊 弾性ストッキングの効果
(Amaragiri SV, Lees TA : Elastic compression stockings for prevention of deep vein thrombosis(Review)
.The Cochrane
Database of Systematic Review(database online)
.Issue 1 ; 2007. 1) より)
GCS 単独施行群とコントロール群(予防措置をま
有効かは明確ではない(検査で血栓があっても,最
ったく行っていない)とでGCS の効果について比較
終的に予防すべき PE の発症とはいえない)
.また,
した研究では,DVT の発生は GCS 単独施行群では
薬物療法の検討に比較して対象数が少ないことから,
536 人中 81 人(15 %)
,コントロール群では 491 人
有効性に関する十分なエビデンスが確立されている
中144 人(29 %)だった.Peto 法によるオッズ比は
とはいえない.
0.36(95 %信頼区間0.26 〜0.49)であり,GCS は効
果的な治療法であると考えられる( p < 0 . 0 0 0 0 1 )
(笊)
.
W i l l e - J o r g e n s e n らは,結腸手術患者における
GCS の DVT 予防の効果についての検討を試みてい
る.低用量未分画ヘパリン(low dose unfraction-
また,9 件のRCT では,薬物療法にGCS を追加し
ated heparin :LDH)だけを使用した群と,LDH
た併用群と薬物療法単独のコントロール群で比較が
とGCS を併用した群では,それぞれ52 人中9 人,59
なされた.併用群 5 8 9 人のうち D V T 発生は 1 8 人
人中 2 人に血栓発生がみられ,GCS の有効性は明ら
(3 %)にみられたが,コントロール群595 人中84 人
かであった.Peto 法によるオッズ比は4.62(95 %信
(14 %)と比較して,有意に少なかった.Peto 法に
頼区間1.33 〜16.01,p =0.02)であった.しかし,
よるオッズ比は 0 . 2 2 (9 5 %信頼区間 0 . 1 5 〜 0 . 3 4 ,
アウトカムをPE の発症とした場合には明らかな有意
p <0.00001)であった.
差はなかった 2).
これらの結果より,DVT 予防における GCS の有
Mazzone らは,脳卒中患者に対するDVT の理学
効性は明らかであるが,アウトカムを放射性ヨウ素
療法の有効性についてレビューを行っているが 3 ),
125 摂取検査により血栓の発生を認めることとしてい
GCS について検討しているものは以下に示す Muir
るため,現時点で肺血栓塞栓症(PE)の発生予防に
らの研究1 件だけであった 4).
EBNURSING Vol.7 No.3 2007 (313)
49
●
Muir らは,脳卒中患者をGCS 群65 人とスタンダ
対象にした弾性ストッキングの長さによる効果の違
ードケアだけのコントロール群32 人に無作為割付し,
いについてレビューを行った.1 0 件の研究(n =
GCS 装着前と7(±2)日後に,ウルトラサウンドド
2,480)のうち 4 つが RCT(n = 580)であったが,
プラーで D V T の発生を検討している.その結果,
それらの結果からは膝下でも大腿でも効果に差はみ
GCS 装着前はコントロール群 32 人中 3 人,GCS 群
られなかった.また,そのほかの実験研究,観察研
65 人中6 人,7 日(±2)後はコントロール群26 人中
究でも同様であった.したがって,より安価で,患
5 人,GCS 群45 人中3 人と,群間で有意な差はみら
者にも看護師にも扱いやすい,膝下ストッキングで
れなかった(オッズ比 0.43,95 %信頼区間 0.14 〜
十分に効果があると結論づけている 7).
1.36)4).ただし,この研究は対象が少ないため,脳
最近の研究では,低分子量ヘパリン(low-molec-
卒中患者の DVT 予防については,今後,大規模な
ular-weight heparin : LMWH)投与を行ってい
RCT が必要である.
る患者を,大腿ストッキング(Kendall TED ®)と大
以上より,現段階において強いエビデンスはない
腿ストッキング(Medi Thrombexin ®)と,膝下ス
が,GCS は手術患者の DVT の予防には有効といえ
トッキング(Medi thrombexin ® climax TM stock-
よう.しかし,PE の予防に効果があるかは明確では
ings)の 3 群に割り付けた RCT がある.Kendall
ない.また,VTE のリスクの高い患者には,手術療
TED ® 対膝下ストッキングでは,オッズ比0.5(95 %
法をしない心筋梗塞,脳卒中,がん患者なども含ま
信 頼 区 間 0 . 1 8 〜 1 . 4 1 , p = 0 . 1 9 0 ), M e d i
れる.しかし,それらの患者に対してVTE の予防は
Thrombexin ® 対膝下ストッキングでは,オッズ比
主に薬物療法が中心であり,GCS の効果を検討した
0.18(95 %信頼区間 0.04 〜 0.82,p = 0.026)と,
5)
研究はほとんどない .
