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◆ 2014 年 1 月 17 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.78
文献番号 z18817009-00-010780998
警察官による集会の監視行為等が集会開催の妨害ではなく違法ではないとされた事例
【文 献 種 別】 判決/東京高等裁判所
【裁判年月日】 平成 25 年 9 月 13 日
【事 件 番 号】 平成 24 年(ネ)第 4380 号
【事 件 名】 損害賠償等請求控訴事件
【裁 判 結 果】 棄却
【参 照 法 令】 憲法 21 条、警察法 2 条、国家賠償法 1 条 1 項
【掲 載 誌】 判例集未登載
LEX/DB 文献番号 25502099
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事実の概要
加者数(550 名)からして不当に多数とはいえない、
東京都(Y)の公務員である警視庁の警察官約
を躊躇させるほど不当に強い心理的威圧感を与え
60 名は、東京都内で開催された集会(以下、「本
件集会」という。本件集会の実行委員会は、革マル
るもの」ではない。
第 2 に、本件隠し撮りについて、①「目視に
④集会の自由に対する制約の程度は、「集会参加
派が組織していたとされる。)において、集会会場
よる視察に併せて補助的手段として撮影したにす
向側の歩道上で本件集会の参加者に対して監視や
ぎず、撮影した記録を確認した後、直ちに記録が
威圧行為をし(以下、「本件視察」ということがあ
消去されている」、②集会参加者の肖像権やプラ
る。帽子・マスク・サングラスの着用、単眼鏡の使用、
イバシー権に対する「侵害の程度は、正当な目的
メモの採取、カウンターで人数を数える行為等が確
のために必要最小限の範囲で権利の制約を受けた
認されている。)、会場前道路に面した喫茶店にて
ものと評価するのが相当である」、また、「集会に
「本
参加者をビデオカメラで隠し撮りした(以下、
参加する自由」が違法に侵害されたともいえない、
件隠し撮り」という。)。そこで、本件集会の主催
以上から、「集会参加者の権利侵害を通じて集会
者である原告(X)らが、これらの行為によって
主催者の『集会を主催する自由』が違法に侵害さ
集会開催を妨害され集会の自由を侵害されたとし
れたということはできない」。
て、東京都に対し損害賠償を請求するとともに、
判決の要旨
撮影に供されたビデオテープ及び撮影された映像
記録の廃棄を請求した事案である。
一審判決は、記録の廃棄請求につき、記録が消
1 公安警察による情報収集と集会主催者の
去されていること、Xらの権利侵害が違法とはい
自由
えないことから棄却するとともに、次の理由から
集会の自由は、「集会の開催、集会への参加、
賠償請求も棄却した 。
第 1 に、本件視察について、①目的は、特定
集会における集団の意思形成とその表明等の各場
団体の動向の把握により「公共の安全と秩序の維
持を達成すること」であり、警察法 2 条 1 項か
る。集団としての意思を形成し、それを外部に表
ら正当である、②当該団体の活動実態に照らせば、
加する集会の自由については、公共の福祉に反し
1)
面において保障される必要があるというべきであ
明することを目的とする集会を開催し、これに参
「目的に照らして必要性もあった」、③警察官の行
ない限り、法令により禁止されず、また事実上も
動は、「情報収集の方法として一応の合理性が認
妨げられないことが集会の自由の保障の本体とな
められる」
、また、警察官の人数も本件集会の参
ると解するのが相当である」。
vol.14(2014.4)
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新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.78
することが事実上困難にさせられたとまでいうこ
公安警察による集会参加者に対する「視察によ
る情報収集活動」は、間接的に集会を禁圧し、物
とはでき」ない。また、警察官らが、「本件集会
理的に妨害するため、「集会主催者の集会を開催
の開催を妨害する意図で」本件視察を行ったもの
する自由が侵害されると法的に評価すべき場合に
