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◆ 2014 年 8 月 1 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 民法(財産法)No.83
文献番号 z18817009-00-030831088
観客席に飛来した折れたバットによる負傷と球場所有者・球団の損害賠償責任
【文 献 種 別】 判決/神戸地方裁判所尼崎支部
【裁判年月日】 平成 26 年 1 月 30 日
【事 件 番 号】 平成 24 年(ワ)第 947 号、平成 25 年(ワ)第 67 号
【事 件 名】 損害賠償請求事件(甲子園バット訴訟)
【裁 判 結 果】 請求棄却
【参 照 法 令】 民法 709 条・717 条 1 項
【掲 載 誌】 判例集未登載
LEX/DB 文献番号 25502982
……………………………………
……………………………………
事実の概要
すべき要請という諸要素の調和の見地から、プロ
Xは、平成 23 年、甲子園球場において、阪神
構造、内容に相応の合理性が認められるか否かを
タイガース対横浜ベイスターズの試合を観戦して
検討すべきである(なお、その際には、安全対策
いた。Xは三塁側ベンチ近くの内野席に座ってい
として他にどのような手段が講じられているかも
た。打者がボールを打った際バットが折れ、折れ
併せ考慮すべきである。)」。「本件球場のバック
たバットが内野フェンス(高さ 3.6m)を越えて飛
ネットないし内野フェンスの構造、内容は、本件
来し、Xの右頬に突き刺さった。バット衝突まで
球場で採られている他の安全対策と相まって、観
のXの動静や折れたバットの形状は、判決では不
客の安全性を確保するために相応の合理性がある
明である。
といえるから、本件球場のバックネットないし内
Xは、本件球場の所有者である阪神電鉄と試合
野フェンスは、プロ野球の球場として通常備える
主催者である阪神タイガースに対し、後遺症(右
べき安全性に欠けるところはないというべきであ
頬部の 3.1cm の線状痕) による逸失利益と慰謝料
る」
。
等の支払いを求めて、訴えを提起した。阪神電鉄
709 条の不法行為責任について。
「阪神電鉄は、
に対する請求は、バックネットまたは内野フェン
(……)観客に対して安全配慮義務を負っている」
。
スの安全性欠如を理由とする土地工作物責任(民
ファウルボール等の飛球に対する注意喚起措置
野球の球場に設置された安全設備について、その
1)
法 717 条 1 項) と 、折れたバットに対する注意
は、「明示的に折れたバットに対し注意を促すも
喚起懈怠を理由とする不法行為責任(民法 709 条)
のではないけれども、観客に対し、試合中に観客
を根拠としている。阪神タイガースに対する請求
は、阪神電鉄に対する民法 709 条の責任追及と
席への飛来物により観客に危険が生じるおそれが
同じ内容である。
によって、折れたバットに対しても注意を促して」
あることを知らせ、試合の動向に注意を促すこと
いる。「折れたバットが観客席に飛び込んでくる
可能性について観客に注意を喚起する義務を怠っ
判決の要旨
た過失があったとは認められない」。
1 阪神電鉄に対する請求(棄却)
土地工作物責任について。「プロ野球の球場の
2 阪神タイガースに対する請求(棄却)
『瑕疵』の有無について判断するためには、プロ
試合における球場管理等の受託者である阪神電
野球観戦に伴う危険から観客の安全性を確保すべ
鉄に上記義務を怠った過失がないのだから、委託
き要請と観客側にも求められる注意の程度、プロ
者である阪神タイガースにも上記義務を怠った過
野球観戦にとって本質的要素である臨場感を確保
失はない。
vol.15(2014.10)
1
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新・判例解説 Watch ◆ 民法(財産法)No.83
判例の解説
る根拠は、観客の引き受けた危険の程度に見出す
一 先例と本判決の特徴
裁判所はさらに、フェンスの高さに加えて、飛
先例としては、ボールによる衝突事故の裁判例
来物への注意喚起措置が必要だとしている。フェ
を挙げることができる(ファイターズスタジアム(千
ンスの高さに関する上記判断は、観客が飛来物に