推奨されるケア
弱いエビデンスながらも大腿までの群にDVT 発生が
推奨
ケア
GCS を使用する際には,患者に安全で効果的に使
用すること,さらに安楽で負担の少ない方法を検討
することが重要である.
ストッキングの圧はどうかけるのがよいか
長さが膝下までか大腿までかの議論は結論が出てい
ないが,今後,患者の安楽や費用対効果を検討して
いく必要がある.
ストッキングの装着時期は
いつからが望ましいか
GCS の使用により,深部静脈拡張減少,および深
患者の下肢の静脈径は手術中に増大し,それが血
部静脈血流速度増大が得られ,DVT が予防できると
栓形成の原因になっているといわれている 9).Smith
考えられている.また,足首を18mmHg で圧迫し,
らは,手術中にGCS を装着した群の麻酔導入時と手
大腿に向かうほど圧を減少させる段階的圧迫とする
術終了時での静脈径の減少率は48 %(IQR〔四分位
ことが,深部静脈の血流速度を最大にできるといわ
範囲〕26 〜 53 %)
,コントロール群で 19 %(IQR
6)
れている .
ストッキングは膝下までか,大腿までか
6.9 〜29 %)であり,GCS 装着が手術中の静脈径の
減少に寄与していることを明らかにした 10).したがっ
大腿までのストッキングが必要か,それとも膝下
て,静脈径の拡張を予防するためには,GCS は術後
までで十分なのかは,臨床でよく議論されるところ
装着ではなく,術中から使用することが望ましいと
である.
考えられる.
Byrne は,急性期の患者(主に整形外科術後)を
●
少なかったことが報告されている 8).ストッキングの
50 (314)
EBNURSING Vol.7 No.3 2007
静脈血栓塞栓症予防のエビデンス 特集
ストッキングによる有害事象をどう回避するか
ストッキングによる有害事象を予防することは,
看護の重要な役割である.ストッキングの有害事象
今後の課題
内科系疾患患者や脳卒中患者への適用
の発生頻度について調査した研究は少ないが,日本
術後の患者に対しては,GCS の効果は高く評価さ
においても少しずつ報告されるようになった.その
れている.また,手術患者に対してGCS 装着の開始
主な内容は,
時期や終了時期,あるいはその効果(手術の合併症
痒感,発赤・発疹,潰瘍である.最
も重篤な合併症である潰瘍は,膝下のゴムの部分や
足指で多く報告されている
11, 12)
としてのVTE が減少したかどうか)は理解しやすい.
.その原因を明確に示
しかし,内科系疾患患者や脳卒中患者に対しては,
した論文はないが,サイズの合わないストッキング
どのような患者に,いつから GCS を適用するのか,
の装着によるものと考察されている.
いつになったら終了するのかなど,パターンに分類し
薬物療法との併用はどうなっていくか
て考えることが困難である.しかし,内科系疾患患者
前述したように,GCS は薬物療法とともに行うこ
にも,リスクをもった患者は多く,VTE 予防の対象
とが効果的である.日本では,ヘパリンなどの薬物
者として無視することはできない.今後,どのよう
療法がDVT 予防のための保険適用になっておらず,
に予防していくかを検討していく必要があるだろう.
これまでGCS が単独で行われていることが多かった.
有害事象の調査
2007 年4 月から完全化学合成のXa 阻害薬であるfon-
また,GCS を安全に行うことが重要であるが,わ
daparinux が認可され,日本においても今後,薬物
が国でどのくらい有害事象が発生しているかの調査
療法が拡大されていくことが期待される.GCS が薬
がなされていない.今後,有害事象のサーベイラン
物療法と併用されることにより,さらなる効果が得
スを行い,分析することで,原因が何で,どのよう
られると考える.
にすれば回避できるのかを検討する必要がある.