と断ずることはできない。②本件隠し撮りにつき、
当たり得る」
。したがって、集会参加者に対する「視
撮影の目的が特定の視察対象者を識別するための
察による情報収集活動」について、集会主催者の
「補助手段」にすぎないこと、撮影の時間も対象
も限られていたこと、撮影された映像は、内容を
自由の侵害の有無を検討する必要がある。
確認した後、消去されたことが認められる。した
2 主催者・参加者の区別と違法性の判断基準
がって、本件視察及び本件隠し撮りは、国家賠償
集会参加者に対する「視察による情報収集活
法上違法とはいえない。
動」は、
「その行為の目的、態様、程度に照らし、
集会を開催する主催者の集会の自由を侵害し、国
判例の解説
家賠償法上違法となることがある」。この違法性
判断にあたっては、
「視察による情報収集活動が、
一 集会の自由の意義・保障範囲と
その目的が本件集会の開催を妨害することにある
「法律の留保」
かどうか、その態様、程度が本件集会参加者のプ
本判決は、集会の自由の意義につき、①「議会
ライバシー等を広範囲に侵害し、本件集会参加者
制民主主義の基盤を支える重要な価値」、②「厳
に強度に威圧感を与えて萎縮させる効果を有する
しい制約を課されることがあった歴史的・沿革的
ものであり、本件集会に参加することを事実上困
な面」、③「少数派個人の権力に対する批判を保
難にさせるものであるかどうかの観点から、警察
法 2 条 2 項に違反するものであるかどうかを検
障するという現代的意義」を指摘する。①が議会
討する必要がある」。
に対し、③は、個人が議会制民主主義から一定の
「他方、集会の自由は、集団による外部的表現
距離を置き、非制度的意思形成に参加する機会と
行為を伴うものであって、集団としての意思を形
して集会の自由を位置づける。これは、「市民的
成し、それを外部に表明することを目的とする集
公共圏」の再構築に関わる近時の問題関心2) と
会を開催し、これに参加する集会の自由について
重なるもので、注目される。
は、思想、信条、信教の自由等の内心の自由を保
また、集会の自由の保障範囲について、「集会
障する場合と異なり、また、選挙における投票の
の開催、集会への参加、集会における集団の意思
秘密の保障とも異なり、集会主催者が当該集会を
形成とその表明等の各場面において保障される」
開催し、集会参加者が当該集会に参加しているこ
とし、「事実上も妨げられない」ことが「集会の
とが秘匿されることまで保障されるわけではな
自由の本体」とする。集会の自由は、自由権だけ
における制度的意思形成との関わりを意味するの
く、これを集会参加者についていえば、集会に参
でなく集会開催のための請求権(「公共施設の利用
加することが外部から認識され、場合によっては
を要求できる権利」
) も含むと解されているが 、
個人が識別され、特定される危険があることも自
本判決は、集会が開催された場合でも、集会の開
ら覚悟し、自己の責任において集会に参加するか
催や参加等が「事実上妨げられた」場合には、集
どうかを決定すべきことに留意する必要がある
会の自由に対する制限として構成しうる旨を述べ
3)
(なお、個々の集会参加者が憲法 13 条の保障を
たものと解される。
受けることはいうまでもない。)」。
視察や隠し撮りが、集会の自由やプライバシー
権に対する制限と捉えられるならば、法律上の根
①本件視察につき、「本件集会参加者のプライ
拠が必要となる。公安警察による情報収集活動に
は、組織法である警察法 2 条 1 項が根拠とされ
バシー等が広範囲に侵害され、本件集会参加者が
るが4)、作用法の根拠なしに行われていることに
強度に威圧されて萎縮させられ、本件集会に参加
は批判もある5)。
3 本件視察及び本件隠し撮りの違法性
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新・判例解説 Watch
新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.78
二 集会主催者の自由に対する侵害の有無
あろうか。
本判決の違法性判断において、Xの権利性や権
付随的違憲審査制の下では、原則として第三者
利侵害の程度が弱められている点には注意が必要
の権利を援用して違憲性を主張することは認めら
である。それは、集会主催者の自由と集会参加者
れない。ただし、第三者所有物没収事件判決では、