ことができると思われる4)。
2)
葉県)での事故と宮城球場での事故 。いずれも観客
注意し回避措置をとることを前提としているか
の損害賠償請求を棄却)
。本判決における裁判所の
ら、観客に危険を認識させる措置が必要であると
判断は、宮城球場事件判決と多くの点で共通して
判断したものと思われる。
いる。
三 飛来物に対する注意喚起措置
二 内野フェンスの高さ
注意喚起措置には、まず、球場の看板等によっ
本判決と宮城球場事件判決は、それぞれの球場
て、観客席への飛来物があり得ること、それが危
の内野フェンスについて次のように述べる。①日
険であることを知らせる措置がある(抽象的な注
本体育施設協会屋外体育施設部会編『屋外体育施
意喚起)。ファウルボールの危険性はわが国では
設の建設指針』(体育施設出版)記載の高さを満た
周知の事柄である。その危険性に備えてバッター
す(同指針はプロ野球も対象とする)。②通常想定
ボックスを注視していれば、バットの破損にも一
されるライナー性の打球を十分防げる(宮城球場
定の場合には気づくことができる。それゆえ、ファ
事件)。原告の座席へのライナー性の飛来物を防
ウルボールはもとより折れたバットについても、
げる(本件)。
抽象的な注意喚起措置は義務ではないとも考えら
①の図書は、観覧者等の安全のために「一般的
れるところ、ファウルボールについて様々な注意
にバックネットの延長上に外野席に向かって高
さ 3m 程度の防球柵を設ける」こととしている3)。
喚起措置が採られており、それらはバット飛来の
想定されている打球や観客の回避行動は、同書に
起措置は十分だったといえる。
は記されていない。これらの点について評釈者は
次に、各所に配置された係員が警笛を鳴らして
調査できなかったため、同書を安全性評価に用い
個々の飛来を知らせる措置がある。ファイターズ
ることの妥当性についてはコメントを控えたい。
スタジアム事件では、ボールについての警笛鳴動
②からは、裁判所が、ライナー性の飛来物を止
が安全配慮義務として認められた。これに対し、
められるか否かを、フェンスに必要な高さの基準
本判決は、警笛鳴動はファウルボールを対象とし
としていることが窺われる。ライナー性の飛来物
たものであり、折れたバットを対象としたもので
は、たとえバッターボックスを注視していても、
はなかったと認定した上で、折れたバットについ
通常の観客にとっては回避困難である。
それゆえ、
ての注意喚起措置の欠如を瑕疵とも注意義務違反
通常の観客は、そのような飛来物が頻繁に飛んで
とも評価しなかった。ここには次のような判断が
くる危険を引き受けてまで、臨場感を楽しもうと
あると思われる。危険な飛来物があり得ることを
は考えていない。他方、飛来物がライナー性でな
知っている観客は、バッターボックスを注視して
い場合には、バッターボックスを注視している観
観戦するから、個々の飛来物に気づくことができ
客は衝突を回避することができる。観客は、通常
る。前述した高さのフェンスを越える飛来物は、
の臨場感を求める代償として、通常の能力で回避
通常、回避可能な程度に滞空時間がある。それゆ
できる飛来物の危険を負担すべきである。本判決
え、警笛鳴動がなくても適切な回避措置をとるこ
と宮城球場事件判決は、プロ野球が観客に対して
とができる。回避可能な飛来物の危険は観客が負
本質的に有する「危険性を回避するためには、球
担すべきである。
場に設置された安全設備の存在を前提としつつ、
しかし、飛来物の回避可能性は、滞空時間だけ
観客の側にも相応の注意をすることが求められて
では判断できないのではないだろうか。観客は通
いる」と述べている。安全設備の存在を前提とす
常野球の素人であるから、バッターボックスを注
2
認識可能性も向上させているから、抽象的注意喚
2
新・判例解説 Watch
新・判例解説 Watch ◆ 民法(財産法)No.83
ろうか。
視していても、飛来物を認識できない場合がある
と考えられる。例えば、折れたバットが黒色で背
景の色に溶け込んでしまう場合には、通常の注意
四 折れたバットに対する観客の注意の必要性
をしていてもバットが見えにくく、ボールにだけ
本判決は、観客は打球のみならず折れたバット
目を奪われることがあるかもしれない。観客の通
にも注意を払うべきとしている5)。その根拠とし