間歇的空気圧迫法(IPC)との併用
IPC との併用について,その有効性と安全性につ
血栓後症候群の予防法としての有用性の検討
欧米では,血栓後症候群(post-thrombotic syn-
いては意見の分かれるところである.佐戸川らは,
drome : PTS)を予防する方法として,GCS の使
健常成人6 例12 肢について,IPC とGCS の組み合わ
用が注目されている.PTS は慢性静脈不全であり,
せによる下肢の血流状態について検討している.そ
DVT 後の後遺症として静脈の逆流や閉塞,またはそ
の結果,I P C と G C S との相乗効果はみられなかっ
の混合性の病態によって生じた「還流障害」が静脈
13)
圧上昇(静脈高血圧)をきたし,種々の臨床症状を
Scurr らは,IPC だけの群と,IPC にGCS を加え
呈する症候群である.PTS の予防には,DVT の患
た群とを比較したところ,IPC だけの群ではDVT の
者に長期にわたりGCS を装着することが重要で,そ
発生率は 9 %だったのに対し,GCS 併用群は 1 %で
れにより PTS の発生率を低下させ,QOL を向上さ
た .
14)
あった(p =0.0156) と述べている.
せるといわれている 15).
これらは少数の検討であることなどから,今後の
現在,日本においては,GCS の適用を VTE の予
さらなる研究が必要といえよう.また,IPC とGCS
防として考えているため,GCS 装着は離床とともに
を併用した場合,潰瘍などのリスクも高くなること
終了させることが一般的である.今後はVTE の予防
が予想されるため,安全性に関する検討も必要であ
だけでなく,PTS の予防も含めた患者の QOL まで
る.
を考えて,GCS の適用を検討していく必要がある.
EBNURSING Vol.7 No.3 2007 (315)
51
●
したものが多く,日本人を対象とした研究は少ない.
必要な検証
今後,日本人を対象とした有効性などの検討が必要
GCS の有効性に関する研究は欧米の研究をもとに
である.
弾性包帯の装着は有効な予防法か?
小さい包帯を選択する.
現時点のエビデンス
ただし,伸縮性の小さい包帯は,伸縮性の大きい
圧迫療法の代表ともいえるGCS の有効性に関する
研究は多いが,弾性包帯の有効性に関する検討は非
包帯と比較すると,時間経過に伴う圧の低下が大き
い 20).
常に少ない.原理からすれば,弾性包帯は正しく装
平井らは,弾性包帯の上に2 本の絆創膏を貼って固
着すればGCS と同じ効果が得られるのではないかと
定した群では,固定しなかった群に比較して24 時間
考えられる.しかし,弾性包帯の短所として,巻き
後の圧迫圧の低下が少なかったと述べている 18).
方による個人差が大きいこと,時間経過とともに圧
迫圧が低下してくることがある.
さらに巻き方は,末梢から中枢へと均等な圧で巻
けばよいとされている.下肢は,中枢に向かうほど
山本らは,5 人の医師に弾性包帯を巻かせ,その圧
周径が増すため,均等な圧で巻いても中枢側のほう
迫圧を測定したところ,最小 2 3 m m H g から最大
が圧迫圧が弱くなる(Laplace の法則)ためである.
16)
52mmHg まで大きなばらつきを観察している .
Raj らは,弾性包帯の圧迫圧が 6 時間後には 40 〜
17)
以上から,弾性包帯はGCS が不適合の患者に使用
すること,伸縮性の小さい包帯を選択すること,末
梢から中枢に向かって均等の圧で巻き,その上から
60 %にまで低下すると述べている .
また平井らは,弾性包帯の圧迫圧がGCS と比べて
縦に絆創膏2 本で固定することが推奨される.
24 時間後には低下することを観察している 18).
推奨
ケア
推奨されるケア
今後の課題
前述のように,弾性包帯は,巻き方により圧に差
弾性包帯には,どんな足の形にも応用できるとい
が出る,時間とともに圧が低下するなど,その有効
う長所がある.一方,GCS は,約10 %の人に適合し
性が施行者の技術に依存する.今後,有効性の高い
ないといわれている
19)
.そのため,弾性包帯は,
施行方法を検討していく必要があるだろう.
GCS が適用できない足の形の人にGCS の代替として
使用されているのが現状である.このように GCS,
弾性包帯ともに長所と短所があるため,患者の条件
によってどちらかを選択する必要がある.
弾性包帯に関する研究論文は非常に少ない.した
がって,十分な根拠をもとに議論できないのが現状
弾性包帯には,伸縮性の小さいものと大きいもの
である.今後,弾性包帯自体の有効性,弾性包帯が
がある.伸縮率が小さいほど歩行時の筋収縮期と弛
適用となる対象,弾性包帯の種類の選択方法,巻き
緩期の圧差が大きくなり,臥位では圧迫圧が低下し,
方などの装着方法についての検証が必要である.