の自由との区別に表れている。本判決は、集会参
①被告人に対する付加物であること、②被告人も
加者に対する視察でも、集会主催者の自由に対す
利害関係を有すること(占有権を剥奪されること、
る侵害の有無を検討する必要があるとしつつ、違
没収の対象物を使用・収益できなくなること、所有
法性判断には、①参加者のプライバシー権等に対
者から賠償請求権等を行使される危険に曝されるこ
する「広範囲」な侵害であること、②参加者に「強
と)を理由に、没収の裁判の違憲性を争いうると
度に」威圧感を与えて萎縮させたこと、③集会参
された7)。また、オウム真理教解散命令事件判決
加が事実上困難にさせられたことを求めている。
は、宗教法人に関する法的規制が、信者の宗教上
集会主催者の自由に対する侵害の違法性判断に必
の行為に支障を生じさせることがあるとし、宗教
要な限度でのみ、集会参加者に対する基本権制限
法人による信者の権利の援用を認めた8)。
が考慮される論理となっている。
第三者の権利援用を認めるかどうかにつき、①
そのため、本判決の判断基準には、公安警察に
よる情報収集活動の違法性を憲法 13 条から問う
違憲の主張をする者の利益の程度、②援用される
という視点が前面に表れないという特徴が存す
る。犯罪捜査の必要からの写真撮影の違法性につ
④第三者が独立して自己の権利侵害を主張するこ
との可能性、の 4 要素から判断すべきとする見
いては京都府学連判決6) の基準があるが、本件
解が有力である9)。本件の場合、①集会参加者の
憲法上の権利の性格、③援用者と第三者との関係、
では、事案の比較を通じた慎重な判断がなされる
権利援用が認められなければ、集会主催者は、参
べきであった。本判決も指摘するように、視察や
加者数の減少という不利益を受ける可能性がある
隠し撮りは、「直ちには国民の生命、身体の安全
こと、②援用されるのは、肖像権・プライバシー
等を確保するために緊急かつ高度の必要がある措
権であり、いずれも重要な人権として位置づけら
置であると評価することができない」からである。
れうること、③集会の主催者と参加者との関係は、
それ故、これらの行為は、自由に対する内在的制
団体とその会員との関係と同様、密接な結びつき
約とは別個のもので、違法性が厳格に審査される
を有すること、④集会への参加を秘匿したい者が
べきであったといいうる。「広範囲」「強度」等の
司法の場で争うことは、その事実の露顕を意味す
要件を加重し、適法と認めやすくすることには慎
ることとなるため、極めて困難と考えられること
重でなければならない。もっとも、これは、違法
等が指摘されうる。
性が集会主催の自由に対する侵害として主張され
本件は、公安警察による法の執行行為の違憲性・
ているためであり、原告の争い方に起因する。そ
違法性が問われており、第三者の権利援用を認め
うだとすれば、集会主催者の自由が争われている
たとしても、法律の合憲性に対する抽象的審査に
本件で、集会参加者の自由に言及する必要があっ
途を開くものではない。この点も合わせて考えれ
たのか、なお検討に値するであろう。
ば、過度に慎重になる必要は認められない。本判
決は、この点に関する判断の仕方としては、適切
であったと評されえよう。
三 集会主催者による集会参加者の権利主張の
可否
集会主催者は、集会参加者の肖像権・プライバ
四 集会参加者の肖像権・プライバシー権
シー権侵害を、本人に代わって主張することを認
本判決は、集会の自由の保障内容や保障の程度
められるのか。本判決は、第三者の憲法上の権利
につき、興味深い指摘をしている。即ち、①集会
の援用を認めているが、主催者の自由に影響を与
の自由は「集団による外部的表現行為を伴うも
える限度でのみ参加者の自由を考慮するものとし
の」であり、
「内心の自由」や「投票の秘密の保障」
た。このような判断は適切であったといえるので
と異なり、集会への参加が秘匿されることまでの
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新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.78
題であろう。
保障を含まないこと、また、②集会参加者は、
「外
部から認識され」、「個人が識別され、特定される
●――注
危険があることも自ら覚悟し、自己の責任におい