常の注意力では認識できない飛来物があり、その
ては、危険の周知性が重視されている(これに対
回避に警笛鳴動が有益であることが野球の科学的
し、宮城球場事件判決は、危険の周知性という事実
分析によって証明された場合には、プロ野球の場
ではなく、危険の容易な予測可能性を根拠とする) 。
合には危険が大きいこと、静けさは観戦の重要な
すなわち、本判決は、「折れたバットが観客席に
要素となっておらず警笛鳴動が試合の雰囲気を壊
飛来物として入ることがあり得ること自体は、通
すわけではないこと、稀なこととはいえバットに
よる負傷事故が過去に 1 件本件球場で発生して
常人であればよく認識しているところであ」ると
いたことを考慮すると、警笛鳴動を義務と考えて
指摘する。しかし、原告は他方で、ファウルボー
よいと思われる。
ルと異なり折れたバットの飛来を観客は予測して
本件被告の主張する通り、ファウルボールに比
いないとも述べているから、準備書面の上記記載
べて折れたバットの飛来は稀なことであるから、
を重視できるか疑問がある。また、わが国では、
注意喚起措置はファウルボールと折れたバットで
人々は通常、野球の報道と体育の授業を通して、
異なってよい。例えば、電光掲示板やアナウンス
野球に対する認識を得るものと思われる。これら
による抽象的注意喚起に折れたバットを加える必
の機会に、折れたバットが観客席に飛び込むこと
要はないだろう。これに対し、警笛鳴動の対象に
はほとんど目にしない。ファウルボールと異なり、
折れたバットを加えても、実際の飛来は稀な事態
折れたバットの飛来の危険性は、本件事故当時、
であるから、被告の負担は小さい。それゆえ、警
一般人にはあまり知られていなかったというのが
笛鳴動は必要と考えてよいと思われる。
実態ではないだろうか。
野球の科学的分析をふまえ、警笛鳴動を義務と
しかし、そう考えたとしても、バットの飛来に
評価できる場合には、本件ではバットの飛来に対
は注意しなくてよいことにはならない。ファウル
する警笛鳴動措置が恒常的に欠けていたのである
ボールの危険性を抽象的に認識していれば、観客
から、内野フェンスは必要なソフト面での安全措
はバッターボックスを注視して観戦するから、一
置を欠いているとして、設置上の瑕疵があること
定の場合にはバットの破損と飛来に気づき、衝突
になる。また、警笛鳴動が可能であり、かつ観客
を回避することができる。通常の注意により認識・
の回避措置にとって効果がある場合には、警笛鳴
回避できる飛来物は、観客が危険を負うべきであ
動がなかったことは球場管理者の注意義務違反に
る。
6)
述べ、原告も準備書面でそのことを認めていると
なる。
もっとも、警笛鳴動は、必要な注意をしても飛
五 球団の責任および免責約款
来物を認識できない観客の保護を目的としてい
試合観戦契約約款には球場管理者の存在が明記
る。打撃時にバッターボックスから目をそらして
されているから、観客は、球場管理者による球団
いた等、自身の不注意による被害は、観客が引き
の安全配慮義務の履行代行を認めたといえる。球
受けていた危険であるから、被告の不法行為責任
団は、球場管理に起因する損害については、履行
は否定されるべきである。
代行者である球場管理者の選任・監督に帰責事由
本件においては、
バット衝突までの原告の動静、
折れたバットの形状、飛来の仕方等をふまえて、
がある場合に債務不履行責任を負うことになる7)。
民法 709 条の不法行為責任も同じ内容となろう。
観客側の通常の注意による折れたバットの認識・
被告は免責特約による免責を主張していない
回避可能性、警笛鳴動の可能性と効果、原告の注
が、一般的には問題となる。上記約款は主催者(球
意の有無、を判断する必要があったのではないだ
団)と球場管理者の責任を民法よりも制限してい
vol.15(2014.10)
3
3
新・判例解説 Watch ◆ 民法(財産法)No.83
る(13 条。消費者契約法 8 条によって無効にならな
であったことを指摘して観客(熱心な野球ファン)を敗
訴させた判決が登場している。Benejam v. Detroit Tigers,
い内容となっている)
。チケット裏側に主な免責内
Inc., 635 N.W.2d 219, 220 (Mich. Ct. App. 2001); Rees v.