動脈血の流入の阻害が少ない 19).そのため,伸縮性の
●
必要な検証
52 (316)
EBNURSING Vol.7 No.3 2007
静脈血栓塞栓症予防のエビデンス 特集
本稿で取り上げた文献の検索方法
1.検索方法
蘆医学中央雑誌(1997 〜 2007 年)
キーワード:深部静脈血栓症,静脈血栓塞栓症,ストッキング,弾性包帯
蘆 MEDLINE(1997 〜 2007 年)
蘆 Cochlane Library(1997 〜 2007 年)
キーワード: DVT,VTE,stocking, bandages
文献
1) Amaragiri SV, Lees TA : Elastic compression stockings for prevention of deep vein thrombosis(Review)
.The Cochrane Database of Systematic Review(database online)
.Issue
1 ; 2007.
2) Wille-Jorgensen P, Rasmussen MS, Andersen BR, et al.: Heparin and mechanical methods
for thromboprophylaxis in colorectal surgery(Review)
.The Cochrane Database of Systematic Review(database online)
.Issue 1 ; 2007.
3) Mazzone C, Chiodo GF, Sandercock P, et al.: Physical methods for preventing deep vein
thrombosis in stroke(Review)
.The Cochrane Database of Systematic Review(database
online)
. Issue 1 ; 2007.
4) Muir KW, Watt A, Baxter G, et al.: Randomized trial of graded compression stockings for
prevention of deep-vein thrombosis after acute stroke. Q J Med 2000 ; 93 : 359-364.
5) Geerts WH, Heit A, Clagett GP, et al.: Prevention of Venous Thromboembolism. Chest
2001 ; 119(1 Suppl)
: 132S-175S.
6) Sigel B, Edelstein AL, Savitch L, et al.: Type of compression for reducing venous stasis A
study of lower extremities during inactive recumbency. Archives of surgery 1975 ; 110
(2)
: 171-175.
7) Byrne B : Deep vein thrombosis prophylaxis : the effectiveness and implications of using
below-knee or thigh-length graduated compression stockings. Heart and lung 2001 ; 30
(4)
: 277-284.
8) Howard A, Zaccagnini D, Ellis M, et al.: Randomized clinical trial of low molecular weight
heparin with thigh-length or knee-length antiembolism stockings for patients undergoing
surgery. British Journal of Surgery 2004 ; 91 : 842-847.
9) Coleridge-Smith PD, Hasty JH, Scurr JH : Venous stasis and vein lumen changes during
surgery. Br J Surg 1990 ; 77 : 1055-1059.
10)Coleridge-Smith PD, Hasty JH, Scurr JH : Deep vein thrombosis : effect of graduated compression stockings on distension of deep veins of the calf. Br J Surg 1991 ; 78 : 724726.
11)満香織,吉田美佐登,濱田亜弥ほか:周術期における弾性ハイソックス着用による皮膚トラブル発生要因の調
査.日本看護学会抄録集 成人看護Ⅰ 2005 ; p.55.
12)耀まり子,鈴木久美子,粂田亜美ほか:脳血管障害患者の深部静脈血栓症予防に弾性ストッキング法が及ぼす
影響.JFE 健康保険組合川鉄千葉病院年報 2006 ; 38 : 74-76.
13)佐戸川弘之,猪狩次雄,佐藤洋一ほか:間欠的空気圧迫装置と弾力ストッキングの組み合わせによる下肢静脈
血流状態.静脈学 2004 ; 15(1)
: 45-49.
14)Scurr JH, Colerdge-Smith PD, Hasty JH : Regimen for improved effectiveness of intermittent
pneumatic compression in deep venous thrombosis prophylaxis. Surgery 1987 ; 102(5)
:
816-820.
15)Segal JB, Streiff MB, Hoffman LV : Management of venous thromboembolism : A systematic
review for a practice guideline. Ann Intern Med 2007 ; 146(3)
: 211-222.
16)山本清人,平井正文,伊予田義信ほか:弾力包帯と弾力ストッキングによる下肢圧迫圧の定量的評価.静脈学
1996 ; 7 : 271-276.
EBNURSING Vol.7 No.3 2007 (317)
53
●
17)Raj TB, Goddard M, Makin GS : How long do compression bandages maintain their pressure during ambulatory treatment of varicose veins ? Br J Surg 1980 ; 67 : 122-124.
18)平井正文,山本清人,牧篤彦:弾力ストッキングと弾力包帯の圧迫維持に関する検討.静脈学 1996 ; 7
(3)
: 283-286.
19)平井正文:静脈還流障害における圧迫療法.静脈学 1997 ; 8(3)
: 293-306.
20)Callam MJ, Haiart D, Farouk M, et al.: Effect of time and posture on pressure profiles
obtained by three different type of compression. Phlebology 1991 ; 6 : 79-84.
●
54 (318)
EBNURSING Vol.7 No.3 2007