1)東京地判平 24・6・4(判例集未登載、LEX/DB 文献番
て集会に参加するかどうかを決定すべきこと」の
2 点である。しかし、このような論法には問題は
号 25495114)。
2)本秀紀『政治的公共圏の憲法理論――民主主義憲法学
ないのか。
の可能性』(日本評論社、2012 年)、田村哲樹『熟議の
まず、①は、集団としての外部的表現行為をす
理由――民主主義の政治理論』(勁草書房、2008 年)等
参照。
る者には、集会の主催・参加を秘匿することまで
3)野中俊彦=中村睦男=高橋和之=高見勝利『憲法Ⅰ〔第
保護されないとするものである。しかし、集会へ
5 版〕』(有斐閣、2012 年)365 頁。
の参加の事実は、特定の思想信条と結びつくこと
4)大阪地判平 6・4・27 判時 1515 号 116 頁(テレビカ
が多く、その秘匿が保護されなければ集会への参
メラによる監視行為)、東京高判平 21・1・29 判タ 1295
加自体を困難にする。これは、集会の開催や参加
号 193 頁(Nシステムによる情報収集)等参照。
5)原野翹「現代警察法における治安と人権」杉村敏正ほ
が「事実上妨げられた」場合も集会の自由に対す
か『治安と人権』(岩波書店、1984 年)227 頁参照。
る制限と捉える本判決の趣旨自体に矛盾するので
6)最大判昭 44・12・24 刑集 23 巻 12 号 1625 頁。犯人
はないだろうか。
を特定するための被疑者のビデオ撮影を適法と認めた判
また、①の理解を前提としても、本件では不要
例として、最二小決平 20・4・15 刑集 62 巻 5 号 1398 頁。
ではなかったかとも考えうる。本件の場合、視察
どちらの判例についても、一般的な要件を提示したもの
ではなく「事例判断」にとどまるとする理解を示すもの
や隠し撮りの対象者は、集会会場の外では参加予
として、鹿野伸二「判例解説」曹時 63 巻 11 号(2011 年)
定者にすぎず、「集団による外部的表現行為」を
222 頁。
してはいなかったはずである。デモ行進等の場合
7)最大判昭 37・11・28 刑集 16 巻 11 号 1593 頁。
とは異なり、
「集団」を未だ形成していない「個人」
8)最一小決平 8・1・30 民集 50 巻 1 号 199 頁。信者に対
が視察・撮影されたものと考えられるのではない
する「支障」の程度は「間接的で事実上のもの」にとど
か。それ故、集会の参加を秘匿する利益について、
まるとされた。本件の場合、公安警察の行為は、集会参
加者に対する「直接的」制約であるが、集会主催者に対
集会の自由との関係で言及する本判決の判示部分
しては「間接的で事実上」の制約と解されているものと
は、本件に直接関係のないものとなる。参加者が
捉えうる。
集会会場へ向かっていた事実等の個人情報、また、
9)芦部信喜『憲法訴訟の理論』(有斐閣、1973 年)68 頁
その際の容貌・姿態等は、プライバシー権及び肖
以下参照。
10)ただ、その場合、参加者(厳密には参加予定者)と主
像権により保護されるとすることで足りるであろ
う
催者との関係性は希薄となり、参加者の基本権制限から
10)
。
主催者の集会の自由に対する制約の違法性を問うことは
他方、②は、公権力が、自由を行使する市民に
難しくなるかもしれない。肖像権やプライバシー権に対
対し、監視・威圧される「危険」の「覚悟」を求
する制約の違法性が直接に争点化されるよう、原告側の
め、その結果として被る不利益を「自己責任」で
正当化する。しかし、これには問題がある。第 1
工夫も必要となろう。なお、自衛隊情報保全隊による情
報収集活動の違法性を認めた判決として、仙台地判平
24・3・26 判時 2149 号 99 頁がある。
の理由は、これでは自由の保障として不十分だと
するものである。自由や権利の保障には、その行
使に対して不利益を課されないことが確保されな
ければならない。第 2 に、ここで想定される「個
関西大学教授 高作正博
人」はリアリティを欠いている。公安警察により
監視され、不利益を受けるかもしれないことも「覚
悟」して集会に参加すべし、という理屈は、非現
実的であろう。個人に「責任」を押し付け、それ
により不利益を甘受させようとすることは、監視
する公権力の側の「責任」を曖昧にする点でも問
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