容と上記約款の適用が記載されているので、免責
Cleveland Indians Baseball Co. Inc., 2004 WL 2610531 1,
条項は観客と球団の合意内容になっているといえ
4-5 (Ohio Ct. App. 2004). アメリカ法の状況は、執行秀幸
る。球団は契約当事者として免責を受ける(ただ
「アメリカにおける危険の引受けの法理の行方」国士舘
し、消費者契約法 10 条の適用については結論を留保
11 号(1979 年)91 頁、99 ~ 100 頁、山田・前掲注5)
180 ~ 182 頁、三浦正広「アメリカにおける『危険の引
しておきたい)。これに対し、球場管理者は観客と
受け』法理の展開」青社 20 巻 1 号(1991 年)49~50 頁、
8)
契約関係にない 。上記約款は第三者たる履行代
諏訪・前掲注4)2 ~ 4 頁、9 頁、グレン M.ウォン=
行者の責任も免除する契約といえる。
川井圭司『スポーツビジネスの法と文化――アメリカと
日本』
(成文堂、2012 年)310~312 頁を参照。
●――注
7)奥田昌道『債権総論〔増補版〕
』
(悠々社、1992 年)
1)ボール衝突事故における土地工作物責任に触れる文献
128 頁参照。
として、
平沼高明「17 土地工作物責任 (2)」篠田省二編『裁
8)大橋・前掲注1)43 頁。
(青林書院、1991
判実務大系 15 不法行為訴訟法 (1)』
年)237 頁、大橋卓生「ファウルボール事故の法的責任」
Sportsmedicine116 号(2009 年 )43 頁 が あ る。 ス ポ ー
福岡大学准教授 畑中久彌
ツ施設の瑕疵の詳細な検討として、笠井修「スポーツを
めぐる不法行為」道垣内正人=早川吉尚編『スポーツ法
への招待』(ミネルヴァ書房、2011 年)241 ~ 248 頁が、
施設安全管理義務(民法 709 条)を指摘する文献として、
織田博子「スポーツ・レジャー・遊戯事故」能見善久=
(第
加藤新太郎編『論点体系判例民法 7 不法行為Ⅰ』
一法規、2009 年)168 頁がある。
2) 千 葉 地 判 平 23・10・28( 公 刊 物 未 登 載、LEX/DB
文 献 番 号 25473538)
、 仙 台 地 判 平 23・2・24( 最 高
裁 判 所 裁 判 例 情 報 http://www.courts.go.jp/hanrei/
)
、仙
pdf/20110302145226.pdf(2014 年 7 月 28 日閲覧)
台高判平 23・10・14(公刊物未登載、LEX/DB 文献番号
25473536)
。
。昭和 59 年の初版以来、
3)同書 85 頁(平成 24 年改訂版)
記載内容は変わっていない。
4)諏訪信夫「アメリカにおけるスポーツ観戦中の観客事
故の法的責任に関する考察」スポーツ法研究 11 号(2010
年)8 頁。
5)ボールに対する観客の注意については、わが国におけ
る法的構成として、
①危険の引受けによる違法性阻却(田
山輝明『不法行為法〔補訂版〕
』
(青林書院、2001 年)84 頁、
後藤泰一「スポーツ事故と注意義務」信法 9 号(2007 年)
5~6 頁注 (7)、平中貫一「民事不法の阻却事由」山口 57
巻 5 号(2009 年)200 頁、笠井・前掲注1)233 ~ 234
頁)
、②安全配慮義務違反の一考慮要素(大橋・前掲注1)
43 頁)
、③過失相殺またはその類推(山田卓生『私事と
自己決定』
(日本評論社、1987 年)187 頁、澤井裕『事
』
(有斐閣、2001
務管理・不当利得・不法行為〔第 3 版〕
年)167 頁、平中・前掲)が指摘されてきた。
6)アメリカでは、ボールやバット飛来の周知性を指摘し
て観客(ネットを越えて飛来したバットの破片で負傷)
を敗訴させた判決と、観客は自分の座席が保護のない席
であることを知っていたこと、バットの飛来は予見可能
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